はじめに
ミュージアムは、単なる文化財の保護・展示の場ではなく、地域経済、観光、教育、コミュニティの発展にも貢献する重要な社会的機関です。特に近年では、ミュージアムの運営は多様なステークホルダーとの協力なしには成り立たなくなってきています。政府機関、企業、地域住民、研究機関、観光業界など、さまざまな関係者が関与することで、ミュージアムは持続可能な成長を遂げ、より多くの人々に文化的価値を提供できるようになります。
本記事では、ミュージアムとステークホルダーの協力の重要性について詳しく解説し、具体的な事例を交えてその効果を検証します。また、ステークホルダーとより効果的に連携するための戦略についても考察します。
ミュージアムの主なステークホルダーとその役割
ミュージアムの運営には、多くの異なる立場のステークホルダーが関与しており、それぞれ異なる役割を担っています(Serravalle et al., 2019)1。主なステークホルダーは以下の通りです。
(1) 内部ステークホルダー
- ミュージアムスタッフ: キュレーター、教育担当者、マーケティング担当、技術者、管理職などが含まれます。彼らは、ミュージアムの日常的な運営や展示内容の充実、来館者サービスの向上に取り組みます。
- 経営陣やボードメンバー: ミュージアムの長期的な戦略を策定し、財務の健全性を維持する役割を担います。また、企業や政府機関との連携を図り、資金調達の責任を負います。
- ボランティア: 来館者への案内、ワークショップの運営、バックヤード業務の補助などを担当し、ミュージアムの活動を支えます。地域住民がボランティアとして参加することで、コミュニティとのつながりが深まります。
(2) 外部ステークホルダー
- 政府機関: ミュージアムの運営資金を提供したり、規制を設けたりする、地方自治体や文化庁、文化省などの政府機関。文化政策や観光戦略と連携しながら、ミュージアムの運営を支援します。
- 企業・スポンサー: 資金提供や特定のプログラムに対する支援を行う企業や個人。企業にとっては、ブランド価値を高める機会となり、ミュージアムにとっては新しい展示やプログラムの実施が可能になります。
- 観光業関係者: 観光地としての魅力を高めるために協力する観光業界の関係者(旅行代理店、ツアーガイドなど)。観光客の誘致に貢献し、地域経済の活性化にも寄与します。
- 地域コミュニティ: ミュージアムが地域に根付いた文化拠点として機能するためには、地域住民の参加が不可欠です。ワークショップやイベントの共同開催、地元の歴史を取り入れた展示の企画など、さまざまな形で連携できます。
- メディア: ミュージアムの活動を広め、PRを行うためのメディア(新聞、テレビ、ラジオなど)。新しい展示やイベントの情報を広めることで、来館者数の増加につながります。
- 研究機関(大学・学者): ミュージアムが提供する資料や展示を利用し、学術研究を行う大学や研究者。研究成果を展示に反映させることで、学術的な価値を高める役割を果たします。
2. ステークホルダーとの協力の重要性
(1) 持続可能な経営基盤の構築
ミュージアムの運営には、多くの資金が必要です。政府の補助金に頼るだけでなく、企業スポンサーや個人寄付者の支援を受けることで、安定した財務基盤を築くことができます(Mio & Fasan, 2015)2。
また、ボランティアの活用も、運営費用の削減や地域住民とのつながりを強める手段になります。そして、収益モデルとして、特別展やデジタルコンテンツの提供、カフェやギフトショップの運営などを強化することも重要です。
(2) 文化資源のデジタル化と普及
Google Arts & Culture や Europeana などのデジタルプラットフォームとの協力により、ミュージアムの収蔵品を世界中に発信できます(Pesce et al., 2019)3。デジタル化により、物理的な訪問が難しい人々にもアクセス可能となったり、次世代のデジタルネイティブ層にもリーチができるようになります。
(3) コミュニティとの関係構築
地域住民や関連団体との連携により、地域文化の保存・継承がスムーズに進みます。また、ミュージアムが地域と協力し、地元の文化や歴史を反映した展示やイベントを企画することで、地域住民の関心を高め、訪問者数の増加につながります。例えば、地元の学校と連携し、教育プログラムを提供することで子どもたちに文化への関心を促すことができます。
成功事例の紹介
(1) ナショナル・ミュージアム・オブ・アメリカン・インディアン(NMAI)
NMAIは、先住民コミュニティと密接に協力し、文化財の展示や研究において「共同管理」の原則を採用しています。先住民の声を展示内容に反映することで、よりリアルで多様な視点を提供しています(Boast, 2011)4。
(2) マンチェスター博物館の「コンタクト・ゾーン」
マンチェスター博物館では、地域住民がミュージアムの展示物について語る機会を提供するため、「コンタクト・ゾーン」と呼ばれるフィルムスタジオを設置しました。これにより、来館者が多様な視点を持つことが可能になりました(Boast, 2011)5。
(3) 拡張現実(AR)技術を活用した文化財の価値向上
イギリスの小規模ミュージアムでは、ARを活用して歴史的建造物の再現を行い、訪問者の体験価値を向上させる取り組みが進められています。これにより、観光客の満足度向上と収益増加が実現されています(Tom Dieck & Jung, 2017)6。
おわりに
ミュージアムは、単なる展示空間ではなく、歴史や文化を保存・発信するための重要な拠点として機能し、社会全体に大きな影響を与えています。特に現代においては、デジタル技術の発展や観光産業の変化に伴い、従来の静的な展示形式から、よりインタラクティブで多様な体験型のプログラムへと進化を遂げています。この変化を成功させるためには、政府機関、企業、地域住民、観光業界、学術機関といった多様なステークホルダーとの協力が不可欠です。
持続可能なミュージアム運営を実現するためには、まず財政基盤の強化が求められます。政府からの助成金だけに依存するのではなく、企業スポンサーとのパートナーシップやクラウドファンディングなど、新たな資金調達の手法を積極的に導入することが重要です。また、観光業との連携を強化し、国内外の訪問者を増やすことで、ミュージアムの収益向上にもつなげることができます。加えて、地域コミュニティとの関係を深めることで、ボランティア活動や市民参加型のプログラムを活性化させることが可能になります。
さらに、デジタル技術の活用も今後のミュージアムの発展において不可欠な要素となります。拡張現実(AR)や仮想現実(VR)を用いた展示、オンラインアーカイブの充実、リモートアクセス可能な教育プログラムの提供など、最新技術を取り入れることで、より多くの人々がミュージアムのコンテンツに触れる機会を持つことができます。特に、若年層の関心を引きつけるためには、SNSやデジタルメディアを活用したプロモーションも重要となるでしょう。
また、ミュージアムは単に過去を保存する場所ではなく、未来の文化や知識の創造にも貢献する場であるべきです。そのためには、研究機関や大学と連携し、新しい学術的知見を展示や教育プログラムに組み込むことが求められます。学者や研究者と協力し、ミュージアムが最新の研究成果を来館者に提供できる環境を整えることで、学術的な価値と一般市民の知的好奇心の橋渡しをする役割を担うことができます。
ミュージアムは、歴史と未来をつなぐ架け橋としての使命を持っています。そのためには、ステークホルダーとの協力を深め、より多くの人々に文化的価値を提供し続けることが必要です。これからの時代、ミュージアムが単独で成長するのではなく、さまざまな関係者と共に新たな価値を創造することで、持続可能な文化施設として進化し続けることが求められています。本記事で紹介した事例や戦略を参考にしながら、それぞれのミュージアムが最適な協力体制を築き、未来へとつなげていくことを願っています。
参考文献
- Serravalle, Francesca, et al. “Augmented reality in the tourism industry: A multi-stakeholder analysis of museums.” Tourism Management Perspectives 32 (2019): 100549.https://doi.org/10.1016/j.tmp.2019.07.002 ↩︎
- Mio, Chiara, and Marco Fasan. “The impact of independent directors on organizational effectiveness in monetary and in-kind stakeholder dialogue museums.” The Journal of Arts Management, Law, and Society 45.3 (2015): 178-192.https://doi.org/10.1080/10632921.2015.1069229 ↩︎
- Pesce, Danilo, Paolo Neirotti, and Emilio Paolucci. “When culture meets digital platforms: value creation and stakeholders’ alignment in big data use.” Current Issues in Tourism 22.15 (2019): 1883-1903.https://doi.org/10.1080/13683500.2019.1591354 ↩︎
- Boast, Robin. “Neocolonial collaboration: Museum as contact zone revisited.” Museum anthropology 34.1 (2011): 56-70.https://doi.org/10.1111/j.1548-1379.2010.01107.x ↩︎
- Boast, Robin. “Neocolonial collaboration: Museum as contact zone revisited.” Museum anthropology 34.1 (2011): 56-70.https://doi.org/10.1111/j.1548-1379.2010.01107.x ↩︎
- tom Dieck, M. Claudia, and Timothy Hyungsoo Jung. “Value of augmented reality at cultural heritage sites: A stakeholder approach.” Journal of destination marketing & management 6.2 (2017): 110-117.https://doi.org/10.1016/j.jdmm.2017.03.002 ↩︎