ミュージアムは、単なる展示空間ではなく、文化や歴史、科学、芸術など多様な知識を発信する場としての役割を担っています。ここでは、貴重な収蔵品や資料を適切に管理しながら、それらを一般の来館者や研究者に向けて分かりやすく伝えるための工夫が求められます。また、ミュージアムは単なる「学びの場」にとどまらず、地域社会とのつながりを深め、教育機関や企業、行政機関と連携しながら、新しい価値を生み出す場としての役割も果たしています。
特に近年では、単に展示物を並べるだけでなく、インタラクティブな体験型展示の導入や、デジタル技術を活用した教育プログラムの開発、地域住民や観光客を巻き込んだイベントの開催など、ミュージアムの運営方法も多様化しています。これに伴い、ミュージアムで働くスタッフの役割も広がりを見せており、専門的な知識を活かす学芸員や館長だけでなく、来館者の体験をより豊かにするための教育担当者、マーケティングや財務を支えるスタッフ、施設の維持管理を担う専門職など、多くの人々が関わっています。
本記事では、ミュージアムの運営を支える主要な職種について、それぞれの具体的な業務内容や最近のトレンドを交えながら詳しく解説します。ミュージアムでの仕事に興味がある方や、運営の裏側を知りたい方にとって、有益な情報となれば幸いです。
館長(ディレクター)
主な役割
館長はミュージアムの最高責任者として、全体の運営・管理を統括する立場にあります。その役割は多岐にわたり、戦略的な方向性の決定、財務管理、資金調達、対外的な広報活動、スタッフのマネジメントなどが含まれます。館長の指導力によって、ミュージアムのビジョンや理念が明確になり、それが具体的な活動や展示企画、教育プログラムの形となって実現されていきます。
また、館長は行政機関や文化財団、企業スポンサー、大学、地域コミュニティとの関係構築にも重要な役割を果たします。特に公立ミュージアムでは、政府や自治体の助成金を確保するために政策立案者との交渉を行うことが求められます。一方、民間のミュージアムでは、企業や個人寄付者との連携を深め、資金の安定確保を図ることが重要です(Tanga, 2021)1。
さらに、来館者の満足度を向上させるための施策を考案し、教育部門やマーケティング部門と協力して、魅力的な展示やプログラムを企画することも館長の責務の一つです。館長は単に組織を管理するだけでなく、ビジョンを明確に持ち、それをスタッフと共有しながら、ミュージアムの発展に向けたリーダーシップを発揮することが求められます。
近年の傾向
近年、館長の役割は従来の管理職的な立場から、よりリーダーシップを発揮する「経営者」へと変化しています。特に、資金調達の多様化やテクノロジーの発展により、館長には従来の文化・学術的な視点だけでなく、ビジネス的な視点も求められるようになっています。
例えば、多くのミュージアムが公的資金に依存せずに自己資金を確保するための新しいビジネスモデルを導入し始めています。これには、企業とのパートナーシップの強化、ミュージアムショップの収益化、クラウドファンディングの活用、特別展の有料化、デジタルコンテンツの販売などが含まれます。館長はこれらの新しい収益モデルを開発し、実行する役割を担っています(Dragouni & McCarthy, 2021)2。
また、デジタル技術の進化に伴い、バーチャルミュージアムやオンライン展示、AR/VR(拡張現実・仮想現実)を活用した体験型コンテンツの開発にも館長が関与するケースが増えています。特に、コロナ禍以降、オンラインでの来館者体験の向上が重要視されており、デジタル戦略の導入が館長の業務の一環となっています。
さらに、館長は社会的な課題に対応する役割も担い始めています。例えば、多くのミュージアムが「多様性と包括性(Diversity & Inclusion)」を重視するようになり、展示内容や採用方針、来館者のアクセシビリティの向上に積極的に取り組んでいます。また、環境保護の観点から、持続可能な運営を目指し、省エネルギー型の施設改修やエコフレンドリーな展示手法を導入するミュージアムも増えています。館長はこうした社会的責任を果たすために、戦略的な意思決定を行う必要があります。
このように、館長の役割は従来の文化的・学術的なリーダーから、経営者、イノベーター、社会的リーダーへと進化しているのが近年のトレンドです。今後も、技術革新や社会の変化に対応しながら、ミュージアムの持続的な発展をリードする存在としての役割が期待されています。
キュレーター(学芸員)
主な役割
キュレーターは、展示の企画、研究、実施を担う専門職であり、ミュージアムの学術的な基盤を支える重要な存在です。彼らは、ミュージアムに収蔵されている貴重な資料や作品の選定・管理を行い、それらをどのように展示し、どのように来館者に伝えるかを考えます。また、収蔵品の保存や修復にも関与し、文化財や歴史的資料の長期的な保護に努めます。
展示の企画においては、テーマ設定からコンテンツの選定、説明パネルやキャプションの作成、展示レイアウトの設計まで幅広い業務を担当します。特に、来館者が展示を通じて理解を深められるよう、視覚的な工夫やストーリーテリングの手法を活用することが求められます。さらに、特別展や企画展を開催する際には、国内外の他のミュージアムや研究機関と協力し、貴重な作品を借り受けたり、共同研究を行うこともあります(Jensen, 2019)3。
加えて、研究者としての役割も果たし、収蔵品や展示物に関する調査を進め、論文を執筆したり、学会で発表したりすることもあります。こうした研究活動は、ミュージアムの信頼性を高めるだけでなく、新たな学術的知見を広めるためにも重要です。近年では、研究成果を一般向けにわかりやすく解説することも求められるようになり、学術と教育の橋渡し役を担う場面が増えています。
近年の傾向
伝統的にキュレーターは、収蔵品の管理と研究を中心とする専門職とされてきました。しかし、近年ではその役割が大きく変化し、教育、マーケティング、来館者とのコミュニケーションといった分野にも関与するようになっています。
例えば、キュレーターは教育担当者(エデュケーター)と連携し、子ども向けのワークショップや大人向けの講演会を企画することが一般的になっています。これにより、単に展示物を紹介するだけでなく、それを通じて知識を深めたり、創造的な体験ができるようなプログラムを提供することが求められています。また、来館者との双方向のコミュニケーションを促すため、SNSやオンラインプラットフォームを活用した情報発信を行うキュレーターも増えています(Gainon-Court & Vuillaume, 2016)4。
さらに、近年のミュージアムは単なる文化施設ではなく、地域社会と積極的に関わる機関としての役割も果たすようになっています。そのため、キュレーターは地域の歴史や文化に関するリサーチを行い、地域住民と協力して展示やイベントを企画することもあります。特に、市民参加型の展示や共同リサーチプロジェクトなどが増えており、キュレーターの業務は学術的な研究にとどまらず、より実践的で社会と密接に結びついたものへと変化しています。
また、デジタル技術の活用もキュレーターの役割の一環となっています。例えば、3DスキャンやVR(仮想現実)、AR(拡張現実)を活用したデジタル展示が増えており、来館者がより没入感のある体験をできるよう工夫がなされています。これに伴い、キュレーターはデジタルコンテンツの企画・開発にも関与し、プログラマーやデザイナーと連携しながら新しい展示手法を模索しています。
このように、キュレーターの役割は従来の「学術研究者」から、より多様なスキルを求められる「総合プロデューサー」へと進化しているのが現状です。今後も、テクノロジーの発展や社会の変化に応じて、キュレーターの業務内容はさらに広がっていくことが予想されます。
エデュケーター(教育担当者)
主な役割
エデュケーター(教育担当者)は、来館者向けの教育プログラムの企画・実施を担う専門職であり、ミュージアムの展示内容をより深く理解してもらうための重要な役割を果たします。ミュージアムは、単に収蔵品を展示するだけでなく、来館者に新たな知識を提供し、歴史や文化、科学などに対する理解を深める場でもあります。そのため、エデュケーターは来館者の興味や知識レベルに応じた学習プログラムを設計し、より効果的な教育体験を提供することが求められます。
特に、学校向けのワークショップやガイドツアーの企画がエデュケーターの重要な業務の一つです。小中高校の生徒を対象としたプログラムでは、教科書で学ぶ内容を実際の展示物を通じて体験できるようにし、実践的な学びを促します。また、大学生や専門的な学習者向けには、より高度な学術的プログラムを提供することもあります(Katrikh, 2018)5。
さらに、エデュケーターは多様な来館者に対応するためのアクセシビリティプログラムの開発にも関与します。例えば、視覚障害者向けの触れる展示、聴覚障害者向けの字幕付きガイドツアー、高齢者向けのゆったりとしたペースの解説ツアーなど、誰もが学びやすい環境を整えることも重要な役割です。
また、展示と来館者をつなぐ橋渡し役として、ミュージアムの学芸員(キュレーター)やマーケティング担当者と連携し、展示内容をわかりやすく伝えるための工夫を凝らします。これには、ガイドブックの制作、対話型ワークショップの設計、インタラクティブな展示の開発などが含まれます。
近年の傾向
近年、エデュケーターの役割は大きく進化し、デジタル技術を活用した新しい教育手法の導入が進んでいます。
特に、オンライン教育プログラムの提供が急増しています。従来、ミュージアムでの学びは現地での体験が中心でしたが、近年では、遠隔地に住む人々や学校の授業と連携する形で、オンライン講座やライブ配信のガイドツアーが実施されるようになっています。これにより、地理的な制約を超えて、多くの人々がミュージアムの教育プログラムに参加できるようになりました(Evans et al., 2020)6。
また、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を活用した学習体験の導入も進んでいます。例えば、歴史的な建造物や遺跡をVRで再現し、来館者がまるでその時代にタイムスリップしたかのような体験をできるプログラムが登場しています。同様に、AR技術を活用して、展示物の背景情報をスマートフォンやタブレットで確認できる仕組みも増えています。これにより、展示をよりインタラクティブで魅力的なものにすることが可能になっています。
さらに、エデュケーターはミュージアムのソーシャルメディア活用にも積極的に関与しています。教育的なコンテンツをInstagramやYouTube、TikTokなどのプラットフォームで発信し、より多くの人にミュージアムの魅力を届ける試みが増えています。これにより、特に若年層の来館者との接点を増やすことができ、教育プログラムへの関心を高める効果が期待されています。
また、多文化共生や社会課題への対応も、エデュケーターが担う重要な役割の一つとなっています。例えば、移民・難民のための特別プログラム、LGBTQ+コミュニティ向けの展示解説、環境問題に関するワークショップなど、現代社会の多様な課題に対応した教育活動が広がっています。これにより、ミュージアムが単なる展示施設ではなく、社会と積極的に関わる学びの場としての役割を果たすようになっています。
このように、エデュケーターの役割は、従来のガイドツアーやワークショップの実施から、デジタル技術の活用、ソーシャルメディアを通じた情報発信、社会課題への対応といったより広範な教育活動へと拡大しています。今後も、ミュージアムの教育プログラムはさらに多様化し、新たな学びの形が生まれていくことが期待されます。
コレクションマネージャー(収蔵品管理者)
主な役割
コレクションマネージャー(収蔵品管理者)は、ミュージアムの収蔵品を適切に管理・保全し、将来世代へと引き継ぐ役割を担う専門職です。収蔵品の状態を維持し、必要に応じて修復を行うことで、貴重な文化財や歴史的資料の損傷を防ぐことが主な任務となります。
具体的には、収蔵品の適切な保管環境を整えることが重要な業務の一つです。温度や湿度、光の量などの環境要因が収蔵品の劣化に影響を与えるため、コレクションマネージャーは館内の環境モニタリングを行い、必要に応じて調整を加えます。例えば、紙や布製の資料は湿度が高いとカビが発生しやすく、逆に湿度が低すぎると乾燥して劣化が進むため、適切な湿度を維持することが求められます。同様に、絵画や写真などは光による劣化を防ぐため、展示や保管時に紫外線を遮断する措置が取られます(Griffin & Abraham, 2000)7。
また、収蔵品の状態を記録・管理するためにデータベースを作成・更新することも重要な業務です。収蔵品の来歴(プロヴェナンス)、物理的状態、修復履歴などを詳細に記録し、館内の研究者や外部の専門家が容易にアクセスできるようにします。このデータベースは、学術研究だけでなく、展示の企画や貸し出し手続きを円滑に進めるためにも欠かせません。
さらに、収蔵品の修復が必要な場合には、専門の修復士(コンセルヴァター)と協力し、適切な対応を行うことも求められます。修復作業は、収蔵品のオリジナルの状態をできる限り損なわずに、劣化の進行を防ぐことを目的としています。そのため、修復に使用する材料や技法の選定には慎重な判断が必要です。近年では、化学的分析技術を活用した精密な修復が進められており、コレクションマネージャーは最新の技術や知見を取り入れながら、修復計画を策定することが求められています。
加えて、コレクションマネージャーは収蔵品の貸し出しや移動の管理も担当します。他のミュージアムやギャラリーと協力して展示を行う際には、収蔵品が安全に輸送されるように特別な梱包を施し、輸送中の温湿度管理や衝撃の有無を記録するなど、厳密な管理を行います。特に国際的な展覧会への貸し出しでは、輸送の安全性だけでなく、適切な保険手続きや法的な規制への対応も必要になります。
近年の傾向
近年、コレクションマネージャーの業務はデジタル技術の発展により大きく変化しています。従来の物理的な管理に加えて、収蔵品のデジタル化が急速に進められており、オンラインでのデータベース公開や、3Dスキャンによるデジタルアーカイブの作成が普及しています。
特に、収蔵品のデジタル化は、学術研究や一般公開の機会を大きく広げる役割を果たしています。たとえば、希少な古文書や壊れやすい工芸品をデジタル化することで、物理的な劣化のリスクを抑えながら、多くの人々がアクセスできるようになります。また、3Dスキャン技術を活用することで、彫刻や建築物の詳細なデジタルモデルを作成し、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を使った新しい展示手法が可能になっています。こうした取り組みは、来館者の教育的体験をより深めるだけでなく、研究者や保存専門家にとっても貴重なデータを提供します。
さらに、収蔵品の管理にAI(人工知能)を活用する試みも進んでいます。例えば、AIを活用した画像認識技術によって、収蔵品の状態を自動分析し、劣化の兆候を早期に検出することが可能になっています。また、収蔵品の分類や検索の精度を向上させるために、機械学習を用いたタグ付けやデータ整理が行われています。これにより、収蔵品データベースの利便性が向上し、より効率的な管理が実現されています。
加えて、コレクションマネージャーは来館者がよりアクセスしやすい環境を作ることにも力を入れています。従来、収蔵品は展示室内での公開が中心でしたが、現在ではオンラインギャラリーやバーチャルツアーの提供が増え、遠方にいる人々や身体的に来館が難しい人々でも、ミュージアムの収蔵品を楽しめるようになっています。特に、新型コロナウイルスの影響により、デジタルコンテンツの拡充が求められたことをきっかけに、多くのミュージアムがオンライン公開を強化しています。
このように、コレクションマネージャーの役割は従来の「保管・修復」中心の業務から、デジタル技術の活用、国際的なネットワークの構築、来館者のアクセス向上など、多岐にわたる分野へと広がっています。今後も、技術革新や社会の変化に対応しながら、収蔵品の保護と公開を両立するための新しい取り組みが求められるでしょう。
ホスピタリティスタッフ(来館者サービス)
主な役割
ホスピタリティスタッフ(来館者サービス担当)は、ミュージアムの「顔」となる存在であり、来館者に最初に接し、最後に見送る重要な役割を担っています。彼らの対応が、来館者の満足度やミュージアム全体の印象に大きく影響を与えるため、高いコミュニケーション能力や接客スキル、柔軟な対応力が求められます。
具体的な業務としては、受付やインフォメーションカウンターでの案内業務が中心となります。来館者の問い合わせに対応し、展示の見どころやイベント情報を提供するほか、施設内のルールや利用方法を説明することもあります。特に観光客が多いミュージアムでは、多言語対応のスキルが求められる場面も増えており、英語をはじめとする外国語での対応ができるスタッフが重宝されます。
また、チケット販売や予約管理もホスピタリティスタッフの業務の一部です。近年では、オンライン予約システムを導入するミュージアムが増えており、スマートフォンアプリやウェブサイトを通じたチケット販売の対応も求められています。これにより、来館者の待ち時間を短縮し、スムーズな入館をサポートする役割を果たしています(Holmes & Hatton, 2008)8。
さらに、館内の巡回や来館者サポートも重要な業務の一つです。特に、高齢者や障がいのある来館者に対しては、館内のバリアフリー設備の案内やサポートを行うことが求められます。例えば、車いすの貸し出しやエレベーターの案内、点字パンフレットの提供など、誰もが快適にミュージアムを楽しめる環境を整えることもホスピタリティスタッフの大切な役割です。
近年の傾向
近年、ミュージアムのホスピタリティスタッフの役割は大きく進化しており、来館者とより積極的にコミュニケーションを取ることを目的とした新たな取り組みが広がっています。
特に、一部のミュージアムでは、警備員を廃止し、全スタッフが来館者と直接コミュニケーションを取る体制を導入する試みが行われています。従来、ミュージアムでは警備員が館内の安全管理を担っていましたが、来館者との距離が生まれやすいという課題がありました。そこで、ホスピタリティスタッフが館内の巡回も担当することで、来館者とよりフレンドリーな関係を築くと同時に、安全管理の役割も果たす形が増えています。これにより、館内の雰囲気がより親しみやすくなり、来館者が気軽に質問しやすい環境が整えられています(Moon, 2020)9。
また、インタラクティブな体験の提供も、ホスピタリティスタッフの新しい役割の一つとなっています。例えば、来館者と会話をしながら展示の背景情報を紹介したり、クイズ形式で展示に関する情報を伝えたりすることで、単なる案内業務にとどまらず、学びの機会を提供する試みが行われています。こうした「参加型ホスピタリティ」は、特に子どもや若年層の来館者に人気があり、ミュージアムでの体験をより楽しく、記憶に残るものにすることができます。
さらに、デジタル技術を活用したホスピタリティサービスの強化も進んでいます。例えば、タブレット端末を活用した案内システムや、AIチャットボットを使った館内情報の提供など、テクノロジーを駆使して来館者の利便性を向上させる試みが増えています。特に、大規模なミュージアムでは、館内の移動をサポートするために、スマートフォンを使ったナビゲーションアプリを提供し、来館者がスムーズに展示を回れるようにしています。
また、SNSを活用した来館者との関係構築も新しいトレンドの一つです。ホスピタリティスタッフが館内の最新情報やおすすめ展示をリアルタイムで発信し、来館者との双方向のコミュニケーションを行うことで、ミュージアムの魅力をより多くの人に伝えることができます。これにより、来館者のリピーター化を促し、ミュージアムのファンを増やす効果も期待されています。
このように、ホスピタリティスタッフの役割は従来の「受付・案内業務」から、来館者との積極的な交流やデジタル技術を活用したサービス提供へと広がっています。今後も、より多様な来館者ニーズに応じた柔軟な対応が求められ、ホスピタリティスタッフの重要性はますます高まっていくでしょう。
マーケティング・広報担当
主な役割
マーケティング・広報担当は、ミュージアムの認知度を高め、来館者を増やすための戦略を策定・実施する役割を担います。ミュージアムは教育機関や文化施設としての側面を持ちながらも、来館者を確保し続けるためには適切なマーケティング戦略が不可欠です。そのため、広告やプロモーション活動、SNS運用、メディア対応など、幅広い業務を担当します(Tanga, 2021)10。
特に、近年ではデジタルマーケティングの重要性が急速に高まっています。これまでの紙媒体(パンフレットやポスター)、テレビ・ラジオ広告に加え、オンライン広告、SNSキャンペーン、メールマーケティングなど、多様な手法を組み合わせた戦略が求められています。例えば、InstagramやTwitter、Facebook、TikTokといったSNSを活用し、ターゲット層に合わせたコンテンツを発信することで、より効果的に認知度を向上させることが可能です。特に、若年層をターゲットとする場合、短い動画やインタラクティブなコンテンツが好まれる傾向にあります。
また、ミュージアムのブランディングもマーケティング担当者の重要な業務の一つです。単なる展示施設ではなく、地域社会に根ざした文化拠点であることを強調し、来館者にとって魅力的な体験を提供できる場所としての価値を伝えることが求められます。そのため、ストーリーテリングを活用し、収蔵品や展示の背景にあるストーリーを発信することも効果的です。
さらに、地元メディアや観光業界との連携も重要な要素となります。新聞や雑誌、テレビ局との関係を築き、プレスリリースを発信することで、展示やイベントの情報を広く届けることができます。また、旅行代理店や観光協会と協力し、ミュージアムを地域観光の目玉として位置付けることで、国内外からの来館者を増やすことが可能になります。
近年の傾向
マーケティングの分野では、データに基づいた戦略的なアプローチが不可欠となっています。特に、訪問者の行動データや嗜好を分析し、それに基づいたターゲティングを行うことで、より効果的なプロモーションが実現できます。例えば、来館者の年齢層や興味のある展示、訪問時間帯などのデータを分析し、それに適した広告を展開することが重要です(Evans et al., 2020)11。
最近では、GoogleアナリティクスやSNSのインサイト機能を活用し、来館者の関心や行動パターンを把握することが一般的になっています。これにより、どのSNSプラットフォームが最も効果的か、どの時間帯に投稿するとエンゲージメントが高まるかなど、具体的な戦略を立てることができます。また、デジタル広告(Google広告やFacebook広告など)を活用し、特定のターゲット層に向けた広告を配信することで、より高い効果を得ることができます。
また、イベントや特別展との連携による集客施策が増えています。例えば、新しい企画展を開催する際に、著名なインフルエンサーや専門家を招いてトークイベントを実施し、その様子をライブ配信することで、SNS上での話題性を高めることができます。実際に、世界的に有名なミュージアムでは、著名な芸術家や学者とコラボレーションし、インタビュー動画やメイキング映像を配信することで、オンライン上での関心を引き、来館者の増加につなげています。
さらに、会員プログラムやロイヤルティプログラムの導入が進んでいます。例えば、年間パスポートの購入者に限定イベントへの招待や割引特典を提供することで、継続的な来館を促すことができます。さらに、メールマーケティングを活用し、定期的に展示やイベントの情報を配信することで、ミュージアムとの関係を深めることができます。
また、体験型マーケティングの活用も注目されています。例えば、ミュージアム内で来館者が写真を撮影しやすい「インスタ映えスポット」を設置することで、自然とSNS上で拡散され、広告効果を生むことができます。また、来館者が参加できるインタラクティブな展示やワークショップを企画し、直接体験することでミュージアムへの愛着を高めることも有効です。
加えて、デジタル技術を活用したマーケティング施策も増えています。例えば、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)を活用し、来館者がスマートフォンを通じて収蔵品の3Dモデルを鑑賞できる仕組みを導入したミュージアムもあります。これにより、来館者がより没入感のある体験を楽しむことができ、オンライン上でもミュージアムの魅力を伝えることができます。
このように、マーケティング・広報担当者の役割は、単なる広告や宣伝活動にとどまらず、データを活用した戦略策定、SNSやデジタル技術を駆使したブランディング、イベントや観光業界との連携を通じた集客施策の実施といった多岐にわたる業務を含んでいます。今後も、デジタル技術の進化や消費者行動の変化に適応しながら、より効果的なプロモーション戦略を構築することが求められるでしょう。
財務・運営スタッフ
主な役割
財務・運営スタッフは、ミュージアムの経営基盤を支える重要な役割を担い、安定した運営が続けられるように管理・調整を行います。具体的な業務には、予算管理、資金調達、施設管理、法務・コンプライアンス対応などが含まれます(Dragouni & McCarthy, 2021)12。
予算管理では、ミュージアム全体の運営費や展示の制作費、スタッフの給与、建物の維持管理費などを適切に配分し、無駄のない運営を実現することが求められます。特に、政府や自治体からの公的支援が年々減少している中で、財務・運営スタッフは限られた予算内で効果的にミュージアムを運営するための戦略を立案します。
また、資金調達の業務では、助成金や補助金の申請、企業スポンサーの獲得、ミュージアムショップの運営、特別展のチケット販売など、さまざまな収益源を確保することが求められます。特に近年は、来館者からの直接的な収益だけに依存しない資金確保の手法が重要視されており、財務・運営スタッフは持続可能な経営を実現するための多様な手法を模索しています。
加えて、施設管理も財務・運営スタッフの重要な業務の一つです。ミュージアムの建物や設備の維持管理を行い、安全で快適な環境を提供することが求められます。特に歴史的建造物を活用しているミュージアムでは、建物の老朽化対策や耐震補強などのメンテナンスが不可欠です。近年では、省エネルギー対策を講じることで運営コストを削減しつつ環境負荷を軽減する取り組みも進んでいます。
さらに、法務・コンプライアンス対応も財務・運営スタッフの役割の一つです。例えば、収蔵品の購入や貸し出しに関する契約管理、著作権・肖像権の確認、スタッフの労務管理など、さまざまな法的要件に対応することが求められます。特に国際的な展覧会を開催する際には、輸送や関税、保険などの手続きを慎重に行う必要があり、法的リスクを最小限に抑えながら運営を進めることが求められます。
近年の傾向
近年、ミュージアムの財務戦略は従来の公的助成金やチケット販売収入に依存するモデルから、多様な資金調達手段を活用する方向へと変化しています。その背景には、公的支援の減少に加え、来館者数の変動やパンデミックなどによる収益の不安定さが挙げられます。そのため、多くのミュージアムが新たな資金調達方法を模索し、より柔軟な経営モデルを採用する動きが広がっています。
1. クラウドファンディングの活用
クラウドファンディングは、特定のプロジェクトや特別展の資金を集めるために活用されることが増えています。クラウドファンディングのプラットフォームを利用し、一般の支援者から寄付を募ることで、財源を確保すると同時にミュージアムの活動を広く知ってもらう機会にもなります。特に、小規模なミュージアムや地域密着型の施設では、地元の人々と協力して資金を調達し、地域社会との結びつきを強化する手法として注目されています(Moon, 2020)13。
2. 企業スポンサーシップの拡大
企業とのパートナーシップを強化することで、運営資金の安定化を図る動きも増えています。企業は、自社のブランド価値を高めるためにミュージアムとのコラボレーションを望んでおり、特定の展示やイベントにスポンサーとして関与することが一般的になっています。たとえば、美術館ではアート関連企業や高級ブランドと提携し、特別展のスポンサーシップを獲得するケースが多く見られます。
3. 寄付キャンペーンの強化
個人寄付を促進するために、会員プログラムの充実や寄付者向けの特典を増やす取り組みも進んでいます。例えば、一定額以上の寄付をした支援者に特別なイベントへの招待や限定グッズを提供することで、寄付意欲を高めることができます。また、遺贈寄付(遺産をミュージアムに寄付する制度)を活用し、長期的な財務基盤の強化を図るミュージアムも増えています。
4. デジタルコンテンツの収益化
オンライン展示やバーチャルツアー、有料のオンライン講座を提供することで、新たな収益源を確保する動きも加速しています。特に、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)を活用したデジタルコンテンツは、来館が難しい人々にもアプローチできるため、今後ますます重要な財源の一つになると考えられています。
このように、ミュージアムの財務・運営スタッフの役割は、従来の資金管理だけでなく、新しい資金調達手法の導入や持続可能な運営モデルの確立へと拡大しています。今後も、社会経済の変化に対応しながら、より多様で安定した財務戦略を展開することが求められるでしょう。
まとめ
ミュージアムには、多様な役割を担うスタッフが存在し、それぞれの専門性が組み合わさることで、訪問者に価値ある体験を提供しています。館長やキュレーターがミュージアムの方向性を決定し、収蔵品を研究・管理する一方で、エデュケーターは来館者への教育プログラムを充実させ、ホスピタリティスタッフは快適な来館体験を提供します。さらに、マーケティング・広報担当がミュージアムの魅力を広く発信し、財務・運営スタッフが安定した経営を支えることで、ミュージアム全体が一体となって機能しています。
近年、デジタル技術の発展や社会環境の変化により、ミュージアムの在り方も変化しています。例えば、オンライン展示やバーチャルツアーの普及により、従来の物理的な空間だけでなく、デジタル空間での来館体験が求められるようになりました。これにより、キュレーターやエデュケーターは、単に展示を企画するだけでなく、インタラクティブなデジタルコンテンツを開発するスキルも必要になっています。また、SNSやデータ分析を活用したマーケティング手法が進化し、マーケティング・広報担当の役割もより戦略的になっています。
さらに、ミュージアムは単なる展示施設ではなく、地域社会との連携や持続可能な運営を目指す機関としての側面も強まっています。地域の歴史や文化を保存し、教育機関や企業、観光業界と連携しながら、社会に貢献する役割が期待されています。財務・運営スタッフは、公的支援に頼らずに資金を確保するため、新たな資金調達手法やパートナーシップの強化に努めています。
今後も、技術の進化や来館者のニーズの変化に応じて、各職種の役割がどのように発展していくのか注目されます。ミュージアムは、単なる文化遺産の保管場所ではなく、学びと体験の場として進化し続けることで、より多くの人々にとって魅力的な存在となるでしょう。
参考文献
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