ミュージアムの来館者を深く知る!効果的なセグメンテーション戦略

目次

はじめに

ミュージアムの運営において、来館者の理解は極めて重要です。来館者の行動や嗜好を把握することで、効果的な展示企画やサービスの向上が可能になります。特に、多様化する来館者のニーズに対応するためには、彼らを適切に分類し、それぞれに合った体験を提供することが求められます。

セグメンテーションは、来館者を単なる「観客」としてではなく、異なる関心や目的を持つ個々の存在として捉えるための重要な手法です。例えば、文化的体験を求める人、学習を目的とする人、家族でのレジャーを楽しみたい人など、来館者の動機はさまざまです。それぞれのグループに適した展示やイベントを企画することで、満足度を高め、リピーターを増やすことが可能になります。

さらに、適切なセグメンテーションを行うことで、ミュージアムのマーケティング活動もより効果的になります。例えば、デジタルマーケティングを活用したターゲット広告や、特定のセグメントに特化したプロモーションを行うことで、集客力を向上させることができます。また、セグメンテーションに基づいたデータ分析は、今後の展示計画やサービス改善の指針となります。

本記事では、さまざまな研究を参考にしながら、ミュージアム来館者のセグメンテーション手法について詳しく解説します。適切なセグメンテーションを活用することで、ミュージアムはより多様な来館者にとって魅力的な場となり、持続的な発展を遂げることができるでしょう。

来館者のセグメンテーション手法

来館者のセグメンテーションには、以下のような方法があります。それぞれの方法には特徴があり、ミュージアムの目的や対象とする来館者の層に応じて適切な手法を選択することが重要です。

心理的ライフスタイルに基づくセグメンテーション

心理的ライフスタイルに基づく分類は、観光市場でよく用いられます。これは、来館者の行動パターンや価値観に着目し、それに応じた分類を行う手法です。例えば、ジャカルタへの外国人観光客を対象とした研究では、以下の4つのタイプが特定されました (Srihadi et al., 2016)1

  • 文化興味型ショッパーホリック:文化体験とショッピングを好む層。伝統的な美術館や歴史的建造物の訪問と、現地の市場やショッピングモールでの買い物を同時に楽しむ傾向がある。
  • スポーツ文化探求者:スポーツやアクティブな体験を求める層。ミュージアムの中でも体験型の展示や、実際に身体を動かすワークショップに興味を持ちやすい。
  • 休暇志向型旅行者:リラックスやリフレッシュを目的とする層。美しい庭園や落ち着いた空間を提供するミュージアム、癒しの要素を取り入れた展示やイベントに魅力を感じる。
  • すべてを求める旅行者:多様な観光活動に興味を持つ層。知的好奇心が高く、文化、アクティビティ、休暇すべてを満たせる場所を好む。

このような分類を行うことで、各セグメントに合ったプロモーションや展示計画を立案できます。例えば、文化興味型ショッパーホリックには、ミュージアムショップの魅力を伝えるキャンペーンを行い、スポーツ文化探求者にはインタラクティブな体験型展示を提供するなど、ターゲットに応じた施策を展開できます。

活動ベースのセグメンテーション

文化観光市場の研究では、観光客の行動に基づいたセグメンテーションが有効であるとされています (McKercher et al., 2002)2。この手法は、来館者がミュージアムでどのような行動を取るかに基づいて分類を行うもので、特に実際の動向を分析することで来館者の嗜好を明らかにします。

例えば、香港を対象とした研究では、文化観光客を以下の6つの異なるグループに分類しました。

  • 熱心な学習者:知識の吸収を目的とし、展示の解説を熱心に読む。
  • カジュアルな観覧者:深く学ぶことよりも、リラックスした雰囲気で鑑賞を楽しむ。
  • 写真愛好家:展示よりも、写真撮影を目的として訪れる。
  • ソーシャル体験重視者:友人や家族との時間を楽しむことが主目的。
  • イベント・ワークショップ参加者:ミュージアムの特別イベントやワークショップに参加することを重視。
  • 短時間訪問者:限られた時間で効率的に展示を見て回る。

この分類に基づくと、例えば熱心な学習者向けには、詳細な解説付きのガイドツアーを提供し、写真愛好家向けにはフォトジェニックな展示デザインや特別な撮影スポットを用意するなど、具体的な対応策を講じることができます。

アイデンティティに基づくセグメンテーション

来館者のアイデンティティに基づく分類も有効なアプローチの一つです (Falk et al., 2008)3。この手法では、来館者がミュージアム訪問を通じてどのような自己像を形成しようとしているかに着目します。

例えば、動物園や水族館を訪れる大人の来館者の動機を分析した研究では、以下のようなアイデンティティに基づくタイプが特定されました。

  • 探究者:新しい知識を得ることを目的とし、展示内容をじっくり学ぶ傾向がある。
  • 体験志向者:展示の説明よりも、実際に触れたり体験したりすることに興味を持つ。
  • 帰属意識重視者:家族や友人と過ごす時間を最も重視し、ソーシャルな体験を求める。
  • ノスタルジック訪問者:幼少期の思い出を振り返るために訪れる。
  • ミッション志向者:特定の目的を持ち、興味のある分野のみを集中的に見学する。

このような分類を活用すると、例えば探究者向けには詳細な情報を提供するデジタルガイドを用意し、体験志向者向けには触れることができる展示やアクティビティを充実させることで、より満足度の高い訪問体験を提供することが可能になります。

このように、来館者の心理的要素や行動特性、アイデンティティを考慮したセグメンテーションを行うことで、ミュージアムはよりターゲットに適した展示やプログラムを提供でき、来館者の満足度向上とリピーター獲得につなげることができます。を訪れる大人の来館者の動機を分析した研究では、来館者が自らのアイデンティティを表現し、意味を見出すプロセスが来館の動機付けになっていることが示されました。この視点から、ミュージアムは来館者が自己を投影できるような展示を設計することが重要となります。

2. 感情を活用したセグメンテーション

ミュージアムの来館者を感情ベースで分類する手法も有効です (Del Chiappa et al., 2014)4。イタリアの考古学博物館での研究では、来館者を「高ポジティブ感情群」と「低ポジティブ感情群」の2つに分類し、ポジティブな感情を持つ来館者ほど展示の魅力を高く評価し、満足度も高いことが明らかになりました。この研究では、感情が訪問体験全体に与える影響が大きいことも指摘されており、特に驚きや感動といった強いポジティブな感情が来館者の記憶に残りやすいことが分かりました。

また、感情ベースのセグメンテーションを活用することで、より効果的な展示設計やサービスの提供が可能になります。例えば、展示の中にインタラクティブな要素やストーリーテリングを取り入れることで、来館者の感情を揺さぶり、より深い没入感を生み出すことができます。さらに、ミュージアム内の空間デザインや照明、音響なども来館者の感情に大きく影響を与える要因となるため、これらを総合的に考慮することが重要です。

このような結果は、感情を重視したマーケティング戦略の有効性を示しており、ミュージアムのブランド価値向上やリピーター獲得にもつながります。感情ベースのアプローチを取り入れることで、来館者にとって記憶に残る特別な体験を提供し、結果として来館者の満足度や再訪意欲の向上につなげることができます。

3. 社会的価値観と来館者行動

ミュージアムの来館者は、個人的な価値観だけでなく、社会的価値観によっても影響を受けます (Thyne, 2001)5。例えば、ニュージーランドの博物館での研究では、来館者の多くが「家族や友人と一緒に過ごすこと」を重要視しており、従来の「知識や教育」の価値観とは異なる側面が強調されました。これは、博物館が単なる情報提供の場ではなく、来館者にとって大切な人々と特別な時間を過ごす場所としても機能していることを示唆しています。

このような知見を踏まえると、ミュージアムのプログラムや施設設計には、社交的な体験を提供する要素を取り入れることが求められます。例えば、インタラクティブな展示やグループ参加型のアクティビティを導入することで、来館者同士の対話を促進し、より充実した体験を提供することができます。また、休憩スペースやカフェエリアを工夫することで、家族や友人が集まりやすい環境を整えることも有効です。

さらに、ミュージアムは来館者が自身の社会的アイデンティティを再確認し、新たなつながりを築く場としての役割を担うこともできます。特定のテーマに基づいたワークショップや交流イベントを企画することで、来館者同士が共通の関心を持つ人々と出会い、学び合う機会を提供できます。このような取り組みは、来館者のエンゲージメントを高め、リピーターの増加にもつながるでしょう。

このように、社会的価値観を考慮したミュージアム運営は、来館者の多様なニーズに対応し、より包括的な文化体験を提供するための重要な要素となります。

4. ミュージアムのマーケティング戦略への応用

これらのセグメンテーションの知見を活用することで、ミュージアムのマーケティング戦略をより効果的に設計できます。来館者の多様なニーズを理解し、それに応じたマーケティング戦略を展開することは、来館者の満足度向上やリピーターの増加につながります。ここでは、具体的なマーケティング戦略について詳しく説明します。

ターゲット別プロモーション

ミュージアムの訪問者は、学習目的、娯楽目的、社交目的などさまざまな動機を持っています。それぞれのセグメントに適したマーケティングメッセージを発信することで、より高いエンゲージメントを促すことができます。例えば、知的探究心が強い層には学術的な展示やワークショップを、家族連れにはインタラクティブな体験型展示や子供向けのイベントを積極的にプロモーションすることが有効です。

展示の最適化

来館者の関心に応じたテーマや展示スタイルを導入することで、より魅力的なミュージアム体験を提供できます。例えば、デジタル技術を活用したインタラクティブな展示や、特定のターゲットに特化した企画展示を導入することで、異なるセグメントの来館者にアピールできます。また、来館者の行動データを分析し、最も関心が集まる展示エリアを強化することも効果的です。

感情体験の強化

来館者の感情をポジティブにすることは、記憶に残る体験を提供する上で不可欠です。ストーリーテリングを活用した展示や、感動を引き起こす演出を取り入れることで、来館者の満足度を向上させることができます。また、来館者の感情的な反応をリアルタイムで測定し、展示内容を最適化する技術の導入も今後のトレンドとなるでしょう。

ソーシャルスペースの設計

家族や友人との交流を促進する空間を提供することで、ミュージアムをより魅力的な場にすることができます。例えば、屋外スペースやカフェエリア、休憩スペースを整備し、来館者がゆっくりと過ごせる環境を整えることが重要です。また、グループでの訪問を促進するために、ファミリー向けの割引プランや団体向けのガイドツアーを提供することも効果的です。

デジタルマーケティングの活用

近年、デジタル技術を活用したマーケティング戦略が注目されています。SNSを活用した情報発信や、来館者の行動データを分析してパーソナライズされた広告を配信することで、より効果的なマーケティングが可能になります。また、ミュージアムのアプリを開発し、来館者に対してリアルタイムの情報提供やインタラクティブなコンテンツを提供することも、エンゲージメントの向上につながります。

持続可能な運営戦略

ミュージアムの長期的な成功には、持続可能なマーケティング戦略が不可欠です。環境に配慮した運営をアピールすることで、エコ意識の高い来館者の関心を引きつけることができます。例えば、展示のリサイクル素材の活用や、ペーパーレスのガイド提供など、環境に配慮した施策を取り入れることが求められます。

このように、ミュージアムのマーケティング戦略は、来館者の特性に応じて多様な手法を組み合わせることで、より効果的に実施することができます。適切な戦略を導入することで、ミュージアムの魅力を最大限に引き出し、より多くの来館者を惹きつけることが可能となるでしょう。

参考文献

  1. Srihadi, Tara Farina, et al. “Segmentation of the Tourism Market for Jakarta.”Tourism Management Perspectives, vol. 19, 2016, pp. 32-39.https://doi.org/10.1016/j.tmp.2016.03.005 ↩︎
  2. McKercher, Bob, et al. “Activities-Based Segmentation of the Cultural Tourism Market.”Journal of Travel & Tourism Marketing, vol. 12, no. 1, 2002, pp. 23-46.https://doi.org/10.1300/J073v12n01_02 ↩︎
  3. Falk, John H., et al. “Using Identity-Related Visit Motivations as a Tool for Understanding Adult Zoo and Aquarium Visitors’ Meaning-Making.”Curator, vol. 51, no. 1, 2008, pp. 55-79. https://doi.org/10.1111/j.2151-6952.2008.tb00294.x ↩︎
  4. Del Chiappa, Giacomo, et al. “Emotions and Visitors’ Satisfaction at a Museum.”International Journal of Culture, Tourism and Hospitality Research, vol. 8, no. 4, 2014, pp. 420-431.https://doi.org/10.1108/IJCTHR-03-2014-0024 ↩︎
  5. Thyne, Maree. “The Importance of Values Research for Nonprofit Organisations.”International Journal of Nonprofit and Voluntary Sector Marketing, vol. 6, no. 2, 2001, pp. 116-130. https://doi.org/10.1002/nvsm.140 ↩︎
この記事が役立ったと感じられた方は、ぜひSNSなどでシェアをお願いします。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

kontaのアバター konta ミュゼオロジスト

日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

目次