博物館があるだけで、地域が活性化するわけではない
博物館は、観光客を呼び込み、地域経済を活性化する施設として期待されることがあります。しかし、博物館をつくったり、来館者数を増やしたりするだけで、地域全体に望ましい変化が生じるとは限りません。多くの人が訪れても、館内だけで滞在が完結すれば周辺地域への波及は限定されます。飲食や宿泊への支出が増えたとしても、それだけで地域文化の継承や住民にとっての暮らしやすさまで改善したとは判断できません。
地域活性化を考えるうえで重要なのは、「博物館に何人来たか」だけではなく、博物館の活動が地域の文化、人の移動、経済、場所の利用へどのようにつながったのかを見ることです。地域開発における博物館の役割は、地域経済だけでなく、文化や創造性、地域社会、都市・地域の発展など複数の側面から捉えることができます(OECD & ICOM, 2019)。ただし、これは博物館が地域活性化を自動的に実現するという意味ではありません。
その出発点にあるのは、地域振興のために新しい仕事を次々と加えることではなく、資料を収集・保存し、調査研究によって地域についての知識を蓄積し、その成果を展示や教育を通じて社会と共有するという博物館本来の機能です。博物館が地域課題に向き合うための全体的な考え方については、別の記事で整理しています。
本記事では、そこから論点を「地域活性化」に絞ります。文化資源の価値を地域で共有すること、来訪を回遊や滞在へつなげること、消費・雇用・調達などを通じて地域経済へ波及すること、公共空間や地域イメージ、まちづくりへ接続すること。この四つの経路から、博物館が地域にどのように寄与し得るのかを考えます。そのうえで、こうした変化がどのような条件で生じ、何をもって「地域活性化への寄与」と判断できるのかを検討していきます。
博物館による「地域活性化」を何で判断するのか――誰に、どのような変化が生じるのか
「地域活性化」という言葉は便利ですが、その意味は必ずしも明確ではありません。観光客が増えること、地域内の消費が伸びること、住民が地域文化に触れる機会が増えること、公共空間に人が集まることは、いずれも地域の変化ですが、同じ種類の成果ではありません。博物館と地域活性化の関係を考えるには、まず何を「活性化」と呼ぶのかを分けて考える必要があります。
たとえば、地域の歴史や文化が保存・共有されることは文化的な変化です。住民や来訪者が地域について知り、交流する機会が広がることは社会的な変化として捉えられます。飲食、宿泊、交通などへの支出や雇用への波及は経済的な変化であり、人の流れや公共空間の使われ方が変わることは空間的な変化です。地域開発における博物館の役割も、このように複数の側面から捉える必要があります(OECD & ICOM, 2019)。
そのため、来館者数が増えたという事実だけでは、地域全体が活性化したとは判断できません。来館者が館内だけで過ごし、周辺地域を利用しなければ、地域経済への波及は限られます。また、観光客による支出が増えても、その利益が地域外へ流れたり、一部の事業者だけに集中したりする可能性があります。反対に、来訪者の増加が交通混雑や生活環境への負担につながる場合もあります。
したがって重要なのは、「何が増えたか」だけではなく、「誰にどのような変化が生じたのか」を確認することです。観光客、地域住民、商業者、行政、博物館では、地域活性化によって得られる利益も負担も異なります。「誰にとっての活性化なのか」という問いを置かなければ、来館者数や消費額の増加だけを成果として評価してしまう危険があります。
さらに、地域で生じる変化を博物館だけの成果と考えることもできません。交通政策、観光施策、商業環境、地域団体の活動など、複数の要因が同時に作用します。博物館は地域開発に関わる主体の一つであり、その役割を考えるには、まず地域活性化を何によって判断するのかを明確にしたうえで、博物館がどの変化に、どのような経路で寄与し得るのかを見ていく必要があります。
文化資源の価値を地域で共有する――収集・保存・研究・展示から始まる経路
博物館が地域に寄与する方法というと、地域振興イベントや観光事業を新たに始めることが思い浮かびやすいかもしれません。しかし、その出発点は、地域資料や文化財、自然資料などを収集・保存し、調査研究によって理解を深め、その成果を社会と共有するという博物館本来の機能にあります。博物館の役割は、地域活性化のために本来業務とは別の仕事を付け加えることだけではありません。
地域に残された資料を保存することは、将来に向けて文化資源を継承する基盤になります。さらに重要なのは、保存した資料を調査研究し、地域の歴史、文化、自然、産業、生活などについての知識を蓄積することです。これまで十分に記録されてこなかった資料や出来事を調査し、記録することによって、地域に存在していた文化資源があらためて可視化される場合もあります。
こうして蓄積された知識は、収蔵庫や研究成果のなかだけにとどめるのではなく、展示、教育活動、刊行物、デジタル発信などを通じて社会と共有することができます。保存、研究、コミュニケーション、教育は博物館の主要な機能として位置づけられており、これらを社会との関係のなかで展開することが求められています(UNESCO, 2015)。地域について新たに明らかになった知識に住民や来訪者が触れることは、その土地の歴史や文化を再認識する契機となり得ます。
ただし、博物館が文化資源に価値を「与える」と考えるのは適切ではありません。地域の資料や文化には、博物館が扱う以前から、住民、所有者、担い手、研究者などによって異なる意味や価値が見いだされています。博物館が担うのは、それらを保存し、研究し、複数の視点から解釈し、より広い社会へ共有できる形にしていくことです。
その過程では、博物館から地域へ知識を一方向に伝えるだけでは十分ではありません。何を残し、どのように解釈し、誰と共有するのかという判断には、地域の人びととの関係が関わります。地域住民との関係をどのように築くかという視点を持つことで、文化資源の保存・研究・展示は、博物館内部で完結する活動ではなく、地域と知識や意味を共有していく営みとして位置づけることができます。
地域活性化への最初の経路は、派手な集客策ではなく、地域に存在する文化資源を確かに残し、その背景を調べ、社会に開いていくことです。この基盤があってこそ、次に考える来訪や回遊、地域経済への波及にも、地域固有の文化的な意味を持たせることができます。
来訪・回遊・滞在につながる――博物館と観光を結ぶ経路
博物館は、それ自体が地域を訪れる理由になることがあります。特徴的なコレクションや建築、地域固有の歴史や文化を扱う展示は、来訪の目的になり得ます。ただし、博物館に人が来ることと、その人びとが地域を回遊し、滞在し、地域の文化やサービスに接触することは同じではありません。来館者数が増えても、館内だけで行動が完結すれば、地域への波及は限定的です。
地域活性化との接点を考えるうえで重要なのは、博物館への来訪を地域について知る入口として位置づけることです。展示を通じて地域の歴史、自然、文化、産業、暮らしなどに触れることで、来館者が館外に残る史跡や景観、文化施設、地域資源に関心を持つ可能性があります。博物館で得た知識が、その土地をさらに歩いてみたいという動機につながれば、来訪は地域回遊へ接続し得ます。
その先には、史跡や他の文化施設を訪れること、商店や飲食店を利用すること、さらに滞在時間が延びることで宿泊へつながることも考えられます。地域開発における博物館の役割を考える際にも、文化施設を地域の観光や経済活動から切り離さず、地域内の他の資源やサービスとの関係から捉える視点が示されています(OECD & ICOM, 2019)。重要なのは、博物館が回遊を自動的に生み出すのではなく、来訪を地域内の次の行動へつなぐ経路が存在することです。
その経路を機能させるには条件があります。徒歩や公共交通で移動しやすいこと、館内で地域情報を得られること、周辺施設への案内が分かりやすいこと、博物館と地域施設の営業時間が大きくずれていないこと、飲食や休憩の選択肢があることなどです。博物館と地域の文化資源が物理的にも情報的にも分断されていれば、来館者が多くても地域内での行動にはつながりにくくなります。
したがって、観光との接続を考えるときに見るべきなのは、単なる入館者数ではなく、来館後にどこへ移動し、どの程度地域に滞在し、どのような文化やサービスと接触したのかです。文化観光における博物館の戦略的価値については別の記事で詳しく扱っていますが、本記事では、博物館への来訪が地域を知り、歩き、滞在する契機へ接続し得ることを、地域活性化への一つの経路として捉えます。
地域経済へどう波及するのか――消費・雇用・調達を分けて考える
博物館の地域への経済的な寄与を考えるとき、「経済効果」という言葉だけでまとめてしまうと、実際に何が地域へ波及しているのかが見えにくくなります。まず区別したいのは、博物館の入館料収入と、地域経済への効果は同じではないという点です。入館料は博物館の収入ですが、地域への波及を考えるには、その来訪が飲食、宿泊、小売、交通など周辺での支出につながったのかを見る必要があります。
地域経済への接続は、来訪者消費だけではありません。博物館そのものが職員を雇用することや、展示施工、印刷、輸送、清掃、警備、飲食、物品購入などを地域の事業者へ発注することも、地域内の経済活動と関わります。企画展やイベントの開催によって一時的に新たな需要が生じる場合もあります。博物館の社会経済的な影響を捉える際には、来館者数や観光消費だけではなく、こうした複数の経路を見る必要があります(Bryan et al., 2012)。
ただし、支出額が大きければ、そのまま地域への効果も大きいとは限りません。来館者が使ったお金が地域外に本社を置く企業へ流れたり、博物館の調達先が地域外に集中したりすれば、地域内に残る利益は小さくなります。また、博物館周辺で増えた消費が、もともと同じ地域の別の場所で行われていた支出の移動にすぎない場合もあります。そのため、来館者の総支出額をそのまま地域に新しく生じた経済的成果とみなすことはできません。
ここで重要なのは、「いくら使われたか」ではなく、「その支出のうち何が新たに生じ、どの程度が地域内に残ったのか」という問いです。地域内の事業者への発注や雇用が増えたのか、周辺の飲食や宿泊への利用につながったのか、それとも支出の多くが地域外へ流れたのかによって、同じ来館者数でも意味は変わります。
博物館の経済波及効果をどのように捉えるかについては別の記事で詳しく整理しています。本記事で押さえておきたいのは、地域経済への寄与を一つの金額で評価するのではなく、来訪者消費、雇用、調達などの経路を分け、地域内に実際に何が残ったのかを見ることです。経済的な波及は地域活性化の重要な側面ですが、それだけで地域全体の成果を代表するものではありません。
博物館はまちづくりへどうつながるのか――公共空間・地域イメージ・都市再生
博物館は、展示を見るためだけの建物ではありません。立地や周辺環境との関係によっては、人の流れや公共空間の使われ方に影響し、まちづくりの一要素となることがあります。ただし、博物館を整備しただけで都市や地域が再生するわけではありません。地域への波及を考えるには、博物館そのものではなく、周辺の空間や交通、他の文化施設、商業施設などとの組合せを見る必要があります。
たとえば、博物館の周囲に広場や公園、飲食店、文化施設などが集まっていれば、来館者が館内だけでなく周辺空間を利用する可能性が高まります。アムステルダムのMuseumpleinでは、複数の主要文化施設が近接し、都市観光や公共空間と結びついた文化地区が形成されてきました。こうした文化施設の集積は、博物館を単独の目的地としてではなく、都市空間の一部として位置づける事例として捉えることができます(van Aalst & Boogaarts, 2002)。
博物館はまた、地域の歴史や文化を展示し、外部へ伝えることで、その地域がどのような場所として認識されるのかに関わる場合があります。特徴的な建築やコレクションが都市イメージの形成に関与することもありますが、それを博物館単独の成果とみなすことはできません。地域の認知は、観光政策、情報発信、公共空間の整備、交通アクセスなど複数の要素によって形づくられるからです。
この点を考えるうえで、Guggenheim Museum Bilbaoは象徴的な事例です。美術館はBilbaoの国際的な認知を高める重要な要素となりましたが、同時期には交通インフラや都市環境の改善など、より広い都市再生政策が進められていました。したがって、「一つの美術館が都市を再生した」と単純化するのではなく、文化施設が複数の政策のなかでどのような役割を担ったのかを考える必要があります(Plaza, 2006)。
大型文化施設の成功例を他地域へそのまま移植することもできません。効果は都市規模、立地、交通、周辺施設、既存の文化資源、観光市場などによって大きく異なります。重要なのは象徴的な建築物を整備することそのものではなく、博物館を地域の公共空間や文化政策、観光政策、交通政策とどのように接続するかです。博物館がまちづくりへ寄与し得るのは、単独で地域を変えるからではなく、地域にすでにある場所や活動との関係のなかで機能するときだと考えるべきでしょう。
なぜ「博物館をつくれば地域が活性化する」わけではないのか――効果を左右する条件と限界
博物館が地域活性化に寄与し得るとしても、その効果は施設の存在だけで決まるものではありません。来館者が多くても、博物館が地域の他の資源やサービスから切り離されていれば、地域への波及は限定的です。重要なのは、博物館への来訪が地域内での次の行動へつながる条件が整っているかどうかです。
その条件には、まず立地や交通があります。公共交通でアクセスしやすいか、徒歩で周辺を回遊できるかによって、来館後の行動は変わります。さらに、展示や活動そのものに訪れる理由があることに加え、周辺に飲食、商業、宿泊施設があり、地域の文化資源と結びついていることも重要です。自治体、観光、交通、商業などの施策と接続し、地域住民や地域主体との関係を築きながら継続的に運営できることも、効果を左右する条件になります。
一方で、地域活性化を目的に掲げることには限界や負担もあります。博物館の整備には建設費だけでなく、その後の維持管理費や事業費が必要です。同じ資源を交通、福祉、教育など別の地域施策へ配分する可能性もあるため、文化施設への投資だけを当然視することはできません。Bilbaoの事例でも、美術館が経済再活性化に寄与するためには、観光を引きつける力や周辺条件が必要であり、その経験を他地域へそのまま一般化することはできません(Plaza, 2008)。
また、来訪者が増えたとしても、利益が地域全体へ均等に広がるとは限りません。一部の事業者に集中したり、支出の多くが地域外へ流れたりする場合があります。観光客の集中が交通混雑や生活環境への負担につながる可能性もあります。短期的な大型イベントによって一時的に人を集めても、それが継続的な地域の変化につながるとは限りません。博物館の社会経済的な価値を考える際にも、観光消費だけに注目せず、より広い影響を捉える必要があります(Bryan et al., 2012)。
さらに注意したいのは、地域活性化への期待が大きくなりすぎることで、博物館本来の仕事が圧迫されることです。収集・保存・調査研究・展示・教育に必要な人員や予算を削ってまで、集客事業や地域振興事業を拡大すれば、長期的には博物館が地域へ提供できる文化的基盤そのものを弱めかねません。
地域活性化には複数の主体との協力が必要になる場合が多い一方、連携先を増やせば成果が生まれるわけでもありません。地域連携が失敗する条件とガバナンスを別に考える必要があります。地域活性化は博物館が無制限に引き受ける追加的使命ではなく、博物館本来の機能と地域側の条件が無理なく接続する範囲で位置づけることが重要です。
「地域が活性化した」と何で判断するのか――来館者数の先を見る
博物館の地域活性化への寄与を判断するとき、最も分かりやすい数字は来館者数です。しかし、来館者数が増えたことと、地域に望ましい変化が生じたことは同じではありません。重要なのは、博物館の活動がどのような経路を通じて地域へつながり、その先で何が変化したのかを見ることです。
文化資源の面では、展示や教育を通じて地域の歴史や文化に触れる機会が増えたか、地域資源の認知や利用につながったかを見ることができます。来訪・回遊の面では、博物館だけで行動が完結せず、周辺施設や史跡、商店などへ移動したか、地域内での滞在が延びたか、再訪につながったかといった変化が重要です。
地域経済については、来館者が地域内で消費したか、博物館と地域事業者との取引が増えたか、雇用にどのような変化があったかを確認できます。ただし、金額が大きいことだけを成果とせず、その利益が誰に届いたのかを見る必要があります。公共空間やまちづくりの面でも、博物館周辺や地域施設の利用が変化したか、地域の認知が広がったか、これまでとは異なる層が地域を利用するようになったかなど、複数の視点が考えられます。
こうした評価では、利益を受けた主体だけでなく、負担を受けた主体も確認する必要があります。来訪者の増加が地域事業者には利益をもたらしても、交通混雑や生活環境への負担が住民に生じる場合があります。また、一時的なイベントによる来訪増加と、地域内で継続的に起きている変化も区別しなければなりません。博物館の社会経済的な影響は、単一の指標だけでは十分に把握できないことが指摘されています(Bryan et al., 2012)。
さらに、地域の変化を博物館だけの成果として説明することも避けるべきです。交通政策、観光施策、地域団体の活動、民間事業者など、多くの主体が同時に関わっています。地域開発における博物館の役割も、こうした他の主体や政策との関係のなかで捉える必要があります(OECD & ICOM, 2019)。したがって問うべきなのは、「博物館だけが変化を生み出したか」ではなく、「博物館の活動が、どのような変化に、どのような経路で寄与したのか」です。
具体的な評価手法については、アウトカム評価とベンチマーキングの具体的な方法で詳しく整理しています。地域活性化を判断するうえでは、来館者数の先にある文化、行動、経済、場所の変化を追い、それが誰にどのような意味を持ったのかまで見ることが重要です。
博物館の地域活性化とは、地域資源と人・場所・経済を接続することである
博物館が存在するだけで、地域が活性化するわけではありません。出発点になるのは、収集・保存・調査研究・展示・教育という博物館本来の機能です。地域に存在する文化資源を残し、その意味を調べ、社会と共有することによって、住民や来訪者が地域について知る機会が生まれます。そこから来訪が回遊や滞在へつながれば、飲食、宿泊、小売、交通などへの消費や、雇用、地域内調達へ波及する可能性があります。
さらに、博物館は公共空間の利用や地域イメージ、まちづくりとも接続し得ます。ただし、こうした変化は博物館だけで生じるものではありません。立地、交通、周辺環境、地域政策、地域主体との関係などによって、その効果は大きく変わります。来館者数や消費額が増えたとしても、それだけで地域活性化が実現したとは判断できません。誰に利益が届き、誰に負担が生じたのかまで見る必要があります。
地域活性化は、博物館があらゆる地域課題を引き受けることでもありません。集客や地域振興を優先するあまり、収集・保存・研究といった本来の使命を弱めてしまえば、長期的には地域へ提供できる文化的な基盤そのものを失いかねません。重要なのは「博物館が地域を活性化した」と断定することではなく、地域資源を人の移動、経済活動、場所の利用へどのように接続し、どのような変化に寄与したのかを説明できることです。

