ミュージアムショップの新しい収益戦略:体験価値を高める工夫

ミュージアムショップは、単なる土産物売り場ではなく、訪問者体験を補完し、文化施設の収益を支える重要な要素となっています。多くの訪問者にとって、ショップでの買い物はミュージアム訪問の一環であり、特別な思い出を持ち帰る手段となっています。しかし、近年のデジタル化や観光市場の変化により、ミュージアムショップの役割も進化し続けています。

本記事では、最新の研究をもとに、ミュージアムショップが収益を向上させるための新しい戦略について詳しく掘り下げていきます。単なる物販を超えて、体験価値を高め、来館者との関係を強化しながら、持続可能な収益モデルを確立する方法を探ります。

目次

1. 文化的・創造的商品の開発

近年、多くのミュージアムが文化的・創造的商品(Cultural and Creative Products, CCPs)を販売することで収益を伸ばしています。例えば、北京の故宮博物院では、伝統的な中国美術をモチーフにしたグッズの売上が年間15億元(約300億円)を超えています(Li Zhao et al., 2009)1。これは、単なるレプリカ販売ではなく、訪問者のニーズに合わせた高品質でデザイン性の高い商品を提供することで、観光客の満足度を向上させ、リピーターの獲得につながっています。

研究によると、訪問者の購買意欲に影響を与える主な要素は以下の通りです。

  • 革新性(Innovation Value):独自性があり、他にはないデザインの商品は、来館者にとって魅力的に映る。特に、現代的なデザインと伝統的な要素を融合させた商品が人気を集めています。
  • 体験価値(Experience Value):商品を通じてミュージアムの体験が持続する仕組みが求められている。例えば、来館者が展示物と関連した商品を購入することで、その体験を自宅でも楽しめるような工夫が必要です。

例えば、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)では、特定の展示に関連した限定グッズを販売することで、訪問者の記憶に残る商品体験を提供しています(Li, Zhao, et al., 2009)2。ここでは、展示物の美術的価値を反映した洗練されたデザインの商品が豊富に揃えられており、訪問者が博物館での体験を日常生活に持ち帰ることができるようになっています。

さらに、商品開発の際には、地域の文化や歴史を生かしたストーリーテリングが重要です。例えば、日本の国立博物館では、特定の時代や文化に焦点を当てたオリジナルグッズを企画し、訪問者がその時代背景を理解しやすくするための工夫がされています。また、地域の職人と連携し、伝統工芸を取り入れた商品を開発することで、地域文化の継承とミュージアムの収益向上を同時に実現しています。

このように、文化的・創造的商品の開発は、単なる物販以上の意味を持ち、訪問者の体験を豊かにすると同時に、ミュージアムのブランド価値を向上させる重要な戦略となっています。

2. 「データ・スーベニア」の活用

「データ・スーベニア」とは、訪問者がミュージアム内で体験した情報を記録し、それを物理的なお土産として持ち帰る仕組みです。このコンセプトは、デジタル技術を活用して来館者の体験をよりパーソナライズし、訪問後のエンゲージメントを促進することを目的としています。研究では、この手法が来館者の関与を深め、再訪を促す効果があることが示されています(Petrelli, Daniela, et al., 2017)3

例えば、特定の展示を訪れた際のデータをQRコード付きのポストカードや3Dプリント品として提供することで、訪問者はデジタルとフィジカルの両方で記憶を保持することが可能になります。さらに、データ・スーベニアを用いたアプローチでは、来館者が自身の体験を記録し、後からオンラインで詳細を閲覧できる機能も付加されることが多く、これにより博物館のオンラインプレゼンスも強化されます。

例えば、欧州の一部の博物館では、来館者が展示物の情報を選択的に保存し、帰宅後に専用のウェブサイトにアクセスして自分だけのデジタル展示を作成できるサービスを提供しています。このようなアプローチは、ミュージアム体験を一過性のものにせず、訪問者が継続的に関与できる環境を構築することに寄与します。

3. ミュージアムショップのブランディング

ミュージアムショップは単なる物販の場ではなく、その都市や文化施設のブランド価値を高める重要な役割を果たします。特に、都市の文化的アイデンティティを反映した商品を販売することで、訪問者に強い印象を与え、再訪のきっかけを作ることができます。

サンクトペテルブルクのミュージアムショップに関する研究では、ショップの商品戦略が都市ブランドの強化に貢献する可能性が指摘されています(Trabskaia, Iuliia, et al., 2019)4。この研究によると、ミュージアムショップが独自性のある商品ラインナップを展開することで、都市全体の文化的魅力を強調し、観光業の活性化にもつながるとされています。

例えば、エルミタージュ美術館のショップでは、所蔵する有名絵画のデザインを取り入れた商品を展開し、単なるお土産ではなく、芸術への理解を深めるアイテムとして提供しています。こうした戦略は、訪問者が博物館のコレクションをより身近に感じられるようにするだけでなく、ミュージアム自体のブランドイメージ向上にも寄与しています。

また、ミュージアムショップの空間デザインやレイアウトもブランド戦略の一環として重要です。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)では、ショップ内に展示スペースを設けることで、単なる販売の場ではなく、訪問者が学びやインスピレーションを得る空間として機能するよう工夫されています。このような取り組みは、ショップの売上向上だけでなく、訪問者の体験価値を向上させ、都市全体の文化的評価を高めることにつながります。

今後、ミュージアムショップが都市のブランド価値を向上させるためには、地元のアーティストや職人と協力し、地域の特色を活かしたオリジナル商品を開発することが求められるでしょう。さらに、オンライン販売の強化や、デジタル技術を活用したインタラクティブな購買体験を提供することで、訪問者の満足度を高め、持続可能な収益モデルを確立することが可能となります。販売し、ブランド価値を高めています。

4. オンラインショップとデジタル販売の活用

オンライン販売の強化も、ミュージアムショップの収益を拡大するための重要な戦略です。デジタル技術の進化により、ミュージアムは物理的なショップの枠を超えて、世界中の顧客に商品を届けることが可能になりました。特に、新型コロナウイルスの影響で来館者数が減少した期間に、多くのミュージアムがオンライン販売の重要性を再認識しました。

例えば、故宮博物院はTmall(天猫)での販売を通じて、年間60万人以上のオンライン購入者を獲得しています(Li, Zhao, et al., 2009)5。これは、単にミュージアムグッズをオンラインで販売するだけでなく、ターゲット層を広げるためのマーケティング戦略やプロモーションを積極的に活用した結果です。

ミュージアムがオンライン販売を成功させるためのポイントは次のとおりです。

限定商品のオンライン販売(特定の展示期間中のみ販売)

限定版の商品をオンラインで販売することで、特別感を演出し、収益を向上させることができます。例えば、特定の展示に関連した期間限定の商品をオンラインで販売し、展示が終わった後も購入可能にすることで、ファンの関心を持続させることも考えられます。

バーチャル展示と連携したEコマース(デジタルツアーとセット販売)

バーチャル展示やオンラインツアーと連携することで、物理的に来館できない訪問者にも商品を提供できます。例えば、オンラインのバーチャルツアーの参加者に対して、特別なグッズを購入できる専用ページを提供し、来館者以外の顧客層を取り込む施策を展開することが考えられます。さらに、ミュージアムのオンラインコンテンツ(動画解説やインタラクティブ展示)と連携し、特定の展示に関連した商品を推奨することで、オンライン来館者の購買意欲を高めることが可能です。

サブスクリプションモデルの導入(定期的に特別商品を届ける)

ミュージアム関連の商品を定期的に届けるサブスクリプションサービスは、安定した収益基盤を築く上で有効な手段です。これにより、顧客との継続的な関係を維持し、来館の機会を増やすだけでなく、オンラインでのブランド価値を高めることができます。

このように、オンライン販売を活用することで、ミュージアムショップの可能性は無限に広がります。これまでの「現地でしか買えない」制約を取り払い、世界中の顧客に商品を提供することが、今後の収益戦略において不可欠となるでしょう。

収益向上のための心理学的アプローチ

ミュージアムショップの収益を向上させるためには、単に商品の種類を増やすだけでなく、訪問者の心理的要因を考慮した戦略が重要になります。特に、行動経済学や消費者心理学の知見を活用することで、購買意欲を高め、より多くの売上につなげることが可能となります。

研究によると、訪問者はエンダウメント効果(Endowment Effect)により、一度所有した商品に対して高い価値を感じる傾向があります(Shtudiner, Zeev, et al., 2019)6。この心理効果を活用することで、ミュージアムショップの商品戦略を強化することができます。エンダウメント効果とは、人は一度所有すると、その商品に対する価値評価が高まるという心理的現象です。この効果を利用することで、訪問者に対して「ここでしか手に入らない」という特別感を演出し、購買行動を促進することができます。

例えば、限定商品やカスタマイズ可能なグッズを提供することで、訪問者がそのアイテムに対する所有欲を高めやすくなります。また、購入前に一時的に商品を体験させることで、エンダウメント効果をより強めることが可能です。

具体的な応用例

カスタマイズ可能なグッズの提供(名前や訪問日時を刻印できるアイテム)

訪問者が自分だけの特別なアイテムを手にすることで、その価値を高く感じやすくなります。例えば、一部の展示品をモチーフにしたカスタムグッズ(ネーム入りの彫刻や限定版プリント)を提供し、訪問者が自分専用の記念品を持ち帰れるようにすることもできます。また、伝統工芸品に名前や日付を刻印できるサービスを導入し、特別感を演出することで購買意欲を高めることもできます。

体験とセット販売(ワークショップ体験+限定グッズ)

訪問者が展示の世界観に没入しながら、関連したグッズを手に入れることで、ミュージアム体験の価値を最大化できます。例えば、陶芸や書道のワークショップに参加した訪問者が、自分で作成した作品とミュージアム限定の関連グッズをセットで購入できるプログラムを提供することも考えられます。さらに、特定のアーティストとのコラボレーションイベントを開催し、ワークショップ参加者限定のグッズを販売することで、収益を向上させるとともに、訪問者の満足度を高めることも可能です。

没入型体験と連携した特別グッズの販売

VR体験と連動した特別なグッズを販売し、訪問者が購入後もミュージアムの体験を思い出せるような仕組みを導入することが考えられます。例えば、VRでのバーチャルツアーを楽しんだ後、その映像内に登場した歴史的な装飾品や家具を模したミニチュアを購入できる仕組みがあり、訪問者がより深いレベルで展示と関わることができます。また、デジタルアートを鑑賞した後に、関連するアート作品の限定ポスターやNFTアートを購入できる仕組みを導入し、次世代のデジタルコレクターに向けた新しい市場を開拓しています。

このように、訪問者の心理を理解し、それに基づいた戦略を展開することで、ミュージアムショップの収益を最大化することが可能です。エンダウメント効果を活かしながら、特別な商品や体験を提供することで、訪問者の購買行動を促進し、リピーターを増やすことが期待されます。と連動した特別なグッズを販売し、訪問者が購入後もミュージアムの体験を思い出せるようにしています。

まとめ

ミュージアムショップは、単なる販売の場ではなく、訪問者の体験を深め、ミュージアムの魅力を伝える重要な役割を担っています。文化的・創造的商品の開発やデータ・スーベニアの活用、ブランディング強化、オンライン販売の拡充、心理学を応用したマーケティング戦略を組み合わせることで、収益の最大化と訪問者満足度の向上が可能になります。

今後、デジタル技術の活用や地域との連携を進め、訪問者の購買体験をより魅力的なものにすることが求められます。ミュージアムショップの進化が、文化施設の持続的な発展につながる鍵となるでしょう。用し、より魅力的なショップ体験を提供するかが、文化施設の持続可能な発展において重要な鍵となるでしょう。

参考文献

  1. Li, Zhao, et al. “Innovative or not? The effects of consumer perceived value on purchase intentions for the palace museum’s cultural and creative products.” Sustainability 13.4 (2021): 2412. https://doi.org/10.3390/su13042412 ↩︎
  2. Li, Zhao, et al. “Innovative or not? The effects of consumer perceived value on purchase intentions for the palace museum’s cultural and creative products.” Sustainability 13.4 (2021): 2412. https://doi.org/10.3390/su13042412 ↩︎
  3. Petrelli, Daniela, et al. “Tangible data souvenirs as a bridge between a physical museum visit and online digital experience.” Personal and Ubiquitous Computing 21 (2017): 281-295.https://doi.org/10.1007/s00779-016-0993-x ↩︎
  4. Trabskaia, Iuliia, et al. “City branding and museum souvenirs: towards improving the St. Petersburg city brand: Do museums sell souvenirs or do souvenirs sell museums?.” Journal of Place Management and Development 12.4 (2019): 529-544. ↩︎
  5. Li, Zhao, et al. “Innovative or not? The effects of consumer perceived value on purchase intentions for the palace museum’s cultural and creative products.” Sustainability 13.4 (2021): 2412. https://doi.org/10.3390/su13042412 ↩︎
  6. Shtudiner, Zeev, et al. “The value of souvenirs: Endowment effect and religion.” Annals of Tourism Research 74 (2019): 17-32.https://doi.org/10.1016/j.annals.2018.10.003 ↩︎
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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