はじめに:展示の背後にある「無償の情熱」
美術館や博物館を訪れた際、静謐な展示空間でゆっくりと作品や資料に向き合う時間は、日常を離れて豊かな知的体験をもたらしてくれます。しかし、その体験がどのようにして成立しているのかを、立ち止まって考える機会はあまり多くありません。来館者を笑顔で迎え、館内を案内し、ときには展示物について丁寧に説明してくれるスタッフの中には、実は「ボランティア」として無償で活動している人々が少なくありません。
ミュージアムという空間は、展示物や建築といった「目に見える文化資源」だけで構成されているのではなく、その空間を支え、温かみのある場所へと導いている多くの「目に見えない存在」の力によって成り立っています。ボランティアスタッフはその最たる例であり、彼ら・彼女らの存在なくしては、今日のミュージアムの多くがその運営を継続することさえ困難であると言っても過言ではありません。
しかもボランティアの活動は、単に「人手を補う」という機能にとどまらず、地域社会との接点づくりや教育活動、来館者との対話を通じたミュージアムの活性化など、多様な効果をもたらしています。さらに、ボランティア自身もまた、活動を通して知的充足感や社会的つながりを得ており、その関係性は一方通行のものではなく、双方向的で創造的なものであることが数多くの研究によって明らかになってきました。
本記事では、ミュージアムにおけるボランティアの実態に焦点をあて、その担う役割、活動の背景にある動機、育成・マネジメントのあり方、そして今後の展望について、国内外の最新研究や現場の実践事例をもとに多角的に考察していきます。ミュージアムにおけるボランティアを単なる補助労働力としてではなく、文化の共創者として再認識するための視点を提示し、これからの博物館運営においてボランティアの果たすべき役割について、読者の皆さまとともに考えていきたいと思います。
ミュージアムボランティアの役割とは?
展示空間を支える「もう一つの顔」
博物館や美術館は、展示資料やキュレーションの質に加え、来館者が体験する「雰囲気」や「居心地の良さ」が、満足度や再訪意欲を大きく左右する文化施設です。静謐で集中できる展示室、わかりやすい案内表示、笑顔で対応してくれる受付スタッフ、そして親しみやすい解説付きのツアー。これらは一見すると運営体制や設備の充実によって生まれているように見えますが、その背後にはしばしばボランティアの貢献が存在しています。
近年の研究によれば、ボランティアは来館者との「心の距離」を縮める存在として、いわば“文化のホスト役”を担っていることが明らかになっています(Duursma et al., 2023)1。このような視点は、ミュージアムを単なる展示の場から、人と文化の交差点へと再定義するうえで重要な示唆を与えてくれます。
ホスピタリティの主体としてのボランティア
Duursmaらの研究(2023)では、ある地域博物館において行われたボランティア研修のワークショップを通じて、ボランティアたちが「自分たちがミュージアムの顔である」と強く意識していることが浮かび上がりました2。彼らは来館者に「温かさ」を届けることを自らの責任として受け止め、言葉遣いや表情、気配りを細やかに工夫していました。
このような行動は、単なる職務的なものではなく、「人としての誠実な対応」=“authentic hospitality”として来館者に伝わっており、来館体験の質を根本から高める要因となっています。来館者との一対一の関係を築くことができるのは、スタッフよりも自由度が高く、地域と深いつながりをもつボランティアだからこそ可能な役割でもあるのです。
空間を「居心地のよい場」にする力
ボランティアの貢献は、空間そのものの意味を変化させる力も持っています。彼ら・彼女らが話しかけてくれることで、ミュージアムという空間が「静かで敷居の高い場所」から「対話が生まれる身近な場所」へと変化するのです。
ホスピタリティ研究の観点からも、物理的環境だけでなく「人的インタラクション」が来館体験の満足度を決定づける要因であることが繰り返し指摘されてきました(Holmes & Edwards, 2008)3。ミュージアムボランティアは、まさにその“触媒”として、空間の雰囲気や来館者の感情に影響を与える存在なのです。
ボランティアがつくる「また来たい」という気持ち
「また来ようと思ったのは、受付の方の対応がとても丁寧だったから」「展示の説明が親しみやすくて、初めてでも安心できた」──こうした来館者の声は、アンケートやインタビュー調査でもしばしば見られます。ボランティアのもたらす“人とのふれあい”が、ミュージアムと地域住民・観光客との橋渡しになっているのです。
このように、ボランティアは「目に見える展示」だけでなく、「目に見えない体験価値」の形成にも重要な役割を果たしています。文化を伝える施設において、人が人に接するというシンプルな行為が、実は最も記憶に残る体験となり、文化と人との距離を縮めているのです。
第1節では、ミュージアムにおけるボランティアの活動が、展示の背後で「ホスピタリティ」という無形の価値を生み出していることを明らかにしました。来館者との出会いの場をつくり出すことで、彼らは文化と人をつなぐ役割を担っているのです。
次節では、こうした活動を支えている「動機」──すなわち、なぜボランティアは無償で活動するのか、という問いに焦点を当て、その心理的・社会的背景を探っていきます。
ボランティアの動機:なぜ人は無償で働くのか?
なぜ人は「無償」で働くのか?
「給料が出ないのに、なぜそこまで熱心に活動するのか」──これは、ミュージアムのボランティアに対してよく投げかけられる問いです。特に現代社会においては、時間や労力を費やす行為が「対価」によって報われるべきという前提があるなかで、ボランティア活動の動機はしばしば“特殊”なものとして捉えられがちです。
しかし実際には、ボランティアの行動には明確な理由と価値があり、それらは個人のアイデンティティや人生経験、社会との関わり方と深く結びついています。本節では、ミュージアムボランティアの動機に関する近年の研究成果をもとに、無償の活動の背景にある「わたしなりの理由」を多角的に読み解いていきます。
動機を分類する:VFIモデルによる分析
ボランティアの動機を理論的に整理するために広く用いられているのが、「Volunteer Functions Inventory(VFI)」モデルです(Clary et al., 1998)4。このモデルでは、ボランティアの動機を以下の6つに分類しています:
1. 価値志向(Values):他者を助けたい、社会貢献したいという利他的動機
2. 理解志向(Understanding):新しい知識やスキルを学びたいという知的関心
3. 社会志向(Social):他者と交流したい、所属感を得たいという関係性重視の動機
4. キャリア志向(Career):経験を積み、職業的な将来につなげたいという展望
5. 自我保護(Protective):孤独感の解消や自己評価の維持といった心理的防衛
6. 自我強化(Enhancement):自己成長や自尊心の向上といった内的満足の追求
ミュージアムにおけるボランティアの場合、特に「価値志向」や「理解志向」、「社会志向」が強く現れることが報告されています(Chen, Liu & Legget, 2018; Deery, Jago & Mair, 2011)56。
年齢層と動機の関係:世代による違い
動機は年齢やライフステージによっても変化します。たとえば、Deeryら(2011)の研究では、60代以上のボランティアは「社会的つながり」や「地域貢献」への欲求が強く、退職後の生きがいや自己実現の一環としてボランティア活動に参加していることが明らかになりました7。
一方で、20代〜30代の若年層では「キャリア形成」や「経験の獲得」が主な動機として挙げられ、インターンシップや就職準備の一環としてボランティアを選ぶ傾向が見られます(Holmes, 2006)8。つまり、ボランティアは世代によって“異なる意味”を持つ活動であり、それぞれの動機に応じた受け入れ体制が必要であることが示唆されます。
ボランティアにとっての“ご褒美”とは?
「ボランティアには報酬がない」とよく言われますが、それは金銭的な報酬に限った話です。実際、多くのボランティアは、「人とのつながりができた」「学びの機会を得られた」「誰かの役に立てたことがうれしい」といった“心の報酬”を強く感じています(Edwards, 2005)9。
また、ある種の“自己物語”を再構築する場としてボランティア活動が機能していることも見逃せません。「若い頃は教員だったから、子どもたちに教える喜びをもう一度味わいたい」「歴史が好きだったので、それを誰かと共有できる場がほしかった」──そう語る人々にとって、ミュージアムでのボランティアは過去と現在をつなぐ貴重な機会なのです。
動機と継続性の関係
ボランティアを「始める理由」と「続ける理由」は必ずしも同じではありません。最初は“なんとなく”始めた人でも、活動を通じて人間関係が築かれたり、施設側から信頼されて役割を与えられたりすることで、動機が内面化し、持続的な関与へとつながっていきます(Orr, 2006)10。
その意味で、ボランティアの動機を理解することは、単なる「動機分析」ではなく、継続的な人材育成やエンゲージメント戦略の基盤にもなります。多様な動機を尊重し、それぞれの「わたしなりの理由」に耳を傾ける姿勢が、ボランティア文化を成熟させる鍵となるのです。
本節では、ミュージアムボランティアが「なぜ無償で活動するのか」という問いに対し、多様な心理的・社会的動機が存在することを明らかにしました。ボランティアは自分の価値観や人生の歩みと折り合いをつけながら、ミュージアムという場に「わたし」を重ねています。
次節では、こうしたボランティアの思いと実践を支える仕組み──すなわち、研修や学習、評価といった「育成のあり方」について掘り下げていきます。
育てる・育つ──ボランティアの成長を支える仕組み
「任せる」だけでは続かない時代に
ミュージアムにおけるボランティアは、もはや「善意に頼る労働力」ではありません。第1節で述べたように、彼らは来館者との接点をつくり、文化施設の印象を左右する“顔”のような存在です。そして第2節では、活動の背後には多様で繊細な動機が存在することを確認しました。では、そのようなボランティアたちが、自らの意欲と誇りを保ちながら長く活動を継続するには、どのような支援が必要なのでしょうか。
ボランティアの成長には「育成(training)」と「環境づくり(support)」という2つの柱が必要です。本節では、研修制度のあり方、学習の場としてのミュージアム、関係性のマネジメントなど、ボランティアの“育ち”を支える具体的な取り組みについて掘り下げていきます。
育成は「教えること」だけではない
ボランティア育成というと、まず思い浮かぶのは「導入研修」や「マニュアルの提供」でしょう。しかし、Grenier(2009)の研究によれば、優れたミュージアムボランティアの“専門性”は、単に知識を詰め込むことではなく、実践の中で得られる「経験知」や「状況判断力」によって育まれると指摘されています11。
Grenierの調査では、12人の熟練ドーセント(解説ボランティア)がインフォーマルな学習、すなわち「他者の語りを聴く」「展示を自分の言葉で解釈してみる」「来館者とのやりとりから学ぶ」といった体験を通して、独自の専門性を培っていることが示されました。このことから、育成とは「与えるもの」ではなく、「引き出すもの」「支えるもの」へとパラダイムを転換させる必要があるといえます。
ミュージアムを“学びの共同体”に
ボランティアの成長を促すには、研修やマニュアルだけでなく、「学び合い」が自然に生まれる場づくりが重要です。たとえばDuursmaら(2023)の研究では、オランダの自然博物館におけるワークショップ形式のボランティア研修が紹介されています12。そこでは管理者とボランティアが対等に意見を交わし、「よいホスピタリティとは何か」「どうすれば来館者にとって心地よい空間になるか」といったテーマをともに考えることで、ボランティアの主体性が育まれていました。
このような対話型の学習環境は、単なる知識伝達にとどまらず、ミュージアム自体を「共に考え、共に育つ場=学習共同体(learning community)」へと変えていきます。ミュージアムがボランティアの“居場所”として機能するためには、このような関係性のデザインが不可欠です。
「やりがい」の設計──成長実感をどうつくるか
ボランティア活動が長続きするかどうかは、その人自身が「自分が何かを得ている」「成長している」と実感できるかに大きく左右されます(Orr, 2006)13。そのため、育成支援には「学びの可視化」や「自己評価の機会」を組み込むことが重要です。
たとえば、次のような工夫が有効です:
• 自己目標シートの活用(どのような学びを得たいかを事前に明確化)
• 終了後のフィードバックやふりかえりセッションの実施
• 同期や先輩ボランティアとの対話を通じたリフレクション(内省)機会の提供
• 成果を共有する場(例:ボランティアによるガイド成果発表会)の設置
こうした「成長の物語」を可視化する取り組みは、単なるやりがいの向上にとどまらず、ボランティアが自らの活動を“自分ごと”として意味づける契機にもなります。
管理者との関係性:共に働くパートナーとして
ボランティアを支えるのは制度や研修だけではありません。日々のコミュニケーションや信頼関係こそが、もっとも重要な基盤となります。Holmes(2003)は、「ボランティアの定着には“やる気”よりも“居心地の良さ”が鍵である」と指摘しています14。
ボランティアを“使う”存在ではなく、“共に運営を支える仲間”として位置づける姿勢──すなわち「共創的マネジメント(collaborative management)」が、これからのミュージアムに求められる視点でしょう。
本節では、ボランティアの成長を支える仕組みについて、研修の質、学習環境、関係性のあり方に注目して検討してきました。ボランティアは「教える対象」ではなく、共に育ち、共に文化を支える“学び手”であり“担い手”でもあります。育成とは「知識の授受」ではなく、「ともに成長する環境の創造」なのです。
次節では、こうして育まれたボランティアの活動が、いかにしてミュージアムと地域社会との関係を築いていくのか──「コミュニティエンゲージメント」という観点から考察を進めていきます。
地域とつながる──ボランティアによるコミュニティエンゲージメント
ボランティアは「内と外」をつなぐ存在
ミュージアムは長らく「知の殿堂」として、学術的価値や歴史的資源を収集・保存・展示する場とされてきました。しかし近年では、その役割が大きく変化しています。単なる展示空間ではなく、地域社会とつながり、課題を共有し、人々の学びや対話の場を提供する「社会的装置」へと進化しつつあります。
その転換点において、重要な橋渡し役を果たしているのがボランティアです。彼ら・彼女らは、ミュージアムという“制度”と、地域という“暮らし”の間に立つ存在として、両者をつなぐ「文化の媒介者」となっています(Sandell & Janes, 2007)15。
「地域の中のミュージアム」から「地域のためのミュージアム」へ
地域住民にとって、ミュージアムは必ずしも身近な存在とは限りません。とくに歴史資料館や美術館に対しては、「専門的で敷居が高い」「自分には関係ない」といった印象を抱く人も少なくありません。こうした認識の壁を打ち破るのが、地域から生まれ、地域に根差すボランティアの存在です。
彼らが地域の祭りや学校との連携企画に関わったり、地域の高齢者施設でミニ展示やお話会を開いたりすることで、ミュージアムは「閉じた場所」から「開かれた公共空間」へと変貌します。ボランティアは、ミュージアムの活動を地域の日常へと持ち出し、「地域の中のミュージアム」から「地域のためのミュージアム」へと、その位置づけを変えていく推進力なのです(Holmes & Slater, 2011)16。
コミュニティの中で育まれる“関係資本”
ミュージアムボランティアは単に人手を提供する存在ではなく、コミュニティ内における「関係資本(social capital)」を構築・循環させる存在です。HolmesとSlater(2011)の研究では、イギリスの文化施設を支えるボランティアグループの活動が、地域内のネットワーク形成、世代間交流、孤立防止といった多面的な社会効果をもたらしていることが示されました17。
とくに、定年退職後の高齢者や、子育てを終えた主婦層など、社会的な役割が変化した人々にとって、ボランティアは「新たな居場所」として機能しており、心理的な健康や自己肯定感の維持にも貢献しています。
このように、ボランティア活動はミュージアムを媒介として「人と人」「世代と世代」「地域と文化」をつなげる、まさにコミュニティエンゲージメントの実践の場なのです。
多文化共生とインクルージョンへの架け橋として
現代のミュージアムが直面するもうひとつの課題は、「多様な地域住民にどう開かれているか」という問いです。多文化共生、ジェンダー平等、障害者との協働といったテーマは、単なる展示のテーマにとどまらず、運営そのものに求められる視点となっています。
ここでもボランティアの役割は大きく、地域の外国人住民を対象とした多言語ガイドの実施や、障害のある人が参加できるボランティア活動の設計など、多様性への対応の最前線に立つこともあります(Sandell, 2007)18。文化資源を通して「誰もがアクセスできる社会」をつくる上で、ボランティアは不可欠な存在なのです。
地域との「信頼関係」はボランティアがつくる
ミュージアムの信頼性や社会的信用は、展示や建築といった「ハード面」だけで築かれるものではありません。受付での対応、展示室での案内、地域イベントでの姿──こうした日々の小さなふるまいの積み重ねが、ミュージアムと地域との「信頼関係」をかたちづくります。
このような日常的な接点の多くは、ボランティアによって担われています。地域の顔を持ち、地域の言葉で語ることができる彼ら・彼女らの存在は、ミュージアムに対する親しみやすさと共感を生み出す鍵であり、地域における文化施設の社会的基盤を築く“見えざる礎”とも言えるでしょう。
第4節では、ボランティアが地域社会との接続点として果たしている役割に焦点を当てました。彼らは、文化と暮らしをつなぎ、人と人の関係性を編み直しながら、ミュージアムの社会的包摂性と公共性を担保しています。
次節では、このように多様な役割を担うボランティアを、いかに組織の中で位置づけ、持続可能なかたちでマネジメントしていくか──「ガバナンスと運営の視点」から考察を進めていきます。
支えるしくみ──ミュージアムボランティアと組織ガバナンス
「善意」だけでは維持できない
ミュージアムにおけるボランティア活動は、その熱意や情熱によって支えられていることは言うまでもありません。しかし、その継続性と信頼性を担保するには、「善意」だけでは不十分です。制度的な支え、明確な役割設定、対等な関係性、そして持続可能な運営体制──これらが整備されてはじめて、ボランティアの力は組織的な成果へとつながります。
本節では、ボランティア活動を単なる「付属的活動」ではなく、ミュージアムのガバナンス構造の中核に位置づける視点から、その制度設計、管理体制、リーダーシップ、評価といった観点を検討していきます。
ボランティアと組織の関係をどう位置づけるか
多くのミュージアムでは、ボランティアは「職員でもなく、外部でもない」中間的な存在として扱われています。この曖昧な位置づけが、時に権限や責任の不明瞭さ、運営方針との乖離、あるいは排除といった問題を引き起こす原因にもなります。
Holmes(2003)が指摘するように、ボランティアが「補助的な立場」から「組織の戦略的パートナー」へと認識を改めることは、21世紀のミュージアムに求められる組織的課題です19。たとえば定例会議にボランティア代表を参加させる、評価プロセスに彼らの視点を組み込む、運営方針にフィードバックのルートを設けるといった取り組みが、その第一歩となるでしょう。
持続可能なマネジメント体制の構築
ボランティアマネジメントは「採用して終わり」ではありません。長期的に関与してもらうには、以下のようなマネジメント体制が求められます:
• 選考・配置:応募動機や適性に基づいた適切なマッチング
• 研修・学習支援:初期導入研修だけでなく、継続的な知識・スキルのアップデート
• 評価・フィードバック:活動内容に対する丁寧なフィードバックと評価面談
• 表彰・承認:貢献を可視化し、社会的承認を与える仕組み(感謝状・ボランティアデイなど)
• 離脱と再参加の支援:一時的に活動を離れても、また戻ってこられる柔軟な制度設計
こうした持続的支援の設計は、ボランティアの安心感と信頼感を生み出し、ひいては組織全体の安定性を高めるものとなります(Bussell & Forbes, 2007)20。
リーダーシップの役割と「感情労働」への配慮
ボランティアと向き合う職員や管理者の役割は、制度的調整だけではありません。日々の声かけ、困りごとへの対応、時に家族的な配慮──これらはしばしば「感情労働(emotional labor)」として可視化されず、属人的に担われがちです。
このような負担を組織的に分担するためには、「ボランティアコーディネーター」といった専門職の配置や、マネージャー自身への支援体制(研修・ピアサポート等)が重要です(Holmes, 2006)21。ミュージアムの運営において、感情的なケアもまた「見えざるインフラ」の一部であるという認識が、ガバナンスの成熟に求められています。
柔軟性と多様性を支えるガバナンスへ
ミュージアムの来館者が多様化しているように、ボランティアの在り方もまた一様ではありません。週に1回決まった時間に来る人もいれば、季節限定やイベント時だけ関与する人、オンラインで資料整理や翻訳を手伝う人など、その関与形態は変化しています。
したがって、組織のガバナンスも「多様な関わり方を前提とした設計」へと転換が必要です。従来の「常勤的・均質的」なモデルではなく、「多層的・流動的」なボランティア制度──その設計と運用こそが、現代のミュージアムのレジリエンス(回復力)と革新性を支える鍵となるでしょう(Janes & Sandell, 2007)22。
第5節では、ボランティア活動を「支えるしくみ」として、制度設計、管理体制、組織文化、リーダーシップの在り方を検討してきました。ボランティアはもはや“外部の善意”ではなく、ミュージアム運営の不可欠な資源であり、その活用は組織のガバナンスの質を問う問題でもあります。
次節では、こうしたボランティアを含む組織全体が、どのようにして社会に対する「ミッション」を果たしていくのか──最終節として、「ミュージアムの社会的使命とボランティアの未来」について総括的に論じていきます。
ミッションを共に生きる──ミュージアムの社会的使命とボランティアの未来
ボランティアは、展示や受付を支える存在であるだけでなく、ミュージアムが掲げる「社会とつながる」「学びをひらく」といったミッションを、日常的なふるまいを通して体現する存在です。理念やビジョンが来館者に伝わるのは、こうしたボランティアの活動があってこそだといえるでしょう。
また、第2節で見たように、ボランティアは「人の役に立ちたい」「学びたい」といった個人的な動機から活動を始めます。その動機とミュージアムの目指す価値が重なったとき、活動は単なる支援を超えて、文化を共につくる「共創」の営みへと変わります。
これからのミュージアムには、多様な人々が柔軟に関われるボランティア制度と、理念を共有し合える風土が必要です。ボランティアとともにミッションを“生きる”こと──それが文化を未来へとつなぐ力になるのです。
参考文献
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