博物館展示デザインの本質とは ― 理論・視点・原則から考える展示のあり方

目次

博物館展示デザインとは何か

展示デザインの定義と現代的な意義

博物館展示デザインとは、博物館が持つ多様な資料やコレクションを、どのように空間の中で構成し、来館者が主体的に体験し、理解や発見を深められるように設計する一連のプロセスを指します。展示空間のレイアウト、動線の計画、照明、グラフィック、キャプションやサインの配置、インタラクティブな仕掛け、さらには来館者の感情や行動を喚起する仕組みまで、展示デザインは非常に幅広い要素を含みます。単なる「見せ方」や「演出」ではなく、来館者がどのような経験を持ち帰るか、そしてその体験を通じてどのような「意味」を得るかを総合的にデザインすることが、現代の博物館展示デザインの本質です(Guy et al., 2024)。

従来、展示デザインは美術的な視点や空間構成の工夫など、視覚的な魅力に重きを置いてきました。しかし近年の博物館では、展示を「体験型」「参加型」「対話型」として再構築する動きが広がっています。つまり、来館者が受動的に展示を見るだけではなく、展示空間の中で自ら考え、感じ、行動し、時には他者とコミュニケーションを取るような能動的な学びや体験が重視されています。展示デザインは「作品や資料を効果的に並べる」ためだけのものではなく、「来館者の行動や思考、感情をデザインする」ための総合的な仕組みであるといえます(Guy et al., 2024)。

展示デザインの広がる役割

現代の博物館展示デザインは、単に空間を美しく演出するだけではありません。設計の現場には、学芸員や専門デザイナーだけでなく、大工や照明技術者、グラフィック担当、ラベル作成者、ウェブ制作者、ボランティア、さらには地域社会や来館者自身まで、多様な担い手が関与しています。展示デザインは「完成した作品」ではなく、日々進化し続ける「プロセス」そのものであり、多様な視点や専門性が交差する協働的な営みです(Guy et al., 2024)。

こうした協働によって生まれる展示デザインは、博物館そのものの理念やメッセージを社会に伝える役割も担っています。例えば、展示テーマに込められた意図や、博物館が発信したい歴史・文化・科学への新しい視点は、デザインを通じて来館者に伝わります。また、展示空間の雰囲気や動線の工夫によって、来館者がどのような順路でどんな情報に出会い、どんな気持ちや考えを持つかも大きく変化します。展示デザインは、博物館と社会、来館者と展示物との間に新たな対話を生み出す「架け橋」として、不可欠な存在となっています(Guy et al., 2024)。

現代的意義と今後の方向性

現在の博物館展示デザインでは、包摂性や社会的責任、倫理的配慮も非常に重要視されています。多様な来館者(年齢、性別、国籍、障害の有無、文化的背景など)一人ひとりの経験や価値観を尊重し、誰もが参加しやすいインクルーシブな空間づくりを目指すことが、国際的にも日本国内でもスタンダードとなりつつあります。展示デザインにおいても、ユニバーサルデザインやバリアフリー設計、情報アクセシビリティ、ジェンダーや社会的マイノリティへの配慮など、時代と社会の要請に応じた新しい発想と工夫が求められています(Guy et al., 2024)。

また、近年ではデジタル技術の活用やハイブリッド展示、オンライン体験との連携など、物理空間にとどまらない新しい展示デザインの領域も広がっています。これにより、遠隔地からでも展示体験を楽しめたり、来館者一人ひとりの興味や関心に合わせたパーソナライズドな学びを実現したりすることが可能になっています。

このように、現代の博物館展示デザインは、「見せる」から「共に創る」へ、「作品中心」から「来館者体験中心」へ、さらに「社会的包摂」や「新しいテクノロジーの活用」へと進化を遂げてきています。今後の記事では、このような幅広い視点から、展示デザインの理論と実践をさらに掘り下げ、学術的根拠と現場の経験の両面から、より良い展示デザインのあり方を詳しく解説していきます。

展示デザインのパラダイムシフト

受動的観覧者から能動的参加者への転換

博物館展示デザインは、長い間「来館者が展示物を受動的に観覧する」ことを前提とした空間づくりが主流でした。つまり、展示品や解説をいかに見やすく美しく並べるか、来館者に知識や情報を一方向的に伝達するかが重視されていたのです。しかし現代の博物館展示デザインでは、こうした一方的な情報伝達モデルから脱却し、「来館者自身が展示空間で積極的に考え、感じ、対話し、意味をつくり出す主体」として位置づけられるようになってきました(Macdonald, 2007)。

このようなパラダイムシフトの背景には、「来館者体験」をめぐる理論や実証研究の蓄積があります。近年の研究では、来館者は単なる知識の受け手ではなく、自分自身の経験や感情、知識と展示物とを結び付けながら、展示空間の中で「意味の創出者」として能動的に関与することが明らかになっています。展示デザインの現場では、参加型展示やインタラクティブな仕掛け、ワークショップや対話の場など、来館者が主体的に関わるためのさまざまな工夫が取り入れられるようになりました(Skydsgaard et al., 2016)。

さらに、展示空間を「社会的な学びの場」「対話の場」として設計する動きも広がっています。博物館は、展示物や資料を通じて知識や文化を伝えるだけでなく、来館者同士やスタッフ、地域コミュニティとの新しいつながりや対話を生み出すプラットフォームとなることが求められています。たとえば、来館者同士が自由に意見を交わしたり、感想を書き残したりできるスペースの設置や、展示テーマについての公開ディスカッションイベントの開催などが、現代の博物館展示デザインではますます重要になっています。こうした取り組みによって、博物館展示デザインは「受動的観覧者」から「能動的参加者」への転換を後押しし、来館者体験の質を大きく高めています(Macdonald, 2007)。

「プロセス」を重視する展示デザイン史

展示デザインを考える際、かつては「完成した展示空間」や「著名なデザイナー・学芸員」の手腕ばかりが注目されてきました。しかし今日の展示デザイン論では、展示を「完成品」ではなく「絶えず変化し続ける協働的なプロセス」として捉える視点が重要視されています(Guy et al., 2024)。展示デザインの現場には、デザイナーや学芸員だけでなく、大工やグラフィックデザイナー、照明技術者、ラベル作成者、さらにボランティアや地域コミュニティ、時には来館者自身も含め、多様な専門性や立場の人々が関与しています。

この「プロセス重視」の視点では、展示空間がどのように作られていくか、どのような協働や対話、試行錯誤が重ねられているか、その舞台裏に焦点が当たります。たとえば、展示の初期プランニングから設営、公開後の調整や評価に至るまで、多くの人々が関わり続けることで、展示空間は常に変化し、最適化されていきます。こうした協働の過程こそが、博物館展示デザインの本質的な価値であり、現代的な意義だと考えられています(Guy et al., 2024)。

また、展示デザイン史を再評価するなかで、ジェンダーや階級、エスニシティ、障害の有無など、社会的にさまざまな立場の人々が展示制作にどのように関与してきたか、多様性や包摂の観点が強く意識されるようになりました。例えば、女性スタッフや地域住民、障害当事者の声を反映させた展示づくり、ボランティアや学生など多様な担い手との協働事例などが、近年の展示デザインの現場では大きな役割を果たしています。これにより、展示空間そのものがより開かれた、多様性と包摂性を備えたものへと進化しています(Guy et al., 2024)。

このような「プロセス志向」の展示デザイン史を踏まえ、現代の博物館展示デザインは「多様な担い手が協働し続ける現場」こそが持続可能なイノベーションと社会的価値の源泉であると再定義されています。単なる「完成品」ではなく、「日々進化し続けるプロセス」こそが、今後の展示デザイン論の中心となっています。

博物館展示の歴史的変遷や思想の流れについてさらに詳しく知りたい方は、展示の歴史とは何か ― 博物館展示の形式・空間・思想の変遷をたどるもご参照ください。

展示デザインを考える3つの視点

メディアの視点 ― 展示メディアの役割と影響

博物館展示デザインを考える上で欠かせないのが「展示メディア」という視点です。展示メディアとは、ガラスケースに収められた実物資料、解説パネルや写真パネル、映像や音声ガイド、タッチパネル、体験型の装置、デジタル技術を活用した最新の展示など、多様な表現手段や情報の伝え方を含みます。展示デザインでは、どのようなメディアを使うか、どう組み合わせるかによって、来館者が展示から受け取る情報の質や体験の印象、学びの深さが大きく左右されます(Macdonald, 2007)。

例えば、歴史的な資料や実物そのものを展示する場合、来館者は「本物」であることや、過去と直接つながる感覚を強く持つことができます。一方で、映像や体験型の展示は、内容をより深く理解したり、子どもや若い世代の関心を引き出したりする効果があります。最近では、実物展示とデジタル展示を組み合わせたハイブリッド型の展示も増え、多様な来館者に合わせた情報発信が可能となっています。

また、展示メディアの選び方は、対象となる来館者層や展示のテーマによっても異なります。子ども向けの展示では体験型の展示が効果的であり、専門的な内容を伝える場合には映像や分かりやすい解説パネルが重要です。展示デザインにおいて、「どの来館者に、どのような方法で情報を届けるか」を考えることは、博物館の運営に欠かせないポイントといえるでしょう(Macdonald, 2007)。

社会性(ソーシャリティ)の視点 ― 展示と社会的体験

次に、「社会性」という視点があります。博物館の展示は、来館者が一人で体験するだけでなく、家族や友人、学校のグループ、他の来館者やスタッフと一緒に「社会的な交流」をしながら楽しむ場でもあります。展示を見ながら話し合ったり、感想を共有したりすることで、来館者の学びや気づきがより深まるのです(Macdonald, 2007)。

最近の博物館展示デザインでは、来館者同士の意見交換や共同作業、体験型のワークショップや参加コーナーなど、交流しやすい仕組みが増えています。さらに、インターネットやデジタル掲示板を使って、他の来館者の感想や意見を見ることができる展示も普及しています。こうした仕掛けによって、博物館は「知識を学ぶ場」から「コミュニケーションと共同体験の場」へと役割を広げています。

展示デザインに社会性の視点を取り入れることで、家族や友人との会話、世代を超えた意見交換など、展示体験がより豊かで記憶に残るものになります。博物館展示デザインにおいて「社会性」を重視することは、来館者体験の質を高めるための重要な工夫です(Macdonald, 2007)。

空間(スペース)の視点 ― 動線と展示空間設計

三つ目の視点は「空間」です。展示空間のレイアウトや動線設計、テーマごとのゾーニング、歩きやすさや見やすさへの配慮は、来館者がどのように展示を楽しみ、どの展示が印象に残るかに強く影響します。現代の博物館展示デザインでは、来館者の動きを観察し、どこで立ち止まり、どこで関心を持つのかを科学的に分析して、展示空間をより効果的に設計する取り組みが進んでいます(Macdonald, 2007)。

例えば、展示の順路を工夫してスムーズに見学できるようにしたり、「驚き」や「発見」の場を空間内に設けたりすることで、展示体験の印象をより強く残すことができます。ゾーニングによってテーマごとに空間を分けたり、休憩スペースを適切に配置したりすることも、来館者が快適に滞在できる環境づくりに役立ちます。また、高齢者や車いす、ベビーカーを利用する方など、誰もが安心して利用できるよう配慮することは、インクルーシブデザインの実現に直結します。

このように、「展示メディア」「社会性」「空間」という3つの視点から展示デザインを考えることで、博物館はより多様で豊かな来館者体験を生み出すことができます。

展示デザインの4原則 ― 来館者体験を高めるために

好奇心 ― 来館者を惹きつける展示

博物館展示デザインの第一の原則は「好奇心」を引き出すことです。好奇心を刺激する展示は、来館者が「もっと知りたい」「自分で確かめてみたい」と思うきっかけとなり、学びや発見の第一歩になります。例えば、見たことのない道具や不思議な形の資料、予想外の組み合わせや対比、普段は触れることのない地域や時代の文化を紹介する展示など、意外性や新しさを感じさせる工夫が効果的です。解説パネルに「あなたならどう使いますか?」や「この道具は何に使うものでしょう?」といった問いかけを添えることで、来館者自身が考え、発見する喜びを得ることができます。

また、展示の中で「比較」や「変化」を感じられる構成も好奇心をかき立てます。例えば、時代ごとに変化した道具や衣服の移り変わりを並べて見せたり、世界各地で同じ目的で使われてきた道具を比較したりすると、来館者は自然と「なぜ違いがあるのか」「どうして形が似ているのか」と疑問を持ちやすくなります。こうした工夫を通じて、「好奇心」を中心に据えた展示デザインは、来館者が自ら主体的に学ぶ姿勢を育てる大きな力となります(Skydsgaard et al., 2016)。

挑戦 ― 内省と対話を促す

第二の原則は「挑戦」です。展示を通して、来館者に新しい視点や考え方、社会的な課題や葛藤を提示し、自分の考えや感じ方を見つめ直す機会を与えることが大切です。例えば、異なる文化や時代、立場によって解釈や価値観が異なるテーマについて、「あなたならどう考えますか?」と問いかけたり、さまざまな意見や証言を並列して紹介したりすることで、来館者一人ひとりが自分なりの答えや気づきを得られる展示を目指します。

具体的には、身近な問題を取り上げて「正解のない問い」を設けたり、社会の中で意見が分かれるテーマについて賛否両論を紹介したりする工夫が挙げられます。展示内で意見投票や感想投稿を促すコーナーを設けることも有効です。こうした「挑戦」の要素を持つ展示は、来館者に自分自身の考えを深めるきっかけを与え、他の来館者との対話や新たな視点の発見にもつながります。現代の博物館展示デザインでは、こうした多様な視点や価値観にふれる「挑戦的な問いかけ」が、学びをより豊かで奥深いものにしています(Skydsgaard et al., 2016)。

物語 ― 共感を呼ぶストーリーテリング

第三の原則は「物語」です。人は物語に触れることで共感し、展示のテーマや内容を「自分ごと」として受け止めやすくなります。展示デザインにおいては、歴史上の人物や地域の住民、科学者や芸術家の体験談やエピソード、手紙や日記、インタビューなどを取り入れることで、資料や出来事の背景にある人々の思いを伝えることができます。

例えば、ある時代を生きた人の日常を写真や手紙で紹介したり、専門家や当事者の証言を映像や音声で紹介するなどの工夫が考えられます。来館者は登場人物の視点を追体験することで、「もし自分がこの立場だったら」「自分の家族や地域でも同じことが起きているかもしれない」といった想像や共感を得ることができます。物語性のある展示は、内容の理解や記憶に深く残り、来館者が展示の意義を実感しやすくする効果もあります。博物館展示デザインでは、ストーリーを意識して展示全体に流れや起承転結を持たせることで、来館者の心に強く訴えかけることができます(Skydsgaard et al., 2016)。

参加 ― 能動的に参加できる展示設計

最後の原則は「参加」です。来館者が展示をただ「見る」だけでなく、実際に体験したり、手を動かしたり、自分の意見や感想を表現したりすることで、より深い学びや印象的な体験を得られるようになります。たとえば、模型を動かしたり、実際に触れられる資料を用意したり、意見を書き込めるボードやメッセージコーナーを設けたりする工夫があります。また、ワークショップやイベントへの参加、展示作りへの協力・意見募集など、来館者が「展示の一部」として関わる機会を増やすことも大切です。

参加型の展示デザインは、来館者の主体性や表現意欲を引き出し、一人ひとりが「展示の受け手」から「担い手」や「仲間」へと役割を広げていく力を持っています。さらに、他の来館者やスタッフとの交流が生まれることで、展示が単なる「知識の伝達」ではなく、「コミュニケーションと共創の場」として機能するようになります。能動的な参加を促す展示デザインは、来館者体験をより豊かで記憶に残るものに変える重要な役割を果たしています(Skydsgaard et al., 2016)。

このように、「好奇心」「挑戦」「物語」「参加」という4つの原則を意識した展示デザインは、来館者一人ひとりの興味や関心を引き出し、学びや発見、共感や交流を促進することで、博物館をより魅力的で開かれた学びと出会いの場へと進化させます。

包摂・協働・倫理の視点から再考する展示デザイン

多様な担い手と協働する展示制作

展示デザインの現場では、専門職だけでなく、実際に手を動かす多様な人々が役割を分担しながらアイデアや工夫を持ち寄り、ひとつの展示を作り上げるスタイルが主流となっています。具体的には、設計や企画に関わる人だけでなく、ものづくりの技術を持つ人々、図録やグラフィックの制作スタッフ、地域に住む方々やボランティア、時には来館者自身の意見や体験も反映されるようになっています。こうした多様な参加が、展示に新たな発想や説得力をもたらし、幅広い来館者に開かれた展示空間を実現しています(Guy et al., 2024)。

例えば、地域の伝統行事や暮らしを紹介する展示では、その地域に長く住む人々や関係者の協力によって、実際に使われてきた道具や写真、当時のエピソードを展示することができます。ボランティアや子どもたちのアイデアを展示の一部に取り入れることで、来館者にとっても親しみやすく、新鮮な体験が生まれることも多いです。このような協働の姿勢は、博物館と地域社会との結びつきを深め、来館者一人ひとりの視点に寄り添った展示デザインの実現につながっています。

ジェンダー・階級・エスニシティの視点

展示デザインにおいては、性別や年齢、出自、障害の有無など、関わる人や来館者それぞれの多様な背景に配慮することがますます重要になっています。特に、ジェンダーや階級、民族的出自、障害といった観点から、これまで十分に紹介されてこなかった物語や経験を展示に積極的に取り入れることは、博物館をより開かれた包摂的な場とするうえで大切です。

例えば、女性や子ども、マイノリティの視点を反映した展示や、障害のある人が安心して参加できる展示の工夫は、来館者の多様な価値観を尊重し、誰もが楽しめる環境づくりに役立っています。また、歴史的な経緯や社会的な不均衡を背景に持つテーマでは、差別や偏見を助長しない表現や、複数の視点をバランスよく示すことが求められます。展示デザインに多様性と包摂の視点を取り入れることは、現代の博物館が公共的な役割を果たすうえで欠かせない要素です(Guy et al., 2024)。

包摂的デザインとポストコロニアル的視点

包摂的デザインとは、年齢や性別、障害の有無、文化や言語などに関わらず、すべての来館者が安心して展示を楽しみ、参加できる空間や仕組みを目指す考え方です。たとえば、展示スペースをバリアフリー化することや、車いすやベビーカーを利用しやすい通路づくり、分かりやすい解説文や多言語対応、音声ガイドや点字など情報へのアクセシビリティを工夫することが含まれます。これにより、誰もが平等に博物館体験を味わい、社会的な障壁を減らすことができます。

さらに、近年は「ポストコロニアル的視点」に基づいた展示デザインも重要になっています。これは、植民地支配や差別の歴史をふまえ、一方的な物語や価値観だけに偏らない展示をつくろうとする考え方です。海外から持ち込まれた資料や歴史的な出来事については、当事者や地域社会の声を尊重し、多角的な視点から解説することが求められます。展示デザインでは、権利や倫理のバランスを大切にし、情報発信の責任や社会的な影響を常に意識することが大切です。こうした包摂的かつ倫理的なデザインを重ねることで、博物館の信頼や社会的役割も高まっていきます(Guy et al., 2024)。

このように、協働・多様性・包摂・倫理の観点から展示デザインを見直すことは、現代の博物館が社会のさまざまな課題や価値観に応え、誰もが参加しやすい公共空間を目指すうえで、きわめて重要な意味を持っています。

まとめ ― 展示デザインの本質と今後の課題

博物館展示デザインは、単なる空間の演出や情報の伝達だけでなく、「来館者体験を豊かにするための総合的な実践」として、その本質が問われ続けています。これまでの記事で見てきたように、展示デザインは好奇心を引き出し、来館者に挑戦と対話を促し、物語を通じた共感や参加の機会を提供することで、博物館ならではの学びと出会いの場をつくり上げています(Skydsgaard et al., 2016)。

また、展示デザインを考えるうえでは、メディアの使い方や展示空間の工夫、社会性や協働、多様性や包摂、倫理的な配慮といった複数の視点が不可欠です。それぞれの観点が組み合わさることで、来館者一人ひとりの関心や背景に寄り添い、多様な価値観を尊重する展示空間を実現できます(Guy et al., 2024)。包摂性や多様性の観点を持続的に実現していくことは決して簡単ではありませんが、現代の博物館が社会の変化や新しい課題に向き合うために欠かせない取り組みです。

さらに、デジタル技術の進化や社会構造の変化、来館者層の多様化が進む中で、展示デザインには一層の柔軟さとイノベーションが求められています。オンライン展示やデジタル体験の充実、誰もがアクセスできる情報発信、地域社会や来館者と連携した協働の仕組みづくりなど、今後の博物館展示デザインには新たな可能性が広がっています。

このように、展示デザインの本質は、理論と現場の知恵を融合し、来館者が主体的に学び、共感し、社会とつながることのできる「持続可能な博物館」を実現する力にあります。今後も多様な視点や課題に柔軟に対応し、時代にふさわしい展示デザインの在り方を探り続けることが求められています。

参考文献一覧

  • Guy, K., Williams, H., & Wintle, C. (2024). Histories of exhibition design in the museum. Routledge.
  • Macdonald, S. (2007). Interconnecting: museum visiting and exhibition design. CoDesign, 3(sup1), 149–162.
  • Skydsgaard, M. A., Andersen, H. S., & King, H. (2016). Designing museum exhibits that promote visitor reflection, engagement and discussion. Museum Management and Curatorship, 31(2), 193–211.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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