博物館の経営計画とは何か ― 戦略を動かす設計図

目次

はじめに:戦略と計画のつながりを問い直す

どれほど明快な戦略を掲げても、それが組織の動きにつながらなければ意味を持ちません。博物館においても同様で、ミッションやビジョンを明文化し、「私たちは何のために存在するのか」「何を目指しているのか」を定義する動きは定着しつつあります。しかし、その戦略的な方向性が、日々の業務や中長期的な取り組みのなかで確実に実行され、成果へと結びついているかというと、必ずしもそうとは言えません。

その背景には、戦略と計画の分断があります。経営戦略は「どこへ向かうのか」という方向性を描くものですが、それを実際の業務に落とし込み、道筋を示す役割を果たすのが経営計画です。戦略が“地図”ならば、計画は“ルート案内”であり、“歩み方”を定めるものだと言えるでしょう。戦略があっても計画がなければ、それは理想論にとどまり、逆に計画だけがあっても戦略と接続していなければ、組織の軸がぶれてしまいます。

とくに博物館のような公共的性格の強い組織では、理念や理想を語ることは得意でも、それを具体的な施策に落とし込み、実行可能な形で運用することに困難を抱える場面も多く見られます。財政制約、組織体制の硬直性、多様なステークホルダーの調整など、さまざまな要因が計画の実行を阻む要素となりうるからです。しかし、まさにそうした制約があるからこそ、戦略を現実化する「経営計画」の存在意義が浮かび上がります。

また、近年の博物館経営において重要視される「公共性の維持」と「持続可能性の確保」は、長期的な視野に立った実行計画なしには実現が困難です。社会的使命を担う博物館は、単なる成果主義では語れない価値を提供し続けなければならず、そのためには計画的な実行と継続的な評価が求められます。

本記事では、このような観点から「博物館の経営計画とは何か」を問い直します。特に、前節で取り上げた「経営戦略」の視点を踏まえながら、計画がいかにして戦略を支え、ミッションの実現に資するのかを明らかにしていきます。その過程で、計画の構成要素や策定プロセス、事例と活用の工夫についても具体的に整理し、「活きた経営計画」として機能させるための視点を提示することを目指します。

経営計画とは何か ― 実行の設計図としての役割

経営戦略とは、組織が「何を目指すのか」「どの方向へ進むのか」を示す道しるべです。これは、ミッションやビジョンといった組織の存在意義や将来像と密接に関わるものであり、長期的な視点に立って目標や方針を定めるものです。しかし、戦略を定めるだけでは組織は動き出しません。その戦略を具体的な行動に落とし込み、現実のプロジェクトや業務として遂行していくためには、もう一段階の翻訳作業が必要となります。それが経営計画の役割です。

経営計画とは、戦略を実行に移すための「設計図」であり、戦略で描かれた大きな方向性を、いつ・どこで・誰が・どのように実現していくのかを具体的に記述するものです。戦略が“目的地を示す地図”だとすれば、計画はその目的地までの“ルート案内”であり、どの道を使って、どの手段で、どれだけの時間と資源をかけて到達するかを記した旅程表だと言えます。

非営利組織の戦略的運営に関する実践的研究では、経営計画は単なる手続きや事務文書ではなく、「戦略を実行に移すための行動枠組み」として位置づけられています。経営計画を策定することによって、組織の意思決定がビジョンと整合的になり、日常業務が大きな目標と連動する構造が作られます。このような見方に基づき、経営計画は組織の使命を現実に近づけるための不可欠な道具であるとされています(Allison & Kaye, 2003)。

では、経営計画にはどのような構成要素があるのでしょうか。一般的な計画書では、まず中長期的な目標(goals)を明示し、それを達成するための基本的な戦略(strategies)を示します。そのうえで、各戦略を実行に移すための具体的な活動計画(action plans)、成果指標(KPI)、担当部署や責任者、実施スケジュール、予算配分などが記載されます。これらは単なる箇条書きではなく、相互に整合性を持ち、戦略と組織の実行力とを結びつける構造になっています。計画とは、組織が「何を・いつ・誰が・どのように行うか」を明確にし、戦略を組織のすみずみにまで浸透させるための“行動設計図”なのです(Lord & Markert, 2017)。

戦略が“理念”であり“意思”であるとするならば、計画は“実行”であり“運用”です。たとえば、ある博物館が「地域との関係を深め、社会的包摂を進める」といった戦略目標を掲げたとします。この方針は重要ですが、それだけでは現場の担当者は「何をすればよいか」が分かりません。そこで経営計画では、たとえば「地域の小学校と年間5回の連携ワークショップを実施する」「高齢者向けのガイドツアーを定期開催する」などの具体的な実施項目が設定されます。これにより、抽象的な戦略目標が現場で実行可能な活動へと変換され、各担当者の行動が戦略に沿ったものになります。このように、計画は戦略の抽象性を現実の行動へと橋渡しする役割を果たします(Reussner, 2003)。

さらに、計画は組織の内部における調整機能も担っています。明文化された計画が存在することで、部門間の役割分担や業務の優先順位が明確になり、組織内の連携が取りやすくなります。また、計画を基に年度目標や個人目標を設定することで、職員一人ひとりの業務も戦略と整合的に位置づけられます。これは、とくに多様な部門が存在し、異なる専門性を持つ職員が働く博物館のような組織において非常に重要な機能です。

一方で、経営計画が存在しない、あるいは実質的に機能していない組織では、戦略が組織全体の行動へとつながらず、理念が宙に浮いたままになるという問題が生じます。このような状態では、各部門が個別に判断し、全体としての統一性を欠く対応になりがちです。組織の方向性が不明瞭なまま業務が進行し、成果が出にくくなるだけでなく、職員のモチベーションや納得感も損なわれてしまいます。こうした状況を「戦略の断絶」と呼び、経営計画が欠如した組織は、やがて方向感覚を失い、混乱を招くリスクがあるとされています(Kovach, 1989)。

このように、経営計画とは単なる補助的な業務文書ではなく、戦略を“動かす”ための中核的な機能を果たす存在です。特に、公共性と専門性が交差する博物館においては、経営戦略の理念を市民や現場に届くかたちに翻訳し、実際に動く仕組みにするために、計画は欠かせない装置なのです。

次節では、この計画が具体的にどのような機能を果たしているのか、内部の統制や意思決定、外部への説明責任といった観点から詳しく見ていきます。

経営計画の機能 ― 組織をどう動かすのか

経営計画は、戦略を現場に落とし込むための設計図であると同時に、組織を日々動かしていくための「共通言語」とも言えます。戦略だけでは抽象的すぎて、実際に誰が何をするのかが見えません。だからこそ、経営計画が必要とされます。計画には、組織の中で共有すべき目標と、そこに至るまでの手順、優先順位、役割分担、評価の方法などが盛り込まれており、それらが現場の実務を導く具体的な道しるべとなります。

まず、経営計画が果たす最も基本的な機能は、意思決定の基準を提供するという点にあります。博物館では、展示の企画、教育普及活動、収蔵資料の管理、施設の維持、外部との連携など、非常に多様な業務が同時進行で行われています。こうした業務の中で、「何を優先すべきか」「限られた予算や人材をどこに配分するか」といった判断は常に求められます。経営計画があれば、組織としての目標と方針に照らし合わせながら、合理的かつ一貫性のある意思決定を行うことができます。とくに中長期の視点に立った戦略的な計画は、目先の業務に流されず、「今なぜこの事業を行うのか」「それが将来的にどのような成果を生むのか」といった視点を組織にもたらします(Kovach, 1989)。

次に、経営計画には、組織内の調整やコミュニケーションを促進する機能があります。博物館の組織構造は複雑であり、学芸員、教育普及担当、事務職員、技術職員など、異なる専門性を持つ職員が協働しています。それぞれが異なる視点と役割を持っているため、しばしば「自分の仕事が組織全体にどう貢献しているのか」が見えづらくなることがあります。そこで、明確な経営計画があると、各職員が自らの業務を組織の目標に関連付けて理解しやすくなります。また、会議や報告書、進捗確認の場面で、計画をベースにした対話が可能になるため、組織内の情報共有が活性化し、意思疎通の精度も高まります。

このような内部調整機能は、単に業務をスムーズに進めるという意味にとどまりません。経営計画が、個人や部署をつなぐ“共通の物差し”として機能することで、組織全体の方向性が揃い、組織文化の形成にもつながります。属人的な判断ではなく、計画に基づいた論理的な対話が日常的に行われるようになれば、意思決定の質も向上し、次世代の職員育成にも資する土壌が育ちます(Camarero & Garrido, 2008)。

さらに、経営計画は組織の外部に対しても重要な機能を果たします。それは、説明責任(アカウンタビリティ)の根拠として機能するという点です。今日、博物館は多くのステークホルダーと関係を持ちながら活動を展開しています。行政や助成財団、NPO、企業、市民など、多様な立場の支援者に対して、「自分たちはどのような理念に基づいて、どのような事業を、どのような目的で行っているのか」を明確に説明することは、信頼される組織であるために欠かせません。

経営計画が存在し、その中に具体的な目標や達成基準が示されていれば、組織の行動に対する評価も可能になります。これは、助成金の獲得や外部評価においても非常に重要です。たとえば「来館者数を前年比10%増加させる」といった具体的な目標が計画に盛り込まれていれば、その達成状況を明示することで、成果の可視化と正当性の確保が可能になります。このように、計画は単なる内部文書ではなく、博物館の活動の透明性を担保し、外部の信頼を得るための「対外的な約束」としても機能するのです(Reussner, 2003;Lord & Markert, 2017)。

しかし、経営計画がこうした機能を果たすのは、それが実際に「使われている」場合に限られます。残念ながら、現場では計画が形式的に作成されるだけで、実際の業務や評価に活用されていないという例も少なくありません。形骸化した計画は、組織にとって重荷でしかなく、むしろ現場との乖離や職員の無力感を助長することすらあります。計画が生きたものとして機能するためには、策定段階から職員が参画し、現場の声が反映された内容となっている必要があります。そして、日常の意思決定や評価、振り返りのプロセスにおいて、計画が“参照される存在”であり続けることが求められます。

本節では、経営計画が果たす三つの基本的機能――意思決定の基準、組織内の調整、外部への説明責任――について、それぞれの意義と働き方を整理してきました。計画は、組織を動かす静かなエンジンです。目立つ存在ではないかもしれませんが、そこに明確な方向性と具体性があることで、博物館の多様な活動は戦略と整合的に統合されていくのです。次節では、こうした経営計画が、実際にどのように活かされているのか、国内外の事例を交えながら検討していきます。

計画はどう活かされているか ― 海外の実例から学ぶ

経営計画は、策定すること自体が目的ではありません。それはあくまで「組織がどう動くかを導くための道具」であり、組織の中で実際に「使われている」ことで初めて意味を持つものです。しかし現実には、多くの博物館や文化施設において、経営計画が策定されたまま活用されず、棚上げされた存在になっているケースも少なくありません。計画が実務に結びついておらず、評価にも活かされていない状態では、職員の関与意識も薄れ、「何のために作っているのか」という疑問が現場に広がってしまいます。

では、計画が実際に活用され、組織を動かす力を持っている博物館では、どのような取り組みが行われているのでしょうか。本節では、海外の先進的な博物館の事例を通して、計画がどのように「活かされている」のかを具体的に見ていきます。理論としての経営計画の意義を理解するだけでなく、実際に「動く計画」として活用されている姿を知ることは、読者自身が自館での実践を考える際にも大いに参考になるはずです。

Van Abbemuseum(オランダ)― 社会変革と対話型ミュージアムを支える計画

オランダ南部のアイントホーフェンに位置するVan Abbemuseum(ファン・アッベ美術館)は、現代アートを中心とするコレクションを有する中規模の公立美術館です。同館は、単に美術作品を展示するだけでなく、「アートを通じた社会的対話と変革の実現」という明確なミッションを掲げ、文化的機関としての公共的役割を積極的に打ち出しています。その方針は、戦略文書だけでなく、具体的な経営計画のなかにも明確に反映されており、ミッション、戦略、業務計画の三層がしっかりと接続された運営が特徴です。

たとえば同館では、経営計画のなかで「展示」「教育」「地域連携」「組織運営」という主要な活動領域を、個別にではなく相互に補完する形で位置づけています。特定の展示が計画される際には、それがどのように教育プログラムと連動するか、地域との協働にどう貢献するか、といった視点が最初から計画に組み込まれており、部門横断的な協働が組織文化として定着しています。

また、Van Abbemuseumの計画は、単に内部の業務整理のためのツールではなく、「外部との対話を促進するための装置」としての性格も強く持っています。たとえば、移民や障害のある人々など、社会的に周縁化されがちな人々を対象としたプログラムが中核に位置づけられており、博物館の計画が社会正義や包摂の実現と直結していることが分かります。展示や収蔵方針においても、従来のヨーロッパ中心の美術史を相対化するコレクション方針を掲げ、計画段階から多様性・公平性・包摂性(DEI)の価値が反映されています。

このように、Van Abbemuseumでは、経営計画が単なる「行動の指示書」ではなく、「社会とつながるための文化的設計図」として捉えられており、組織全体の姿勢や価値観が実務レベルにまで貫かれています。計画が戦略と実行の間をつなぐだけでなく、組織の理念そのものを市民と共有する“メディア”として機能している点が、他館と一線を画す重要な特徴です。

モントリオール美術館(カナダ)― 包摂と成長を両立させる戦略的経営計画

モントリオール美術館(Montreal Museum of Fine Arts)は、カナダ・ケベック州最大の美術館のひとつであり、収蔵品の質と規模、年間来館者数、教育・社会連携プログラムの実績など、多方面において北米有数の文化拠点とされています。近年では、アートを軸とした「文化的ウェルビーイング」の促進を掲げ、医療・福祉・教育といった分野との連携を積極的に進めている点でも注目されています。

この美術館の経営計画は、単に館内での事業推進にとどまらず、より広範な社会課題に応答する「戦略的成長モデル」の中核として機能しています。特に注目されるのは、計画が展示企画や教育プログラムといった既存の枠組みを越えて、財政、人材育成、研究開発、外部パートナーシップにまで広がっている点です。

たとえば、同館では医療機関と連携してアートを治療に活用する「アート・セラピー」プログラムを展開しており、その活動は経営計画の中でも主要な柱として明記されています。この取り組みは単発的な企画ではなく、長期ビジョンに基づいて組織横断的に位置づけられており、広報戦略や資金調達とも一体化しています。つまり、単一の部門ではなく館全体として、医療・福祉分野との協働が「戦略的な拡張領域」として明確に計画化されているのです。

さらに、モントリオール美術館の計画は「対話と更新の仕組み」が組み込まれている点でも優れています。来館者アンケート、評価ワークショップ、職員向けの内部レビューなど、フィードバックループが制度的に組み込まれており、計画が一度きりのものではなく、継続的に見直される「生きたドキュメント」として運用されています。

また、財務的な視点から見ても、計画の整備は多様な資金源の開拓に貢献しています。財団や企業などの支援者に対しては、「長期的に社会的インパクトを生む計画」であることを明示することで、単なる短期成果ではなく、ミッションと戦略性に根ざした投資対象としての信頼性を高めているのです。

このように、モントリオール美術館の経営計画は、「芸術による社会的価値の創出」というミッションに基づき、全館的な連携と継続的な評価を通じて、公共性と持続可能性を両立させる仕組みとして構築されています。計画は単なる内部のガイドラインではなく、外部への説明責任、共感、信頼構築といった対外的な機能も含んでおり、まさに組織の核をなす経営装置となっています。

Tate Modern(英国)― 戦略・計画・評価を結ぶ制度設計と文化的信頼

Tate Modernは、ロンドンに拠点を置くTateグループの一館として、現代美術に特化した展示・教育活動を展開する国際的に著名な美術館です。イギリスを代表する文化機関として、その活動は展示や教育にとどまらず、公共政策や文化経済の分野においても高く評価されています。Tateの経営計画は、その戦略性と制度的な整合性において、欧州の文化機関の中でもとりわけ成熟したモデルとして位置づけられます。

Tateでは、経営戦略・中期業務計画・年次評価計画という三層の構造が明確に設計されており、それぞれが接続されています。評価結果は計画にフィードバックされ、学習と適応のサイクルが組織的に運用されています。

また、Tateはその公共性から外部ステークホルダーとの関係構築も重視し、計画が説明責任のツールとして機能しています。さらに、計画に基づいて動く文化が職員に浸透しており、戦略的思考が日常的な行動につながっています。

このように、Tate Modernでは、経営計画が戦略・実行・評価の接点として制度的にも文化的にも根づいており、その成熟した運用体制が高い信頼性と公共性を支える基盤となっています。

経営計画を「動かす」ために ― 形骸化を防ぐ視点

経営計画は、どれほど優れた内容であっても、それが組織の中で実際に使われていなければ意味を持ちません。計画はあくまで「道具」であり、「使われてはじめて機能する」ものです。つまり、戦略的思考や理念を現実に転化するためには、計画が日常業務の中に息づき、組織内外の行動を導く羅針盤となっている必要があります。

しかし、現実の博物館運営においては、せっかく策定した経営計画が活用されず、単なる形式的な文書として扱われている場面も少なくありません。「館長が交代して以来、使われなくなった」「展示部門と連携していない」「年次業務に活かされていない」といった声が聞かれるように、計画が組織に根づいていない状態は決して例外ではないのです。このような「形骸化した計画」は、むしろ逆効果となり、職員の計画への信頼を損ない、組織の方向性を曖昧にしてしまいます(Allison & Kaye, 2003)。

なぜ計画は形骸化するのか

形骸化した経営計画には、いくつかの共通した特徴があります。まず第一に、策定のプロセスに現場の職員がほとんど関与していない場合、計画は「上から与えられたもの」として受け止められ、当事者意識が持たれません。とくに、業務の具体的な担い手が策定段階で関与していなければ、「現実に合っていない」「自分には関係がない」と感じるのは自然なことでしょう(Søndergaard & Veirum, 2012)。

第二に、計画の内容が抽象的で具体性を欠いていると、現場でどのように実行すればよいか分からず、結果的に棚上げされてしまいます。たとえば、「地域と連携した教育プログラムの拡充」という目標が掲げられていても、誰が何をどのように実行するのかが明記されていなければ、計画が日常業務に組み込まれることはありません。

第三に、計画を評価したり、定期的に見直したりする仕組みが整っていない場合、一度作られた計画はそのまま放置され、次第に現実との乖離が大きくなっていきます。計画の更新が行われないまま、毎年の業務は惰性的に進み、職員の関心も次第に薄れていくのです(Reussner, 2003)。

計画を「動かす」ための実践条件

では、こうした形骸化を防ぎ、計画を「生きた設計図」として活かすためには、何が必要なのでしょうか。以下では、計画を動かすための4つの実践条件を整理します。

1. 参画型の策定プロセス
計画は上層部だけが策定するものではなく、現場の職員、あるいは外部のステークホルダーと対話しながら共に構築するプロセスであるべきです。たとえば、部署横断的なワークショップを開催して現状分析や課題抽出を行い、そのうえで戦略目標を定めていくプロセスをとることで、関与した職員の理解と納得が深まります。計画はその過程にこそ意味があり、職員の参画は、後の実行力に直結します(Camarero & Garrido, 2008)。

2. 論理的かつ実行可能な構成
理念やビジョン、ミッションから、戦略目標、具体的な事業計画、評価指標へと落とし込むロジックが明確であればあるほど、計画は現場で使いやすくなります。逆に、理念と施策が結びついていなければ、計画は絵に描いた餅に終わってしまいます。Allison & Kaye(2003)が提示するように、「目標 → 戦略 → アクション → 成果指標」という一貫した流れは、実行性を高めるうえで不可欠です。

3. 評価と更新の仕組み
計画が一度きりのものであるならば、それは過去の産物にすぎません。生きた計画であるためには、定期的な進捗確認や成果評価、必要に応じた修正の仕組みが必要です。たとえば、年次報告の中に計画評価の項目を設けたり、四半期ごとのレビュー会議を行うといった手法が考えられます。このように評価と改善がセットになっていることで、計画は「生きた文書」として持続的に活用されます(Lord & Markert, 2017)。

4. 計画の共有と定着
策定された計画は、冊子として保管されるだけでなく、日常的な会議・研修・目標管理などの場面で繰り返し参照される必要があります。たとえば、新任職員へのオリエンテーションで戦略計画を紹介したり、年次評価の面談において計画の目標と照らして振り返ったりといった工夫が有効です。Coblence et al.(2014)は、計画を組織の「共通言語」として育てることで、部門間の連携と方向性の一体性が高まると述べています。

リーダーシップと対話の文化が支える「動く計画」

制度的な整備だけで計画が自然に動き出すわけではありません。そこに必要なのは、人と人との信頼、職員との対話、そしてリーダーシップの存在です。リーダーが計画の重要性を日々の言葉と行動で伝え、職員が計画を「自分ごと」として受け止められるような組織風土をつくることが、計画の実効性を支える土台となります(Decker-Lange et al., 2018)。

たとえば、日常の朝礼や部門ミーティングで、経営計画に基づく成果や課題を共有したり、計画に関する意見交換の時間を設けたりすることで、計画は「指示書」から「対話のツール」へとその意味を変えていきます。このような文化的運用は、制度設計を超えて、計画が本当に“使われる”状態をつくり出します。

計画は「つくる」だけでなく「活かす」もの

このように、経営計画を「動かす」ためには、制度設計(構造)と人の関係性(文化)の両方を整える必要があります。よくできた計画であっても、それを誰がどのように扱うかによって、その価値は大きく変わります。つまり、計画には「技術」だけでなく、「関係性と信頼」に基づいた実践が不可欠なのです。

博物館において、公共性と持続可能性を両立させる経営を実現するためには、経営計画を単なる文書ではなく、組織の力を引き出す“実践の設計図”として活用することが求められています。そのためには、計画づくりのあり方そのものを見直し、「動く計画」を可能にする組織づくりへと視野を広げる必要があるのです。

参考文献

  • Allison, M., & Kaye, J. (2003). Strategic planning for nonprofit organizations: A practical guide and workbook (2nd ed.). John Wiley & Sons.
  • Camarero, C., & Garrido, M. J. (2008). The role of technological and organizational innovation in the relation between market orientation and performance in cultural organizations. European Journal of Innovation Management, 11(3), 413–434.
  • Coblence, E., Boulay, C., & Vas, A. (2014). Strategic management as identity work in museums: The case of the Musée du quai Branly in Paris. Museum Management and Curatorship, 29(4), 343–359.
  • Decker-Lange, T., Erlingsdottir, G., & Morsing, M. (2018). Sustaining a strategic concept: The case of the ‘experience economy’ in Danish cultural institutions. Culture and Organization, 24(2), 137–156.
  • Lord, G. D., & Markert, K. (2017). The manual of strategic planning for cultural organizations: A guide for museums, performing arts, science centers, public gardens, heritage sites, libraries, archives. Rowman & Littlefield.
  • Reussner, E. M. (2003). Strategic management for museums: A review of the literature. International Journal of Cultural Policy, 9(1), 25–38.
  • Søndergaard, M., & Veirum, N. E. (2012). Museum planning and the construction of the modern museum. Museum Management and Curatorship, 27(2), 169–187.
この記事が役立ったと感じられた方は、ぜひSNSなどでシェアをお願いします。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

kontaのアバター konta ミュゼオロジスト

日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

目次