危機管理をどこから考えればよいのか
博物館には、地震や火災、水害、盗難、設備故障、資料の劣化、情報システムの障害など、さまざまなリスクがあります。来館者や職員の安全を守ることはもちろん、収蔵資料、建物や設備、重要な情報、日々の業務を維持することも欠かせません。そのため、危機管理について考えようとすると、検討すべき対象が広がり、「何から手をつければよいのか分からない」という状態になりがちです。
しかし、想定される危険をできるだけ多く列挙することが、危機管理の目的ではありません。地震、水害、盗難といった項目を並べても、自館にとって何が重大なのか、どのリスクから対応すべきなのか、限られた人員や予算をどこに配分すべきなのかは、それだけでは判断できません。必要なのは、危険の一覧を増やすことではなく、判断する順番を整理することです。
まず考えるべきなのは、「何が起こるか」ではなく「何を守るのか」です。守るべきものが明確になれば、それを損なう出来事として何が起こり得るのかを具体的に考えられます。次に、想定したリスクを比較し、すべてに同じように備えるのではなく、優先して対応するものを決めます。さらに、優先したリスクについて、誰が判断し、何を行い、どのような人員・設備・予算が必要なのかまで具体化する必要があります。
そして、備えは一度決めれば終わりではありません。人事異動、施設改修、収蔵品の増加、設備や業務の変化によって、博物館を取り巻く条件は変わります。危機管理には、現在の備えが本当に機能するのかを確かめ、必要に応じて見直し続ける仕組みが求められます。
この記事では、個別の災害や事故への対策を網羅するのではなく、博物館の危機管理を「何を守るのか」「何が起こり得るのか」「何を優先するのか」「どう備えるのか」「どう見直すのか」という5つの問いに沿って整理します。この順番で考えることで、自館が次に確認し、判断し、行動すべきことを明確にしていきます。
危機管理を平時の経営課題として捉える
危機が起きる前に決めておくべきことがある
博物館の危機管理というと、地震や火災、事故などが発生した際の避難、救出、連絡、復旧といった対応がまず想起されます。もちろん、重大な事態が発生した直後に適切な判断と行動ができることは重要です。しかし、その場で初めて「何を優先するのか」「誰が判断するのか」を考えていては、限られた時間のなかで対応が遅れる可能性があります。
危機が起きる前には、平時だからこそ決められることがあります。自館では何が起こり得るのか、それによって人や資料、建物、業務にどのような影響が生じるのか、複数のリスクのうち何を優先するのか、そして優先したリスクにどのように備えるのかを考えておくことです。つまり、危機管理は非常時だけに始まる仕事ではありません。限られた人員、予算、設備をどこへ配分し、何を優先して守るのかを平時に判断するという点で、博物館経営そのものに関わる課題です。
リスクの把握から見直しまでを一つの流れで考える
文化遺産のリスク管理では、危険を思いつくまま列挙するのではなく、一定の手順に沿って検討することが重視されています。Pedersoli Jr.ほか(2016)が示す方法では、まず対象を取り巻く状況を把握し、リスクを特定したうえで、それぞれを分析し、比較・評価し、必要な対応を選択していきます。さらに、実施した対応を監視し、見直して次の検討につなげることまでが一連の過程に含まれます。
この流れで考えると、平時のリスク管理と、実際に危機が発生した際の対応は切り離されたものではありません。平時には「何が起こり得るか」「何を優先するか」を考え、その判断をもとに、危機が起きたときに「誰が、どのように動くか」を準備します。
| 視点 | 主な問い |
|---|---|
| 平時のリスク管理 | 何が起こり得て、何を優先するか |
| 危機・緊急時への備え | 実際に起きたとき、誰がどう動くか |
したがって、危機管理を整える第一歩は、緊急時の手順書を作ることだけではありません。平時の段階で、自館が直面するリスクを把握し、比較し、優先順位を判断できる状態をつくることが必要です。その判断があって初めて、限られた資源を具体的な備えへ結びつけることができます。
守るべき価値を明確にする
問い1:自館が失ってはならないものは何か。
リスクマネジメントを考えるとき、最初に地震、水害、火災、盗難といった危険を挙げたくなります。しかし、危険そのものから考え始めると、想定できるリスクが次々と増え、何を優先すべきか判断しにくくなります。そこで最初に明確にしたいのが、「自館は何を守る必要があるのか」という問いです。
博物館が守る対象は、収蔵資料だけではありません。来館者や職員などの人、展示中の資料、建物や設備、収蔵・研究・来館者対応に必要な情報、展示や保存などの重要な業務も含まれます。さらに、長期間の休館や重大な事故によって社会からの信頼が損なわれれば、博物館が使命を果たし続けること自体が難しくなる場合があります。
ただし、守る対象を網羅的に書き出すことが目的ではありません。重要なのは、「それを失ったとき、博物館の使命遂行にどのような影響が生じるか」を考えることです。例えば、同じ設備の故障でも、来館者サービスの一部が一時的に停止する場合と、収蔵資料の保存環境を維持できなくなる場合では、博物館に及ぼす影響は異なります。何が重要かは、対象の種類だけではなく、その機能が博物館の使命とどのようにつながっているかによって判断する必要があります。
文化遺産のリスク管理では、リスクを分析する前提として、対象となる文化遺産と、その価値を把握することが重視されています(Pedersoli Jr. et al., 2016)。ここで扱われる文化遺産の価値と、博物館経営全体で守るべき対象は同一ではありません。本記事ではこの考え方を実務上の出発点として、人の安全、資料、施設、情報、重要業務、社会からの信頼まで含め、「自館が失ってはならないもの」を整理します。
何を長期的に維持するのかという視点については、博物館の持続可能性を考えることも有効です。守るべき対象と使命との関係を明確にしておくことで、後のリスク比較を単なる危険度ではなく、博物館にとっての重要性と結びつけて考えられます。
守るべき価値が明確になれば、次に考えるべきリスクも変わります。重要なのは、一般的に危険とされるものをすべて並べることではなく、自館にとって重要な価値や機能を損なう出来事を見つけることです。ここで定めた「何を守るのか」が、次のリスクの具体化と、その後の優先順位づけの基準になります。
リスクを具体的なシナリオとして捉える
問い2:守るべきものに、具体的に何が起こり得るのか。
守るべき価値や機能を明確にしたら、次に考えるのは、それらを損なう出来事です。このとき、「地震」「水害」「火災」「停電」といった危険の名称を並べるだけでは、具体的な備えにはつながりません。同じ水害でも、立地や建物の構造、収蔵庫の位置によって、博物館に生じる影響は異なるからです。
リスクを検討するときは、危険の名称から一歩進めて、「何が原因となり」「何が影響を受け」「その結果どうなるのか」まで具体化すると考えやすくなります。例えば、単に「水害」とするのではなく、「豪雨によって地下収蔵庫へ浸水し、収蔵資料が被災する」と考えます。同様に、「停電」であれば、「長時間の停電によって空調設備が停止し、必要な保存環境を維持できなくなる」と具体化できます。
このように「原因+守る対象+結果」まで記述すると、漠然とした危険が、自館で検討可能なリスクへ変わります。重要なのは、起こり得る出来事をできるだけ多く挙げることではありません。第2節で確認した「守るべきもの」を起点として、それがどのような経路で損なわれる可能性があるのかを考えることです。
緊急時計画の策定について整理したDorge & Jones(1999)では、人、コレクション、建物、記録などを守る対象として扱い、それぞれに関わる危険や弱点を確認しながら準備することが重視されています。危険そのものを見るだけでなく、守る対象がどのような条件に置かれているかを確認することで、自館にとって現実的なリスクが見えやすくなります。
例えば、資料への影響を考える場合でも、その原因は災害だけではありません。温湿度、光、空気質などによる継続的な劣化については、収蔵品・展示の保存環境マネジメントで詳しく検討できます。盗難や侵入、意図的な損害については博物館のセキュリティ、建物の老朽化や設備故障、空調などの問題については博物館のファシリティマネジメントが、より具体的な検討につながります。
この段階で個々の対策まで決める必要はありません。まず必要なのは、自館のどの価値や機能が、どのような出来事によって、どのように損なわれる可能性があるのかを具体的に記述することです。そうすることで、「一般的に危険なもの」の一覧ではなく、「自館で実際に比較すべきリスク」の一覧をつくることができます。そして、この具体化が、次の段階でリスク同士を比較し、どこから対応するかを判断するための土台になります。
リスクを比較し、優先順位を決める
問い3:限られた人員・予算・時間のなかで、何から対応するのか。
すべてのリスクに同じようには備えられない
自館で起こり得るリスクを具体化しても、それだけでは次に何をすべきかは決まりません。人員や予算、時間には限りがあるため、想定したすべてのリスクに同じ水準で備えることは現実的ではないからです。必要なのは、複数のリスクを比較し、「どのリスクから対応するのか」を判断することです。
この考え方は、文化財の予防保存におけるリスク分析でも重視されています。Waller(2003)が開発したCultural Property Risk Analysis Model(CPRAM)は、文化財をめぐる複数のリスクを分析し、不確実性のある状況で、予防保存に使える資源をどこへ優先的に配分するかを検討するための方法として構築されました。ここで重要なのは、リスクを単に発見することではなく、異なるリスクを比較し、対応の優先順位を判断するという考え方です。
博物館の実務でも、発生する可能性が高いという理由だけで優先順位が決まるとは限りません。発生可能性が低くても、発生した場合に人命や重要な資料へ極めて大きな影響を及ぼすリスクがあります。一方、ある程度発生しやすくても、代替手段があり、影響を限定できる場合もあります。そのため、少なくとも「何が影響を受けるのか」「どの程度の影響が想定されるのか」「どの程度起こり得るのか」「現在どこまで備えられているのか」を並べて考える必要があります。
リスク優先度確認表(Museum Risk Priority Check)
こうした比較を自館で始めるための簡易な整理方法が、リスク優先度確認表(Museum Risk Priority Check)です。これは高度なリスク分析を代替するものではなく、館内で異なるリスクを同じ視点から見比べ、何を先に検討するかを話し合うための共通材料です。
| リスク | 守る対象 | 想定される影響 | 発生可能性 | 現在の備え | 優先度 |
|---|---|---|---|---|---|
| 収蔵庫への浸水 | 収蔵資料 | 大 | 中 | 不十分 | 高 |
| 受付端末の停止 | 来館者対応 | 中 | 中 | 代替手段あり | 中 |
この表は、数値を入力すれば自動的に正しい優先順位が得られる採点表ではありません。「大」「中」「高」といった判断にも、自館の使命、所蔵資料の性質、施設条件、代替手段、人的体制などが反映されます。したがって、重要なのは評価欄を埋めること自体ではなく、「なぜこのリスクを高く評価するのか」「現在の備えで本当に十分なのか」を館内で説明し、認識を共有することです。
また、一度にすべてのリスクを精密に評価しようとする必要もありません。まずは第3節で具体化した主要なリスクをこの表に並べ、明らかに影響が大きいものや、現在の備えに弱点があるものを見つけるだけでも、次の検討対象を絞ることができます。簡易な比較から始め、必要な領域だけをより詳細に分析するという使い方も可能です。
評価を実施計画へつなげる
リスクを比較する目的は、順位表を完成させることではありません。優先順位を、実際の対応へつなげる必要があります。Lee & Castles(2013)が報告したRoyal BC Museum and Archivesの事例では、包括的なリスク評価が行われ、その結果をもとにRisk Management Implementation Planが策定されました。リスクを把握し、比較した結果を、実際に何へ取り組むのかという計画へ移している点が重要です。
このことは、博物館におけるリスク評価の位置づけを考えるうえで示唆的です。評価を精緻にすること自体が目的になると、分析結果が組織の行動に結びつかないことがあります。必要なのは、優先するリスクを明確にしたうえで、「では何を変えるのか」という次の判断へ進むことです。
したがって、リスクの優先順位づけは危機管理の終点ではなく、対応を始めるための分岐点です。リスク優先度確認表で優先度の高いリスクが見えてきたら、次に必要なのは、そのリスクについて誰が判断し、何を行い、どのような人員・設備・予算を用意するのかを具体化することです。
優先リスクを組織の対応へ落とし込む
問い4:優先すると決めたリスクに、誰が、どう備えるのか。
リスクを比較し、優先順位を決めても、それだけでは博物館の備えは変わりません。次に必要なのは、優先したリスクを組織の具体的な対応へ変えることです。そのためには、「何をするか」だけではなく、「誰が判断するのか」「誰が実行するのか」「何が必要なのか」「いつ実施するのか」まで決める必要があります。
例えば、収蔵庫への浸水を優先リスクと判断したとしても、「浸水対策を強化する」という方針だけでは十分ではありません。止水設備を整備するのか、資料の配置を変更するのか、警報が出たときに誰が判断するのか、発生直後に誰が現場を確認するのか、必要な設備や費用をいつ確保するのかまで具体化して、初めて実行可能な備えになります。
Dorge & Jones(1999)が整理した博物館の緊急時計画でも、責任体制や指揮系統、連絡、具体的な対応、必要な資源や予算、職員の訓練などを組織として準備することが重視されています。危機への備えは、担当者が対策を知っているだけでは成立しません。判断と実行の役割が組織内で共有され、必要な資源が確保されていることが重要です。
優先リスクを具体的な対応へ移す際には、次のリスク対応設計表(Risk Response Design)を使って整理できます。
| 確認事項 | 自館で決めること |
|---|---|
| 対応 | 何を予防・低減するか |
| 初動 | 発生直後に何をするか |
| 責任 | 誰が判断するか |
| 連絡 | 誰へ何を伝えるか |
| 資源 | 人・設備・予算は何が必要か |
| 実施 | いつ、どの計画へ組み込むか |
この表で重要なのは、対応策だけを考えないことです。例えば設備更新が必要だと分かっても、判断する責任者が曖昧であれば実施に進みません。緊急時の連絡経路が決まっていなければ、設備があっても初動が遅れる可能性があります。逆に、担当者と手順を決めても、必要な予算が確保されなければ対策を維持できません。リスクへの対応は、複数の経営要素をつなげて設計する必要があります。
まず、誰が判断し、誰が実行するのかという責任関係は、平時の組織設計と切り離せません。この点をさらに整理する場合には、博物館の組織構造が参考になります。危機時だけ特別な指揮系統を想定するのではなく、通常の権限と責任の所在を踏まえて設計することが重要です。
次に、必要な対策を実行するには資源の確保が必要です。設備の更新、備品の購入、訓練の実施などを年度単位で具体化する段階では、博物館の予算管理と接続します。また、複数の対応策のうち、どこまで実施できるのかを財務情報から判断する必要がある場合には、博物館の財務分析という視点が必要になります。
さらに、大規模改修や設備更新、人員体制の変更など、単年度では完結しない対応もあります。その場合には、優先リスクへの対応を博物館の経営計画で扱う中長期の計画へ位置づけ、実施時期や必要資源を段階的に組み込む必要があります。
つまり、リスクを組織の対応へ変える流れは、リスクを把握することから始まり、優先順位を決め、責任を明確にし、必要な資源を確保し、計画へ組み込むことへと続きます。危機管理は、防災や保存を担当する一部の職員だけの業務ではありません。優先するリスクを実際の行動へ変えるためには、組織、予算、財務、経営計画をつなぐ経営上の判断が必要です。
備えを更新し続ける仕組みをつくる
問い5:その備えは、今も機能する状態にあるか。
危機管理では、計画や手順を一度整えれば終わりというわけではありません。計画を作成した時点では適切だった備えでも、組織や施設を取り巻く条件が変われば、そのままでは機能しなくなることがあります。重要なのは、備えを固定された文書としてではなく、状況の変化に合わせて更新する仕組みとして捉えることです。
例えば、人事異動によって担当者や判断する責任者が変われば、連絡経路や役割分担を確認し直す必要があります。施設改修や新しい設備の導入によって、これまで想定していなかった弱点が生じることもあります。収蔵品の増加や業務内容の変化によって、守るべき対象や優先順位そのものが変わる場合もあります。また、実際の事故や訓練を通じて、計画上は問題がないように見えていた手順が、現場では機能しないことが分かることもあります。
Dorge & Jones(1999)は、博物館の緊急時計画について、計画を定期的に更新することに加え、職員への訓練を行い、その結果を評価していく必要性を示しています。計画を文書として保有しているだけでは、実際に必要な場面で使えるとは限りません。担当者が役割を理解しているか、連絡先が現在も有効か、必要な設備を使用できるか、想定した手順に無理がないかを確認することが必要です。
見直しの目的は、過去に作った計画を細かく修正し続けることではありません。前提条件が変わったときに、「何を守るのか」「どのリスクを優先するのか」「現在の備えで十分なのか」を改めて問い直せる状態をつくることです。必要に応じて、見直しの結果を組織的な評価へつなげる際には、博物館の評価という視点も役立ちます。
このように考えると、5つの問いは一方向に進んで終わるものではありません。守る、見つける、比べる、備える、見直すという流れを経た後、変化した状況を踏まえて再び「何を守るのか」を確認します。守る対象が変われば、想定すべきリスクも変わり、優先順位や必要な備えも変わります。
危機管理を継続的な経営プロセスとして機能させるには、この循環を特定の担当者の経験や記憶だけに依存させないことが重要です。どのような変化があったときに見直すのか、誰が確認するのか、どの計画や予算へ反映するのかをあらかじめ決めておくことで、備えを現在の組織や施設の状態に合わせて更新し続けることができます。
5つの問いを自館の判断に使う
ここまで整理してきた考え方は、理解するだけでは十分ではありません。実際に自館の状況へ当てはめ、何を優先し、次に何をするのかまで決めて初めて、危機管理の見直しにつながります。ここでは、5つの問いを実務で使うために、作業を6つの手順に分けて整理します。
STEP 1|守るべきものを書き出す
最初に、自館が失ってはならないものを3〜5個程度挙げます。人、収蔵資料、建物や設備、重要な情報、継続すべき業務など、対象そのものだけではなく、「それを失った場合に使命遂行へどのような影響が出るか」を意識して選びます。ここで項目を増やしすぎると、その後の比較が難しくなるため、まずは重要性の高いものに絞ります。
STEP 2|具体的なリスクシナリオを書く
次に、それぞれの守るべきものについて、「何が起こり、その結果何が失われるのか」を具体的に書きます。「水害」「停電」「盗難」といった危険名だけではなく、原因、影響を受ける対象、結果まで一続きで記述します。これによって、一般的な危険の一覧ではなく、自館で実際に検討すべきリスクとして整理できます。
STEP 3|リスクを比較する
具体化したリスクは、リスク優先度確認表(Museum Risk Priority Check)を使って比較します。確認するのは、想定される影響、発生可能性、現在の備えです。ここで重要なのは、数値を付けることではなく、異なるリスクを同じ視点から見比べることです。「なぜこの影響を大きいと考えるのか」「現在の備えは本当に十分か」を説明できる状態にすると、館内での議論が進めやすくなります。
STEP 4|優先するリスクを選ぶ
比較した結果から、最初に対応を検討するリスクを3件程度に絞ります。すべてを同時に解決しようとすると、限られた人員や予算が分散し、結局どの対策も進まないことがあります。最初に取り組む対象を絞ることで、次の行動を具体化しやすくなります。5つの問いに対して作業手順が6段階になるのは、「比較すること」と「優先するリスクを選ぶこと」を実務上分けているためです。
STEP 5|組織としての対応を決める
優先するリスクを選んだら、リスク対応設計表(Risk Response Design)を使い、対応を組織の仕事へ変換します。何を予防・低減するのか、発生直後に何をするのか、誰が判断するのか、誰へ連絡するのか、どのような人員・設備・予算が必要なのか、いつ実施するのかを整理します。
この段階では、「対策が必要」という認識だけで終わらせないことが重要です。次に相談すべき担当者や責任者が誰なのか、年度内に対応できるのか、中長期の計画へ組み込む必要があるのかまで確認すると、危機管理が実際の組織判断へつながります。
STEP 6|見直す時期を決める
最後に、いつ見直すのかを決めます。定期的な確認に加えて、人事異動、施設改修、事故の発生、訓練の実施、大きな環境変化などを再検討の契機としてあらかじめ設定しておくと、計画が古い前提のまま残ることを防ぎやすくなります。
この6つの手順を一度行えば、少なくとも、自館が何を守ろうとしているのか、どのリスクを優先して検討するのか、誰と次の判断を行う必要があるのかが見えてきます。危機管理を完成させることが目的ではありません。まず自館の状況を一度整理し、優先するリスクと次の行動を明確にすることが、継続的な見直しの出発点になります。
何を優先して守るかを決め続ける
博物館のリスクマネジメントは、想定される危険をすべてなくすことではありません。地震、火災、水害、盗難、設備故障など、起こり得る出来事は多岐にわたり、それらすべてに同じ水準で備えることは現実的ではありません。だからこそ必要なのは、自館が何を守るべきなのかを明確にし、その価値や機能を損なうリスクを具体化したうえで、どこから対応するのかを判断することです。
その判断には、発生可能性や想定される影響だけでなく、現在の備え、人員、設備、予算、組織の体制も関わります。優先するリスクが決まれば、次に問われるのは、誰が判断し、誰が実行し、どのような資源を確保し、いつ計画へ組み込むのかです。危機管理は、防災や保存を担当する一部の職員だけで完結する仕事ではなく、組織、予算、財務、経営計画をつなぐ経営上の課題として考える必要があります。
さらに、一度整えた備えも固定されたものではありません。人事異動、施設改修、収蔵品の増加、設備や業務の変化によって、守るべきものや優先すべきリスクは変わります。現在の備えが今も機能するのかを確かめ、必要に応じて更新していくことが欠かせません。
博物館のリスクマネジメントとは、すべての危険を排除することではなく、守るべき価値と限られた資源を照らし合わせながら、何を優先して守るのかを判断し、その備えを更新し続ける経営プロセスです。最初の一歩は、危険を列挙することではありません。まず、自館にとって失ってはならないものは何かを問い直すことから始まります。
参考文献
- Pedersoli Jr., J. L., Antomarchi, C., & Michalski, S. (2016). A Guide to Risk Management of Cultural Heritage. Ottawa, ON and Sharjah, UAE: Canadian Conservation Institute and ICCROM-ATHAR.
- Waller, R. R. (2003). Cultural Property Risk Analysis Model: Development and Application to Preventive Conservation at the Canadian Museum of Nature. Göteborg Studies in Conservation, 13. Göteborg: Acta Universitatis Gothoburgensis.
- Lee, K., & Castles, D. (2013). Collections risk assessment at the Royal BC Museum and Archives. Collections, 9(1), 9–27. https://doi.org/10.1177/155019061300900103
- Dorge, V., & Jones, S. L. (1999). Building an Emergency Plan: A Guide for Museums and Other Cultural Institutions. Los Angeles, CA: Getty Conservation Institute.

