博物館のブランド戦略を再考する――体験・認知・関係性から描く未来志向のブランディングモデル

目次

はじめに:ブランドは“誰のために”あるのか?

「ブランド」という言葉を耳にしたとき、私たちはしばしば企業の商品やそのロゴマーク、有名なキャッチコピーを思い浮かべます。実際、ブランドは企業経営の文脈では、製品やサービスに特定の価値や意味を与え、他との違いを明確にするための重要な戦略要素として長年にわたり研究されてきました。しかし近年、このブランドという概念は、営利企業の枠を超えて、非営利組織や文化施設においても積極的に取り入れられつつあります。とりわけ、博物館のように多様なステークホルダーと向き合いながら社会的役割を果たす文化機関にとって、ブランドは単なる見た目やデザイン以上の、深い意味を持つものとなっています。

では、そもそも博物館における「ブランド」とは誰のために存在しているのでしょうか。来館者のため、地域社会のため、支援者のため、あるいは職員自身のため――答えはひとつではありません。ブランドはこれらすべての対象に対して、異なる意味を持ちながら機能します。たとえば来館者にとっては、ある博物館のブランドが「安心して子どもと訪れられる場所」や「知的な刺激を与えてくれる存在」として認識されているかもしれません。一方で、自治体や支援者にとっては、その博物館が持つブランドは「地域のアイデンティティを象徴する拠点」あるいは「投資に見合う価値を提供する公共資産」として捉えられている場合もあるのです。

このように、ブランドは一方向的に発信されるものではなく、多様な関係者との間で共創される関係性そのものであるといえます。Pulhら(2019)の研究によれば、ブランド・ミュージアムは「記憶」や「アイデンティティ」といった文化的資源を基盤とし、来館者との関係性を深化させる装置として機能するとされています。ブランドは言い換えれば、博物館が社会といかに「つながる」かを可視化する枠組みであり、それゆえにこそ、来館者との信頼関係や、地域との結びつきを強化する手段ともなりうるのです。

また、Evansら(2012)が指摘するように、ブランドは単なるマーケティング戦略ではなく、組織の理念や行動の指針を内面化させる「哲学的な羅針盤」としても位置づけられています。特に公共性と学術性を同時に追求する博物館においては、ブランドは理念と実践を橋渡しする存在として機能することが求められます。

本記事では、こうした「誰のために、どのようにしてブランドを築くか」という問いを起点としながら、博物館におけるブランド戦略の意義とその広がりについて考えていきます。そして、従来の広報活動とは異なる、より根源的な視点からブランドを捉え直すことで、これからの博物館経営にとってのブランドの可能性を探っていきます。

ブランドはミュージアムの“価値”をどう可視化するか?

ブランドは、博物館が社会に対して発信する「価値の姿」を可視化する装置であるといえます。それは単に「知名度」や「ロゴマークの印象」の問題ではなく、その博物館がどのような役割を担い、どのような信念のもとで活動しているのかという、より根本的な問いに結びついています。つまり、ブランドとは博物館の存在意義そのものを社会に伝える“翻訳装置”であり、他の文化機関や営利施設との差異を明確にしながら、来館者や支援者との関係を築く基盤となるのです。

Pulhら(2019)の研究によれば、ブランド・ミュージアムにおいて重要なのは「遺産的体験(heritage experience)」です。これは単なる情報伝達型の展示ではなく、来館者がブランドの歴史や文化に“共感”し、“自分との関係性”を見出すような体験を通じて成り立ちます。このような体験は、ブランドとの親密なつながりを生み出し、最終的にはブランドへの支援行動(商業的支援、ボランティア活動、友の会への参加など)にまで発展することが明らかにされています。つまり、ミュージアムにおけるブランド価値は、来館者の行動変容を引き起こすだけの「感情的・社会的リアリティ」を伴うことが不可欠なのです。

こうしたブランド価値の構成要素については、Camareroら(2010)やLiuら(2013)の研究も示唆に富んでいます。彼らは、博物館におけるブランド・エクイティ(brand equity)の要素として、以下の4点を挙げています:

  • ブランド認知(brand awareness):名前やロゴを見た際にすぐ思い出せるかどうか。
  • 知覚品質(perceived quality):展示やサービスの質が高いと感じられるか。
  • ブランドイメージ(brand image):そのミュージアムがどのような価値観や個性を持っていると認識されているか。
  • ブランドロイヤルティ(brand loyalty):再訪したい、他者に勧めたいという意志。

これらの要素が相互に関連しながら、総合的なブランド価値を形成しています。たとえば、訪問者がミュージアムに強い愛着を抱くようになるためには、まずその存在を認識してもらい、次に展示やサービスに高い品質を感じ、さらにその体験を通してポジティブなイメージを形成し、最終的に継続的な関係を築く――という段階的なプロセスが必要なのです。

Evansら(2012)は、博物館におけるブランド形成において「機能性(functionality)」や「象徴性(symbolism)」といった側面が重要であるとし、ブランドは単なる記号ではなく、具体的な意味や価値を伴うものとして設計されるべきであると主張しています。つまり、ブランドとは「感じるもの」であると同時に「信じられるもの」であり、それゆえに来館者との間に信頼関係を築くことが可能となるのです。

このように、ブランドは博物館が発信する理念や活動を、社会的・感覚的に“意味のある形”で伝えるための媒体であり、同時にその価値を外部に可視化するツールとして機能します。それは単なる広報手段にとどまらず、来館者の体験を構成し、共感や支持を引き出すための“物語の器”としての役割を果たすのです。

次節では、このようにして可視化された価値が、具体的にどのような要素によって支えられ、またどのようにして来館者の信頼や忠誠を生み出していくのかを、さらに詳しく見ていきます。

ブランド価値の構成要素とは?

ブランドとは、単に「名前」や「ロゴ」が有名であることだけを意味するわけではありません。それが社会の中でどのように認識され、どのような体験を通じて意味づけられ、そしてどのような行動変容を生み出すか――こうした総体的な価値の束としてブランドは存在しています。特に博物館という非営利性と公共性を併せ持つ組織においては、その価値を構成する要素を明確に理解し、戦略的に育てていくことが、組織の持続可能性に直結する重要課題となります。

では、博物館におけるブランド価値は、具体的にどのような要素から成り立っているのでしょうか。マーケティングや文化マネジメントの分野では、これまでにさまざまな研究が行われてきましたが、とくに有力な視点を提供しているのがCamareroら(2010)およびLiuら(2013)による、文化施設向けのブランド・エクイティ(brand equity)モデルです。両者の研究は、来館者の視点に立脚したブランド価値の評価モデルを提示しており、以下の4つの構成要素が重要であるとされています。

ブランド認知(Brand Awareness)

まず基本となるのが、ブランドの「認知」です。これは来館者がその博物館の存在を知っているか、名前を聞いたときにすぐに思い浮かべられるかどうか、という段階に関わる要素です。ブランド認知は、ミュージアムがそもそも選択肢として意識されるための入口であり、これが欠けていては他の価値要素が働く余地すらありません。広告や広報、Web戦略、SNSの活用などは、まさにこの認知の形成に直結する活動です。

知覚品質(Perceived Quality)

次に重要なのが、展示内容や学芸サービス、建築や空間、接客対応などを含む「知覚される品質」です。ここで問われるのは、実際の“品質”そのものではなく、来館者がその価値をどのように“感じ取ったか”という主観的な評価です。たとえば、「展示が丁寧だった」「職員の対応が親切だった」「施設が清潔で過ごしやすかった」などといった感覚は、この知覚品質に大きく影響します。これらは直接的に来館者満足やリピート意向につながるため、ブランド価値を支える中核的な要素といえます。

ブランドイメージ(Brand Image)

「ブランドイメージ」とは、来館者がその博物館に抱く感情的・象徴的な印象のことです。たとえば、「現代的で洗練された印象」「家族連れに優しい」「歴史の重みが感じられる」など、形のない“雰囲気”や“個性”として語られるものがこれに該当します。これは過去の来館体験や、他者からの評判、ウェブ上の情報などを通じて形成され、ブランドのポジショニングと直結します(Ober-Heilig et al., 2014)。とりわけ新規来館者にとっては、ブランドイメージが来館の動機に直接影響する場合が多く、戦略的な設計と管理が求められる領域です。

ブランドロイヤルティ(Brand Loyalty)

最後に、「ブランドロイヤルティ」は、いかに多くの来館者がその博物館を再訪し、他者に推薦し、継続的な支持を表明するかを示す重要な指標です。これは単なる“満足”を超えた関係性の強さを意味し、たとえば「友の会」への参加や、寄附・ボランティアといったかたちで組織に積極的に関わる来館者も含まれます(Pulh et al., 2019)。ブランドロイヤルティが高まることで、安定した支持基盤が生まれ、持続的なミュージアム運営が可能となります。


これら4つの要素は、それぞれが独立して存在するものではなく、相互に関連し合いながらブランドの総体的な価値を形成しています。たとえば、高い知覚品質はポジティブなブランドイメージを強化し、それがリピート意向やロイヤルティに結びつくといった具合です。

Evansら(2012)も述べるように、ブランド価値は単なる外的評価の集積ではなく、組織のビジョンや文化が「訪問者との接点を通していかに意味づけられているか」を反映するものです。したがって、博物館のブランドを強化するためには、マーケティングだけでなく、展示、教育、施設管理、職員対応など、あらゆる活動が一貫してブランド価値を支えるように設計されていなければなりません。

次節では、こうしたブランド価値の構成要素が、実際の博物館経営にどのように組み込まれ、どのような理論や実践によって強化され得るのかを、組織文化とブランド・オリエンテーションの視点からさらに掘り下げていきます。

博物館におけるブランド・オリエンテーションとは何か?

これまで見てきたように、ブランドは単なる広報の道具ではなく、博物館の存在意義や価値を社会に伝える包括的な枠組みとして捉えるべきものです。では、こうしたブランド価値を効果的に築き、持続可能に育てていくには、どのような組織的姿勢が求められるのでしょうか。その鍵となるのが「ブランド・オリエンテーション(brand orientation)」という考え方です。

ブランド・オリエンテーションとは、組織全体がブランドを中核に据えて運営方針を決定し、すべての部門や業務においてブランド価値の一貫性を保とうとする姿勢のことを指します(Urde, 1999;Evans et al., 2012)。これは単なるマーケティング施策の一部ではなく、「組織文化」や「意思決定の哲学」に深く根ざした構造的な志向性である点が重要です。

Evansら(2012)は、国際的な博物館を対象としたケーススタディにおいて、ブランド・オリエンテーションには二つの側面があることを指摘しています。ひとつは、「哲学的側面(philosophical aspect)」であり、ブランドが組織の理念やミッションにどれだけ統合されているかを問うものです。もうひとつは「行動的側面(behavioral aspect)」であり、実際の活動においてブランドの特性がどれだけ具体的に体現されているか、という視点です。

この二重構造は、博物館のブランド戦略において非常に有効な枠組みを提供します。たとえば、ブランド理念がトップダウンで掲げられていても、それが学芸員の展示設計やフロアスタッフの来館者対応、教育普及活動にまで浸透していなければ、外部に発信されるブランド価値は断片的で一貫性を欠いたものになってしまいます。反対に、組織全体がブランドを軸として自律的に判断・行動する文化が醸成されていれば、そのブランドは強固な意味づけを持ち、来館者との信頼関係の基盤にもなり得るのです。

また、Baumgarth(2009)の実証研究によれば、博物館においてブランド・オリエンテーションが高い組織は、経済的・社会的成果の両面で優れたパフォーマンスを上げる傾向があるとされています。これは、ブランドが単に収益拡大の手段である以上に、来館者の満足、信頼、帰属意識といった非金銭的価値を引き出し、組織のレジリエンスを高める役割を担っていることを示しています。

さらに、Liuら(2013)は、ブランド・オリエンテーションを持つ博物館は、来館者の認知・信頼・ロイヤルティの形成において「ブランド価値(brand value)」が媒介的に機能することを明らかにしています。これはつまり、ブランドの理念が組織に根づき、それが具体的な展示体験や接客、教育活動を通じて「価値」として来館者に伝わることで、結果として支持やリピートが生まれるという構造です。

このような視点から言えるのは、博物館のブランディングとはマーケティング部門だけが担うべき一過性の取り組みではなく、館長、学芸員、教育普及担当、施設管理、ボランティアに至るまで、組織のすべての構成員が共通のビジョンのもとにブランドを“生きる”ことが求められる、全館的な取り組みであるということです。

とりわけ、日本の博物館の多くは、従来「中立性」や「非営利性」を重視し、ブランドやマーケティングに対して慎重な姿勢を取ってきた歴史があります。しかし、社会との接点や支援のかたちが多様化し、選ばれる文化施設としての意義が問われるいま、ブランド・オリエンテーションは博物館経営における戦略的資産として再評価されるべき時期に来ているといえるでしょう。

次節では、このようなブランドを巡る博物館の組織的取り組みが、どのようにして「体験」を通して可視化され、来館者にとっての“意味ある出会い”となっていくのかを考察していきます。

ブランディングに“体験”はどう貢献するのか?

現代の博物館において、来館者との“接点”は単なる情報伝達の場ではなく、ブランドの意味と価値を体感として伝える重要な機会となっています。ブランドとは、ロゴやネーミングといった表層的な記号にとどまらず、むしろ来館者がその博物館で「何を感じ、何を覚えて帰るのか」によって形づくられる生きた構造です。つまり、ブランディングとは“体験”のデザインであり、訪問者との感覚的・感情的な接触を通じて意味を獲得していく動的なプロセスなのです。

このような観点から注目されているのが、「エクスペリエンシャル・デザイン(experiential design)」という手法です。Ober-Heiligら(2014)の研究は、博物館におけるブランドの強化には、特に「低関与層(low-involvement visitors)」に向けた体験重視の空間設計が有効であることを示しています。たとえば、五感に訴える展示構成、ストーリー性のある導線設計、参加型・対話型の学習活動、ソーシャルメディアと連動したインタラクションなどは、ブランドの持つ“差異性”を可視化し、他館との印象の違いを際立たせる手段として非常に有効です。

また、Piancatelliら(2020)の実証研究では、「博物館の空間的雰囲気(atmosphere)」が、訪問者のブランド信頼(brand trustworthiness)や知覚品質(perceived quality)、さらには再訪意図や推薦意図といった行動傾向に強い影響を及ぼすことが明らかにされています。これは、展示内容そのものよりも、空間に流れる“印象”や“感情の余韻”といった感覚的要素がブランド認識を深める鍵であることを示唆しています。

こうした研究を踏まえると、ミュージアム・ブランディングにおいては、来館者が「どのような印象を受けたか」ではなく、「何を体験し、どう感じたか」を中心に据えるべきであることが見えてきます。具体的には以下のような点が重要になります。

ストーリーテリングとナラティブ構成

展示を通じて来館者に“物語”を感じさせることで、情報を超えた感情的つながりが生まれます。これは単なる知識伝達ではなく、「記憶に残る体験」を創出することによって、ブランドに対する愛着や忠誠を高める効果があります。

インタラクティブ性と共創的参加

ワークショップ、タッチパネル、デジタルアート、SNS連携などを通じて、来館者が受け手ではなく「共演者」となる仕組みが、ブランドの“主体的な意味づけ”を促します。このとき、訪問者はブランドの価値を「学ぶ」のではなく「自ら見出す」ことになります。

空間・環境の感性的設計

光、音、匂い、動線、壁面の色彩、休憩スペースの快適性など、感覚に訴える空間設計は、情報以上に強く来館者の記憶に残ります。こうした印象は、ブランド・イメージの形成において決定的な役割を果たします。

デジタルとの融合による拡張体験

AR技術やスマートフォンアプリ、オンライン展示、バーチャルツアーといった技術を通じて、来館前・来館中・来館後にわたる一連の体験がシームレスに設計されていると、来館者のブランド体験は空間を超えて拡張します。これは、ブランドとの“持続的な関係”を築く上で非常に有効です。

このように、「体験」は博物館ブランドの“中身”を来館者の感覚に浸透させる媒体として機能します。それは一方的に語られる「理念」ではなく、来館者自身が感じ、発見し、共有することによって“生きた価値”としてブランドを内面化するための通路なのです。

来館者が「この博物館にはまた来たい」「誰かに紹介したい」と思ったとき、そこには明確なブランド・ロゴや広告の記憶ではなく、体験を通して感じた“意味”が刻まれています。だからこそ、博物館経営におけるブランディングは、「体験設計」という視点から全体を構想し直す必要があるのです。

次節では、このような体験価値に基づくブランディング戦略が、どのように社会的成果や持続可能な支援につながっていくのかを、「ブランド・ロイヤルティ」や「関係性構築」といったキーワードをもとに検討していきます。

ブランドは“未来”をどう描くのか?

ブランドは過去の蓄積ではあるが、それ以上に“未来を描くための力”でもあります。とりわけ公共性を担う博物館において、ブランドとは単なる経営戦略やマーケティングツールを超えて、ミュージアムがどのような社会を目指すのかという〈未来ビジョン〉を体現する枠組みとして機能します。すなわち、ブランドは「今、ここにある博物館」の魅力を語るものではなく、「これからの社会にとって、なぜこの博物館が必要か」という問いに対する応答でもあるのです。

Baumgarth(2009)やEvansら(2012)によると、ブランド・オリエンテーションが高い文化機関は、単に来館者数や収益といった短期的な指標だけでなく、「地域社会との関係性」や「長期的な信頼形成」を重視する傾向があります。これはすなわち、ブランドを“商品”ではなく“関係性”として捉える視点であり、博物館が未来社会に対してどのような影響力を持つべきかを、ブランドを通して構想していることを意味します。

このような視点を踏まえると、博物館のブランドは次の3つの未来的機能を果たしうると考えられます。

社会的正当性(Legitimacy)の獲得と維持

博物館はその活動が公益に資するものであることを不断に証明しなければなりません。ブランドはその語りの枠組みとして、社会に対して「私たちは何を守り、何を未来に渡そうとしているのか」を明示する手段となります。これは特に、文化支援の正当性が厳しく問われる現代社会において、極めて重要な役割です。

支援者・パートナーとの協働基盤の形成

ブランドは来館者だけでなく、行政、企業、教育機関、市民団体など、さまざまなステークホルダーとの“共創”を促す装置でもあります。信頼されるブランドを持つ博物館は、社会課題の解決に向けた協働の拠点としても機能し、持続可能な発展を支える支援の循環を生み出すことができます。

変化と革新への適応力の獲得

ブランドは固定的なアイデンティティではなく、組織が未来の変化に対応しながら柔軟に更新していくための“原理的な軸”でもあります。たとえば、デジタル時代における展示のあり方や、パンデミック後の来館行動の変化にどう向き合うかといった問いに対しても、ブランドが“判断基準”となることで、迷いのない対応が可能になります。

こうした未来志向のブランド形成においては、単にロゴやスローガンを刷新することではなく、組織全体が一貫した価値観とビジョンを共有し、それを日々の実践に落とし込むことが不可欠です。言い換えれば、ブランドとは「将来像を語る装置」であると同時に、「未来を形づくる文化」であり、そして「共に未来をつくる仲間を集める旗印」なのです。

Pulhら(2019)やCamareroら(2010)が強調するように、ブランドは博物館と社会をつなぐ“対話の言語”です。その言語が豊かで、多義的で、かつ誠実であるならば、そこには来館者だけでなく、多くの市民や組織が耳を傾け、関わろうとする未来が待っています。

これからの博物館経営にとって、ブランドとは「戦略」ではなく「約束」であり、その約束をどれだけ誠実に社会に届けられるかが問われる時代が訪れているのです。

参考文献

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Baumgarth, C. (2009). Brand orientation of museums: Model and empirical results. International Journal of Arts Management, 11(3), 30–45.

Camarero, C., Garrido, M. J., & Vicente, E. (2010). Components of art exhibition brand equity for internal and external visitors. Tourism Management, 31(4), 495–504.

Evans, J., Bridson, K., & Rentschler, R. (2012). Drivers, impediments and manifestations of brand orientation: An international museum study. European Journal of Marketing, 46(11/12), 1457–1475.

Liu, C. R., Liu, H. K., & Lin, W. R. (2013). Constructing customer-based museums brand equity model: The mediating role of brand value. International Journal of Tourism Research, 15(6), 1–10.

Ober-Heilig, N., Bekmeier-Feuerhahn, S., & Sikkenga, J. (2014). Enhancing museum brands with experiential design to attract low-involvement visitors. Arts Marketing: An International Journal, 4(1/2), 67–86.

Piancatelli, C., Massi, M., & Vocino, A. (2020). The role of atmosphere in Italian museums: Effects on brand perceptions and visitor behavioral intentions. Journal of Strategic Marketing. Advance online publication. https://doi.org/10.1080/0965254X.2020.1786846

Pulh, M., Mencarelli, R., & Le Gall-Ely, M. (2019). Building museum brands: The role of cognitive and affective experiences. Journal of Business Research, 102, 253–263.

Scott, C. (2000). Branding: Positioning museums in the 21st century. International Journal of Arts Management, 2(3), 35–39.

Urde, M. (1999). Brand orientation: A mindset for building brands into strategic resources. Journal of Marketing Management, 15(1–3), 117–133.

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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