博物館の「ビジネスモデル」と聞くと、入館料をどう設定するか、ショップやカフェの売上をどう伸ばすか、寄付やスポンサーをどう獲得するかといった収益の問題を思い浮かべるかもしれません。しかし、ビジネスモデルは収益モデルと同じものではありません。収入を得る方法は重要な構成要素の一つですが、それだけでは、博物館という組織がどのような価値を生み、その活動をどのように成り立たせているのかを十分に説明できません。
博物館は、多くの場合、利益の最大化を目的として運営される組織ではありません。資料を収集・保存し、調査研究を行い、展示や教育活動を通じて知識や文化に触れる機会を社会へ提供するなど、文化的・教育的・社会的な使命を担っています。したがって、博物館の経営を考える出発点には、まず博物館が社会にどのような価値を提供する組織なのかという問いがあります。
一方で、使命が重要だからといって、それだけで活動を継続できるわけではありません。コレクションを保存するには施設と専門人材が必要であり、調査研究、展示、教育、デジタル発信などを行うにも資金や能力が求められます。さらに、行政、地域社会、学校、大学、企業、支援者などとの関係も、博物館が価値を生み出す仕組みの一部となります。非営利の博物館であっても、価値を生み、それを利用者や社会へ届け、その活動を継続するための経営構造を持っているのです。
この意味でビジネスモデルを考えることは、博物館を営利企業のように変えることではありません。非営利組織においても、社会的な価値を生み出すことと、その活動を支える資源を確保することとの関係をどのように設計するかは重要な経営課題です(Thomas & Tobelem, 2025)。必要なのは「どう収益化するか」という問いだけではなく、「何のための活動を、どのような仕組みによって持続させるのか」という視点です。
では、博物館は誰に、どのような価値を提供しているのでしょうか。その価値は、どのような活動、資源、人材、組織間の関係によって生み出され、社会へ届けられているのでしょうか。そして、その価値創造を将来にわたって続けるための資源を、どのような仕組みで確保しているのでしょうか。本稿では、この一連の関係を「博物館のビジネスモデル」という視点から読み解き、使命を継続的な価値創造へと結びつける経営のしくみを考えていきます。
ビジネスモデルとは何か――「収益モデル」とは違う
ビジネスモデルは、組織がどのような価値を生み、その価値をどのように届け、活動を継続するための資源をどのように確保するのかを一体として捉える考え方です。したがって、「何によって収入を得るのか」を示す収益モデルよりも広い概念です。博物館でいえば、入館料、ショップ、寄付、スポンサーシップといった収入源だけを確認しても、その館のビジネスモデル全体を理解したことにはなりません。
価値提案――誰に、どのような価値を提供するのか
第一の観点がValue Proposition(価値提案)です。これは、組織が誰に対して、どのような価値を提供しようとしているのかを問うものです。博物館であれば、来館者だけでなく、地域社会、学校、研究者、コレクションと関係するコミュニティ、さらには将来世代までが関係し得ます。保存、研究、学習機会、文化体験など、何を中心的な価値として位置づけるかによって、その後に必要となる活動や資源も変わります。
価値創造・提供――価値は何によって生み出されるのか
第二の観点がValue Creation & Delivery(価値創造・提供)です。価値は理念を掲げるだけでは生まれません。コレクション、専門人材、調査研究、保存、展示、教育活動、施設、デジタル技術、さらに行政や学校、大学、企業、地域団体などとの関係を組み合わせることで、はじめて具体的な活動として社会へ届けられます。ビジネスモデル研究では、こうした価値提案、価値創造・提供、価値捕捉を関連づけて捉える整理が用いられてきました(Bocken et al., 2014)。
価値捕捉――価値創造をどう持続させるのか
第三の観点がValue Capture(価値捕捉)です。これは、提供した価値を単純に「利益へ変える」ことだけを意味しません。活動を続けるために必要な資源を、組織がどのように確保し、次の価値創造へつなげるのかを問う視点です。とりわけ非営利の博物館では、価値創造と資源確保の関係を営利企業とは異なる条件のもとで考える必要があります(Thomas & Tobelem, 2025)。公的資金、入館料、寄付、会費、スポンサー、事業収入などは、そのための手段の一部として位置づけられます。
この整理からみれば、ミッション、経営戦略、ビジネスモデルは重なりながらも異なる問いを担っています。ミッションが「何のために存在するのか」を示すのに対し、経営戦略は限られた条件のなかで「何を優先して実現するのか」を定めます。そしてビジネスモデルは、その価値を実際にどのような仕組みで生み、届け、持続させるのかを捉えます。この三つを区別して考えることで、博物館経営を「何をするか」だけでなく、「どのような構造によって使命を実現し続けるか」という視点から理解できるようになります。
非営利の博物館は、どのように価値を生み、捕捉するのか
博物館のビジネスモデルを考えるとき、営利企業を前提とした「価値を提供し、その対価として利益を得る」という図式だけでは十分ではありません。博物館の中心的な目的は、利益を最大化することではなく、資料の保存や調査研究、展示、教育などを通じて文化的・教育的・社会的な使命を実現することにあります。利用者や社会に生み出される価値と、それによって組織が得る金銭的な収入が、一対一で対応するとは限らない点に非営利組織としての特徴があります。
しかし、利益最大化を目的としないことは、経営資源の確保を考えなくてよいことを意味しません。資料を適切に保存するには収蔵環境や専門人材が必要であり、調査研究、展示、教育活動を続けるにも人材、施設、設備、資金が欠かせません。価値を生み出す活動が社会的に重要であっても、それを支える資源が確保できなければ、同じ活動を将来にわたって続けることは難しくなります。価値を生み出すことと、その価値創造を持続可能にすることは、区別しながら一体として考える必要があります。
そこで重要になるのがValue Capture(価値捕捉)という視点です。非営利組織におけるValue Captureを考える際には、それを企業における利益や売上とそのまま同一視することはできません。博物館においても、創出した価値と組織がその活動を継続するために確保する資源との関係を捉える必要があり、非営利組織としての特性を踏まえたValue Captureの検討が求められます(Thomas & Tobelem, 2025)。
この観点からみれば、公的資金、入館料、会費、寄付、事業収入などは、それぞれを単独で評価するのではなく、価値創造を支える経営構造のなかに位置づけて考えることが重要です。たとえば、入館料収入を増やすこと自体がビジネスモデルの目的になるわけではありません。どのような価値を社会に提供し、そのために必要な活動や資源を維持するうえで、どのような資源確保の仕組みが適しているのかという順序で考える必要があります。収入源を増やすことも選択肢の一つですが、それだけがValue Captureの課題への答えではありません。
したがって、博物館経営を「公共性を守るのか、収益性を高めるのか」という二者択一で捉える必要はありません。公共的使命を実現するためにも、その活動を支える経営基盤が必要だからです。問うべきなのは、どれだけ利益を生み出しているかではなく、自館が生み出そうとする価値と、それを支える資源確保の仕組みがどのようにつながっているのか、そして現在の経営構造によって公共的使命を継続できるのかということです。非営利の博物館にとってValue Captureを考える意味は、まさにこの接続を問い直すことにあります。
三つの問いで博物館のビジネスモデルを読み解く
博物館のビジネスモデルを捉えるには、収入源の一覧をつくるだけでは十分ではありません。重要なのは、どのような価値を提供し、その価値がどのような仕組みによって生み出され、活動を続けるための資源がどのように確保されているのかを一つのつながりとして見ることです。Value Proposition(価値提案)、Value Creation & Delivery(価値創造・提供)、Value Capture(価値捕捉)という整理は、この構造を読み解くための基本的な視点となります(Bocken et al., 2014)。博物館の実務に置き換えるなら、次の三つの問いから考えることができます。
問い1 誰に、どのような価値を提供しているのか
第一の問いは、Value Proposition(価値提案)に対応します。ここで確認したいのは、単に「どのような事業を行っているか」ではなく、その活動によって誰に何をもたらそうとしているのかということです。博物館が価値を提供する相手は、展示室を訪れる来館者だけとは限りません。地域社会、学校、研究者、コレクションに関係するコミュニティ、さらには資料を将来へ継承するという意味では将来世代も関係します。
提供する価値も一つではありません。資料を保存すること、調査研究によって知識を生み出すこと、学習の機会や文化的体験を提供すること、社会参加を促すこと、地域や人びとのアイデンティティに関わることなど、館の使命や性格によって重点は異なります。ここを明確にしなければ、活動の量を増やすこと自体が目的となり、何のために資源を投入しているのかが見えにくくなります。
問い2 その価値を、何によって生み、届けているのか
第二の問いは、Value Creation & Delivery(価値創造・提供)に対応します。価値提案は、それを実現する活動と資源があって初めて具体化します。博物館では、コレクション、専門人材、調査研究、保存、展示、教育、デジタル技術、建物や施設などが相互に関係しながら価値を生み出しています。さらに、行政、大学、学校、企業、地域団体などとの協働によって、自館だけでは実現できない活動や社会への到達が可能になる場合もあります。
したがって、展示やイベントのように利用者から見えやすい活動だけを価値創造と捉えるべきではありません。資料整理や保存、研究、人材の専門性、外部組織との関係なども、最終的に社会へ価値を届ける仕組みを支えています。問うべきなのは個々の事業の有無ではなく、自館が掲げる価値と、それを生み出す活動・資源・関係がどのようにつながっているかです。
問い3 その価値創造を、どうすれば継続できるのか
第三の問いは、Value Capture(価値捕捉)に対応します。価値ある活動であっても、それを支える資源を継続的に確保できなければ、使命を実現し続けることはできません。非営利組織である博物館では、Value Captureを利益の獲得だけに限定せず、価値創造を継続するために必要な資源をどのように確保するかという問題として捉える必要があります(Thomas & Tobelem, 2025)。
その資源には、公的資金、入館料、会費、寄付、スポンサー、事業収入などの金銭的資源だけでなく、人的支援やパートナーとの関係を通じて得られる資源も含まれ得ます。重要なのは財源の種類を増やすこと自体ではなく、現在の資源確保の仕組みが、自館の価値創造を支えられているかを考えることです。
この三つの問いは別々に存在するものではありません。「誰に何の価値を提供するのか」が変われば、必要な活動や資源も変わり、それを持続させる仕組みも変わります。反対に、資源や組織上の制約によって、提供できる価値を見直す必要が生じることもあります。博物館のビジネスモデルを読み解くとは、この三つの問いの答えを個別に並べることではなく、価値提案、価値創造・提供、価値捕捉がどのようにつながり、使命の実現を支えているのかを捉えることなのです。
ルーヴル美術館――文化的イノベーションはビジネスモデルをどう変えたのか
長い歴史と世界的な知名度を持つ美術館であっても、ビジネスモデルが固定されているわけではありません。ルーヴル美術館の変化を長期的に分析すると、組織を取り巻く環境や文化的イノベーションへの対応に伴って、価値の提供方法だけでなく、それを支える資源や能力、組織のあり方も組み替えられてきたことが見えてきます。こうした変化は、単一の新規事業や収入源の追加ではなく、business model revisionとして捉えることができます(Coblence & Sabatier, 2014)。
この変化を理解するうえで重要なのが、Resources and Competences(資源と能力)、Organization(組織)、Value Propositions(価値提案)の関係に注目するRCOV frameworkです。美術館のビジネスモデルは、どのような価値を提供するかだけで成立するものではありません。その価値を実現するためにどのような資源と能力を用い、それらをどのような組織構造や関係によって結びつけるのかまで含めて考える必要があります。
成長を中心としたモデルから、グローバルで革新的なモデルへ
ルーヴルの長期的な変化は、growth-oriented business modelからglobal and innovative business modelへの移行として分析されています(Coblence & Sabatier, 2014)。ここでいう変化は、単純に美術館の規模が拡大したことを意味するものではありません。文化的イノベーションを生み出しながら活動領域を広げていく過程で、ルーヴルが持つ資源と能力、それらを活用する組織のあり方、そして社会に提示する価値の関係そのものが変化していった点に重要性があります。
Resources and Competencesという観点では、コレクションや専門知識、文化的な蓄積など、美術館が保有する資源をどのように活用するかが問われます。ただし、資源を保有しているだけでは新しい価値は生まれません。既存の資源と能力を別の活動や関係のなかで組み合わせ直すことによって、価値創造の可能性も変化します。このため、ビジネスモデルの改訂は、新しい資源を獲得することだけでなく、すでに持っている資源や能力をどのように再構成するかという問題でもあります。
価値提案の変化は、組織の変化を伴う
Value Propositionsの変化も、それだけで独立して進むわけではありません。美術館が新たな対象や活動領域へ価値を提供しようとすれば、それを実現するためのOrganizationも変化する必要があります。組織内部の仕組みに加えて、外部の主体とどのような関係を形成するのかも、価値創造を左右する要素になります。文化的イノベーションとビジネスモデルの変化は、このような複数の要素が相互に影響する動的な過程として位置づけられています(Coblence & Sabatier, 2014)。
ルーヴルの事例から重要なのは、特定の事業を模倣することではありません。新しい事業や収益源が生まれたとしても、それだけでビジネスモデルが変わったとは限らないからです。誰にどのような価値を提供するのか、その価値を実現するためにどの資源と能力を用いるのか、そしてそれらをどのような組織構造や関係によって結びつけるのか。これらが連動して組み替えられるところにbusiness model revisionの本質があります。ルーヴルの長期的な変化は、大規模な既存美術館であっても、ビジネスモデルが環境や文化的イノベーションとの関係のなかで更新され得ることを示しています。
Van Abbemuseum――ビジネスモデルを「実験する」とはどういうことか
ビジネスモデルは、外部の研究者が後から分析するためだけの概念ではありません。博物館自身が、自館の価値創造の仕組みを問い直し、別の形を試してみるための実践的な道具にもなり得ます。オランダのVan Abbemuseumでは、2014年にbusiness model innovation projectが行われ、「Art as Tool – Museum as Lab」という考え方のもとで、美術館が持つ価値と、その価値をどのように社会へ届けるのかが検討されました(Ernst et al., 2016)。
この試みの特徴は、新しい収益源を探すことから始めなかった点にあります。まず問われたのは、Value Proposition(価値提案)です。美術館は誰に対して、どのような価値を提供しようとするのか。その前提を見直すことが、ビジネスモデルを再設計する出発点になりました。ここでは、美術を単に展示・鑑賞する対象として扱うだけではなく、社会や持続可能性をめぐる課題を考えるための手段として捉え直す視点が含まれていました。
価値をどう生み、どう持続させるか
次に検討されたのがValue Creation(価値創造)です。価値提案を掲げるだけでは、それは実際の活動にはなりません。どのような活動や関係を通じてその価値を具体化するのかを考える必要があります。「Museum as Lab」という表現には、美術館を完成された価値を一方向的に提供する場ではなく、異なる主体とともに新しい価値の可能性を試す場として捉える発想が表れています。つまり、ビジネスモデルの検討そのものが、学習と試行を伴うプロセスとして位置づけられていました。
そのうえでValue Capture(価値捕捉)が検討されます。ここでも、単純に「どれだけ収益を上げられるか」が中心ではありません。新たに構想した価値を継続的に生み出すために、どのような資源や仕組みが必要になるのかを考えることが重要になります。Value Proposition、Value Creation、Value Captureを順に検討することで、「何をしたいのか」と「それをどう持続させるのか」を切り離さずに考える構造がつくられていました(Ernst et al., 2016)。
利用者との関係のなかでモデルを試す
さらに特徴的なのが、Lead User Testという段階が組み込まれていたことです。新しいビジネスモデルを内部で設計して終えるのではなく、想定する利用者や関係者との接点のなかで、その価値提案や仕組みがどのように受け止められるのかを試すプロセスが含まれていました。これによって、ビジネスモデルは固定的な設計図ではなく、試行とフィードバックを通じて検討される仮説として扱われます。
この実践は、sustainable developmentを単なる環境対策として付加するのではなく、美術館が何を価値とみなし、どのような活動を通じてそれを社会と共有するのかという根本的な問いへ結びつけていました(Ernst et al., 2016)。そのため、ここでいうbusiness model innovationは、新しいショップや有料事業を導入することとは異なります。価値提案を見直し、その価値を生み出す活動を考え、それを持続させる仕組みを検討し、さらに利用者との関係のなかで試すという、一連の価値創造の仕組みを実験的に再設計する過程なのです。
二つの事例から何が見えるのか――ビジネスモデル変革に一つの形はない
ルーヴル美術館とVan Abbemuseumの事例は、博物館のビジネスモデルが変化し得ることを示していますが、その変化の仕方は大きく異なります。重要なのは、二館から共通の「成功モデル」を抽出することではありません。それぞれの館が置かれた環境や使命、保有する資源、組織のあり方によって、ビジネスモデルを問い直す方法そのものが異なるという点です。
ルーヴル美術館で分析されているのは、既存のビジネスモデルが長期的に改訂されていく過程です。growth-oriented business modelからglobal and innovative business modelへと移行するなかで、Resources & Competences、Organization、Value Propositionsの関係が変化し、文化的イノベーションとビジネスモデルの改訂が結びついていました(Coblence & Sabatier, 2014)。ここで注目されるのは、一つの新規事業ではなく、大規模な既存美術館が持つ資源や能力、組織、価値提案の組み合わせが時間をかけて変化していく過程です。
これに対してVan Abbemuseumでは、ビジネスモデルそのものを意識的に検討し、実験するプロセスが採られました。Value Proposition、Value Creation、Value Captureを検討し、さらにLead User Testへ進むことで、sustainable developmentをめぐる価値を美術館の活動にどう組み込めるのかが試行されています(Ernst et al., 2016)。完成したモデルへ一度に移行するというより、価値のあり方を問い直し、それを実現する仕組みを組み立て、利用者との関係のなかで試すことに特徴があります。
収益源を増やすことと、ビジネスモデルを変えることは同じではない
この違いを踏まえると、business model changeを特定の手法に置き換えることの危うさが見えてきます。たとえば、新しいショップを開設する、有料プログラムを始める、スポンサーを獲得するといった取り組みは、資源確保の方法を変える可能性があります。しかし、それだけで価値提案や価値創造の仕組みまで変化したとは限りません。非営利の博物館におけるValue Captureは重要な論点ですが、それは価値創造との関係のなかで捉える必要があります(Thomas & Tobelem, 2025)。
ビジネスモデルの変革を考えるうえで問われるのは、新しい収益源の有無ではなく、誰にどのような価値を提供するのか、その価値をどのように生み出すのか、それをどのように持続させるのか、そしてそれらを支える組織や資源の関係がどのように組み替えられているかです。館の規模、使命、環境が異なれば、その答えも異なります。だからこそ、他館の事業や仕組みを「成功モデル」としてそのまま移植するのではなく、それぞれの博物館が自らの価値創造の構造を捉えることが、ビジネスモデルを考える出発点となります。
日本の博物館は、自館のビジネスモデルをどう点検できるか
ビジネスモデルという視点を日本の博物館経営に取り入れる目的は、海外のモデルを導入したり、新しい収益事業を考えたりすることだけではありません。まず必要なのは、自館が現在どのような価値を生み、それをどのような活動や資源によって実現し、何によって持続させているのかを捉え直すことです。既存の経営構造を可視化することで、使命と日々の活動、資源配分の間にずれがないかを検討できるようになります。
四つの問いから現在の経営構造を確認する
第一に、「自館が提供しようとしている中心的な価値は明確か」を確認します。保存、研究、学習、文化体験、地域との関係など、多様な役割を持つなかで、誰にどのような価値を届けようとしているのかが曖昧であれば、限られた資源を何に優先して配分すべきかも判断しにくくなります。
第二に、「その価値を実現するために不可欠な活動・資源・関係は何か」を考えます。コレクションや専門人材、調査研究、展示、教育、施設だけでなく、行政、学校、大学、地域団体、企業などとの関係も価値創造を支えている場合があります。現在行っている事業を列挙するのではなく、中心的な価値の実現に何が不可欠なのかという観点から整理することが重要です。
第三に、「現在の資源確保の仕組みで、その価値創造を継続できるか」を検討します。公的資金、入館料、事業収入、寄付、会費などの金銭的資源だけでなく、人材や外部からの協力を含め、必要な資源を安定して確保できる構造になっているかを確認します。ここでの目的は収入源を増やすこと自体ではなく、使命の実現に必要な価値創造を持続できるかを確かめることです。
第四に、「条件が変化したとき、どこを組み替える必要があるか」を考えます。社会環境、利用者、財政、人材などの条件が変われば、従来と同じ活動や資源配分を続けるだけでは価値を十分に提供できなくなる可能性があります。そのときに見直すべきなのは収益源だけとは限りません。価値提案そのもの、活動の方法、必要な資源、外部との関係など、どこに変化が必要なのかを見極めることがビジネスモデルの点検につながります。
日本の制度環境からも経営構造を問い直す
こうした点検は、日本の博物館をめぐる制度的な方向性とも接点があります。2026年に改正された「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」では、使命や基本的な運営方針を踏まえた経営、経営資源の適切な配分、新たな支援や資金の確保、利用者・支援者・協力者の拡大、収入の多角化などが「博物館の経営」に関わる事項として示されています(文部科学省, 2026)。これはビジネスモデルという概念を採用したものではありませんが、自館の価値創造とそれを支える経営構造との関係を点検する際にも関連する制度的背景と捉えることができます。
もっとも、ビジネスモデルの点検だけで博物館経営の状態をすべて把握できるわけではありません。価値創造の仕組みに問題が見つかれば、その背景にあるガバナンス、人材、財務、コレクション、施設などをさらに検討する必要があります。そこで視野を組織全体へ広げれば、次に問われるのは博物館の経営状態をどのように診断し、改善へつなげるかという課題です。ビジネスモデルの点検は完成した「正解」をつくる作業ではなく、使命を実現する現在の仕組みが機能しているかを問い直す入口として位置づけることができます。
ビジネスモデルを考えるとは、使命を持続できる仕組みを考えることである
博物館のビジネスモデルは、入館料やショップ、寄付、スポンサーといった収益の仕組みだけを指すものではありません。非営利の博物館であっても、社会に価値を提供し、その価値を生み出す活動を組み立て、それを継続するための資源を確保しています。だからこそ、business modelという視角は、営利化のためではなく、博物館の使命が実際の経営構造によってどのように支えられているのかを考えるために意味を持ちます。
その中心にあるのは、「誰に何の価値を提供するのか」「その価値をどのように生み、届けるのか」「その価値創造をどのように持続させるのか」という三つの問いです。これらは別々に考えるものではありません。提供したい価値が変われば必要な活動や資源も変わり、資源や組織上の条件が変われば価値の実現方法も見直す必要があります。ビジネスモデルとは、この一連のつながりを捉える考え方です。
ルーヴル美術館では、資源や能力、組織、価値提案の関係が長期的に組み替えられ、Van Abbemuseumでは、価値提案から価値創造、価値捕捉、利用者との検証までを実験的に問い直しました。二つの事例が示すのは、博物館のビジネスモデル変革に一つの型があるということではありません。館の使命、規模、環境、保有する資源、外部との関係が異なれば、見直すべき構造も異なります。
したがって、新しい収益源を増やすことと、ビジネスモデルを変えることは区別しなければなりません。重要なのは、他館の仕組みをそのまま模倣することではなく、自館が実現したい使命と、現在の価値創造の仕組みが本当に結びついているのかを問い続けることです。博物館のビジネスモデルとは、使命を継続的な価値創造へ変換する経営のしくみである、と捉えることができます。
参考文献
- Bocken, N. M. P., Short, S. W., Rana, P., & Evans, S. (2014). A literature and practice review to develop sustainable business model archetypes. Journal of Cleaner Production, 65, 42–56. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2013.11.039
- Coblence, E., & Sabatier, V. (2014). Articulating growth and cultural innovation in art museums: The Louvre’s business model revision. International Studies of Management & Organization, 44(4), 9–25. https://doi.org/10.2753/IMO0020-8825440401
- Ernst, D., Esche, C., & Erbslöh, U. (2016). The art museum as lab to re-calibrate values towards sustainable development. Journal of Cleaner Production, 135, 1446–1460. https://doi.org/10.1016/j.jclepro.2016.06.196
- Thomas, F., & Tobelem, J. M. (2025). Value capture for nonprofits. The case of museums’ new business models. International Studies of Management & Organization, 55(3), 290–306. https://doi.org/10.1080/00208825.2024.2424662
- 文部科学省(2026)「博物館の設置及び運営上の望ましい基準」令和8年文部科学省告示第69号。

