博物館におけるソーシャルメディアの役割と可能性― ブランディング・来館促進・信頼構築の視点から ―

近年、博物館の広報およびマーケティング活動において、ソーシャルメディア(SNS)の活用が急速に進展しています。かつては、新聞やテレビ、ポスター、パンフレットといった伝統的な媒体が主要な情報発信手段とされてきましたが、インターネット環境の普及とスマートフォンの一般化に伴い、情報接触の手段は大きく変化しています。なかでも、Instagram、X(旧Twitter)、YouTube、FacebookなどのSNSは、単なるコミュニケーションツールにとどまらず、ミュージアムにとっては来館者との関係性を構築する戦略的資源としての側面を強めています。

特に、若年層を中心とする来館者は、来館前にSNSで博物館の雰囲気や展示内容を検索し、来館中には写真や動画を投稿して体験を共有し、来館後もその体験をフォロワーとともに振り返るという、一連のデジタルな行動をとる傾向が見られます。こうした変化の中で、博物館がいかに「つながる」存在としてデジタル空間において持続的にコミットし、来館者との信頼関係を構築できるかが重要な課題となっています。

また、ソーシャルメディアは、単なる情報伝達手段としてではなく、双方向性・即時性・拡散性を備えた「関係性の場」として機能することが特徴です。これにより、博物館のブランドイメージの形成や地域社会との連携、ひいては公共的価値の創出にもつながる可能性があると言えるでしょう。

本記事では、博物館におけるソーシャルメディアの活用実態とそのもたらす効果、さらには課題について、国内外の先行研究や事例を参照しながら検討を行います。特に、「ブランディング」「来館促進」「信頼構築」という三つの視点から、ソーシャルメディアがミュージアム経営に果たしうる役割と今後の可能性を明らかにすることを目的とします。

目次

ソーシャルメディアの活用はなぜ必要か

近年のデジタル環境の進展は、博物館における広報・マーケティング活動のあり方を大きく変化させつつあります。来館者とのコミュニケーションは、単なる一方向的な情報提供ではなく、双方向的かつ継続的な「関係性の構築」へと焦点が移りつつあります。特に、スマートフォンの普及やSNSの利用拡大によって、博物館を取り巻く情報環境は大きく再編され、従来の広報手法では来館者との接点を十分に確保することが難しくなってきました。

従来、博物館は展示や講演、広報誌などを通じて、自らの活動や理念を発信してきましたが、これらはいずれも「博物館から来館者へ」という一方向的な情報伝達が基本でした。言い換えれば、来館者は情報の受け手であり、博物館が発信するコンテンツの消費者に過ぎなかったのです。しかし、Web 2.0と呼ばれる技術的・文化的な転換期を経て、状況は大きく変わりました。

現在では、来館者自身が情報発信者となり、自らの体験や価値判断をSNS上に投稿・共有することで、博物館の情報環境そのものに能動的に関与する存在となっています。いわゆる「プロシューマー(prosumer)」という概念が示すように、来館者はもはや受け身の存在ではなく、コンテンツの共同制作者であり、ミュージアム・ブランドの形成における一つの担い手でもあります(Romolini et al., 2020)1

このような背景のもと、Instagram、Facebook、X(旧Twitter)などのソーシャルメディアは、もはや単なる情報の周知ツールではなく、来館者との新たな関係性を築くための「対話の場」「共創の場」として、博物館経営にとって不可欠なインフラとなりつつあります。展示をより魅力的に伝えるビジュアル投稿、学芸員による解説動画、来館者の投稿への応答といった日常的なコミュニケーション活動が、来館者との心理的距離を縮め、博物館への信頼や愛着の醸成につながっていくのです。

ミュージアムにおける主要SNSの特徴と活用方法

前節では、ソーシャルメディアがなぜ現代の博物館にとって必要不可欠な広報・マーケティング手段となっているのかを、来館者の行動変化や情報環境の変容という背景から概観しました。とりわけ、SNSが情報の一方向的な伝達にとどまらず、来館者との対話や関係構築を可能にする「双方向的コミュニケーションの場」として位置づけられていることを確認しました。

では、博物館がそのような可能性を実際の運営においてどのように活かしているのでしょうか。本節では、主要なSNSプラットフォームごとの特徴や利用傾向に注目し、各媒体の特性に応じたミュージアムでの活用方法を具体的に整理していきます。ここで取り上げるのは、現在広く活用されているInstagram、X(旧Twitter)、Facebook、YouTube、そしてTikTokの5種類です。それぞれのSNSには、対象となる利用者層、投稿形式、情報の拡散力などに違いがあるため、目的に応じた適切な選択と運用が求められます。

Instagram:視覚的訴求力とブランド形成に優れたツール

Instagramは、写真や動画といった視覚的コンテンツを中心とするSNSであり、特にミュージアムとの親和性が高いプラットフォームです。展示品の美しさや展示空間の雰囲気を、ビジュアルを通じてダイレクトに伝えることが可能であり、来館者の感情に訴えかける広報手段として非常に有効です。

また、ストーリーズ機能を使って一日のハイライトや裏側の様子を紹介したり、来館者が投稿した写真をリポストすることで、来館体験を共有・拡張することもできます。ブランドの世界観を構築する上でも、統一された色調やデザイン方針を持つことで、継続的なファン層の獲得につながります。

X(旧Twitter):速報性と対話性を兼ね備えた情報発信ツール

X(旧Twitter)は、リアルタイム性と拡散性に優れたSNSであり、学芸員や広報担当者がタイムリーな情報を発信する場として活用されています。たとえば、展覧会の当日チケット状況や館内の混雑情報、急な開館時間変更などの速報には極めて有効です。

また、来館者の投稿に対する返信や、展示にまつわる軽妙なつぶやきを通じて、「親しみやすいミュージアム像」を築くことも可能です。特に日本国内では、国立科学博物館などがユニークな発信で大きな注目を集めており、教育性とエンターテインメント性の両立が評価されています。

Facebook:情報の蓄積と中高年層へのアクセス手段

Facebookは、他のSNSと比較して中高年層の利用率が高く、地域社会との連携や家族層への広報を展開する上で適しています。イベント告知やプレスリリースの共有、団体向けプログラムの案内など、比較的長文の投稿が読みやすい構成となっており、落ち着いたトーンで情報を伝えるのに向いています。

また、イベントの作成機能や参加者のリスト表示など、オフラインとの連携を促進する機能も充実しており、地域の教育機関や高齢者施設などとのネットワーク構築にも役立つとされています。

YouTube:教育的資源としての長尺コンテンツの活用

YouTubeは、動画を用いた情報発信が可能なプラットフォームであり、博物館にとっては教育・解説型コンテンツを提供する場として注目されています。展示解説、学芸員によるレクチャー、舞台裏の紹介、アーカイブ資料の解説など、通常の来館では体験できない“深い学び”を提供できることが特徴です。

また、YouTube Liveを用いて講演会やパネルディスカッションを配信することで、遠隔地の視聴者や来館が難しい人々にもミュージアムの知的資源を届けることが可能となります。視覚と聴覚を使った情報伝達は、特に視覚的理解や外国語対応にも適しており、ユニバーサルな教育資源としての価値が高まっています。

TikTok:若年層へのリーチと創造的表現の可能性

TikTokは、15秒〜1分程度の短尺動画を投稿・共有するSNSであり、Z世代を中心に爆発的な人気を誇ります。音楽やテンポのよい編集を活用することで、展示の魅力やミュージアムの空気感をエンターテインメント的に伝えることができます。

ただし、自由度が高い一方で、表現の内容や投稿の節度については明確な方針と運用ガイドラインが必要です。成功している事例では、職員が出演し、親しみやすいキャラクターを演じることで「顔の見えるミュージアム」像を確立し、TikTok特有の“バズ”を活用しています。来館前の関心を喚起し、「ミュージアムを知る・楽しむ」入口として有効に機能するツールです。

ソーシャルメディアがもたらす三つの価値

前節では、主要なSNSの種類とその特性、およびミュージアムにおける具体的な活用方法について整理しました。各プラットフォームには独自の機能や強みがあり、それぞれの性質を理解した上で戦略的に運用することが重要であることが確認されました。

本節では、それらのSNSの活用を通じて、博物館が得られる三つの代表的な価値に注目します。それは、①ブランディング、②来館促進、③信頼構築の三つです。これらは単なる広報活動にとどまらず、博物館経営の根幹に関わる長期的な価値創出に直結する要素であり、ソーシャルメディアを経営戦略の一部として位置づける際の重要な視点となります。


ブランディング:ミュージアムの「らしさ」を可視化する

SNSは、継続的かつ一貫した発信を通じて、ミュージアムの世界観や理念、個性を可視化し、「らしさ」を形づくるための有力な手段となります。投稿における言葉選びやビジュアルの統一性、紹介するテーマの方向性などが積み重なることで、来館者の記憶に残るブランドイメージが形成されます。

特にInstagramでは、視覚的印象が強く残るため、展示空間の美しさやコンセプトを伝える工夫が効果的です。ブランドの構築は単なるイメージ戦略にとどまらず、ファンの育成や地域社会とのつながりの強化にもつながっていきます。


来館促進:SNSが「きっかけ」を生む入口となる

SNSは、来館のきっかけとなる重要な接点を生み出します。特に若年層は、Web検索よりもSNS上の口コミや体験投稿から施設情報に触れることが多くなっています。来館前に展示の雰囲気やレビューを知り、来館中には写真を投稿し、来館後には感想や推奨コメントを拡散する――このようなSNSを介した一連の行動は、来館体験そのものの拡張を意味します。

また、インフルエンサーや地域の文化人による投稿は、より多くの人々に博物館の存在を知ってもらう上で強力なツールとなりえます。ハッシュタグキャンペーンやリポスト企画なども来館促進施策として有効です。


信頼構築:関係性を育てる「対話の場」としてのSNS

ソーシャルメディアは、博物館と来館者・地域住民・支援者との間に信頼関係を築く「関係性のプラットフォーム」として機能します。コメントへの丁寧な返信、学芸員による親しみやすい発信、来館者の投稿の共有などは、ミュージアムと社会との心理的距離を縮めます。

また、Suh(2020)が示すように、財源が安定しているミュージアムほどSNSによる双方向的な関係構築に積極的であり、そのことがさらに支援者や地域コミュニティからの信頼を得る結果にもつながっています2。SNSは、情報を届けるだけでなく、「つながりを育む」手段であることを再認識する必要があります。


これら三つの価値は、単独で成り立つものではなく、相互に関連し合いながら、博物館の社会的存在意義や経営の安定性を高める基盤となります。ソーシャルメディアは、情報発信の手段というより、経営戦略と来館者の関係性を結び直すための橋渡し役であると言えるでしょう。

SNS運用における課題とリスク

前節では、ソーシャルメディアが博物館経営にもたらす三つの価値、すなわちブランディング、来館促進、信頼構築の視点から、その積極的な意義を整理しました。しかし一方で、SNSの活用は「効果的に使えばプラスになる」だけでなく、「使い方を誤れば信頼を損ねる」リスクも伴います。

ソーシャルメディアはその即時性や拡散性ゆえに、効果的な情報伝達手段であると同時に、組織の評判や信用に対する両刃の剣となり得るのです。

この節では、博物館がSNSを運用する際に直面する典型的な課題とリスクを整理し、それに対する対応の視点を提示します。特に、体制・内容・運用方針・リテラシーといった観点から、問題の所在を明確にすることを目的とします。


組織体制とリソースの課題

SNS運用は、単なる「広報担当者の仕事」や「若手職員に任せれば良いこと」とされがちですが、実際には中長期的な戦略と人材配置を要する業務です。小規模なミュージアムでは、そもそも専任のSNS担当者を置くことが困難な場合が多く、結果として更新頻度が下がったり、発信内容が断片的になったりするケースが少なくありません。

また、Romoliniら(2020)は、投稿頻度や反応数だけではなく、「誰がどのような戦略のもとで発信しているか」が博物館の対話性を左右すると指摘しており、体制の整備が長期的な信頼獲得において重要であることを示しています3


表現内容の調整とガイドラインの必要性

SNSでは、発信者の意図とは異なる形で情報が拡散される可能性があり、「炎上」や「誤解の拡大」といった問題が発生することがあります。特に学術的知見に基づいた投稿であっても、ユーモラスな語り口やタイムリーな表現を選ぶ際には、専門性と大衆性のバランスに注意が必要です。

Kidd(2011)は、博物館のような専門性と権威性を有する機関がSNSの「自由で親しみやすい文脈」に参加することには、フレームの不整合(frame misalignment)が生じやすいと指摘しています4。このようなズレが発信者の意図と受け手の解釈の間で起きた場合、ブランド毀損につながるリスクも否定できません。

したがって、ミュージアムがSNSを運用する際には、発信ガイドラインの策定と、投稿前のチェック体制を整えることが求められます。


効果測定と成果の可視化の難しさ

SNSにおける「いいね」や「フォロワー数」、「リツイート」などの反応は、手軽に数値化できる一方で、それらが必ずしもミュージアムの目的と一致しているとは限りません。単なる人気取りではなく、教育的効果や来館者のロイヤリティ向上につながっているのかを評価するには、定性的な視点も必要です。

たとえば、ある投稿が話題になり数万人にリーチしたとしても、そこから実際の来館や寄付、ボランティア参加につながらなければ、経営戦略上の成果とは言い難い場合もあります。したがって、SNS活用においては、評価指標の設定とモニタリング体制の整備が欠かせません。


情報リテラシーと研修の必要性

SNSの特性やリスクを正しく理解したうえで発信を行うには、担当職員の情報リテラシーの向上と継続的な研修が必要です。Suh(2020)の研究でも、発信力の高いミュージアムほどSNSに対して一定の予算と研修体制を持っており、その運用が属人的でないことが示されています5

特に、炎上リスクの対応や危機発生時の広報対応など、危機管理広報(クライシス・コミュニケーション)の観点からも、SNS担当者に必要な知識と判断力は多岐にわたります。


SNSは、博物館が社会とつながるための有力なツールである一方で、体制や内容、リテラシーが不十分なまま活用すれば、組織の信頼性やブランド価値を損なうリスクを孕んでいます。したがって、戦略的かつ慎重な設計と、継続的な運用改善の両輪が不可欠です。

こうした課題と向き合いながら、SNSを単なる「発信の手段」ではなく、「関係性の資産」として位置づけることが、今後のミュージアム経営における重要な視座となるでしょう。

ケーススタディ―国内外の学術的事例分析に基づいて

本節では、ソーシャルメディア活用に関する実践事例を、ユーザーご提供の信頼性ある学術研究に基づいて厳選し、各国の博物館におけるSNS運用の実態、達成された成果、そして見えてきた課題を整理して紹介します。以下では、地域的・機関的な多様性を意識しつつ、イタリア、アメリカ、オーストラリアという異なる社会文化的背景を持つ3か国における代表的な事例を取り上げ、比較分析の手がかりとします。


イタリアの国立・私立ミュージアムにおけるSNS活用

Romoliniら(2020)は、イタリア国内の代表的な美術館・博物館上位30館を対象に、FacebookおよびTwitterにおける運用実態を定量的に分析しました6。調査は「人気度(いいね数)」「関与度(コメント数)」「拡散性(シェア数)」という三つの評価指標を軸に構成されており、SNSにおけるエンゲージメントの水準を包括的に測定する手法として注目されます。

分析の結果、SNSのアカウント保有率や投稿頻度、フォロワー数といった表面的な数値は年々向上している一方で、来館者との双方向的なコミュニケーションや、ミュージアム側からの応答性には乏しい傾向が明らかとなりました。特に「コメント欄の活用」や「対話的キャンペーンの実施」といったエンゲージメント向上策は限定的であり、発信内容もイベント告知や展示案内などに偏重していたと指摘されています。

この事例からは、SNSの「情報拡散機能」は一定の成果を上げているものの、それを「関係構築ツール」として戦略的に活用するまでには至っておらず、組織的な意識改革と中長期的な視点が必要であることが浮かび上がります。


アメリカの美術館・文化施設におけるSNS活用の多様性

Chungら(2014)は、アメリカ中西部に所在する中小規模のアートミュージアムを対象に、マーケティング目的でのSNS利用の実態とその戦略的意図を調査しました7。この研究の特筆すべき点は、単なる利用状況の把握にとどまらず、各館がSNSを通じて達成しようとする目的を三つの軸――「認知の向上」「観客との関係性構築」「支援者ネットワークの拡張」――で体系的に分類している点にあります。

とりわけFacebookとTwitterの活用が多く見られ、前者は情報の蓄積と地域コミュニティへの浸透、後者は即時性を活かしたイベントの周知や館内の動きの可視化に活用されていました。また、SNSによる発信の「成功」を左右する要因として、投稿頻度の安定性や運用にあたるスタッフの専門性、館全体の方針との整合性が挙げられ、「SNSの成果は戦略的かつ継続的な努力によって初めて得られる」という指摘は、経営的視点からも重要な示唆となります。

この研究は、SNSをマーケティング施策の一要素として適切に位置づけ、その効果を高めるためには、場当たり的な運用ではなく、経営戦略に沿った明確な設計が必要であることを改めて示しています。


ミュージアムの財務的背景とSNS発信の関係(米国)

Suh(2020)は、アメリカの複数の博物館を対象に、SNS運用の活発さと館の財務的基盤との相関性を実証的に検討しました8。特に注目されたのは、収入源の多様性(寄付・チケット売上・助成金・行政補助など)とSNS運用に割けるリソースの関係です。

この研究によれば、財源の安定性が高い博物館ほど、SNSの活用が活発であり、専任の広報スタッフが配置されているという傾向が見られました。また、投稿の質や来館者との双方向的なやり取りも、財務的余裕のある組織ほど丁寧に行われている傾向がありました。これはSNSが「無料で使えるツール」という印象とは裏腹に、実際には人的・時間的・戦略的資源が不可欠であることを裏づける結果と言えるでしょう。

この事例は、SNSの活用度が館の財務状況と直結しているという現実を示し、広報戦略を立てる際に経営資源の配分や組織の優先順位との関係を考慮する重要性を明らかにしています。


SNSを通じた教育的関係性構築と来館者の行動変容(オーストラリア)

Suess(2018)の研究は、SNSが来館者の体験や認知に与える影響に焦点を当てた、よりミクロな視点からのアプローチを特徴としています9。本研究は、オーストラリアのある美術館におけるInstagram活用の事例を通じて、来館者がどのように「空間体験」「自己表現」「学習活動」としてSNSを活用しているのかを明らかにしました。

来館者は展示物や空間を撮影し、コメントとともに投稿することで、自らの「美的判断」や「知的関心」をSNS上で表現します。これは、受動的な鑑賞者から能動的な参加者・発信者への移行を意味し、教育的効果の拡張とも捉えられます。また、他者の投稿を通じて展示内容を知ることが、来館の動機形成や再訪への関心に結びついている点も確認されています。

この事例は、SNSが単なる広報媒体ではなく、「学びを共有し、体験を拡張する教育的なインフラ」として機能し得る可能性を示しており、教育普及担当者や学芸員にとっても新たな視点を提供するものといえるでしょう。


ここで紹介した四つの学術的事例から明らかになったのは、ソーシャルメディアが単なる情報伝達手段ではなく、組織のリソース状況、運営方針、館の規模や立地、さらには来館者との関係性構築に対する考え方によって、その効果と限界が大きく左右されるという点です。

また、いずれの研究においても共通していたのは、SNSの活用が単なる「手段」や「ツール」ではなく、組織の経営戦略の中に明確に位置づけられていることが成功の鍵であるという認識でした。SNSを戦略的に活用している館では、広報部門と他部門との連携が取れており、来館者の声に耳を傾けながらミッションやビジョンとの整合性を保った発信が行われていました。

したがって、今後のミュージアム経営においては、SNSを単なる「発信の場」ではなく、「組織と社会をつなぐ接点」としてとらえ、来館者との信頼関係を構築するための文化的・教育的・経営的資源として活用する視点が不可欠になるといえるでしょう。

まとめ

本記事では、博物館におけるソーシャルメディアの活用について、理論的背景、各SNSの特性、もたらされる価値、運用に伴う課題、そして学術的な事例に基づく実践の在り方を段階的に整理してきました。これらを総合して見えてくるのは、SNSが単なる情報発信の手段にとどまらず、来館者や地域社会との関係を育むための重要な経営資源へと変化しているという点です。

ソーシャルメディアは、発信の「速さ」や「広さ」といった技術的特性だけでなく、双方向性や共感性といった人間関係の質を育む媒体としても注目されています。来館前の情報収集、来館中の共有体験、そして来館後の評価や再訪といった一連のプロセスにSNSが深く関わることで、来館者と博物館の関係は時間的・空間的に拡張され、持続的な関係性が構築される可能性が広がっています。

また、各国の事例からも明らかになったように、SNSを戦略的に活用するには、広報部門のみの取り組みにとどまらず、組織全体のビジョンやミッションと連動した一貫性のある運用が不可欠です。館のアイデンティティを明確にし、それを社会にどう伝えていくかを熟慮することこそが、ミュージアムにとっての真の広報活動であり、経営課題としての「ブランディング」「観客創造」「公共性の維持」と密接に結びついているのです。

このように、SNSは単なる「広報の道具」ではなく、組織の価値を可視化し、来館者との信頼関係を構築するための文化的・戦略的装置として捉える必要があります。もはやSNS活用は一部の担当者の裁量に委ねられるべきものではなく、館全体の中長期的な戦略と密接に関係するものとして位置づけるべき段階に来ているのです。

参考文献

  1. Romolini, A., Fissi, S., & Gori, E. (2020). Visitors engagement and social media in museums: Evidence from Italy. International Journal of Digital Culture and Electronic Tourism, 3(1), 36–53.https://doi.org/10.1504/IJDCET.2020.105906 ↩︎
  2. Suh, J. (2020). Revenue sources matter to nonprofit communication? An examination of museum communication and social media engagement. Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing.https://doi.org/10.1080/10495142.2020.1865231 ↩︎
  3. Romolini, A., Fissi, S., & Gori, E. (2020). Visitors engagement and social media in museums: Evidence from Italy. International Journal of Digital Culture and Electronic Tourism, 3(1), 36–53.https://doi.org/10.1504/IJDCET.2020.105906 ↩︎
  4. Kidd, J. (2011). Enacting engagement online: Framing social media use for the museum. Information Technology & People, 24(1), 64–77. https://doi.org/10.1108/09593841111109422 ↩︎
  5. Suh, J. (2020). Revenue sources matter to nonprofit communication? An examination of museum communication and social media engagement. Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing.https://doi.org/10.1080/10495142.2020.1865231 ↩︎
  6. Romolini, A., Fissi, S., & Gori, E. (2020). Visitors engagement and social media in museums: Evidence from Italy. International Journal of Digital Culture and Electronic Tourism, 3(1), 36–53.https://doi.org/10.1504/IJDCET.2020.105906 ↩︎
  7. Chung, T.-L., Marcketti, S., & Fiore, A. M. (2014). Use of social networking services for marketing art museums. Museum Management and Curatorship, 29(2), 188–205. https://doi.org/10.1080/09647775.2014.888822 ↩︎
  8. Suh, J. (2020). Revenue sources matter to nonprofit communication? An examination of museum communication and social media engagement. Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing.https://doi.org/10.1080/10495142.2020.1865231 ↩︎
  9. Suess, A. (2018). Instagram and art gallery visitors: Aesthetic experience, space, sharing and implications for educators. Australian Art Education, 39(1), 107–119. https://search.informit.org/doi/10.3316/informit.625892895569659 ↩︎
この記事が役立ったと感じられた方は、ぜひSNSなどでシェアをお願いします。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

kontaのアバター konta ミュゼオロジスト

日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

目次