はじめに
博物館が果たすべき社会的役割は年々拡大しています。来館者への学習支援や地域資源の活用、あるいは文化の継承と発信など、その活動は多岐にわたります。こうした多面的な機能を安定的かつ効果的に展開していくためには、館内の取り組みだけでは限界があります。そこには、資金・制度・政策といった外的資源を動員できる「行政」との連携が、極めて重要な意味を持ちます。
実際、日本の登録博物館の多くは地方自治体によって設置・運営されており、法的・財政的にも行政と深く結びついています。さらに近年では、地域包括ケアや防災、観光振興、子育て支援といった行政施策においても、博物館の活用が模索されつつあります。こうした背景のもと、「行政との連携」は単なる運営支援を超えて、博物館が地域社会の中でどのような存在であるかを問い直す鍵となっています。
本記事では、まず行政と博物館の連携がなぜ必要とされるのかを制度的・政策的に整理したうえで、先行研究や国際的事例に学びながら、具体的な協働モデルとその成果・課題を読み解いていきます。そして、これからの持続可能な博物館経営において、行政との関係性をどのようにデザインし直すべきかを考察します。
博物館と行政の連携とは何か ― 理論と制度の基盤
行政と博物館との関係は、単なる設置者と運営主体という関係を超え、近年では多様な形での協働へと進化しています。文化施設としての博物館が地域の政策的課題に貢献できる存在として再評価される中で、行政との連携のあり方もまた再定義されつつあります。
まず前提として、行政との連携には大きく分けて二つの側面が存在します。一つは、法制度や財政支援などに象徴される「制度的連携」です。これは博物館法や地方自治法、文化庁の登録博物館制度などを通じて公的に設計されたものであり、博物館の存立を支える制度的インフラに該当します。もう一つは、政策連携や共同事業といった「戦略的連携」であり、行政が掲げる地域政策に博物館がどのように関与していくかという視点が問われます。
この二つの側面は、しばしば重なり合いながら展開されます。たとえば地方自治体が博物館と連携して観光振興事業を推進する際には、法制度のもとに財政支援を行いながら、地域ブランド戦略の一環として展示やイベントを共催するという構図が生まれます。このような行政連携のあり方について、地方自治体は「地域開発のために博物館と重要な連携を形成することができる。博物館は教育資源の活用拠点として機能している」と指摘されています(OECD, 2017)。
また、行政との連携の特性は、博物館の設置形態によっても異なります。公立博物館では、自治体が運営費の大部分を拠出することが多く、職員も自治体職員が兼務する場合が一般的です。その一方で、私立・独立系博物館においても、行政からの補助金や委託事業を通じた連携が不可欠であり、制度と現場の間には絶えず協議と調整が必要となります。
こうした構造的な理解に加えて、連携を支える理念として近年注目されているのが「協働(collaboration)」の概念です。これは、行政と博物館が単に契約関係にとどまらず、共通の地域課題に対して協力し、価値を共創していく関係性を指します。「複数のステークホルダーが単独では解決できない課題や機会に対処するために、資源を持ち寄り共有する関係」と定義されており(Selin & Chavez, 1995)、行政と博物館の協働もまた、この枠組みの中に位置づけることができます。
実践事例から学ぶ行政との協働モデル ― 地域に根ざす博物館経営のかたち
行政と博物館の連携は、制度的な整備だけで完結するものではありません。現場において実際にどのように協働を進め、地域の課題に応えていくかが重要であり、その具体的なモデルには多様なかたちがあります。本節では、国際的な先行事例をもとに、行政と博物館の協働がどのように構築されているのかを考察します。
最初に取り上げるのは、イタリア・トレンティーノ自治州の博物館「MUSE(Museo delle Scienze di Trento)」です。MUSEは自治体によって設立された自然科学博物館ですが、その活動は科学教育にとどまらず、観光振興や農業政策、社会的包摂、都市再生といった行政課題に横断的に関与しています。地域の農業団体と連携して生物多様性への理解を促進したり、都市再生委員会に参加して政策形成に関与したりするなど、地域開発戦略に制度的に組み込まれていると報告されています(OECD, 2019)。
続いて紹介する北アイルランドの事例では、リソースの限られた小規模自治体が相互に協力し、博物館サービスを共同運営するモデルが構築されています。この取り組みは、単なるコスト削減ではなく、専門性の補完や地域性の尊重といった観点から評価されています。小規模であっても成果は多く、限られた資源しか持たない組織においてもパートナーシップは有効であるとされています(Wilson & Boyle, 2004)。
さらに、行政による政策提言の段階から博物館を協働の対象として位置づけようとする動きも見られます。博物館との関係を単なる資金交付先としてではなく、長期的なパートナーとして捉える必要があるとする指摘もあり、地域の創造性や学習機会を生む協働相手としての可能性が重視されています(OECD, 2017)。
これらの事例に共通するのは、行政との協働が単なる「支援と受援」の関係を超え、地域課題の解決に向けた共創的なパートナーシップへと進化している点です。制度的な枠組みの中にとどまらず、日々の実践の中で相互の信頼と役割分担を構築していくことこそが、現代の博物館経営における協働モデルの本質といえるでしょう。
行政との協働を進めるための課題と展望 ― 信頼・持続性・対等性の視点から考える
ここまで、博物館と行政の協働がどのように構築されているかについて、理論的背景と国際事例をもとに整理してきました。しかし、こうした協働関係を現実の運営において維持・発展させていくためには、いくつかの重要な課題に向き合う必要があります。本節では、協働を持続可能なかたちで進めるために不可欠な要素として、「信頼」「持続性」「対等性」の三つの視点から論じていきます。
第一の課題は、「信頼関係の構築」です。博物館と行政は、それぞれ異なる目的や時間軸、評価指標を持つ組織です。行政は短期的な成果や財政効率を重視する傾向がある一方で、博物館は長期的な教育的・文化的価値の創出を目的とするため、相互の価値観にギャップが生まれやすい構造にあります。このため、制度上の連携が整っていたとしても、現場の意思疎通が十分でなければ協働は表層的なものにとどまってしまいます。協働が成果を上げるには、行政側が博物館の専門性と自律性を尊重し、また博物館側も政策の現実性や行政的制約に理解を持つ姿勢が求められます。
第二に、「持続可能な仕組みづくり」が課題となります。多くの協働プロジェクトは、モデル事業や補助金制度の枠組みの中で始まり、数年後に資金が途切れることで終了してしまうケースも少なくありません。OECDは、地方自治体が博物館との関係を一過性の事業契約ではなく、長期的視野に基づく制度的パートナーシップとして設計することの重要性を指摘しています(OECD, 2017)。単年度予算に縛られない仕組みの構築、関係職員間の定期的な対話の場の設定など、制度と実務の両面での工夫が求められます。
第三に、「対等な関係性の維持」があげられます。行政からの財政支援を受けている場合、どうしても「上位機関―下請け機関」といった力関係が生まれやすく、博物館側の主体性が損なわれるリスクがあります。協働の本質は、互いの専門性と立場を尊重しつつ、共通の課題に取り組む関係性にあります。OECDの国際ガイドラインも、「文化機関を実行主体ではなく共創パートナーとして位置づけること」が重要であるとしています(OECD, 2019)。
以上のように、博物館と行政の協働は、多くの可能性を秘める一方で、実践には多様な困難が伴います。しかし、信頼・持続性・対等性という三つの視点を共有することで、短期的な事業連携にとどまらない、本質的な協働関係を育てていくことが可能になります。協働とは「仕組み」ではなく「関係性」であり、それは制度の背後にある相互理解と合意形成の積み重ねの上に成り立つものです。このことを改めて確認しつつ、博物館経営における行政との連携のあり方を、今後も問い続けていく必要があります。
参考文献
- OECD. (2017). Culture and local development: Maximising the impact – A guide for local governments, communities and museums. OECD Publishing.
- OECD. (2019). Museums and local development in the Autonomous Province of Trento, Italy. OECD Publishing.
- Selin, S., & Chavez, D. (1995). Developing a collaborative model for environmental planning and management. Environmental Management, 19(2), 189–195.
- Wilson, R., & Boyle, D. (2004). Partnership and participation: Community development and local government. Museum Management and Curatorship, 19(2), 193–207.