X運用に迷う博物館が抱える3つの課題とは
SNSを活用した広報やコミュニケーションは、博物館にとっても当たり前の業務になりつつあります。一方で、X(旧Twitter)を今も活用すべきかどうか、判断に迷う現場も少なくありません。フォロワー数の伸び悩みや投稿の拡散力低下といった課題に直面し、「更新の優先度が下がっている」と感じている担当者も多いのではないでしょうか。
本記事では、博物館におけるX運用の可能性を再考します。特に次のような疑問に答える構成としています。――「どんな投稿が反応を得られるのか」「来館者とのつながりはどう可視化できるのか」「X運用に価値はあるのか」。
実証的な研究に基づき、投稿内容・ネットワーク構造・感動表現という三つの視点から、Xを博物館の文化的実践として捉え直します。
なお、Xに限らず、InstagramやFacebookなど複数SNSの統合的な活用方針を整理したい場合は、こちらのSNS戦略ガイドもご参照ください。
反応されるX投稿とは? ― 教育的コンテンツが生むエンゲージメント
SNSの中でもX(旧Twitter)は、即時性と拡散性を兼ね備えたソーシャルメディアです。博物館がこのプラットフォームを通じて成果を出すには、「反応される投稿」とは何かを定義する必要があります。ここで言う反応とは、いいね、リツイート、リプライといった可視化されたアクションであり、インプレッション数やクリック率とともに、KPI(重要業績評価指標)として活用されます。広告費をかけずに自然な拡散を生むオーガニックリーチの向上は、多くの館にとって重要な目標です。
そのヒントを与えてくれるのが、全国の科学館27館による5,000件以上のツイートを分析した調査です。この研究では、投稿内容をカテゴリ別に分類した上で反応数を比較した結果、「教育的コンテンツ」に対する反応が最も高いという傾向が示されました(Baker, 2016)。つまり、来館案内や開館情報よりも、展示の背景や知識の共有、科学的問いを含む投稿の方が、オーディエンスの関心を集めやすいことがエビデンスベースで確認されたのです。
この知見は、博物館が発信するコンテンツの設計において重要な示唆を与えます。とりわけ、ストーリーテリングを取り入れた投稿、つまり展示の舞台裏や発掘の経緯、学芸員の発見や失敗談といった語りを含むものは、フォロワーにとって魅力的です。これは知識を一方的に伝えるのではなく、来館者の想像力や探究心を刺激する対話的な関係性を築く方法とも言えます。
実務の現場で活用するには、一定のフォーマットやコンテンツシリーズとして定着させる工夫が効果的です。たとえば、「#本日の収蔵品」「#展示の舞台裏」「#学芸員のこぼれ話」などの定期投稿は、期待感を生み出し、フォロワーの関与を維持しやすくなります。館スタッフが交代で投稿するなど、無理のない運用方法と組み合わせることで、Xは単なる告知ツールから、オーディエンスとの関係性を育む文化的実践へと進化する可能性を秘めています。
Xがつなぐ博物館ネットワーク ― ソーシャルグラフから見える連携と発信力
博物館のX(旧Twitter)活用は、単なる情報発信の手段にとどまらず、「文化的ネットワーク」を形成する装置としても注目されています。フォロワー数や投稿数だけでなく、他館や関連機関との“つながり”そのものが、博物館の信頼性や専門性を高める重要な要素となってきています。とくに、ソーシャルグラフという視点から見ると、Xは「つながりの見える化」を促進する強力なインフラであると言えます。
この点を明らかにしたのが、ヨーロッパの80以上の博物館のXアカウントを対象に行われたネットワーク分析です。研究では、各館のフォロー・リツイート関係からソーシャルネットワークを可視化し、「中心性(ハブ性)」を持つ館がどのような特徴をもつかが明らかにされました(Kydros & Vrana, 2021)。興味深いのは、フォロワー数の多寡以上に、他館からの接続数が多いアカウントほど、ネットワーク内で高い影響力を持つという結果です。つまり、地方にある中小規模の博物館でも、戦略的に他館とのつながりを設計することで、発信力を高めることが可能なのです。
このような“接続性”を高めるためには、相互言及やリツイート、共通ハッシュタグを活用したクロス投稿といった戦略が有効です。たとえば、企画展の告知を他館の投稿でも引用・共有し合う、#博物館連携や#展示をつなぐといったテーマ性のあるタグで連携を図るなど、ソーシャルメディア上の対話的実践がネットワークの厚みを生み出します。これは結果的に、実際の展示協働やイベント連携といったオフラインの文化活動へと発展する可能性をもたらします。
日々のSNS運用の中でこうした視点を取り入れるには、投稿スケジュールの中に「他館の投稿に反応する日」を設けたり、館内で役割分担して他機関とのやりとりを可視化したりする方法があります。Xにおけるつながりは、単なる“フォロワーとの関係”にとどまらず、博物館が自らの存在を文化的ネットワークの中で位置づけるための戦略資産となり得るのです。
感動の共有と拡張 ― Xが可視化する“体験”の価値
SNSは“記録”から“共感”の時代へ
博物館におけるX(旧Twitter)の活用は、単なる情報提供やイベント告知の手段にとどまらず、「感動」や「共感」を共有する文化的な実践へと変化しています。来館者が展示を通して得た気づきや驚きは、Xを通じて可視化され、他の人々に伝播していきます。こうしたユーザー生成コンテンツ(UGC)は、単なる記録ではなく、新たな来館動機を生む感情的価値を持ち始めているのです。
体験の共有が来館動機をつくる
芸術施設に関する投稿分析では、「美しさ」「驚き」「感動」といった主観的な経験がテキストや画像を通じて拡散され、新たな観覧者の関心を引き寄せる傾向が見られました(Gerrard et al., 2017)。特別なインフルエンサーでなくても、“誰かの日常”が他者の共感を呼び起こし、博物館への訪問を後押しする力を持つのです。
館の投稿に感情を取り入れる工夫
このような共有の文化を促進するためには、館の公式アカウントにおいても感情を取り入れた投稿戦略が重要となります。たとえば、「展示の裏側で奮闘する学芸員の姿」「来館者が語った心に残った瞬間」「ボランティアの想い」など、感動のトリガーとなる物語を発信することが効果的です。ストーリーテリングを意識することで、投稿へのエンゲージメントは高まり、リツイートやコメントといった反応も得やすくなります。
感動体験を可視化する投稿設計
実務の現場では、次のような工夫が有効です。まず、画像は展示物だけでなく、来館者の表情や空間の雰囲気が伝わるものを選びます。次に、「あなたの体験を教えてください」といった参加型の呼びかけを加えることで、UGCの創出を促します。また、#感動体験 #博物館の思い出 などのハッシュタグを使って、共通テーマの投稿を可視化しやすくすることも大切です。さらに、投稿後にはインプレッション数やエンゲージメントの変化を確認し、表現や投稿タイミングの改善を重ねていくことで、継続的な発信力の向上が期待できます。
感動を届けるSNSの可能性
このように、Xは“感動を届ける”ためのメディアでもあります。単なる広報ではなく、感情の共有を通じて、博物館と来館者とのつながりをより深いものにする可能性を持っているのです。
投稿は“誰”のものか ― 博物館X運用における“主体”の問い直し
館の声と来館者の声の交差点
博物館がX(旧Twitter)を活用する際、「誰の視点で発信するか」という問いは意外と見落とされがちです。展示やイベントを紹介する投稿が、果たして「館の声」なのか、「中の人」の個人的視点なのか、あるいは来館者に代弁される形で語られているのかは、明確でないことも多くあります。Xというプラットフォームは、館の立場から一方向に情報を届けるだけでなく、来館者と共に語り、共に感じる「多声的な場」として再定義されつつあります。
組織としての声 ― 投稿者のアイデンティティ
館が公式に運用するアカウントであっても、その運用主体は一様ではありません。学芸員が直接発信する場合もあれば、広報担当、外部委託のスタッフ、あるいは複数人のチームによって運用されていることもあります。発信内容に一貫性を持たせつつ、投稿者の専門性や熱量が伝わるよう設計することは、信頼性や館のブランド形成にも関わります。アカウント運用においては、投稿主体の特定と役割の明示が、受信者に安心感と共感をもたらす要素となります(Baker, 2016)。
来館者が生み出す語り ― UGCの可能性と課題
一方、来館者による投稿は、展示や空間を通して得られた個人的な体験が再構成された語りであり、いわば“第二の展示”と呼べる存在です。写真、コメント、動画などのUGC(ユーザー生成コンテンツ)は、その人の解釈を伴って博物館を紹介し、他者の来館意欲や印象形成に影響を与えます。ここでは「真正性(オーセンティシティ)」が重要になります。なぜなら、体験者自身の率直な言葉こそが、他者にとって信頼性の高い情報として機能するからです(Gerrard et al., 2017)。
SNSは共創のメディアへ
このようにXは、「館が発信するもの」対「来館者が投稿するもの」という二項対立では語れない場となっています。館の公式アカウントが来館者のUGCに反応したり、引用リポストを通じて対話を生んだりすることで、投稿は“共創”の空間へと変化します。とくに、来館者による感想や写真が公式アカウントで紹介されることは、参加者のエンゲージメントを高め、X上でのネットワーク形成を促進します(Kydros & Vrana, 2021)。
投稿主体をどう設計するか
実務的には、SNS投稿の主体を設計・整理することが重要です。たとえば、「展示解説」「舞台裏紹介」「感想共有」など、投稿の種類ごとに発信者の視点を定義しておくことで、メッセージの明瞭さと信頼性を確保できます。また、UGCを活用する際には、その投稿に対する反応や紹介方針を館内で統一しておくことが望まれます。Xは情報を“届ける”場所であると同時に、“誰と共に語るか”を設計するメディアでもあるのです。
“伝える”から“交わる”へ ― 博物館X運用における対話の設計と実践
SNSは単なる広報手段ではなく、来館者と関係を築く場へと変容しています。とりわけX(旧Twitter)のような即時性と拡散性を持つプラットフォームでは、一方的に情報を伝えるのではなく、「誰と、何を、どう共有するか」が問われます。博物館のX運用が、単なる展示紹介を超えて、文化的対話の場としての役割を果たすことが、来館者との持続的なつながりを築く鍵となります。
その際に重要となるのは、投稿の向こう側にいる“誰か”を想像しながら運用する視点です。インプレッション数やエンゲージメント率といった数値指標に注目するだけでなく、どのような言葉が共感を呼ぶのか、どのタイミングで語りかけるべきかといった感性も求められます。来館者の記憶や問いを起点とした発信は、単なる情報以上の意味を持ち、博物館体験の延長線としてSNSが機能する可能性を高めます(Baker, 2016)。
そのためには、SNSにおける発信のリズムと語り口にも注意を払う必要があります。速報性を活かしたイベント実況型の投稿と、体験を振り返る記録的な投稿とでは、語り方や適切なタイミングが異なります。また、親密で誠実な語り口を維持することは、フォロワーとの信頼関係を築く上で不可欠です。一貫したトーンの運用は、館の人格的な印象を形成し、日常的な発信を通じてブランドイメージを育てていきます。
さらに、投稿内容の設計においては「参加を促す仕掛け」が効果的です。質問型の投稿、来館者の写真の引用、独自のハッシュタグの提案などは、受信者を単なる読者ではなく「共作者」として扱うメッセージとなります。そうした参加型の運用を続けることで、UGC(ユーザー生成コンテンツ)が生まれやすくなり、投稿の主体が多層化していきます。UGCは、体験者の語りとして他者への信頼感や来館意欲を喚起し、館の認知度だけでなく、文化的価値の再発見にもつながります(Gerrard et al., 2017)。
Xの運用は、日々の投稿が積み重なる実践知の場でもあります。どのような内容が反応されたのか、どの投稿が来館者との関係形成に寄与したのかといった記録と振り返りは、運用体制の継続的な改善を支える重要な基盤となります。SNSは個人の裁量で運営されがちな領域ですが、館全体の知見として蓄積されれば、再現性のある戦略として発展する可能性があります(Kydros & Vrana, 2021)。
このように、博物館のX運用は「伝える」だけでなく、「交わる」ことを設計する実践です。文化的な意味を媒介し、来館者との関係性を可視化し、育てていくSNS活用こそが、これからの博物館運営における重要な柱となっていくでしょう。
参考文献一覧
- Baker, S. (2016). Identifying behaviors that generate positive interactions between science museums and people on Twitter. Museum Management and Curatorship, 31(5), 500–517.
- Gerrard, D., Sykora, M., & Jackson, T. (2017). Social media analytics in museums: Extracting expressions of inspiration. Museum Management and Curatorship, 32(3), 235–252.
- Kydros, D., & Vrana, V. (2021). A Twitter network analysis of European museums. Museum Management and Curatorship, 36(5), 491–510.