はじめに:なぜ今「博物館と記憶」なのか
近年、「博物館」と「記憶」というテーマが、学術界だけでなく、社会全体でも大きな注目を集めています。現代社会は、価値観の多様化や急速な社会変動、デジタル化の進展によって、私たちが過去と向き合うあり方そのものが大きく変化しています。こうした変化の中で、博物館は単なる資料や美術品の保管場所ではなく、モノを通じて過去と現在、そして未来をつなぎ、記憶を再構築する重要な役割を担っています(Black, 2011)。
博物館が保存・展示する「モノ」は、単なる過去の証拠ではなく、個人や社会の記憶を呼び起こし、来館者一人ひとりに新たな意味をもたらします。展示された品々を前にしたとき、私たちは歴史的な知識だけでなく、自らの体験や家族、地域、社会と重ね合わせて記憶を再構成することができます。この「記憶の再構築」という営みこそが、博物館の本質であり、現代的な意義といえるでしょう(Crane, 2000)。
本記事では、「博物館と記憶」の接点をめぐる最新の理論的枠組みや実践的な展開、そして今後の課題について、多角的に整理します。主なキーワードとしては、「文化的記憶」「公式記憶」「個人の記憶」「展示」「ナラティブ」「参加」「対話」などが挙げられます。こうした視点から、モノを通じた記憶の継承と再構築の意味を掘り下げていきます(Assmann, 2006)。
博物館と記憶の関係を考えることは、展示を企画・運営する立場だけでなく、学びや日々の暮らしの中で博物館を訪れる際にも新しい発見や問いにつながります。それぞれの視点から「記憶」というテーマを深く考える手がかりとなれば幸いです。
なお、本記事では、まず博物館と記憶の関係を理論的に整理し、次に展示や体験を通じた記憶の実践、現代博物館が直面する課題、そして未来への展望という順で解説します。「博物館 記憶」というテーマの本質を、具体的な事例や最新の知見を交えてわかりやすくご紹介します。
博物館の展示コミュニケーションやストーリーテリング戦略について詳しく知りたい方は、こちらの記事もご参照ください。本記事では、博物館と記憶の本質的な関係に焦点を当てて解説します。

博物館はなぜ「記憶の装置」といえるのか
記憶を媒介する空間としての博物館
「記憶」という言葉は、個人の脳内に保存された過去の出来事や感情を指すだけではなく、社会や文化のなかで共有され、再構成される集団的な営みも含んでいます。現代の博物館は、こうした広義の記憶を可視化し、伝達し、再構築する装置として機能しています。つまり、博物館は単にモノを収集・保存する施設ではなく、どのような記憶を残し、いかなる物語として社会に語るのかを選択し、共有する「記憶のメディア」としての役割を果たしているのです(Black, 2011)。
文化的記憶・伝達的記憶・公式記憶の視点
文化的記憶の研究では、「記憶」はおおまかに三つの類型に分類されます。ひとつは、日常的な対話や体験を通じて人々のあいだで自然に伝達される「伝達的記憶(communicative memory)」、もうひとつは、モノや制度、儀礼などに長期的に刻まれる「文化的記憶(cultural memory)」、そして、国家やメディア、制度などによって社会的に形成される「公式記憶(official memory)」です。博物館は、これら三つの記憶のうち、とくに文化的記憶と公式記憶を「物質として保存」し、「解釈として提示」する機関であり、社会における記憶の記録装置であるといえます(Assmann, 2006)。
モノが語る記憶と展示の意味
博物館に展示されている品々は、過去の出来事そのものではありませんが、それらを記憶するための媒体として機能します。つまり、モノそのものが過去を語るわけではなく、それをどう展示するか、どんな情報を添えるか、どのような空間構成とともに提示するかによって、記憶は形づくられていくのです。そして、その展示を見る来館者は、それぞれの経験や知識、感情と照らし合わせながら、そのモノに新たな意味を与え、自らの記憶とつなげていきます。このように博物館の展示は、記憶を一方的に伝達するのではなく、「再解釈と再構成」の場を提供しているのです(Crane, 2000)。
たとえば、ある農具や玩具、生活用品といった日常的なモノが展示されているとき、それは単なる物質的証拠ではなく、「この地域ではどのような暮らしが営まれていたのか」「かつての世代がどのように子どもを育てていたのか」といった社会的記憶を喚起する存在となります。しかも、その解釈は来館者によって異なります。同じ展示でも、ある人には懐かしさを、別の人には驚きを、また別の人には違和感を与えるかもしれません。モノは、記憶のトリガーであると同時に、対話と多様な視点を生み出す出発点ともなるのです。
記憶を再構成するプロセスとしての展示
さらに、博物館は「収集」「保存」「展示」「解釈」という一連のプロセスを通じて、記憶を構築・再構成する役割を担っています。特に展示設計の段階では、「何を見せるか」だけでなく、「何を見せないか」「どのように語らないか」といった選択がなされます。この選択こそが、記憶の政治性を帯びる部分であり、そこには時代背景や制度的バイアス、学芸員や組織の視点が反映されます。言い換えれば、博物館は「記憶を保存する場所」であると同時に、「記憶を編纂し語る場所」でもあるのです(Black, 2011)。
来館者の参与と記憶の民主化
近年では、来館者がただ展示を“受け取る”だけでなく、自ら参加し、語り、対話する展示デザインが重視されています。デジタル端末やタッチパネル、SNSの連携などを通じて来館者が感想や記憶を共有する仕組みが整いつつあります。こうした動きは、「記憶の民主化」あるいは「記憶の参与型再構成」とも言えるものです(Henning, 2006)。また、音声ガイドや映像によるストーリーテリングの活用も進んでおり、来館者の没入体験を通じて、記憶がより個人的・感情的なレベルで形成されるようになっています。
記憶を社会と共有する場としての博物館
このように、現代の博物館は、モノをただ保存・展示するだけでなく、それらを通じて人々の記憶をつなぎ、再構成する空間をつくり出しています。記憶は単に「過去を保存すること」ではなく、「現在から過去を見直し、未来へ伝えるための営み」であり、博物館はその営みを社会と共有するための装置として、きわめて重要な存在であると言えるでしょう。
モノが呼び起こす記憶と体験 ― 展示物の意味の再構築
展示物は「記憶の触媒」として機能する
博物館において展示される「モノ」は、単なる過去の証拠品ではありません。それらは、見る人の記憶や感情、生活経験と結びつき、意味が再構成される存在です。展示物は一方的に情報を伝えるものではなく、来館者との出会いによって新たな意味を帯びる「記憶の触媒」として機能します。展示室で目にする一つひとつのモノが、来館者それぞれの記憶や感情に触れ、個人的な回想や共感を引き出すことがあります(Black, 2011)。
ストーリーテリングが記憶を再構成する
このような記憶の喚起は、単なる情報提示によって生まれるものではありません。むしろ、展示におけるストーリーテリングや感覚的演出といった表現技法が、記憶の再構築に大きく関与しています。展示の物語構成やナラティブの設計が、来館者に過去をただ思い出させるだけでなく、その出来事や対象をどのように「理解」し「感じる」かを形づくるからです(Henning, 2006)。
モノの背後にある「他者の記憶」
たとえば、戦争や災害をテーマとした展示では、モノの背後にある「語られる物語」がとりわけ重要になります。被災地の写真、遺品、手記といった資料は、それぞれの個人が体験した出来事を物語として浮かび上がらせ、見る人に共感や感情的な反応を促します。そのとき、展示が伝えるのは歴史的事実だけではなく、「他者の記憶」そのものなのです。
没入型展示と感覚の刺激
展示における没入体験や感覚的演出もまた、記憶形成に深く関わっています。暗い照明、音響、映像などを活用したマルチメディア展示は、来館者の感覚を刺激し、記憶をより深く刻みこむ効果があります。近年では、ARやVR技術を使ったインタラクティブな展示も広がっており、見るだけでなく「参加する」体験を通じて記憶が身体的・感情的に形成されていきます(Henning, 2006)。
解釈コミュニティと来館者の能動性
展示に接する来館者は、必ずしも博物館が意図した通りにモノを解釈するわけではありません。人はそれぞれ異なる経験や知識、価値観をもって展示と向き合い、自分なりの意味づけを行います。このような多様な解釈の可能性を尊重する姿勢は、「解釈コミュニティ」の考え方に通じます。博物館はもはや、唯一の正解を提示する空間ではなく、多様な声が共存し、来館者が記憶の共同構築に関わる場へと変化しているのです(Hooper-Greenhill, 2000)。
展示は意味の生成空間である
この視点からは、展示におけるストーリーテリング戦略の重要性もあらためて浮かび上がってきます。物語として提示される展示は、来館者の想像力を喚起し、モノと記憶、感情のあいだに豊かなつながりを生み出します。展示は単なる情報の集積ではなく、体験の設計であり、意味の生成空間なのです。
博物館は「記憶の装置」である ― 社会的記憶と展示の責任
社会的記憶を担う場としての博物館
博物館は、単に過去の出来事や文化財を保存・展示するだけの場所ではありません。むしろ、社会全体が「何をどのように記憶するか」という営みの中核的な場として機能しています。展示されるモノや、展示物に添えられる説明文、展示空間のデザインや導線など、すべてが社会に対してある種のメッセージを発信しています。 とりわけ、歴史的な出来事や社会的に重要なテーマ――戦争、災害、植民地主義、差別、平和運動など――を扱う場合、博物館がどのような視点や語り口で展示を構成するかは、来館者だけでなく地域社会や国全体の「社会的記憶」の形成に大きな影響を与えるとされています(Black, 2011)。 そのため、博物館は単なる「過去の倉庫」ではなく、記憶を社会に可視化し、次世代に引き継ぐ「記憶の装置」として重要な役割を担っています。
記憶の選別と展示の政治性
すべての過去をそのまま展示することは不可能です。展示スペースや予算、保存可能な資料の量、さらには来館者の関心や社会的な背景など、さまざまな制約のもとで「何を展示し、何を展示しないか」が選択されます。この選択こそが、博物館における「記憶の政治性」を生み出します。 たとえば、ある地域の博物館が特定の歴史的出来事や人物を大きく取り上げる一方で、別の出来事やマイノリティの経験にはほとんど触れないということも少なくありません。その選択が意図的であれ、無意識的であれ、博物館は社会の「公式記憶」を作り出す場となるのです(Henning, 2006)。 このプロセスをめぐる批判や議論は、展示の裏側にある価値観やパワーバランスを問う重要な問題意識となっています。
「忘却」との向き合い方 ― 展示更新と記憶の変容
社会における記憶は、決して静的で不変なものではありません。時代の変化や社会状況の変動、新たな研究成果の登場、さらには価値観の変化などによって、私たちが「記憶したい」と考える内容そのものが移り変わります。 博物館の展示もまた、長い年月の中で「展示の更新」を繰り返してきました。かつては称賛や誇張の対象だった歴史的出来事が、時代を経て批判的に見直されたり、別の角度から再解釈されたりすることもあります。 展示のリニューアルは、単なる装飾や情報の追加ではなく、「私たちは何を記憶し、何を忘れていくのか」という根源的な問いに対する社会的な応答でもあります(Crane, 2000)。 こうした展示更新を通じて、博物館は「忘却」とも積極的に向き合い、過去と現在をつなぐダイナミックな記憶の装置として機能しています。
社会的包摂と多声的記憶の重視へ
近年、博物館では社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)や多様性(ダイバーシティ)が重要なキーワードとなっています。かつては支配的な歴史観や大多数の経験に焦点が当てられがちだった展示も、今では多声的な記憶の構築へと変化しています。 具体的には、移民の経験、女性やLGBTQ+、障害者、先住民族など、これまで展示の主流から排除されてきた立場の人々の物語や視点が、徐々に取り上げられるようになっています(Kavanagh, 2000)。 例えば、日本の地域博物館が移民史や被差別部落の歴史を新たに展示したり、海外のホロコースト記念館が生存者自身の声を多言語で紹介したりするなど、社会的包摂をめざす動きが拡大しています。 このような多声的展示の実現は、博物館を「一部の人のための記憶装置」から、「誰もが自分の歴史や記憶を発見・表現できる場」へと進化させるものです。
制度・政策に見る記憶装置としての機能
博物館が社会的記憶の装置として機能するためには、展示企画や学芸員の力量だけでなく、制度的な支援や文化政策との連携も不可欠です。 国や自治体が主導する文化財保護政策、各種補助金・助成事業、あるいは記憶継承を目的とした記念館やアーカイブの設立などは、その一例です。 また、近年は市民参加型のプロジェクトやクラウドファンディングによる記憶収集活動も広がっており、「公式な記憶」と「生活者の記憶」が相互に影響し合う新たなかたちが生まれています。 こうした社会全体を巻き込む取り組みは、博物館を記憶の中核装置として位置づけ、未来に向けて多様な記憶を残していくうえでますます重要になっていくでしょう(Assmann, 2006)。
現代博物館における記憶の課題と展望
デジタル化と記憶の多層化
現代の博物館は、デジタル技術の急速な発展により「記憶の保存と共有」のあり方が大きく変わっています。デジタルアーカイブの構築やオンライン展示の拡充により、博物館が収集・保管する資料や歴史的記録は、物理的な来館者だけでなく、インターネットを通じて世界中の人々がアクセスできるようになりました(Assmann, 2006)。 この変化は、博物館の役割を「現地で見て体験する記憶の場」から「グローバルかつ多層的な記憶共有の拠点」へと拡大させています。たとえば、コロナ禍で来館が制限された時期には、バーチャル展示やオンライン講座が記憶継承の新たな手段として活用され、多くの博物館が公式サイトやSNSを通じて情報発信を行いました。
一方で、デジタルアーカイブには持続的な管理やセキュリティ、システム更新のコストなど、現実的な課題もつきまといます。膨大なデータをいかに正確かつ長期的に保存し、かつ将来の世代にもアクセス可能にするかは、「記憶の持続可能性」をめぐる現代的な課題です。さらに、デジタル展示では、実物の迫力や空間体験といった「現場性」が弱まりやすいことも指摘されており、リアルとデジタルのバランスをどう取るかが今後の博物館経営における重要なテーマとなっています。
参加型・協働型記憶の創出
博物館は近年、展示や資料収集の方法を大きく変化させています。従来のように学芸員や専門家だけが情報を発信するのではなく、地域住民や多様な市民が展示内容の企画やストーリー構築に直接参加する「市民参加型」「協働型」の記憶プロジェクトが拡大しています(Henning, 2006)。 例えば、戦後の生活史や被災地の経験を来館者自身が語るワークショップや、地域コミュニティの高齢者から聞き取り調査を行い、その証言をデジタルアーカイブとして記録するプロジェクトなど、実践例は年々増えています。
このような参加型の記憶創出は、多様な社会的背景や個人の経験が公式な記憶として博物館に組み込まれるプロセスでもあります。来館者が展示内容に「当事者」として関わることで、単なる情報の受け手ではなく「記憶の共同担い手」となる点が大きな特徴です。 こうした協働は、これまで語られてこなかった小さな物語やマイノリティの歴史、個人の思い出を社会的記憶として残すうえでも不可欠な取り組みとなっています。
記憶の選択・編集権と信頼性
情報発信のデジタル化・多様化が進む中で、「誰がどのように記憶を選択し、編集するのか」という課題があらためて注目されています。学芸員や専門家が主導してきた編集権は、市民参加型展示の広がりとともに分散しつつあり、「記憶の信頼性」や「正確性の維持」がこれまで以上に重要になっています。
インターネット時代には、フェイクニュースや偽造資料も容易に拡散しやすく、博物館に求められる「情報の精査」「記録の透明性」「出典管理」などの責任はますます重くなっています(Crane, 2000)。 また、クラウドファンディングやSNSによる資料収集は多くの市民を巻き込みますが、その過程で「思い出」や「証言」が時に誇張・美化・矮小化されるリスクもあります。 博物館が「信頼できる記憶の場」としてのブランドを維持するためには、誰がどのような基準で情報を編集し、記憶として公に残していくのかを、常に問い直し続ける姿勢が不可欠です。
多様化する来館者と記憶のパーソナライズ
現代の博物館を訪れる人々は、年齢や国籍、言語、価値観、宗教、ライフスタイルなど、非常に多様化しています。こうした変化を受け、博物館では「パーソナライズ展示」や「個人の記憶・体験に寄り添う展示デザイン」が求められています。 音声ガイドの多言語対応やAR(拡張現実)を使った体験型コンテンツ、来館者が自分の思い出を記録・投稿できるデジタルボードなどは、その一例です。
また、家族や友人同士で共有できる体験プログラムや、障害者・高齢者向けのアクセシビリティ配慮展示も拡充されており、「記憶の受け手」から「記憶の担い手」への転換が進んでいます。こうした取り組みは、多文化共生社会における博物館の新たな役割であり、現代社会の「多層的な記憶」のプラットフォームとしての機能を強化しています。
未来に向けた博物館の役割
これからの博物館には、単に過去の資料や出来事を「保存」するだけでなく、社会の変化や技術革新を柔軟に取り入れ、未来へつなぐ「持続可能な記憶継承モデル」を築くことが求められています(Black, 2011)。 デジタルとリアルを効果的に組み合わせ、市民参加と専門性のバランスをとりつつ、多様な来館者が主体的に記憶を作り、共有できる場を生み出すことが、現代の博物館の新しい使命です。
このためには、教育機関・行政・コミュニティ・テクノロジー企業などと協働しながら、社会全体で「記憶を守る」ネットワークを構築することが不可欠です。誰もが自分の記憶や経験を語り、それが社会的価値となるような仕組み――それこそが、現代社会における博物館の目指すべき姿だといえるでしょう。
まとめ ― 博物館と記憶の本質を再考する
博物館が担う記憶の意味
本記事を通じて、博物館が「記憶の装置」として果たす根本的な役割についてあらためて考えてきました。博物館は単なる資料や美術品の保管場所ではなく、過去の出来事や人々の経験を社会に可視化し、次世代へ伝える拠点です。展示物は、単なる過去の証拠ではなく、来館者一人ひとりの記憶や感情と重なり合い、個人と社会の記憶を媒介する存在となっています(Black, 2011)。 こうした営みは、学芸員や専門家だけでなく、来館者や市民、地域社会とともに築かれるものであり、博物館は「記憶を保存する場」から「記憶を共に創る場」へと進化しています。
記憶をめぐる新しい潮流
現代の博物館では、デジタルアーカイブの拡充やオンライン展示の普及、市民参加型プロジェクトや協働型展示、多文化共生社会への対応といった新たな潮流がみられます。これらの動きは、これまで主流だった「一方向的な記憶の伝達」から、「多層的・包摂的な記憶の共創」へのシフトを象徴しています(Henning, 2006)。 また、フェイクニュースや偽造資料といった課題への対応、パーソナライズされた展示体験、マイノリティや多様なコミュニティの歴史を積極的に取り上げる姿勢など、記憶の「信頼性」と「多様性」を両立させる取り組みが広がっています。
今後の博物館と記憶のあり方
これからの博物館には、過去をただ保存するだけでなく、現代社会の複雑な変化や多様な価値観を受けとめ、未来につなぐ「記憶の公共空間」としての役割がより一層求められます。デジタルとリアルを統合し、来館者や市民の能動的な参加を促しながら、誰もが自らの記憶や経験を発信し、共有できる開かれた場であり続けることが重要です(Assmann, 2006)。 学芸員や専門家には、記憶の編集者・ファシリテーターとしての視点と、社会的責任が一層期待されるでしょう。 社会のなかで博物館が「記憶の本質」と「公共性」「多層性」「持続可能性」を同時に追求することで、今後も変わりゆく時代において、人と社会をつなぐ大切な拠点であり続けることができるはずです。
参考文献一覧
- Assmann, J. (2006). Religion and cultural memory. Stanford University Press.
- Black, G. (2011). Museums, memory and history. Cultural and Social History, 8(3), 415–427.
- Crane, S. A. (2000). Museums and memory. Stanford University Press.
- Henning, M. (2006). Museums, media and cultural theory. Open University Press.
- Kavanagh, G. (2000). Dream spaces: Memory and the museum. Leicester University Press.