若者参画が変える博物館経営 ― 友の会から共創型ミュージアムへの転換とは

目次

はじめに:なぜ「若者と博物館の関係性」が問われているのか

近年、多くの博物館や美術館で、来館者層の高齢化が指摘されています。統計的にも、主要な来館者は40代以降に集中し、20代以下の割合は年々減少しています。しかし、若者が文化そのものから離れているわけではありません。むしろSNSやデジタルプラットフォームを通じて、彼らは日常的に文化的な表現活動を行っています。問題は、博物館がその文化的生態系の中に十分に入り込めていないことにあります。若者にとって、博物館は「自分とは距離のある場所」と感じられているのです。

こうした状況の中で、博物館経営における重要な課題となっているのが、若者との新しい関係づくりです。とりわけ、会員制度はその再設計が求められています。20世紀以降、博物館の会員制度は「友の会」などの名称で発展し、寄付や会費を通じた支援者コミュニティとして機能してきました。しかし、特典や優先入場などの経済的インセンティブ中心の制度は、若年層にとって魅力的な仕組みとは言いがたい状況です。これまでの制度が「支える会員」を想定していたのに対し、今後は「ともに創る会員」を育む方向への転換が求められています。

この変化の背景には、国際的なミュージアム観の変化があります。近年、ICOM(国際博物館会議)は、博物館を社会的包摂(social inclusion)と共創(co-creation)の拠点として位置づけています。展示を提供する場から、社会とともに価値を創造する場へ。博物館は、単なる文化施設ではなく、地域社会の対話や協働を促す「社会的プラットフォーム」としての役割を担うようになりつつあります。その中心に若者の存在が据えられようとしているのです。

若者は未来の来館者であると同時に、現在の文化的担い手でもあります。彼らを単なる支援の対象や教育の受け手として扱うのではなく、文化を共に生み出すパートナーとして迎え入れることが、持続可能な博物館経営の条件になりつつあります。そこで本章では、若者の参画を制度化した先進的な事例として、イギリスのBritish Museumが展開する「Youth Collective」と、Tateが運営する「Tate Collective Producers」を取り上げます。両制度は、若者が博物館運営や企画に直接関与する「共創型会員制度」として注目されており、博物館の社会的役割を再定義する試みでもあります。これらの事例を比較しながら、若者と博物館の新しい関係性、そして会員制度の未来像を考えていきます。

若年層との関係再構築としての会員制度

博物館の会員制度は、20世紀以降「友の会」や「メンバーズクラブ」として発展してきました。多くの制度は、寄付や会費を通じて運営を支える仕組みであり、同時に展示の優先案内や講演会への招待などを通じて支援者との関係を築くものでした。こうした枠組みは、文化への関心が高い中高年層を中心に安定した支持を得てきましたが、一方で若年層が参加しにくい仕組みになっていたことも否めません。年会費や特典の内容は、経済的にも心理的にも若者にとって距離のあるものだったのです。

近年、若者の文化的価値観は大きく変化しています。モノを所有することよりも、体験を通じて他者と関わり、意味を共有することに価値を見出す傾向が強まっています。ところが、従来の会員制度は、博物館を「支える」立場を前提としており、若者の「参加したい」「関わりたい」という動機に応える設計にはなっていません。単なる割引や特典では、文化的な関係性を実感することは難しく、結果として若者はSNSやオンラインコミュニティなど、より自己表現や共感が得られる空間に活動の場を移しています。

このような状況を受けて、国際的には「参加型ミュージアム(Participatory Museum)」への転換が進んでいます。アメリカの研究者ニーナ・サイモンは、『The Participatory Museum』(2010)において、来館者を単なる受け手ではなく、展示や体験の共同制作者(co-creator)として位置づけるべきだと提唱しました。彼女は、来館者が自ら意味を構築し、他者と共有することで、博物館が社会とつながる新しい公共空間になると説いています(Simon, 2010)。この考え方は、単なる展示手法の刷新ではなく、博物館経営の哲学そのものを問い直すものであり、来館者とともに価値を生み出す「共創(co-creation)」の概念へと発展していきました(Simon, 2010)。

ICOM(国際博物館会議)もまた、近年の定義改訂の中で「社会的包摂」や「共創」を博物館の中核的価値として明示しています。展示を提供する場から、社会的対話と協働を促す場へ。博物館は、文化を守る存在であると同時に、社会とともに文化を再構築する機関へと変化を遂げつつあります。この国際的潮流の中で、若者はもはや「教育の対象」ではなく、「文化的パートナー」として捉えられるようになっています(Simon, 2010)。

こうした視点に立つと、若者と博物館の関係を再設計するためには、会員制度の再構築が不可欠です。その新しい枠組みは、単なる「支援」ではなく、「共創」を前提にした三層構造として整理できます。第一に、来館を促すアクセス促進型(割引・無料登録など)。第二に、ワークショップやボランティアを通じた参加・交流型。第三に、若者が展示企画や運営に関わる共創・運営型です。この段階的構造を整えることで、若者は「観客」から「協働者」、さらには「共創者」へと成長していくことができます。次節では、こうした考え方を具体化している国際的な先進事例として、イギリスのBritish MuseumとTateの若者向け制度を取り上げ、その成果と課題を詳しく見ていきます。

British Museum「Youth Collective」:若者が企画を動かす仕組み

背景と制度創設の目的

British Museumは、長い歴史と膨大なコレクションを持つ世界的な文化機関として知られていますが、21世紀に入ると若者の来館率が低下し、文化的距離感が課題として浮かび上がりました。こうした状況を受け、博物館は教育部門を中心に、若者自身が展示やイベントの企画に参画する「Youth Collective」プログラムを創設しました。この制度は、18〜24歳の若者を対象とし、単なる教育プログラムではなく、若者が博物館運営において意見を持ち、実際に形にしていくことを目的としています。文化機関が若年層を「学ぶ対象」ではなく「共に創るパートナー」として位置づける試みとして注目されています。

文化政策との関連性

このプログラムは、イギリス国内の文化政策の流れとも密接に関係しています。2010年代以降、Arts Council Englandなどが推進してきた「社会的包摂(social inclusion)」や「文化的アクセスの平等化」は、博物館にも明確に求められるようになりました。British Museumは、社会的背景や経済的条件にかかわらず、誰もが文化に参加できる環境を整えることを使命とし、その一環として若者の文化参画を制度化しました。「Youth Collective」は、文化政策の理念と実践を結ぶ現場的なモデルであり、博物館が社会的課題に対して能動的に応答する姿勢を体現しています。

活動内容と運営体制

この制度の特徴は、若者が実際の企画プロセスに深く関与できることです。メンバーは公募で選ばれ、年間を通じて教育担当職員とともに活動します。グループは週に1回集まり、展示テーマの検討や来館者向けイベントの設計、広報戦略などを協働で進めます。代表的な活動に「Youth Takeover」と呼ばれるイベントがあります。これは若者が博物館の一部を「1日限定」で運営するもので、展示解説、音楽パフォーマンス、ワークショップなどを自ら企画し、若者が主導する文化交流の場をつくり出します。また「Voices of the Museum」では、メンバーが自分の視点から展示を紹介するツアーを行い、来館者との対話を通じて展示の新たな解釈を生み出しています。こうした活動は、博物館が若者を「観客」ではなく「共創者」として迎え入れる仕組みそのものといえます(Simon, 2010)。

参加支援と制度設計の工夫

制度設計の面でも、若者の多様な背景を考慮した工夫が見られます。参加者には交通費や軽食の補助が提供され、活動のためのスキル研修も行われます。これにより、経済的制約を理由に文化活動から排除されることを防ぎ、誰もが平等に参加できる環境を整えています。さらに、活動を通じて得られた成果は博物館内で共有され、他部門の企画にも反映されるなど、若者の意見が組織全体の方針に影響を与える構造になっています。教育担当者は単なる指導者ではなく、ファシリテーターとして若者の意見を引き出し、企画の実現を支援する役割を担っています。このような協働関係は、まさにニーナ・サイモンが提唱した「共創型ミュージアム(co-creative museum)」の具体的実践といえるでしょう(Simon, 2010)。

成果と社会的インパクト

このプログラムの成果は、博物館と若者の双方に現れています。British Museumは、Youth Collectiveを通じて若者層との接点を広げ、来館動機の多様化を実現しました。若者視点の展示テーマが生まれ、社会的課題(ジェンダー、環境、移民など)を扱う展示が増えています。来館者アンケートでは、「展示が自分の経験と重なった」と回答する若者が増加し、博物館の社会的開放性が高まっていることが示されています。参加した若者にとっても、この活動は専門的経験の獲得の場となっており、教育・デザイン・アートマネジメントなどの職業分野へ進む契機となっています。単なる「文化消費者」ではなく、「文化の担い手」としての自己認識を育む機会になっているのです(Simon, 2010)。

課題と今後の展開

一方で、この制度には課題もあります。まず、年間ごとの更新制であるため、参加者の入れ替わりが激しく、継続的なノウハウ蓄積が難しいことが指摘されています。活動がロンドン中心に展開されているため、地方や多様な社会的背景を持つ若者へのアクセスも十分とはいえません。また、職員側にはファシリテーションや教育的支援の負担が生じ、長期的な運営には専門人材の確保が欠かせません。これらの課題に対して、博物館は「Alumni Collective」と呼ばれる卒業生ネットワークを立ち上げ、過去の参加者が新たなプロジェクトに関わり続けられるよう体制を整えつつあります。また、オンライン版の「Youth Collective Online」を通じ、地理的制約を超えた新しい参加の形を模索しています。こうした動きは、博物館の若者参画を一過的な取り組みではなく、組織文化として定着させる方向を示しています(Simon, 2010)。

British MuseumのYouth Collectiveは、若者を「支援の対象」から「共創の担い手」へと位置づけ直す制度的転換の象徴です。展示や教育活動における若者の意見を組み込み、博物館が社会とともに学び、創る場として再定義されるプロセスを体現しています。こうした取り組みは、若者の文化的エンゲージメントを高めるだけでなく、博物館の公共性と持続可能性を強化するものです。次節では、この理念をより大規模かつ創造的に展開した事例として、Tateの「Tate Collective Producers」を取り上げ、その制度構造と成果を比較していきます。

Tate「Tate Collective Producers」:創造を通じて若者をつなぐ仕組み

制度の背景と設立の目的

Tateは、ロンドンをはじめ英国各地に展開する国立美術館として、近代・現代美術の発展とともに社会における芸術の意義を探求してきました。そのTateが2014年に本格始動させたのが、若者のための文化参画プログラム「Tate Collective」です。背景には、アート教育の機会縮小や芸術系職へのハードルの高さなど、若者が創造的活動に関わる機会の減少という社会的課題がありました。Tateはその課題に応答する形で、18〜25歳の若者がアートを通じて社会と関わり、自らの創造力を発揮できる仕組みとして「Tate Collective Producers」を立ち上げました。この制度は、若者を支援の対象としてではなく、Tateの一員として迎え入れ、創造のプロセスを共に生み出すことを目的としています。

活動構造と代表的プログラム

Tate Collective Producersのメンバーは公募で選ばれ、年間を通じて活動します。各Tate館(Tate Modern、Tate Britain、Tate Liverpool、Tate St Ives)に専任コーディネーターが配置され、若者スタッフであるProducerがチームを組んで年間プログラムを企画・運営します。代表的な取り組みとして知られるのが「Uniqlo Tate Lates」です。これは月に一度、Tate Modernを夜間開館し、若者による音楽、トーク、アートワークショップを融合したイベントで、若年層の来館機会を飛躍的に増やしました。もう一つの活動「Tate Exchange」では、若者が市民団体やアーティストと協働して社会課題をテーマに展示や対話イベントを実施しています。これらの活動において、Producerはアーティストや学芸員、教育担当者と協力し、テーマ設定からデザイン、広報、当日の運営まで一貫して担います。活動成果は館内外に公開され、若者が直接社会に発信する仕組みが整えられています。

プロフェッショナル参加モデルの特徴

特徴的なのは、このプログラムが無償のボランティアではなく、謝礼が支払われる「プロフェッショナル参加モデル」である点です。Tateは、若者を“労働力”としてではなく“文化的専門人材”として扱い、学びと実践の両立を支援しています。若者の多くは大学生やアート分野の初期キャリア層であり、この経験を通して企画力・発信力・チーム運営力を磨き、将来の職業的成長につなげています。制度設計の背景には、アートを「観るもの」から「つくるもの」へ転換するというTateの理念があり、若者が創造のプロセスそのものを通じて美術館の価値を更新していくという哲学が貫かれています。

共創から共発信への発展

この仕組みは、ニーナ・サイモンが提唱した「参加型ミュージアム(participatory museum)」をさらに発展させたものといえます。サイモンが「共創(co-creation)」を通じて来館者の能動的関与を強調したのに対し、Tateはその先にある「共発信(co-production)」を実現しています。Producerたちは展示やイベントを“つくる”だけでなく、それを発信し、社会的メッセージとして届ける役割を担っています(Simon, 2010)。この構造は、美術館を「完成された作品を鑑賞する場」から「創造のプロセスを共有する場」へと変えるものであり、Tateが推進する「美術館の民主化」の象徴ともいえます。

成果と社会的効果

Tate Collective Producersの成果は多面的です。若者の来館率は上昇傾向にあり、2019年時点でTate Modernの来館者の約3割が30歳未満の層を占めています。若者によるイベント発信はSNS上でも高い共感を呼び、Tate公式アカウントのフォロワー層にも変化が見られました。特に「Tate Lates」シリーズでは、来館者の約40%が初来館者であり、若年層の新規接触を生み出す契機となっています。また、Producer自身にとっても、この活動は芸術分野でのキャリア構築や社会的ネットワークの形成につながっており、教育的効果が確認されています。Tateは、若者を単なる受け手ではなく、未来の文化的担い手として育成する長期的ビジョンを掲げており、制度を通じて「文化を共につくる市民」を育てています(Simon, 2010)。

課題と今後の展望

一方で、運営上の課題も存在します。大規模館であるTateにおいて、若者が主体的に意思決定するプロセスを確保することは容易ではなく、組織的な調整と支援体制の整備が欠かせません。さらに、活動には多大な人的・財政的リソースが必要であり、持続可能性をいかに担保するかが課題となっています。こうした課題に対応するため、Tateはオンライン・プログラムや地方拠点との連携を進め、デジタル・クリエイティブ分野における新しい若者参画の形を模索しています。最近では「Tate Collective Online」が立ち上げられ、地域や国境を越えて若者同士が共創・発信できる仕組みが形成されつつあります。

TateのTate Collective Producersは、若者を「観客」から「創造者」へと位置づけ直す制度的実践として、高い評価を得ています。彼らの活動は、博物館を社会に開かれた創造の場へと変え、文化を共に構築する新しいミュージアム像を提示しています。これは、British MuseumのYouth Collectiveが示した「共創」をさらに発展させた「共発信」のモデルであり、芸術と社会の関係を再構築する実践的アプローチといえるでしょう。次節では、両制度を比較し、それぞれの成果と課題を通して、今後の博物館経営における若者参画のあり方を検討していきます。

British MuseumとTateの比較分析 ― 若者参画モデルの成果と課題

British MuseumとTateは、いずれも世界的な文化機関でありながら、若者参画のあり方に対して異なる方向性を示しています。両館のプログラムはいずれも「若者を文化の共創者として位置づける」という共通理念を持っていますが、その実践方法には明確な違いがあります。British Museumは教育や社会的包摂を重視した「社会共創型」の制度を整え、Tateは創造性と表現を軸に据えた「創造発信型」の制度を展開しています。本節では、両者の制度設計・成果・課題を比較し、現代の博物館経営における若者参画の本質を探ります。

制度設計と理念の比較

両館の制度を比較すると、若者との関わり方の方向性がはっきりと分かれます。British Museumの「Youth Collective」は、展示や教育イベントの企画を通じて若者が社会的課題を語り、対話的な関与を深める仕組みです。一方、Tateの「Tate Collective Producers」は、アートイベントの制作やデザイン・広報活動など、創造的実践を通じて若者が自らの表現を社会に発信する仕組みです。前者が「学びと対話」、後者が「創造と発信」を中核に置き、どちらも若者を受動的な観客ではなく、文化を担う主体として位置づけています。

比較項目British Museum「Youth Collective」Tate「Tate Collective Producers」
制度の目的若者を社会的包摂と文化対話の担い手として位置づける若者を創造的実践と発信の主体として育成する
対象層18〜24歳(教育・地域連携中心)18〜25歳(芸術・文化実践中心)
活動形態展示・教育イベントの企画・対話型プログラムアートイベント・展示制作・デザイン・広報などの制作・発信型プログラム
職員との関係教育担当職員による伴走型支援専任コーディネーターによる共同企画・制作
理念的特徴「共創(Co-creation)」―社会的包摂・対話重視「共発信(Co-production)」―創造・表現重視

表:British MuseumとTateの若者参画制度の比較

このように、British Museumは教育的・公共的な視点から若者を包摂し、社会的対話を促進しています。一方、Tateは若者の創造力を実践的な活動に変換し、社会に新しい文化的価値を提示しています。いずれの制度も、博物館が若者に「居場所」を提供するだけでなく、「役割」や「責任」を伴う参加の機会を創出している点で共通しています。

成果の比較 ― 社会的・教育的効果の違い

British Museumの取り組みでは、多様性や包摂を重視する展示テーマが増加し、若者が社会的課題に向き合うための「語りの場」が形成されています。これにより、博物館は単なる学びの場から、社会的対話のための公共空間へと拡張しました。一方、Tateの取り組みは、若者が創造を通じて社会に発信することを促し、アートと市民生活を結びつける新しい文化的関係を生み出しています。特に、Tate Modernで開催される「Uniqlo Tate Lates」などのイベントは、若年層の来館を促進し、アートに対する心理的距離を縮める効果を上げています。

教育的効果の面では、British Museumは「学びによる社会参画」、Tateは「創造による自己実現」を促しており、両者は異なる角度から若者の成長を支えています。これらの成果は、若者が博物館を「知る場所」から「つくる場所」として再認識する契機を提供している点で共通しています。

課題の比較 ― 継続性と包摂性の両立

両制度には共通して、活動の継続性と包摂性をいかに確保するかという課題があります。British Museumでは、活動がロンドン中心に偏りがちであり、社会的・経済的に不利な立場にある若者の参加が難しい傾向があります。また、任期制のため参加者の入れ替わりが頻繁で、ノウハウの蓄積が十分に進まない点も課題です。

一方、Tateでは、アート制作やデザインに関心のある層が中心となるため、芸術分野に距離を感じる若者が参加しにくいという側面があります。また、プロフェッショナル性の高い活動を支えるためには、財政的・人的リソースの確保が不可欠です。両館とも、オンライン活動や卒業生ネットワークの構築を通じて、活動の継続と参加層の拡大を図っています。これにより、若者参画を一過性の事業から「組織文化」として定着させる取り組みが進められています。

日本の博物館への示唆

日本の博物館では、友の会やボランティア制度を通じた市民参加は定着しているものの、若者が主体的に関われる仕組みはまだ十分ではありません。British Museumの「共創」モデルは、地域連携や教育普及事業に応用することで、若者が社会と文化を結びつける役割を果たす可能性を持っています。一方、Tateの「共発信」モデルは、デジタルプラットフォームや大学との連携、地域芸術祭などと組み合わせることで、日本の文脈にも展開可能です。

若者を支援の対象としてではなく、文化を共に生み出す担い手として迎える姿勢が、今後の博物館経営において重要になります。博物館が若者とともに創造し、発信する仕組みを制度として整えることで、文化的公共性と持続可能性の両立が実現できると考えられます。

British MuseumとTateの若者参画制度は、それぞれ異なるアプローチを通じて、博物館の社会的役割を再定義しています。前者は「対話と包摂」を通じて公共性を広げ、後者は「創造と発信」を通じて新たな文化価値を生み出しました。共通するのは、若者を信頼し、制度的に支える姿勢です。これらの事例は、日本の博物館における若者参画の方向性を示すものであり、博物館が社会とともに未来を築くための新しい経営モデルを提示しています。

若者参画がもたらす博物館経営への変化 ― 公共性・持続可能性・ガバナンスの視点から

これまで見てきたように、British Museumの「Youth Collective」とTateの「Tate Collective Producers」は、いずれも若者を文化の担い手として位置づける先進的な制度です。両館の取り組みは、若者の学びや表現の支援を超えて、博物館そのものの経営構造や社会的役割に変化をもたらしています。若者参画は、単なる教育活動ではなく、博物館経営を再構築する新しい視点として注目されています。本節では、その変化を「公共性」「持続可能性」「ガバナンス」の三つの観点から整理します。

若者参画と博物館経営の新潮流

従来の博物館経営は、展示や収蔵管理、財務運営を中心とする「管理型」の発想に基づいていました。しかし、社会構造が変化し、来館者の価値観が多様化する中で、博物館経営はより社会的な関係性の構築へと移行しつつあります。その転換点にあるのが、若者参画という新しい仕組みです。若者が展示やプログラムの企画段階から関わることにより、博物館は社会と共に成長する「共創的組織」へと変化しています。来館者数や収益などの短期的指標だけでなく、信頼や共感、関係性といった長期的な価値を重視する方向に舵を切りつつあるのです。

公共性の再定義 ― 若者による社会的対話の拡張

若者の参画は、博物館が持つ公共性の概念そのものを再定義する契機となっています。従来、博物館の公共性は「誰もが平等に利用できる施設であること」として理解されてきました。しかし、若者が展示テーマの設定や社会課題の発信に関わることで、公共性は「多様な人々が自らの視点で社会を語ることができる場」として新たに構築されつつあります。British Museumでは、若者がジェンダーや移民、環境などの社会問題を展示企画に取り入れる動きが進み、Tateでは、アートを通じて自分の声を発信する文化が生まれました。こうした活動は、博物館が専門知の発信機関から「社会的対話の交差点」へと進化することを示しています。

持続可能な経営モデルへの転換

若者参画は、博物館の持続可能性を高める経営戦略としても大きな意義を持ちます。第一に、若者の関与は新しい支援者層や来館者層を生み出し、寄付・会員・広報などの面で組織を活性化させます。第二に、若者が活動を通じて専門的な経験を積むことで、将来的に学芸員や教育普及担当として博物館を支える人材が育ちます。第三に、若者が自発的にSNSや地域ネットワークを通じて活動を発信することで、博物館の社会的認知度やブランド価値が高まります。Tateのように、若者自身が発信者となる仕組みは、広報・教育・資金調達の複数領域を横断的に支える「共感資本」の形成につながっています。博物館経営においては、短期的な成果よりも、このような関係資産を蓄積することが中長期的な安定につながるといえます。

組織文化とガバナンスの変化

若者参画は、組織内部の文化や意思決定の仕組みにも変化をもたらします。これまでの博物館運営は、専門職によるトップダウン型の意思決定が中心でした。しかし、若者と協働する過程では、対話や共有を基盤としたガバナンスが求められます。教育担当やコーディネーターが若者と企画を共に立案し、試行錯誤を通じて展示やイベントをつくり上げるプロセスは、組織に柔軟性と創造性をもたらします。このような「共創型マネジメント」は、単に若者を巻き込むだけでなく、職員自身の意識改革を促す契機にもなります。信頼を基盤とした関係構築が進むことで、博物館全体が社会に対して開かれたガバナンス体制へと移行していくのです。

日本の博物館経営への展望

日本の博物館においても、若者参画を経営戦略の一部として位置づけることが求められます。これまでの「友の会」やボランティア活動は、主に支援型の仕組みとして発展してきました。しかし今後は、若者が企画や発信の主体として関わる制度を整備することが重要です。大学や地域団体、企業、行政との連携を通じて、若者が社会的課題を探求し、展示やイベントの形で成果を発表できる環境をつくることが有効でしょう。また、オンライン・プラットフォームを活用することで、地理的制約を超えて多様な若者が博物館活動に参加できるようになります。こうした取り組みを通じて、博物館は「社会に開かれた学びと創造の場」として再構築されていくはずです。

若者とともに未来を築く博物館へ

若者参画は、単なる教育活動や一時的なイベントではなく、博物館経営を根本から変える力を持っています。若者の視点が展示や経営方針に取り入れられることで、博物館はより柔軟で開かれた組織へと進化し、公共性・持続可能性・ガバナンスのすべての面で新しい価値を創出します。これからの博物館に求められるのは、若者を「支援する相手」ではなく、「共に文化をつくるパートナー」として迎える姿勢です。若者と共に学び、創り、発信する博物館こそが、社会と未来をつなぐ持続可能な文化の基盤となるのです。

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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