博物館と地域社会の連携 ― 文化と暮らしを結ぶ持続可能なパートナーシップ

目次

はじめに ― 博物館と地域の新しい関係性

博物館はこれまで、収集・保存・研究・展示・教育という伝統的な機能を中心に発展してきました。しかし近年、その役割は社会の変化とともに大きく広がりつつあります。博物館は単なる文化資源の保管所ではなく、地域社会の課題解決や価値創造に関わる「社会的装置」として再定義されつつあります。国際的にも、文化施設が持続可能な発展に寄与する存在として位置づけられ、博物館は自律的な存在ではなく、地域や社会との関係性を通じて意義を見出す時代に入っています(Lord & Markert, 2017)。

この変化の背景には、社会構造の急速な転換があります。日本を含む多くの国では、人口減少や高齢化が進み、地域コミュニティのつながりが弱まっています。かつて地域の中心にあった学校や商店街の機能が縮小し、住民の交流や学びの場が失われつつある中で、博物館が新たな「地域の結節点」として注目されるようになりました。文化庁による地域文化創生の動きなどの政策も、文化施設を地方創生の中核に据え、教育・観光・福祉など他分野との連携を促しています。博物館が地域課題にどのように応えるかは、文化政策全体の方向性に関わる重要なテーマとなっているのです。

同時に、博物館の経営環境も大きく変化しています。公立館の多くは公的資金に依存してきましたが、近年は指定管理者制度の導入や民間連携の推進により、財政的・運営的な自立が求められるようになりました。これにより、博物館は「行政機関の一部」から「地域社会の一員」へと立ち位置を変えつつあります。地域住民や企業、自治体と協働しながら活動を行う地域連携型の取り組みは、その象徴的な例といえます。こうした連携は、単なる運営上の工夫ではなく、社会的信頼を得るための不可欠な要素となっています(Lord & Lord, 2009)。

欧米でも同様の動きが見られます。博物館や美術館、劇場、図書館などの文化施設は、都市の競争力を高める戦略的要素として位置づけられ、文化資源を通じて地域の魅力を可視化し、観光や雇用創出に貢献しています(Lord & Markert, 2017)。都市再開発や文化観光の振興において、博物館は「市民が集い、語り合う公共空間」としての性格を強めています。かつてのように博物館が社会から隔絶された専門施設である時代は終わり、今では社会の変化を反映し、地域の多様な人々と協働して新しい文化を創出する存在へと変化しています。

さらに、博物館は地域社会の持続可能な発展における重要なアクターでもあります。小規模館は自治体単位で、より大規模な館は地域全体において、教育・観光・環境など複数の分野に波及効果をもたらします。博物館の活動は地域経済に直接的な影響を与えると同時に、地域の誇りや文化的アイデンティティを支え、さらには環境教育や地域政策への関与を通じて持続可能な発展を促す潜在力を持っています(Půček, Ochrana, & Plaček, 2021)。このように、博物館は文化・経済・環境という三つの領域を結びつける媒介的な存在として、地域社会の基盤づくりに寄与しているのです。

日本の地方博物館に目を向けても、地域文化の継承や住民の学びの場としての機能が重視されています。地域資料を活用した展示や、学校教育との連携、住民参加型ワークショップなど、活動の中心は「人と人をつなぐ」場の創出にあります。こうした取り組みは、地域文化の再発見とともに、博物館の社会的存在意義を高めるものであり、地域社会の文化的自立を支える重要な基盤となっています。

本章では、博物館が地域社会とどのように関わり、社会的・経済的・文化的にどのような価値を創出しているのかを考察します。次節では、博物館と地域の連携がもたらす意義を、社会的包摂・文化観光・持続可能性の三つの観点から整理し、その後、都市再生や住民参加など具体的な実践事例へと展開していきます。

博物館が地域社会と連携する意義

博物館が地域社会と連携する意義は、単に展示やイベントを地域に開放することにとどまりません。そこには、社会的包摂の実現、文化観光による地域経済への波及、そして持続可能な発展への貢献という三つの側面が存在します。博物館は、地域の文化資源を媒介として人々をつなぎ、学びと交流を生み出す社会的な基盤であり、地域のアイデンティティを再構築する拠点でもあります。この節では、博物館が地域社会と関わる意義を、社会的・経済的・環境的な観点から整理します。

社会的包摂と地域アイデンティティの再構築

博物館は近年、「社会的包摂(social inclusion)」を実現する場として注目されています。多様な人々が文化にアクセスし、学び、参加できる仕組みを整えることが、公共文化機関としての使命の一つとされています(Lord & Markert, 2017)。かつての博物館は、文化財を守り専門知を伝える場所であり、社会からある程度距離を置いた存在でした。しかし今日では、社会的格差や文化的排除に対応し、誰もが文化に関わる権利を保障する「包摂的な公共空間」へと変化しています。

その背景には、地域社会の多様化があります。高齢者、障がい者、移民、子育て世代など、生活背景の異なる人々が共に学び、文化を共有する空間としての博物館の意義はますます大きくなっています。アクセシビリティの向上、ユニバーサルデザイン、言語や文化的背景の違いに配慮した展示解説などは、包摂的な文化実践の具体的な形です。イギリスやカナダなどでは、地域の当事者を展示企画に参加させる「コ・クリエーション(co-creation)」の試みが進んでおり、展示内容が地域の多声的な文化を反映するようになっています。

また、社会的包摂は地域のアイデンティティ再構築にもつながります。地域資料や口承文化、生活史を掘り起こし、展示を通して住民が自らの歴史を再発見することは、地域文化の自立性を高め、地域への誇りを醸成します。日本においても、地域資料館や郷土館が、地域住民とともに資料を収集・整理する活動を展開し、地域の語りを文化として再構成する試みが広がっています。博物館が「地域の物語」を共有する場となることは、地域の絆を再生することにつながります。社会的包摂の実現は、単なる理念ではなく、地域の文化的再生を支える実践でもあるのです(Půček et al., 2021)。

文化観光と地域経済への波及効果

博物館は、文化観光(cultural tourism)の中核的な存在でもあります。文化を目的とした旅行の拡大により、博物館は地域経済における重要な観光資源として位置づけられるようになりました(Lord & Lord, 2009)。観光客の多くは、地域の文化や歴史を学ぶ体験を求めて博物館を訪れます。博物館が観光拠点として整備されることで、地域への滞在時間が延び、宿泊・飲食・交通など関連産業への経済波及効果が生まれます。とりわけ、地方都市や離島では、博物館が地域経済を支える核となる場合も少なくありません。

こうした文化観光の成功例として、香川県直島のベネッセアートサイト直島が挙げられます。ここでは、現代アートと地域文化を融合させたプロジェクトが展開され、地域全体が「屋外美術館」として再構築されました。観光と文化が相互に支え合う構造を形成することで、地域ブランドの確立と国際的な注目を実現しています。また、福井県立恐竜博物館は、教育・研究・観光を一体化した運営により、地域経済の持続的発展に貢献しており、年間100万人規模の来館者を地域に呼び込んでいます。これらの事例は、文化施設が地域の魅力発信の核であり得ることを示しています。

経済的観点から見れば、博物館の存在は「文化資本」を地域に再循環させる機能を持ちます。入館料やショップ売上、周辺消費による直接的な収益だけでなく、文化的価値が地域社会に対する誇りや定住促進につながることで、間接的な経済効果も生み出します。さらに、文化観光による収益を地域の文化保護や教育活動に再投資する仕組みを構築すれば、博物館は地域経済の持続可能性に寄与することができます(Lord & Lord, 2009)。このように、博物館は「文化と経済の接点」として、公共性と収益性を両立するモデルを提示しているのです。

意義の側面主な内容具体的な効果参考文献
社会的側面(社会的包摂)多様な人々が文化にアクセスし、地域の歴史・文化を共有する包摂的な公共空間の創出地域の誇りや文化的アイデンティティの再構築、住民間の信頼形成Lord & Markert (2017), Půček et al. (2021)
経済的側面(文化観光・地域ブランド)観光資源としての博物館活用、文化による地域ブランド形成と経済循環の創出滞在時間の延長、雇用の創出、文化収益の地域再投資Lord & Lord (2009)
環境的側面(持続可能な発展)環境教育・地域資源保全・SDGs推進を担う知の拠点地域の環境意識向上、持続可能な文化社会の構築Půček et al. (2021)

持続可能な地域発展と環境教育への貢献

博物館のもう一つの重要な意義は、持続可能な地域発展への貢献にあります。近年の博物館は、単に過去を保存する場ではなく、地域社会の未来を共に考える「学びの場」としての性格を強めています。Půčekらは、博物館を「地域の持続可能性を支える知の拠点」と位置づけ、社会・経済・環境の三側面を統合する文化機関として評価しています(Půček et al., 2021)。

まず、環境教育の分野において、博物館は科学的知識を社会に伝える役割を果たしています。自然史博物館や科学館では、生物多様性や気候変動、地球資源の循環利用など、持続可能な発展に関する展示や教育プログラムを展開しています。こうした活動は、地域の環境意識を高めると同時に、環境政策の理解促進にも貢献しています。

さらに、博物館は地域における「SDGs実践の場」としても機能しています。展示やワークショップを通じて、持続可能な消費や地域資源の再利用を学ぶ機会を提供し、住民が自らの生活を見直す契機を生み出しています。たとえば、地域の自然や産業遺産をテーマにした展示では、過去の知恵と現代の課題を結びつけ、地域の持続可能性に対する共通理解を育むことができます。このように、博物館は単なる教育機関ではなく、「持続可能な文化社会」を実現するための学びの共同体としての性格を持ちます。

また、地域発展の観点からは、博物館が行政や企業、学校、NPOなどと連携し、地域課題を共有する「協働の場」を提供することが重要です。環境・防災・観光・教育といった分野を横断するプロジェクトを通じて、地域に根ざした人材育成や知識循環が促進されます。このような協働は、博物館が地域社会の一部として生きることを可能にし、持続可能な社会を支える基盤となります(Půček et al., 2021)。

地域社会と共に歩む博物館の価値

以上のように、博物館が地域社会と連携する意義は、社会的・経済的・環境的という三側面から理解することができます。社会的には多様な人々を受け入れる包摂の場として、経済的には地域の文化資源を活かして新たな価値を生み出す拠点として、そして環境的には持続可能な未来をともに築く学びの場としての機能を果たしています。これらの要素は相互に補完し合い、地域社会の持続的発展を支える複合的な文化システムを形成します。

博物館の価値は、もはや展示される文化財の希少性にのみ依存するものではなく、「地域社会と共に生きる文化実践」の中にあります。地域の人々と対話し、共に学び、共に未来を構想する博物館こそが、これからの時代に求められる姿といえるでしょう。次節では、この理念を具体化する「都市と地域における博物館の戦略的役割」について、国内外の事例を交えながら考察します。

都市と地域における博物館の戦略的役割

現代の博物館は、地域社会における文化的中核としてだけでなく、都市や地域の戦略的資源として再評価されています。人口減少や地域格差の進行、産業構造の変化が進む中で、博物館は「過去を保存する場所」から「地域の未来を構想する場」へと転換を迫られています。こうした背景のもと、博物館は文化政策やまちづくりの現場において、経済・社会・環境の三側面を統合する戦略的役割を果たす存在となりつつあります。本節では、都市再生・地域連携・協働ガバナンスの三つの視点から、その意義と課題を整理します。

都市再生と文化拠点としての博物館

20世紀後半以降、多くの都市では、産業衰退や人口減少に伴う都市再生の手段として文化施設が注目されてきました。博物館や美術館は、都市の再生プロジェクトにおいて「文化的触媒(catalyst)」として位置づけられ、地域のアイデンティティ再構築や経済活性化に貢献してきました(Lord & Lord, 2009)。

代表的な事例として、イギリス・ロンドンのテート・モダンが挙げられます。旧発電所を再生したこの美術館は、開館初年度に約500万人を超える来館者を記録し、サウスバンク地区の再開発を促進しました。美術館の開館により、地価の上昇、商業施設の新設、雇用の創出など、経済的効果が広範囲に及んだと評価されています。さらに、テート・モダンは地域住民を巻き込んだ教育プログラムや公共空間設計を通して、文化施設が「地域生活の延長」として機能しうることを示しました(Lord & Lord, 2009)。

日本でも、青森県の弘前れんが倉庫美術館が注目されています。明治期のレンガ造りの酒造工場を改修して誕生したこの美術館は、地域産業の歴史を受け継ぎつつ、現代アートによって「地域の記憶と未来」をつなぐ場を創出しました。開館以降は、観光客の増加や地域商店街の活性化など経済的波及効果が見られるだけでなく、地元住民が企画運営に参画することで、地域文化の自立的な再生にも寄与しています。もっとも、こうした文化拠点化がジェントリフィケーションを招き、地元住民が生活空間から排除される問題も指摘されています。博物館が都市再生に寄与するには、経済的波及効果だけでなく、社会的包摂を重視したバランスある運営が不可欠です(Lord & Lord, 2009)。

地方におけるネットワーク型連携の展開

都市中心型の文化拠点に対し、地方の博物館は限られた予算・人員の中で地域を支えるため、ネットワーク型の協働が重要になっています。近年では、単館で完結するモデルから、複数の館が連携して資料・人材・情報を共有する広域的な「ミュージアム・ネットワーク」へと発展しています(Lord & Markert, 2017)。

たとえば、せとうち美術館ネットワークは、瀬戸内地域に点在する複数の美術館が協働し、地域の風土・歴史・芸術を横断的に発信しています。直島、豊島、犬島といった島々の美術館群をはじめ、岡山・香川・愛媛の各館が連携して展覧会や教育プログラムを共同企画し、地域全体を一つの「文化圏」として可視化しています。こうした取り組みは、観光・教育・文化振興を一体化させる試みとして注目され、アートを通じて地域間の交流を促進しています(Lord & Markert, 2017)。

このようなネットワーク連携は、単なる情報共有にとどまらず、地域資源の広域的な価値化を可能にしています。共同の展示企画やアーティスト・イン・レジデンス事業などを通じて、地域内外の人材や文化が交わる仕組みが生まれています。さらに、近年ではデジタル技術の活用により、オンライン展示や共同広報、学芸員同士の遠隔協働も実現しつつあります。これらの動向は「分散的ガバナンス(distributed governance)」の一形態として、持続可能な地域文化の構築を支える有効な戦略と評価できます(Půček et al., 2021)。

ネットワーク連携の意義は、個々の館が持つ限界を補完し合うことにあります。財政的制約や人材不足といった課題を共有しながら、共同で地域の課題解決に取り組むことで、博物館は「地域の知のネットワーク」として新たな社会的価値を創出しています(Lord & Markert, 2017)。

地域行政・企業・市民との協働ガバナンス

博物館の戦略的役割を考える上で、もう一つ重要なのが「協働ガバナンス(collaborative governance)」の視点です。かつて博物館は行政が主導する公的機関として運営されてきましたが、近年では市民・企業・NPOなど多様な主体が運営に関与する「共治(co-governance)」型の構造が広がっています(Lord & Markert, 2017)。

日本では、指定管理者制度の導入以降、地方自治体が民間団体や公益法人に運営を委託する事例が増えています。たとえば、金沢21世紀美術館は、市民参加型のプログラム運営を特徴とし、地域住民が展示企画や教育活動に関与する仕組みを構築しています。また、企業がCSR活動として博物館運営に協賛する動きもあり、民間資源を文化活動に活かす事例が増えています。こうした公民連携(Public Private Partnership: PPP)は、財政効率の向上だけでなく、社会的責任と文化的価値を結びつける新たな協働の形といえます(Lord & Markert, 2017)。

さらに、協働ガバナンスの本質は「共通の文化的使命(shared mission)」の形成にあります。行政・企業・市民がそれぞれの立場から文化の持続可能性を支えるためには、経済的利益を超えた社会的合意の形成が必要です。博物館はそのための対話の場を提供し、多様な主体をつなぐ媒介者として機能します。こうした協働の仕組みは、文化を共有財として維持するための社会的インフラであるといえるでしょう(Půček et al., 2021)。

戦略的役割主な特徴具体的効果代表例
都市再生の触媒文化拠点を軸とした都市再開発や地域ブランド形成観光振興、雇用創出、地域イメージの向上テート・モダン(ロンドン)、弘前れんが倉庫美術館(青森)
地域ネットワークのハブ複数館の協働による広域的な資料・人材・情報の共有教育・研究・観光の連携促進、地域資源の価値化せとうち美術館ネットワーク(瀬戸内地域)
協働ガバナンスの媒介者行政・企業・市民が共治する文化経営の仕組み文化の持続可能性の確保、社会的合意形成の促進金沢21世紀美術館(石川)

戦略的連携がもたらす価値

以上のように、博物館は都市と地域の双方において、戦略的連携を通じて多層的な価値を創出しています。都市では文化を通じた再生の核として、地方ではネットワークを基盤とする広域協働のハブとして、そして社会全体では協働ガバナンスを支える媒介者として機能しています。これらの役割は、経済・社会・文化を統合する「地域の知的エコシステム」としての博物館像を描き出しています。博物館の戦略的意義は、展示や収蔵にとどまらず、地域社会の課題解決や価値創造のプロセスそのものにあります(Lord & Lord, 2009; Lord & Markert, 2017; Půček et al., 2021)。

市民参加と共創の実践 ― 博物館が育む社会的つながり

博物館は、展示や教育活動を通じて知識を伝える場であると同時に、人々が出会い、語り合い、共に価値を創造する社会的空間でもあります。近年、博物館のあり方は「展示する機関」から「共に学びをつくる機関」へと変化しつつあり、その中心にあるのが「市民参加」と「共創(co-creation)」という理念です。来館者や地域住民が主体的に博物館運営に関わることによって、文化の継承だけでなく、地域社会の再生や信頼関係の構築が進むとされています。本節では、参加型ミュージアムの理念、日本における市民協働の展開、共創がもたらす社会的インパクト、そして持続可能な共創の課題と展望について整理します。

参加型ミュージアムの理念と変遷

1990年代以降、博物館の世界では「モノから人へ(from objects to people)」という転換が進みました。展示物を中心とする従来型のミュージアムから、来館者自身の体験や参加を重視する「参加型ミュージアム(participatory museum)」へと発展したのです(Simon, 2010)。この考え方の背景には、社会的包摂や民主的文化政策の潮流があり、博物館を「社会的学習共同体(community of learning)」として捉える視点が広がりました。

参加型ミュージアムでは、「誰が展示をつくるのか」「知識はどのように共有されるのか」が再定義されます。来館者が展示制作に関与したり、ワークショップやアーティストとの対話に参加したりすることで、博物館は「知識を与える場」から「意味を共につくる場」へと変わります。この過程で、鑑賞者と学芸員、専門家と地域住民の間に新しい関係性が生まれ、文化の民主化が進むのです。欧米では、Tate Exchange や Smithsonian の Citizen Science など、社会課題に焦点を当てた参加型プログラムが展開され、博物館を「共感と学びを媒介する公共空間」として再構築しています(Simon, 2010)。

日本における市民協働の広がり

日本でも、2000年代以降、「社会に開かれた博物館」政策の下で、市民やボランティアの参加が着実に広がっています。特に地方の博物館では、限られた予算や人材を補うだけでなく、地域住民の知識や経験を活かした協働型の活動が進展しています。たとえば、金沢21世紀美術館では、市民が展示運営に参画する「市民サポーター制度」が設けられ、ボランティアが学芸員と共に企画や教育活動を支えています。また、大阪市立自然史博物館では、数百人規模のボランティアが学芸員と協働して標本整理や展示解説を行い、学びの循環を地域社会に広げています(Lord & Markert, 2017)。

さらに、釧路市立博物館では、市民と学芸員が協働して地域の生活文化を紹介する「市民展示」プロジェクトを継続的に実施しています。住民自身が展示テーマを提案し、展示物の提供や解説を行うことで、地域の記憶や誇りを可視化しています。こうした取り組みは、地域の人々が自分たちの文化を主体的に発信する契機となり、博物館が「語り合う場」として機能する新たな可能性を示しています。NPOや学校、地域団体との連携を通じて、博物館は「文化的共治(cultural co-governance)」の場へと変化しています(Půček et al., 2021)。

市民参加の形態主な活動内容期待される効果代表的事例
展示共創市民が展示テーマ・資料選定・解説制作に関与地域記憶の継承、市民の文化的主体性の向上釧路市立博物館(北海道)
教育・学習活動ボランティアによる解説、ワークショップ、学校連携学びの循環の促進、地域の教育資源強化大阪市立自然史博物館(大阪)
アート・プログラムアーティストと市民の協働制作、地域課題を扱うアート活動創造性と社会的包摂の推進金沢21世紀美術館(石川)
ボランティア運営展示補助、イベント企画、研究支援など運営の持続可能性向上、地域コミュニティ形成多くの地方公立館で実施

参加と共創がもたらす社会的インパクト

市民参加や共創の取り組みは、単に来館者を増やすための施策ではなく、社会的な成果を生み出す活動として注目されています。近年、博物館分野では、来館者数や収入額では測れない「社会的インパクト(social impact)」を評価する試みが進んでいます。その代表的な手法が、イギリスのミュージアム分野で開発された GLOs(Generic Learning Outcomes)と GSOs(Generic Social Outcomes)の枠組みです。これらは、博物館活動によって生まれる学び・行動変化・社会的効果を体系的に捉える評価指標です。

参加型活動は、来館者に新しい知識や技能を提供するだけでなく、他者との関係性や地域への帰属意識を育みます。つまり、参加を通じて「社会関係資本(social capital)」が形成され、地域社会の信頼と協力の土台が強化されるのです。たとえば、イギリスの Derby Museums では、共創プロジェクトの社会的リターンを金額換算する SROI(Social Return on Investment)評価を導入し、博物館活動が教育・福祉・健康・コミュニティ形成などに与える効果を可視化しています(Derby Museums Trust, 2018)。このような評価の導入は、文化の公共的価値を社会に伝える有効な手段となっています(Lord & Markert, 2017)。

課題と展望 ― 共創の持続性をどう確保するか

もっとも、共創活動を長期的に維持するためには、いくつかの課題も存在します。第一に、学芸員や教育担当者の負担増大です。市民参加型のプロジェクトは多様な調整を伴うため、職員の時間的・心理的コストが増加します。第二に、参加の「質」をどう確保するかという問題です。形だけの参加ではなく、対等な協働関係を築くためのファシリテーション力が求められます。第三に、資金や制度的支援の不足です。共創活動を単発のイベントではなく、博物館経営の一部として定着させるためには、助成制度や評価指標の整備が必要です(Půček et al., 2021)。

こうした課題に対応するため、欧州では「共創の制度化(institutionalizing co-creation)」が進んでいます。市民参画を博物館の組織構造や戦略計画に組み込み、評価と資金配分を連動させる仕組みが構築されています。また、教育機関や地域行政と連携し、ファシリテーション人材を育成するプログラムも拡大しています。日本においても、共創を持続的に発展させるためには、博物館を「地域の共学拠点」として位置づける発想が求められます。共創は単なる市民参加の延長ではなく、社会全体の課題解決を支える文化的インフラなのです。市民・行政・専門家が協働し、文化を「共に創り、共に支える」文化民主主義(cultural democracy)の実践こそ、これからの博物館経営における核心的テーマとなるでしょう。

成功する地域連携の条件 ― 持続可能な協働モデルを築くために

地域社会の持続的発展において、博物館が果たす役割はますます重要になっています。これまでの章で見てきたように、博物館はもはや文化財を保存・展示する施設にとどまらず、地域社会と協働しながら課題解決や価値創造に関わる「社会的装置」として位置づけられつつあります。地域連携の成功は、単なる事業連携やイベント開催ではなく、行政・企業・住民という異なる主体が、相互に補完し合いながら「共治(co-governance)」の関係を築けるかどうかにかかっています(Lord & Markert, 2017)。本節では、地域連携の成功要因を、①三者協働の仕組み、②経営面での持続性の確保、という二つの側面から整理し、持続可能な協働モデルの条件を探ります。

行政・企業・住民の三者協働

地域連携の基盤は、行政・企業・住民という三者の協働にあります。従来のように行政が主導し、住民や民間が支援する「縦の関係」ではなく、互いの専門性を尊重し合い、水平的なネットワークを形成することが求められます。博物館は、その中で「文化的中核」として、異なる主体をつなぐ媒介的役割を果たすことができます(Lord & Markert, 2017)。

まず、行政の役割は、制度的枠組みと長期的な文化政策の方向性を示すことにあります。文化施策を観光政策、教育政策、地域振興政策などと統合し、博物館を地域計画の中核に位置づけることで、文化資源を持続的に活用する基盤が整います。行政が調整者として機能することで、地域全体が同じ方向を向いて取り組むことが可能になります。

次に、企業の役割は、財政的支援やマーケティングのノウハウを提供することです。CSR(企業の社会的責任)や地域ブランディングの一環として、企業が文化活動に参画することで、文化と経済の相互補完的な関係が生まれます。たとえば、地域企業が展示やイベントを支援し、その収益を地域振興に再投資するような仕組みは、博物館経営の新しいモデルとなりえます。企業が地域文化の共創パートナーとして参入することで、文化活動はより広い社会的支持を得やすくなります(Lord & Lord, 2009)。

そして、住民の役割は、地域文化の担い手として主体的に関わることです。地域の人々が展示や教育活動に参加し、自らの生活や記憶を文化資源として再発見するプロセスは、文化の「共有財化(commoning)」を促します。これにより、博物館は「学びの場」であると同時に「社会関係を紡ぐ場」としての機能を強化します。行政・企業・住民の三者がそれぞれの立場から地域文化を支えることで、持続的な信頼関係が築かれていくのです(Lord & Lord, 2009)。

主体主な役割連携の特徴期待される成果
行政文化政策・観光政策の統合的推進、制度設計、資金調整地域全体のビジョンを提示し、長期的枠組みを提供政策連携による文化の社会的基盤の強化
企業資金提供、協賛、マーケティング支援、ブランド共創CSR・地域ブランディングの一環として文化活動を支援地域ブランド価値の向上、経済循環の創出
住民展示参加、ボランティア活動、地域資源の提供・発信文化を共有し、地域の記憶を再発見するプロセスに関与社会関係資本の蓄積、地域アイデンティティの形成

三者協働を成立させるうえで最も重要なのは、「継続的な対話」と「相互信頼の構築」です。単発的なイベントや助成金事業では、一時的な盛り上がりに終わる可能性がありますが、対話を重ねながら協働を制度化することによって、持続的な関係が築かれます。このような「協働型ガバナンス」の仕組みが、地域文化を社会的資本として維持するための基盤となります(Lord & Lord, 2009)。

経営面での持続性

地域連携を成功に導くためには、社会的協働と同時に、経営的持続性を確保する仕組みが不可欠です。博物館の使命は公共性の維持にありますが、その実現には財政的自立と資源循環の仕組みが必要です(Lord & Lord, 2009)。

第一に、財政の多様化が求められます。公的補助金に依存するだけでは、景気や政策変動の影響を受けやすく、安定的な運営が難しくなります。自主事業、寄附、企業協賛、クラウドファンディングなど、多様な資金源を組み合わせることで、リスクを分散し、文化活動の自由度を高めることができます。特に、地域の企業や団体との協働は、地域資源を経済的にも循環させる契機となります。

第二に、観光との連携による収益循環モデルが有効です。観光資源としての博物館は、地域経済に直接的な波及効果をもたらします。来館者が地域で宿泊・飲食・買い物をすることで地域内消費が増加し、その収益の一部を博物館活動に再投資する「地域内循環型モデル」が形成されます。たとえば、ミュージアムショップやカフェの売上を地域教育プログラムの費用に充てるなど、観光と文化を結ぶ持続的な経営が可能です(Lord & Lord, 2009)。

第三に、人的資源の持続性が重要です。学芸員や教育担当者といった専門職の確保だけでなく、地域ボランティアや若年層の参画を通じて、人材の循環を生み出すことが求められます。地域に根ざした人材が博物館の運営に関わることで、活動は一過性のものではなく、世代を超えた文化継承の仕組みとなります。

持続性の要素主な取組内容期待される効果代表的事例
財政多様化寄附、協賛、助成、自主事業など複数財源の確保安定的運営と自立性の向上民間連携を進める地方公立館 など
観光との連携収益を地域活動へ再投資する地域内循環モデル経済効果と文化支援の両立弘前れんが倉庫美術館(青森)
人的資源学芸員・ボランティア・地域住民の協働体制組織の持続性と文化継承大阪市立自然史博物館 など

このように、経営面での持続性は、単なる財政の安定ではなく、「文化的価値を再投資する経済循環」をいかに構築できるかにかかっています。文化の持続可能性は、経済的自立と社会的共感の両立によって初めて実現するのです(Lord & Markert, 2017)。

協働から共創、そして共治へ

以上のように、地域連携を成功に導く鍵は、社会的協働と経営的持続性を両立させることにあります。行政・企業・住民が相互に信頼を築き、博物館を中心に共創の仕組みを形成することで、地域社会はより柔軟で持続的な文化的ネットワークを構築できます。

これからの博物館に求められるのは、単なる展示や教育の枠を超え、地域全体の知的・社会的・経済的資源を結びつける「媒介者(mediator)」としての機能です。そのためには、共創(co-creation)をさらに発展させ、政策・経済・文化が連携する「共治(co-governance)」の体制を築く必要があります。文化を通じた地域の未来づくりにおいて、博物館が担う役割はますます多面的になっています。地域社会の中で、博物館が信頼の軸として機能するとき、そこには持続可能な文化のエコシステムが育まれていくのです(Lord & Markert, 2017; Lord & Lord, 2009)。

まとめ ― 地域社会との連携に向けた新たな展望

地域社会の一員としての博物館

博物館は、これまで文化財の保存と展示を中心に活動してきましたが、今日ではその役割が大きく変化しています。地域社会の課題が複雑化し、多様な価値観が共存する現代において、博物館は単なる文化施設ではなく、地域の課題解決や価値創造に貢献する「社会的装置」としての機能を担うようになっています(Lord & Markert, 2017)。この変化は、文化政策の一部として博物館を位置づける従来の発想を超え、地域社会の構成要素として博物館を再定義する動きともいえます。

地域社会に根ざした博物館は、地域の歴史・環境・生活文化を単に展示するだけではなく、それらを地域の人々とともに掘り起こし、次世代へと伝えていく役割を果たします。住民参加型の展示や地域アーカイブの整備などは、地域の記憶を共有し、共同体としてのつながりを再構築する営みです。博物館が地域の声を聞き、地域のために行動する存在となるとき、そこには新しい形の公共性が生まれます(Lord & Lord, 2009)。

連携の深化 ― 協働から共創へ

博物館と地域社会の連携を考える上で重要なのは、単なる「協働(collaboration)」ではなく、「共創(co-creation)」の視点です。協働がそれぞれの立場を尊重しながら共に取り組む関係であるのに対し、共創は互いの資源を持ち寄り、新しい価値を生み出す創造的な関係を意味します。行政・企業・住民という三者が、それぞれの専門性や立場を超えて関わるとき、博物館は地域社会のハブとしての力を発揮します(Lord & Markert, 2017)。

行政は制度的な枠組みと方向性を提示し、企業は資金やマーケティングの知見を提供し、住民は地域文化の担い手として参加する。これらが有機的に結びつくことで、地域文化は「共有財(commons)」として再生されます。直島や弘前れんが倉庫美術館のように、地域資源を文化的価値として再発見する事例は、この共創型アプローチの成果を端的に示しています。そこでは、「誰が作るか」よりも「誰とともに作るか」が重要であり、博物館は単なる主催者ではなく、地域社会の媒介者として機能しているのです(Lord & Lord, 2009)。

さらに、こうした共創の関係を持続可能なものとするには、対話と信頼の積み重ねが不可欠です。単発的なイベントや助成事業では、継続的な協働関係を築くことは難しいため、日常的なコミュニケーションの場を設け、互いの意図や目的を共有することが求められます。博物館が地域社会の中で「信頼のインフラ」として機能することが、共創を支える基盤となるのです。

持続可能な地域連携のために

地域社会との連携を持続させるためには、社会的な関係性だけでなく、経営的な基盤の安定も不可欠です。財政的な多様化、観光との連携、人材の育成といった側面は、いずれも地域協働を支える条件となります。たとえば、観光収益を地域教育に再投資する仕組みや、ボランティアを通じた人材育成などは、経済と文化が循環する地域モデルの好例です(Lord & Markert, 2017)。こうした取り組みを通じて、博物館は「外から支援される施設」ではなく、「地域の中で支え合う拠点」へと変化します。

また、連携の広がりとともに、多様な主体を包摂する設計が求められます。高齢者、障害者、外国人、子どもなど、社会的立場や文化的背景の異なる人々が対等に関われる環境を整えることが、真の意味での地域連携につながります。インクルーシブな参加は、地域文化をより豊かにし、共感を広げる源泉となります。博物館は、そのような多様性を包み込む「対話の場」としての可能性を秘めています(Lord & Lord, 2009)。

博物館と地域の未来をつなぐ

博物館と地域社会の連携は、文化の保護や観光振興を超え、地域の未来を形づくる基盤的な取り組みへと発展しています。地域に根ざした知識、記憶、体験を共有しながら、そこに新たな意味を与えるプロセスは、地域文化の再生そのものです。博物館はその中心で、地域の声を社会へと翻訳し、社会の課題を文化的に解釈する存在として機能します。

これからの博物館に求められるのは、文化を展示する「場」から、地域とともに生きる「関係の場」への転換です。文化を守るだけでなく、地域の人々とともに育て、共有し、再投資していく。そのプロセスの中で、博物館は地域社会の信頼を育み、持続可能な未来を支える文化的エンジンとなります(Lord & Markert, 2017; Lord & Lord, 2009)。

参考文献

  • Lord, B., & Lord, G. D. (2009). The manual of museum management (2nd ed.). AltaMira Press.
  • Lord, G. D., & Markert, K. (2017). The manual of strategic planning for cultural organizations: A guide for museums, performing arts, science centers, public gardens, heritage sites, libraries, archives. Rowman & Littlefield.
  • Puček, M. J., Ochrana, F., & Plaček, M. (2021). Museum management: Opportunities and threats for successful museums. Springer.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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