博物館のアウトリーチ戦略 ― 地域とつながる活動の設計と評価

目次

はじめに:なぜいまアウトリーチが注目されるのか

博物館にとって「アウトリーチ」とは、単に館内のプログラムを外に持ち出す活動にとどまりません。それは、従来の来館者中心のサービス提供を超えて、博物館が自ら地域に出向き、対話や協働を通じて新たな関係性を築こうとする実践です。アウトリーチとは、展示物や教育プログラムを届ける手段であると同時に、社会との関係を再構築し、博物館の公共的意義を問い直す機会でもあるのです。

近年、こうしたアウトリーチの必要性が高まっている背景には、いくつかの社会的変化があります。少子高齢化や多文化化の進行、都市部と地方の格差拡大、生活困難層の増加といった課題の中で、「来館できる人」だけを対象とする運営モデルの限界が明らかになりつつあります。また、災害やパンデミックといった不測の事態は、物理的な来館そのものが困難となる状況を生み出し、「館外で何ができるか」が問われる時代に入りました。

こうした状況の中で注目されているのが、博物館の社会的包摂や地域連携への積極的な関与です。特に近年では、アウトリーチが高齢者や障害者、外国人住民、社会的孤立を抱える人々に対する文化的アクセスを広げる手段として位置づけられています。高齢者を対象とした博物館プログラムの文献レビューでは、参加者の社会的つながりや心理的安定感の向上といった効果が明らかにされており、アウトリーチが「展示の延長線」ではなく、人間関係の媒介として機能していることが示されています(Smiraglia, 2016)。

また、アウトリーチは単なる福祉的配慮のための活動ではなく、文化資本へのアクセス格差を縮め、文化的関与を広げる戦略的手段としての可能性もあります。アートミュージアムによる若年層へのアウトリーチ事例においては、文化的に排除された立場にある参加者が美術館とのつながりを通じて新たな自己表現や社会参加の機会を得たことが報告されています(Jensen, 2013)。

さらに、組織マネジメントの視点からもアウトリーチは重要です。地域の学校や市民団体との連携を通じて、博物館が単なる学術・展示施設としてだけでなく、地域の知的インフラとして機能している事例が報告されており、そこではアウトリーチ活動を通じて得られる社会関係資本が、組織にとっての長期的価値となることが示唆されています(Ver Steeg, 2022)。

本稿では、こうした背景をふまえながら、博物館におけるアウトリーチ活動の意義と可能性を明らかにし、どのように活動を設計し、どのような指標でその成果を評価すべきかという課題に迫ります。アウトリーチは、博物館経営における「余剰的なサービス」ではなく、むしろ来館者との関係性を再定義し、組織の公共的役割を再構築する中核的戦略であると考えるべき時代に入っています。

アウトリーチの理論的枠組み ― 参加・包摂・対話から考える

博物館のアウトリーチ活動を理解するには、単にプログラムの形式や手法を見るだけでは不十分です。重要なのは、それがどのような価値観や社会的目標に基づいて設計され、どのような関係性を目指して展開されているのかという、理論的な枠組みを把握することです。アウトリーチとは、サービスの「拡張」ではなく、アクセス、参加、包摂をめぐる問いに博物館がどのように応答しているかを体現する営みにほかなりません。

第一に、アウトリーチは「アクセス(access)」の拡大を目的とする取り組みとして出発します。ここで言うアクセスとは、単に物理的な来館の可否にとどまらず、文化的・社会的障壁を含めた広義のアクセスを意味します。博物館を「自分に関係のある場所」と感じられない人々に対して、その障壁を取り除き、関心や関与を促すことが求められます。特定の社会集団が制度的に排除されてきた歴史を踏まえれば、アクセスの保障はアウトリーチにおける第一の倫理的責務といえるでしょう。

第二に、アウトリーチは「参加(participation)」の促進を通じて、博物館の活動に利用者が能動的に関与することを目指します。これは、従来の来館型サービスにおける「受動的な鑑賞者」という位置づけを超え、市民が知の共同創造に関与する主体として博物館と関わる枠組みを意味します。このようなアプローチは、参加型ミュージアム(participatory museum)の潮流と重なり、民主的な文化空間の形成にもつながっていきます。

第三に、アウトリーチは「包摂(inclusion)」の視点から、社会的に排除されがちな人々への積極的な働きかけを伴います。高齢者、障害のある人々、外国にルーツをもつ人々、孤立した若年層など、多様な背景をもつ市民に対して、「誰もが安心して関われる場」をつくり出すことがアウトリーチの核心です。この点に関しては、博物館の出張型プログラムが高齢者の記憶を喚起し、感情面や社会性に肯定的な変化をもたらしたという報告があります(Smiraglia, 2014)。

また、アウトリーチ活動においては、「対話(dialogue)」の概念も見落としてはなりません。アウトリーチとは一方向的な伝達ではなく、地域社会とのあいだに双方向的な対話の空間を生み出す行為です。博物館が持つ専門的知識や展示物を一方的に伝えるだけでなく、地域の声や記憶を引き出し、それを展示や教育活動に反映させる構造が求められます。このような対話的アプローチによって、博物館は単なる情報提供者から、関係性の構築者へと役割をシフトしていきます。

実際、アウトリーチを理論的に支える枠組みとしては、教育社会学や文化政策の分野における「社会的包摂」「能動的市民性(active citizenship)」「協働ガバナンス」などの概念がしばしば用いられています。これらは、博物館が自律的な公共空間として機能するために不可欠な構成要素であり、アウトリーチの実践はそうした社会モデルを具体的に試行する現場でもあるのです。

このように、アウトリーチとは単なる外部サービスの拡張ではなく、文化的アクセスの再設計、社会的関係の再構築、民主的な学びの創出といった、多層的な意味を内包する概念です。その理論的な支柱を理解することは、博物館が地域社会とどのように向き合うべきかを考えるうえで欠かせません。

博物館によるアウトリーチの実践例 ― 地域・対象別の多様な展開

アウトリーチの理論的意義を踏まえたうえで、実際に博物館がどのような形で地域や市民とつながっているのかを具体的に見ていくことは、その可能性と課題をより明確に理解するために重要です。アウトリーチと一口に言っても、対象や地域、目的によってその形式はさまざまであり、それぞれに応じた設計と運営が求められています。

まず、高齢者を対象とした取り組みの一例として、米国ボストン周辺の退職者コミュニティに対して実施された「回想型」アウトリーチプログラムがあります。このプログラムでは、歴史的な写真機器や stereoscope などの実物資料を用い、参加者が自身の記憶や経験を語り合う時間が設けられました。その結果、参加者間の社会的交流が活性化し、記憶の喚起や感情の共有を通じた心理的効果も確認されたといいます(Smiraglia, 2014)。この事例は、アウトリーチが単なる知識の伝達にとどまらず、生活の文脈に根ざした学びや癒しの空間を生み出すことを示しています。

一方、精神的困難や依存症からの回復支援を行う団体と連携したアウトリーチも注目されています。イギリスで行われた調査では、博物館が提供した創造的なワークショップを通じて、参加者の自己肯定感、社交性、幸福感の向上が見られたと報告されています(Morse et al., 2015)。ここでは芸術的活動を媒介とした自己表現の場が、安全で支援的な空間として機能しており、博物館が社会的弱者に対する「回復の場」となりうる可能性を具体的に示しています。

さらに、環境問題をテーマにしたアウトリーチ事例として、オーストラリア国立博物館と自然資源管理機関が連携して実施した「Murray-Darling Outreach Project」が挙げられます。このプロジェクトでは、地域住民の声や記憶を展示に反映させる参加型アプローチが採用され、住民・行政・文化機関の三者が連携することによって、地域課題に対する対話の場が生み出されました(Lane et al., 2007)。このような事例は、アウトリーチが教育的機能を超えて、地域社会における課題解決や意思形成に貢献する社会的基盤となる可能性を示唆しています。

また、大学博物館においてもアウトリーチは重要な役割を担っています。アメリカの複数の大学附属博物館における実践を調査した研究によると、学校教育との連携や地域団体との協働を通じて、博物館が社会関係資本を蓄積し、大学の公共的責任を具体化する装置として機能していることが報告されています(Ver Steeg, 2022)。こうした実践は、アウトリーチが単なる地域貢献活動ではなく、大学という知の機関と社会との接点を構築する戦略的手段として捉えられていることを示しています。

これらの事例からわかるように、アウトリーチは対象となる地域や人々のニーズに応じて多様なかたちを取り、時には教育、時には福祉、時には地域政策と重なり合いながら展開されています。そのいずれにおいても共通しているのは、博物館が「出向く」ことで初めて築かれる信頼と対話の関係性が、活動の土台を支えているという点です。これは、単なるイベントや出張講座ではなく、博物館という組織がどれほど地域に対して真摯な姿勢で関わっているかという、組織文化の問題でもあります。

今後、アウトリーチを持続的かつ戦略的に展開していくためには、こうした多様な実践から学びつつ、対象との関係性の質を重視した設計が求められるでしょう。そしてその質は、単なる満足度や来館誘導といった指標では測りきれないものであり、次節で検討するように、評価の枠組みにおいても工夫が必要とされます。

成果と評価:アウトリーチはどう可視化されるか

アウトリーチ活動が広く実施される一方で、その成果をどのように評価し、組織的な学びや戦略に活かしていくかという点は、いまだ大きな課題として残されています。来館者数や参加者数といった量的な指標だけでは、アウトリーチが生み出す多面的な価値を十分に捉えることはできません。特に、対象者との関係性や社会的・心理的変化といった「見えにくい効果」を評価するには、より多角的な枠組みが必要です。

たとえば、精神的困難を抱える人々を対象とした創造的アウトリーチ・セッションの調査では、参加を通じて自己肯定感や社交性、幸福感が高まったという定性的・定量的な成果が示されています。この研究では、参加者がどのような内面的変化を経験したのかを可視化するために、「ladder of change」と呼ばれる段階的な変化モデルが用いられました(Morse et al., 2015)。このアプローチは、短期的な成果ではなく、プロセスの中で生じる小さな変化の積み重ねに注目する評価手法として注目されています。

また、高齢者向けの博物館アウトリーチでは、感情の喚起や社会的交流の促進といった心理的・社会的なアウトカムが報告されています。こうした成果は、参加者自身の語りや観察によって得られた質的データから読み取られたものであり、**数字には表れにくい「体験の質」**を重視した評価の重要性を示しています(Smiraglia, 2014)。ここでは、評価は単なる事後的な測定ではなく、活動の設計段階から組み込まれるべきプロセスとされています。

一方、地域課題に関与するアウトリーチ活動では、参加者や関係機関との継続的な対話の中で、信頼関係の形成や地域への関与度の変化といった、より中長期的な成果を追跡する必要があります。たとえば、環境問題をテーマにした地域連携型アウトリーチにおいては、参加者の意識変容や地域におけるネットワークの形成といった、**アウトカムではなくアウトインパクト(社会的影響)**に近い視点での評価が必要とされました(Lane et al., 2007)。

さらに、大学博物館におけるアウトリーチ実践では、活動が大学の社会的責任や地域貢献にどう結びついているかといった、組織価値の可視化を評価軸に加える試みも見られます。ここでは、プログラムの質だけでなく、地域との連携の深まりや信頼の蓄積といった、社会関係資本の形成そのものが評価対象となっています(Ver Steeg, 2022)。

このように、アウトリーチの評価は「いかに成果を上げたか」ではなく、「何を成果とみなすか」という定義づけから始まるべきです。その際には、次のような多元的な視点が必要とされます。

  • 参加者視点:どのような変化が起こったか(気づき、安心感、関与感など)
  • 組織視点:地域との関係性にどのような変化があったか
  • 社会的視点:地域社会に対してどのような波及効果が生まれたか

評価とは、単に「成功/失敗」を測るための道具ではなく、活動の意義や意味を探り、次の実践へとつなげるための対話的プロセスであるべきです。その意味で、アウトリーチの評価は、「定量か定性か」といった手法の選択以前に、博物館がどのような社会的役割を担おうとしているのかという理念に深く関わっているのです。

課題と展望 ― 持続可能なアウトリーチのために必要な視点

博物館のアウトリーチは、来館できない人々へのアクセス保障、地域社会との関係構築、文化的包摂の促進といった多様な意義を持つ活動です。先行事例や研究成果からも、こうした活動が社会的にも心理的にも大きな影響をもたらしうることが示されています。しかしその一方で、アウトリーチの拡充が進むにつれて、持続可能性・組織内調整・評価可能性といったいくつかの課題も顕在化しています。

まず第一に挙げられるのは、人的・財政的リソースの制約です。アウトリーチ活動はしばしば、少人数の担当者が現場対応と企画立案を兼ねて担うことが多く、長期的な視点での体制整備が後回しにされがちです。また、事業費の多くが助成金や寄付に依存している場合、プログラムの継続性が不安定になるリスクもあります。こうした状況を打開するには、アウトリーチを「福祉的余剰」ではなく、組織の中核戦略として位置づけ、基幹業務として予算や人材を確保するマネジメント判断が求められます。

第二に、組織内部での認識と連携の問題があります。アウトリーチ活動は教育担当部門に任されることが多い一方で、経営層や広報部門との連携が不十分な場合、戦略的整合性が損なわれることがあります。アウトリーチを経営レベルでどう位置づけ、他部門とどのように連動させるかを整理することが、組織全体としての一貫した公共性の発信につながります。これは、人事評価制度や業績指標(KPI)の中にアウトリーチ関連の評価軸を組み込むといった制度設計にも関わってくる課題です。

第三に、評価の限界と可能性に向き合う必要があります。前節で示したように、アウトリーチの成果は定量的な来館者数や満足度だけでは捉えきれません。その意味で、アウトリーチの評価は「見えるもの」を測るのではなく、「見えにくい価値」をいかに共有・記録・伝達していくかという問いでもあります。たとえば、地域との信頼関係の蓄積、参加者の語りや反応、組織の学習と変容といった、プロセス重視型の評価文化をいかに定着させるかが問われています。

そして最後に、アウトリーチを通じて博物館が社会にどのような「公共的意味」を創出していくのかという、より本質的な問いが残されます。単に人を集めるための手段ではなく、社会課題に向き合い、共に考え、共に変わるためのプラットフォームとして博物館を再定義すること。これは、来館者サービスから地域共創へと拡張していく現代のミュージアムの姿において、避けて通れない経営的ビジョンと言えるでしょう。

今後、アウトリーチのさらなる展開を目指す上では、対象者のニーズを正確に捉えたうえで、教育・福祉・地域開発・文化政策などの領域を横断しながら、パートナーシップ型の戦略を構築していくことが鍵となります。そしてそのためには、個別の活動成果だけでなく、組織としての価値観や姿勢そのものが問われているのです。

参考文献

  • Jensen, E. A. (2013). Reconsidering the love of art: Evaluating the potential of art museum outreach. Visitor Studies, 16(2), 144–159.
  • Lane, R., Vanclay, F., Wills, J., & Lucas, D. (2007). Museum outreach programs to promote community engagement in local environmental issues. The Australian Journal of Public Administration, 66(2), 159–174.
  • Morse, N., Thomson, L. J. M., Brown, Z., & Chatterjee, H. J. (2015). Effects of creative museum outreach sessions on measures of confidence, sociability and well-being. Arts & Health, 7(3), 231–246.
  • Smiraglia, C. (2014). Qualities of the participant experience in an object-based museum outreach program to retirement communities. Educational Gerontology, 41, 238–248.
  • Smiraglia, C. (2016). Targeted museum programs for older adults: A research and program review. Curator: The Museum Journal, 59(1), 39–52.
  • Ver Steeg, J. (2022). A mixed-methods study of how university museums use outreach to build community relationships and deliver value to the university. Museum Management and Curatorship.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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