博物館の連携とは何か ― ネットワーク・協働・共助が支える持続可能な経営モデル

目次

はじめに:連携という視点で見る博物館経営の可能性

博物館が直面する経営課題は、ここ数年で急速に多様化し、複雑さを増しています。財政基盤の脆弱化や専門人材の不足といった長年の構造的課題に加え、近年ではデジタル技術への対応や自然災害への備えといった新たな課題も浮上しています。特に、地方に位置する小規模な博物館においては、館長や学芸員といった限られた人員で日々の業務をこなす中で、こうした複合的な課題に単独で対応することはますます困難になっています。

こうした背景のもと、近年注目されているのが「博物館同士の連携」という経営手法です。文化庁が公開している博物館法等関係法令の解説では、連携を通じて博物館が互いのノウハウやリソースを共有し合い、地域を超えたネットワークを形成することの重要性が強調されています。特に新制度では、登録博物館に対して互いの連携や指定施設との連携に努めることが制度上の責務として明記され、連携の必要性が単なる任意の取り組みではなく、制度的に後押しされる段階に入ったことを示しています(文化庁, 2024)。

連携とは、単なる情報交換や協力関係にとどまらず、博物館の経営資源を有効に活用しながら、持続可能性と社会的インパクトの向上を実現するための戦略的アプローチでもあります。特に中小館にとっては、人的・財政的制約を乗り越え、外部の専門性や資源と結びつくための重要な手段であり、経営の質的転換を促す可能性を秘めています。

本記事では、こうした連携の意義と可能性について、理論的視点と実践事例の両面から整理し、博物館経営における新たなモデルとしての連携の役割を検討します。「博物館の連携とは何か」を問い直しながら、ネットワーク・協働・共助といったキーワードを通じて、現代の博物館にとっての連携の本質と展望を描き出します。

なぜ博物館は連携するのか ― 理論的視座からの整理

博物館同士の連携は、単なる業務の効率化や展示の共有にとどまらず、博物館のミッション実現やイノベーション促進に深く関わる経営戦略と位置付けられつつあります。特に、近年の文化経済学や博物館マネジメント研究の中では、「連携(collaboration)」が新たな価値創出の起点として注目されています(Li & Coll-Serrano, 2019)。

博物館における連携は、以下の4つのタイプに分類されます。(1)チームワーク(内部の協働体制)、(2)アウトソーシング(外部専門家への委託)、(3)コンソーシアム(共同運営)、(4)ネットワーキング(持続的な関係構築)。これらはそれぞれ異なる経営資源の活用法を示しており、館の規模や目的に応じて使い分けることが求められます(Li & Coll-Serrano, 2019)。

協働(collaboration)と協力(cooperation)は本質的に異なる概念であり、協働とは「変化を共有するプロセス」であるとされます。つまり、博物館が連携するということは、単に互いに不足するものを補い合う関係ではなく、共に新しい価値を創出し、変化を起こす主体として互いに関与し合うことを意味しています(Kampschulte & Hatcher, 2021)。これは、博物館の役割を「保存・展示」から「対話・共創」へと拡張する現代的な潮流とも符合しています。

このように、連携は単なる運営手段ではなく、博物館の戦略的自己変革を可能にする鍵といえます。次節では、こうした連携の効果をどのように測定し、経営に活かすかを検討します。

博物館ネットワークの成果はどう可視化されるか

博物館同士の連携が経営において重要な戦略であるならば、その成果をどのように評価し、可視化するかは大きな課題となります。特に、財政面の投資対効果を問われる場面や、自治体・支援者への説明責任を果たす際には、「連携によって何が得られたのか」という問いに明確な答えを提示する必要があります。

この課題に対しては、博物館ネットワークによって生じる成果を経済的・社会的・文化的な三つの側面から評価する「ESCモデル」が有効です。このモデルでは、来館者数や収益といった経済的な効果に加え、社会的インパクトや文化資源への貢献など、金銭的価値に換算しにくい成果も定量的・構造的に評価することが可能とされています(Venturelli et al., 2015)。

ESCモデルとは何か

ESCモデルは、博物館ネットワークが生み出す成果を次の3つの観点から評価する枠組みです:

  • E(Economic):収益の向上、来館者数の増加、地域経済への波及効果など
  • S(Social):地域コミュニティとの関係性、教育的貢献、社会包摂など
  • C(Cultural):文化資源の保存・活用、共同研究、知識共有など

このモデルは、金銭換算できない「見えにくい成果」も含めて、連携の価値を多面的に評価するための視座を提供します。

ESCモデルの優れた点は、連携によって生まれる「目に見えにくい成果」を可視化の対象とする点にあります。たとえば、教育プログラムの共同開発や、地域コミュニティとの関係性の深化、あるいは専門人材の育成といった取り組みは、直接的な収益には結びつかない場合でも、博物館の社会的価値や文化的使命を強化する重要な要素です(Venturelli et al., 2015)。

さらに、このモデルでは、ネットワーク全体の成果だけでなく、各館がどのように連携に貢献し、どの成果を享受しているかという双方向の評価も可能です。これは、役割分担や資源配分、参加インセンティブの設計においても有効に機能し、持続可能なネットワーク運営に資する分析枠組みとなります。

このように、博物館間の連携成果を評価するには、単純な業績指標(KPI)を超え、ミッションや社会的役割に基づいた多層的な可視化が必要です。次節では、こうした理論的な枠組みが実際にどのように中小博物館で活用されているかを、事例を通じて検討します。

中小博物館にとっての連携の価値

中小規模の博物館は、地域に根ざした文化拠点として重要な役割を果たしている一方で、限られた予算と人員の中で経営を行わざるを得ないという厳しい現実に直面しています。専門人材の確保やデジタル対応、調査・研究、教育普及といった多岐にわたる機能を単独で維持・発展させていくことには、物理的にも制度的にも大きな制約があります。

このような中で、連携は中小館にとっての「生き残りの戦略」以上に、変化を促す起点となり得ます。バレンシア地域における小規模博物館のデータを分析した研究では、大学・企業・他館との連携が組織内の技術革新やプログラムの開発に有意な影響を与えていることが明らかになりました(Li & Ghirardi, 2018)。特に、教育・研究機関とのつながりは文化的イノベーションに、外部専門家との関係は技術的イノベーションに、それぞれ強く結びついていたとされています。

またこの研究では、「小規模であること」が必ずしもハンデにはならないという興味深い指摘もなされています。小規模館は意思決定が迅速で柔軟性が高く、連携先との関係構築においても人的距離の近さが強みとなることがあるのです。こうした点は、日本の地方館においても応用可能性が高いと考えられます。

加えて、参加型の展示や地域と連携したイベントなど、館外との協働がもたらす「社会的インパクト」は、財政上の貢献とは異なるかたちで、館の公共的価値を高める重要な資産となります。中小館がその規模を逆手に取り、「地域の顔」としての役割を高めていくためにも、外部との連携は不可欠な戦略といえるでしょう。

このように、連携は中小博物館にとって、資源補完の手段であると同時に、館の特性を生かして社会と接続するための実践的な経営資源でもあります。次節では、こうした連携を倫理・理念の視点から再評価し、博物館が果たすべき公共的責務との関係について考察します。

連携の理念と倫理 ― 国際的枠組みから見る意義

博物館同士の連携は、経営戦略や資源活用の観点から語られることが多い一方で、その根底には「文化とは誰のものか」「知識はどのように共有されるべきか」といった倫理的・理念的な問いが横たわっています。特に国際的な博物館界においては、連携は単なる技術的協力ではなく、知の公共性とアクセス可能性を支える枠組みとしても重視されています。

その象徴的な考え方の一つに、「普遍的博物館(universal museum)」という概念があります。これは、世界中の文化財や知識を特定の国家や民族に帰属させるのではなく、すべての人に開かれた共有財とみなすという立場であり、ユネスコやICOMがその推進を担ってきました(Lewis, 2004)。このような立場に立てば、博物館間の連携は、知識や文化資源を国境を越えて流通させ、より多くの人々がアクセスできる仕組みを実現するための基盤と位置付けられます。

たとえば、文化財の返還を求める運動に対して、物理的な返還を行うのではなく、展示・研究・教育の分野での協働を通じて、該当する文化遺産の知識と価値を共有するという手法がとられることがあります。こうしたアプローチは、所有から共有へのパラダイムシフトの一環であり、連携の倫理的意義を示す事例といえるでしょう(Lewis, 2004)。

さらに、ICOMの倫理規定においても、博物館は他機関との協力を通じて、展示の多様性や資料の正確な解釈、文化的感受性の尊重といった観点を高めていく責務があるとされています。このことは、連携が単なる効率性の追求ではなく、文化的多様性や歴史的正義といった公共的価値の実現を支える行為であることを示しています。

このように、博物館同士の連携は、経営上の便益だけでなく、文化をいかに共有し、社会に対していかなる責任を果たすかという視点からも、その意義を深く捉える必要があります。次節では、このような理念が具体的な連携プロジェクトや教育実践にどのように反映されているのかを見ていきます。

連携の実践モデル ― 博物館同士の協働から見える可能性

博物館同士の連携は、理念や戦略として語られるだけでなく、具体的な実践を通してすでに多様なかたちで展開されています。特に、人的資源や知識、施設・資料といった限られたリソースを持ち寄る協働の枠組みは、持続可能な博物館経営に直結する実践モデルとなりつつあります。

代表的な取り組みのひとつが、巡回展の共同開催です。単独館では実現が難しい大型企画や専門性の高い展示を、複数館で分担・連携することで、より広域な文化発信が可能となります。展示資料の貸し借りだけでなく、解説パネルの共用、広報素材の共同制作、学芸員による共同企画会議など、連携は展示制作のプロセス全体に及びます。

また、学芸員の共同研修や人材交流も近年注目されています。特に小規模館では、特定分野の専門家が不在なことも多く、他館の知見を学ぶ場として合同研修の機会が設けられています。これは単なる知識の伝達にとどまらず、館同士の信頼関係と将来的な協働の土壌を育むという点でも意義があります。

資料保存やデジタル化をめぐる共同プロジェクトも増加しています。たとえば、近接地域の博物館が連携して資料のデジタルアーカイブを構築したり、共通の保管庫を活用したりする事例があり、これは物理的・技術的制約を超えた資源の共有として有効です。こうした連携は、単にコストを抑える手段ではなく、文化資源を社会全体で守り育てるという公共的視点の実装といえます。

さらに、広域的な博物館ネットワークを活用した調査研究の展開も見られます。同一テーマに関心を持つ館が合同でアンケートを実施したり、比較研究を進めたりすることで、知の体系化と社会発信力の向上につながる成果が得られています。こうしたネットワーク型の研究体制は、単館では得られないスケールと多様性を可能にします。

このように、博物館同士の連携実践は「協働の積み重ね」を通じて、組織の壁を超えた公共文化の基盤を形成しています。第6節では、こうした実践が今後どのように制度や経営モデルと接続し、博物館の未来を支えるかを展望していきます。

持続可能な博物館経営に向けた連携の展望

本稿では、博物館同士の連携を主題として、その理論的背景、成果の可視化、特に中小博物館における意義、そして倫理的・理念的な側面まで、多角的に検討してきました。これらの議論を通じて明らかになったのは、連携が単なる戦術的な手段にとどまらず、現代の博物館が社会のなかで生き残り、機能し続けるための根幹を成す戦略であるという点です。

現代の博物館は、財政的・制度的な制約、来館者ニーズの多様化、そして地域社会との新しい関係性の構築といった多くの課題に直面しています。こうした中で、館単位の努力には限界があり、他館との連携によってこそ、乗り越えられる課題が数多く存在します。特に専門性・人材・空間・情報といったリソースを相互に補完し合い、共に成長していく関係性は、博物館という組織が単独で成り立つのではなく、つながりのなかで持続する存在であることを示しています。

これからの連携は、単なる「協力」や「貸し借り」を超えて、知識と経験の共創、そして価値観の共有へと発展していくべきです。小規模館や地域館が自らの立場を再定義し、広域ネットワークやテーマ別のつながりの中で新たな役割を担っていくことができれば、博物館同士の連携は、単なる手段ではなく、経営のあり方そのものを変える力を持つようになるでしょう。

連携は、選択肢ではなく前提です。今後、どのような規模・分野の博物館であっても、互いの知を信頼し、資源を開き合い、共に公共を担う存在として結びついていくことが求められます。そしてそのつながりこそが、博物館の未来をより持続的で、しなやかなものへと導く鍵となるはずです。

参考文献

Komarac, T., & Dosen, D. O. (2021). Museum cooperation: Are museums willing to learn from each other? Museum Management and Curatorship, 36(3), 272–290.

Kampschulte, L., & Hatcher, A. (2021). Networks of museums as knowledge institutions: Conditions and benefits of cooperation. Museum International, 73(1–2), 56–65.

Lewis, G. (2004). The role of museums and the professional code of ethics. In C. Gray & M. K. C. McGuigan (Eds.), Studying culture: An introductory reader (pp. 134–147). Hodder Arnold.

Li, Y., & Ghirardi, G. (2018). Network collaboration and innovation performance: Evidence from small museums in the Valencia region. Museum Management and Curatorship, 33(5), 457–472.

Li, Y., & Coll-Serrano, V. (2019). Museums as innovation platforms: An analysis of organizational collaboration in Spanish museums. Journal of Cultural Heritage Management and Sustainable Development, 9(4), 486–501.

Venturelli, R., Masella, C., & Bianchi, C. (2015). Assessing the role of collaboration in museum networks: An integrated fuzzy expert system approach. In Proceedings of the 10th IFKAD Conference (pp. 1252–1265). Bari, Italy.

文化庁.(n.d.). 博物館総合サイト:② 博物館同士の連携. https://museum.bunka.go.jp/law/

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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