博物館の成果はどう社会に還元されるのか ― 公共性・教育・地域貢献の視点から考える

博物館の成果を考えるとき、まず目に入りやすいのは来館者数や展覧会数です。教育プログラムの実施回数、学校との連携数なども、施設がどれだけ活動したのかを把握するうえで欠かせません。しかし、これらの数字が示しているのは、主として「何を、どの程度実施したのか」という活動の規模や実績です。そこから、その活動によって人々の学びや関係、生活に何が生じたのかまで読み取れるわけではありません。

さらに難しいのは、何を「社会的な成果」とみなすのかという問題です。文化政策や評価の仕組みは、博物館や美術館に期待する社会的成果を設定し、それを把握しようとしてきました。しかし、あらかじめ想定された成果や評価項目だけでは、来館者が文化に関わる経験の複雑さを十分に捉えられない場合があります(Newman, 2013)。成果を評価するには、数字を増やすだけでなく、そもそも何を測ろうとしているのかを問い直す必要があります。

公共的な資源を用いて活動する博物館にとって、この問題は経営とも切り離せません。限られた資源を何に使い、社会にどのような価値を生み出そうとするのかは、公共的な博物館の運営を考える重要な問いだからです(Scott, 2013)。活動量を示すことと、その活動がもたらした成果や価値を説明することは同じではありません。では、博物館の成果が「社会に還元される」とは、具体的に何を意味するのでしょうか。

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「社会還元」とは何を意味するのか――一つの専門用語として扱わない

「博物館の成果を社会に還元する」という表現は、一見すると分かりやすい言葉です。しかし、ここで注意したいのは、「社会還元」にそのまま対応する一つの学術概念があり、それを英語の「social return」と置き換えればよいわけではないことです。博物館が社会にもたらす成果を考える研究や評価では、outcome、impact、social impact、social value、public valueなど、異なる問いに対応する複数の概念が用いられています。

たとえばoutcomeは、活動との関係で人や組織などに生じた変化を考えるときに用いられます。一方、impactを考える際には、観察された変化のうち、活動がどこまで寄与したと考えられるのかが問題になります。さらにsocial valueは、社会的な変化が関係者にとってどのような価値を持つのかという問いに関わります。public valueも重要な概念ですが、これらを順番に並べれば博物館の価値を説明できるわけではありません。それぞれが異なる角度から成果や価値を捉えるための概念だからです。

こうした違いは、SROI(Social Return on Investment)を考えるとさらに明確になります。SROIは「社会への還元」そのものを指す言葉ではありません。社会的な変化を特定し、その価値を捉え、投入した資源との関係から評価しようとする方法論です。SROIに関する研究では、stakeholder、input、output、outcome、社会的価値の金銭的評価などを組み合わせながら、投資に対して生み出された社会的価値を評価する枠組みとして整理されています(Corvo et al., 2022)。博物館についても、来館者数だけでは把握しにくいsocial valueやwell-being benefitsを捉える方法として、SROIをどのように利用できるのかが検討されてきました(Whelan, 2015)。

したがって、本記事では「社会還元」をsocial returnという特定の専門用語の訳語として使用しません。博物館活動によって生じた成果や価値が、人々・地域・社会とどのようにつながるのかを考えるための便宜的な表現として用います。そのうえで、異なる概念を「社会還元」という一語にまとめず、一つずつ区別して考えていきます。

その出発点になるのが、博物館が「何をしたのか」と、その結果として「何が変わったのか」の違いです。社会的成果を考えるためには、まず活動の実績と生じた変化を分けて捉える必要があります。

活動したことと、成果が生じたことは違う――outputsとoutcomes

博物館の活動を評価するとき、来館者数や展覧会数は最も把握しやすい指標の一つです。たとえば、年間に展覧会を10回開催した、ワークショップを50回実施した、20校と連携した、2,000人がプログラムに参加した、といった数字です。こうした情報は、博物館が何をどの程度実施し、どれだけ利用されたのかを示します。評価の考え方では、このような活動によって提供されたサービスや直接的な実績をoutputsとして捉えることができます。

これに対してoutcomesが問うのは、活動の回数や参加者の人数ではなく、その活動との関係で人や集団にどのような変化が生じたのかということです。博物館であれば、展示や教育プログラムへのengagement、知識や理解、人とのrelationships、well-beingなどが検討対象になりえます。SROIに関する研究でも、投入した資源であるinputs、活動から直接生み出されたoutputs、そこから生じるoutcomesは区別して整理されています(Corvo et al., 2022)。

この違いを踏まえると、「2,000人が参加した」という事実と、「参加した人にどのような変化が生じたのか」という問いが別のものであることが分かります。参加者が多かったとしても、それだけで期待したoutcomeが生じたとは判断できません。反対に、参加人数が少ない事業であっても、参加者に一定の変化が確認される可能性があります。活動の規模を測ることと、活動との関係で生じた変化を捉えることでは、答えようとしている問いが異なります。

ただし、outputsをoutcomesより劣った指標と考える必要はありません。来館者数や実施回数は、事業規模や利用状況、業務実績を把握するために必要です。さらに、どの程度の人員や予算、施設、情報などを投入して活動を実施したのかと組み合わせれば、博物館経営を検討する重要な基礎情報になります。こうした活動の前提となる資源については、博物館の経営資源をどのように捉えるかという視点から整理することもできます。

問題になるのは、outputsを測ることではなく、そこで評価を終えてしまうことです。博物館の社会的成果を考えるには、「何をしたのか」に加えて「その活動との関係で何が変わったのか」まで問いを進める必要があります。そして、さらに注意しなければならないことがあります。outcomeが観察されたとしても、その変化を博物館が生み出したとは限りません。

outcomeがあっても、博物館のimpactとは限らない

博物館の活動後に参加者の変化を確認できたとしても、その変化のすべてを博物館の成果とみなすことはできません。たとえば、地域と関わるプログラムに参加した人の「地域への帰属感」が高かったとします。ここで確認できるのは、参加者に一定の状態や変化がみられたということです。しかし、そこから直ちに「博物館が地域への帰属感を高めた」と結論づけることはできません。

この違いを考えるうえで重要になるのがimpactです。ただし、impactという言葉には、政策評価、国際開発、社会的価値評価など領域によって定義や用法に違いがあります。そのため、本記事では唯一の普遍的な定義があるとは考えません。ここでは特にSROIの考え方を手がかりに、観察されたoutcomeについて、博物館の活動がどこまで寄与したと考えられるのかを検討する問題として捉えます。

SROIでは、outcomeをそのまま活動のimpactとして扱わないために、いくつかの要因が検討されます。たとえばdeadweightは、その活動がなくても生じていたと考えられる変化です。attributionは、観察された変化のうち、他の組織や人、活動などの寄与を考慮する考え方です。displacementでは、ある場所で生じた成果が、別の場所の成果を置き換えていないかを検討します。さらに、成果が複数年に及ぶ場合には、その効果が時間とともに低下するdrop-offも考慮されます。こうした調整はSROIの重要な構成要素として整理されています(Corvo et al., 2022)。

地域への帰属感を例にすれば、その変化には博物館だけでなく、学校、地域団体、家族、友人との交流などが関係しているかもしれません。もともと地域活動への関心が高い人ほど博物館のプログラムに参加していた可能性もあります。したがって、参加前後の変化や参加者の回答を確認することは重要ですが、それだけで博物館活動との因果関係が確定するわけではありません。deadweightやattributionを検討することも、完全な因果推論を保証するものではなく、成果の帰属をより慎重に考えるための手続きとして理解する必要があります。

さらに、何をoutcomeとして設定するかにも注意が必要です。文化政策や評価ツールが期待するsocial outcomesと、来館者が実際に経験する文化的なengagementは必ずしも一致せず、あらかじめ設定された評価枠組みだけでは経験の複雑さを捉えきれない可能性があります(Newman, 2013)。評価する側が期待する変化だけを探せば、別の重要な変化を見落とすこともありえます。

だからこそ、博物館の社会的成果を評価するときには、「変化を確認すること」と「その変化を博物館のimpactとして帰属させること」を分けて考える必要があります。では、実際の博物館研究では、どのような変化がsocial impactとして捉えられているのでしょうか。

博物館のsocial impactは何によって捉えられるのか――教育・well-being・関係性

博物館のsocial impactを考えるとき、一つの指標だけで「社会に効果があった」と判断することはできません。人々の学びに関わる変化と、人間関係やwell-beingに関わる変化では、そもそも捉えようとしているものが異なります。実際に博物館のsocial impactを測定しようとした事例でも、複数の領域から人々に生じる変化を把握する方法が試みられています。

その一例が、米国Utah州で実施された二つのmuseum social impact studyです。最初の調査と、その後複数の博物館へ対象を広げた調査では、social impactを捉える領域として、strengthened relationships、personal health and well-being、educational engagement、intercultural competencyが設定されました(Ross Nelson et al., 2022)。ここで重要なのは、social impactを単一の効果として扱うのではなく、人と人との関係、個人のwell-being、教育への関与、異文化への理解や対応といった異なる側面から捉えようとしている点です。

教育についても、研究から言える範囲を明確にする必要があります。この調査で測定されたのはeducational engagementであり、博物館利用によって学力やリテラシー、探究力が因果的に向上することを証明したものではありません。博物館と学びの関係にはさらに多くの論点があるため、教育的役割については生涯学習における博物館の役割と教育・社会参加の関係として分けて考える必要があります。

同じ注意は「地域貢献」という言葉にも当てはまります。地域への影響と呼ばれるものには、人間関係、participation、belonging、intercultural understandingだけでなく、文脈によっては観光、消費、雇用、地域経済なども含まれます。しかし、これらは同じoutcomeではありません。Utah州の研究も、観光客の増加や雇用創出、地域経済への波及効果まで実証したものではないため、そこまで主張を広げることはできません(Ross Nelson et al., 2022)。

したがって、博物館の地域への成果を評価するときには、単に「地域に貢献したか」と問うだけでは十分ではありません。「地域の誰に、何が、どのように変化したのか」まで問いを分解することで、初めて測定すべきoutcomeが具体的になります。一方、成果を測ることと、地域との関係そのものをつくることも別の課題です。後者については、博物館と地域の共創・包摂・信頼のマネジメントという視点から考えることができます。

Utah州の事例は、すべての博物館で同じsocial impactが生じることを証明するものではありません。それでも、教育、well-being、関係性などを漠然と「社会貢献」とまとめるのではなく、具体的な成果領域へ分けて測定する方法を示しています。さらに問うべきなのは、そこで確認された変化が、人々や社会にとってどのような「価値」を持つのかという問題です。

social valueとpublic valueは、異なる問いを立てる

社会的な変化が確認されたとしても、その変化が「価値を持つ」とは何を意味するのでしょうか。たとえば、博物館の活動に参加した人のwell-beingや学びへの関与に変化がみられたとしても、変化が生じたという事実と、それが本人や周囲の人々にとってどれほど重要なのかは別の問題です。outcomeやimpactを確認することと、その変化の価値を考えることは同じではありません。

この問題を考える視点の一つがsocial valueです。博物館の価値は、来館者数や事業数のような活動実績だけでは捉えきれず、社会的な側面やwell-beingとの関係をどのように評価するかが検討されてきました。そのなかでは、社会的な変化を把握し、そこに価値を付与する方法としてSROIの可能性と課題も論じられています(Whelan, 2015)。ただし、social valueにすべての領域で共有された一つの定義があると考えるべきではありません。

本記事では、social valueを社会的なoutcomesやimpactが、stakeholdersにとってどのような重要性や価値を持つのかを考える視点として整理します。同じ変化でも、誰の立場から見るかによって意味は異なりえます。また、ここでいう価値は、必ずしも市場価格として直接観察できるものではありません。だからこそ、誰にどのような変化が生じ、それが当事者や関係者にとって何を意味するのかを明確にする必要があります。なお、特定の地域で帰属意識や参加意欲が向上するといった個別のoutcomeまで、この議論だけから一般化することはできません。

一方、public valueが立てる問いはこれとは異なります。個々のstakeholderに生じた変化の価値だけではなく、公共的な資源を用いる博物館が、社会にどのような価値を生み出そうとするのかという組織経営上の問題にも関係します。誰に対して何を価値あるものとして提供するのか、その活動がどのような公共的支持や正当性と結びつくのかを考えることで、博物館の役割を個別事業の成果だけではなく、より広い公共的な文脈から捉えることができます(Scott, 2013)。

したがって、social valueとpublic valueを同じ意味で使用することはできません。social valueを「個人への効果」、public valueを「社会全体への効果」と単純に分けることも適切ではありません。また、impactが生じ、social valueが形成され、その先にpublic valueが生まれるという一本の階段でもありません。それぞれが成果や価値について異なる問いを立てるための視角として区別する必要があります。

こうした価値は、来館者数のようにそのまま数えられるとは限りません。では、市場価格を持たない社会的なoutcomesを評価しようとするとき、どのような方法が考えられるのでしょうか。その具体的な試みの一つがSROIです。

評価は博物館の価値を証明するためだけにあるのではない

SROIによって金銭的なratioを算出できても、それだけで博物館の社会的価値が客観的に確定するわけではありません。社会的outcomeには市場価格がない場合が多く、その価値を金銭単位で表すにはfinancial proxyを選ぶ必要があります。また、観察された変化のうち他者がどこまで寄与したのかを考えるattributionなどにも推計や判断が伴います。評価結果は、こうした前提や判断から独立した絶対的な数値ではありません。

SROI研究全般を対象としたsystematic reviewでは、financial proxyの選択などに伴う主観性に加えて、方法のstandardizationや異なる評価間の比較可能性、contextへの依存といった課題が整理されています。評価を実施するための時間やコスト、専門的な知識を持つ人材も必要になります(Corvo et al., 2022)。これは博物館だけを対象としたレビューの結論ではありませんが、文化施設でSROIを利用するときにも考慮すべき方法論上の論点です。

だからといって、SROIによる評価に意味がないわけではありません。重要なのは、算出されたratioを「価値の証明」として独り歩きさせず、どのstakeholderを対象とし、どのoutcomeを選び、どのような根拠と仮定によって評価したのかを併せて示すことです。数値が同じであっても、対象となる活動や地域、参加者、評価方法が異なれば、その意味まで同じとは限りません。

さらに問う必要があるのは、評価の精度だけではなく、「そもそも何を成果として評価するのか」という問題です。文化政策やevaluation toolsが期待するsocial outcomesと、来館者が実際に経験する文化的なengagementは必ずしも一致しません。あらかじめ設定された成果だけを測定すれば、評価枠組みの外側にある経験や変化を捉えにくくなる可能性があります(Newman, 2013)。

そのため、評価を「定量か定性か」という二者択一で考える必要もありません。visitor countsは利用規模を把握するのに適し、surveysは一定の質問について回答を比較するのに利用できます。interviewsやobservations、qualitative narrativesは、数値だけでは把握しにくい経験や意味を理解する手がかりになります。SROIもその一つであり、すべての問いに答える万能な方法ではありません。評価したい問いに応じて、異なる方法を組み合わせることが重要です。

こうして考えると、博物館のaccountabilityも単に大きな数字を提示することだけでは捉えきれません。何を成果と考え、どのような根拠によって判断し、何が分かり、何がまだ分からないのかを説明できることも重要です。そして評価で得た知見を次の事業や優先順位、資源配分へ反映させることは、博物館の経営戦略を公共性と成果の両面から考えることにもつながります。

評価とは、博物館の価値を一つの数字で確定するためだけの作業ではありません。誰に何が生じ、その変化をどの程度博物館の活動として説明でき、それが何を意味するのかを検証し、その知見を次の意思決定へ返すことにこそ、評価を博物館経営に組み込む意味があります。

社会への成果は、測って終わるものではない

博物館の成果を社会との関係から考えるには、来館者数や事業数だけで評価を終えるのではなく、その先にある変化まで視野に入れる必要があります。outputsは博物館が何を行ったのかを示し、outcomesはその活動との関係で人々に何が生じたのかを捉えます。さらにimpactを考えるときには、観察された変化のうち、博物館がどこまで寄与したと説明できるのかを慎重に検討しなければなりません。

その変化が確認された後にも、別の問いが残ります。social valueという視点からは、それが人々やstakeholdersにとってどのような価値を持つのかが問われます。一方、public valueはその延長線上にある最終段階ではなく、公共的な機関として博物館が社会にどのような価値を創出しようとするのかを考える異なる視角です。博物館の社会的成果は、一つの指標や一本の因果の鎖だけで説明できるものではありません。

だからこそ、評価には来館者数、調査、インタビューなど、問いに応じた複数の方法が必要になります。そして重要なのは、評価結果を示して終わらないことです。誰に何が生じ、博物館がどこまで関係し、それが人々や公共にとって何を意味するのかを検証し、その知見を次の活動、優先順位、資源配分へ戻していく。「社会に還元する」とは、この評価と経営の循環を継続していくこととして捉えることができます。

参考文献

  • Corvo, L., Pastore, L., Mastrodascio, M., & Cepiku, D. (2022). The social return on investment model: A systematic literature review. Meditari Accountancy Research, 30(7), 49–86.
  • Jackson, A., & McManus, R. (2019). SROI in the art gallery; valuing social impact. Cultural Trends, 28(2–3), 132–145.
  • Newman, A. (2013). Imagining the social impact of museums and galleries: Interrogating cultural policy through an empirical study. International Journal of Cultural Policy, 19(1), 120–137.
  • Ross Nelson, K., Ortiz, J., Ashton, S., & Johnson, E. (2022). Two approaches to measuring social impact in Utah museums. Curator: The Museum Journal, 65(1), 79–94.
  • Scott, C. A. (2013). An introduction to museums and public value. In C. A. Scott (Ed.), Museums and public value: Creating sustainable futures (pp. 1–16). Ashgate.
  • Whelan, G. (2015). Understanding the social value and well-being benefits created by museums: A case for social return on investment methodology. Arts & Health, 7(3), 216–230.

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この記事を書いた人

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国立文化施設にて運営・経営に関する業務に携わっています。
博物館経営、文化政策、ミュージアムDX、教育普及を中心に、実務と研究の両面から情報発信を行っています。

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