はじめに:なぜ今、会員制度を見直すべきなのか
現代の博物館は、来館者の多様化や価値観の変化に直面しています。展示やイベント単体では来館動機を維持しきれず、一過性の関係にとどまる傾向が強まっています。また、文化施設の選択肢が増える中で、来館者が「なじみのある場所」として博物館を再訪する理由を持てるかどうかが、今後の経営に大きく関わります。このような状況において、来館者との関係を中長期的に育てる仕組みとして、会員制度(メンバーシップ・プログラム)の見直しが重要な課題となっています。
会員制度は、単に特典を提供する仕組みではありません。むしろ、来館者との継続的なつながりを生み出し、博物館への関与や信頼を深めるための仕組みとして位置づけられています。こうした制度は、リレーションシップ・マーケティングの中核とされており、博物館が一人ひとりの来館者と長期的な関係を築くための戦略的手段とみなされています(Kotler et al., 2008)。
非営利組織である博物館にとって、会員制度の意義はさらに広がります。それは単なる顧客囲い込みの手段ではなく、参加、支援、共感といった「社会的関係資本」を育てるための装置でもあります。とりわけ会員は、入館者であると同時に、寄付者やボランティア、さらには地域社会との橋渡し役にもなり得る存在です。このように、会員制度は博物館の公共性と持続可能性を支える戦略的資源といえるのです(Rentschler & Hede, 2007)。
しかしながら、日本の多くの博物館では、会員制度が依然として「割引制度」や「ポイントカード」に近い運用にとどまっている場合が見られます。特典内容に重点が置かれ、来館者との関係性の深まりや、組織への共感・帰属意識といった要素が十分に意識されていないのが実情です。こうした現状をふまえ、本記事では、制度設計・加入動機・維持施策・成功事例の各側面から、会員制度を再考し、その本質と可能性を探っていきます。
会員制度はどのように設計されるべきか ― 制度設計の基本と注意点
会員制度の目的を明確にする
会員制度を設計するうえでまず重要なのは、「制度の目的を明確にすること」です。これは、単に会員数を増やすための仕組みをつくるという意味ではありません。会員制度は、博物館がどのような価値を提供し、来館者とどのような関係を築いていきたいのかを反映する、戦略的な手段のひとつと位置づけるべきです。
たとえば、頻繁に来館してもらいたい人に向けた制度なのか、寄付を通じて運営を支えてもらいたい人が対象なのか、あるいは地域社会とのつながりを深めることを目的とするのかによって、制度の設計は大きく異なります。会員制度は「来館者の囲い込み」ではなく、「支援者との関係性の構築」として捉える必要があるとされています(Kotler et al., 2008)。目的が明確であれば、制度全体の設計方針や評価の指標も自然と定まっていきます。
ターゲット層に応じた多層的な制度設計
制度の効果を高めるためには、会員となる対象層を明確にし、それぞれに適した仕組みを用意することが欠かせません。来館者には、展示を繰り返し楽しみたい人もいれば、学術的な利用を前提とする人、地域活動として博物館を支えたいと考える人もいます。そのような多様なニーズに対応するためには、制度も一律ではなく、複数の階層やコースを設けることが有効です。
たとえば、「一般会員」「ファミリー会員」「寄付支援会員」「学生会員」など、対象者の属性に応じて制度を設計し、それぞれに異なる特典やコミュニケーション手段を用意することで、参加の満足度が向上します。制度を「一種類の製品」とみなすのではなく、「異なる顧客層に向けたサービスのパッケージ」として設計する視点が求められます(Rushton, 2016)。
特典内容と価格設定のバランスを見極める
制度に加入する動機の一つが、そこから得られる「価値」である以上、特典の設計は非常に重要です。とはいえ、入館料の割引やグッズのプレゼントといった金銭的な特典だけでは、制度の持続的な魅力を保つことは難しい面があります。むしろ、限定イベントへの招待、学芸員による特別ガイド、会員限定ニュースレターといった、体験的・関係的な価値が来館者の心をつかむことが多くあります。
価格設定についても慎重な設計が求められます。制度の価値に見合う価格であることはもちろん、地域住民にとって無理のない金額かどうか、他の文化施設と比べて適切な価格帯かどうかといった点も考慮すべきです。単に「安さ」を売りにするのではなく、「この博物館を応援したい」と思える共感の仕組みとしての価格設定が、制度の信頼性と魅力を高めていきます。
加入・更新・脱退のプロセスを丁寧に設計する
制度が使いやすく、継続しやすいものであるためには、「加入→更新→脱退」の一連のプロセスが丁寧に設計されている必要があります。たとえば、加入手続きが複雑であれば、関心を持っても加入に至らないこともあります。対面・オンライン両方の加入手段を用意し、登録のしやすさを確保することが第一歩です。
次に重要なのは、制度の継続を促すための仕掛けです。更新の時期にメールや郵便でリマインドを送る、会員の活動履歴に応じた個別メッセージを届けるといった工夫は、制度の定着に効果的です。また、退会者に対しても理由のヒアリングを行うことで、制度改善のヒントを得ることができます。制度設計では、加入だけでなく「どう継続し、なぜ辞めるのか」という視点からの設計も重要です。
運用体制と制度設計を一体で考える
どれほど魅力的な制度を設計しても、それを支える現場の運用体制が不十分であれば、制度は長続きしません。問い合わせ対応、会員情報の管理、定期的な情報発信など、会員制度の運営には日々の業務が伴います。それらがすべて人手で行われていると、スタッフの負担が大きくなり、結果として制度の維持が困難になるおそれがあります。
そのため、制度設計の段階から運用体制をセットで検討する必要があります。専任担当者の配置や、顧客管理システム(CRM)の導入、外部サービスの活用など、業務の持続可能性を確保する仕組みづくりが求められます。また、制度の理念や運用の意義をスタッフ全体で共有することも、制度を「組織全体の仕組み」として根付かせるために欠かせません。
なぜ人は会員になるのか ― 加入動機を読み解く
会員制度を効果的に設計・運用していくうえで、来館者がなぜ「会員になる」という行動を選ぶのか、その動機を深く理解することは欠かせません。制度の設計にあたっては、金銭的なインセンティブを重視するのか、あるいは精神的・社会的なつながりに重きを置くのかといった判断が求められます。こうした判断の基礎となるのが、加入動機の多様性に対する理解です。
経済的誘因と関係的誘因
会員制度への加入を促す動機は、大きく「経済的誘因」と「関係的誘因」に分類することができます。経済的誘因とは、入館料の割引や特典付きのイベント、ショップの優待など、目に見える直接的な利得に基づく動機です。一方、関係的誘因とは、博物館に対する共感や支持、文化的活動への参加意識といった、心理的・社会的なつながりから生じる動機を指します(Camarero & Garrido, 2011)。これらは対立するものではなく、どちらか一方に偏るのではなく、両方の要素をうまく組み合わせることが制度の魅力を高める鍵となります(Kotler et al., 2008)。
社会的同一化と参加感
会員になることで、来館者は単なる「観客」ではなく、「コミュニティの一員」としての意識を持つようになります。このような社会的同一化の感覚は、会員制度を通じて育まれる重要な要素です。来館者が自らのアイデンティティの一部として博物館との関係を捉えるようになると、単発的な来館ではなく、継続的な関与や支援につながりやすくなります。実際に、会員制度が「所属感」や「参加感」を喚起することで、満足度や継続率が高まることが報告されています(Paswan et al., 2004)。このような関係性を強めるためには、名前の掲示、会員限定イベント、運営への意見反映など、心理的な距離を縮める仕組みが有効です。
会員のセグメント化とタイプ別動機
加入動機は一様ではなく、会員にはさまざまなタイプが存在します。これを無視して制度を画一的に設計すると、一部の層にしか訴求できない制度になってしまいます。博物館の会員は、主に次の4つのタイプに分類されるとされています(Ki & Kim, 2012)。
知的好奇心型(Intellectual Stimulation Seekers)
この層は、学びや知的刺激を求めて博物館を訪れます。講演会やワークショップ、学芸員による解説ツアーなどに強い関心を示し、会員制度に対しても「より深い学び」や「専門的な知識へのアクセス」を期待しています。そのため、会報誌の内容を充実させたり、学術的なイベントを会員限定で提供することが、この層への有効な訴求手段となります。
支援型(Altruistic Supporters)
博物館の社会的意義や文化的役割に共感し、「応援したい」「保存活動を支えたい」と考える層です。この層は特典の有無に関係なく、博物館の活動に対する信頼や好意を基に自発的に支援を申し出る傾向があります。支援型の会員には、活動報告書や館のビジョンを丁寧に共有することで、関与意識と継続率を高めることができます。
ライフスタイル志向型(Lifestyle-Oriented Members)
博物館を日常的な生活の一部として楽しむ層であり、施設の雰囲気やブランドイメージ、周辺施設との連携などに敏感です。美術館併設のカフェやショップを目的に来館する人も多く、デザイン性や限定性といった要素が加入の決め手になることがあります。この層には、洗練されたビジュアルや会員証のデザイン、オリジナルグッズなどを用いたブランディング戦略が有効です。
ファミリー型(Family-Oriented Members)
子育て世代を中心とするこの層は、家族全員で楽しめる体験や子ども向けの教育プログラムに価値を見出しています。年齢別のワークショップや、混雑を避けた入館時間の提供など、安心して利用できる環境づくりが重要です。この層を取り込むためには、親しみやすさや安全性、教育的価値を前面に打ち出すコミュニケーションが求められます。
このように、それぞれのタイプが持つ異なる動機に応じたアプローチを取ることが、会員制度の訴求力を高めるポイントとなります。
動機を制度設計に活かすために
こうした多様な動機は、制度設計や運用方針に直接反映させることが望まれます。たとえば、支援型の会員には、館のミッションや活動成果を伝えるような定期的なレポートを送ることが有効です。また、ライフスタイル志向型の会員には、会員証のデザインや限定商品の訴求が効果を発揮するでしょう。加えて、加入時や更新時に簡単なアンケートを実施することで、会員一人ひとりの関心やニーズを把握しやすくなります。制度の「入口」から「継続」まで、あらゆる接点に動機への配慮が求められるのです。
どうすれば会員を維持できるか ― 関係性の深化と離脱の防止
会員の継続は制度の生命線である
会員制度の導入において、加入者数の増加に目が向きがちですが、実際には「継続率」をいかに高く維持するかが制度の生命線となります。どれだけ新規会員を獲得しても、継続してもらえなければ制度全体の価値は安定しません。実際に、博物館の多くが一定の初期加入者を得たあと、離脱率の高さに直面しています。
その原因としては、提供される特典の陳腐化や内容のマンネリ化、あるいはそもそも制度への期待との乖離などが挙げられます。また、個人の関心が変化したり、ライフスタイルに変動があった場合、会員資格の更新が後回しにされやすいことも見逃せません。
このように、会員制度における「維持」の視点は、単なる事務手続き以上の重要な課題なのです。制度の継続性を高めるためには、会員が制度に価値を見出し続けられるような工夫と設計が求められます(Camarero & Garrido, 2011)。
関係性の深化がリテンションを生む
会員を維持するためには、博物館との「関係性」をいかに深められるかが鍵になります。特に非営利組織においては、来館者との接点を一回限りのものではなく、継続的・発展的な関係へと昇華させていく戦略が求められます。
関係性マーケティングでは、組織と利用者との間に信頼と共感を築くことが重要視されており、これは博物館における会員制度にも応用可能です。会員が単に「特典を得る人」ではなく、「活動を共にする仲間」として位置付けられることで、継続意欲が高まりやすくなります(Paswan et al., 2004)。
たとえば、会員限定のイベントや講演会、バックヤードツアーなどを通して、参加感や所属感を育むことは非常に有効です。さらに、館の方針に意見を反映できる場があれば、自己効力感を伴った満足感を得られるため、継続率の向上が期待できます(Rushton, 2016)。
離脱兆候の可視化と対応策
一方で、離脱の兆候を早期に察知し、適切なタイミングで対応する仕組みも欠かせません。たとえば、イベントや来館履歴などのログデータを分析し、活動頻度が減少している会員に対しては、特別な案内やフォローアップメールを送るといった工夫が考えられます。
このような取り組みには、CRM(Customer Relationship Management)の活用が効果的です。CRMは会員ごとの関心や関与度を可視化し、それに応じた段階的なコミュニケーション設計を可能にします(Kotler et al., 2008)。また、年度更新の際に送る手紙やメールの文面も、機械的な通知ではなく、感謝や実績の共有を含んだ温かみのある内容とすることが、離脱防止に寄与します。
「継続したくなる」制度とは
制度を継続してもらうには、会員自身が「この制度は価値がある」と感じられるようにすることが不可欠です。そのためには、制度内容だけでなく、会員体験全体を包括的にデザインする必要があります。会員の満足度を定期的に調査し、そのフィードバックを基に制度の改善を図るPDCAサイクルの導入も効果的です。
また、支援型の会員に対しては、博物館の社会的貢献や文化財保護の成果を分かりやすく伝える活動報告が有効です。一方、知的好奇心型やファミリー層には、展示内容やプログラムに合わせた柔軟な情報提供が求められます。このように、継続的な関係性の構築は、会員制度の価値を高める根幹であることを忘れてはなりません(Ki & Kim, 2012)。
制度の成果はどう測るべきか ― 評価指標と持続性の観点から
会員制度は、単なる来館者サービスの一環ではなく、博物館の経営基盤や社会的使命を支える重要な仕組みです。しかしながら、その成果をどのように測るかについては、単純な指標だけでは語りきれない複雑さがあります。適切な評価が行われてこそ、制度の継続的改善と持続的発展が可能になるのです。
なぜ制度の成果を「評価」する必要があるのか
博物館の会員制度は、導入して終わりというものではありません。制度が目的通りに機能しているかどうかを定期的に検証し、必要に応じて修正するためには、評価の仕組みが欠かせません。例えば、入会数が増えていても更新率が下がっている場合、それは制度に継続性が欠けている兆候かもしれません。また、単に収益が上がっているからといって、制度が博物館のミッションに貢献しているとは限りません。こうした背景から、数値だけではなく、制度の「意味」を可視化する視点が求められています(Kotler et al., 2008)。
定量的指標と定性的指標の併用
評価には、定量的な数値と、定性的な情報の両方を組み合わせることが重要です。会員数、更新率、イベント参加率、収益などの定量的指標は、客観的に制度の規模や経済効果を把握するのに役立ちます。一方で、会員の満足度、制度に対する理解度、所属意識といった定性的指標は、制度の本質的な価値を捉えるのに有効です。自由記述アンケートやインタビューによって、会員が何に満足し、どこに課題を感じているかを掘り下げることができます(Rentschler & Hede, 2007)。
会員制度の目的と評価指標の整合性
評価を行う上で忘れてはならないのが、「制度の目的」と「指標の一致」です。たとえば、博物館の財源確保が目的なら収益性が重視されますが、来館者との関係強化が目的であれば、会員との対話の頻度やイベント参加率などが重要な指標になります(Camarero & Garrido, 2011)。特に「支援型」会員のように、金銭的貢献以外の価値を持つ会員に対しては、ボランティア参加、SNSでの博物館紹介、友人の紹介などの非金銭的な関与も評価項目に含めるべきでしょう。
継続的改善のための評価設計(フィードバックループ)
評価は単なる点検ではなく、改善のための出発点です。制度の成果を可視化した上で、その情報をもとに制度を修正・再設計するサイクル、いわゆるPDCA(Plan–Do–Check–Act)を確立することが求められます。たとえば、年次報告書で会員制度の成果と課題をまとめ、次年度に向けた改善提案を明記することは、内外に対して制度の透明性と発展意志を示すことになります。また、評価の一環として、会員自身に制度改善の意見を求める機会を設けることで、制度への「参加感」を促進することにもつながります(Sandell & Janes, 2007)。
制度全体の「持続可能性」をどう判断するか
最終的に、会員制度が持続可能なものであるかどうかを判断する視点が重要です。単に会員数が増えているというだけではなく、制度が長期的に博物館のミッションに貢献しているか、組織全体の戦略と整合しているかを見極める必要があります。会員制度の維持には人員や資源が不可欠であり、制度運営自体が過剰な負担になっていないかという視点も持つべきです。持続可能な制度とは、博物館と会員双方にとって意味のある関係性を維持できる枠組みであるべきなのです(Kotler et al., 2008)。
博物館特有の会員制度の意義とは何か ― 市場型ロジックと公共的価値の架橋として
本記事では、博物館における会員制度の設計と運用について、その目的、加入動機、継続の仕組み、そして制度の柔軟性と進化の可能性に至るまで、さまざまな観点から検討してきました。これまでの議論を通じて明らかになったのは、会員制度が単なる収益手段ではなく、来館者との中長期的な関係性を築き、博物館のミッションと調和する形で設計されるべきものであるという点です。
制度の入り口にあたる加入動機には、経済的な特典だけでなく、博物館への共感や文化的参加への意識といった関係的誘因が大きな役割を果たしています(Camarero & Garrido, 2011)。また、会員をタイプ別に理解することで、多様なニーズに応じたアプローチが可能となり、より豊かな関係性を築く土台が整います(Ki & Kim, 2012)。
さらに、会員との関係を維持・深化させるうえでは、単なるサービス提供を超えて、「参加の機会」や「意見を反映できる場」を制度に組み込むことが重要です。離脱を防ぐためには、個々の会員との継続的な対話と理解が欠かせません(Paswan et al., 2004)。そのうえで、制度は常に進化し続ける柔軟性を持ち、時代や利用者の変化に対応していく必要があります(Kotler et al., 2008)。
これらの前提を踏まえたうえで、改めて博物館の会員制度の「意義」について考えると、それは収益と支援、参加と信頼、公共性と個別性といった、相反する要素のバランスをとる装置であると位置づけることができます。商業施設におけるポイントプログラムのように利得を前面に押し出すのではなく、文化的・社会的共感をベースにした制度設計が求められるのです。
博物館がもつ公共的な使命と、市場的な要請が交差するこの時代において、会員制度はそれらを架橋するインフラとも言える存在です。制度の運用を通じて、来館者が「観客」から「支援者」へ、さらには「文化を共に創る仲間」へと変化していくプロセスをデザインすることこそが、博物館の持続可能性と社会的価値を高める鍵となります(Rushton, 2016)。
その意味で、博物館の会員制度は、経営的ツールであると同時に、社会とつながるための哲学的な実践でもあるのです。今後、制度の見直しや刷新を行うにあたっては、マーケティング的な視点に加え、こうした価値的・文化的な位置づけを意識したアプローチが不可欠であるといえるでしょう(Rentschler & Hede, 2007)。