リピーターはどうすれば増えるのか ― 博物館がすぐに実践できる再訪戦略5選

目次

リピーターは博物館経営の生命線

博物館にとって来館者数は重要な指標ですが、それ以上に注目すべきなのが「どれだけの人が再び訪れてくれるか」という点です。多くの博物館では、広報や展示の工夫によって一定の新規来館者を集めることに成功していますが、彼らが次回来てくれる保証はどこにもありません。一度の来館で終わってしまう「一見客」ばかりでは、経営の持続性は担保できないのです。

新規来館者の獲得には相応のコストがかかります。広告費や広報活動、イベント企画などの投資に対して、その効果が一度きりで終わってしまえば、長期的な経営戦略としては不十分です。一方、再訪する来館者、すなわちリピーターは、展示を楽しむだけでなく、寄付をしたり、会員制度に加入したりと、持続的な支援者になりうる存在です。彼らは単なる鑑賞者ではなく、博物館の理念や価値観に共感し、主体的に関わろうとする意識を持った人々でもあります(Brida et al., 2013)。

さらに、リピーターの存在は地域との関係構築や教育的効果にも直結します。何度も足を運ぶことで展示内容の理解が深まり、家族や友人を誘ってくれるなどの波及効果も生まれます。つまり、リピーターは博物館にとっての「来館者」であると同時に、「価値の共創者」でもあるのです。

では、なぜ多くの博物館ではリピーターが増えないのでしょうか。展示の質が低いわけではないにもかかわらず、再訪してもらえないという現象の背景には、体験設計やコミュニケーションのあり方、そして再訪する動機づけの欠如といった複合的な要因が潜んでいます。本記事では、そうした課題を踏まえ、再訪につながる博物館の体験設計とは何かを理論と事例から明らかにしていきます。

このテーマは、すでに別記事「来館者はなぜ帰ってこないのか?」でも扱っていますが、今回はその続編として、より実践的な観点から「再訪される博物館」の具体的な戦略を提示します。

リピーターを増やすには「満足」だけでは足りない

多くの博物館では、来館者の満足度向上を重視し、展示の質やサービス、空間の快適性といった要素の改善に取り組んでいます。来館者アンケートにおいて「満足した」という声が多ければ、事業評価上は一定の成果とみなされます。しかし、ここで立ち止まって考えなければならないのは、満足した来館者が「また訪れるか」という問いです。実際には、満足度が高くても再訪に至らないケースが少なくありません(Hume, 2011)。このギャップを埋める視点こそが、リピーター創出の鍵となります。

来館者の体験は、単なる鑑賞行為ではなく、時間や記憶の中に残る感情的・認知的プロセスとして捉える必要があります。たとえば、展示そのもののクオリティが高くても、訪問者の中に意味づけが生まれなければ、その経験は「印象的だった」で終わってしまうかもしれません。再訪につながる体験とは、展示が「面白かった」や「美しかった」だけでなく、「自分に関係がある」「理解が深まった」「もう一度見たい」といった感覚を残す体験です。これは、来館者の記憶に残る「意味ある体験」をどれだけ設計できるかという問いでもあります(Falk & Dierking, 2012)。

博物館体験において「満足」だけでは再訪意図を十分に説明できないことが指摘されています。特に重要なのは「認知的コンピテンス」、すなわち「展示を理解できた」「自分の知識として取り込めた」という実感です。訪問者が展示内容を受動的に眺めるのではなく、能動的に意味づけし、自分の知的枠組みに統合できたと感じるとき、再び訪れたいという意図が高まるとされています(Lin & Wang, 2020)。これは、教育的機能を持つ博物館にとってきわめて重要な知見です。

さらに、「知的刺激」や「自己成長感」がリピーターを生む要因となることも明らかにされています。来館者が展示に感動するだけでなく、それを「自分の学び」や「社会的な意味づけ」として体験することで、博物館は「また行きたい場所」へと変わります(Brida et al., 2013)。展示テーマとの共感や自己との関連性が、展示の出来そのものよりもリピーター化に寄与していることも示唆されています(Heuken, 2021)。

再訪意図においては、「来館者の価値観に応える展示」が重要であるという視点もあります。一方的な情報提示ではなく、来館者が「自分ごと」として感じられるようなインタラクションや文脈の提示こそが、再訪を促す動機になるとされています(Kang, 2017)。

こうした知見を踏まえると、単に満足度を高めるだけでは不十分であることが明らかです。来館者が「展示に意味を見出した」「理解できた」「自分の生活とつながった」と実感できるような体験設計が必要です。満足度調査のスコアだけでは測れない、内面的な共鳴や納得感を生み出すことが、リピーター創出のための基盤となるのです。

再訪を生む5つの戦略 ― 現場で実践できるアプローチ

前節では、来館者満足が再訪を直接的に保証しないという視点から、博物館体験の「意味生成」や「知的な納得感」がリピーター創出の鍵であることを確認しました。ここでは、それを踏まえて「では実際にどのような戦略を講じればよいのか」という問いに答える形で、現場で実践可能な5つのアプローチを提示します。どれも特別な設備投資を伴うものではなく、日々の業務の中で取り組める工夫ばかりです。

戦略1:次回来館を自然に誘導する「モバイルガイド」の活用

モバイルガイドは、来館者の展示理解をサポートするツールとして広く利用されていますが、それを「再訪動機のトリガー」として活用する発想はまだ十分に浸透していません。たとえば、展示解説の最後に「このテーマの続編展示は〇月から開催予定です」と表示したり、来館者の関心に基づいて関連する未来のイベントをレコメンドしたりする機能があると、展示が「次につながる」体験になります。さらに、ガイド内にメモ機能やブックマーク機能を実装すれば、来館者は「今回は理解しきれなかった部分を次に確かめたい」と思うようになります。このように、体験の継続性を意識した設計は、リピーター獲得に向けた重要な要素です(Heuken, 2021)。

また、来館者情報を匿名かつ任意に登録してもらう仕組みを設けることで、会期終了後に展示内容を復習できる資料や次回来館を促す情報を送信することも可能です。特に学生や観光客のように「一度きりの訪問」となりやすい層に対して、再訪のきっかけをつくることは、将来的なファン層の育成につながります。

戦略2:SNSによる「関係の持続化」と個別接点の設計

来館者との関係性は、展示室内だけでは完結しません。SNSは、博物館にとって「来館していない時間」にも来館者とつながることのできる強力な手段です。たとえば、展示に関するトリビア投稿や学芸員による裏話、来館者参加型の写真投稿キャンペーンなどを通じて、博物館が「再び関わりたくなる存在」として認識されることが重要です。これにより、来館者の中に「また訪れてリアルで体験したい」という感情的な動機が育ちます。

さらに、SNSでは来館者の反応やコメントを通じて、個別ニーズの把握が可能になります。展示テーマごとのフォロワー属性を分析すれば、特定の層に向けたコンテンツの企画や告知も行いやすくなり、戦略的なリピーター形成が可能になります(Brida et al., 2013)。

戦略3:「同行者体験」に注目したリピーター促進施策

博物館は「誰と行くか」によって体験が変わる場所です。自分一人で来たときの印象と、家族と訪れたときの印象では、展示の受け取り方も深まり方も大きく異なります。たとえば「次は子どもと一緒に来よう」「両親にも見せたい」と思わせる展示は、それだけで再訪のきっかけになります。

そのため、同行者の属性(子ども、高齢者、外国人など)を想定した体験設計は欠かせません。子ども向けの探検マップやシールラリー、外国語解説の強化、高齢者のための休憩スペースの設計などは、一見すると単なるサービス向上策のように見えますが、実はリピーター創出に直結する重要なポイントです(Kang, 2017)。同行者の体験が良ければ、その記憶が共有され、次回の来館者拡大にもつながるのです。

戦略4:「学びの可視化」で来館者の知的達成感を支援する

人は何かを「学んだ」「理解できた」と実感したときに、その場に価値を感じます。博物館のように知的・教育的機能を担う施設では、来館者の「認知的コンピテンス」が再訪意図に強く影響することが指摘されています(Lin & Wang, 2020)。

たとえば、展示を見ながら来館者が自由に書き込める「マイノート」や、館内での学びをまとめるワークシートの導入は、記憶の定着とともに、学習意欲の喚起につながります。さらに、その成果を持ち帰れるようにすることで、「今度は別の展示でもこのノートを使いたい」という動機が生まれます。最近では、こうした学びのプロセスをデジタルで可視化できるアプリも登場しており、展示とICTの融合によって、来館者自身が成長を実感できる仕組みが整いつつあります。

戦略5:会期終了後にも関係をつなぐ「アフター体験」設計

展示が終わったからといって、来館者との関係が終了するわけではありません。むしろ、そこからが「次の関係」の始まりです。たとえば、来館者に展示期間中に提供されなかった未公開コンテンツをメールで送信したり、展示に関するフォローアップセミナーをオンラインで開催したりすることは、「また行きたい」という感情を持続させるうえで有効です。

こうしたアフター体験は、「あの展示はもう終わったから」ではなく、「またあの世界に触れたい」と思わせる余韻を生み出します。また、展示の会期終了をただの終わりではなく、「また始まるための節目」として捉える戦略は、非来館期間中の関係性維持に有効です(Hume, 2011)。

これら5つの戦略は、来館者を単なる「お客様」として扱うのではなく、「関係を継続していく存在」として捉える視点から生まれています。展示そのものの質を高めるだけでなく、展示の前後や周辺にある体験全体を設計することで、来館者とのつながりはより深く、持続的なものになっていきます。

再訪者を資源に変える ― ロイヤルサポーターとしての活用戦略

再訪者を増やすことは、単に来館者数の増加を意味するだけではありません。実際には、再訪者こそが博物館にとってもっとも重要な「無形資産」となりうる存在です。何度も足を運ぶ人々は、博物館の価値を深く理解し、時にその魅力を他者に伝え、時に自らの行動で支援の意思を示してくれます。本節では、そうした再訪者=リピーターを「ロイヤルサポーター」として育て、活用していくための視点と戦略について考察します。

「リピーターは誰か?」を可視化するリサーチの重要性

まず大切なのは、「誰がリピーターなのか」をきちんと把握することです。再訪者を一括りにせず、年齢層、来館の頻度、同行者の有無、関心分野などの属性を継続的に収集・分析することで、博物館にとって戦略的に重要な来館者像が浮かび上がってきます。たとえば、チケット購入時に任意のアンケートを実施する、年間パスポート利用者の属性を記録する、SNSフォロワーの行動傾向を観察するなど、複数のデータを重ね合わせて「ロイヤルカスタマー像」を構築していくことが重要です(Brida et al., 2013)。

関係性の深化 ― 会員制度・寄付制度への橋渡し

このように特定されたリピーター層には、博物館との継続的な関係を築くための制度設計が効果を発揮します。具体的には、会員制度、年間パスポート、ニュースレター登録、イベントの先行案内などを通じて、「また関わりたい」と思ってもらう接点を増やすことが基本になります。さらに、こうした制度は寄付制度やボランティア参加への橋渡しにもなりえます。再訪を重ねるうちに、「展示を支える立場にも回りたい」という感情が芽生える来館者も少なくありません。支援者としてのステップを自然に設計しておくことで、博物館への信頼と参加意欲を高めることができます(Hume, 2011)。

博物館を“自分ごと化”させる参加型体験のデザイン

また、再訪者に「博物館を自分ごととして捉えてもらう」ための仕組みも有効です。たとえば、来館者参加型の展示やワークショップ、意見投稿や感想共有の場づくりなどは、博物館との関係性を深める機会となります。このような参加型体験は、単なる来館以上の意味づけをもたらし、リピーターの動機を内在的なものへと転換していきます。展示の設計段階から「来館者が参加する余地」を用意しておくことで、彼らは展示を鑑賞するだけでなく、共につくる存在へと変化していくのです(Kang, 2017)。

「再訪」は関係構築の入口である

そして忘れてはならないのは、再訪とは「関係性の入口」に過ぎないという視点です。来館をきっかけに、SNSでの発信、友人への紹介、寄付やクラウドファンディングへの参加など、さまざまな関与の形が広がっていきます。たとえば、再訪者が自身のブログで展示を紹介したり、SNSで来館の様子を投稿したりする行動は、博物館にとって貴重なUGC(ユーザー生成コンテンツ)として機能します。これに対し博物館側が丁寧に反応し、共感や感謝を伝えることで、再訪者との信頼関係はさらに強化されていきます。

再訪者を「来館回数が多い人」として捉えるのではなく、「博物館との関係性を深めている人」として捉え直すこと。それが、本当に持続可能な博物館経営の第一歩になります。展示内容の質を高めることはもちろんですが、その前後にある「関係性の設計」こそが、再訪者をロイヤルサポーターへと変えていく鍵なのです。

再訪戦略を経営に活かす ― リピーター視点から考えるミュージアムの未来

ここまで再訪を促すための具体的なアプローチと、その結果としてリピーターが持つ可能性について見てきました。しかし、たとえ個々の施策が有効でも、それが戦略として組織全体に共有されていなければ、継続的な成果にはつながりません。再訪戦略を博物館の経営的な柱とするためには、個別施策の寄せ集めを超えて、全体的な設計思想が求められます。

多くの博物館では、来館者向けのスタンプカードやSNS連動キャンペーン、年間パスポートなどを実施しています。これらは一見すると再訪施策として有効に見えますが、展示部門・広報部門・事業部門などが個別に運用している場合、施策が断片化し、組織としての方向性が見えにくくなりがちです。重要なのは、こうした施策が「何のためにあるのか」という経営的ゴールと明確に結びついているかという視点です(Brida et al., 2013)。

そのためには、まずリピーターの行動を可視化し、データに基づいて改善を図る体制が必要です。来館履歴やアンケート、チケット購入情報、SNSでの反応などを統合的に分析することで、どの層がなぜ再訪しているのか、あるいはどの層が一度きりで離脱しているのかが明らかになります。こうした定量的なデータに、来館後の満足度や展示体験へのコメントなどの定性的情報を組み合わせることで、再訪に至る「動機の地図」を描き出すことができるのです(Heuken et al., 2021)。

また、組織の内部文化としても、「来館者は自動的にやってくる存在」ではなく、「関係性を育てるべき対象である」という認識への転換が必要です。再訪戦略は展示担当者だけでなく、広報・教育・学芸・事業など、あらゆる部門が連携しながら推進すべき領域です。一部の先進的な博物館では、来館者体験やリピーター育成を担う「顧客戦略チーム」や「来館者コミュニケーション室」を設置し、部門横断的な議論と施策の立案が行われています(Hume, 2011)。

こうした組織的アプローチは、単なる来館者数の増加にとどまらず、博物館のサステナブルな運営にも寄与します。リピーターは、展示を楽しむ来館者であると同時に、クラウドファンディングの支援者、ボランティア活動の参加者、学びの担い手、ひいては「文化の共創者」としてのポテンシャルを持っています。来館の体験を通じて、博物館と市民のあいだに信頼と責任の関係が育まれていく構造こそが、現代の博物館にとって理想的な姿といえるでしょう(Kang, 2017)。

再訪戦略とは単に来館回数を増やす手段ではありません。それは、信頼と共感に基づく関係性の構築を通じて、博物館を市民社会の中に根付かせる営みそのものです。単発的な施策を超えて、組織として「再訪の設計」を行い、来館者を経営の中核に据える発想こそが、未来の博物館をかたちづくる鍵となります。

参考文献

  • Brida, J. G., Meleddu, M., & Pulina, M. (2013). Factors influencing the intention to revisit a cultural attraction: The case study of the Museum of Modern and Contemporary Art in Rovereto. Journal of Cultural Heritage, 14(2), 115–120.
  • Heuken, M., Knoblich, T. V., & Nadkarni, T. (2021). Factors influencing the intention to revisit museums: Empirical evidence from a German context. Museum Management and Curatorship, 36(2), 170–187.
  • Hume, M. (2011). How do we keep them coming?: Examining museum experiences using a services marketing paradigm. Journal of Nonprofit & Public Sector Marketing, 23(1), 71–94.
  • Kang, H. J. (2017). Museum visitors as citizen-partners: Reimagining museums’ public value through visitor participation. Museum Management and Curatorship, 32(3), 224–243.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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