博物館建設プロジェクトとチーム体制の重要性
博物館の建設とは、単に新たな建物を整備するだけでなく、組織の将来像を具現化する重要な転換点です。このようなプロジェクトは数十年単位での影響を及ぼすものであり、その成否は計画初期段階での組織体制と意思決定構造の設計に大きく左右されます。
特に、チーム体制の構築はしばしば過小評価されがちですが、実際には極めて重要な要素です。多くの建設プロジェクトにおいて、遅延や予算超過といった問題の背景には、「誰が何をどのように決定するのか」という構造の不明確さが潜んでいます。博物館のように多様な関係者が関与する組織では、意思決定の流れが曖昧なまま進行すると、後の工程で責任の所在が不明確になり、組織内の対立や混乱を招くリスクが高まります。
建設プロジェクトを円滑に進めるためには、計画初期における役割分担と意思決定体制の明確化が欠かせません。建設の失敗要因の多くは、こうした初動段階の準備不足に起因しているとされています(Crimm, 2009)。そのため、プロジェクト全体の推進力を確保するには、「誰がどの領域に責任を持つか」「どの段階で誰が何を判断するか」といった基本設計を最初に整理しておくことが不可欠です。
さらに、戦略的計画の視点からも、建設プロジェクトは単なる施設整備ではなく、組織のビジョンや使命を具体的に形にする機会として位置づけられています(Lord & Markert, 2017)。例えば、建物の設計や展示空間の構成は、博物館の価値観や目指す姿勢を反映するものであり、まさに戦略の具現化そのものです。このような観点に立つと、初期段階での組織設計や関係者の役割分担がいかに重要かが明らかになります。
実際に成功している博物館建設プロジェクトにはいくつかの共通点があります。第一に、理事会と館長の間で説明責任と最終決定権の所在が明確に設定されていること。第二に、実務を担うプロジェクト・マネージャーや学芸員と、設計者・建設業者との連携が制度的に担保されていること。第三に、プロジェクト推進委員会のような横断的な意思決定機関が設置され、役割分担と合意形成が機能していることです(Lord & Lord, 2009)。
本記事では、こうした成功条件を踏まえながら、博物館建設プロジェクトにおける「チームづくり」の重要性を掘り下げていきます。特に、理事会、館長、管理職、外部専門家、実務担当者、そしてプロジェクト推進委員会というそれぞれの役割について丁寧に整理し、どのようにして効果的な体制を設計するかを段階的に考察していきます。
理事会の責任と説明責任 ― ガバナンスの中核として
ガバナンスの中心としての理事会
博物館の建設プロジェクトは、数十年単位でその組織や地域社会に影響を与える重大な取り組みです。そのため、初期段階から戦略的視点に基づいた意思決定と、明確な組織体制が不可欠となります。ここで中心的な役割を担うのが、理事会です。
博物館が非営利法人である場合、理事会は経営上の最終責任を負う統括機関として、施設整備や財政運営などの戦略的意思決定に関与することが期待されます。特に建設プロジェクトのように大規模で予算・期間・利害関係者が複雑に絡む案件では、理事会が「将来的なビジョン」と「具体的な実行」の両者を結びつける橋渡し役を担うことが求められます。単なる承認機関ではなく、ミッションの体現者としてガバナンスの中心に位置づけられるのです。
建設プロジェクトにおける理事会の責任範囲
理事会の責任は、建設プロジェクトの計画段階から竣工後の評価まで、多岐にわたります。特に初期段階では、建設の意義や必要性について戦略レベルでの判断を下すことが重要です。ここでは、施設整備が博物館の使命や将来ビジョンと整合しているかを確認し、基本構想や長期資金計画の承認を行います。
同時に、理事会は実務を遂行する館長やプロジェクト・マネージャー(PM)に対して、明確な権限委譲を行う必要があります。このとき、誰がどこまで意思決定権を持ち、どのタイミングで理事会へ報告・承認を求めるかというガバナンスラインを文書化することが、プロジェクトの透明性と実行力を高める鍵となります(Crimm, 2009)。また、プロジェクト途中での意思決定変更に伴うリスク管理や予算の再配分についても、理事会は最終的な調整役としての立場が求められます。
説明責任と透明性の設計
博物館は公的資源を活用し、地域社会にサービスを提供する存在であるため、建設プロジェクトにおいても強い説明責任が求められます。理事会は、行政機関や支援団体、地域住民、寄付者、職員、そして将来世代に対して、意思決定の理由や成果を明確に伝える義務があります。
これを実現するには、会議録や意思決定プロセス、建設の進捗状況を適切に文書化・公開し、関係者に対して随時情報を提供できる体制を整える必要があります。例えば、公式ウェブサイトや年次報告書を通じた公開、プロジェクト推進委員会に外部委員を含めた評価の実施などが有効な手段となります。また、関係者がプロセスに参画できる仕組みを設けることで、信頼性と公共性を同時に高めることができます(Lord & Markert, 2017)。
成功事例と失敗事例から学ぶ
理事会の機能が十分に発揮された建設プロジェクトでは、理事がプロジェクトの全体像を理解し、長期的視点から適切なモニタリングと支援を行っています。このようなプロジェクトでは、理事会が館長やPMの活動を尊重しながら、必要なときには戦略的助言や外部資源の紹介など、柔軟で機能的な支援を行っています。
一方で、失敗事例においては、理事会が形だけの存在となっていたり、逆に詳細な実務に干渉しすぎて、指示系統が混乱したりするケースが散見されます。建設プロジェクトの成功には、理事会が「監督」と「支援」のバランスを保ちつつ、全体戦略とプロセスの整合を常に意識することが必要です(Lord & Lord, 2009)。
館長と管理職の役割 ― ビジョンを実行に移す推進力
館長の戦略的リーダーシップとは
博物館の建設プロジェクトにおいて、館長は組織のビジョンを実行に移す中核的存在です。理事会が戦略的な方針や大枠を定めるのに対して、館長は現場の指揮官として、その方針を具体的な行動計画に落とし込み、実現に向けた組織運営を担います。特に建設のような非日常的かつ大規模なプロジェクトでは、館長の役割は意思決定者であると同時に、文化的価値を体現する代表者としてのリーダーシップが求められます(Crimm, 2009)。
加えて、館長は内部の職員に対してプロジェクトの意義を繰り返し伝えることで、組織全体の理解と協力体制を築く必要があります。このような「文化の担い手」としてのリーダーシップは、展示計画や来館者サービスにも連動し、単なる施設整備にとどまらない博物館の未来像を提示することにもつながります。
建設プロジェクトにおける館内の実務調整
館長一人でプロジェクト全体を遂行することは不可能であり、実務の多くは各部門の管理職によって支えられます。展示部門、教育普及部門、保存・収蔵部門、総務・経理部門など、各部門の業務は建設の進行にあわせて柔軟に調整される必要があります。その際、館長は各部門の意見を適切に汲み上げ、組織横断的な調整を行う統合役としての役割が求められます(Lord & Markert, 2017)。
建設の過程では、仮収蔵庫の整備、来館者の安全確保、職員の動線の変更、設備工事とのスケジュール調整など、通常業務に大きな影響が生じます。館長はこれらの現場課題に即応できるよう、日常的なミーティングや情報共有体制を整え、変化への対応力を組織全体に根付かせることが求められます。
管理職チームのマネジメントと責任分担
中間管理職は、館長のビジョンを各現場に落とし込み、具体的な施策へと展開する役割を担います。特に展示や保存に関する仕様策定、教育プログラムに対応する施設設計、来館者導線の設計などは、各部門の専門性を活かして進める必要があります。そのため、管理職には「現場の視点」と「全体の整合性」の両立が求められます。
また、情報共有と責任の明確化は、建設プロジェクトにおいて特に重要です。プロジェクトの進行にともなう方針変更やスケジュールの変更は各部門に波及するため、責任分担の曖昧さが混乱を招くこともあります。これを防ぐためには、明確なタスク分担表や進捗管理ツールを活用し、館長-管理職間の意思疎通を円滑に保つ必要があります(Lord & Lord, 2009)。
プロジェクト・マネージャーとの連携体制
館長や管理職と並んで、建設実務を専門的に担うのがプロジェクト・マネージャー(PM)です。PMは建築設計者、施工業者、行政、財政部門などとの調整を主導し、進捗・品質・コストの三要素を管理します。館長や管理職は、PMの業務に全面的な信頼を置きながらも、自館のミッションや利用者ニーズが設計に反映されるよう、密接な連携を図ることが重要です。
とくに、施設の仕様や空間配置、展示インフラ、動線設計などの細部は、博物館職員の現場感覚を取り入れることで、実用性と文化的意味を両立できます。このような対話的な連携が成功すれば、単なるハコモノではない、価値ある文化施設が実現されるのです。
プロジェクト推進委員会の構築 ― 合意形成と管理の要
プロジェクト推進委員会とは何か
博物館の建設プロジェクトにおいて、プロジェクト推進委員会は実務と合意形成を担う中核機関として機能します。この委員会は、理事会のような戦略的ガバナンス機関とは異なり、現場に密着した意思決定と調整、そしてプロジェクトの進行管理を担う実務的な役割を持ちます(Crimm, 2009)。
特に公共施設や文化施設の整備では、内部関係者だけでなく行政、地域住民、専門家など多様なステークホルダーとの調整が求められます。プロジェクト推進委員会は、そうした多元的な関与者の意見を適切に取り込みながら、建設の方向性と具体的な進行方針をまとめる「合意の場」として設計されるべきです。
委員会メンバーの構成と役割分担
プロジェクト推進委員会の有効性は、その構成メンバーのバランスに大きく左右されます。まず、館長を中心とする館内の管理職や学芸員代表、技術系職員など、博物館内部の運営と専門性を担保するメンバーが不可欠です。これに加えて、設計事務所の代表、行政の建設・財務部門の担当者、地元住民の代表、ユニバーサルデザインの専門家など、外部からの視点を持ち込むことも重要です。
こうした構成は、単なる調整の場にとどまらず、現場の実務者、政策決定者、利用者目線の代弁者を一体化させた「知の協働」を実現する基盤になります。特に、設計段階では小さな仕様の決定が後々の運営に大きな影響を与えるため、各構成員の役割と発言機会を明確にしておくことが、プロジェクト全体の品質と納得度を左右します(Lord & Markert, 2017)。
意思決定と情報共有のメカニズム
プロジェクト推進委員会が適切に機能するためには、定例会議の開催、議事録の透明な管理、そして合意形成のルール整備が欠かせません。とくに博物館建設のように関与者が多いプロジェクトでは、情報の非対称性が誤解や対立を生む原因となるため、共有のタイミングと手段が重要になります。
例えば、設計の進行にあわせて各フェーズの確認と承認を段階的に行う、クリティカル・パスに沿った報告体制を設ける、館内イントラや共有フォルダによる情報公開を徹底するなど、組織的な仕組みづくりが求められます。また、意見の対立が発生した場合には、多数決ではなく合意形成プロセスによる解決を基本とし、丁寧な説明と信頼関係に基づく対話を重視すべきです(Crimm, 2009)。
推進委員会の課題と成功要因
プロジェクト推進委員会が期待された機能を果たせず、機能不全に陥る例も少なくありません。その原因としては、関与者が多すぎて意思決定が遅延する、議論が形式化し責任の所在が不明確になる、専門性が軽視され場当たり的な判断が繰り返される、といった要素が挙げられます。
このようなリスクを回避するためには、委員会の目的を明確にし、各メンバーにタスクと責任を割り当てることが重要です。たとえば、議題に応じてサブチームを形成し、専門的な事項は専門家が主導して調整を行うという柔軟な運営体制が効果的です。また、進捗管理においては、ガントチャートやプロジェクト管理ソフトを活用し、可視化されたスケジュールとマイルストーンのもとで議論を進めることが、全体の管理品質を向上させます。
成功しているプロジェクトでは、こうした柔軟性と同時に、博物館という専門領域への理解と尊重が委員会内で共有されており、短期的な利便性ではなく、長期的な文化的価値を基準とした判断がなされています。プロジェクト推進委員会は、まさにそのような価値観を共有・調整する「意思決定の文化」を育てる場でもあるのです。
実務を支えるプロジェクト・マネージャーの役割
なぜプロジェクト・マネージャーが必要なのか
博物館建設プロジェクトは、展示設計、建築工事、収蔵庫整備、ICTインフラ導入など、異なる専門領域が密接に関わる非常に複雑な事業です。こうした複数の領域とステークホルダーをまたぐ大規模プロジェクトでは、全体の進行状況を把握し、関係者間の調整を円滑に行う実務責任者の存在が不可欠です。そこで導入されるのが、プロジェクト・マネージャーという職能です(Lord & Markert, 2017)。
プロジェクト・マネージャーは、現場の混乱を未然に防ぎ、スケジュールやコスト、品質の管理を横断的に担うことで、理事会や館長が策定したビジョンを実行可能な形に落とし込んでいく役割を果たします。言い換えれば、戦略と現場をつなぐ「実装者」として、プロジェクトの成否を左右するキーパーソンとなるのです。
求められるスキルと専門性
プロジェクト・マネージャーには、技術的な知識だけでなく、高度な対人スキルが求められます。関係者との対話を通じて意思を汲み取り、優先順位を調整し、必要に応じて決断を下す判断力が不可欠です。スケジュール管理、予算調整、報告書作成などの能力はもちろんのこと、学芸員や展示担当との連携においては、博物館特有の制約――たとえば保存環境への配慮や展示演出への尊重――を理解し、実務に反映する力が問われます。
また、ユニバーサルデザインの導入、災害対策、情報セキュリティなど、近年の施設整備においては高度な専門知識も必要とされる場面が増えています。マネージャーがすべてを自ら判断するわけではありませんが、各専門家と協働するうえでの基礎理解は必須です(Lord & Barry Lord, 2009)。
内部人材か外部専門家か
プロジェクト・マネージャーを誰が担うかは、各館の事情に応じて検討されるべきです。館内に適任者がいる場合、業務経験や館の文化を理解しているという点で大きな利点があります。とくに中小規模のプロジェクトでは、施設担当職員が兼任するケースも見られます。
一方で、規模が大きい場合や、専門性が求められる局面では、外部の建築プロジェクトマネジメント会社や文化施設専門のコンサルタントに委託する形も有効です。ただしその場合、館内チームと外部委託先の連携体制をあらかじめ整備し、指示系統や責任分担を明確にしておく必要があります。中立性・専門性・調整力を兼ね備えた「外部PM」の導入は、プロジェクトの透明性と品質を高めるうえで重要な選択肢です。
プロジェクト・マネージャーの導入事例と実務ヒント
たとえば、館長の下に外部PMを配置し、設計事務所と施工会社との間に「通訳」のような役割を持たせることで、専門用語や手順に関する誤解を防ぎやすくなると考えられます。こうした体制は、複雑な調整を要する文化施設の整備において有効だとされます。
また、実務ツールの活用もマネージャーの力を支える重要な要素です。ガントチャートによる進行管理、SlackやTeamsによる日常連絡、Googleドキュメントによる資料共有、そして議事録テンプレートの標準化など、ツールを戦略的に組み合わせることで、業務の見える化と属人化の防止が実現されます。
経営と実務をつなぐ存在として
プロジェクト・マネージャーは、博物館のビジョンを具体的な建築や展示設計という「形」に翻訳し、着実に推進する存在です。その意味で、単なる現場監督ではなく、戦略を現場に実装する「橋渡し役」として再評価されるべきです。次節では、こうした推進体制をさらに強化するための外部専門家との協働について掘り下げていきます。
外部専門家との協働 ― 博物館のミッションと設計要件の橋渡し
なぜ外部専門家の協働が必要なのか
博物館建設は、単なる建物の整備ではありません。展示、収蔵、保存環境、教育機能、ユニバーサルデザイン、防災対応など、多岐にわたる専門分野の知見が集約されて初めて、館のミッションを具体化した空間が実現されます。そのため、建築設計者のみならず、展示デザイナー、保存科学の専門家、音響や照明の技術者、ICTコンサルタントなど、外部専門家との連携は不可欠です。
プロジェクト推進委員会や館内職員だけではカバーしきれない技術的・法的・空間的な課題に対処するためにも、外部人材の協働体制を早期に整備することが望まれます。とくに近年では、持続可能性、省エネルギー設計、デジタル展示の導入など、新たな要素が加わることで、外部の高度専門家の活用がますます重要になっています(Crimm, 2009)。
専門家の種類と役割分担
協働する外部専門家は多岐にわたります。たとえば、博物館建築に特化した建築士や設備設計者は、空調や照明の仕様を保存環境に適合させる設計提案を行います。また、展示設計のプランナーは、来館者の動線や視覚的体験を踏まえた展示空間の構成を助言し、ICT専門家はデジタル演出や情報配信基盤の構築を支援します。
さらに、保存環境アドバイザーやコレクションマネジメントの専門家が関与することで、収蔵品に最適な保管・展示環境が実現可能になります。これらの専門家が館のプロジェクト推進委員会にアドバイザーとして参画することで、設計・施工の各段階での品質と適合性が確保されます(Lord & Barry Lord, 2009)。
ミッションに沿った設計要件への翻訳
外部専門家との協働において最も重要な視点は、博物館のミッションやビジョンを設計・仕様レベルに落とし込む「翻訳力」です。たとえば、「地域住民との共創」を掲げるミッションがある場合、その理念を具体的な空間デザイン(市民が集える多目的スペースや地域資料展示室など)に反映する必要があります。
このとき、設計チームは単に要望を図面に起こすのではなく、理念に込められた価値や運営側の将来的な展望を共有し、それに適した空間構成を提案する役割を担います。設計者と館側の間に信頼関係と双方向の理解が構築されることが、設計品質を高めるうえで決定的な要素となります(Lord & Markert, 2017)。
調整の難所と成功のための工夫
外部専門家との協働はメリットが多い一方で、調整の難しさも伴います。とくに、専門用語や判断基準の違い、予算・スケジュール制約、利害関係者間の優先順位の違いなどが障害となりがちです。このような状況では、定期的なワークショップや合同レビュー会議を設け、館側の意図と専門家の提案のすり合わせを丁寧に行うことが不可欠です。
実際の事例では、初期段階で設計事務所と展示計画チームを合同で招集し、ミッションに基づく基本方針の確認会を開催したことで、コンセプトの不一致を防ぎ、設計と展示の整合性が高まったケースもあります。このように、形式的な契約関係だけではなく、「協働の文化」をプロジェクト全体に根付かせる取り組みが成果を左右するのです。
協働の好事例と教訓
たとえば、保存環境の専門家をプロジェクトの初期段階から委員会に迎え入れ、設計の中で気密性や断熱性に関する助言を受ける体制を整えたと仮定すると、収蔵庫における相対湿度の安定性は格段に高まることが期待されます。こうした協働のあり方は、博物館の保存機能を実現するうえで非常に有効な手段となるでしょう。
また、展示演出の専門家が初期から関与し、体験型展示に適した床材や照明の配置が実現されたとする仮想事例も、協働のメリットを象徴しています。一方で、外部専門家の意見に依存しすぎて館の運営理念との乖離が生じた場合には、主導権の明確化や情報共有体制の整備が課題となります。協働の本質は、知識を持ち寄ることではなく、理念と専門性の間にある「翻訳と対話」のプロセスにこそあるといえるでしょう。
チーム設計の原則 ― トラブルを防ぐ制度設計
制度設計としてのチーム編成 ― なぜ設計思想が必要か
博物館建設プロジェクトは、単に人を集めて業務を進めるだけでは成立しません。理事会、館長、プロジェクト推進委員会、プロジェクトマネージャー、外部専門家といった多様な関係者が関わるなかで、各者の責任と権限、情報共有の方法、意思決定の手順をあらかじめ設計しておくことが、円滑な進行の鍵を握ります。こうした制度的な枠組みが不明確であれば、プロジェクトの初期段階では一見スムーズに見えても、予期せぬ課題や判断の遅延が積み重なり、やがて重大なトラブルを招きかねません(Crimm, 2009)。
制度設計とは、あらかじめ想定される利害関係や役割の衝突を整理し、「誰が何をいつ、どのように行うのか」を明文化・共有する仕組みです。つまり、チーム編成とは人選ではなく、「制度設計そのもの」だと捉えることが重要なのです。
役割の明確化と情報共有の仕組み
プロジェクトには複数のプレイヤーが関わりますが、それぞれの役割と権限が曖昧なまま進行すると、情報の齟齬や責任の所在不明が頻発します。たとえば、館長がビジョンを示すだけで具体的な調整を外部PMに委ねている場合、館内の運営スタッフがどの段階で意見を述べるべきかが不明瞭になり、結果的に重要な判断のタイミングを逸することがあります。
そのため、各関係者の役割・責任・報告先を明確にした「関係者マトリクス」や「役割定義書」の作成が推奨されます(Lord & Markert, 2017)。加えて、定期的な情報共有ミーティングや進捗報告書の提出など、可視化された情報共有のルールを設けることで、全体の整合性と透明性を保つことができます。
リスクマネジメントと意思決定の透明性
制度設計においてもうひとつ重要なのが、リスクマネジメントと意思決定の透明性です。博物館建設プロジェクトは、予算制約、法規制、地元住民との調整、スケジュールの変更など、さまざまなリスクに直面します。これらの不確実性に備えるためには、単なる担当者任せではなく、意思決定の流れ自体を制度として設計することが必要です。
たとえば、費用増大や仕様変更といった重要事項については、必ずプロジェクト推進委員会と理事会の双方の承認を要する、というような「意思決定ルール」を事前に定めておくことで、責任の分散や合意形成の遅れを防ぐことができます。また、議事録の記録や文書化の徹底は、後の説明責任(accountability)にもつながります。
制度設計は、プロジェクトの「見えない設計図」として機能します。人と人との調整や信頼関係に依存するだけではなく、合意形成を仕組み化し、異なる立場の知見が反映される場を制度として整備することで、博物館建設プロジェクトは確実に前進します。成功する館の多くは、この「制度づくり」に手間を惜しまず投資しているのです。
建設プロジェクトは組織改革の起点 ― ビジョン実現と持続可能な体制づくり
建設は「点」ではなく「線」 ― 組織の未来を見据える視点
博物館建設は、施設の物理的整備にとどまらず、組織の在り方そのものを問い直す絶好の機会です。多くのプロジェクトでは、建設を「開館日」に向けた一時的なイベントとして扱いがちですが、むしろそれを「線」としてとらえ、中長期の組織改革の契機とすることが重要です。建設は単なる建物の新設ではなく、組織の使命(ミッション)や社会における役割を再定義し、それを実現する体制づくりへとつなげる戦略的行為であるべきです(Lord & Markert, 2017)。
特に自治体立の館などでは、設置目的や設計要求が制度的・行政的な要請に従う形になりやすく、現場の運営と乖離したまま設計が進行してしまうリスクがあります。そのような場合でも、プロジェクトを通じて、組織のビジョンと将来像を改めて関係者全体で共有し、制度や文化を含めた「経営のリ・デザイン」を試みることで、建設が館全体の再出発の契機となるのです。
新館開設がもたらす文化と風土の転換
新たな施設の開設は、物理的な空間のみならず、組織内部の文化や働き方にも変化をもたらします。たとえば、展示部門と建築設計者が協働する場を通じて、部門間の理解や連携が生まれ、従来の縦割りの文化が緩やかにほぐれていくことがあります。こうした「現場同士の対話」が習慣として定着すれば、それは新たな風土として館の運営に持続的な影響を与えます。
また、新館にあわせて人員配置や役割分担を見直す必要が生じるため、これまでの慣行に基づく業務分掌からの脱却を促すきっかけにもなります。新人職員の採用や、既存職員への研修制度の設計も、こうした変化に沿って見直すことで、組織全体の柔軟性と対応力が高まります。
ビジョンと体制をつなげるマネジメントの必要性
建設プロジェクトの段階で掲げられたビジョンや理念が、開館後の運営に実際に反映されていないという課題は少なくありません。それは、プロジェクト段階で描いた「理想」と、現場の実務をつなぐ橋渡しがうまく設計されていないことに起因します。たとえば、展示空間の活用方針やコミュニティ連携の理念などが、館内の部門別運用や人材配置にまで落とし込まれていないと、理念が形骸化してしまいます。
このようなズレを防ぐためには、プロジェクト推進委員会やマネジメント層が、計画策定の初期段階から現場の声を反映させる体制を整え、開館後も定期的に理念と実務の整合性を点検する「理念評価」の機会を制度化することが求められます(Lord & Barry Lord, 2009)。
制度の定着と運営フェーズへの橋渡し
建設プロジェクト中に整備された制度や関係性を、開館後の運営フェーズにどう引き継ぐかも重要な課題です。設計・建設のプロセスで形成された意思決定の文化や情報共有の仕組みが、開館後に失われてしまえば、再び縦割りや属人化が進行しかねません。
そこで、プロジェクト終了後も継続的に運営に携わる体制を整備することが推奨されます。たとえば、建設フェーズのPMや外部専門家のうち、一定の知見を持つ者をアドバイザーとして残す、開館後半年間は移行期委員会を継続運用するなど、制度設計の定着を図る工夫が有効です。
プロジェクトは完了しても、組織の未来は続いていきます。建設を「改革の始点」ととらえ、館全体のビジョンを推進するエンジンとして活用することが、持続可能な博物館経営の鍵となるのです。
参考文献一覧
- Crimm, W. L. (2009). Planning successful museum building projects. AltaMira Press.
- Lord, G. D., & Markert, K. (2017). The manual of strategic planning for cultural organizations: A guide for museums, performing arts, science centers, public gardens, heritage sites, libraries, archives. Rowman & Littlefield.
- Lord, G. D., & Lord, B. (2009). The manual of museum management (2nd ed.). AltaMira Press.