博物館の地域連携はなぜ失敗するのか ― 成功条件を理論と事例から整理する

地域連携は、もはや博物館経営において特別な取り組みではなく、避けて通れない前提条件となっています。財政制約や人材不足、社会的要請の高度化を背景に、多くの博物館が学校、自治体、企業、市民団体などとの連携を模索してきました。

一方で、現場では「継続しない」「形骸化する」「かえって負担が増える」といった声も少なくありません。地域連携は重要だと分かっていても、なぜうまくいかない事例がこれほど多いのでしょうか。

本記事では、博物館分野および公共経営分野の研究成果を根拠に、地域連携の成否を分ける条件を理論的に整理します。その際、連携を善意や努力の問題として捉えるのではなく、博物館経営における意思決定、すなわち公共性とガバナンスを伴う経営判断として捉え直すことを目的とします。

目次

地域連携が「うまくいかない」背景

博物館に地域連携が求められてきた理由

近年、博物館を取り巻く経営環境は大きく変化しています。多くの館で共通して指摘されるのが、財政制約の深刻化と人材不足、そして専門性の分散です。限られた予算の中で、収蔵品管理、展示、教育普及、広報までを自館のみで完結させることは、現実的に難しくなっています。

また、博物館に求められる役割も、単なる展示施設から、教育、観光、福祉、地域振興など複合的なものへと拡張してきました。こうした状況の中で、学校や自治体の他部局、民間企業、市民団体などと連携し、外部の知識や資源を活用することが、博物館経営上の重要な選択肢として位置づけられてきました。

政策面でも、公共施設の効率化や公共サービスの高度化を目的として、分野横断的な連携やパートナーシップが推奨されてきた経緯があります。博物館を含む公共サービス分野では、単一組織では対応できない複雑な課題が増加しており、分野横断的な協働が不可避になっているとされています(Bryson et al., 2015)。

それでも地域連携が失敗しやすい理由

しかし、地域連携が必要とされる一方で、実際の現場ではうまく機能しない事例が少なくありません。その大きな要因の一つが、連携の目的が曖昧なまま事業が始まってしまうことです。「地域と連携すること自体」が目的化すると、何をもって成功とするのかが共有されず、関係者の期待がすれ違いやすくなります。

また、連携によって博物館が果たすべき役割が明確でない場合、博物館は単なる会場提供者や調整役にとどまり、本来の専門性が十分に発揮されません。その結果、博物館側には負担感だけが残り、相手側からも「博物館と組む意義」が見えにくくなります。

さらに、連携は複数の組織や価値観が交差する取り組みであるため、設計や初期条件を誤ると不安定になりやすいという特性を持っています。協働は本質的に複雑で不安定であり、初期条件や設計を誤ると「協働の停滞」が生じやすいと指摘されています(Bryson et al., 2015)。

地域連携は「善意」ではなく経営判断である

協働優位という考え方

地域連携が語られる際、「地域のため」「協力すること自体が望ましい」といった善意や理念が強調されることは少なくありません。しかし、博物館経営の観点から見ると、連携は本来きわめて戦略的な判断であるはずです。その鍵となる考え方が、協働優位です。

協働優位とは、単独の組織では実現できない価値や成果が見込まれる場合にのみ、協働は正当化されるという整理を指します。つまり、なぜ「一緒にやる必要があるのか」を説明できない連携は、経営的には成立しにくいということです。

博物館が地域連携に取り組む際には、相手と組むことでどのような公共的価値が新たに生まれるのか、単独運営では何が限界なのかを明確にする必要があります。協働が正当化されるのは、単独の組織では実現できない成果が見込まれる場合に限られると整理されています(Bryson et al., 2015)。

博物館にとっての地域連携の意味

この視点に立つと、博物館にとっての地域連携は、単なる外部資源の補完手段ではないことが見えてきます。人手不足や予算不足を埋めるためだけの連携であれば、博物館の役割は次第に希薄化してしまいます。

むしろ重要なのは、博物館が持つ専門性、すなわち資料の解釈力、知識の編集力、経験の設計力を、地域社会の中でどのように実装するかという点です。地域連携は、博物館が公共性をどのように具体化するかを問う実践でもあります。

博物館自身が変わる意思を持たず、既存の枠組みのまま地域と関わろうとする場合、連携は形式的なものにとどまりやすくなります。地域連携は、博物館が変わる覚悟を伴わなければ、象徴的な参加にとどまる危険があると指摘されています(Callahan Schreiber et al., 2024)。

成功条件① 目的と成果指標が共有されている

地域連携がうまく機能しない背景には、連携の目的が関係者の間で十分に共有されていないという問題があります。博物館側は教育的価値や公共性の向上を重視している一方で、連携相手は集客や経済効果、広報効果を期待していることも少なくありません。

このように、教育的目的と経済的目的が整理されないまま連携が始まると、事業が進むにつれて評価軸のずれが顕在化します。その結果、どの時点で成功と判断するのかが分からず、不満や不信が蓄積されていきます。

成功している地域連携に共通しているのは、目的が多すぎないことです。すべてを同時に達成しようとするのではなく、今回の連携で何を最も重視するのかを限定的に設定しています。また、その目的に対応した成果指標が、博物館と連携先の双方で共有されています。

来館者数なのか、学習効果なのか、関係性の継続なのかといった評価の視点を事前に確認することで、連携は運用可能なものになります。目的や成功の定義が共有されていない協働は、信頼形成に至らず短期で停滞する傾向があります(Bryson et al., 2015)。

成功条件② 博物館の役割と専門性が明確である

地域連携において博物館の役割が不明確な場合、博物館はしばしば会場提供者や事務的な調整役にとどまってしまいます。この状態が続くと、博物館の専門性は十分に発揮されず、連携相手から見ても「博物館でなくてもよいのではないか」という印象を与えかねません。

持続可能な地域連携を実現するためには、博物館が担う固有の役割を明確にすることが不可欠です。博物館の専門性とは、資料や地域資源を解釈し、意味づけ、来館者や地域社会が経験できる形に編集・設計する力にあります。

単にコミュニティの声をそのまま反映するのではなく、専門的判断を通じて構造化し、公共的な知として提示することが博物館の役割です。この専門性を手放さずに連携に臨むことが、結果として相手との対等な関係を生み出します。

コミュニティの声を単に反映するのではなく、博物館の専門的判断を通じて設計に組み込むことが、持続可能な連携につながるとされています(Callahan Schreiber et al., 2024)。

成功条件③ 権力・資源の非対称性を前提に設計する

地域連携では、「対等なパートナーシップ」という言葉がしばしば用いられます。しかし実際には、博物館と連携先の間には、予算規模、人員数、意思決定権、社会的影響力などにおいて明確な差が存在することが一般的です。

この非対称性を見ないふりをして「対等であるはずだ」と振る舞うことは、かえって連携を不安定なものにします。重要なのは、対等性の幻想を前提にしないことです。成功している連携では、どの組織が主導的な役割を担い、どの部分を相互補完するのかがあらかじめ整理されています。

博物館が企画や解釈を主導するのか、あるいは調整役に徹するのかといった役割分担を曖昧にしないことで、期待のずれを防ぐことができます。また、こうした合意は口頭ではなく、覚書や計画書といった文書として明文化されることが不可欠です。

役割や責任、意思決定のプロセスを文書化することは、信頼を損なう行為ではなく、むしろガバナンスを安定させるための基盤となります。権力や資源の非対称性を無視した協働は、対立や不信を生みやすいと指摘されています(Bryson et al., 2015)。

成功条件④ 個人ではなく「仕組み」で関係を支える

地域連携が立ち上がる過程では、熱意や能力の高い個人の存在が大きな役割を果たすことが少なくありません。しかし、その個人に過度に依存した連携は、担当者の異動や退職とともに脆く崩れてしまいます。

持続的な地域連携を実現するためには、個人の努力を前提としない仕組みづくりが不可欠です。その一つが、覚書や戦略文書、合意書といった公式な文書による関係整理です。目的、役割、意思決定の方法、情報共有のルールを明確に記録しておくことで、担当者が変わっても連携の文脈が引き継がれます。

また、個人対個人ではなく、組織対組織の関係として連携を構築することも重要です。特定の学芸員や職員の人的ネットワークに依存するのではなく、部署や組織として関与することで、連携は博物館経営の一部として位置づけられます。

地方自治体博物館の連携では、特定の担当者への依存が最大のリスクであることが実証的に示されています(Wilson & Boyle, 2004)。

地域連携を成功に導く5つの条件(一覧表

成功条件要点(何が必要か)典型的な失敗パターン実務での確認ポイント
目的と成果指標が共有されている目的を絞り、成功の定義と評価方法(来館者数、学習効果、継続性など)を関係者間で共有する目的が曖昧なまま開始し、途中で期待がずれて不満と不信が蓄積する目的は1〜2個に限定できているか/成果指標は具体的か/誰が何をもって成功と判断するか決まっているか
博物館の役割と専門性が明確である博物館が「解釈・編集・経験設計」を担うことを明示し、不可欠な価値を提供する会場提供者・調整役にとどまり、「博物館でなくてもよい」状態になる博物館でなければできない価値が言語化されているか/博物館の意思決定領域が定義されているか
権力・資源の非対称性を前提に設計する予算・人員・権限の差を前提に、主導/補完の役割分担と意思決定プロセスを明文化する「対等」の前提で曖昧に進み、責任の押し付け合いや不信が生じる誰が最終決定するか決まっているか/役割分担が書面で確認できるか/負担配分が納得可能か
個人ではなく「仕組み」で関係を支える覚書・戦略・合意文書で関係を固定し、組織対組織で引き継げる形にする担当者依存で、異動・退職とともに連携が消える文書化(目的・役割・連絡体制・記録)できているか/複数人・複数部署が関与しているか
小さく始め、学習しながら更新する計画を固定せず、試行→振り返り→修正を繰り返し、小さな成功を積み重ねる初期から大規模化・完成形を目指し、現場が疲弊して硬直化する小規模に試せる設計か/振り返りの場があるか/改善点が次の計画に反映されているか

まとめ

地域連携は、博物館にとって「できれば取り組みたい施策」ではなく、経営環境の変化に応答するための現実的な経営判断です。財政制約や人材不足のなかで外部と協働する場面が増える一方、連携がうまくいかない事例も少なくありません。

その背景には、目的や成果指標が共有されないまま始まること、博物館の役割が曖昧になること、権力や資源の非対称性が見えないまま進むこと、担当者個人に依存して継続性が担保されないこと、計画を固定して学習と更新が起こらないことといった要因があります。

逆に言えば、成功する地域連携とは、これらの条件を偶然に満たした結果ではなく、初期段階から意図的に設計されたガバナンスの成果だといえます。博物館が連携を通じて発揮すべき価値は、地域の資源や声を解釈し、意味づけ、経験として設計し直す専門性にあります。

この専門性を起点に公共性を具体化するとき、地域連携は負担ではなく、博物館の存在意義を社会の中で更新する機会となります。地域連携は、博物館が自らの専門性を公共的価値として社会に実装するための経営行為であると位置づけられます(Bryson et al., 2015)。

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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