AIは来館者の理解度に合わせて展示解説を変えられるのか―海外事例から考える

博物館の展示ラベルや音声ガイドは、多くの場合、子ども、一般来館者、専門的な知識を持つ来館者に対して、ほぼ同じ情報を提供します。しかし、来館者によって、知っていること、関心を持つ点、理解しやすい語彙、求める情報の深さは異なります。説明が難しすぎれば理解を妨げ、反対に簡単すぎれば、新たな発見につながらない可能性があります。

AIやユーザーモデリングを活用すれば、来館者の知識レベル、関心、質問内容、見学履歴などに応じて、解説の語彙や情報量、説明の順序を変えることが考えられます。海外では、M-PIRO、Fresq、ASSIST/ASTOUNDのマルチモーダルAI博物館アシスタントなど、個別化された展示解説を目指す試みが進められてきました。

ただし、来館者が申告した知識レベルに説明を合わせることと、展示内容を実際にどこまで理解したかを測定することは同じではありません。海外の事例は、AIが来館者の「理解度」に応じて解説を変える段階に、どこまで到達しているのでしょうか。

目次

AIが「理解度に合わせる」とはどういうことか

知識レベルと理解度は同じではない

AIによる展示解説の個別化を考える際には、「知識レベル」と「実際の理解度」を区別する必要があります。来館者が自分を「初心者」「一般」「専門家」と選択しても、その人が個々の展示内容をどこまで理解しているかまでは分かりません。専門家であっても専門外の資料には詳しくない場合があり、初心者でも特定のテーマについて十分な知識を持っている場合があります。

この違いを整理すると、AIによる個別化は大きく3つの段階に分けられます。

個別化の段階利用する情報理解度との関係
自己申告型初心者・一般・専門家などの選択間接的
履歴・行動推定型見た展示、提示履歴、質問内容、閲覧行動間接的
理解診断型来館者の回答、説明、誤答など直接的

現在紹介されている海外事例の多くは、来館者の自己申告や見学履歴、質問内容から知識や関心を推定する段階にあります。一方、来館者の回答から誤解や理解不足を把握し、その結果に応じて説明方法を変える理解診断型のシステムは、まだ研究段階にあるものがほとんどです。

展示解説で個別化できる要素

展示解説で個別化できるのは、文章の長さだけではありません。語彙や専門用語の難易度、情報量、説明する順序、比較対象、具体例、見学経路、追加質問への回答、文字・音声・画像などの提示方法も調整できます。つまり個別化とは、「誰に何を、どの順番で、どの深さまで伝えるか」を設計することです。

展示解説は、資料に関する知識を伝えるだけではなく、その意味を来館者の経験や関心と結び付ける役割も担っています。展示解説が来館者体験に果たす役割については、展示解説と来館者体験の関係で詳しく解説しています。

このような整理を踏まえると、海外で開発されてきたAI展示解説が実際に個別化しているのは、知識レベルなのか、提示履歴なのか、それとも理解度そのものなのかを区別して評価する必要があります。まずは、その先駆的な研究として知られるM-PIROを見ていきましょう。

M-PIRO―来館履歴から「既知の情報」を推定する先駆的事例

展示解説を動的に生成する仕組み

M-PIROは、2000年代初頭に開発された、多言語による個別化展示解説の研究プロジェクトです。現在のChatGPTのような大規模言語モデルを利用した生成AIではなく、学芸員があらかじめ登録した構造化データを基に、利用者ごとに説明文を組み立てる自然言語生成(Natural Language Generation:NLG)システムとして設計されました(Androutsopoulos et al., 2002)。

当時の展示解説では、子ども向け、一般向け、専門家向けなど複数の解説文をあらかじめ用意し、その中から一つを選択する方式が一般的でした。一方、M-PIROでは展示資料に関する事実を細かな単位で管理し、来館者の属性や見学状況に応じて、それらを組み合わせながら文章を生成します。そのため、同じ作品でも来館者ごとに異なる内容や順序で解説を提示できる点が大きな特徴でした。

文章生成には、利用者の言語、利用者類型、希望する解説の長さ、過去に見た展示資料、すでに提示した情報などが利用されます。単に文章を短くしたり長くしたりするだけでなく、「どの事実を説明するか」そのものを利用者ごとに変えられるよう設計されていました。

assimilation scoreとは何か

M-PIROを特徴付ける概念の一つが、assimilation scoreです。これは、ある情報について、システムが「来館者はどの程度知っている」と推定しているかを示す指標です。

例えば、ある展示で「飛鳥時代の瓦は文様や製作技法によって年代を推定できる」という説明を提示した場合、その内容は既知の情報として利用者モデルに反映されます。その結果、次の展示では同じ説明を繰り返す代わりに、「先ほど紹介した瓦との違い」に焦点を当てた説明へ変更できます。このように、一度提示した内容を踏まえて説明を発展させられることは、従来の固定的な音声ガイドにはない特徴でした。

解説の語彙と深さを変える

M-PIROでは、子ども、一般来館者、専門家などの利用者類型に応じて、語彙、文の長さ、説明する事実、専門性を変更することが想定されていました。例えば、子ども向けには専門用語を避けて身近な例を用い、専門家向けには作品相互の比較や学術的な背景まで説明するといった使い分けが可能です。

重要なのは、この判断をAIが独自に行うのではなく、学芸員が各事実の重要性、利用者層ごとの関心度、使用する語彙などをあらかじめ設定する点です。つまり、M-PIROは学芸員の知識を利用者に応じて最適な形で再構成するシステムといえます。

M-PIROの限界

一方で、M-PIROには明確な限界もあります。assimilation scoreが示しているのは、「情報を提示した」という事実であり、「来館者が実際に理解した」ことではありません。説明を読まなかった場合や内容を誤解した場合、あるいは時間が経って忘れてしまった場合でも、それをシステムが判断することは困難です。

したがって、M-PIROは理解度を診断するAIではなく、「提示履歴と利用者類型に応じて展示解説を個別化する」先駆的な研究として評価するのが適切です。この考え方は、その後のAI展示解説にも受け継がれています。次に紹介するFresqでは、来館者自身が知識レベルや関心を設定し、その情報を基に見学体験を個別化する実務的なサービスへと発展しています。

Fresq―知識レベルと関心から見学体験を個別化するAIガイド

来館者が知識レベルを選択する

M-PIROが研究プロジェクトとして利用者モデルを構築していたのに対し、Fresqは実際の博物館での導入を想定したAIガイドサービスです。来館者自身のスマートフォンを利用し、一人ひとりに合わせた展示体験を提供することを目指しています。

Fresq公式サイトによると、利用開始時に、来館者は知識レベル、関心分野、使用言語、見学可能時間、見学ペースなどを設定します。その情報を基に、システムは解説の詳しさや見学ルートを調整し、それぞれの来館者に適した展示体験を提案します。

例えば、短時間で主要作品だけを見学したい来館者と、時間をかけて専門的な解説を読みたい来館者では、紹介する作品や説明の深さを変えることができます。また、子ども向けと専門家向けでは、使用する語彙や説明の構成も変更できるよう設計されています。

質問に応じて説明を掘り下げる

Fresqの特徴は、固定された展示解説を一方的に聞くのではなく、来館者がその場でAIへ質問できることです。

例えば、「子どもにも分かるように説明して」「制作技法を詳しく知りたい」「先ほど見た作品との違いを教えてください」といった質問に応じて、その場で説明を補足できます。来館者が興味を持った内容をさらに深く知ることができるため、従来の音声ガイドより柔軟な情報提供が可能になります。

このような対話型の仕組みにより、来館者は決められた順番で解説を聞くのではなく、自分の関心に合わせて展示を探索できるようになります。

学芸員が内容を管理する

一方、FresqはAIが自由に展示解説を作成することを目指しているわけではありません。公式サイトでは、学芸員や教育担当者がCMS(コンテンツ管理システム)を利用し、展示情報、解説の深度、語調、見学ルートなどを管理する構想が示されています。

この仕組みにより、博物館が承認した情報や解釈方針を維持したまま、来館者ごとに説明内容を個別化できます。AIは学芸員の役割を置き換えるのではなく、学芸員が整備した知識を、それぞれの来館者へ最適な形で届ける役割を担います。

Fresqの限界

もっとも、Fresqが利用する知識レベルは、基本的には来館者自身の自己申告です。AIが理解確認の質問を行い、その回答から理解不足や誤解を診断する仕組みではありません。

また、公開されている情報は主としてFresq公式サイトによるサービス紹介であり、一般来館者を対象として理解度の向上や学習効果を独立した研究で実証したものではありません。したがって、Fresqは理解度を診断する教育システムというより、来館者が申告した知識水準や希望に応じて説明の深さを調整する、実務導入に近いAIガイドとして位置付けることが適切です。

さらに近年では、このような利用者プロファイルに加えて、作品画像の認識や音声対話、生成AI、博物館資料の検索機能を組み合わせたシステムも登場しています。次に紹介するASSIST/ASTOUNDは、その代表的な研究事例です。

ASSIST/ASTOUND―画像認識と生成AIを組み合わせた展示解説

来館者プロファイルに基づく解説

近年は、大規模言語モデルの発展によって、展示解説の個別化はさらに高度な段階へ進みつつあります。その代表例が、ASSIST/ASTOUNDプロジェクトで開発されているマルチモーダルAI博物館アシスタントです。このシステムは、画像認識、音声対話、生成AI、知識グラフ、RAG(検索拡張生成)、利用者プロファイルを組み合わせ、一人ひとりに応じた展示解説を実現しようとしています(Guragain et al., 2025)。

利用開始時には、年齢層、出身国、美術に関する知識、見学可能時間などを入力します。その情報に応じて、回答に使用する語彙、説明の長さ、専門性、話し方などが調整されます。このような生成AIが来館者とコレクションを結び付ける可能性については、生成AIが博物館の来館者体験を変える可能性を扱った記事でも紹介しています。

作品画像と質問を組み合わせる

ASSIST/ASTOUNDの特徴は、作品画像と対話を組み合わせて解説できる点です。来館者はスマートフォンで作品全体や気になった部分を撮影し、その画像を基に文字や音声で質問できます。

例えば、「右上に描かれている人物は誰ですか」「この文様にはどのような意味がありますか」と質問すると、AIは作品全体ではなく、来館者が実際に注目している部分に対応した説明を行います。従来の音声ガイドのように一方向で解説するのではなく、作品を見ながら疑問を解決できることが大きな特徴です。

RAGと知識グラフによる情報管理

回答に利用される情報源には、博物館の公式ウェブサイトや音声ガイドなどが用いられます。ここで重要な役割を果たすのがRAG(検索拡張生成)です。RAGとは、AIが一般的なインターネット情報から自由に回答するのではなく、博物館が用意した資料を検索し、その内容を基に回答を生成する仕組みです。これにより、回答の根拠を博物館が管理する情報へ限定し、誤情報の発生を抑えることが期待されています。

さらに、作品、作者、時代、技法、主題などの関係を整理した知識グラフを利用することで、関連する作品や背景知識も組み合わせながら説明できます。利用者プロファイル、画像認識、音声対話、RAG、生成AIが一つのシステムとして統合されている点は、これまで紹介した事例の中でも最も技術的に進んだ特徴といえるでしょう。

理解度推定は将来課題

しかし、このシステムも現時点では、利用開始時に入力した美術知識などの利用者プロファイルに大きく依存しています。対話の内容から来館者の誤解や知識不足を継続的に推定し、その結果に応じて利用者モデルを更新する仕組みは限定的です。

また、この研究は一般来館者の理解度向上や記憶保持を比較実験によって実証したものではなく、システムの機能実証や専門家による評価を中心としています。つまり、ASSIST/ASTOUNDは現在の生成AI技術に最も近い研究事例ですが、来館者が何を理解し、どこで誤解したかを継続的に診断する段階には至っていません。

ここまで見てきた3事例は、それぞれ異なる方法で展示解説を個別化しています。次節では、それぞれがどの情報を利用し、どこまで「理解度」を把握しているのかを比較して整理します。

3事例は「理解度」をどこまで把握しているのか

ここまで紹介したM-PIRO、Fresq、ASSIST/ASTOUNDは、いずれも来館者に応じて展示解説を個別化することを目的としています。しかし、それぞれが利用する情報や、実際に把握できる「理解度」の範囲には違いがあります。

事例個別化に使う情報変更される内容実際の理解確認
M-PIRO利用者類型、提示履歴語彙、説明する事実、文章の長さ、資料間の比較なし
Fresq自己申告の知識レベル、関心、見学時間、質問内容説明の深さ、見学経路、質問への回答なし
ASSIST/ASTOUND年齢、美術知識、作品画像、質問内容語彙、説明の深さ、注目箇所に応じた回答限定的

M-PIROは、継続的な利用者モデルを構築し、提示履歴を次の展示解説へ反映した点で先駆的でした。Fresqは、自己申告による知識レベルや関心を基に、実際の博物館で導入しやすいサービスとして設計されています。ASSIST/ASTOUNDは、画像認識、音声対話、RAG、生成AIを一つのシステムへ統合した点で、最も高度な技術を採用しています。

このような適応型ガイドの考え方は以前から研究されており、PEACHでは、来館者の行動や関心に応じて展示情報を変えるシステムが実際の博物館で評価されています(Stock et al., 2007)。

しかし、これらの事例が把握しているのは、主として来館者の属性、自己申告、提示履歴、質問内容、行動履歴です。来館者が何を理解し、どこで誤解したのかを直接測定しているわけではありません。

つまり、「個別化された展示解説」と「理解度に応じた学習支援」は区別して考える必要があります。本当の意味で理解度に合わせるAIを実現するためには、説明を提示するだけでなく、来館者の理解状態を確認し、その結果に応じて説明方法そのものを変える仕組みが求められます。

本当の意味で理解度に合わせるために必要な仕組み

説明して終わるのではなく、理解を確認する

これまで紹介した海外事例は、来館者に応じて展示解説を変えるという点で重要な成果を示しています。しかし、本当の意味で理解度に応じた支援を実現するには、説明を提示して終わるのではなく、その説明がどの程度理解されたかを確認し、次の説明へ反映する仕組みが必要です。

その基本的な流れは、次のように整理できます。

事前知識の確認



展示解説



短い理解確認



回答の分析



解説方法の変更



再確認

このような循環が実現すれば、AIは固定的に「初心者」「専門家」を分類するだけではなく、展示テーマごとに来館者の理解状態を更新しながら支援できます。例えば、日本美術には詳しくても考古学には不慣れな来館者もいるため、知識状態は分野ごとに変化すると考える必要があります。

誤答ではなく「誤解の理由」を把握する

理解確認では、単に正解か不正解かを判定するだけでは十分ではありません。来館者が作品や資料のどこに注目し、どの概念を取り違え、どのような推論で結論に至ったのかを把握することが重要です。

もし誤解が見つかった場合も、同じ説明を繰り返すだけでは効果は限定的です。別の具体例を示したり、比較資料を提示したり、画像上で注目すべき箇所を示したりすることで、異なる視点から理解を支援することが求められます。

一方で、理解確認が試験のような体験になることは避けなければなりません。問いかけは来館者を評価するためではなく、実物資料をより丁寧に観察するきっかけとして設計することが重要です。

文化財展示での利用例

例えば、瓦の展示でAIが「この瓦の年代を考えるとき、どの部分に注目すればよいと思いますか」と問いかけたとします。

回答に応じて、初心者には文様や形状、出土位置といった基礎的な観察ポイントを示します。ある程度理解している来館者には製作技法や編年との関係を説明し、さらに専門的な関心を持つ来館者には、同笵関係、笵傷、瓦の供給関係まで発展させることができます。

一方、文様だけで年代が決まると誤解している場合には、「この部分だけではなく、瓦の厚さや出土位置にも注目してみてください」と画像や実物上の注目箇所を示しながら説明を組み立て直します。重要なのは、説明を増やすことではなく、来館者の理解状態に応じて説明方法そのものを変えることです。

こうした仕組みは、現在の海外事例が実現している機能というより、その先に目指すべき設計要件と考えられます。そして実際に導入するためには、技術だけでなく、情報管理や運用体制、展示設計なども含めた課題を検討する必要があります。

AI展示解説を導入する際の課題

生成AIの誤情報

AI展示解説を導入する際に最も重要な課題の一つが、生成AIによる誤情報です。生成AIは、事実と異なる内容を説明したり、博物館が採用している解釈方針とは異なる回答を生成したりする可能性があります。

そのため、AIが一般的なインターネット情報から自由に回答するのではなく、博物館が承認した展示解説、図録、調査報告書などを検索し、その内容を基に回答するRAGを利用することが重要です。また、学芸員による事前監修だけでなく、実際の回答履歴を定期的に点検し、誤回答や不適切な表現を継続的に修正する運用体制も欠かせません。

個人情報と利用者プロファイル

個別化を実現するためには、年齢、使用言語、関心分野、見学履歴、質問内容など、来館者に関する情報を取得する場合があります。その際には、何の目的で利用するのか、どのくらい保存するのか、第三者へ提供することがあるのかを明確に示す必要があります。

また、必要以上の個人情報を収集しない「データ最小化」の考え方も重要です。展示解説の個別化に不要な情報まで取得することは避け、可能な限り匿名化や仮名化を行うことが望まれます。特に子どもが利用する場合には、保護者への説明や同意の取得、質問履歴の保存方法などについて、より慎重な配慮が求められます。

学芸員の負担

AIを導入しても、学芸員の仕事がなくなるわけではありません。むしろ、展示情報を検索しやすい形で構造化し、来館者層ごとの解説の深さや語調を設計するなど、新たな役割が生まれます。

さらに、AIの回答内容を確認し、誤回答を修正するとともに、来館者の質問履歴を分析して展示改善へ生かすことも重要になります。こうした運用を継続するためには、人員や予算を含めた体制整備が必要です。

展示を見る行為を妨げない設計

もう一つ見落としてはならないのが、AIと対話すること自体が目的になってしまう危険性です。来館者がスマートフォン画面ばかり見ていると、実物資料を観察する時間が減ってしまいます。

そのため、AIは画面上で説明を完結させるのではなく、「作品の右下を見てください」「表面の細かな傷に注目してください」といった形で、来館者の視線を実物へ戻す役割を果たすことが重要です。また、音声ガイドの利用方法、イヤホンの装着、展示室の照明や館内動線、他の来館者への影響なども含めて設計しなければなりません。

このように、AI展示解説の成否はAIの性能だけで決まるものではありません。信頼できる情報管理、継続可能な運用体制、実物資料を中心に据えた展示設計を一体として構築することが重要です。こうした前提を踏まえると、日本の博物館では段階的な導入を進めることが現実的な選択肢となるでしょう。

日本の博物館への示唆

段階的な導入が現実的である

海外事例を見ると、AI展示解説には大きな可能性がありますが、日本の博物館が最初から自由対話型の高度なAIシステムを全面導入する必要はありません。人員や予算が限られる館では、小規模な展示や期間限定展示などで試行し、利用状況や運用上の課題を確認しながら段階的に発展させる方法が現実的です。

第一段階では、子ども向け、一般向け、専門向けなど複数の解説深度を用意します。第二段階では、来館者からの質問に対して、博物館が承認した展示解説や図録などを検索し、その内容に基づいて回答する機能を追加します。そして第三段階では、見学履歴、質問内容、短い理解確認などを利用して、その後の展示解説の内容や説明方法を変更します。このような段階的な導入であれば、小規模館や専門館でも目的を限定しながら導入を検討できます。

対話記録を展示評価に活用する

AIとの対話記録は、展示評価にも新たな可能性をもたらします。来館者が何を質問したかを分析することで、関心が集まった資料だけでなく、理解されにくい用語や説明が不足している箇所、追加説明が必要なテーマなどを把握できます。

これまでの展示評価では、滞在時間や館内動線といった行動データが主に利用されてきました。一方、質問内容は、来館者がどこで疑問を抱き、何を理解しようとしたのかという認知的な情報を含んでいます。こうした来館者データを展示改善に活用する基本的な考え方に対話記録を組み合わせることで、展示解説の改善に役立てられる可能性があります。ただし、質問履歴を分析する場合には、匿名化を行うとともに、利用目的を来館者へ明確に示すことが必要です。

博物館経営との関係

AIガイドは、単なる展示機器ではありません。多言語対応やアクセシビリティの向上、来館者満足度の向上に加え、展示評価や学芸員業務の再設計にも関わる仕組みです。また、質問履歴や利用状況を分析することで、デジタル投資が来館者体験の向上や展示改善にどの程度寄与したかを検証することも可能になります。

つまり、AI展示解説は「展示解説」「来館者調査」「改善活動」を一体化する経営的な基盤として捉えることができます。重要なのはAIを導入すること自体ではなく、実物資料と来館者との関係をより深めるために、どのような形で活用するかを設計することです。最後に、本記事で紹介した海外事例から得られる知見を改めて整理します。

まとめ―AI展示解説は個別化から理解支援へ進めるか

M-PIRO、Fresq、ASSIST/ASTOUNDでは、来館者の知識レベル、関心、質問、提示履歴などに応じて、展示解説を個別化する試みが進められています。M-PIROは利用者モデル、Fresqは実務的なAIガイド、ASSIST/ASTOUNDは画像認識・音声対話・RAG・生成AIを統合した点で、それぞれ重要な発展を示しています。

一方で、現在の多くの事例は、自己申告や提示履歴を基に説明内容を調整しており、来館者が実際に何を理解し、どこで誤解したかを直接測定しているわけではありません。今後求められるのは、説明の難易度を変えるAIではなく、対話を通じて理解状態を把握し、実物への観察を促しながら説明方法を柔軟に変えていくAIです。

AI展示解説を導入する目的は、画面上の情報量を増やすことではありません。来館者一人ひとりが実物資料をより深く観察し、自ら考え、新たな気付きを得られるよう支援することにあります。AIが目指すべき役割は、実物資料を見る体験に代わることではなく、その価値をより豊かにすることだといえるでしょう。

参考文献

Androutsopoulos, I., Dimitromanolaki, A., Kokkinaki, V., Calder, J., Oberlander, J., & Not, E. (2002). Generating multilingual personalized descriptions of museum exhibits: The M-PIRO project. In G. Burenhult & J. Arvidsson (Eds.), Archaeological informatics: Pushing the envelope (pp. 233–242). Archaeopress.

Guragain, A., Bellver Soler, J., Ramos Varela, S., Lin, L., Aragón Diaz, D., & D’Haro, L. F. (2025). A personalized, multimodal AI assistant for enhancing museum visitor experience. CEUR Workshop Proceedings, 4136.

Stock, O., Zancanaro, M., Busetta, P., Callaway, C., Krüger, A., Kruppa, M., Kuflik, T., Not, E., & Rocchi, C. (2007). Adaptive, intelligent presentation of information for the museum visitor in PEACH. User Modeling and User-Adapted Interaction, 17, 257–304.

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この記事を書いた人

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国立文化施設にて博物館運営・経営に関する業務に携わっています。
博物館経営、文化政策、ミュージアムDX、教育普及を中心に、実務と研究の両面から情報発信を行っています。

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