博物館の組織構造とは何か ― 人と階層から読み解く経営のしくみ

目次

導入:なぜ「人と階層」を理解する必要があるのか

博物館が策定するミッションやビジョン、さらには経営戦略や中長期的な計画は、紙の上に描かれただけではその力を十分に発揮することはできません。それらを実際に動かし、来館者との接点や社会的な価値へと変換していくのは、日々の実務を担う「組織」の力によるものです。経営の意思決定がいかに優れていても、それを実行する組織構造が機能していなければ、期待される成果には結びつかないのです(Lord & Lord, 2009)。

博物館には、資料の収集・保存・調査研究・展示・教育普及・広報・施設管理など、多様な専門的機能が内在しています。これらを担うのは、館長、副館長、学芸員、教育担当、事務職員、ボランティアなど、さまざまな立場と役割を持った人びとです。こうした「人」の配置や関係性は、上下の階層構造として可視化され、日々の意思決定や業務分担、責任の所在を支えるしくみとなっています。

つまり、博物館における「組織構造」とは、単なる人員の配置図ではありません。それは、「何を重視するか」「どこに力を入れるか」といった館の価値観や優先順位を表す“かたち”なのです。たとえば、教育部門を学芸部門とは独立して設置しているか、あるいは統合して運営しているかという違いだけでも、その博物館が教育普及をどのように位置づけているかが見えてきます。組織構造とは、まさに館のアイデンティティやミッションを体現する設計図であると言えるでしょう(Tanga, 2021)。

また、組織構造は静的な図ではなく、制度や政策、外部環境の変化に応じて常に再編成の可能性を含んでいます。公立館では指定管理制度の導入、独立行政法人化、ガバナンス改革などによって、組織の形や意思決定の流れが変化してきました。一方、私立館や市民主体の小規模館では、より柔軟な人員配置やフラットな構造を採用する動きも見られます。こうした変化のなかで、組織構造を理解することは、博物館が社会の要請にどのように応えようとしているのかを読み解く手がかりにもなります(Gray, 2016)。

本記事では、博物館における組織構造の基本的な形態とその機能を確認したうえで、実際に働く人びとの役割や責任の所在、そして現代的な課題や再編の動きについて考察していきます。「人と階層」という視点から、博物館という組織のしくみを読み解いていきましょう。

組織構造の基本:部門・階層・責任の配置

博物館の組織は、外から見ると展示室や受付といった表層的な部分しか見えませんが、その背後には多くの専門職やスタッフが連携しながら働く複雑な構造があります。この構造は単なる人員配置ではなく、経営方針や社会的使命を遂行するための「しくみ」として設計されています。

まず基本となるのが、部門の構成です。多くの博物館では、業務の性質に応じておおむね三つの機能的領域に分けられます。第一は、資料の収集・保存・調査研究を担う「コレクション部門」です。この部門には学芸員のほか、資料の保存環境を管理する技術職、資料の修復や記録作成を担当する職員が所属しており、博物館の根幹となる資料群の維持と継承を担っています。

第二は、展示や教育普及、広報活動を担当する「プログラム部門」です。ここでは展示企画担当が展覧会の構成や演出を計画し、教育担当が学校連携プログラムや体験型ワークショップを運営します。また、近年ではSNSやウェブサイトを通じた情報発信も重要な業務となっており、広報担当との連携も密になっています。

第三が、財務管理や人事、施設維持、来館者サービスを担う「管理部門」です。施設の電気・空調・セキュリティ管理、物品購入、職員の勤怠や契約管理など、博物館全体の運営を支える業務が集中しています(Lord & Lord, 2009)。

こうした部門を支えるのが、上下の階層構造です。多くの博物館では、館長が最上位の責任者として組織全体の方針決定と対外的代表を担い、その下に副館長や部門長が配置され、各分野を統括しています。さらにその下には、主任学芸員や係長など中堅職員が配置され、実務のマネジメントを行います。そして、各分野の専門業務を担う現場職員がこの階層の土台を形成しています。

この階層構造は、明確な責任の所在と意思決定の流れをつくるうえで不可欠な要素です。たとえば、収蔵庫で資料に異常が発見された場合、その報告が主任→部門長→副館長→館長へと段階的に伝わる仕組みが整っていれば、対応が迅速かつ組織的に行われます。ただし、階層が固定化しすぎると、現場の柔軟な判断が阻害される可能性もあります。そのため、近年ではプロジェクト型の横断的チームを併設し、部門横断の課題解決を行う仕組みも導入されつつあります(Gray, 2016)。

また、組織構造は運営母体や制度的枠組みによっても形を変えます。たとえば自治体が直接運営する直営型の博物館では、公務員としての人事制度や職階制度に従うことが多く、組織の柔軟性には限界がある場合もあります。一方、指定管理制度の導入や、独立行政法人化、あるいは公益法人としての運営を行っている博物館では、組織設計の自由度が比較的高く、独自の部門編成や人員配置を行うことが可能になります(Půček, Ochrana, & Plaček, 2021)。

たとえば、ある博物館では教育普及部門が独立して存在し、専門の担当者が教育プログラムに特化して企画・実施を行っていますが、別の館では学芸部門内に教育担当が配置され、展示企画と連動した教育活動を展開しています。こうした構造の違いは、教育活動の位置づけや専門性の分離・融合に関する方針の違いを表しています。

このように、組織構造とは単なる技術的な配列ではなく、博物館が何を重視し、どのように社会と関わろうとしているのかを映し出す“価値のかたち”です。組織図を眺めるだけでも、その館が追求する理念や運営哲学が見えてくることがあります。組織構造の理解は、経営の論理だけでなく、館のアイデンティティを読み解く手がかりにもなるのです(Tanga, 2021)。

次の節では、この構造のなかで働く「人」の役割と責任に焦点をあて、役職ごとの専門性や業務の実際について詳しく見ていきます。

人の配置と専門性 ― 役職ごとの責務をひもとく

博物館という組織は、多様な職種がそれぞれの専門性を活かしながら連携し、日々の運営を支えています。前節では組織全体を「部門」や「階層」という視点から俯瞰しましたが、本節ではそこに実際に配置されている「人」に焦点を当て、役職ごとの役割や責任、そして組織全体における機能的な位置づけを明らかにしていきます。

まず組織の頂点に立つのが館長です。館長は、博物館の運営全体に責任を持つ経営的なリーダーであり、同時にその館の理念や社会的使命を象徴する存在でもあります。具体的には、展示計画や予算の最終承認、外部団体との連携交渉、災害時の意思決定など、さまざまな場面でリーダーシップが問われます。また、自治体や大学、民間団体との調整においても重要な役割を果たし、博物館の立場を対外的に説明・交渉する能力が求められます。館長の経営方針や人事判断は、組織文化や職員の働き方に大きな影響を及ぼします(Gray, 2016)。

その下に位置する副館長は、館長を補佐すると同時に、館内の業務全体を見渡し、各部門の業務が円滑に進むよう調整を行う役割を担います。副館長は、展示、教育、広報、管理といった各機能を横断的に把握し、時には館長の代行として意思決定を行うこともあります。特に人員が限られた中規模以下の館では、現場レベルのマネジメントを副館長が兼務するケースも多く、組織の「潤滑油」としての機能が期待されます。

学芸員は、博物館の専門的機能を担う中核的な存在です。日本では博物館法により「学芸員」は専門職として位置づけられていますが、実際の職務は多岐にわたります。資料の収集と受け入れ、保存・修復、調査研究、展示の企画と構成、図録や解説パネルの執筆、講演会や展示解説などの広報・教育活動まで、幅広い仕事をこなしています。また、専門分野(たとえば近世日本史、美術、考古、自然科学など)による分業体制が取られており、時には複数分野の学芸員が共同で展示を企画することもあります。

来館者と直接関わる機会が多いのが、教育普及担当です。彼らは、子ども向けの体験学習プログラムや、学校との連携授業、大人向けの講座やガイドツアーの企画・実施を担当しています。近年では、誰もが学びに参加できる環境を整える「インクルーシブ教育」の視点が注目されており、障害のある方、高齢者、外国人来館者など、さまざまな背景を持つ人びとに向けた教育設計が求められています。教育担当には、専門的知識だけでなく、柔軟なコミュニケーション力と社会的包摂への感度が強く求められるようになってきました(Tanga, 2021)。

また、広報担当は、館内外の情報を整理し、効果的に発信する役割を担っています。展示の開催告知やイベントの案内、SNSでの発信、報道機関への対応、さらには館の広報戦略全体の設計まで、その役割は年々拡大しています。広報活動が単なる告知にとどまらず、来館者との「関係構築(engagement)」の視点から、博物館の魅力やメッセージをどのように社会に届けるかが問われています。

一方で、博物館の活動を安定的に支えるのが、管理・運営部門の職員です。ここには、予算や契約管理を行う事務職員、施設保守や危機管理を担う技術職員、来館者対応を行う受付・案内職員などが含まれます。展示や教育といった「見える」活動は、これらの「見えにくい」管理機能によってはじめて可能になります。たとえば、展覧会の開催には、予算の確保、会場の整備、警備・保険の手配、物品購入の契約など、数多くの管理的業務が伴います(Půček, Ochrana, & Plaček, 2021)。

さらに、博物館では正規職員だけでなく、さまざまな立場の人材が働いています。ボランティアは、展示解説や館内案内、ワークショップの補助、資料整理、イベント時の誘導などに携わり、来館者との温かい交流を生み出す重要な担い手です。非常勤職員や契約職員も、特定分野における専門的支援や短期プロジェクトでの実務を担っており、運営において不可欠な戦力となっています。一方で、非正規雇用が拡大するなか、専門性の継承や職場の安定性をいかに確保するかは、現代の博物館経営における課題の一つです。

このように、博物館では多様な人びとが、それぞれの役割を担いながら協働しています。各職種が明確な専門性を持ちつつも、実際の業務は複数の部門や職種をまたがる「協働」によって成り立っています。たとえば展示企画では、学芸員が構成を考え、教育担当が関連プログラムを設計し、広報担当が情報発信を行い、管理部門が予算と日程を調整するといった具合に、横断的なチームワークが不可欠です。この「縦の階層」と「横の連携」をいかに両立させるかが、組織全体の柔軟性と持続可能性を左右するのです。

次の節では、このような協働を支える組織構造そのものに焦点を当て、その課題と再設計の動きを考察していきます。

組織構造の課題と進化 ― 変わりゆく“しくみ”のかたち

博物館における組織構造は、明確な責任分担と効率的な運営を支える基本的な「しくみ」です。しかし同時に、その構造自体が時代の変化や業務の多様化に対応しきれない場面も少なくありません。ここでは、従来の階層的な構造が抱える課題を確認したうえで、より柔軟で協働的な構造へと変化しつつある実践や提案について考察します。

まず、階層構造が持つ限界について見てみましょう。上下の明確な指揮命令系統は、組織全体の統制や責任の明確化には有効ですが、一方で「縦割り」の弊害も指摘されています。たとえば、展示部門と教育部門がそれぞれ独立した判断基準で動く場合、展示の内容と教育プログラムが連動しないという事態が起こりえます。また、情報の共有が階層を経由して伝達されるため、意思決定の遅延や現場との温度差が生まれやすくなるのも問題です(Gray, 2016)。こうした構造では、イレギュラーな状況への対応力や、現場からの創発的な提案を拾い上げる柔軟性に欠ける場合があります。

このような課題に対応するために、職種横断型のチームを形成し、展示やイベントを「プロジェクト単位」で進める手法が注目されています。たとえば、ある展示を実施する際には、学芸員、教育担当、広報担当、管理部門がチームを組み、準備段階から継続的に協働する体制をとることで、展示内容と教育プログラムの整合性や、広報戦略との連携が図りやすくなります。こうしたプロジェクト型のアプローチは、固定的な部門配置ではカバーしきれない柔軟性と創造性をもたらすものとして、多くの館で試行されています。

さらに進んだ取り組みとして、階層構造そのものを見直す「非階層型」や「フラット型」への再設計も提案されています。アメリカのOMCA(オークランド博物館)やカナダのGlenbow Museumなどでは、従来のヒエラルキーを解体し、スタッフの対等性を重視した組織構造の導入を試みています。たとえばOMCAでは、館内に複数の「チーム」を設置し、各チームが予算や業務計画を自ら立案・実行する体制を構築しています。このような構造では、現場の職員が自律的に動くことができ、個々の専門性が尊重されやすくなるという利点があります(Tanga, 2021)。

ただし、フラット型の組織にも課題はあります。たとえば、意思決定に時間がかかる、責任の所在が曖昧になる、内部対立が調整されにくいといった問題が指摘されています。また、全職員に一定レベルの自己管理能力やマネジメントスキルが求められるため、全体としての組織成熟度が成功の鍵を握るとも言えるでしょう。したがって、このような再設計を実行するには、館の規模や文化に応じた慎重な準備と段階的な導入が必要です。

組織構造の再設計を考える際には、制度的な制約も見逃せません。日本の博物館では、自治体の直営、指定管理者制度、独立行政法人、大学附属館など、さまざまな運営形態が存在しており、それぞれに組織設計の自由度が異なります。たとえば、指定管理者制度のもとでは、業務の成果を数値で問われることが多く、柔軟な組織構造への転換が評価されにくいケースもあります。一方、公益法人や大学附属館などでは、独自の構造改革を進めやすい面もありますが、その分、経営の安定性や社会的責任が問われる場面も増えます(Půček, Ochrana, & Plaček, 2021)。

こうした現実をふまえると、組織構造の変革は単なる技術的変更ではなく、博物館の理念や価値観をどのように形にするかという、より本質的な問いにつながります。つまり、構造とは「戦略を誰がどう実行するか」を決めるフレームであり、そこには館のアイデンティティや経営哲学が反映されているのです。だからこそ、構造の再設計にはトップダウンの判断だけでなく、現場の職員や来館者との対話を通じたボトムアップ的な視点が不可欠です。以上のように、博物館の組織構造は、従来の安定した「縦のしくみ」から、より柔軟で対話的な「横のしくみ」へと進化を遂げつつあります。

実例から学ぶ:組織構造に変革を加えた博物館たち

博物館の組織構造は、その運営方針や社会的使命、働く人びとの協働のあり方を反映する「しくみ」として機能しています。前節までに確認したように、従来の階層的な構造には一定の安定性と管理効率がある一方で、柔軟性や創造性の面で課題があることも否定できません。本節では、実際にその構造の再設計に取り組んだ国内外の博物館事例を紹介しながら、改革のプロセスとその成果、そして課題について詳しく考察します。

まず取り上げるのは、カナダ・カルガリーに所在するGlenbow Museumです。この館は、階層構造に依存しない「フラット型」の組織へと移行することを目指し、複数年にわたる改革を実行しました。従来は館長や部門長を頂点とする指揮命令系統が中心となっていましたが、改革後は各部門の専門職が対等な関係性のもとでチームを編成し、展示やプログラムを共同で企画・実施する体制が整えられました。各チームにはある程度の裁量権と予算が与えられ、必要に応じて業務の優先順位や役割分担を自律的に決定することができます。

このような構造は、特定のリーダーに依存せず、複数の視点を融合させながら柔軟に対応できる点に大きな利点があります。とくに、現場レベルでのアイデアや提案が実行に移されやすくなり、職員の当事者意識やモチベーションが高まったという報告がされています。ただし、全員が合意形成に参加するため、意思決定に時間を要することや、責任の所在が曖昧になるといった新たな課題も浮上しています(Tanga, 2021)。

続いて紹介するのが、アメリカ・カリフォルニア州のOMCA(オークランド博物館)の事例です。OMCAでは、多様性、公平性、包摂性(DEIA)の理念を博物館運営の中核に据える改革を推進しました。この理念に基づき、従来の階層構造を脱却し、テーマ別の横断的チームを編成する体制に切り替えています。たとえば、「展示企画」「来館者サービス」「社会連携」などの分野に分かれたチームが、それぞれに権限と責任を持ち、自律的に活動しています。

この体制では、従来のように上層部の承認を待つことなく、職員同士の合議によって迅速な意思決定が可能になっています。また、各チームが自身の活動目的を自ら明確化することにより、ミッションに基づいた運営が実現されている点が特筆されます。一方で、合意形成に時間がかかること、全員参加型の運営がすべての業務に適しているとは限らないことから、業務の種類によっては再び一部の階層的要素を組み込む必要性も議論されています(Tanga, 2021)。

一方、法制度や財政に厳しい制約を受ける中で、段階的かつ現実的な構造改革を実施しているのが、チェコの国立農業博物館です。同館は、中央政府が所管する国立の公共博物館であり、人事制度や予算配分、契約に関する制限が厳しく、抜本的な組織改編を行うことは制度的に困難な状況にありました。それにもかかわらず、館内の業務重複や意思決定の非効率性を改善するために、複数の小規模な施策を積み重ねる形で改革を進めています。

具体的には、展示部門と教育部門の情報共有を目的とした合同会議の導入や、業務報告の標準化、管理部門と学芸部門の連絡責任者の明確化など、日々の業務レベルから構造的な見直しがなされました。改革の進捗は緩やかですが、職員の合意形成と運営の現実性を重視した点において、制度の枠内でも工夫次第で柔軟な構造を生み出せる可能性が示されています(Půček, Ochrana, & Plaček, 2021)。

イギリスの地方博物館群においても、財政縮小と人員削減のなかで組織の見直しが進められています。多くの館では、学芸員が展示企画から教育活動、広報対応までを一手に担う「多機能化」が進行しており、同時に管理職との調整を行う役割も求められるようになっています。こうした背景から、業務の境界が曖昧になり、専門性の維持が困難になるケースも見られます。

現場の職員に対するインタビュー調査では、「組織改革が業務の合理化や削減と混同されている」「専門職の声が反映されにくい」といった声も挙がっており、改革が上からの指示によって一方的に進められる場合には、現場の納得を得られず摩擦が生じることが明らかになっています。こうした事例は、構造改革が単なる制度設計だけでなく、現場との信頼関係を土台に成り立つべきものであることを示唆しています(Gray, 2016)。

これらの実例を通じて明らかになるのは、組織構造の再設計には共通する成功要因と、慎重に考慮すべき課題があるということです。柔軟で創造的な組織を築くためには、単なる配置転換ではなく、理念やミッションに基づく「意図された設計思想」が必要です。さらに、それを実行するためには、現場職員の理解と参加、段階的な導入、そして場合によっては制度改革や評価指標の見直しも必要となります。

重要なのは、どの館にも適用可能な「正解の構造」があるわけではなく、それぞれの館が置かれた文脈や課題に応じて最適な形を模索していくプロセスそのものが意味を持つということです。構造は「かたち」であると同時に、「あり方」を表すものでもあります。したがって、他館の事例に学びながらも、自館の文脈に即した構造のあり方を継続的に問い直す姿勢こそが、現代の博物館経営に求められているのではないでしょうか。

まとめ:組織構造を学ぶ意味と実務への視座

これまでに見てきたように、博物館の組織構造は単なる人の配置図ではなく、その館の経営理念や戦略、価値観、そして職員の協働のあり方を体現する「しくみ」として機能しています。組織構造は、見た目には静的なものに見えるかもしれませんが、実際には時代や社会の変化に応じて常に見直され、進化し続ける動的な存在です。だからこそ、経営を学ぶうえで、組織構造を読み解く視点を持つことは不可欠です。

博物館の組織図を見たとき、そこには部門ごとの業務の機能や責任の所在、さらには優先される価値観の序列が現れています。たとえば、教育普及部門が独立して配置されている場合には、「教育活動が展示と並ぶ主軸である」といった経営方針が反映されていると考えられます。一方、展示部門の下位に教育担当が組み込まれている場合には、展示内容に従属する補助的な役割として位置づけられている可能性があります。このように、組織図の背後には、明示的でない判断基準や戦略上の優先順位が存在しています。

また、組織構造は制度的・文化的な条件によっても大きく左右されます。たとえば、自治体の直営館では、行政組織の枠組みに合わせて職階や業務分担が設定されるため、組織の柔軟性が制限されることがあります。一方で、指定管理者制度や独立行政法人のもとで運営される館では、職務の裁量や構造設計にある程度の自由が与えられる場合もあります。とはいえ、自由度が高いからといって理想的な構造が自然と実現されるわけではなく、その館の文化や人材、財政状況、意思決定の慣行などが複雑に影響しあうことになります。

したがって、組織構造を「良い/悪い」で評価するのではなく、「どのような意図と条件のもとで設計されているのか」「実際にどのように機能しているのか」という視点から読み解くことが重要です。そのためには、組織図の見た目だけではなく、実際の業務の流れや、部門間の連携、意思決定のルート、職員の役割の実態にまで目を向ける必要があります。形式的な構造と実質的な運用とのズレがある場合、その背景を丁寧に観察・分析する力が求められます。

こうした視点を持つことは、博物館で働く人びとにとっても非常に実務的な意味を持ちます。たとえば、職員として自館の組織図を見るとき、自分がどの部門に属し、どの職位にあり、どのような権限と責任を担っているのかを把握することは、自らの立場や役割を理解するうえでの第一歩となります。さらに、他館との連携や人材交流の場面では、相手館の組織構造を理解しておくことで、円滑なコミュニケーションや共同作業が可能になります。

加えて、組織構造を動かすのはあくまで「人」であるという視点も忘れてはなりません。たとえ優れた構造が図面上に描かれていたとしても、それを実際に運用するのは現場の職員たちであり、その間にある信頼や合意形成、日々の調整作業があってこそ、構造は機能します。逆に言えば、組織構造の改革とは、単なる制度の変更ではなく、人びとの働き方や関係性を見直すことでもあります。

したがって、これから博物館に関わっていく人びとにとって重要なのは、「構造を知ること」と「構造を動かす視点を持つこと」の両方です。たとえ組織の上層部にいない立場であっても、日々の業務を通じて、どのような構造が望ましく、どのような課題があるのかを感じ取ることができます。そして、それらの気づきがやがて組織全体の見直しへとつながっていく可能性を持っています。

この記事では、組織構造の基本要素から、職種ごとの責任、課題と進化、実例までを一貫して学びました。これらの知識は、博物館を「経営の視点」から理解し、より良い運営に向けて主体的に関わっていくための基盤となるはずです。構造を読み解く力は、経営戦略を実現するための重要なリテラシーであり、現場と組織、理論と実践とをつなぐ架け橋でもあります。

参考文献

  • Gray, C. (2016). Museums, management and professionalism. In C. McCarthy (Ed.), The international handbooks of museum studies: Museum practice (pp. 469–490). Wiley-Blackwell.
  • Lord, G. D., & Lord, B. (2009). The manual of museum management (2nd ed.). AltaMira Press.
  • Půček, M., Ochrana, F., & Plaček, M. (2021). Museum management: Opportunities and threats for successful museums. Springer.
  • Tanga, M. (2021). The inclusive museum leader: Emerging strategies for 21st century museums. Rowman & Littlefield.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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