はじめに:なぜ支援が集まる博物館とそうでない博物館があるのか
近年、クラウドファンディングや寄付サイトを活用した博物館の資金調達事例が注目を集めています。展覧会の開催費用や文化財の修復資金、地域との連携プロジェクトなど、目的はさまざまですが、社会的共感を得て多額の支援を集めた博物館もあれば、似たような訴求内容であっても、ほとんど寄付が集まらなかった博物館もあります。支援額の大小には、展示内容や施設規模以上に、組織としての戦略の有無が大きく影響していると考えられます。
つまり、支援が集まるかどうかは偶然ではなく、博物館がいかに「支援者との関係構築」に取り組んでいるかという点に左右されるのです。「良い展示をしていれば支援されるはず」という信念は、必ずしも現代の寄付文化には通用しません。情報発信の方法、寄付を促す仕組み、そして何より“支援したくなる組織像”をどうつくるかが、ファンドレイジングの成否を分けています。
本記事では、博物館におけるファンドレイジングを「単なるお願い」ではなく、「持続可能な経営戦略の一環」として捉え直します。従来の「資金調達」という狭義の意味を超えて、寄付文化をどう育み、支援を呼び込む仕組みをどのように設計するのかを探っていきます。また、支援者との継続的な関係性を築くうえで、組織の姿勢や透明性、評価の可視化が果たす役割についても考察していきます。
なお、本記事は、既存の記事 博物館は“寄付されやすい”組織なのか? ― 支援者との関係構築から考えるファンドレイジング戦略 とあわせてお読みいただくことで、制度的・文化的背景から実践的な戦略に至るまで、より包括的にファンドレイジングの全体像を理解することができます。
それではまず、ファンドレイジングとはそもそもどのような営みなのか、その定義と社会的背景を確認するところから始めましょう。
ファンドレイジングとは何か ― 定義と社会的背景
博物館における経営を考えるうえで、「ファンドレイジング(fundraising)」という言葉は近年ますます重要性を増しています。一般には「寄付を募ること」と理解されがちですが、実際にはそれ以上の広がりを持った概念です。ファンドレイジングとは、組織の目的を達成するために必要な資源(主に金銭)を、外部の支援者との関係性を通じて獲得する営みであり、単なる資金集めではなく「支援の輪を築く」プロセスといえます。
特に文化・芸術分野においては、ファンドレイジングは組織の理念(ミッション)や社会的意義と深く関わる営みです。どのような目的のために、誰から、どのようなかたちで資源を受け取るのか。この問いへの明確な答えがなければ、博物館は社会的信頼を得ることができず、持続的な支援も望めません。
ファンドレイジングの起源をたどると、非営利セクターにおいて市民の共感と参加を促す手段として発展してきた背景があります。特に欧米では、公共財の提供を民間が支える文化が根付いており、寄付は個人の社会的責任の一形態と見なされています。政府の支出が縮小するなか、博物館が生き残り、発展していくためには、自らが「支援に値する存在」であることを社会に示す必要があるのです。
一方で、日本の博物館においては、こうした寄付文化が制度的にも心理的にも十分に浸透してきたとはいえません。公立博物館を中心に、予算措置は行政的枠組みに依存しがちであり、寄付を募ること自体が「お金に困っている」と捉えられてしまう場合もあります。また、指定管理制度下では、寄付の受け入れ体制や寄付金の活用の自由度が限られるといった課題も存在しています。文化庁は2020年代に入り、博物館の自律的な資金確保を支援する方針を示していますが、現場での実践にはいまだ多くのハードルがあります。
こうした制度的制約や文化的背景にもかかわらず、博物館のファンドレイジングには大きな可能性が秘められています。なぜなら、博物館が提供する価値は、単なる展示ではなく、人々の知的好奇心を刺激し、社会とのつながりを育み、地域文化の継承と創造を担うものだからです。そのような公共的価値に共感した市民や企業が、「この博物館を支えたい」と思えるような関係性を築くことこそが、ファンドレイジングの本質なのです。
また、ファンドレイジングの成果は金額だけでは測れません。寄付が集まるということは、その組織が「共感され、信頼されている証拠」でもあります。人々が寄付をする際には、金額だけでなく「社会的意義」や「インパクトへの信頼感」が意思決定に大きな影響を与えることが明らかになっています(Cryder et al., 2013)。このように、寄付の背後には感情や価値観の共有があり、それらを可視化・共有する手段としてファンドレイジングは大きな役割を果たしています。
本節では、ファンドレイジングという言葉の意味を明確にし、それが博物館経営のどのような場面で重要となるのかを確認してきました。支援を受けるという行為は、単なる金銭の授受ではなく、社会との関係性を築き直す営みです。したがって、ファンドレイジングを戦略として機能させるには、制度や文化的背景を理解したうえで、博物館自身がその意義を再定義する必要があります。
寄付者はなぜ支援するのか ― 心理的要因と信頼の構築
博物館に対する寄付は、単なる経済的合理性では説明できない行動です。寄付者は、「お金を出すことで見返りを得たい」という投資的な動機だけでなく、「この博物館を応援したい」「社会に貢献したい」といった内面的な理由から支援を決断しています。では、どのような心理が人々を寄付へと向かわせるのでしょうか。
まず重要なのは、共感という感情の存在です。来館者が展示や活動を通じて感動したとき、その経験が「支援したい」という気持ちに結びつくことがあります。とりわけ、子どもや高齢者を対象としたプログラム、地域との協働活動などは、寄付者にとって「意味のある取り組み」として捉えられやすく、共感を喚起します。また、寄付によって何かが改善されたり、新たな展開が生まれたりするという「自己効力感」も、行動の後押しになります。自分の支援が実際に役に立つという実感は、継続的な関与を促す重要な要因です。
次に注目すべきは、他者との関係性に起因する動機です。人は社会的存在であり、自らの行動が周囲からどう見られるかを常に意識しています。そのため、「多くの人が支援しているから自分も支援する」「知人が寄付しているから」というような、社会的規範に基づく動機も働きます。寄付者の名前が顕彰される制度や、寄付の報告がSNSなどで共有される仕組みは、このような「社会的証明」の効果を高めるものです。特に、寄付先が信頼できる組織であり、かつ他者からの評価も高いと感じられるとき、人々は安心して支援に踏み切ります。
加えて、寄付行動には「社会的なサイン」が影響することも明らかになっています。誰かが寄付したという事実そのものが、別の人の寄付を促進する現象が観察されています。これは、寄付が「価値ある行動」として認知されることによって、次の行動を呼び込む連鎖反応を生むことを意味します(Cryder et al., 2013)。このように、寄付には感情や社会的動機が深く絡んでいるため、博物館は単に「寄付してください」と呼びかけるだけでなく、共感やつながりを醸成するコミュニケーションを重視する必要があります。
最後に、寄付を実行するうえで決定的な役割を果たすのが「信頼」です。寄付者は、博物館が誠実に活動しているか、寄付金が適切に使われるかどうかを重要視します。活動報告や予算の透明性、寄付の成果の可視化、スタッフの対応や発信内容など、日々の積み重ねが寄付者の信頼を築く基盤となります。信頼は一朝一夕に得られるものではありませんが、一度築かれると、継続的な支援や口コミによる拡大の起点にもなります。
このように、寄付者が支援に至るまでの背景には、個人的な感情・社会的な文脈・組織との関係性が複雑に絡み合っています。博物館が持続的な支援を受けるためには、寄付を単なる金銭のやりとりではなく、「共感と信頼のかたち」として再構成する必要があります。次節では、こうした寄付者の動機をいかに制度設計や仕組みに反映していくかを考えていきます。
ファンドレイジングは組織に何をもたらすのか ― 組織文化と専門性の視点から
博物館がファンドレイジングを推進する目的は、一般的には財政的な安定を図ることにあると考えられています。しかし、ファンドレイジングがもたらす影響は、それにとどまらないものがあります。組織の文化や職員の専門性、さらにはリーダーシップのあり方にまで波及し、博物館の内部に新たな変化を促すことがあるのです。
まず、ファンドレイジングと専門職のアイデンティティとの間には、しばしば葛藤が生じます。特に学芸員をはじめとする専門職は、従来の価値観や職務のあり方を重視する傾向が強く、寄付集めを「商業的な営み」と捉え、敬遠することがあります。このような抵抗感は、専門性の境界を守る意識と関係しています。ファンドレイジングは単に外部資金を獲得する行為ではなく、博物館の公共性や中立性をどう維持するかという倫理的課題と密接に結びついているのです(Dragouni & McCarthy, 2021)。
さらに、ファンドレイジング体制の強化は、組織構造そのものにも変化をもたらします。専任のファンドレイザーを採用したり、外部コンサルタントを導入したりすることによって、従来の人事配置や部門の役割が見直される可能性があります。寄付者との関係管理や戦略的広報が重要性を増すなかで、従来は中心的でなかった業務が組織運営の前面に出ることも少なくありません。
こうした変化を円滑に進めるうえで重要なのが、リーダーシップの果たす役割です。ファンドレイジングを単なる業務の一環ではなく、ミッションに基づいた活動として根付かせるには、明確なビジョンと価値観の共有が必要です。この過程で、職員の多様性や役割の再定義も求められることがあります。ファンドレイジングが組織にとって意味ある営みとなるには、それを支える文化的土壌を耕すことが不可欠です(Jung, 2015)。
つまり、ファンドレイジングとは、財源の確保だけでなく、組織としての自律性と持続可能性を再構築する契機でもあるのです。博物館はその活動を通じて、内部の制度や人材のあり方を問い直し、自らの在り方を進化させていく必要があります。支援を受けるという行為は、支援者との関係だけでなく、自分たちの組織内の在り方とも深く関わっているのです。
支援者との関係構築とミッションの共有 ― 信頼と共感を生むファンドレイジング
ファンドレイジングは、単に寄付を募る行為ではありません。それは、博物館と支援者との間に築かれる「関係性」のマネジメントでもあります。なぜある博物館には継続的な支援が集まり、別の博物館には一時的な寄付にとどまるのか。その鍵は、信頼と共感に基づいた関係構築のあり方にあります。
一度だけの寄付を得ることと、継続的な支援を得ることはまったく異なるプロセスです。支援者が繰り返し博物館を支援する背景には、その博物館への深い理解と情緒的なつながりが存在します。顔が見える運営、ミッションが明確に伝わる活動、参加者としての関与感覚などが、共感を生み出す重要な要素です。特に近年では、博物館の活動や成果を「物語」として語ることで支援を得る「ストーリーテリング」の手法が注目されています。この手法は、寄付者が博物館の理念や歩みに感情的に接続する手段として有効とされており、支援の持続可能性を高めるとされています(Lee, 2018)。
共感の土台となるのが、博物館のミッションの明確化とその共有です。なぜこの博物館を支援すべきなのか――その問いに支援者自身が答えを見いだせるような発信が求められます。活動の目的や社会的価値を具体的な言葉で伝えることで、寄付者の心に届くメッセージが形成されます。たとえば、支援先の活動や成果があいまいで抽象的であれば、支援者の寄付意欲は下がる傾向にあります。逆に、使途や成果が具体的に提示されている場合、寄付意欲は高まるとされています(Cryder et al., 2013)。
また、ファンドレイジングはマーケティングやブランディングと同様に、戦略的に設計されるべきものでもあります。支援者との関係を「偶発的な好意」に委ねるのではなく、組織としてどのように語りかけ、共感を醸成していくかが重要です。この視点は、ファンドレイジングを外部との「対話」の場として位置づける試みにもつながります。近年の研究では、ファンドレイジング活動を通じて職員が自館のミッションや社会的役割を再確認する過程が報告されており、それが組織文化の変容にも寄与していると指摘されています(Dragouni & McCarthy, 2021)。
このように、支援者との信頼と共感の形成は、偶発的な現象ではなく、戦略的に設計されうるものです。そのためには、ミッションを明確に語り、支援の意味を伝える努力が不可欠です。ファンドレイジングは単なる資金調達手段ではなく、博物館の存在意義と社会的使命を伝えるための重要なコミュニケーションの場であるといえるでしょう。
ファンドレイジング成果の可視化と評価 ― 支援活動を組織戦略に組み込むために
ファンドレイジングとは、単に資金を集める行為にとどまらず、博物館のミッションを社会に発信し、支援者との信頼関係を築く営みでもあります。しかし、こうした活動が組織にどのような価値をもたらしたのかを、館内外の関係者に理解してもらうには、「成果」を分かりやすく可視化し、評価可能な形で示す必要があります。現代の博物館には、透明性の高い運営と、説明責任を果たす姿勢が求められており、ファンドレイジングの分野でも同様の視点が欠かせません。
多くの博物館では、寄付金額の合計や支援者の人数を成果指標として提示することが一般的ですが、それだけではファンドレイジングの本質的な価値は十分に伝わりません。たとえば、「この支援によって、どのような展覧会や教育プログラムが実現されたのか」「どのような地域や層に新たな文化的アクセスを提供できたのか」といった、質的な成果も合わせて評価することが重要です。このような多面的な指標は、支援者にとっての満足度や誇りを高めるだけでなく、将来的な再支援や紹介行動にも好影響を与えることが知られています。
また、具体的な成果の提示は、支援者の動機づけにも直結します。支援がどのような形で博物館の活動につながったのかを明確に伝えることで、寄付者は自らの貢献が社会に意義ある影響を与えたと実感しやすくなります。ある研究では、成果報告が心理的充足感を高め、支援の継続意欲にプラスの影響を与えることが明らかにされています(Cryder et al., 2013)。
こうした評価の考え方は、博物館におけるファンドレイジングの組織的な位置づけにも影響を及ぼします。評価によって得られたデータを蓄積・分析することで、今後の施策立案や改善のための指針が得られ、支援活動を一過性のキャンペーンではなく、戦略的な組織運営の一環として定着させることが可能になります。たとえば、どのような支援方法が最も効果的であったか、どのようなメッセージが共感を呼び、どのような媒体が情報伝達に有効であったのかといった知見は、次回以降の施策設計にとって貴重な資産となります。
さらに、文化施設に特有の視点として、金額や人数といった数値データだけでなく、文化的・社会的影響をどう示すかという課題もあります。支援によって得られた変化が、地域社会や特定の来館者層にどのような意味を持ったのかを、物語や事例を通じて伝えることも、重要な成果の一つです。このように成果の「見える化」は、博物館の公共的意義を再確認させ、組織と社会の間により強固な信頼関係を築く礎になります。
最後に、こうした可視化と評価の取り組みは、館内の職員にとっても学びと成長の機会を提供します。何がうまくいき、何が課題として残ったのかをチーム全体で共有することにより、次なる挑戦への意欲や専門性の向上にもつながります。評価を「点検」や「反省」ではなく、前向きな組織文化の一部として位置づけることが、ファンドレイジングの持続性を支える鍵となるのです。
ファンドレイジング戦略の“未来”を描く ― 持続可能性・倫理・市民参加の視点から
博物館が取り巻く社会環境は、近年大きく変化しています。少子高齢化や地域の人口減少、気候変動、ポスト・パンデミックの影響、そしてデジタル技術の浸透など、これらの変化は、ファンドレイジングのあり方にも少なからぬ影響を与えています。従来の寄付者層に頼るのではなく、新たな価値観を持つ支援者と出会い、信頼関係を築くことが、今後の戦略において重要な鍵を握ります。ファンドレイジングは、単に資金を集める手段ではなく、博物館と社会を結び直す「対話」の場へと進化しようとしているのです。
こうした中で重視されるのが、「倫理」と「透明性」です。博物館は公共性を帯びた機関であるがゆえに、寄付者との関係においても高い説明責任が求められます。寄付金の使途が明確であること、支援の成果が誠実に可視化されていること、さらには不適切な圧力や影響を排除するガバナンス体制が整備されていることが、支援者との信頼構築に不可欠です。これらの姿勢が明文化され、実践されることで、ファンドレイジング活動そのものの質も高まっていきます。
また、近年注目されているのが、市民参加型のファンドレイジングの広がりです。クラウドファンディングやSNSを活用したキャンペーンは、単に資金を募るだけでなく、参加者が博物館のビジョンに共感し、その一員として活動に関与する機会を提供します。これは、支援者を「支える側」から「共に創る側」へと位置づけ直す試みでもあります。支援とは一方向的な行為ではなく、双方向的な共創関係へと変わりつつあるのです。
最後に、持続可能な支援体制の構築について考えておきたいと思います。単年度で成果を求める短期的な目標ではなく、博物館のビジョンや中長期の事業計画に基づいて支援の設計がなされることが理想です。これは、寄付者との関係においても「単発のお願い」ではなく、「継続的な協働」を志向する態度を意味します。そのためには、支援者の関心や意義を丁寧に読み取り、フィードバックを積極的に活かす仕組みが必要です。
今後のファンドレイジングは、博物館という組織の持続可能性を支えるだけでなく、社会との接点を再定義する営みでもあります。その未来像は、外部からの支援を受ける組織ではなく、支援という行為を通じて社会と価値を共有し続ける組織としての博物館の姿を描き出していくのです。
参考文献
- Cryder, C. E., Loewenstein, G., & Scheines, R. (2013). The donor is in the details. Psychological Science, 24(11), 2105–2112.
- Dragouni, M., & McCarthy, C. (2021). Fundraising and professional boundaries in museums. Museum Management and Curatorship, 36(5), 511–528.
- Jung, Y. (2015). Diversity matters: The impact of fundraising on museum work. The Journal of Arts Management, Law, and Society, 45(4), 255–268.
- Lee, Y. (2018). Conceptualizing museum fundraising: A grounded theory approach. International Journal of Nonprofit and Voluntary Sector Marketing, 23(4), e1611.