博物館の価値は、来館者数だけでは説明できない
博物館の成果を語るとき、来館者数、入館料収入、学習成果、地域への経済効果や社会的効果といった指標がよく用いられます。これらは博物館の活動を把握するうえで重要ですが、「成果が確認できたこと」と「なぜその博物館に価値があるのか」は同じ問いではありません。何を測るかを考える前に、そもそも何を価値あるものと考えるのかを整理する必要があります。
博物館の価値は、単一の尺度で捉えられる固定的な概念ではありません。何を価値とみなし、それをどのような根拠によって説明するのかは、博物館をめぐる議論のなかでも検討され続けてきました(Scott, 2009)。たとえば、文化との出会いそのものに認められる価値と、社会や地域にもたらす効果とでは、同じ「価値」という言葉を使っていても意味は異なります。
この違いを理解するには、cultural value、public value、social valueを同義語として扱わないことが重要です。さらに、outcomeやimpactは、活動によって生じた変化や影響を捉える概念であり、valueそのものとは区別する必要があります。outcomeやimpactは、ある価値が実際に実現していることを説明するevidenceにはなり得ますが、それだけで価値の内容が決まるわけではありません。
もう一つ避けられないのが、「誰が博物館の価値を決めるのか」という問いです。博物館自身や専門家だけなのか、行政なのか、来館者や地域社会を含むpublicなのか。本記事では、まずmuseum valueの意味を確認し、cultural value、public value、social valueの違いを整理したうえで、valueとoutcome・impactの関係、そして博物館が自らの価値をどのように社会へ説明すべきかを順に考えていきます。
博物館の「価値」とは何を意味するのか
「博物館の価値」という言葉は、日常的には分かりやすく見えても、実際には一つの意味に固定できません。来館者数が多い、観光消費を生み出している、学校教育に貢献している、地域の歴史を保存しているといった事実は、いずれも博物館を評価する材料になります。しかし、それらの数字や成果をそのままmuseum valueと呼ぶと、「何を価値あるものと考えているのか」という前提が見えにくくなります。
ここでいうvalueは、ある対象、経験、活動、制度について、何を重要で、望ましく、意味のあるものとして捉えるのかという評価判断に関わる概念です。たとえば、同じ展覧会でも、来館者にとっては作品との出会いそのものが重要かもしれません。学校にとっては学習機会としての意味があり、地域にとっては歴史や記憶を継承する場として評価されることがあります。このように、博物館の価値は一つの視点だけで決まるものではありません。
museum valueをめぐる議論でも、価値は単純な固定概念としてではなく、複数の捉え方が存在するものとして検討されてきました。また重要なのは、「何を価値と考えるのか」と「その価値が実際に存在すると、どのような証拠によって説明するのか」を分けて考えることです(Scott, 2009)。価値を定義することと、それを裏づけるevidenceを示すことは、関連していても同じ作業ではありません。
この区別をすると、outcomeやimpactの位置づけも明確になります。たとえば、教育プログラムへの参加後に知識や関心が変化したなら、それは活動によって生じたoutcomeとして捉えることができます。その変化は、博物館が重視する教育的な価値を説明する根拠にはなり得ますが、outcomeそのものが「博物館の価値」なのではありません。impactについても同様で、観察された影響と、なぜその影響を価値あるものと判断するのかは区別する必要があります。
したがってmuseum valueを考える出発点は、成果指標を先に選ぶことではなく、「この博物館では何を重要だと考えるのか」を明らかにすることにあります。そのうえで初めて、どのようなevidenceによってその価値を説明できるのかを検討できます。次に必要なのは、博物館をめぐって使われるcultural value、public value、social valueが、それぞれ何を意味し、どこで重なり、どこで異なるのかを分けて考えることです。
文化的価値は「役に立つか」だけでは決まらない
文化の価値を考えるとき、教育への貢献、地域活性化、観光消費、健康やwell-beingへの効果など、「文化が何の役に立つのか」に注目する議論は重要です。しかし、文化的価値をそうした効果だけで説明すると、作品や資料との出会いそのものがもたらす経験や、文化機関が人々とどのような関係を築くのかという側面が見えにくくなります。cultural valueを考えるには、成果だけでなく、経験や制度のあり方も含めて捉える必要があります。
そのための重要な枠組みの一つとして、文化政策の議論ではintrinsic value、instrumental value、institutional valueという三つの側面が整理されています(Holden, 2006)。intrinsic valueは、文化との出会いや経験そのものから生じる知的、感情的、審美的な価値を指します。ここで注意したいのは、価値が資料や作品の内部に客観的に固定されていると考えることではありません。同じ資料でも、見る人の経験や関心、置かれた文脈によって、その意味や受け止め方は異なります。
これに対してinstrumental valueは、文化活動が別の目的にもたらす効果に関わります。博物館であれば、学習の促進、地域への参加、観光や経済への波及などがこの視点から論じられます。ただし、instrumental valueが重要だからといって、それだけが文化の価値なのではありません。社会的・経済的な効果を示しやすいものだけを重視すれば、文化と接すること自体の意味を過小評価する危険があります。
institutional valueは、文化機関が何を提供したかだけでなく、どのように人々と関わり、意思決定し、サービスを提供するかという組織の行為やプロセスに注目します。たとえば、利用者に対して開かれているか、説明責任を果たしているか、異なる声をどのように扱うかといった点も、文化機関への信頼や評価に関わります。
この三つは、どれか一つを選ぶための分類ではありません。また、museum value全体を普遍的に三分する理論でもありません。むしろ、博物館の価値を「役に立ったか」という効果だけで捉えず、文化経験そのもの、社会的な効果、そして組織としてのあり方を異なる角度から考えるための枠組みです。博物館経営では、測定しやすい価値だけに偏らず、複数の価値が同時に存在し得ることを前提に考える必要があります。
public valueは「社会に良いこと」の言い換えではない
public valueは、博物館研究の内部だけで生まれた概念ではありません。もともとはpublic managementの領域で、公共組織が何を社会にとって価値あるものとして実現すべきかを考えるために発展してきました。重要なのは、単に「社会に良い効果を与えたか」を問うだけではない点です。公共組織が価値を生み出すには、何を価値ある成果とみなすのか、その活動が社会や政治から正当性と支持を得ているか、そして実際にそれを実現できる組織能力を備えているかという複数の条件を考える必要があります(Moore, 1995)。
この枠組みでは、public value、legitimacy and support、operational capacityの関係が重視されます。どれほど望ましい目的を掲げても、それを支持する社会的・制度的基盤がなく、実現する人材や財源、組織能力も不足していれば、公共組織として価値を実現することは難しくなります。逆に、実施能力が高くても、何を公共的に価値あるものとして目指すのかが曖昧であれば、活動量を増やすだけでは十分ではありません。こうした公共的使命と経営資源の関係については、「なぜ博物館に経営戦略が必要なのか――公共性と成果主義のはざまで」で詳しく整理しています。
このpublic valueの考え方が芸術や文化遺産の領域へ応用されると、もう一つ重要な問いが生まれます。それは「publicとは誰か」という問題です。文化機関が公的資金を受けているからといって、その活動が自動的にpublic valueを持つわけではありません。行政や専門家が価値を認めていることと、市民がその価値を認識し、支持していることも同じではありません。芸術・文化遺産政策におけるpublic valueを考える際には、誰が価値を定義し、誰がその価値を正当と認めるのかという問題が避けられません(Scott, 2010)。
したがって、public valueを「社会に良いことすべて」の総称として使うのは適切ではありません。social valueやsocial benefitと重なる部分はあっても、public valueには、公共組織が何を目指すのか、その価値を誰が承認するのか、そして組織として実現可能なのかという統治と正統性の問題が含まれています。博物館のpublic valueを考えるとは、社会的効果の大きさだけを測ることではなく、その博物館が何を公共的に価値あるものとして掲げ、それが誰によって支持されるのかを問うことでもあります。
social valueはpublic valueとも「成果」とも同じではない
博物館の価値を考える際には、public valueとは別にsocial valueという言葉も使われます。ただし、social valueには分野を超えて共有された単一の定義があるわけではなく、何を社会的な価値として捉えるかは研究や評価の目的によって異なります。そのため、博物館が地域や社会に良い影響を与えたというだけで、あらゆる効果をsocial valueと呼ぶのは慎重であるべきです。
博物館を対象とした研究では、social valueを、博物館がさまざまなstakeholdersに対して生み出す価値という観点から捉え、その内容をstakeholderへの聞き取りから検討する試みがあります(San-Jose et al., 2023)。そこからは、博物館の価値が来館者だけに限定されず、より広い関係のなかで認識され得ることが分かります。関係の形成、社会参加、包摂、well-beingなどもsocial valueと結びついて論じられる場合がありますが、これらが存在すれば自動的にsocial valueが成立すると考えるべきではありません。
また、social valueとpublic valueは同義ではありません。前節で整理したpublic valueには、公共組織が何を価値あるものとして目指すのか、それがどのような正統性や支持を得るのかという統治上の問題が含まれます。これに対してsocial valueは、博物館の活動や存在がstakeholdersや社会にとってどのような社会的な意味や便益を持つのかという問いに、より直接的に関わります。
さらに、social valueとsocial outcome、social impactも区別する必要があります。たとえば、あるプログラムへの参加を通じて人々の交流が増えたという変化はsocial outcomeとして捉えられますが、その変化自体を直ちにsocial valueと呼ぶことはできません。outcomeやimpactは、社会的な価値がどのように実現しているかを説明するevidenceにはなり得ます。このような社会的成果と社会への還元については、「博物館の成果はどう社会に還元されるのか――公共性・教育・地域貢献の視点から考える」で詳しく扱っています。
したがって、social valueを考えるときにも、「どのような成果が生じたか」と「なぜその成果や関係を社会的に価値あるものと考えるのか」を分ける必要があります。本記事では測定方法そのものには踏み込まず、social valueをpublic valueや成果概念と混同しないことを、博物館の価値を考えるための前提とします。
博物館の価値は誰が決めるのか
博物館の価値を考えるとき、「何に価値があるのか」という問いと、「その価値を誰が定義するのか」という問いは分けて考える必要があります。収集、保存、研究、展示といった活動には専門的判断が不可欠であり、博物館には自らのmissionに基づいて何を守り、何を伝えるのかを決める責任があります。しかし、その専門的判断だけで、社会にとっての価値まで一方的に決められるわけではありません。
public valueの議論では、文化機関や行政が価値を設定し、市民がその受益者になるだけの構図では不十分であることが指摘されています。重要なのは、publicを単なる「サービスの受け手」として扱うのではなく、何を価値あるものと考えるのかという判断に関わる存在として位置づけることです(Scott, 2010)。これは、すべてを多数決で決めるという意味ではありません。むしろ、専門家や行政が示す価値と、publicが実際に認識している価値との間に、どのような一致やずれがあるのかを問い続ける必要があるということです。
この点は、museum professionalsが考えるmuseum像と、public opinionを比較する研究からも重要性が見えてきます。カナダの調査を用いた研究では、博物館に対するtrustやvalueの認識を検討し、専門家側の理解とpublic側の認識が必ずしも同一ではないことが示されています(Dickenson, 2024)。この結果を世界全体へ一般化することはできませんが、博物館自身が「私たちはこう評価されている」と想定するだけでは、publicの認識を十分に把握したことにはならないという示唆は重要です。
ここからpublic participationやcommunityとの関係をどう設計するかという実務的な問題が生まれます。共創、包摂、信頼、地域参加をどのように博物館運営へ位置づけるかについては、「博物館はどう地域とつながるのか――共創・包摂・信頼のマネジメント」で詳しく扱っています。ただし、地域との関係を深めることと、すべての価値判断をcommunityへ委ねることは同じではありません。
博物館に必要なのは、専門性とpublicの声のどちらか一方を選ぶことではありません。収集や保存、研究に関する専門的判断を担い、自らのmissionを明確に示す一方で、その価値が社会からどのように受け止められているのかにも耳を傾けることが必要です。博物館の価値は、内部だけで完結して定義するものでも、publicの要望だけで決めるものでもなく、両者の関係を検討し続けるなかで説明されていくべきものです。
「価値」とoutcome・impactを混同してはいけない
博物館の価値を考えるとき、valueとoutcome、impactを同じものとして扱わないことが重要です。valueは、ある活動や制度について「何を重要で意味あるものと考えるのか」という評価判断に関わります。一方、outcomeは、博物館の活動との関係で個人、集団、組織などに生じた変化を捉える概念です。つまり、価値は「何を大切にするのか」という問いであり、outcomeは「その活動によって何が変わったのか」という問いです(Scott, 2009)。
impactについては、評価体系によって使い方が異なる点にも注意が必要です。outcomeより長期的・高次の変化として整理される場合もあれば、観察された変化に対して活動がどの程度寄与したのかを検討する文脈で用いられる場合もあります。そのため、outcomeの次に必ずimpactが位置づくという単一の普遍的な階層として理解するのは適切ではありません。評価用語は、どの枠組みを用いているのかを確認しながら使う必要があります。
たとえば、博物館が地域史プログラムを実施するとします。「地域文化や記憶を次世代へ継承することには意味がある」という判断はvalueに関わります。そのプログラムへの参加によって、参加者の地域史への理解が深まったのであれば、それはoutcomeとして捉えられます。さらに、時間を置いて文化活動への継続的な参加や地域活動への関与が広がったかを検討するなら、より長期的なimpactの問題へ進みます。
この三つを区別すると、成果が測定できたことと、博物館のvalueを定義できたことが別問題であることが分かります。参加者の知識が増えたというoutcomeは、地域文化の継承を重視する博物館にとって、その価値が実現していることを説明するevidenceにはなり得ます。しかし、その数値自体が「地域文化を継承することには価値がある」という判断を生み出すわけではありません。アウトカム評価や指標設計、ベンチマーキングの方法については、「博物館のアウトカム評価とベンチマーキング――社会的成果を可視化する評価戦略」で詳しく扱っています。
したがって、museum valueを考える際には、まず何を大切にするのかを明確にし、その後で、その価値がどの程度実現しているのかをoutcomeやimpactなどのevidenceから確かめるという順序が必要です。測定可能な成果があることは重要ですが、測定できるものだけが価値なのではありません。
博物館は自らの価値をどう説明すればよいのか
博物館が自らの価値を説明するとき、最初に決めるべきなのはKPIや評価指標ではありません。出発点になるのは、「この博物館は何を大切にするのか」という問いです。保存、研究、学習、文化との出会い、地域との関係など、重視するものは館のmissionや置かれた環境によって異なります。すべての博物館が同じvalueを追求する必要はなく、まず自らが重要だと考える価値を言葉にすることが必要です(Scott, 2009)。
次に問うべきなのは、その価値が「誰にとって、なぜ価値があるのか」です。博物館自身にとって重要な使命であっても、来館者、地域社会、行政、研究者などでは、その意味の受け止め方が異なる場合があります。また、何をvalueと呼んでいるのかも明確にしなければなりません。文化との出会いや文化機関のあり方を考えるcultural value、公共組織として何を価値あるものとして実現するかを問うpublic value、社会的な意味や便益に関わるsocial valueは、重なる部分があっても同じ概念ではありません。
そのうえで、博物館自身の価値認識とpublicの認識にずれがないかを確かめます。public valueを考える際には、文化機関が価値を提示するだけでなく、その価値を誰が認識し、正当とみなすのかという問題が生じます(Scott, 2010)。public opinionやtrustを扱った研究も、museum professionalsが想定する博物館像とpublicの認識が必ずしも一致しない可能性を示しています(Dickenson, 2024)。ただし、publicの声を聞くことは、すべてを多数決やco-creationで決定することを意味しません。専門的判断とpublic perspectiveには、それぞれ異なる役割があります。
最後に考えるのがevidenceです。ここで初めて、どのようなoutcomeやimpact、データ、調査結果を確認すれば、その価値が実現していると説明できるのかを検討します。outcomeやimpactはvalueそのものではなく、価値の実現状況を示す根拠になり得るものです。したがって、測定可能な指標を先に選び、後からその指標に合わせて価値を説明する順序にはしません。
博物館が自らの価値を説明するための順序は、valueを考えることから始まり、誰にとってのvalueかを問い、publicの認識を確かめ、その後でevidenceを選ぶというものです。measurementは重要ですが、それは最後の手段です。何を測れるかではなく、何を大切にし、なぜ社会に存在するのかを明確にすることが、博物館の価値を説明する第一歩になります。
博物館の価値は、一つの数字ではなく「何を大切にするか」という選択にある
博物館の価値は、一つの尺度で決められるものではありません。作品や資料との出会いそのものに意味を見いだすこともあれば、教育や地域、経済などへの効果を重視することもあります。さらに、人々との関わり方や意思決定といった文化機関としてのあり方、公共組織として果たす役割、社会との関係から価値を考えることもできます。cultural value、public value、social valueは、こうした異なる問いを考えるための概念であり、同義語でも、博物館の価値を単純に三分する分類でもありません。
同時に、valueとoutcomeやimpactを区別することも重要です。来館者の学びや行動の変化、地域への影響などは、博物館が重視する価値の実現状況を説明するevidenceにはなり得ます。しかし、測定された成果そのものがvalueなのではありません。測定しやすいものから出発すると、本来大切にすべきものではなく、数字にできるものが博物館の目的になってしまう危険があります。
だからこそ、価値を考える順序が重要です。まず、この博物館は何を大切にするのかをmissionと専門的判断に照らして明確にする。次に、それが誰にとって、なぜ価値を持つのかを問い、publicが実際に何を価値として認識しているのかにも耳を傾ける。そのうえで、価値が実現していることを確かめるためのevidenceを選びます。博物館の価値を説明するとは、数字によって存在意義を証明することではありません。「何を大切にし、誰のために、なぜ存在するのか」を社会に説明し、その答えを問い直し続けることなのです。
参考文献
- Dickenson, V. (2024). Trust, value, and public opinion: Learning to listen. Curator: The Museum Journal, 67(3), 661–681.
- Holden, J. (2006). Cultural value and the crisis of legitimacy: Why culture needs a democratic mandate. Demos.
- Moore, M. H. (1995). Creating public value: Strategic management in government. Harvard University Press.
- San-Jose, L., Garcia-Merino, J. D., & Retolaza, J. L. (2023). Social value in the orange economy: Social accounting applied to museums. Museum Management and Curatorship, 38(3), 231–253.
- Scott, C. A. (2009). Exploring the evidence base for museum value. Museum Management and Curatorship, 24(3), 195–212.
- Scott, C. A. (2010). Searching for the “public” in Public Value: Arts and cultural heritage in Australia. Cultural Trends, 19(4), 273–289.

