博物館の集客戦略とは何か ― 理論と実例から読み解く来館者を惹きつける仕組み

目次

はじめに:なぜ今「集客」が博物館経営の要なのか

「博物館が人を集める時代は終わったのか」。コロナ禍を経た現在、多くの博物館がこの問いと向き合っています。入館者数の急減、ライフスタイルの変化、観光動向の多様化など、来館行動を取り巻く前提が大きく変わる中で、従来型の集客手法が通用しなくなりつつあります。こうした状況において、「集客」という営みをいま一度問い直すことが、博物館経営の根幹に関わるテーマとなってきました。

「集客」と聞くと、単に来館者数を増やすことや、チケット収入を伸ばすことが目的だと捉えられがちです。しかし、博物館における集客とは、本来「来館者と博物館の関係性を築くための第一歩」として理解すべき営みです。人々がその場を訪れ、展示に触れ、何かを感じ、考え、語る。そのようなプロセスを通して、来館者は博物館の価値に出会い、再訪や支援へとつながっていきます。つまり、集客は単なる動員ではなく、持続的な関係づくりの起点なのです。

加えて、現代の集客戦略は、少子高齢化や都市集中といった社会構造の変化、さらには観光資源の再編や地域創生との連動といった課題とも深く関わっています。たとえば、地域の人々との接点を増やすことで教育・福祉との連携が生まれ、観光客との接点から地域ブランドの形成につながることもあります。このように、集客は単に来てもらうための施策にとどまらず、博物館が社会と結び直されるための戦略的な行為といえます。

本記事では、「集客」をそのような広い視点から捉えなおし、マーケティング理論やデジタル施策、国内外の事例を通じて、博物館がどのように来館者との関係性を築いていけるのかを検討していきます。テクニックや宣伝手法に留まらず、「なぜ人が集まるのか」「人は博物館に何を求めるのか」といった問いを軸に、集客戦略の本質を探っていきます。

博物館マーケティングの基本構造 ― 集客戦略の理論的枠組み

集客戦略は、単なる宣伝活動やチラシ配布にとどまるものではありません。むしろ、それは博物館におけるマーケティング全体のなかに組み込まれた、戦略的な意思決定の一部です。マーケティングとは、「誰に・何を・どのように届けるか」を構造的に設計する営みであり、集客はその中で来館のきっかけを生み出す重要な機能を果たします。STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)や4P(製品・価格・場所・プロモーション)といった古典的なマーケティング理論は、博物館においても応用可能です。とくに、博物館におけるマーケティングは「ミッション→ターゲット→価値提案→広報」の一連の流れとして構造化されており、集客もまたこの全体設計の中に位置づける必要があるとされています(Kotler, Kotler, & Kotler, 2008)。

なお、博物館マーケティングの全体的な枠組みや基本理論については、以下の記事で詳しく整理しています。
博物館のマーケティング戦略とは何か ― 来館者と価値をつなぐ思考フレーム

集客戦略においてまず重要となるのは、「誰に来てもらいたいのか」を明確にすることです。すなわちターゲティングの視点です。博物館は公共施設であり、誰に対しても開かれた場であるべきという理念を持っていますが、それは必ずしも「万人に向けて同じメッセージを発信する」ことを意味しません。たとえば、家族連れ、若年層、地域住民、観光客といった多様な層に対し、それぞれ異なる伝え方や接点が求められます。集客は、そのような多様性の中で「意味のある訪問」をどう設計するかという問いに直結しています。博物館体験そのものを豊かにする仕組みとしてマーケティングを位置づける必要があるとされています(Burton, 2009)。

次に、来館者にとっての「来たくなる理由」、すなわち博物館のポジショニングも重要です。自館がどのような価値を提供し、他の施設とどう異なるのかを明確にすることは、来館者に対するメッセージの一貫性につながります。ミッションと来館者の期待を結びつける戦略的設計の重要性が指摘されています(Kotler, Kotler, & Kotler, 2008)。たとえば、イタリアのフィレンツェ自然史博物館では、SNSを活用して独自の展示コンセプトや舞台裏の活動を積極的に発信し、親しみやすさと専門性を両立させることで、若年層の来館動機を高めています(Lazzeretti, Sartori, & Innocenti, 2015)。こうした情報発信は単なる広報ではなく、来館前から始まる関係構築の一環といえるでしょう。

さらに、具体的な集客施策を展開する上では、プロモーション戦略の設計が求められます。これは単発の広告やイベントではなく、オンラインとオフラインを組み合わせた継続的な接点づくりを意味します。SNS、ウェブサイト、地域メディア、観光連携、教育機関との協働など、多層的なチャンネルを通じて博物館と来館者のつながりを設計していく必要があります。来館者は単なる「一度の訪問者」ではなく、博物館の理念や活動に共感する「支援者」へと変わっていく可能性があります(Kotler, Kotler, & Kotler, 2008)。

このように、集客はマーケティングの一部として、「誰に・何を・どう届けるか」を体系的に設計することが求められます。単なる動員数の追求ではなく、博物館の価値を正しく伝え、持続的な関係性を築くための戦略的行為として、集客の再定義が必要とされています。

デジタル時代の集客:SNSと来館者の接点設計

スマートフォンの普及とともに、私たちの情報との関わり方は大きく変化しました。とくに若年層を中心に、検索エンジンやSNSを通じた情報取得が日常化し、来館前の「博物館との接点」もまたデジタル空間に移行しつつあります。チラシやポスターといった従来型の告知手段だけで、来館の意思決定がなされる時代ではなくなりました。現代においては、単に情報を「発信する」ことよりも、それが「どのように届き、どのような関係を築くか」という接点設計の視点が求められています。

このようななかで、SNSは博物館にとって極めて重要な集客ツールとなり得ます。SNSがもたらす最大の特徴は、静的な情報ではなく、動的で継続的な「語り」を可能にすることです。例えば展示会の準備過程、学芸員の視点、収蔵庫の裏側といった舞台裏のストーリーを発信することで、来館前から博物館との関係性を育むことができます。加えて、リール動画やライブ配信、ストーリーズなど、媒体ごとに適した発信形式を選ぶことで、情報の到達力と共感性を高めることができます。SNSは一方向の広報ではなく、コメントやシェアといった双方向のやり取りを通じて「対話」を生み出すメディアでもあります。こうしたエンゲージメントの積み重ねが、博物館への信頼と期待を高め、結果として来館へとつながるのです。

こうしたSNS活用の好例としてしばしば挙げられるのが、イタリア・フィレンツェ自然史博物館の事例です。この博物館では、展示情報や学術的知見を専門的に発信するだけでなく、ユーモアを交えた投稿や季節行事との連動など、親しみやすさを意識したコンテンツが数多く見られます。こうしたSNS戦略が特に若年層において新たな来館動機を喚起しており、「学術性×親しみやすさ」のバランスを取った情報発信が重要であることが示唆されています(Lazzeretti, Sartori, & Innocenti, 2015)。SNSが単なる告知媒体にとどまらず、「博物館との関係づくりの入り口」として機能している点は、他の博物館にとっても大きな示唆を与えるものです。

では、日本の博物館ではどのような状況にあるのでしょうか。近年、自治体立館を中心にSNSアカウントの開設が進みつつあり、Twitter(現X)やInstagram、YouTubeなどを活用する例が増えてきました。しかし、必ずしもすべての館で戦略的に運用されているとはいえません。投稿内容が一貫性を欠いていたり、特定の層へのターゲティングが明確でなかったりするケースも多く見受けられます。加えて、SNSによる発信と実際の来館成果を結びつけるインサイト分析が不十分である点も課題です。せっかくのデジタル接点が、単なる情報の流通で終わってしまっているのです。

このように、デジタル時代における集客戦略は、単なるプロモーションではなく「関係性の設計」として位置づけ直すことが必要です。SNSを通じて博物館と来館者のあいだに期待と信頼が育まれるとき、その接点は広告以上の意味を持ちます。SNSは来館前の情報源であると同時に、博物館の存在意義や価値を伝える文化的インフラとしても機能し得るのです。来館をゴールとするのではなく、そこに至るまでの「つながり」を育む視点こそが、今後の博物館に求められるデジタル戦略の核心といえるでしょう。

来館者との関係性をどう構築するか ― 一過性でない集客の視点

集客という言葉は、多くの場合「どれだけ多くの人を呼べたか」という数の指標で語られます。しかし、博物館における集客戦略の本質は、単なる動員ではなく、その後の「関係の質」をどう育てていくかにあります。来館者を「一度きりの客」と捉えるのではなく、再訪者、さらには共感的な支援者として位置づける視点こそが、これからの博物館経営に不可欠です。いわゆる「関係性マーケティング(Relationship Marketing)」の考え方を文化施設に応用することで、集客は単なる入口ではなく、継続的な価値創出の出発点となるのです。

このような関係性を築く上で重要となるのが、エンゲージメント戦略です。来館者に対して、展示を見るだけでなく、「発見」「対話」「共感」といった感情や知的体験を提供することが、深い記憶として残り、再訪の動機となります。例えば、展示に関連したワークショップや講演会、来館者の視点を取り入れた参加型プログラムなどは、滞在時間を伸ばし、体験の密度を高める効果があります。また、教育普及活動との連動により、知識と感情の両面から関わる場を提供することも、来館者との関係を育てる大切な手段です。体験が「物語」として記憶されるとき、それは次の来館へと自然につながっていきます。

こうした関係性を一過性に終わらせないためには、「接点の継続的な設計」が必要です。たとえば、会員制度やメールマガジン、アンケートによるフォローアップなどを通じて、来館後のコミュニケーションを意識的に保つことができます。また、CRM(Customer Relationship Management)の概念を文化施設に応用し、「再訪率」「ソーシャルメディアでの反応」「寄付やグッズ購入」などの指標をもとに、来館者の関与度を可視化し、段階的に関係を深めていくことも戦略的に有効です。こうした視点を取り入れることで、来館者との関係は、単なる記録ではなく「育成すべき資源」として再定義されます。

さらに近年注目されているのが、「共に育てる博物館」という視点です。ここでは来館者を単なる受け手ではなく、協働するパートナーと捉えます。市民参加型の展示企画、地域ボランティア、学芸員と連携した市民研究など、来館者が「主体的に関わる」機会を提供することで、関係性はより強固なものになります。このような協働の関係から生まれた体験は、参加者自身によって自然に語られ、周囲への信頼ある口コミとして広がっていきます。来館者との「協働性」は、単なる戦略以上に、持続可能な集客装置として機能するのです。

このように、集客はもはや「人を集めること」そのものではなく、「関係性を築くこと」そのものへと変化しています。一過性の動員ではなく、来館者との持続的なつながりを育む視点が、現代の博物館における経営の土台となります。そしてその関係性は、信頼と共感に基づきながら、やがて寄付やボランティアなどの支援行動へとつながっていきます。集客とは単なる数ではなく、社会との絆をいかに築き直していくかという文化的問いなのです。

金沢21世紀美術館はなぜ集客できるのか

金沢21世紀美術館は、地方都市に位置しながらも年間100万人を超える来館者数を誇り、国内でも屈指の集客力を持つ文化施設として知られています。KDDI総合研究所(2023)の分析でも、この美術館が「SNS映え」だけに依存せず、空間設計、戦略的広報、地域との関係構築を通じて持続的な来館者との関係性を形成していることが明らかにされています。ここでは、その具体的な仕組みを読み解きながら、戦略的な集客の在り方を考察します。

まず注目すべきは、都市設計と施設構造が生み出す「開かれた空間」の思想です。金沢21世紀美術館は、美術館そのものが市民生活の延長にあるように設計されています。中心市街地に位置し、周囲に緑豊かな広場を備えるこの施設は、公園の中に美術館があるかのような印象を与えます。また、ガラス張りの外壁と無料で立ち入れるゾーンが多く設けられている点も特徴的であり、街を歩いている人々が偶然に展示と出会える仕組みが設計されています。これはアクセシビリティの向上だけでなく、文化との「偶発的接触」を促す動線設計としても極めて秀逸です。

加えて、来館者にとっての体験そのものが巧みに再構成されています。例えば「スイミング・プール」のように空間と鑑賞者の身体感覚を組み合わせる作品が常設されており、訪れる人にとっての体験が視覚だけでなく五感に訴えかけるものとなっています。こうした体験は記憶に強く残るだけでなく、SNS上での写真共有や動画拡散を通じて、非来館者に対する新たな来館動機にもつながります。空間と作品が一体となった「インスタレーション的展示」は、体験の「物語化」として機能し、再訪や他者への推薦を自然に誘発しています。

また、情報発信と地域との連携の戦略性も、同館の集客成功を支える重要な要素です。特にSNS活用では、若年層を意識したビジュアル中心の投稿が特徴であり、展示情報に限らず「今日の風景」「展示の裏側」など、日常感と非日常感を交差させる表現が目立ちます。さらに、地元メディアや観光事業者との協働により、美術館が「地域の顔」として機能していることも見逃せません。このような関係性は単なる一過性の広報ではなく、地域社会に根ざした文化発信拠点としての持続可能性を示しています。

さらに、展示とマーケティングの一体化も同館の強みの一つです。「誰に届けたいか」というターゲット設定を明確にし、その層に響く展示企画と情報発信を連動させることで、「この美術館なら何かやっている」という期待感が蓄積されています。これは単なる展示内容の巧拙を超えて、「文化体験の信頼性」そのものをブランドとして育てる戦略に他なりません。

このように、金沢21世紀美術館は、空間設計、来館体験、広報戦略、地域連携という複数の要素を一体化させた「総体」として集客を成功させています。これは、単に目新しさを追う集客ではなく、「継続的な関係性の設計」としての集客であり、今後の博物館経営における重要なモデルケースであるといえるでしょう。

まとめ:集客とは関係づくりの第一歩

本記事では、博物館の集客をめぐる戦略を多角的に検討してきました。マーケティングの基本構造に始まり、SNSを活用したデジタル時代の来館者接点の設計、そして一過性でない関係性の構築まで、現代の集客戦略は単なる動員にとどまらず、複数の要素が相互に関わり合う複層的な仕組みであることが明らかとなりました。さらに、金沢21世紀美術館という国内の成功事例を通じて、展示・空間設計・地域連携・広報戦略といった実践的要素が、来館者との持続的な信頼関係を築く鍵であることも示されました。

これらの考察から導き出されるのは、「集客とは関係性の出発点である」という視座です。来館者を一度きりの訪問者としてではなく、再訪者や支援者、そして文化的共感者として捉える発想の転換が、博物館経営には求められています。そのためには、SNSやCRMなどを活用した継続的な接点の設計、参加型体験や対話の機会の創出、そして個人の感情や記憶に残る来館体験の提供が不可欠です。集客とは、単なる数値目標ではなく、博物館と来館者の間に信頼と共感のネットワークを築く営みなのです。

今後の博物館経営においては、集客を短期的な成果指標として消費するのではなく、長期的な文化的関係性の構築へと戦略的に位置づける必要があります。来館者との関係をどう設計し、どのように育てていくのか。その問いにこそ、持続可能な博物館経営のヒントがあるはずです。集客とは、関係づくりの第一歩なのです。

参考文献

  • Burton, C. (2009). More than a visit: Museum marketing for today and tomorrow. The Museums Association.
  • Kotler, N. G., Kotler, P., & Kotler, W. I. (2008). Museum marketing and strategy: Designing missions, building audiences, generating revenue and resources (2nd ed.). Jossey-Bass.
  • KDDI総合研究所. (2023). なぜ金沢21世紀美術館は国内トップクラスの集客力があるのか. KDDI Research Atelier. https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1152
  • Lazzeretti, L., Sartori, A., & Innocenti, N. (2015). Museums and social media: The case of the Museum of Natural History of Florence. International Review on Public and Nonprofit Marketing, 12(3), 267–283.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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