博物館における消費者行動と来館者体験 ― 実証研究とデータ分析に基づく満足度・再訪・マーケティングの考察

目次

博物館と消費者行動 ― 来館者理解の意義

現代社会において博物館が担う役割は、単なる資料保存や展示にとどまりません。地域社会の文化的・教育的拠点として、また観光資源や交流の場として、ますます多様な期待が寄せられています。その中で「消費者行動」、すなわち来館者一人ひとりの動機や行動パターン、体験への期待や評価を的確に捉えることが、博物館経営の重要な鍵となっています(Goulding, 1999; Brida et al., 2016)。

来館者を理解することの重要性は、博物館がサービス産業的な側面を強めていることにも起因しています。これまでの「モノの保存・展示」から「多様な体験と価値提供」へと大きく転換しつつある中、サービス・マーケティングの理論や実践が博物館運営にも積極的に応用されるようになりました。来館者は、知的好奇心や学び、娯楽、社会的交流などさまざまな目的を持って博物館を訪れます。こうした行動やニーズを的確に把握し、個々の体験価値を高めていくことが、持続的な集客やリピーター創出につながるとされています(Di Pietro et al., 2015)。

「消費者行動」とは、来館者の動機、情報収集、現地での体験、満足度、再訪意向、口コミ行動など、博物館との関わり全体を包括する考え方です。一般的な消費者行動研究と異なり、博物館における消費者行動は無形サービスや非営利活動の性質、社会的価値の創出などが強く意識される点に特徴があります。来館者の背景や動機が多様化する現代においては、従来型の一方向的な運営では十分な満足を得ることが難しくなっています。

来館者理解の深化は、経営面だけでなく、現場のサービス設計や展示企画の改善にも直結します。具体的な調査やデータ分析を通じて、どのような体験が満足度や再訪につながるかを検証し、根拠ある施策を講じていくことが求められています。こうしたアプローチは、実証研究に基づいた戦略的な博物館運営のあり方として、国際的にも広く注目されています(Brida et al., 2016)。

なお、博物館マーケティング全体の戦略やリピーター創出の詳細については、 博物館マーケティングの全体像とは何か ― 集客・来館者体験・リピーター戦略から考える持続的経営モデル もあわせてご参照ください。これらを組み合わせて読むことで、消費者行動の理解とマーケティング戦略の連動性をより深く把握できます。

博物館が消費者行動を理解する必要性 ― 来館者の動機と行動パターンの重要性

なぜ博物館に消費者行動の視点が求められるのか

現代社会における博物館の役割は、過去数十年の間で大きく変化してきました。かつては「資料の保存・展示」が博物館の主目的とされてきましたが、今では教育や地域づくり、観光振興、社会的包摂など、さまざまな側面で公共的な機能が求められるようになっています。こうした状況下で、博物館が持続可能な経営を実現するには、来館者、すなわち「消費者」の視点を徹底的に理解し、そのニーズに応じたサービスや体験価値を創出することが不可欠です(Di Pietro et al., 2015)。

そもそも消費者行動の理解は、マーケティングの分野で培われてきた基本的な考え方です。企業活動においては「なぜ消費者が商品やサービスを選ぶのか」を徹底分析し、その結果を製品開発やプロモーションに生かすことで競争力を高めてきました。博物館においても、来館者の動機や行動パターンを把握し、その情報をもとに展示企画や広報活動、体験プログラムを最適化することで、来館者満足度を高め、リピーターを増やすことが可能となります。これは単に「お客様対応」にとどまらず、博物館の存在意義や社会的価値を高めるための戦略的アプローチでもあります。

また、グローバル化やデジタル化の進展によって、来館者の価値観や情報収集行動も多様化しています。SNSや口コミサイトの普及により、来館前の情報検索・意思決定のプロセスも変容し、リアルタイムな評価やフィードバックが集まるようになっています。そのため、従来型の一方向的な運営から脱却し、双方向で多層的な来館者コミュニケーションを重視する必要があります。こうした社会背景のもと、消費者行動分析を基盤にしたサービス設計・経営戦略が、今や博物館の基本となっています。

来館者の動機 ― 何が博物館訪問を促すのか

実際に、消費者行動研究が示す来館者の動機は多岐にわたります。イタリアでの大規模調査(Di Pietro et al., 2015)によれば、「知的好奇心を満たしたい」「歴史や文化に触れたい」「博物館の評判や名声にひかれて」「友人や家族のすすめ(口コミ)」「過去の良い体験をもう一度味わいたい」といった理由が上位を占めています。特に若年層では、ワークショップやイベントなど“体験型”コンテンツへの興味が強く、従来の展示型博物館とは異なる期待が寄せられています。

また、地元住民と観光客では訪問動機に違いがあり、地元住民は「地域への誇り」や「教育的関心」が、観光客は「新しい文化の発見」「旅行中の充実感」を重視する傾向が見られます。さらに、年代や家族構成によっても動機は異なり、小さな子ども連れの家族は「子どもの学びや体験」を、シニア層は「思い出づくり」や「ノスタルジア」を重視するなど、多様な動機が同時に存在しています。

情報収集の手段にも大きな変化が見られます。現代の来館者は、まずインターネットやSNSで評判やイベント情報を調べ、他の来館者の体験談(レビュー)を参考に訪問を決めるケースが増えています。口コミやオンラインプロモーションの影響力がかつてなく高まっているため、博物館側もデジタル施策やSNS発信を戦略的に行うことが求められています。

来館者の行動パターン ― 消費者行動データから見える多様性

来館者がどのように博物館を利用し、どんな行動をとるのかを分析することで、より細やかなサービス設計や展示運営が可能となります。イタリアの調査(Di Pietro et al., 2015)では、来館者を「専門家型」「要求型」「実利型」「無関心型」の4タイプに分類し、それぞれ展示内容・ガイドサービス・価格・利便性など重視するポイントが異なることを明らかにしています。

一方、イギリスの質的研究(Goulding, 1999)では、来館者の深層心理にも着目し、「文化的同一性の追求」「ノスタルジア」「社会的動機」といった内面的要素が来館体験に大きく影響することが指摘されています。例えば、歴史的展示を通じて自分や家族のルーツを再確認したいという思いや、社会とのつながりや承認欲求を満たしたいという心理が、博物館訪問の原動力となっているケースも多く見られます。

さらに、近年では来館時間や館内での行動履歴、展示ごとの滞在時間などの行動データも活用されており、こうしたデータ分析によって「長時間滞在型」「短時間滞在型」「イベント志向型」など、より精緻な来館者セグメントの把握が可能となっています。これにより、各セグメントに最適なサービスや情報提供を設計しやすくなり、結果として来館者満足度や再訪意向の向上、さらには館の収益や社会的インパクトの拡大にもつながります(Brida et al., 2016)。

消費者行動の分析がもたらす博物館経営のメリット

消費者行動分析を戦略的に活用することで、博物館は多くの経営メリットを得ることができます。第一に、来館者セグメントごとのニーズに合わせた体験設計やサービス提供が可能となり、満足度を着実に向上させることができます。たとえば、家族連れには体験型プログラムや子ども向け展示を、専門的関心の高い層には深い解説やワークショップを提供することで、多様な来館者に“響く”博物館運営を実現できます。

第二に、満足度の高い来館者は再訪意向が強まり、リピーターとして定着する可能性が高まります。リピーターの増加は安定した収益基盤の確立につながるだけでなく、口コミやSNSなどを通じた情報拡散効果も期待できます。第三に、来館者理解の深化は、地域社会や他機関との連携、教育・福祉・観光政策への貢献にもつながります。消費者行動分析は、こうした多面的な博物館経営の高度化を支える重要なツールなのです(Brida et al., 2016)。

さらに、データに基づく経営は、資源配分や予算策定、人的配置などの意思決定にも説得力を持たせます。限られた資源を「何に」「どの層に」重点的に投資すべきかを客観的に判断できるため、効率的かつ効果的な運営につながります。加えて、消費者行動に関する継続的な調査・評価は、社会の変化や来館者ニーズの変動に素早く対応するための「経営の羅針盤」となります。

このように、消費者行動の理解とデータに基づく分析は、博物館の持続可能な経営や社会的な価値創出、さらには地域や来館者との新しい関係構築にもつながります。今後ますます多様化・高度化していく来館者ニーズに応えるためには、単に展示やプログラムを拡充するだけでなく、一人ひとりの来館者の行動や期待をていねいに把握し、それぞれに最適な体験やサービスを設計することが求められます。消費者行動を的確に捉えた運営こそが、これからの博物館が社会から信頼され、選ばれ続けるための基盤となるでしょう。

来館者体験と満足度 ― データから読み解く価値創造と再訪行動

博物館における体験価値とその構成要素

来館者が博物館でどのような体験をし、何に価値を感じるのかを分析することは、消費者行動研究の枠組みにおいても極めて重要な位置づけにあります。消費者行動論では、消費者(来館者)が情報を収集し、選択し、実際の体験を経て満足度を評価し、再訪や推奨といった“その後の行動”へと移る一連のプロセスが重視されます(Brida et al., 2016)。

博物館における「体験価値」は、こうした購買意思決定プロセスの中で“消費(体験)”段階に該当し、来館者が展示やサービス、空間デザインなど複数の要素を実際に経験することで総合的に判断されるものです。展示内容やテーマ性、解説の充実度、館内動線やサインの工夫、デジタル技術を活用したAR・アプリ体験、ワークショップやイベントへの参加など、五感や知的好奇心を刺激する体験が価値の中心となっています(Brida et al., 2016)。

このとき、知的満足や新たな発見、社会的交流、自己表現など、来館者が得る“体験価値”は、消費者行動論でいう「体験価値モデル(experiential value)」の応用例と位置づけられます。館内の快適性や休憩スペース、カフェ・ショップの充実度も、こうした体験価値の評価に大きな影響を与えています。

満足度を左右するポイントとセグメント別傾向

消費者行動論では、体験段階の評価が「満足度(customer satisfaction)」として認識され、再購入やリピート行動、推奨意図(ロイヤルティ)へとつながることが理論的に示されています。博物館においても同様に、展示やサービス、アクセスや価格、情報提供、スタッフ対応、施設の清潔さなど多様な要素が、来館者の満足度を形づくっています(Brida et al., 2016)。

また、来館者セグメント(家族連れ、観光客、地元住民など)による重視点の違いも、消費者行動論でのターゲティング・セグメンテーションの視点から重要な論点となります。特に「子ども向け体験型展示」「バリアフリー対応」「イベント参加機会」「多言語サービス」など、属性ごとに設計されたサービスは、満足度の最大化に直結します。館内の混雑度や来館時のストレス要因も、負の体験価値として再訪意向に影響を与えるため、消費者行動分析の観点からもきめ細かな運営が求められます。

再訪意向・リピーターを生む体験デザイン

満足度が高まった来館者が、再び博物館を訪れる行動(リピート、ロイヤルティ)は、消費者行動論における「行動意図」「再購入意図」「口コミ行動(Word of Mouth)」などと対応します。特に、「長時間滞在型」「体験志向型」の来館者は、体験価値と満足度の水準が高く、再訪意向や推奨意向も強くなる傾向がデータから確認されています(Brida et al., 2016)。

このとき、再訪を促進する要因としては、パーソナライズされた体験設計や会員プログラム、来館記録の活用、リピーター向けの限定イベントなど、消費者行動でいう“顧客ロイヤルティ戦略”が応用可能です。また、満足度の高い来館者によるSNS・口コミ発信は、潜在的な新規来館者の獲得や博物館ブランドの強化につながるため、サービスデザインとデータ活用の両輪がますます重要となっています。

経営戦略としての体験・満足度向上の意義

来館者体験や満足度、再訪行動に関する分析は、消費者行動論の「体験→評価→再行動」というプロセスモデルの実践例とも言えます。データに基づくセグメント別のサービス設計や展示企画、プロモーション活動の最適化は、リピーター獲得や口コミ増加を通じて博物館の持続的成長に直結します(Brida et al., 2016)。

また、体験価値や満足度を高める取り組みは、博物館の社会的価値創造や地域との共生、教育的・文化的ミッションの実現にも寄与します。消費者行動の理論やデータ分析手法を積極的に取り入れることで、より科学的で根拠ある経営戦略を構築できるようになっています。

このように、来館者体験や満足度・再訪行動を消費者行動論の枠組みで捉え直すことは、単なるサービス向上にとどまらず、博物館の経営戦略や社会的な価値発揮にとっても極めて重要な視点となっています。今後も、理論と実証データを組み合わせながら、より豊かな博物館体験を実現していくことが求められています。

デジタル時代の消費者行動と博物館体験設計

デジタル技術と博物館来館者体験の変化

デジタル技術の発展は、博物館における消費者行動や来館者体験を大きく変容させています。かつては「現地に行き、展示を見る」ことが博物館体験の主流でしたが、現代では体験のはじまりがデジタル環境に移行しつつあります。スマートフォンやパソコンを使った情報探索から、SNSでの口コミ収集、公式ウェブサイトやバーチャル展示の閲覧、さらにはオンラインイベントやチケット予約まで、来館前の消費者行動は多様化しています(Di Pietro et al., 2015)。

ARやVRといった先端技術の導入により、博物館では来館者一人ひとりに合わせたパーソナライズドな体験提供が可能となっています。スマートフォンアプリやデジタルガイド端末を使えば、自分の興味や知識レベルに応じて情報を深掘りできるほか、展示空間の回遊やクイズ形式のアクティビティなど、能動的な体験設計も実現しています。また、オンラインコミュニティやSNSによって、来館者同士の交流や体験のシェア、評価や感想の発信が日常的になり、来館後の行動にもデジタル環境が影響を与えています。

情報探索・意思決定プロセスのデジタル化と消費者行動

消費者行動論の観点からみると、博物館の来館者は「情報探索→比較検討→意思決定→体験→評価→発信・再訪」といった一連のプロセスをたどっています。デジタル化によって、最初の「情報探索」段階からSNSや検索エンジン、口コミサイトなど複数のチャネルが利用され、来館者は膨大な情報の中から自分に合った博物館や展示を選択しています。Googleマップやレビューサイトの評価も来館意欲や来館先選択に直結するため、博物館側はこうした情報流通の特性を十分に把握し、戦略的な情報発信やブランドづくりを行う必要があります(Di Pietro et al., 2015)。

また、オンラインでのバーチャル展示や事前イベントが実際の来館意思決定に与える影響も大きくなっています。来館前に体験の一部を疑似的に味わえることで、「実際に足を運びたくなる」「家族や友人と行ってみたい」といった来館意欲が高まる傾向がみられます。

データ分析とパーソナライズド体験設計

デジタル化の進展は、来館者の行動データ分析にも革命をもたらしています。来館者の滞在時間、展示ルート、参加イベント、グッズ購入履歴など多様なデータを収集・分析することで、個々の来館者像や来館パターンを科学的に把握できるようになりました(Brida et al., 2016)。消費者行動論でいう「セグメント分析」や「カスタマージャーニー」の可視化が進み、年齢層や属性別、興味関心ごとの体験設計が現実的に実践されています。

例えば、よく利用される展示や満足度の高いプログラム、リピーターとなる来館者層の特徴などをデータで明らかにし、人気展示の強化やリピーター向けイベント、SNSキャンペーンなどを企画することで、来館者満足度や再訪意向の向上につなげることが可能です。パーソナライズドな体験や、属性別プロモーション、ダイレクトなフォローアップも、消費者行動データの活用によって高い効果を生み出しています。

SNS・口コミ時代の来館者発信行動とリピート行動

来館者が体験後にSNSで写真や感想をシェアしたり、口コミサイトにレビューを書いたりすることは、現代の消費者行動の大きな特徴です。個々の体験が他の消費者(=潜在的来館者)の意思決定に直結するため、口コミやSNS上の評価は博物館経営にとっても無視できない要素となっています(Di Pietro et al., 2015)。「インスタ映え」する展示やイベント、フォトスポットの設計、SNSキャンペーンの実施なども、現代の博物館マーケティングの戦略に不可欠です。

また、デジタルコミュニティによって生まれるファン層や常連来館者(リピーター)の存在は、安定した集客や収益、さらには地域とのつながりを強化する要素にもなります。満足度の高い体験を提供することで、リピート来館・会員化・口コミ発信という「好循環」をデジタル時代の消費者行動として生み出すことが可能です。

デジタル化の課題と今後の展望

デジタル技術の導入は、博物館に新たな可能性をもたらす一方で、いくつかの課題も指摘されています。たとえば、高齢層やデジタル機器に不慣れな層への配慮や、情報セキュリティやプライバシーの確保、デジタルデバイド(情報格差)の問題など、全ての来館者が公平にサービスを享受できる環境づくりが重要となります。また、デジタル施策に偏りすぎることなく、対面での交流や“アナログ体験”とのバランスを意識することも、来館者満足や地域包摂の観点から求められています。

今後の博物館経営では、消費者行動データの活用やデジタル体験の充実を図りつつ、多様な来館者層が安心して参加できる「包摂的な体験設計」がますます重要となるでしょう。デジタル時代の変化を積極的に取り入れながらも、来館者一人ひとりの価値観や期待に寄り添うサービスの創出が、持続可能な博物館の未来を支える原動力となります。

消費者行動データを活用した博物館マーケティング戦略

消費者行動データの活用は、現代の博物館経営やマーケティング戦略において不可欠な基盤となっています。なぜなら、来館者の動機や体験、行動パターン、満足度や再訪意向といった“消費者行動”の実態を、客観的かつ科学的に把握できるのがデータだからです。勘や経験だけに頼る運営から脱却し、根拠ある意思決定・サービス設計・プロモーション戦略を実現するうえで、消費者行動データはまさに「羅針盤」の役割を果たしています(Brida et al., 2016)。

消費者行動データと博物館マーケティングの重要性

消費者行動論では、消費者がどのように情報を探し、選択し、体験し、評価し、再行動(リピート・推奨)に移るかという一連のプロセスが重視されています。博物館においても、来館者が何をきっかけに足を運び、どの展示やサービスで満足し、どのような要素が再訪や口コミ発信につながるのかを把握することが、競争が激化する現代の文化施設経営においてますます重要になっています。データは、こうした来館者行動の「見える化」と「理解」の最大の手段です。

来館者の属性(年齢・性別・居住地など)や来館動機(学習、観光、家族サービスなど)、体験価値、館内の回遊パターン、再訪意向・満足度などを定量的に把握することで、感覚的・属人的な運営から脱却し、客観的な根拠に基づく施策の立案が可能になります。データを活用することで、展示企画やイベント、プロモーション、サービス改善の優先順位を論理的に判断しやすくなり、経営資源の最適配分や効果的な集客・リピーター創出が実現できます。

データ収集・分析の実践例

博物館で活用される消費者行動データには、さまざまな種類があります。伝統的なアンケート調査や満足度調査に加え、IoTセンサーやビーコンを活用した館内行動ログ、オンラインチケットや会員登録履歴、SNS上の投稿や口コミ、公式ウェブサイトやアプリのアクセス解析など、多様なデータが日々蓄積されています。たとえば、館内のどの展示が最も人気なのか、どの順路で回遊する来館者が多いのか、どのイベントがリピーター獲得に寄与しているかなど、詳細な消費者行動の“可視化”が可能です(Brida et al., 2016)。

さらに、SNSやWebサイトのデータを活用することで、来館前の情報探索や意思決定プロセス、来館後の口コミ発信など、オンライン上での消費者行動の変化も把握できます。これにより、ターゲットごとに最適な情報発信やプロモーション施策を柔軟に展開できるようになっています。

来館者セグメントごとの最適施策

データ分析によって、来館者をさまざまなセグメント(年齢層、家族構成、観光客・地元民、リピーター・初来館者など)に分類し、それぞれのニーズや満足度を明らかにすることができます。消費者行動論でもターゲティングやセグメンテーションは基本ですが、データを活用することで「誰に」「何を」「どのように」提供すべきかの解像度が飛躍的に高まります。

たとえば、ファミリー層には体験型ワークショップやバリアフリー対応、観光客には多言語ガイドや地域連携イベント、リピーター層には会員制サービスや限定イベントなど、セグメントごとに最適化したサービス設計が実現できます。こうした細やかなターゲティングは、満足度や再訪意向の向上に直結し、効率的な経営にもつながります。

パーソナライズド体験とロイヤルティ戦略

個別の行動データや来館履歴をもとに、パーソナライズドな体験設計やマーケティングも可能です。おすすめ展示やプログラムのレコメンド機能、リピーター向けの特典イベント、ポイント制度や会員向け情報発信など、データを基盤にした顧客ロイヤルティ強化の施策が広がっています。消費者行動の観点では、パーソナライズドサービスは満足度や愛着、口コミ発信意欲の向上に直結し、ブランドロイヤルティを強化する鍵となります(Brida et al., 2016)。

満足度の高い来館者によるSNS投稿や口コミ拡散は、新規来館者の誘致や地域全体の活性化にも貢献します。こうした「来館者起点のマーケティング」は、消費者行動データを戦略的に活用することでより効果的に推進できます。

地域・ネットワーク連携への発展

館単位のデータ活用だけでなく、地域全体の文化施設や観光拠点とのネットワーク型マーケティングにも消費者行動データが役立ちます。観光ルートの最適化や広域スタンプラリー、教育機関との連携イベント、相互送客キャンペーンなど、地域における“消費者行動の流れ”を把握することで、来館者数全体の底上げや地域の魅力発信につなげることができます。広域でのデータ共有や共同分析も、今後の博物館経営における重要な戦略となりつつあります。

経営・マネジメントにおけるデータ活用と課題

消費者行動データを活用した経営は、人的資源や予算の配分、スタッフ配置、展示企画の選定、PDCAサイクルによる運営改善まで、多岐にわたって有効です。経営判断の「根拠」をデータで裏付けることで、説明責任や透明性、機動的な意思決定も強化されます。ただし、個人情報保護やプライバシー、倫理的配慮、データリテラシーの向上といった課題も避けては通れません。信頼あるデータ活用のために、明確なガイドラインと透明性ある運用が求められます。

このように、消費者行動データは博物館経営の「羅針盤」として、持続的成長・集客力向上・社会的価値創造を支える極めて重要な資源となっています。今後もデータを基盤にした戦略的なマーケティングとサービス設計が、博物館の未来を切り拓く鍵となるでしょう。

消費者行動データが導く博物館経営の未来展望

これまで、消費者行動データの活用が博物館経営やマーケティングに与えるインパクトや、実際の施策、データの種類や分析手法、経営・サービス設計への具体的応用などについて整理してきました。消費者行動データは、来館者の多様な価値観やニーズを可視化し、勘や経験だけに頼らない科学的・戦略的な経営を実現する上で、不可欠な基盤となっています(Brida et al., 2016)。

消費者行動データがもたらす博物館運営の変革

データ駆動型の博物館運営は、従来の属人的・直感的な運営からの脱却を可能にし、満足度の高い体験提供、リピーター獲得、口コミによる新規来館促進、地域・他機関との連携強化といった成果を生み出しています。実際に、来館者の体験評価や行動パターンをもとにしたサービス改善、ターゲットセグメント別のプロモーション、会員制度やパーソナライズドな体験設計など、幅広い分野でデータ活用の有効性が示されています。

データ活用推進における課題と解決の方向性

一方で、プライバシー保護やデータの倫理的活用、ガバナンス体制の整備、関係者のデータリテラシー向上、コストや専門人材確保など、運用面での課題も少なくありません。来館者の信頼を損なうことなくデータを活用するためには、透明性の高い情報管理や、社会的説明責任を果たすガイドライン整備、スタッフや関係者への継続的な教育・研修の充実が不可欠です。

未来志向の博物館経営とデータ活用戦略

今後は、AIやビッグデータ、IoTなどの先端技術の活用も視野に入れた経営モデルの構築が進むと考えられます。リアルタイムデータによる運営改善、行動分析によるきめ細かなサービス設計、多様な来館者層に対応する包摂的な体験づくりなど、未来志向の戦略がますます重要となります。単に効率や集客を追求するだけでなく、データ活用を通じて「人間らしさ」や「社会的価値」をどう高めるかが、これからの博物館に求められる視点です。

消費者行動データ活用の意義と今後への期待

このように、消費者行動データの活用は、博物館経営やサービスの質を根本から変革し、社会や地域とのつながりを深めるための強力な武器となっています。今後も理論と実践を両輪としながら、データと人間的な感性を調和させた新しい博物館経営を追求していくことが期待されます。

参考文献一覧

  • Brida, J. G., Meleddu, M., & Pulina, M. (2016). Understanding museum visitors’ experience: A comparative study. Journal of Cultural Heritage Management and Sustainable Development, 6(1), 90–108.
  • Di Pietro, L., Guglielmetti Mugion, R., Renzi, M. F., & Toni, M. (2015). Cultural heritage and consumer behaviour: a survey on Italian cultural visitors. Journal of Cultural Heritage Management and Sustainable Development, 5(1), 61–77.
  • Goulding, C. (1999). Contemporary museum culture and consumer behaviour. Journal of Marketing Management, 15(7), 647–671.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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