博物館や美術館の展覧会広報では、チラシを制作し、他館や図書館、文化施設などへ送付・配架する方法が長く使われてきました。会期や料金、見どころといった情報を一枚にまとめ、一定期間その場に置いておけるチラシには、現在でも実務上の役割があります。一方で、SNSや動画、Web広告など、観客へ情報を届ける経路は大きく広がっています。
では、これからの博物館広報は、チラシを減らしてデジタルへ移行すればよいのでしょうか。問題はそれほど単純ではありません。SNSにも、企画を考え、写真や動画を用意し、文章を書き、投稿し、その反応を確認するための職員時間が必要です。従来の業務を残したまま新しい施策を次々と追加すれば、限られた人員で広報を担う現場の負担はむしろ大きくなりかねません。
そこで必要になるのは、「紙かデジタルか」という媒体の新しさを競うことではなく、限られた予算と職員時間を、誰へ届く経路に配分するのかを考える視点です。チラシが果たしている役割を残しつつ、館がこれまで十分に接点を持てなかった観客へ情報を届ける方法はないのでしょうか。本記事では、既存の広報業務を単純に増やすのではなく、館外にすでに存在するネットワークも視野に入れながら、限られた人員で新しい観客への到達を広げる方法を考えます。
チラシが残っているのには理由がある
デジタル媒体が普及した現在でも、博物館や美術館の広報からチラシがなくならないのには理由があります。展覧会名、会期、料金、主な展示作品、アクセスなど、来館を検討するために必要な情報を一枚にまとめられ、手元に持ち帰ることもできます。さらに、一度制作して他館や図書館、文化施設などへ送付すれば、一定期間その場所に配架してもらうことができます。SNSのように継続して投稿を更新し続けなくても情報を提示できる点は、限られた人員で広報を担う館にとって無視できない特徴です。
また、博物館同士や文化施設を通じて展覧会情報を届ける方法は、すでに実務のなかに組み込まれています。制作、印刷、発送、配架という手順が確立していることも、チラシを使い続けやすい理由の一つでしょう。博物館広報を考える際には、単に新しい媒体へ移行することではなく、誰にどのような価値を届けるのかというマーケティング全体の視点が必要です。この関係については、「ミュージアム・マーケティングと広報戦略―『伝える』から『つながる』へ―」でも詳しく整理しています。
紙媒体だから来館を促す力がない、と単純に判断することもできません。博物館のポスターを対象とした実験では、視覚表現の違いが若年層の好奇心を高め、来館したいという衝動に結びつく可能性が示されています(Pan, Lai & Wong, 2025)。ただし、これはポスターのデザイン効果を検証した研究であり、日本の博物館で行われているチラシの大量配布そのものの有効性を証明したものではありません。
したがって、問うべきなのは「チラシを残すか、なくすか」ではありません。チラシには現在も担える役割がある一方、それだけですべての広報目的を満たせるとも限りません。重要なのは、チラシが得意とする役割と、ほかの広報手段が担える役割を分けて考えることです。ただし、その答えも単純に「チラシを減らしてSNSへ置き換える」ことではありません。
「チラシを減らしてSNSを増やす」では解決しない
チラシの印刷枚数を減らし、その分をSNSへ移せば、博物館広報の負担も軽くなるように見えるかもしれません。しかし、デジタル媒体は印刷費がかからない場合があっても、運用そのものに人手を必要とします。投稿する内容を考え、写真や動画を撮影し、必要に応じて編集し、文章を書き、適切なタイミングで投稿し、その反応を確認するまでには、継続的な職員時間が投入されます。
とくに人員の限られた館では、デジタル広報を新たに始めること以上に、それを継続して運用できる体制を確保することが課題になります。英国の多数の博物館を分析した研究でも、小規模館ほどSNSの導入や維持に関わるデジタル対応力に差がみられ、人員や組織能力の制約が重要な条件になることが示されています(Larkin, Ballatore & Mityurova, 2023)。したがって、SNSは「無料の広報」と考えるより、職員時間という希少な経営資源を使う広報として捉える必要があります。
もちろん、SNSには即時性や共有のしやすさなど、チラシとは異なる利点があります。具体的な運用方法については、「ミュージアムのためのSNS活用戦略:効果的なアプローチ」で詳しく整理しています。しかし、既存のチラシ制作や発送をそのまま維持しながら、SNS、動画、さらに新しいコミュニティ運営まで追加していけば、広報手段は増えても、それを担う職員の負担も増えていきます。
そのため、広報を更新するときに問うべきなのは、「紙をデジタルへ置き換えるべきか」だけではありません。限られた職員時間を、どの広報活動へどれだけ振り向けるのかを考える必要があります。新しい媒体を増やすこと自体を目的にするのではなく、現在の業務のなかで何を残し、何を減らし、どの到達経路へ資源を移すのかを判断することが重要です。次に考えるべきなのは、まさに「何を使うか」ではなく、「その広報が誰に届いているのか」という問題です。
問題は「何を使うか」ではなく「誰に届いているか」である
広報活動では、チラシを何枚印刷したか、何か所へ発送したか、SNSを何回投稿したか、フォロワーが何人いるかといった数字は比較的把握しやすいものです。しかし、こうした数字だけでは、その情報が実際に誰へ届いたのかまでは分かりません。広報の目的を新しい観客との接点づくりまで含めて考えるなら、活動量だけでなく、これまで館と接点を持ってこなかった人にも情報が届いているのかを見る必要があります。
たとえば、長年チラシを送ってきた文化施設には、その展覧会に関心を持つ人が訪れている可能性があります。一方で、現在の配布先だけで十分な範囲へ届いているかは別の問題です。同じことはSNSにも当てはまります。既存フォロワーへの投稿を増やしたとしても、それだけで新しい観客との接点が広がったとは限りません。重要なのは媒体の種類ではなく、その媒体がどのような経路を通じて、どのような人へ情報を運んでいるのかを捉えることです。
また、情報が届いた後に何が起きたのかも区別して考える必要があります。投稿が表示されたこと、展覧会ページを閲覧したこと、来館してみたいと思ったこと、実際に来館したことは、それぞれ異なる段階です。17の国際的な博物館を比較した研究では、ソーシャルネットワークとオンライン上のコミュニティを組み合わせたデジタル・コミュニケーションが、実際の来館者数と重要な関係を持つことが示されています(Fernandez-Lores, Crespo-Tejero & Fernández-Hernández, 2022)。ただし、これはSNSを使えば来館者が増えるという単純な因果関係を示したものではありません。
むしろ注目すべきなのは、博物館自身の発信だけで広報が完結していない点です。館外に存在する人や集団とのつながりも、情報が広がる経路になり得ます。そう考えると、広報力を高めるために、自館のフォロワーを際限なく増やしたり、新しいオンラインコミュニティを一から運営したりすることだけが選択肢ではありません。では、博物館自身が新しいフォロワーやコミュニティを一から育てなくても、館の外にすでに存在するネットワークへ接続することはできないのでしょうか。
自前でコミュニティを作らず、すでにあるネットワークにつながる
新しい観客との接点を増やすために、博物館自身が新しいコミュニティを一から立ち上げ、継続的に運営しなければならないわけではありません。限られた人員で広報を行うのであれば、すでに人が集まり、情報が共有されている外部ネットワークとつながる方が現実的な場合があります。大学や研究室、NPO、地域団体、趣味の団体、観光関係者、地域事業者、教育・子育て関係者、さらに展覧会テーマと関係する発信者など、館の外にはそれぞれ異なる関心を持つ人々のつながりが存在しています。
ここで重要なのは、単にフォロワー数や構成員数の大きな相手を探すことではありません。たとえば植物をテーマにした展覧会であれば、一般的に知名度の高い発信者よりも、植物園、園芸関係者、大学の研究者、自然観察団体などの方が、展覧会の内容と日常的な関心が重なる可能性があります。広報における外部ネットワークとの接続とは、できるだけ多くの人を抱える相手を探すことではなく、展示内容と関心が重なる既存の観客接点を見つけることだと考えられます。
資源の限られた小規模なミュージアムを対象とした研究でも、外部組織とのパートナーシップが実際に活用されていることが報告されています(Doctors & Carter, 2021)。ただし、この研究から、外部組織と連携すれば来館者数が増えると結論づけることはできません。ここで注目したいのは、小規模館であっても、自館だけで活動を完結させず、外部との関係を組織運営の選択肢として持ち得るという点です。
その関係も、「チラシを置いてください」と依頼するだけでは、従来の配布先を増やすことと大きく変わりません。たとえば開幕前に展示を見る機会を設ける、学芸員からテーマについて話を聞けるようにする、紹介しやすい画像や基礎情報を共有するといった方法であれば、相手自身の関心や活動と展覧会を結びつけやすくなります。一方で、こうした連携にも相手探しや連絡、日程調整などの職員時間は必要です。外部ネットワークの活用を「無料の広報」と考えるべきではありません。
また、外部との接点を継続的な関係へ発展させるには、一方的に情報発信を依頼するのではなく、相手にとっての意味や役割も考える必要があります。地域との信頼形成や役割分担を含む連携の考え方については、「博物館は地域とどう連携すべきか?文化観光を支える信頼・役割分担・運営設計」で詳しく整理しています。
博物館が新しいコミュニティを所有する必要はありません。重要なのは、自館だけで新しい観客を集めようとするのではなく、館外にすでに存在する観客接点と、展覧会の内容に即してどうつながるかを考えることです。では海外の博物館では、こうした「他者が持つ観客との接点」を、実際の広報にどのように組み込んでいるのでしょうか。
海外の博物館は「他者が持つ観客」とどうつながっているのか
既存ネットワークとの接続を広報に取り入れた例として参考になるのが、ロンドンのNational Galleryが創立200周年事業で実施した「200 Creators」です。この取り組みでは、美術を専門とする発信者だけを集めたわけではありません。歴史、科学、ファッション、家族・教育、旅行、食など、異なる分野に関心を持つクリエイターを幅広く対象としました。つまり、美術館にすでに関心を持つ人だけではなく、別の関心から形成されているネットワークとの接点を意図的につくったのです。
仕組みの特徴は、National Gallery自身が新しいオンライン・コミュニティを一から育てるのではなく、クリエイターがすでに持っている観客との関係を生かしている点にあります。参加者には展覧会やコレクションへのアクセス、専門職員との交流、ワークショップなどの機会が提供され、そこから制作されたコンテンツは館のアカウントだけでなく、それぞれのクリエイター自身のチャンネルでも発信されました。National Galleryの公式発表によれば、2024年のプログラム全体で4,200万回を超える動画視聴と220万件を超えるエンゲージメントが生まれています(National Gallery, 2025)。ただし、この数字だけから、200 Creatorsによって実際の来館者数が増加したと因果的に結論づけることはできません。
この事例から日本の博物館が取り出すべきなのは、「200人のクリエイターを集める」という規模ではありません。重要なのは、自館が持っていない観客との接点へ、すでにその接点を持つ人や組織を通じてつながるという考え方です。たとえば植物をテーマにした展覧会なら、植物園、園芸関係者、大学研究者、自然観察団体、植物分野の発信者など、それぞれ異なる既存ネットワークとの接点を考えられます。
小規模・中規模館であれば、まず3~5程度の相手から試すという方法も考えられます。ただし、この「3~5」という数字は研究によって導かれた最適値ではなく、小規模な実験として考えるための仮例です。重要なのは数ではなく、展覧会テーマと相手の関心が重なり、その先に自館だけでは届きにくかった観客との接点があるかどうかです。
National Galleryの事例は、広報力を高めるために、館自身の発信量やフォロワー数だけを増やす必要はないことを示す実務的なヒントになります。ただし、新しい接点をつくるたびに既存業務へ仕事を追加していては、限られた人員という問題は解決しません。次に必要になるのは、こうした方法を従来の広報業務に上乗せするのではなく、その一部と置き換えて試すという考え方です。
新しい広報は「追加」ではなく「置換」する
限られた人員で新しい広報手法を試すなら、最も避けたいのは、既存業務をそのまま残したうえで仕事だけを増やすことです。チラシを従来どおり制作・発送しながら、SNS投稿を増やし、動画を制作し、外部ネットワークとの連携まで加えれば、広報の手段は増えても、それを担う職員の負担も増えます。新しい施策を導入するなら、「何を追加するか」と同時に、現在の業務のどこを減らすかを考える必要があります。
たとえば、これまでチラシを30,000枚印刷し、300か所へ発送していたとします。そこで一律にチラシを廃止するのではなく、配布実績や重要度を見ながら20,000枚、150か所へ重点化し、その分の時間や予算を、展覧会テーマと関心が重なる外部ネットワーク5件との接点づくりへ振り替える方法が考えられます。もちろん、ここで示した数字は実証研究から導かれた最適値ではなく、資源配分の考え方を示すための仮例です。
このとき、広報資源を印刷費や広告費だけで捉えないことが重要です。チラシの印刷枚数を減らして費用が下がったとしても、外部との調整やSNS運用に多くの職員時間が必要になれば、組織全体として効率化したとは限りません。博物館にとって職員時間も、予算と同じように限りのある経営資源です。そのため、新しい広報手法を評価するときは、「いくら使ったか」だけでなく、「どれだけの職員時間を使ったか」も含めて考える必要があります。
また、この置換は一度に大きく行う必要はありません。ある展覧会だけで発送先を一部見直し、その分を数件の外部ネットワークとの連携に振り向けるなど、小さな実験として始めることができます。期待した効果が得られなければ、次回は配分を戻したり、連携先を変えたりすればよいのです。重要なのは、チラシを減らすこと自体を目標にしないことです。
広報を変えるとは、新しい仕事を積み上げることではありません。現在使っている予算と職員時間の一部を、より有効かもしれない別の到達経路へ試験的に移すことです。そして、置き換えた後に何が起きたのかを確かめなければ、その判断が適切だったかは分かりません。次に必要なのは、配布枚数ではなく、どの経路から認知や来館につながったのかを測り、次回の広報資源配分へ反映することです。
「何枚配ったか」ではなく「どこから来たか」を確かめる
広報資源の配分を変えた後は、その変更が実際にどのような結果につながったのかを確かめる必要があります。チラシを何枚印刷し、何か所へ発送したかは把握しやすい数字ですが、それだけでは来館につながったかどうかまでは分かりません。同じように、SNSの投稿数やフォロワー数だけを見ても、新しい観客との接点が広がったかを十分に判断することはできません。
最低限確認したいのは、情報が「どこから届き、その後どう動いたか」です。たとえば来館者に展覧会を何で知ったのかを尋ねれば、チラシ、SNS、口コミ、外部団体からの紹介など、認知経路の違いを把握できます。Webでは流入元を確認し、外部ネットワークから紹介したページへのアクセスが増えたかを見ることもできます。SNSであれば、投稿回数そのものより、どれだけの人に表示されたかという到達範囲を確認する方が有用です。さらに、初めて来館した人が増えたか、最終的に実来館へつながったかまで見られれば、広報資源の配分を考える材料になります。
ただし、一度の展覧会だけで最適な広報方法を決める必要はありません。チラシを減らした結果、認知や来館が明らかに弱くなったのであれば、次回は配布量を戻すこともできます。反対に、特定の外部ネットワークからの認知やWeb流入が増えたのであれば、次回はその接点へ少し多くの時間を配分することができます。重要なのは、「資源配分 → 小規模実験 → 評価 → 次回の改善」という循環をつくることです。
こうした評価の目的は、広報担当者を査定することではありません。どの到達経路が自館の観客につながったのかを組織として学び、次の展覧会でより適切に予算と職員時間を配分するためです。広報の具体的なKPI設計については、「数字で証明する博物館の広報力|KPI設計の実践ガイド」で詳しく整理しています。広報を変えるとは、一度正解を決めることではなく、慣例で配分してきた資源を、結果から学びながら少しずつ組み替えられる仕組みに変えることなのです。
チラシの先にあるのは、仕事を増やす広報ではない
博物館広報を変えることは、チラシをなくすことでも、SNSへ全面的に置き換えることでもありません。チラシには、情報を一覧でき、一定期間配架できるという実務上の役割があり、紙であるという理由だけで手放す必要はありません。一方で、デジタル広報にも企画、制作、投稿、分析などの職員時間が必要です。限られた人員のなかで重要なのは、媒体の数を増やすことではなく、予算と時間をどこへ配分するかを見直すことです。
その際、博物館自身が新しいコミュニティを一から育てる必要もありません。大学、地域団体、事業者、研究者、発信者など、すでに存在する外部ネットワークとの接点をつくることで、自館だけでは持ちにくい観客との経路を増やすことができます。ただし、新しい施策は既存業務への上乗せではなく、チラシの印刷や発送などに使ってきた資源の一部と置き換え、小さく試すことが重要です。
そして、広報の成果を配布枚数や投稿数だけで判断せず、どの経路から認知され、Web閲覧や実際の来館につながったのかを確かめます。その結果を次の展覧会の資源配分へ反映し、必要であれば元に戻すこともできます。博物館広報がチラシの先へ進むとは、媒体を新しくすることではなく、限られた予算と職員時間のなかで「誰にどう届けるか」を選び、その結果から次の判断を学べる仕組みへ変わることなのです。
参考文献
- Doctors, E. R., & Carter, K. E. (2021). Small museums and community partnerships: Equity, education, and interpretation. Journal of Museum Education, 46(3), 285–295.
- Fernandez-Lores, S., Crespo-Tejero, N., & Fernández-Hernández, R. (2022). Driving traffic to the museum: The role of the digital communication tools. Technological Forecasting and Social Change, 174, 121273.
- Larkin, J., Ballatore, A., & Mityurova, E. (2023). Museums, COVID-19 and the pivot to social media. Curator: The Museum Journal, 66(4), 629–646.
- National Gallery. (2025). The National Gallery builds on success of 200 Creators Network with launch of year two in 2025. https://www.nationalgallery.org.uk/about-us/press-and-media/press-releases-archive/the-national-gallery-builds-on-success-of-200-creators-network-with-launch-of-year-two-in-2025
- Pan, Y., Lai, I. K. W., & Wong, J. W. C. (2025). How museum posters arouse curiosity and impulse to visit among young visitors: Interactive effect of visual appeal and textual introduction. Asia Pacific Journal of Tourism Research, 30(5), 553–568.

