博物館経営におけるリーダーシップとは何か ― 二重能力と公共性の視点から考える

目次

はじめに:なぜ今、博物館にリーダーシップ論が必要なのか

近年、博物館を取り巻く経営環境は大きく変化しています。少子高齢化や地域人口の減少、行政予算の縮小といった社会構造の変化に加え、来館者の価値観や行動様式も多様化しています。また、パンデミック以降は非来館型サービスやデジタル化への対応も急務となり、博物館にはこれまで以上に柔軟で戦略的な運営が求められるようになりました。こうした背景のもと、博物館の役割は「展示を提供する場」から「社会と対話し、意味を共創する場」へとシフトしつつあります。

これまで博物館の経営は、制度上の館長や管理職が担うものとされてきました。日本では、博物館法や指定管理制度の下で、館長は管理責任と学芸的判断の双方を担う存在として位置づけられてきました。しかし、こうした従来の「制度的館長像」は、安定的な業務運営を可能にする一方で、急速に変化する社会課題や来館者ニーズに対して十分に対応しきれないという課題も抱えています。つまり、制度上の役割だけでは対応できない新たな「組織を導く力」が求められているのです。

こうした文脈において、改めて注目されているのが「リーダーシップ」という視点です。経営学や組織論において、リーダーシップは必ずしも役職や肩書きに限定されず、特定の状況や課題に対して方向性を示し、他者を巻き込んでいく力として定義されます。博物館においても、館長の肩書きを持たない人材であっても、変革を促し、新たな価値を創造する「リーダー」としての役割を担うことができるという視座が広がりつつあります。

本記事では、博物館におけるリーダーシップのあり方について、「二重能力型」「公共性」「協働性」「権威の構造」といった複数の観点から読み解いていきます。とくに、館長という制度的ポジションに焦点を当てるのではなく、「誰が、どのように、組織を導くのか」という行動原理に注目し、理論と実例を交えて考察を深めます。なお、館長職の制度的な役割や法的な位置づけについては、以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご覧ください。

博物館における館長の役割とは何か ― 管理と学芸をつなぐ立場の再定義

博物館リーダーに求められる二重の力 ― 安定と革新の両立

現代の博物館は、制度に基づいた安定的な組織運営と、変化を先取りする柔軟な発想の両方を同時に求められています。予算や人員といった制約のもとで信頼性あるサービスを継続する一方で、時代に適応した新たな取り組みも求められる――このような二重の要請に対応できるリーダー像が、近年注目されています。単に「守る」か「攻める」かの二項対立ではなく、双方を統合的に捉える力こそが、博物館におけるリーダーシップに求められているのです。

このような視点を理論的に裏づけるものとして、組織学習における「探索と深化」という概念があります。組織の学習活動には、既存の知識や制度を洗練・活用する「深化(exploitation)」と、新しいアイデアや方法を模索する「探索(exploration)」の2つがあり、そのバランスが組織の存続と発展にとって不可欠であるとされています(March, 1991)。この考え方は後に「二重能力型リーダーシップ(ambidextrous leadership)」として整理され、経営や組織変革の文脈で広く応用されるようになりました(Nunes et al., 2021)。

「深化」は、たとえば学芸員による展示設計のルーチン化、予算の執行管理、教育普及活動の標準化など、安定した業務運営を可能にする能力です。一方の「探索」は、来館者の多様化に応じた対話型展示の導入、地域との共創型プロジェクト、新たなデジタル手法の実験的活用など、組織の柔軟性と革新性を引き出す行動に該当します。

重要なのは、これらが単なる「分業」ではなく、同じリーダーによって並行的・動的に統合される点にあります。たとえば、ある館長は日常業務では組織の信頼性を保ちながらも、展示テーマの設定においては、これまで扱わなかった社会課題を取り上げ、来館者との新しい対話の場を設計しているかもしれません。また、外部資金の導入に際しては、従来の助成制度に加え、クラウドファンディングや寄付文化の促進といった新たな枠組みを試みることもあるでしょう。こうした取り組みは、深化と探索の両立なしには実現し得ないものです。

博物館におけるリーダーとは、変化の兆しを読み取り、未来への可能性を切り拓くと同時に、制度と組織の安定性を確保する存在です。そのために必要なのは、単なる業務遂行能力ではなく、組織の中にある可能性を見出し、両義的な視点で意思決定を行う統合的な思考力です。二重能力型リーダーシップは、まさにこのような力を理論的に説明する枠組みとして、現代の博物館経営に深い示唆を与えてくれるのです。

起業家か、倫理的規範者か ― リーダー像に潜む対立軸を読む

博物館のリーダーには、単に制度的な運営能力や展示の知見が求められているわけではありません。むしろ、時代の変化や社会的要請に応じて、組織の方向性そのものを問われる場面が増えてきています。その際に重要になるのが、「何を優先すべきか」という価値の選択です。リーダーは安定と革新の両立だけでなく、公共性と収益性、文化保護と社会的インパクトの間で、どの立場をどのように強調するかという難しい判断を迫られています。

このような葛藤構造を明確に整理した研究として、「起業家型リーダー(entrepreneurial)」と「倫理的規範型リーダー(ethical norm advocate)」という二項対立があります(Griffin, 2000)。起業家型のリーダーは、経営的視点から収益力やブランド価値を高め、博物館の持続可能性を追求することを重視します。マーケティングや資金調達の強化、民間的手法の導入などを通じて、組織の「攻め」の姿勢を体現するリーダー像です。

一方で、倫理的規範型のリーダーは、博物館の原点である文化資源の保全、知の共有、市民の教育といった公共的価値を守る姿勢に立脚しています。商業的な圧力に対して慎重であり、経済合理性だけでは測れない博物館の使命を大切にする態度が特徴です。これら2つのタイプは単純に優劣をつけられるものではなく、それぞれが異なる正当性を持ち、相互に緊張関係をはらんでいます。

現場の博物館においても、この対立軸は日常的な意思決定に現れます。たとえば、展示内容を選ぶ際に話題性のあるテーマを優先するか、それとも資料的価値や学術的意義を重視するかという判断は、そのままリーダーの方向性を表します。あるいは、ミュージアムショップやカフェの導入を進めて来館者を増やす戦略をとる一方で、それが文化施設としての信頼を損なうのではないかという懸念も出てきます。また、地域との連携活動においても、観光資源としての価値を強調するのか、それとも地域住民との対話的関係を深めるのかは、戦略の重点をどこに置くかという問題に直結します。

このようなジレンマに対して、単にどちらかに傾くのではなく、両者のあいだを創造的に架橋することが求められています。起業家的視点を持ちながらも、倫理的基盤を忘れないリーダーこそが、次世代の博物館運営を担う存在になりうるのです。たとえば、社会的起業家(social entrepreneur)のように、経済性と公共性の両立を図るリーダー像がその一例といえるでしょう。市民との対話を基盤に、持続可能で信頼される文化施設をつくりあげていくことが、これからの博物館リーダーにとって重要な課題となっています。

共に考え、共に動く ― ネットワーク型リーダーシップの可能性

現代の博物館経営において、リーダーの役割はかつてとは大きく変わりつつあります。急速に変化する社会環境や多様化する来館者のニーズに応えるためには、もはや一人のリーダーが全ての意思決定を行うトップダウン型の組織運営では立ち行かなくなっています。その代わりに注目されているのが、関係者との対話と協働を通じて意思決定を進めていく「ネットワーク型リーダーシップ」です。

この考え方は、文化施設におけるリーダーの役割を「中心に立つ支配者」から「つなぐ媒介者」へと転換するものです。ネットワーク型の枠組みにおいては、組織内外の関係性を編み上げ、対話・信頼・調整を軸とした統治のあり方が重視されます(Pegno & Brindza, 2021)。このリーダーシップは、ヒエラルキーよりも水平的な関係構築を重視し、指示ではなく対話を通じて組織を導いていく点が特徴です。

博物館は、多くのステークホルダーに支えられて成り立っています。学芸員、事務職員、行政、学校関係者、市民ボランティア、研究者、アーティスト、そして来館者。これらの多様な主体と連携しながら事業を展開していくためには、従来型のリーダーシップでは不十分です。現代の館長や部門長には、異なる立場の人々と信頼を築き、対等に対話しながらビジョンを共有する力が求められているのです。

具体的な事例としては、地域住民とともに展示テーマを設定するプロジェクトや、市民学芸員と連携して運営を行うプログラムが挙げられます。ある地域博物館では、市民の記憶や経験をもとにした「地域の暮らし展」を開催し、展示物の収集から解説文の作成までを市民と共に進めることで、来館者との共感を生み出す展示を実現しました。また、NPOや大学、地元企業と協働し、教育普及活動やまちづくり事業と連携したプログラムを展開する館も増えています。

このような取り組みにおいて、リーダーは「決定する人」ではなく、「問いを投げかける人」「場を整える人」としての役割を果たします。プロジェクトの方向性を一方的に示すのではなく、多様な視点を交差させながら、共に考え、共に答えを探す姿勢が求められるのです。

もちろん、ネットワーク型リーダーシップには課題もあります。合意形成に時間がかかる、利害の調整が複雑である、リーダーの「見えにくい労力」が多いといった現実的な困難があります。しかし、それでもこのアプローチを選ぶ価値は大きいといえます。なぜなら、このプロセスを通じて築かれた信頼と共創の文化こそが、持続可能で社会的に信頼される博物館経営の土台になるからです。

リーダーは、もはや単独で組織を引っ張る存在ではなく、他者とともに社会をつくり出す対話的存在へと変わろうとしています。この変化は、リーダーシップの形を問い直すと同時に、博物館という文化施設のあり方そのものにも新たな可能性を開いているのです。

公共的信頼を築くリーダーシップ ― アメリカの博物館運営史に学ぶもの

現代の博物館リーダーにとって、最も重要な資質のひとつは「公共的信頼」をいかに獲得し維持できるかという点です。博物館が公共的資源としての性質を持ち、税金や寄付によって支えられている限り、組織の透明性や倫理性、説明責任といった要素は経営の根幹を成すものといえます。リーダーは単なる意思決定者ではなく、博物館と社会との信頼関係を媒介する存在としての役割を果たす必要があるのです。

アメリカにおける博物館リーダー像の変遷は、この信頼とリーダーシップの関係を理解するうえで重要な示唆を与えてくれます。20世紀初頭には、博物館はしばしばパターナリスティックな思想のもとで運営されており、リーダーは「教養あるエリート」として教育的使命を一方的に遂行する存在でした。しかし1960年代から70年代にかけて、博物館は市民参加型の教育機関へと変貌し、リーダーにも社会との対話能力が求められるようになります。その後、財政の逼迫や資金調達の多様化を背景に、1980年代以降はマネジメント志向のリーダー像が主流となりました(Duncan, 2002)。

このような流れのなかで注目されるのが、「公共的信頼を担う存在」としての博物館リーダーの役割です。アメリカの博物館制度は徐々に「公共的責任」を強調する方向へシフトし、それに伴い館長の職務も「組織の長」から「公共の代表者」へと変質してきたとされています(Duncan, 2002)。これは、経営的手腕とともに倫理性と説明責任を重視するリーダー像の登場を意味しています。

このようなリーダー像の根底にあるのは、「博物館は公共財である」という理解です。博物館の展示や教育活動は、単なる娯楽や知的消費にとどまらず、文化的・社会的インフラとしての役割を果たしています。したがって、その経営は収益性だけでなく、公共性の観点からも評価されるべきです。リーダーはその責任を自覚し、館の活動がいかに社会とつながり、貢献しているかを明確に示す義務を負っています。

こうした公共的信頼は、博物館にとって不可欠な資源です。たとえば、寄付を募る際や行政と連携した事業を進める際、あるいはボランティアを巻き込んだ活動を展開する際にも、館の信頼性が成否を大きく左右します。リーダーが誠実に情報を公開し、社会と対話を重ねることで、そうした信頼が着実に築かれていくのです。

この視点は、日本の博物館にも大きな示唆を与えます。近年、公立博物館においても指定管理者制度やクラウドファンディングの導入など、外部との連携を前提とした経営スタイルが広がりつつあります。それにともない、リーダーには公共的説明責任を果たすスキルが求められるようになっています。従来のように専門知を持つ学芸員や管理職としての資質だけではなく、社会との架け橋として館の信頼性を支える存在であることが重要視されているのです。

したがって、これからの館長や部門長は、「権威ある専門家」であると同時に、「共に公共性を担う調整者」でなければなりません。彼らが率先して社会とつながることで、博物館はより開かれた文化施設としての信頼を獲得していくことができるのです。

リーダーシップを戦略化する ― 博物館経営における実装と未来展望

博物館におけるリーダーシップは、もはや一個人の資質や手腕に委ねられるものではなくなりつつあります。複雑化する社会的要求や資源の制約のなかで、リーダーのあり方そのものを「戦略」として捉える視点が求められています。すなわち、リーダーシップは属人的な要素ではなく、組織が意図的に設計し、共有し、継承していくべき経営要素のひとつとして扱われるべきだという考え方です。

こうした視点から、博物館におけるリーダーシップ戦略は「誰が意思決定するか」だけでなく、「どのように意思決定を支え、実行し、評価するか」という一連のプロセスを含むものとして再定義されます。たとえば、組織のミッションや中長期計画のなかにリーダーシップ育成方針が明示されているか、異なる専門性を持つ職員が対話しながら価値を共創する仕組みが存在するか、あるいはリーダーの交代や制度の変更に際しても公共性が揺らがないような構造が整備されているかといった点が、戦略的リーダーシップの要件として挙げられます。

実際には、こうしたリーダーシップ戦略は、組織文化・意思決定スタイル・人材育成・評価システムと密接に関係しています。例えば、探索的な思考を尊重する文化が根づいている組織では、若手職員がリスクを取りながら新たな展示方法や教育手法に挑戦することが奨励され、そこから将来のリーダーが育つ土壌が形成されます。また、単年度の評価に終始せず、5年・10年という長期的な視点で人材やプロジェクトを評価する体制があることで、短期成果を超えた公共的価値の創造が可能になります。

こうした仕組みを支えるには、「共有されたビジョン」と「段階的な実行力」、そして「振り返りによる学習」が連続するループとして組織に組み込まれている必要があります。リーダーシップを単なるポジションや役職に還元するのではなく、全体が担うべき戦略的プロセスとして位置づけることで、館全体が変化に強く、かつ持続可能な組織へと成長していきます。

さらに、博物館を取り巻く社会的文脈も変化しています。高齢化社会における福祉的機能、移民や多様な文化的背景を持つ来館者への対応、さらにはAIやデジタル技術を活用した新たなサービスの導入など、経営判断の難易度はますます高まっています。こうした状況下で求められるのは、「専門性」と「対話性」、「意思決定」と「調整力」という複数の軸をバランスよく担えるリーダー像です。つまり、現代の博物館には、カリスマ的な個人ではなく、組織として複合的なリーダーシップを実装することが求められているのです。

以上のように、これからの博物館リーダーは、文化的使命と経営的要請、そして公共性の確保という三者のバランスを常に意識しながら、「自ら考え、他者と共に動く存在」である必要があります。そのリーダー像を組織的に設計し、実装していくことこそが、博物館経営の質を高める鍵となるのです。

参考文献

  • Duncan, C. (2002). Civilizing rituals: Inside public art museums. Routledge.
  • Griffin, D. J. (2003). The importance of institutional mission to museum leadership. International Journal of Arts Management, 5(3), 28–38.
  • March, J. G. (1991). Exploration and exploitation in organizational learning. Organization Science, 2(1), 71–87.
  • Pegno, L., & Brindza, C. (2021). Leading with collaboration: A study of participatory leadership in museums. Museum Management and Curatorship, 36(4), 324–340.
  • Suchy, S. (2000). Leading with passion: Change management in the 21st century museum. AltaMira Press.
  • Puček, M. J., Ochrana, F., & Plaček, M. (2021). Museum management: Opportunities and threats for successful museums. Springer.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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