はじめに ― 博物館が「地域経営」に関わる時代
近年、博物館の役割は大きく変化しています。かつては文化財を保存し、教育普及を担う専門施設としての性格が中心でしたが、現在では地域社会の持続的な発展に関わる「地域経営の中核」として期待されるようになっています。人口減少や経済縮小が進む地方では、文化施設を単に維持するだけでなく、地域の知的資源や観光資源を活かして、雇用・教育・交流を生み出す拠点として再構築する必要が生じています。博物館はその新しい公共的役割を担い始めており、今や「文化を守る場」から「地域を動かす仕組み」へと進化しているのです。
その中でも、福井県勝山市に位置する福井県立恐竜博物館は、地方における文化施設の新しい可能性を示す象徴的な事例です。恐竜化石という地域固有の資源を軸に、展示、教育、観光、産業を有機的に結びつけ、地域全体のブランドと経済を牽引してきました。年間100万人を超える来館者を集める同館の成功は、単に人気のテーマを扱ったからではなく、体験・データ・連携といった複数の仕組みを通じて、地域全体が一体となって成長を目指した結果です。特に、来館者の滞在時間を延ばし、地域経済に波及効果をもたらした「体験型展示」と、行政や観光組織とデータを共有し地域経営を支える「データ連携」の二つの柱が、持続的な地域活性化を実現する大きな原動力となりました。
本記事では、福井県立恐竜博物館の取り組みを通じて、博物館がどのように地域と協働し、文化と経済を結びつけているのかを考察します。ここで焦点を当てるのは、第一に来館者の体験を重視した展示やプログラムがどのように滞在時間を延ばし、地域消費を生み出しているか。第二に、博物館を起点としたデータ共有が、行政・DMO・事業者をつなぐ「地域経営の仕組み」としてどのように機能しているかという点です。この二つの視点を通じて、文化施設が地域経済の構造変化にどのように関与できるのかを明らかにします。
地方創生の文脈では、文化施設の意義が改めて問い直されています。これまで「ハコモノ行政」と批判されがちだった文化拠点が、近年では地域の戦略的拠点として再評価されつつあります。博物館は、地域の物語や自然資源を体系的に伝えるだけでなく、それらを教育・観光・産業と結びつける中核的な役割を果たしています。こうした文化的・経済的価値の両立は、地域が外部依存型の観光モデルから脱し、自立的な発展を遂げるために欠かせません。文化の継承と経済の活性化を両立させることは矛盾ではなく、むしろ地域社会の新しい持続性を生み出す手段なのです。
福井県立恐竜博物館の事例は、その方向性を具体的に示しています。来館者が「見る」から「参加する」へと関わり方を変える体験型展示は、地域滞在の時間を延ばし、地元の飲食・宿泊・交通産業に利益をもたらしました。また、行政・観光組織・企業が共有できるデータ基盤を整備することで、地域全体の意思決定がより精緻になり、観光需要や人流の変化に応じた柔軟な対応が可能になりました。こうした仕組みは、文化施設を単なる受け皿ではなく、地域経営の「司令塔」として位置づけるものです。
今や博物館は、地域における知識とデータの結節点として、新しい公共経営の形を示しています。そこでは、学芸員や職員が文化を守る専門家であると同時に、地域の未来を設計する実践者としての役割も求められます。福井県立恐竜博物館が果たしているのはまさにそのような役割であり、文化的価値と社会的価値を統合することで、地域に新たな可能性を生み出しています。
次節では、まず体験型展示がどのように来館者の行動を変化させ、滞在時間と地域消費を拡大させたのかを取り上げます。その後、データ連携によって地域経営の精度と協働の仕組みがどのように発展したのかを分析し、文化施設が地域社会の持続性に果たす新しい役割を考えていきます。
体験型展示が生み出す滞在時間の延長と地域消費の拡大
福井県立恐竜博物館が地域に与えた最も大きな影響の一つは、「体験型展示」を中心に据えた運営方針によって来館者の行動を変化させたことです。かつて多くの博物館では、展示室を一巡して1〜2時間で退館する来館者が大半を占めていました。しかし同館では、来館者が展示を見るだけでなく、実際に「恐竜を掘る」「学ぶ」「触れる」という能動的な体験を重ねることで、平均滞在時間を大きく伸ばすことに成功しています。その結果、博物館周辺での消費や宿泊が増加し、地域経済の循環が活性化しました。
体験への転換がもたらした来館者行動の変化
恐竜博物館が開館当初から掲げていた理念は、「見せる博物館」から「参加する博物館」への転換です。展示室では、実物大の恐竜骨格や復元模型の迫力が来館者を惹きつけますが、真の特徴はその先にある体験プログラムにあります。来館者が恐竜研究のプロセスを疑似体験できるように設計された空間やプログラムは、学習と娯楽を融合させ、家族や子ども連れが時間をかけて過ごす理由を生み出しました。
体験型展示は単なるおもしろさではなく、学びと感動を通じて地域の物語を理解する契機になります。福井県の場合、体験が“発掘現場と直結している”ことが強みです。来館者は、展示室で見た恐竜が実際に発見された地層や現場を訪れ、自らの手で化石を掘り出す体験を通して「この地域でしか得られない学び」を実感します。これが心に残る体験となり、再訪や滞在延長へとつながっています。
化石発掘体験と野外恐竜博物館の構造
勝山市北谷地区で行われている化石発掘体験は、同館の代表的な取り組みです。専門スタッフの指導のもと、実際の地層を掘りながら恐竜の骨や植物化石を探すプログラムは、子どもから大人まで幅広い世代に人気があります。参加は事前予約制で、1回あたりの所要時間はおよそ90分から120分。移動や待機を含めると半日近くを地域で過ごすことになり、地域全体での滞在を促す要因となっています。
発掘現場と連携した野外恐竜博物館では、研究員による解説ツアーが行われ、発掘と展示が地理的にも心理的にも一体化しています。来館者は「恐竜の研究が進行している現場」に立ち会う感覚を得られ、科学と地域のつながりを実感できます。これは多くの博物館では実現しづらい“リアルな体験”です。
滞在時間の延長が生む地域消費の拡大
展示のみで訪れた場合の平均滞在は約1.5〜2時間であるのに対し、体験プログラムや野外博物館を組み合わせると3〜5時間に延びます。この「時間の伸び」が地域経済に直接影響します。長時間滞在する来館者は、昼食や休憩を地域内で取る傾向が強まり、レストランやカフェ、土産物店の利用が増えます。発掘体験に合わせて朝から訪れる観光客が増えることで前泊需要が発生し、市内の宿泊施設利用率も上昇します。
家族連れは1泊2日で「恐竜博物館+周辺観光」を楽しむ行動パターンを取りやすく、博物館の存在が地域全体の観光導線を変えました。体験を目的とする観光は通過型から滞在型へ発展し、地域での消費時間と金額の双方を増やします。これにより、商業・交通・飲食に新たな雇用と収益が生まれます。
「かつやま恐竜の森」と回遊導線の整備
福井県と勝山市は、博物館を単体で終わらせないために「かつやま恐竜の森」を整備しました。広大な公園は、博物館・発掘体験地・遊具・飲食施設を一体的に配置し、来館者が自然の中で一日を過ごせるよう設計されています。体験後の居場所を用意することで、滞在時間をさらに伸ばします。子どもが遊ぶ間に大人は休憩し、カフェで地元食材メニューを楽しむなど、館外でも体験が連続します。
館内外の施設間を回遊しやすい遊歩道やバスルートの整備により、来館者が自然に地域を回遊する動線が生まれました。この導線は小規模店舗や観光施設への誘客にもつながり、地域内の経済循環を高めます。
地域経済への波及効果
体験を中心とする観光モデルの成果は、具体的な数値にも表れます。恐竜博物館を中心とした観光関連の年間経済波及効果は相当規模に達し、その多くが宿泊・飲食・交通・販売業に還元されています。体験やワークショップ需要の高まりは、地域のNPOや民間事業者による新たな観光商品の創出を促し、「恐竜王国ふくい」の認知度も全国的に拡大しました。経済的効果の背後には、住民の関与と誇りの醸成があります。地域資源を自ら案内し、語る主体が増えること自体が、活性化の持続性を支える基盤になります。
教育と地域との連動
体験型展示の特徴は、教育との連携にあります。学校団体向けの発掘体験やワークショップは理科・地学教育の実践教材として機能し、学びの定着率を高めます。地域の子どもが地元の自然や歴史に誇りを持つ契機にもなります。さらに高校・大学との連携により、課題学習や共同調査が進み、地域全体が「学びのフィールド」として動き出します。教育・観光・研究が相互に補強し合うことで、長期的な人材育成にもつながります。
他地域への波及と応用可能性
成功の鍵は「特別なテーマ」そのものではなく、地域独自の資源を体験として設計するプロセスにあります。伝統工芸の制作体験、農業の収穫体験、地域の自然観察など、各地域で“参加型の学び”は構築可能です。重要なのは、来訪者が自分ごととして地域を感じる仕組みづくりであり、福井モデルはその設計図を提示しました。イベント的に終わらせず、恒常的なプログラムとして運営する点が、経済・教育・文化の三方面に効果を波及させる理由です。
まとめ ― 体験が地域を動かす
体験型展示は来館者の満足度向上にとどまらず、地域全体を動かす仕組みとして機能します。体験によって生まれる滞在時間の延長は、地域内での消費・宿泊・交流を生み、経済を活性化します。同時に教育・研究との連携を通じて、地域の子どもが自らの土地に誇りを持つ文化的・社会的効果も生まれます。来館者が「地域を知る・感じる・関わる」プロセスこそが、文化施設が地域社会に持続的な価値を生み出す原動力です。次節では、この体験型展示を支えるもう一つの基盤であるデータ連携と観光DXの仕組みについて取り上げ、地域経営を支える側面を検討します。
データ連携が支える地域経営の高度化 ― 福井県観光DXの実践と博物館の役割
福井県立恐竜博物館は、来館者体験を中心に地域活性化を実現しただけでなく、その成果を定量的に把握し、持続的に改善するための「データ連携」の仕組みを確立してきました。単なる観光拠点としての役割を超え、地域全体のデータを共有・活用する地域経営のハブとして機能しているのが特徴です。ここでは、福井県が進める観光DXの取り組みと、その中で博物館がどのように連携し、地域の活性化に貢献しているのかを見ていきます。
観光DXの潮流と福井県の先進的取り組み
近年、全国の観光政策では、データに基づいた意思決定が求められるようになっています。これまで観光地や博物館の運営は、アンケートや経験的知見に依存することが多く、来館者の実際の行動や需要を正確に把握することが困難でした。しかし、スマートフォンの位置情報やオンライン予約システムの普及により、人流や消費行動をリアルタイムで可視化できる環境が整ってきました。
福井県は、この潮流を早期に捉え、観光データを総合的に分析するFTAS(Fukui Tourism data Analytics System)を構築しました。FTASは、県内の宿泊予約、交通、人流、SNSなど複数のデータを集約・分析する仕組みであり、行政、DMO、観光事業者、そして福井県立恐竜博物館といった文化施設が同じ基盤で情報を共有します。これにより、地域全体の動きを可視化し、戦略的に観光需要をマネジメントできるようになりました。
FTASの仕組みと博物館の関与
FTASの特徴は、単なる観光統計ではなく、リアルタイムで変化する地域データを分析対象としている点にあります。宿泊予約サイトや交通系ICカードの利用状況、SNS投稿の動向などが自動的に収集・更新され、県やDMOが管理するダッシュボード上に可視化されます。ある週末にどの地域で宿泊予約が集中しているのか、どの施設へのアクセスが増えているのかなど、状況を即時に把握することが可能になりました。
福井県立恐竜博物館はこのシステムにおける中核的なデータ提供拠点として位置づけられています。来館予約データやイベント参加データ、来館者の地域分布などがFTASと連携し、観光動向の分析に活用されています。夏休み期間中の来館者がどの地域から訪れ、どの時間帯に集中しているかを分析することで、交通混雑の予測やスタッフ配置の最適化が行われています。こうしたデータに基づく運営は、観光DXの最前線であり、博物館が地域経営の意思決定を支える重要な一員となっています。
データが可視化した来館パターンと行動変容
FTASによる分析からは、博物館を中心とした観光行動の新たな傾向が明らかになりました。県外からの来訪者の多くが日帰りではなく、県内で1泊以上滞在していること、午前中の来館が多い家族層に対して午後の体験イベントを増やすことで滞在時間をさらに延ばせることなどが判明しています。こうしたデータは、展示計画やイベントの時間設定、飲食施設の稼働スケジュールにも活かされています。
また、SNSデータの分析では、博物館に関する投稿の多くが「体験」や「家族旅行」というキーワードと共に発信されていることが確認されました。体験型展示で得られた感動がオンラインでも共有され、県外への情報発信力を高めています。こうした波及により、福井県内の他地域への訪問意欲も高まり、地域全体の観光行動が有機的につながっていることが可視化されました。
博物館とDMOの連携体制
データ連携を施策に反映するには、博物館単独ではなく、DMOや行政との協働が欠かせません。福井県ではふくいDMOが中心となり、観光事業者・交通機関・文化施設を巻き込みながら、定期的なデータ共有会議を開催しています。恐竜博物館もその一員として、来館者データやアンケート結果を提供し、地域全体のマーケティング戦略に反映させています。
博物館の来館者が集中する夏季に合わせ、DMOは宿泊施設や飲食店と連携し、共通クーポンや周遊型観光パスを発行しました。これにより、来館後の移動先や消費行動が地域内に留まりやすくなり、データによる行動分析が施策として具現化されました。博物館を核にした地域回遊モデルが形づくられています。
データ連携がもたらす成果と課題
FTASの導入により、福井県の観光施策は「勘と経験」から「根拠と予測」へと大きく転換しました。人流データを活用して交通渋滞を予測し、混雑緩和のためのシャトルバス運行を調整するなど、行政の意思決定が迅速化しています。宿泊予約データを分析することで、県外からの観光需要が高まる時期を事前に把握し、プロモーション時期の最適化も進みました。結果として、観光消費額や宿泊稼働率は回復傾向を維持し、地域経済の再生を支えています。
一方、個人情報保護の観点からデータの扱いには厳格なルールが必要であり、データ分析の専門人材の不足も課題です。県は大学や研究機関と連携し、地域データサイエンスの教育・人材育成に取り組んでいます。恐竜博物館は、こうした学術機関との共同研究の拠点としても機能し、文化・観光・教育をつなぐプラットフォームの役割を担っています。
文化データと観光データの融合
福井県の観光DXが先進的である理由は、観光データと文化データを組み合わせている点にあります。一般に観光データは経済指標や移動パターンが中心ですが、博物館では展示満足度や教育効果といった定性的データも重要です。恐竜博物館では、来館後アンケートやSNS投稿を分析し、どの展示や体験が来館者の心に残ったのかを定量化しています。これらは展示の改善や教育プログラムの開発だけでなく、地域の文化的価値を測る指標としても機能します。
文化的な評価と経済的な評価を統合することで、博物館は地域のナレッジハブとしての機能を強化しました。観光客の行動データが政策や施設運営の改善につながり、文化的な成果が再び地域ブランドの向上に寄与するという双方向の循環が生まれています。
他地域への波及と展開可能性
福井県立恐竜博物館を中心とするデータ連携のモデルは、他地域にも応用が可能です。小規模な博物館でも、アンケートやSNS分析など簡易的なデータ収集から始めることで、地域経営に役立つ知見を得ることができます。重要なのは、データを管理のための数字としてではなく、地域を理解し未来を設計する手段として活用することです。福井の事例は、データ活用が単なる効率化ではなく、文化・教育・地域の信頼を育てるプロセスであることを示しています。
博物館が持つ知的基盤とデジタル技術が結びつくことで、地域の魅力を定量的に把握し、より効果的な発信や投資が可能になります。データは関係者の共通言語となり、連携を深化させる基盤となります。
まとめ ― データでつなぐ地域の未来
福井県立恐竜博物館を中心に展開される観光DXは、文化施設と行政・DMOが連携し、地域を一体として運営する新しい形を提示しています。来館者の体験をデータとして可視化し、それを次の施策に還元する循環構造は、学習する地域の姿を体現しています。体験型展示が人の流れをつくり、データ連携がその流れを見える化する。この二つの仕組みが結びつくことで、福井県は恐竜を核とした地域経営モデルを確立しました。
今後、地域が持続的に発展していくためには、文化施設が単なる受け皿ではなく、地域経済と行政をつなぐ中核として機能することが求められます。データはその実現を支える羅針盤です。福井県立恐竜博物館の取り組みは、博物館が持つ社会的使命をデジタルの力で拡張し、地域全体の活性化に貢献する新しい時代の博物館像を示しています。
まとめ ― 博物館が地域を動かす仕組み
福井県立恐竜博物館の事例は、博物館が文化を守るだけでなく、地域社会を動かす存在へと進化していることを示しています。これまでの二つの要素――体験型展示とデータ連携――は、いずれも地域経営において人と情報をつなぐ仕組みとして機能しています。体験が人の流れを生み出し、データがその流れを可視化することで、博物館は地域の観光、教育、産業を結びつける中核的な役割を担ってきました。
体験とデータの融合が生んだ地域の変化
体験型展示によって来館者の滞在時間が延び、宿泊や飲食といった地域消費が増えたことは、観光経済の拡大につながりました。しかし、福井県立恐竜博物館の取り組みは、それだけにとどまりません。FTASによるデータ分析と連携により、来館者の行動が数値として可視化され、地域政策や観光施策に反映されるようになりました。体験が「感動」を生み、データが「根拠」を生む。二つが結びつくことで、文化と経済が一体となった地域経営の新しい形が生まれました。
さらに、こうした変化は地域の住民意識にも影響を与えました。発掘体験を通して地域の魅力を誇りに思う子どもたち、観光客を案内するボランティア、地元企業の協賛や商品開発など、地域の多様な主体が博物館を通じて結びつくようになっています。体験とデータの両輪は、地域社会全体を巻き込みながら「動き続ける地域」を実現しているのです。
博物館が地域経営のハブとして果たす役割
福井県立恐竜博物館は、行政やDMO、民間事業者、地域住民をつなぐ「ハブ」として機能しています。博物館が集める来館データやアンケート結果は、観光政策や交通計画の策定に活かされ、逆に行政や企業の取り組みも博物館のプログラムに反映されています。こうした双方向の関係は、単なる情報交換ではなく、地域の課題解決を共同で進める「共創的な関係」として定着しています。
博物館はまた、地域の利害関係者が集う合意形成の場としても機能しています。たとえば、観光シーズンの混雑対応や環境保全の議論など、地域課題に対して博物館が調整役となることで、文化施設が地域社会に対する説明責任とリーダーシップを果たしています。文化の専門性を活かしながら地域をマネジメントするこの姿勢は、現代の博物館経営において重要な方向性を示しています。
地域との協働とガバナンス
福井県立恐竜博物館の取り組みは、地域の多様な主体が「支援者」から「共創者」へと変化していく過程を象徴しています。地元住民はボランティアやイベント運営を通じて博物館活動に参加し、地元企業は観光商品や教育プログラムの開発に協力しています。これらの活動は、地域経済の循環だけでなく、地域文化の再発見にもつながっています。
勝山市や福井県の行政も、博物館とのデータ共有を通じて政策の透明性を高め、地域社会への説明責任を果たす体制を整備しました。DMOとの協働による情報発信や広報戦略の共有も進み、地域全体が「一つの組織」のように連動して動く仕組みが形成されています。こうした協働体制は、単に経済的な活性化を目指すのではなく、地域社会の信頼関係を築くための基盤にもなっています。
持続可能な地域経営への展望
福井県立恐竜博物館が目指しているのは、一過性の観光ブームではなく、持続的な地域経営の構築です。恐竜や地質といった地域固有の資源を軸に、教育、研究、産業が連動しながら地域の発展を支える仕組みが整いつつあります。特に、データを活用した継続的な分析と改善サイクルは、地域経営を「学習するシステム」へと進化させています。
また、次世代の人材育成にも力を入れています。博物館の研究活動や教育プログラムを通じて、地域の若者が科学や文化、まちづくりに関心を持つようになり、地域に対する愛着と責任感を育んでいます。こうした人の成長こそが、地域経営を持続的に支える最大の要素であり、文化と社会の双方に価値をもたらしています。
他地域への教訓と普遍化の可能性
福井モデルの成功は、特別な条件の下でのみ成立したものではありません。地域が持つ固有の資源を「体験化」し、その効果を「データ化」して共有する仕組みを整えれば、他の地域でも応用が可能です。たとえば、伝統工芸を体験できる工房や、地域の自然資源を活かした教育施設でも、同様の構造を構築できます。
ポイントは、博物館や文化施設が地域の中心に立ち、行政・企業・住民をつなぐ共創の枠組みを整えることです。データを共有しながら意思決定を支える仕組みがあれば、地域の課題に対してより柔軟かつ迅速に対応できます。福井県立恐竜博物館のモデルは、規模の大小に関わらず、全国の地域経営にとって実践的な指針となるものです。
総括 ― 博物館が地域を動かす力
福井県立恐竜博物館の歩みは、博物館が「地域を語る場」から「地域を動かす場」へと進化する過程を象徴しています。体験型展示によって人々を惹きつけ、データ連携によって地域全体をつなぐ。文化施設が経済や行政と連携し、地域の課題を共に解決していく姿は、これからの博物館経営の新しい方向性を示しています。
博物館は、文化を展示するだけでなく、地域の未来を設計する実践の場です。体験によって人が動き、データによって地域が動く。この循環をつくり出す仕組みこそが、地域社会における博物館の最大の力です。福井県立恐竜博物館の事例は、文化・経済・デジタルを融合させることで、地域が持続的に成長する可能性を明確に示しました。
今後、各地の博物館が地域の課題解決や活性化に積極的に関わるためには、「共創」「連携」「可視化」をキーワードに、地域社会とともに未来を描く姿勢が求められます。福井モデルが教えてくれるのは、地域の力は外から与えられるものではなく、内側から「文化の力」で育まれるということです。博物館はその中心に立ち、人・知識・地域をつなぐ羅針盤として、これからの地域社会を導いていくのです。
参考文献一覧(APA第7版)
- 福井県. (2023). 福井県観光データ分析システム(FTAS)概要. 福井県観光営業部. https://www.pref.fukui.lg.jp/
- 福井県立恐竜博物館. (2023). 年報2023 ― 来館者統計と地域連携事業報告. 福井県立恐竜博物館.
- 勝山市. (2022). 勝山市観光振興計画(2022–2030). 勝山市.
- 観光庁. (2021). 観光地域づくり法人(DMO)の登録・評価制度に関するガイドライン. 観光庁.
- 国土交通省. (2022). 地域観光のDX推進に向けたデータ活用事例集. 国土交通省観光政策課.

