MoMA Design Store に学ぶミュージアムショップ経営 ― 収益・商品戦略・体験と学習・持続可能性の体系的分析

目次

導入:世界標準のミュージアムショップ ― MoMA Design Storeが示す「経営と教育の統合」

近年、ミュージアムショップは単なる物販空間ではなく、博物館の理念を生活者に届けるための重要な場として再評価されています。その代表例が、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が運営する MoMA Design Store です。このショップは、展示室と同じ方向性のデザイン哲学を保ちながら、国際的な小売事業としても大きな成果を挙げており、世界のミュージアムショップの基準点と見なされています。

MoMA Design Store は年間三百万件を超える購買が行われると報告されており、これは美術館本体の来館者数に匹敵する規模です。また、MoMAの補助活動による年間収益は八千三百万ドル規模に達しているとされ、小売部門が博物館財務の主要な柱として機能していることが示唆されています。こうした数値は、ミュージアムショップが博物館経営において無視できない存在であることを明確に示しています。

MoMA Design Store が注目される理由の一つは、商品選定にキュレーター部門が関与している点にあります。MoMAは公式に、すべての商品がキュラトリアル部門の審査を経て選定されると説明しており、商品が博物館の理念である「Good Design」と整合しているかどうかを厳密に確認しています(MoMA Fact Sheet, 2023)。この仕組みによって、ショップは美術館の収蔵品や展示と連続した「第二の展示室」として機能し、単なる商業活動ではなく文化的価値創造の場となっています。

さらに、MoMA Design Store は購買体験そのものが学びに転換するように空間設計されています。SoHo店では、商品がギャラリーのように展示され、訪れた人がデザインの背景や意図に触れながら選択できるよう工夫されています。このように、ショップを「訪問者が学びを継続する場」と位置づける考え方は、ミュージアムショップが教育普及活動に寄与するという近年の議論とも整合しています(Museum Store, 2016)。

また、MoMAは東京やソウルといった海外都市にもショップを展開し、博物館外の人々にもデザインとアートを届ける取り組みを進めています。これらの海外店舗は、来館者に限定されない「館外教育」の実践として重要であり、文化発信の国際的な拠点として機能しています。

本記事では、MoMA Design Store を収益、商品戦略、体験と学習、持続可能性の四つの観点から整理し、ミュージアムショップが果たし得る役割を総合的に検討します。これらの視点は、博物館経営論において基礎的であると同時に、日本の博物館が今後取り入れるべき実践的知見でもあります。本稿の分析を通して、ミュージアムショップを「展示の延長」として考える新たな視点を提示し、次節ではまず博物館財務を支える収益モデルを取り上げます。

MoMA Design Storeの収益モデル ― 博物館財務を支える「補助活動の構造」

MoMA Design Storeにおける収益の位置づけ

ミュージアムショップが博物館の財務基盤にどの程度寄与できるのかという問いは、近年の博物館経営において中心的なテーマとなっています。特に、ニューヨーク近代美術館(MoMA)が展開する MoMA Design Store は、単なる物販事業の枠を超えて、博物館全体の収益構造を支える重要な柱として位置づけられています。この節では、同ストアが生み出す収益モデルを中心に、ミュージアムショップがどのように博物館財務に貢献し得るのかを整理します。

補助活動収益が示すスケール

まず注目すべきは、MoMAの財務報告における「補助活動(Auxiliary Activities)」という区分が示す規模の大きさです。一般に補助活動は、入館料や寄付、助成金といった一次的収入の周辺に位置づけられ、博物館経営においては副次的な位置にあると考えられがちです。しかし、MoMAの場合、この補助活動収益は年間83百万ドルに達する規模であり、展示事業や教育・収蔵活動と並ぶ収益源として機能しています。この金額は、単なる付随的な収益というより、安定した財務基盤の一角を占める規模であり、ミュージアムショップが博物館の持続可能な運営にとって不可欠であることを示しています。

オンラインストアがもたらす収益と安定性

特に注目すべきは、オンラインストアの存在感です。博物館のオンライン事業は来館者数に依存しないため、物理的来館が制限される状況下においても一定の収益を維持できます。これは、COVID-19以降のデジタルシフトの流れにおいて、世界中の文化施設が学ぶべき重要な点だといえます。オンライン販売が文化的価値の普及と財務の安定性を同時に達成している点は、MoMAの戦略の中核ともいえるものです。

店舗・オンライン・ライセンスの三層構造

MoMAの収益モデルをより具体的に理解するためには、「三層構造」を把握することが不可欠です。それは、①実店舗、②オンラインストア、③ライセンス事業の三つが連動する構造です。実店舗はニューヨーク市内に複数展開され、観光客や地域住民に直接アプローチする役割を担っています。一方、オンラインストアは世界中の顧客にアクセスでき、MoMAのブランド価値を国際的に届ける機能を果たしています。さらに、ライセンス事業は、MoMAブランドを他企業の製品に適用することで収益を生み出すモデルであり、ここでも美術館の信頼性とデザイン理念が重要な価値となります。この三層が相互補完的に作用し、収益源が偏りすぎない構造を形成しています。

重要なのは、この三層構造が単なる販売チャネルの多角化ではなく、リスクの分散と安定収益の確保という経営目的に直結している点です。例えば、観光の落ち込みにより実店舗の売上が減少しても、オンラインの売上がそれを補完する可能性があります。また、ライセンス事業は商品企画や製造リスクを外部企業と分担できるため、収益性が高い特徴があります。このような多角化は、企業経営では一般的ですが、博物館のような非営利組織においても有効な戦略として評価できます。

mission-driven retailingという考え方

また、MoMAのショップ運営を理解するうえで重要なのが「mission-driven retailing」という考え方です(Museum Store, 2016)。この考え方は、ミュージアムショップが単に収益を生む場所ではなく、博物館の使命=価値観やデザイン理念を社会に広げる装置であると位置づけるものです。MoMAの場合、商品の企画や選定にキュラトリアル部門が関与しており、商品が「Good Design」という理念に合致しているかどうかが厳密に確認されます。この仕組みにより、ショップは文化的価値の発信と収益活動の両方を担う場として成立しています。収益とミッションが矛盾しないどころか、相互に強化し合う関係が成立している点は特筆すべきものです。

日本の博物館への示唆

では、このMoMAモデルは日本の博物館に何を示唆するのでしょうか。日本では、多くの博物館が物販を指定管理者や外部業者に委託する構造となっており、博物館本体の収益に結びつきにくい状況があります。また、商品開発やオンライン展開に十分な人的資源を割きづらい環境も見られます。しかし、MoMAの取り組みが示すのは、ミュージアムショップが博物館財務の強固な基盤となり得ること、そして理念と商品戦略を結びつけることで収益とミッションの両立が可能になるという点です。

特に、日本の博物館においてもオンラインストアの展開は大きな可能性を持っています。地域性やコレクションの独自性を生かした商品開発は、国内外のユーザーにとって魅力的なコンテンツとなり得ます。また、オンライン販売であれば来館者数に依存せず、博物館の魅力を広く社会に届けることができます。これは、文化普及という観点でも極めて有益です。

さらに、ミュージアムショップは財務だけではなく、来館者やオンラインユーザーとの接点を拡大する役割も果たします。MoMAのように、商品を通して「価値を自宅に持ち帰る」という体験を提供できれば、博物館の理念や展示テーマを日常生活の中で継続的に感じてもらえるようになります。これは、文化施設としての存在価値を高める重要なポイントです。

以上のように、MoMA Design Storeの収益モデルは、「収益多角化」「ミッションとの統合」「デジタル市場の活用」という三つの要素を高い水準で実現した事例であり、現代の博物館経営が直面する課題に対する強力な示唆を提供します。次節では、MoMAの収益を支える根本にある商品戦略とキュレーションの仕組みをより詳しく検討します。

商品戦略とキュレーション ― MoMAの“選ばれた商品”はどのように生まれるのか

ミュージアムショップの商品は、単に来館者が手に取る「記念品」として存在しているわけではありません。特にニューヨーク近代美術館(MoMA)が展開する MoMA Design Store は、商品一つひとつを「文化的メッセージを持つプロダクト」として扱い、展示と商品を一貫した価値体系で結びつける運営を行っています。この節では、MoMAの商品戦略を支えるキュレーションの仕組みを中心に、学芸的基準がどのように商品に反映されているのかを整理します。

MoMAが公式に示す“curatorial review” ― 商品は必ず学芸審査を通過する

MoMAは公式 Fact Sheet において、すべての商品が “curatorial review(学芸的審査)” を経て選定されると明記しています(MoMA, 2024)。これは、世界のミュージアムショップ全体を見渡しても極めて特徴的な運営方針といえます。

この審査では、MoMAのキュレーション部門が商品候補を確認し、博物館が掲げる「Good Design」の理念に照らして妥当性を判断します。つまり、MoMAのショップに並ぶ商品は、美術館の収蔵品や展示と同様に、学芸員の専門的判断に基づいて選ばれているということです。

この体制は、商品と展示が断絶してしまいがちな一般的なミュージアムショップとは大きく異なります。MoMAでは商品も展示と同じ哲学のもとで扱われているため、ショップそのものが「もうひとつの展示空間」であり続けます。商品が文化的価値を担う存在であるという明確な立場が、MoMAのショップ運営を特徴づけています。

MoMAのデザインフィルター ― 機能性・革新性・文化的意義による厳密な選別

MoMA Design Store の商品選定で中心となるのは、「デザインフィルター」と呼ばれる評価基準です。MoMAは、優れたデザインには一貫した特徴があると考え、次のような観点で商品を審査しています。

第一に、Function(機能性)です。商品が日常生活において実際に役立つかどうか、美しさだけではなく、生活者にとって意味のある機能を持つことが重視されます。第二に、Innovation(革新性)です。素材や技術、デザイン手法の新しさが問われ、単なる復刻品ではなく、現代の課題や文化背景を反映した新しい表現であることが求められます。第三に、Aesthetics(審美性)が挙げられます。MoMAのコレクションと調和する視覚的完成度が求められ、視覚文化を扱う博物館として厳しい審美基準が適用されます。

さらに、Cultural Relevance(文化的意義)も重要な観点です。現代社会におけるテーマ性や文化的背景を持つ商品であるかどうか、あるいはMoMAが展示で扱う社会課題と関連性を持つかどうかが検討されます。また、Material / Process(素材・製法)の観点から、サステナブルな素材や新しい生産技術の活用も評価対象となります。

これらの基準は、MoMAが二〇世紀以来継続して提示してきたデザイン哲学に由来しており、単なる「売れ筋」の商品を選んでいるわけではありません。むしろ、展示と同様に、MoMAが社会に提示すべき価値を「商品というメディア」にのせて伝える取り組みだといえます。

基準名内容の概要判断のポイント具体例
Function(機能性)日常生活で役に立つ実用性単なる装飾ではなく生活の質を向上させるかキッチンツール、家具ミニチュア、建築キット
Innovation(革新性)新素材・新技術・新しい造形を評価従来品にない技術・構造・アイデアを持つか新素材家具、革新的な照明プロダクト
Aesthetics(審美性)MoMAコレクションと一致する美的基準形・色・バランス・造形の品質が高いかBauhaus系デザイン、ミニマルデザイン雑貨
Cultural Relevance(文化的意義)現代文化・社会的背景を反映しているか社会課題や文化的テーマと接続しているかBasquiat・Haring グッズ、社会問題系プロダクト
Material / Process(素材・製法)持続可能性や技術的正当性環境配慮素材・先進的な製造工程の採用リサイクル素材バッグ、環境配慮のデザイン

アーティストコラボレーションの必然性 ― Basquiat / Haring / KAWS の意味

MoMA Design Store では、アーティストとのコラボレーション商品も数多く展開されています。特に Basquiat、Haring、KAWS などは象徴的な存在です。これらのアーティストが選ばれる背景には、いくつかの理由があります。

第一に、MoMAのコレクションや展覧会テーマとの親和性が高いことが挙げられます。Basquiat や Haring は、ストリート文化とアートを結びつけ、社会問題に鋭い視線を向けた作家であり、MoMAの展示が扱う「現代社会の課題」というテーマと強く共鳴します。第二に、これらのアーティストは多世代に届く視覚言語を持ち、若年層にも直感的に理解されやすい点が特徴です。特に Haring や KAWS のポップなイメージは、ファッションやサブカルチャーとの親和性も高く、文化的浸透力を高めています。

さらに、これらのアーティストは文化的アイコンとしての役割も担っています。美術史的意義だけでなく、現代のクリエイティブ産業にも強い影響を与えており、MoMAの「デザインとアートの交差点」という立場と一致します。このように、アーティストコラボレーションは人気取りのためではなく、MoMAの学芸的視点から「文化を社会に広げる手段」として組み込まれていると理解できます。

教育ライン「Making with MoMA」 ― 家庭で続く学びのデザイン

MoMAではショップを単なる販売拠点ではなく、博物館外に教育機能を広げる場所として位置づけています。その代表的な例が「Making with MoMA」と呼ばれる教育ラインです。

このシリーズでは、アートの基礎概念やデザインの考え方を体験できる教材が提供され、色彩や構成、空間、建築などを扱うキットが展開されています。ワークショップで用いられる教材がショップの商品として販売されることも多く、来館者は家庭で学びを継続することができます。これは、MoMAが展示や教育プログラムで扱っている内容を家庭や学校へ拡張する仕組みであり、「学習の循環」をつくる点で非常に先進的な取り組みです。

展覧会テーマの延長としての商品 ― 学術的背景と国際動向

国際的な研究では、ミュージアムショップは展示のナラティブを継続する空間として機能すると指摘されています。MoMAはこの考え方を実践し、展覧会のテーマを商品開発に反映させる動きを強めています。

例えば、モダンデザインを扱う展示では、名作家具のミニチュアや建築を理解できる教材を販売し、社会課題を扱う展示ではサステナブルな素材の商品を展開します。展示で提示した問題意識を、商品という別のメディアで社会に伝える構造が生まれています。また、こうした商品戦略は、ミュージアムショップを文化的パブリックとして位置づける考え方とも整合的です。展示室を出た後も学びが終わらない仕組みこそが、MoMA Design Store の強みだといえます。

日本のミュージアムショップに応用できる戦略的示唆

MoMAのような大規模館だけがこのモデルを採用できるわけではありません。むしろ、MoMAの事例は「理念と整合した商品開発を行う」という点で普遍的に応用可能です。日本の博物館にとって重要な示唆は、いくつかの観点に整理できます。

第一に、学芸員が商品選定に関与する仕組みの構築が挙げられます。キュレーションの専門性を商品にも反映させることで、ショップ全体の文化価値が高まります。第二に、デザインフィルターの導入です。商品基準を明確にすることで、博物館のブランドが一貫し、継続的なファン層を形成しやすくなります。第三に、地域文化やコレクションを活かした商品開発の可能性があります。地方館であっても、地域固有の歴史・自然・生活文化をテーマとした商品は高い独自性を持ち、収益と文化普及の両立が期待できます。

MoMAのモデルは規模の問題ではなく、理念の一貫性を中心とした商品戦略であるため、日本の博物館にも応用しやすい構造を持っています。ミュージアムショップを、博物館の使命を社会に届けるための「もうひとつの展示空間」として捉え直すことが、今後の博物館経営にとって重要な課題になるといえます。

体験と学習のデザイン ― ショップを“第二の展示室”にする仕掛け

ミュージアムショップは、従来「来館記念のグッズを購入する場所」として捉えられてきました。しかし近年、ミュージアムの体験価値が多様化する中で、ショップの役割も大きく変化しています。特にニューヨーク近代美術館(MoMA)が展開する MoMA Design Store は、商品の陳列方法や空間デザインを通じて、来館者に学びと発見をもたらす「第二の展示室」としての役割を果たしています。本節では、MoMA SoHo 店を中心に、ミュージアムショップがどのように“学習空間”としてデザインされているのかを整理し、体験デザイン・教育普及の視点からその構造を考察します。

MoMA SoHo 店の「ギャラリー型リテール」が示す新しいショップ像

MoMA SoHo 店は、1990年代から続くMoMAの象徴的な店舗として知られています。この店舗の最大の特徴は、単なる物販空間ではなく、展示室と同様の構造を持つギャラリー型リテール(gallery-style retail)を採用している点です。従来のショップが持つ「棚に商品を並べる」という形式ではなく、店舗全体を一つの展示空間として設計し、来館者の視線や導線が緻密に計算されています。

商品は「陳列」ではなく「展示」として扱われ、オブジェクト同士の関係性やテーマ性が意識されたレイアウトが採用されます。例えば、照明の当て方や展示台の配置、素材感の異なる什器の使い分けなど、展示デザインと同レベルの空間演出が行われています。これにより、来館者は商品を“鑑賞する”ような感覚で体験することになり、ショップが展示空間として機能する構造が成立します。

MoMAがこの形式を採用する背景には、「商品もまた文化的価値をもつオブジェクトである」という考え方があります。デザインプロダクトやアート関連商品は、単に売買される物品ではなく、MoMAが提示する理念や審美性を具現化するメディアとして扱われています。こうした空間設計により、ショップは美術館の世界観を継続する場として成立し、展示室の延長線に位置づけられるのです。

購買体験がそのまま学習となる ― 体験デザインとしてのショップ

MoMA Design Store のもう一つの特長は、購買行動そのものが学習行動になるように設計されている点です。商品には、デザインの意図や歴史的背景、素材や製法に関する短い解説が添えられ、来館者が商品を選ぶプロセスの中で自然と学びが発生するよう工夫されています。

この仕組みは、国際的なミュージアム研究で語られる learning through objects や object-based learning の考え方と一致します。すなわち、モノを手に取り、その特徴・背景・意味を理解する過程で学習が生まれるという理論です。

MoMAでは、商品そのものが「教材」として機能するようキュレーションされています。例えば、有名建築家の椅子のミニチュア、色彩学を応用したツール、デザイン史に影響を与えた名作プロダクトの復刻などがその例です。来館者は商品を「買うかどうか選ぶ」というプロセスを通して、デザインの価値や歴史的文脈を自然に理解することができます。

こうした「購買=学習」という構造は、一般的なショップには見られないものであり、MoMAの教育普及理念がショップにも強く反映されていることを示しています。

展覧会連動商品 ― 展示テーマを日常へ持ち帰るという学習導線

MoMAのショップ戦略において、展覧会との連動は欠かせない要素です。特に2019年に開催された「The Value of Good Design」展は、MoMAのデザイン哲学を象徴する企画であり、多くの連動商品が展開されました。

名作家具のミニチュア、建築を理解するための模型キット、デザインの基礎理論を学べる色彩ツールなど、展示内容を日常生活で再体験できる商品が多く提供されました。この構造により、来館者は展示室で得た知識や感動を、商品を通して家や学校に持ち帰ることができます。

つまり、展示テーマから来館者の理解へ、さらに商品選択を経て日常での実践へとつながる学習のループが生まれ、ショップが展示のナラティブを継続する重要な場となるのです。この構造は、ショップを純粋な商業空間ではなく、展示室外の教育普及拠点として位置づけるMoMAの戦略をよく示しています。

ショップは“interpretive space”である ― 学術研究が示す新たな位置づけ

国際的なミュージアム研究では、ショップを interpretive space(解釈空間)として捉える議論が広がっています。展示室に比べて自由度が高く、来館者が日常的な文脈と結びつけながら展示内容を再解釈する場として機能するという視点です。

この視点は、MoMAのショップ空間が持つ特性を説明するうえで有効です。来館者は商品を手に取ることで、展示で提示された理念やデザインの価値を自分自身の生活に結びつけることができます。商品そのものが「日常におけるデザインの役割」を象徴し、展示内容を自宅で再解釈する機会を生み出します。ショップは展示室とは異なる実践的な学習環境として機能しているのです。

特にMoMAは、デザインやアートのテーマを生活空間に接続する試みを継続しており、ショップが「生活のなかで学びが深化する場」として成立しています。

館外教育としてのショップ ― 学びを持ち帰る空間としての価値

MoMAのショップが果たす教育的役割は、館内だけにとどまりません。商品は家庭や学校に持ち帰られ、そこで新しい解釈や学びを生み出します。特に教育ライン「Making with MoMA」は、家庭でアート思考やデザイン思考を実践するための教材として設計されており、館外教育の質を高めています。

ワークショップで使われた教材がショップで購入できる仕組みもあり、来館前後の学びをスムーズに接続する構造が構築されています。これは「展示の予習・復習」という枠を超え、日常の生活空間で学習を継続する仕組みを提供するものです。

また、商品そのものが「文化的価値の普及メディア」として機能し、MoMAの理念を広く社会に届ける役割を果たしています。こうした点で、ショップは教育普及の新たなステージとして、ミュージアムの枠を超える文化発信の舞台となっています。

まとめ ― ショップは展示室と並ぶ“学習空間”である

以上のように、MoMA Design Store は単なる物販空間ではなく、展示室と同じ理念・基準・空間設計に基づいて構築された「体験と学習の空間」です。MoMA SoHo店のギャラリー型リテール、商品の背景を理解する体験デザイン、展覧会との連動、interpretive space としての役割、そして館外教育の連携により、ショップはミュージアムの教育普及戦略の中心的存在となっています。

現代のミュージアムにおいて、来館者の学びは展示室の中だけで完結するものではなく、生活空間にも広がる連続的な体験へと変化しています。MoMA Design Storeはその最先端に位置し、ミュージアムが社会に価値を届ける新しい在り方を示しているといえます。

持続可能性 ― 75年続くArtist Holiday Cardsが示す「文化・社会・経済の持続性」

ミュージアムショップの価値は、独自の商品開発や展示連動企画だけではなく、長期的に社会へ文化的価値を届け続ける点にも存在しています。その代表例として、MoMA(ニューヨーク近代美術館)が1940年代から継続している「Artist Holiday Cards」が挙げられます。これらのカードは75年以上にわたり毎年制作されており、デザイン文化を普及するMoMAの姿勢を象徴する企画として国際的に評価されています。本節では、Artist Holiday Cards を軸に、文化的・社会的・経済的・環境的の四つの観点から持続可能性を捉え、ミュージアムショップが果たす長期的役割を整理します。

75年以上続くMoMAのArtist Holiday Cards ― 美術館が生み出す長寿文化企画

MoMAのArtist Holiday Cardsは、1940年代に始まった贈答用アートカードのシリーズであり、MoMAのデザイン部門が黎明期から重視してきた「生活の中にデザインを届ける」という理念を体現しています。カードは毎年新しいアーティストが参加し、時代ごとの視覚文化や社会背景を反映しながら制作されてきました。75年以上という継続期間は、美術館が同一フォーマットのプロジェクトを続ける例としては極めて珍しく、文化事業としての長期性そのものがMoMAの価値形成につながっています。

この企画が長期間継続されてきた背景には、MoMAがデザインを「生活者に直接届く文化実践」と位置づけてきた歴史があります。美術館が扱う作品や概念は、展示室に留まるものではなく、日常生活の中に存在し続けるものとされています。そのため、生活空間で使われるカードという媒体は、MoMAの理念と極めて親和性が高いといえます。

文化的持続性 ― 多様なアーティストが参加する「文化の循環装置」

Artist Holiday Cardsの大きな特徴は、文化的持続性を支える多様なアーティストの参加にあります。MoMAはこれまで、巨匠から新進気鋭の作家まで幅広いクリエイターを選び、彼らの視点をカードデザインに反映させてきました。歴史を振り返ると、Henri Matisse、Andy Warhol、Roy Lichtenstein、Alex Katz といった世界的アーティストが参加し、MoMAが持つコレクションや展示との強い連続性が見られます。

カードは作品の印刷物という枠を超え、美術館と社会をつなぐ文化的メディアとして機能します。MoMAが積極的に展開するデザイン普及の理念は、展示室だけでなく、日常的なコミュニケーションのなかでも社会へ届きます。また、学術研究の中では、ミュージアムショップが museum’s long-term cultural presence を支える空間であると位置づけられ、長期的に文化を届け続ける存在として評価されています。

Artist Holiday Cardsは、多様なアーティストの価値観を社会へ送り出す文化的プラットフォームとして長く機能してきたといえます。

社会的持続性 ― 贈る文化によって「非来館者」へ広がる文化普及

Artist Holiday Cardsは、文化的価値を非来館者へ届ける構造を持っています。カードは贈答文化に根ざした商品であり、購入者から家族、友人、仕事上の相手へと手渡されることで、MoMAの文化が社会的ネットワークを通じて広がっていきます。これにより、来館していない人々にもアートとデザインの価値が届けられ、ミュージアムの公共性が強化されます。

贈り物という行為は、文化人類学や社会学のなかでも「関係性をつくる社会的実践」として重視されており、MoMAのHoliday Cardsが果たしている役割は、文化の共有を促す社会的機能として捉えられます。カードが持つ象徴性やイメージは、文化的価値を伝えるだけではなく、コミュニケーションの媒介として作用します。その点で、Artist Holiday Cardsは、ミュージアムショップが社会的つながりを生み出す重要な場であることを示しています。

経済的持続性 ― 季節商品でありながら長寿命ブランドとして機能

Artist Holiday Cardsは、季節限定の商品でありながら、継続的な収益を生み出す強い経済基盤を持つ商品です。MoMAは年間単位で多様な物販収益を得ており、これらの季節商材も大きな役割を果たしています。カードは「毎年新作が出る」「毎年購入する」という反復性があり、MoMAブランドの信頼性と相まって安定した売上を維持しています。

また、カード自体がブランド資産となり、「MoMAのカードを贈る」という行為そのものが文化的イメージを帯びるため、単なる商品以上の意味を持ちます。美術館のミッションと収益性が両立している点は、持続可能な文化経営として高く評価される部分です。経済的持続性は文化的価値や社会的役割と矛盾せず、むしろ互いを強化し合う関係にあります。これがArtist Holiday Cardsの成功が長く続いてきた理由のひとつだと考えられます。

環境的持続性 ― 素材・生産プロセス・保存性への配慮

現代のミュージアムショップにおいて、環境配慮は欠かせない要素です。MoMAのHoliday Cardsも、素材や印刷工程、包装における環境配慮が反映された商品として知られています。再生紙やFSC認証紙、低環境負荷インクを採用することで、紙製品でありながら持続可能な選択肢となっています。

さらに、Holiday Cardsは「長期間保管される」商品である点が重要です。一般的な紙製品が短い使用期間を前提としているのに対し、これらのカードは贈る側・受け取る側が保管する傾向が強く、「長く残るデザイン」としての機能を持ちます。環境的持続性は、単に廃棄を減らすという発想ではなく、長期的な保存性を前提にしたデザインという観点から捉える必要があります。

環境配慮は文化・社会・経済の持続性を支える基盤となるため、MoMAの取り組みはミュージアムのサステナビリティ戦略として重要な位置づけを持っています。

まとめ ― 75年間の継続が示す「文化的インフラとしてのショップ」

Artist Holiday Cardsは、単なるグリーティングカードではなく、MoMAが文化的存在として社会に価値を届け続けるための仕組みです。文化的多様性を支えるアーティストの参加、贈与文化を通じた社会的普及、安定した収益基盤、環境配慮を前提としたものづくりが統合され、ミュージアムショップが持つ持続可能性のモデルを体現しています。

ミュージアムショップは、展示室の補完ではなく、文化を社会へ流通させるインフラとして重要な役割を担っています。Artist Holiday Cardsは、その最も成功した例のひとつであり、文化的・社会的・経済的・環境的持続性を統合した実践として、国際的にも高い評価を受けています。日本の博物館も、長期的に社会に届けることのできる文化商品をどのように育てていくのかという視点を持つことで、ミュージアムの公共性と持続可能性を高めることができると考えられます。

まとめ:MoMA Design Storeが示すミュージアムショップ経営の未来

MoMA Design Storeの事例は、ミュージアムショップが単なる物販の場ではなく、博物館経営の中核として機能し得ることを明確に示しています。これまで整理したように、MoMAは収益、商品戦略、学習体験、持続可能性という複数の領域を一体的に構築し、ショップを「展示室と同等の文化的空間」として位置づけています。このような位置づけは、ミュージアムショップ経営が果たす役割を従来以上に広く捉え、文化的価値と経営的価値の両立を成し遂げるための重要な示唆を与えるものです。

まず、収益モデルの観点から、MoMA Design Storeは補助活動としての物販を、安定的かつ高収益の基盤へと昇華させています。オンライン販売と店舗販売を両立させた三層構造の収益モデルは、博物館が依存しがちな入館料収入の変動リスクを補完し、経営の持続性を高める役割を果たしています。収益性が確保されているからこそ、教育普及や文化的発信に対する長期的投資が可能になり、ミッション遂行と経営基盤が循環的につながる構造が成立しています。

次に、商品戦略とキュレーションの観点から、MoMAは他の文化機関とは異なる独自性を形成しています。デザインフィルターによる厳格な商品選定は、ミュージアムとしての価値基準を市場に対して明確に提示する行為であり、商品そのものが文化的メッセージとして機能する仕組みをつくり出しています。学芸員が関与する商品レビューのプロセスは、ショップが博物館の専門性から切り離されることなく、むしろ展示・教育と連動しながら社会に価値を伝達する場となることを意味します。この点は、日本の博物館にとっても導入可能な実践として注目できます。

さらに、学習と体験の観点では、MoMAがショップを「第二の展示室」として設計している点が重要です。SoHo店に代表されるギャラリー型リテールは、購買体験そのものを学習体験に転換する空間デザインであり、来館者以外の人々にもデザイン教育の機会を提供しています。展覧会と連動した商品配置や、アーティストの思考過程を可視化する仕掛けによって、利用者は単に商品を選ぶのではなく、文化的背景を理解しながら生活に取り入れる体験を得ることができます。これは、ミュージアムの教育普及活動が館外に拡張される典型的な事例といえます。

最後に、持続可能性の観点から、MoMAは文化的・社会的・経済的・環境的な四つの持続性を長期的に統合するモデルを示しています。特に、75年以上続くArtist Holiday Cardsは、ミュージアムショップが文化を長く社会へ届ける仕組みを象徴しており、アーティストの多様な声を未来に伝える文化的持続性、贈答文化を通した社会的持続性、安定した季節収益としての経済的持続性、環境への配慮という複合的な役割を果たしています。MoMAにおける持続可能性は、単なる環境対策に留まらず、ミュージアム経営の理念と実務を統合する考え方として定着しています。

こうしたMoMAの実践は、「ミュージアムショップは展示室の補助施設」という従来の捉え方を超え、文化的価値を社会に流通させるインフラとして機能し得ることを示しています。日本の博物館でも、規模や収蔵品の違いにかかわらず、商品選定基準の明確化、展示・教育との連動、地域文化を反映した商品開発など、多くの要素を応用できます。これにより、ショップは単なる収益装置ではなく、文化の循環を担う重要な場として発展することが期待されます。

ミュージアム経営が多様な課題に直面する現代において、MoMA Design Storeの統合モデルは、文化的使命と経営的持続性を同時に追求する未来のミュージアム像を示しています。展示、教育、ショップの三領域を横断的に結びつける取り組みは、博物館が社会とどのようにつながり続けるかという根本的な問いに対する、一つの実践的な答えといえるでしょう。

参考文献一覧

Museum Store Association. (2015). Museum store: The manager’s guide (4th ed.). Routledge.

The Museum of Modern Art. (n.d.). MoMA Design Store – Fact sheet / About the store. MoMA. https://store.moma.org

The Museum of Modern Art. (2022). Annual report 2021–2022. The Museum of Modern Art.

The Museum of Modern Art. (n.d.). Artist Holiday Cards Collection. MoMA Design Store.

Choi, H., Ko, E., & Kim, E. Y. (2016). Explaining and predicting purchase behavior in the museum store: A consumer-role approach. Journal of Business Research, 69(11), 4446–4453.

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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