博物館は人のクリエイティビティを育てられるのか ― 教育経験としての創造性を再定義する

近年、博物館教育の現場では「創造性」や「クリエイティビティ」を育てる場としての役割が強く期待されるようになっています。主体的な学びや探究的な学習が重視される中で、博物館は学校教育を補完し、思考を深める教育資源として注目されています。

しかし一方で、博物館において育まれるとされるクリエイティビティが、具体的にどのような力を指すのかについては、必ずしも明確に整理されていません。創造性という言葉が、才能やセンス、あるいは自由な活動と同一視されることで、その教育的意義が曖昧なまま語られている側面もあります。

そこで本稿では、まずクリエイティビティとはどのような力なのかを定義した上で、それを構成する思考を分解し、さらに博物館教育におけるどのような経験を通じてそれらが養われるのかを、先行研究を手がかりに検討します。本稿の考察は、学芸員課程の学生や博物館教育に携わる実務者にとって、博物館教育の意義を理論的に捉え直すための基盤となることを目指すものです。

目次

クリエイティビティとはどのような力か

博物館教育において語られる「クリエイティビティ」や「創造性」は、しばしば生まれつきの才能やセンスと結びつけて理解されがちです。創造的な人とは、特別な発想力を持つ一部の人であり、誰もが身につけられるものではない、というイメージが依然として根強く存在しています。しかし、このような理解は、教育の文脈で創造性を考えるうえでは適切とは言えません。

近年の教育研究や創造性研究では、創造性は固定的な能力ではなく、学習や経験を通じて形成される力として捉えられています。特に重視されているのは、優れた成果物を生み出すかどうかではなく、その過程においてどのような思考や行為が行われているかという点です。つまり、創造性は完成した作品やアイデアの評価によって測られるものではなく、問いを立て、試し、考え直す過程そのものに見いだされるものだと考えられています。

このように捉えると、クリエイティビティとは単一の能力ではなく、複数の思考や態度が連動する構造的な概念であることが分かります。物事をそのまま受け取らずに問い直す力、失敗を恐れずに関わり続けようとする姿勢、そして新たな意味や可能性を構成しようとする思考が相互に作用することで、創造的な学びが成立します。いずれか一つが欠けても、創造性は十分に機能しません。

本稿では、こうした理解に基づき、クリエイティビティを次のように定義します。クリエイティビティとは、既存の知識や経験を問い直し、試行錯誤を通じて、新たな意味や可能性を構成していく思考と行為のプロセスである。この定義は、創造性を特別な才能から切り離し、学習として捉え直すための基盤となるものです。以下では、このクリエイティビティを構成する思考を整理し、博物館教育における具体的な経験との関係を検討していきます。

クリエイティビティを構成する三つの思考

クリエイティビティを学習として捉える場合、それは一つの能力や性質によって説明できるものではありません。創造的な学びが成立するためには、複数の思考や態度が相互に関係しながら機能している必要があります。本稿では、博物館教育の文脈において特に重要と考えられる思考として、批判的思考、創造的潜在力、可能性思考の三つに着目します。これらは独立した能力ではなく、それぞれが異なる役割を担いながら、クリエイティビティという構造を形づくる要素として位置づけられます。

以下では、三つの思考がどのような特徴を持ち、なぜ創造性にとって不可欠なのかを整理します。あわせて、博物館教育との関係を念頭に置きながら、それぞれの思考が果たす役割を明らかにします。

批判的思考 ― 創造性の認知的基盤

批判的思考とは、目の前の事象をそのまま受け入れるのではなく、観察し、解釈し、評価し、その根拠を問い直す思考のあり方を指します。単に知識を覚えるのではなく、「なぜそう言えるのか」「他の見方はないのか」と立ち止まって考える姿勢が、その中核にあります。博物館における対話型鑑賞は、この批判的思考を引き出しやすい学習環境の一つとされています。

作品や資料を前にして、正解を即座に提示されない状況では、来館者は自ら観察し、意味を読み取り、それを言葉にする必要があります。さらに、他者の異なる解釈に触れることで、自分の考えを相対化し、再検討する機会が生まれます。このような経験を通じて、観察・解釈・評価・根拠づけといった思考が往復し、批判的思考が鍛えられていきます。

こうした対話型の美術館体験が、児童・生徒の批判的思考力を有意に向上させることは、実証研究によっても示されています(Bowen et al., 2014)。創造性は自由な発想だけで成立するものではなく、思考を吟味し、問い直す認知的基盤があってこそ機能します。その意味で、批判的思考はクリエイティビティの前提条件として位置づけることができます。

創造的潜在力 ― 創造性に向かう姿勢

創造的潜在力とは、創造性を結果として捉えるのではなく、発達可能な力として理解する視点に基づく概念です。ここで重視されるのは、優れたアイデアを生み出せるかどうかではなく、考えてみようとする姿勢や、試行錯誤に関わり続けようとする動機づけです。創造性は、一度のひらめきによって発揮されるものではなく、継続的な関与の中で育まれるものだと考えられています。

創造的潜在力を構成する要素としては、アイデアの量に関わる流暢性、発想を切り替える柔軟性、そして活動そのものに向かう内発的な動機づけなどが挙げられます。これらはいずれも、評価や正解を前提としない学習環境の中でこそ伸びやすい特性です。博物館教育におけるワークショップや学校連携プログラムは、こうした環境を比較的整えやすい場として注目されています。

実際に、博物館と学校が連携した教育プログラムが、子どもの創造的潜在力、とりわけ動機づけや発想の広がりを促進することが報告されています(Ponce-Delgado et al., 2024)。創造性を育てるとは、自由にさせることではなく、学びに向かう姿勢を支えることだと捉え直す必要があります。

可能性思考 ― 意味を生み出す実践的思考

可能性思考とは、「これは何か」という問いから、「これは何になりうるか」という問いへと思考を転換するあり方を指します。事実や定義を確認する段階にとどまらず、想像し、試し、判断するプロセスが同時に進行する点に特徴があります。ここでは思考と行為が分離せず、考えながら行動し、行動しながら意味を構成していきます。

博物館においては、実物資料や展示空間が、可能性思考を刺激する重要な要素となります。資料を正しく説明することよりも、見立てや物語化を通じて意味を再構成する経験が重視される場合、来館者は想像力を働かせながら主体的に関与することになります。このような活動では、「もし自分がこの時代にいたら」「もし別の使い方をするとしたら」といった問いが自然に生まれます。

博物館を学習資源として用いた教育活動において、「もし〜だったら」と考える可能性思考が活性化し、子どもの創造的思考が促されることも示されています(Gregoriou, 2019)。可能性思考は、創造性の中でも特に意味生成に近い実践的思考であり、博物館教育の特性を生かすうえで重要な役割を果たしています。

博物館教育における経験と三つの思考の形成

前節で整理した三つの思考は、理論的に区別される概念である一方、博物館教育の現場では、それぞれが切り離されて生じるわけではありません。むしろ、博物館という空間で提供される特有の教育経験の中で、相互に影響し合いながら形成されていくものです。本節では、博物館教育における具体的な体験に着目し、それぞれの思考がどのような経験を通じて育まれているのかを整理します。体験型学習としての博物館教育が、なぜ創造的な学びと結びつきやすいのかを明らかにすることが、本節の目的です。

批判的思考を育てる博物館教育の経験

博物館教育において批判的思考を育てる経験の中心にあるのは、「正解を与えない鑑賞」です。展示室では、資料や作品に対して一つの正しい解釈が提示されるとは限りません。解説が最小限に抑えられたり、あえて問いの形で情報が提示されたりすることで、学習者は自ら観察し、意味を読み取ることを求められます。この状況は、知識を受動的に受け取る学習とは大きく異なります。

対話を中心とした鑑賞では、「何が見えるか」「なぜそう思ったのか」といった問いかけが繰り返されます。学習者は、自分の感じたことを言語化し、その根拠を示す必要があります。また、他者の意見を聞くことで、自分とは異なる視点が存在することに気づき、自らの解釈を相対化する経験をします。このように、観察と解釈、評価と再検討を往復する思考のプロセスが自然に生じます。

このような鑑賞体験が、批判的思考を促進することは実証的にも示されています。正解を提示せずに問いを重ねる鑑賞体験は、学習者に観察と解釈を往復させる思考を促すとされており、博物館教育が批判的思考の形成に寄与することが確認されています(Bowen et al., 2014)。博物館教育における批判的思考は、創造的な学びの出発点として位置づけることができます。

創造的潜在力を育てる博物館教育の経験

創造的潜在力は、学習者が創造的に関わり続けようとする姿勢として捉えられます。この姿勢を育てるうえで重要なのが、評価から一定程度切り離された安全な学習環境です。博物館教育のワークショップでは、成果の良し悪しよりも、過程そのものが重視されることが少なくありません。正解を求められない状況は、学習者にとって失敗への不安を和らげ、試行錯誤に向かう余地を広げます。

試行錯誤を前提とした活動では、学習者は思いついたアイデアを試し、うまくいかなければ修正するという過程を繰り返します。このとき重要なのは、一度きりの体験で終わらせず、関与が継続することです。博物館と学校が連携した教育プログラムや、複数回にわたるワークショップは、学習者が自らの発想を深め、変化させていく機会を提供します。

創造性は単発の体験ではなく、継続的な学習環境の中で育まれる可能性が高いことが指摘されています(Ponce-Delgado et al., 2024)。博物館教育が創造的潜在力を育てる場となるためには、学習者が関わり続けられる構造を持つことが重要であり、体験の連続性が創造性の基盤を支えていると考えられます。

可能性思考を育てる博物館教育の経験

可能性思考を育てる博物館教育の経験として特徴的なのは、実物資料を「正しく理解する対象」としてではなく、「意味を生み出す素材」として扱う点にあります。資料を見立てたり、別の用途や文脈を想像したりする活動では、「これは何か」という問いよりも、「これは何になりうるか」という問いが中心になります。この問いの転換が、可能性思考を活性化させます。

また、物語化や役割取得を伴う活動は、学習者を展示の外側から内側へと引き込みます。歴史上の人物や職人になりきる、あるいは資料の持ち主の視点で考えるといった経験は、想像と行為を結びつけます。さらに、博物館という日常とは異なる空間に身を置くことで、学習者は時間や場所の感覚を一時的に切り離し、没入的な学びを経験します。

実物資料と物語的活動を組み合わせた博物館教育は、子どもが意味を再構成する思考を引き出すことが示されています(Gregoriou, 2019)。可能性思考は、こうした没入的な体験を通じて育まれ、創造性の中でも特に意味生成に関わる重要な要素として機能します。

以上のように、博物館教育における体験は、それぞれ異なる側面から三つの思考を支えています。正解を与えない対話、評価に縛られない試行錯誤、そして想像を許容する没入体験が組み合わさることで、クリエイティビティは具体的な学習経験として立ち上がっていきます。

三つの思考を統合した博物館教育としてのクリエイティビティ

ここまで見てきた批判的思考、創造的潜在力、可能性思考は、それぞれ独立した能力や代替可能な概念ではありません。いずれか一つがあれば創造性が成立するわけではなく、三つの思考が相互に補完し合うことで、はじめてクリエイティビティとして機能します。批判的思考は物事を問い直すための認知的基盤を提供し、創造的潜在力は学習に関わり続けようとする姿勢を支え、可能性思考は新たな意味や解釈を具体的に構成する役割を担っています。

これらの思考は、直線的な発達段階として並ぶのではなく、学習の過程の中で行き来しながら働きます。問い直すことで発想が広がり、試行錯誤を重ねる中で新たな可能性が見いだされ、そこで生まれた解釈が再び吟味されるといった循環が生じます。この循環こそが、博物館教育における創造的な学びの中核だと言えます。

博物館教育には、この三つの思考を同時に立ち上げやすい特性があります。正解を一つに定めない展示や対話、評価から距離を取った活動、実物資料と空間を活用した没入的な体験が組み合わさることで、学習者は自然に三つの思考を行き来することになります。博物館教育におけるクリエイティビティとは、こうした思考の統合が経験として実現している状態を指すものとして理解することができます。

博物館教育への示唆

以上の整理から、博物館教育において創造性を育てるとは、学習者を自由に放任することではないことが分かります。創造的な学びは、何の枠組みもない状況から自動的に生まれるものではなく、問いが生じ、試行錯誤が許容され、意味を構成できる経験が丁寧に設計されてはじめて成立します。創造性は、教育的配慮の欠如ではなく、むしろ高度な設計によって支えられるものです。

この点で、博物館における教育普及活動は、単なる知識伝達やイベント運営ではなく、経験設計の専門領域として位置づけられます。どのような問いを提示するのか、どの程度まで解釈の余地を残すのか、学習者が安心して試行錯誤できる環境が整っているかといった判断は、博物館教育の質を左右する重要な要素です。三つの思考のどれを強調するのかによって、プログラムや展示の設計も変わってきます。

また、博物館教育は学校教育と同じ役割を担うものではありません。評価や到達目標が明確に設定される学校教育に対し、博物館教育は異なる学びの型を提供することで補完的な役割を果たします。正解に収束しない問いや、意味を生成する体験を通じて、学習者に別の学びの可能性を示すことが、博物館教育の独自性であり意義だと考えられます。

まとめ

本稿では、博物館教育におけるクリエイティビティを、才能や成果物ではなく、学習として捉え直しました。クリエイティビティとは、問い直し、関わり続け、意味を構成する思考と行為のプロセスであり、その背景には批判的思考、創造的潜在力、可能性思考という三つの思考が存在します。

博物館教育は、正解を与えない対話、評価に縛られない試行錯誤、想像を許容する没入的な体験を通じて、これら三つの思考を統合的に育てる場となり得ます。こうした経験が重なり合うことで、創造性は抽象的な理念ではなく、具体的な学習経験として立ち上がります。

今後の博物館教育には、知識の伝達にとどまらず、思考がどのように形成され、統合されていくのかを意識した教育設計が求められます。クリエイティビティを支える経験をいかにデザインするかが、これからの博物館教育の方向性を左右する重要な課題となるでしょう。

参考文献

Bowen, D. H., Greene, J. P., & Kisida, B. (2014). Learning to think critically: A visual art experiment. Educational Researcher, 43(1), 37–44.

Ponce-Delgado, A., Pocevičiene, R., & Rubira-García, R. (2024). Developing creative potential in school children through museums as cultural institutions. Education Sciences, 14, 261.

Gregoriou, M. (2019). Creative thinking features and museum interactivity. Thinking Skills and Creativity, 32, 51–65.

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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