郷土資料館の役割とは何か ― 協働・持続可能性・教育から再定義する

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はじめに ― 郷土資料館はなぜ問い直されるのか

郷土資料館の役割とは何か。この問いは一見すると自明のように思われます。郷土資料館とは、地域の歴史資料や民俗資料を収集し、保存し、展示する施設であるという理解が一般的だからです。古文書や農具、写真、生活道具などが整然と並び、地域の歩みを静かに物語る空間。それが郷土資料館の典型的なイメージでしょう。この理解は決して誤りではありません。しかし、それだけで郷土資料館の意義を説明しきることはできるのでしょうか。

今日、日本各地の地域社会は人口減少や高齢化、産業構造の変化といった大きな転換点に直面しています。かつて地域の生活を支えていた産業は縮小し、若年層の流出が進み、地域文化の担い手も減少しています。このような状況のなかで、地域博物館の意義は単なる「保存」機能にとどまらないものとして問われ始めています。資料を守ることは重要ですが、それだけでは地域社会の活力や文化の持続可能性を支えることは難しいのではないかという問題意識が広がっているのです。

こうした動向と並行して、博物館研究の分野では「エンゲージメント」という概念が注目を集めてきました。エンゲージメントは、来館者を単なる展示の受け手としてではなく、博物館活動に関与する主体として捉え直す視点を含んでいます。歴史的住宅博物館を対象とした研究では、来館者を「受動的な消費者」から「能動的な参加者」へと転換させることが、博物館の社会的意義を高める鍵であると論じられています(Stroja, 2018)。

さらに、エンゲージメントは一過性のイベントではなく、継続的で相互的な関係の構築を意味すると定義されています(Stroja, 2018)。この定義に立てば、博物館の評価は来館者数や収益といった短期的指標だけでは測れません。地域との関係をどのように築き、どのように持続させているのかという観点が重要になります。

この視点を郷土資料館に当てはめるとき、問いはより鮮明になります。郷土資料館は、地域資料を保存する施設なのでしょうか。それとも、地域社会の人びとが歴史を語り合い、共有し、関係を結び直すための装置なのでしょうか。本稿では、郷土資料館の役割を「保存」という従来の枠組みから一歩進め、コミュニティ博物館としての可能性に着目しながら再検討していきます。人口減少社会における地域博物館の意義を、協働・持続可能性・教育という観点から問い直すことが、本稿の目的です。

郷土資料館は「保存施設」なのか

資料保存という基礎機能

郷土資料館 保存の機能は、地域博物館のもっとも基礎的な役割です。地域資料 管理の拠点として、資料の収集・保存・整理を行い、適切な環境のもとで後世へと引き継ぐことは、博物館 収集保存の根幹にあたります。古文書や写真、農具、生活用具、産業資料などは、地域社会の歴史的経験を具体的に物語る一次資料です。これらは一度失われれば二度と回復することができません。その不可逆性こそが、保存機能の重要性を裏づけています。

とりわけ郷土資料館が扱う資料の多くは、地域の日常生活や小規模な産業活動、家族や共同体の記憶に関わるものです。国家的に著名な文化財とは異なり、個々の資料は小さく、目立たない存在かもしれません。しかし、それらは地域社会の営みを支えてきた具体的証拠であり、地域記憶のアーカイブとしての価値を持ちます。資料を収集し、体系的に整理し、保存環境を整えることは、地域の歴史を物理的に支える基盤づくりにほかなりません。

この意味において、郷土資料館は地域の「記憶装置」として機能しています。収蔵庫は単なる保管空間ではなく、地域の経験と物語を蓄積する場所です。保存機能が確立していなければ、その後の展示や教育、研究も成立しません。したがって、郷土資料館の役割を考える際、収集保存という基礎機能を軽視することはできません。

保存だけでは十分ではない

しかし、郷土資料館の意義を保存機能のみに限定することは、今日の社会状況に照らして十分とはいえません。展示室に資料を並べ、来館者がそれを鑑賞するという構図は、来館者を「受動的な存在」として想定するモデルに立脚しています。この展示中心主義の前提では、資料は語りかける対象であり、来館者はそれを受け取る側にとどまります。

歴史的住宅博物館を対象とした研究では、こうした静的な展示モデルからの転換が求められていると指摘されています。来館者を「受動的な消費者」から「能動的な参加者」へと位置づけ直すことで、博物館は地域社会との関係を再構築できると論じられています(Stroja, 2018)。さらに、参加を通じて形成される関係は一過性のものではなく、相互的かつ継続的な関係へと発展しうるとされています(Stroja, 2018)。

この議論を郷土資料館に引き寄せれば、展示を見るだけの場ではなく、地域住民が歴史の語り手として関与する場へと再編する可能性が見えてきます。保存された資料は、単に過去を示す物証ではなく、人びとの経験や記憶を呼び起こし、対話を生み出す媒介となりえます。そうであるならば、保存は郷土資料館の最終目的ではなく、むしろ出発点にすぎません。資料を守ることは不可欠ですが、それは地域社会との関係を築き、歴史を共有するための基盤づくりなのです。

郷土資料館は保存施設であると同時に、保存を起点として新たな関係を生み出す装置である。この視点に立つとき、保存は目的ではなく、地域社会とともに歴史を生き直すための出発点であると再定義することができます。

歴史を「共に構築する場」としての郷土資料館

参加型モデルの理論的背景

コミュニティ・エンゲージメントという概念は、近年の博物館研究において重要な理論軸となっています。従来の博物館は、専門家が知識を構築し、それを展示という形式で来館者に提示する構造をとってきました。しかしこの構図では、地域社会は知識の受け手にとどまり、博物館は一方向的に語る存在となります。これに対して、住民参加 博物館という発想は、地域社会を歴史の共同制作者として位置づけ直します。

community-driven engagement と呼ばれる参加型モデルでは、博物館の活動を地域主導型のプロセスとして再設計することが重視されます。ここで重要なのは、完成した展示物や成果物だけではなく、そこに至る過程そのものがエンゲージメントを形成するという視点です。歴史的住宅博物館を対象とした研究では、オーラルヒストリーを含む研究プロジェクトが、来館者や地域住民との関係を構築する契機となりうると指摘されています(Stroja, 2018)。研究活動自体が地域との対話の場となり、相互的な関係を生み出す装置として機能するのです。

この理論的枠組みに立てば、博物館の価値は展示空間の中だけで完結しません。調査、聞き取り、資料整理、記録作成といった一連のプロセスが、地域社会との継続的な関係を育む基盤となります。つまり、博物館は「成果を見せる場所」である以前に、「関係をつくる過程」を内包した組織であると捉え直されます。ここに、保存機能中心の博物館像とは異なる、新たな役割が見えてきます。

郷土資料館に応用する

この参加型モデルを郷土資料館に応用すると、オーラルヒストリーや住民寄贈、展示共同制作といった実践が重要な意味を持ちます。たとえば、地域の高齢者から生活体験や産業の記憶を聞き取るオーラルヒストリーは、単なる情報収集ではありません。語りの場を設けること自体が、地域の歴史を再確認し、共有する機会になります。語り手は展示の対象ではなく、歴史の主体として位置づけられます。

また、住民寄贈による資料収集は、郷土資料館と地域社会の関係を具体的に可視化します。家に眠っていた写真や道具が展示されることで、個人の記憶は地域の記憶へと拡張されます。さらに、展示共同制作の取り組みでは、住民が展示構成や解説文の作成に関わることで、専門家だけでは捉えきれない視点が反映されます。このようなプロセスは、展示内容の充実にとどまらず、郷土資料館と地域社会のあいだに相互的な関係を築きます。

ここで明確になるのは、郷土資料館が単に過去を保存する施設ではなく、歴史を「生成する場」であるという点です。保存された資料は、住民の語りや経験と結びつくことで、新たな意味を獲得します。理論的に示されてきたコミュニティ・エンゲージメントの枠組みは、郷土資料館の実践において具体的な形をとりうるのです。保存を出発点としながらも、住民参加を通じて歴史を共に構築する空間へと転換すること。それこそが、今日の郷土資料館に求められる役割の一つであるといえるでしょう。

地域アイデンティティと文化的持続可能性

国家ナラティブと地域史

地域アイデンティティは、地域の歴史や生活文化がどのように語られ、共有されるかによって形成されます。しかし、その語られ方は必ずしも対等ではありません。国家レベルで構築される歴史叙述は、政治的・教育的な意図を伴いながら整理されるため、中央の歴史と地域史のあいだにはしばしば非対称性が生じます。国民統合や観光振興の観点から強調される歴史がある一方で、地域に根ざした生活史や周縁的な経験は、可視化されにくい傾向にあります。

実際、国家カリキュラムにおいて特定の歴史が中心的に扱われる一方で、地域固有の文化や周縁化された集団の歴史が十分に取り上げられていない事例が指摘されています。ベリーズの事例では、国家教育課程が古代文明に重点を置く一方で、クレオール系住民の歴史や文化は十分に扱われていないことが論じられています(Harrison-Buck & Clarke-Vivier, 2020)。このような状況は、国家ナラティブのもとで地域史が相対的に軽視される構造を示しています。

郷土資料館は、こうした非対称性を補完する役割を担う可能性を持ちます。中央の歴史叙述では十分に語られない地域の産業史、移住の歴史、災害の記憶、生活文化の変遷などを可視化することで、地域社会は自らの歩みを再確認することができます。地域文化 継承の基盤は、こうした具体的な歴史の共有によって支えられます。郷土資料館は、国家ナラティブの外側に位置する歴史を丁寧に掬い上げ、地域アイデンティティの形成を支える装置として機能しうるのです。

文化的持続可能性の担い手

文化的持続可能性とは、単に文化財を保存することではなく、地域文化が世代を超えて継承され、活力を保ち続ける状態を指します。community museum と呼ばれる実践では、地域社会が主体となって歴史や文化を語り、展示し、教育活動に結びつけることで、文化的活力を強化することが重視されています。Harrison-Buck & Clarke-Vivier(2020)は、地域に根ざした博物館が文化的持続可能性を促進し、地域社会の自己理解と誇りを高める役割を果たすと論じています。

郷土資料館もまた、この文脈で再評価することができます。資料を収蔵し展示することは重要ですが、それは目的そのものではありません。地域住民が展示制作や調査活動に関わり、学校教育と連携しながら歴史を学び直すプロセスこそが、文化的持続可能性を支える基盤となります。展示を通じて地域の物語が語られ、子どもたちがそれを学び、自らの生活と結びつけて理解することで、地域文化は「過去の遺産」ではなく「現在進行形の資源」として位置づけられます。

この観点からすれば、郷土資料館は単に過去を保存する施設ではありません。むしろ、地域文化が将来にわたって生き続けるための仕組みを担う存在です。地域アイデンティティを可視化し、世代間の対話を促し、地域文化 継承の基盤を整えること。それは、文化の持続可能性を支える公共装置としての役割にほかなりません。郷土資料館は、過去を守るだけでなく、地域文化の未来を支える存在として再定義される必要があるのです。

教育拠点としての郷土資料館

カリキュラムとの接続

郷土資料館 教育の役割を考える際、重要なのは学校教育との関係です。地域学習 博物館という観点から見れば、郷土資料館は教室外の学習空間として位置づけることができます。小学校における地域学習や社会科、中学校の歴史分野、高校の探究活動において、地域の具体的資料に触れる機会は決して多くありません。教科書は全国的な標準に基づいて編纂されるため、地域固有の歴史や文化が十分に扱われないことも少なくないからです。

そのため、郷土資料館は学校教育との補完関係を築くことが求められます。国家カリキュラムを補強する展示設計を行い、地域史を具体的な資料とともに提示することで、抽象的な歴史理解を具体化することが可能になります。ベリーズの地域博物館の事例では、展示内容を社会科カリキュラムと連動させ、学校教育を補完する設計が行われていることが報告されています(Harrison-Buck & Clarke-Vivier, 2020)。このような実践は、博物館と学校連携を制度的に位置づける上で重要な示唆を与えます。

郷土資料館がカリキュラムと接続することで、児童・生徒は地域の歴史を自分たちの生活と結びつけて理解することができます。地域の産業史や生活文化の変遷を、実物資料や具体的事例を通して学ぶことは、単なる知識の習得を超えた学習体験を生み出します。博物館と学校連携は、地域社会全体で子どもたちの学びを支える仕組みづくりでもあるのです。

物質資料による体験学習

郷土資料館が教育拠点として機能するもう一つの理由は、物質資料を通じた体験学習にあります。object-based learning と呼ばれる学習方法は、実物資料を観察し、触れ、考察することを通して理解を深めるアプローチです。資料は単なる情報の媒体ではなく、思考を促す触媒として作用します。たとえば、農具や生活道具を前にしたとき、子どもたちはその用途や背景にある生活様式を想像し、自ら問いを立てることができます。

展示空間での物質資料は、記憶の喚起機能も持ちます。地域の高齢者にとっては、かつての生活を思い起こす契機となり、若い世代にとっては過去の生活世界を具体的に想像する手がかりとなります。ベリーズの地域博物館では、展示された歴史資料が住民の語りを引き出し、世代間の対話を生み出したことが報告されています(Harrison-Buck & Clarke-Vivier, 2020)。このような事例は、物質資料が単なる展示物にとどまらず、記憶と経験を結びつける媒介であることを示しています。

郷土資料館 教育の意義は、知識伝達に限定されません。資料を通じて問いを立て、語り合い、地域の歴史を自分ごととして理解する過程こそが重要です。地域学習 博物館としての郷土資料館は、学校教育を補完しながら、体験的かつ対話的な学習を可能にする公共空間です。そこでは、過去の資料が現在の学びと結びつき、未来へとつながる教育の基盤が形成されます。

協働型運営とコミュニティ・ハブ機能

単発イベントではない関係性

協働型博物館という視点に立つとき、重要になるのは関係性の持続です。コミュニティ博物館 運営においては、講演会や特別展といった単発イベントの実施だけでは十分ではありません。地域との関係は、継続的エンゲージメントを通して育まれるものだからです。歴史的住宅博物館の研究では、エンゲージメントは一時的な参加ではなく、相互的かつ長期的な関係の構築であると定義されています(Stroja, 2018)。この定義に照らせば、イベントの成功回数や参加人数だけでは、協働の質を測ることはできません。

郷土資料館が地域社会と継続的な関係を築くためには、日常的な対話と協力の仕組みが必要です。調査研究への協力、資料の整理や保存活動への参加、展示更新に向けた意見交換など、さまざまな局面で住民が関与できる機会を設けることが求められます。関係はプロジェクト終了とともに解消されるものではなく、時間をかけて深化していくものです。こうした関係の蓄積こそが、協働型博物館としての基盤を形成します。

郷土資料館は地域社会の交点

郷土資料館は、地域ハブとしての機能を持ちうる存在です。寄贈を通じて地域の個人や家庭とつながり、ボランティア活動を通じて世代や立場の異なる人びとが協働し、展示制作を通じて地域の物語が共有されます。これらの活動は、それぞれ独立したものではなく、郷土資料館という場を媒介として交差します。

たとえば、住民が自宅に保管していた写真や生活道具を寄贈することで、個人の記憶は公共の記憶へと転換されます。ボランティアは展示解説や資料整理に関わりながら、自らの地域理解を深めると同時に、他者とのつながりを築きます。展示制作に住民が参加することで、専門家だけでは見落としがちな視点が反映され、より多層的な地域史が提示されます。

このように、郷土資料館は単なる施設ではなく、地域社会の交点として機能します。人びとが集い、語り、協働することで、地域の歴史と現在が結びつきます。協働型博物館としての郷土資料館は、資料を保存する場所であると同時に、地域の関係を編み直す装置でもあります。その意味で、郷土資料館は地域ハブとしての役割を担いながら、地域社会の持続可能性を支える基盤となりうるのです。

郷土資料館の再定義

以上の議論を踏まえると、郷土資料館は従来の枠組みを超えて再定義する必要があります。第一に、郷土資料館は地域資料の保存拠点です。収集・整理・保存という基礎機能は、地域の歴史を物理的に支える土台であり、すべての活動の出発点となります。

第二に、郷土資料館は歴史生成の場です。住民参加やオーラルヒストリーを通じて、地域社会は自らの歴史を語り直し、共有し、再構築します。保存された資料は、語りと結びつくことで新たな意味を獲得します。

第三に、郷土資料館は文化的持続可能性の担い手です。地域アイデンティティを可視化し、世代間の対話を促すことで、地域文化の継承を支えます。過去を保存するだけでなく、文化が未来へと生き続けるための基盤を整えます。

第四に、郷土資料館は教育基盤です。学校教育と連携し、物質資料を通じた体験的学習を可能にすることで、地域学習を具体化します。地域の歴史は教科書の外で現実の空間と結びつきます。

第五に、郷土資料館は協働のハブです。寄贈、ボランティア、展示制作といった活動を通じて、人びとが交差し、関係を編み直す場となります。

郷土資料館は過去を陳列する施設ではありません。保存を出発点としながら、歴史を共に構築し、文化の持続可能性を支え、学びと協働を生み出す公共空間です。その役割を理解するとき、郷土資料館は地域社会の未来に関わる存在として位置づけ直されます。

参考文献

Harrison-Buck, E., & Clarke-Vivier, S. (2020). Making space for heritage: Collaboration, sustainability, and education in a Creole community archaeology museum in northern Belize. Heritage, 3, 412–435.

Stroja, J. (2018). My history, your history, our history: Developing meaningful community engagement within historic sites and museums. Queensland Review, 25(2), 300–321.

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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