なぜ日本の個人向けアートレンタルは広がらなかったのか?海外で残る3つの事業モデル

目次

相次いだアートレンタルは、なぜ目立たなくなったのか

2010年代後半以降、日本では月額料金を支払うことでアート作品を借りられるサービスが相次いで登場しました。「所有から利用へ」という消費行動の変化や、「アートをもっと身近にする」という考え方を背景に、オンラインで作品を選び、自宅まで配送してもらえる仕組みが注目を集めました。高額な作品を購入しなくても、生活空間に本物のアートを取り入れられる点は、従来の美術市場への入口を広げる試みでもありました。

しかし現在の状況を見ると、個人向けレンタルを継続するサービスがある一方で、事業を終了した例や、法人向けサービス、作品販売、海外展開などへ重点を移した例も見られます。ただし、日本のアートレンタル市場全体について、契約者数や売上高の推移を継続的に示す統計は限られています。そのため、市場全体が衰退した、あるいは事業モデルそのものが失敗したと単純に結論づけることはできません。

個人宅を対象とした定額レンタルが、独立した大規模市場として定着したことを示す公開データは限られています。では、音楽や映像では広く定着した定額利用が、なぜアート作品では大きな市場になりにくかったのでしょうか。本記事では個別企業の成否を判定するのではなく、作品を所有する意味、借りる際の負担、事業を支える費用構造に注目し、個人向け月額モデルが抱える課題を検討します。

日本のアートレンタル市場で何が起きたのか

1.個人向け月額サービスが相次いで登場した

日本では2010年代後半以降、ウェブサイト上で作品を選び、月額料金を支払って一定期間借りる個人向けサービスが相次いで登場しました。作品を自宅まで配送し、一定期間ごとに交換できる仕組みに加え、破損時の補償や、気に入った作品を購入できる制度を設ける例も見られました。高額な作品を最初から購入する必要がなく、専門知識がなくても作品を選べることから、価格面と選択面の障壁を下げるサービスとして紹介されてきました。

2.現在の事業は3つの方向に分かれている

その後の状況は、すべての事業が同じ方向へ進んだわけではありません。公式サイトや事業者による発表などから確認できる範囲では、現在の展開はおおむね次の3類型に整理できます。

類型主な状況
終了・清算貸出サービスを終了した、または運営法人が清算されたもの
個人向けレンタル継続月額制などによる個人宅向けの作品貸出を続けているもの
複合型への展開法人契約、作品販売、ギャラリー運営、海外販売などを組み合わせるもの

この整理から分かるのは、サービスを継続している事業者であっても、個人向けレンタルだけを収益源としているとは限らないことです。作品の販売、オフィスや店舗への設置、展覧会やギャラリーの運営などを組み合わせ、複数の接点から作品と利用者を結ぶ事業へ展開している例があります。

3.レンタルの消滅ではなく、複合型への移行と考える

一方で、市場全体の契約者数や売上高を継続的に把握できる公開統計は限られています。そのため、日本市場が一律に縮小した、個人向け事業がすべて採算を確保できなかった、あるいは日本人には需要がなかったと断定することはできません。確認できるのは、当初注目された個人向け月額レンタルを単独で提供する形だけでなく、販売や法人契約などを組み合わせる事業が見られることです。日本のアートレンタルは消滅したというより、貸出を入口として複数の収益や利用方法につなげる複合型へ移行したと捉える方が、実態に近いと考えられます。

アートは「所有しなくてもよい商品」なのか

1.アートの所有には利用以外の意味がある

音楽や映像の定額配信サービスが広く利用されるようになったことで、「アートも所有せずに借りればよい」という考え方は自然に受け入れられやすくなりました。しかし、アート作品は、単に「いつでも鑑賞できる状態」を確保するだけの商品ではありません。

作品を所有することには、自分の好みや価値観を表現すること、特定の作家を支援すること、家族や生活の記憶と作品を結び付けること、長期間同じ作品と向き合うことで理解を深めること、自分だけのコレクションを形成することなど、利用権だけでは説明できない多様な意味があります。作品は日々の生活の風景に溶け込み、時間の経過とともに生活史の一部となっていくこともあります。

現代美術への関わり方を比較した研究では、作品の収集と展覧会鑑賞が、それぞれ異なる欲求や価値認識に支えられていることが示されています(Chen, 2009)。こうした視点から考えると、作品を所有する意味は、鑑賞機会を増やすことだけではないと理解できます。アートを所有する背景については、アートを集める行為が持つ文化的・個人的な意味でも詳しく紹介しています。

2.所有と鑑賞は単純な代替関係ではない

このことは、「作品を鑑賞できれば所有しなくてもよい」「購入できない人はレンタルを選ぶ」という単純な関係が必ずしも成り立たないことも意味しています。展覧会で作品を見ることと、自宅で作品を所有することは、どちらもアートとの関わり方ですが、満たしている価値は同じではありません。

展覧会では、多様な作品を比較しながら短時間で鑑賞できます。一方、所有した作品は、季節や暮らしの変化とともに見え方が変わり、長期間の鑑賞を通じて新たな発見が生まれることがあります。現代美術の収集と展覧会鑑賞が異なる価値を持つという研究結果も、この違いを理解するための参考になります(Chen, 2009)。ただし、この研究は作品レンタルそのものを調査したものではなく、レンタル市場へ直接適用できることを示したものではありません。

3.レンタル独自の価値を説明できていたか

こうした特徴を踏まえると、アートレンタルを「購入できない人の代替手段」と説明するだけでは、その魅力を十分に伝えられない可能性があります。むしろ重要なのは、借りることでしか得られない経験をどのように提供できるかです。

例えば、実際の部屋に作品を飾って相性を確かめること、複数の作品を一定期間ごとに比較しながら自分の好みを見つけること、購入前に生活空間で試用すること、専門家から作品や作家について提案を受けることなどは、レンタルだからこそ提供できる価値と考えられます。

アートレンタルが広がるためには、「作品を買わなくてよい」という経済的な利点だけではなく、借りることで新しい作品との出会いや理解を深められるという、レンタルならではの体験価値を明確に示すことが重要だと考えられます。

個人向け月額モデルが抱える3つの構造問題

問題1 作品の価値とレンタルの価値が一致しにくい

個人向けアートレンタルが直面し得る最初の課題は、作品そのものが持つ価値と、月額レンタルというサービスが提供する価値が必ずしも一致しないことです。

レンタルサービスでは、一定期間ごとに作品を交換できることが魅力として紹介されることが少なくありません。しかし、すべての利用者が頻繁な交換を望んでいるとは限りません。気に入った作品を長く飾り、その作品との関係を深めたいと考える人にとっては、定期交換は必ずしも利点にはなりません。反対に、短期間で多くの作品に触れたい人であれば、美術館の展覧会やギャラリーを巡る方が、より多様な作品を効率的に鑑賞できる場合もあります。

現代美術への関わり方を比較した研究では、作品を収集することと展覧会で鑑賞することは、それぞれ異なる欲求や価値認識に支えられていることが示されています(Chen, 2009)。この研究は作品レンタルを対象としたものではありませんが、所有と鑑賞が単純な代替関係ではないことを考える上で参考になります。

もちろん、日本の利用者が長期展示と作品交換のどちらをより重視しているのかを示す公開データは限られています。そのため、「作品交換への需要が弱かったから市場が広がらなかった」と結論づけることはできません。ただし、レンタルサービスが提供する「交換する価値」と、利用者が作品に求める価値が一致しない場面は十分に考えられます。

問題2 「借りるための負担」が発生する

所有しないサービスは、購入費や長期保管の負担を軽減できる一方で、サービスを利用するための新しい作業を生み出します。

アートレンタルでは、例えば次のような作業が発生します。

  • 作品を飾る場所を決める
  • 壁面や作品サイズを確認する
  • 作品を選ぶ
  • 配送日時を調整する
  • 開梱して設置する
  • 汚損や破損に注意しながら展示する
  • 交換時には梱包して返送する

これらは一つひとつは大きな負担ではないかもしれません。しかし、利用者によっては「借りる」ための手間として認識される可能性があります。

アクセス型サービス全般を対象とした研究では、所有しないことによる経済的な利点があっても、利用手続きや管理に伴う負担が利用意欲に影響を与えることが示されています(Hazée et al., 2017)。この研究はアートレンタルを直接対象にしたものではありませんが、「所有しないことは必ずしも負担が少ないことを意味しない」という視点を理解する上で参考になります。

もちろん、これらの作業が日本のアートレンタルにおける解約や事業転換の直接的な原因だったと示す公開資料は確認されていません。ここで整理しているのは、アクセス型サービス一般に共通し得る構造上の特徴を、アートレンタルへ応用して考えたものです。

問題3 作品選定と物理的運用を月額料金だけで支えられるか

さらに、アートレンタルでは作品そのものだけではなく、作品を選び、届け、管理する仕組みもサービスの一部になります。

アートに詳しくない利用者にとって、作品一覧だけを提示されても、「自宅に合うか」「価格差にはどのような意味があるのか」「自分の好みに合うのか」を判断することは容易ではありません。そのため、作品選定の支援は付加的なサービスではなく、レンタルの中心的な価値になり得ます。

オランダのアート貸出事業を対象とした修士研究では、購入前に作品を試用できることや、複数作品を経験しながら好みを形成できること、専門家による助言が作品探索の負担を軽減することが利用者に評価されていました(Mirck, 2020)。この研究は学術誌掲載論文ではなく、限定された事例を扱った修士研究であるため、そのまま日本へ一般化することはできません。しかし、レンタルが単なる貸出ではなく、作品との出会いや学習を支援する仕組みとして設計できる可能性を示しています。

一方で、事業者側には、作家や作品の開拓、作品撮影、情報作成、保管、梱包、配送、検品、補修、利用者への提案など、多くの業務が伴います。これらの費用が国内事業者の経営をどの程度圧迫したのかを直接示す財務資料は限られており、特定の費用を事業転換や終了の原因と断定することはできません。ただし、専門的な作品選定と物理的な運用を、個人向け月額料金だけで持続的に支えられるのかという点は、個人向けアートレンタルを考える上で重要な論点といえるでしょう。

個人向けアートレンタルの難しさは、作品への需要がないことではなく、利用者が感じる価値と、貸出に必要な作業や費用を一致させにくい点にあると考えられます。

海外モデル1 公共・非営利型――貸出を文化政策として支える

作家支援と市民利用を同時に実現する

海外で長く続いているアートレンタルを見ると、必ずしも民間企業が個人向け月額サービスとして運営しているとは限りません。代表例として挙げられるのが、オランダで発展したartotheekやSBKなどの作品貸出制度です。これらは、現代美術を市民の日常へ取り入れることと、現代作家の活動を支えることを同時に目指して発展してきました。

制度では、作品を一定期間貸し出すだけではなく、利用者が気に入った作品を購入できる仕組みを備える場合もありました。貸出は単独のサービスではなく、現代作家の作品取得、作家への収入機会の提供、市民が現代美術に触れる機会の拡大、購入前に作品を生活空間で体験すること、美術を日常生活へ取り入れることなど、複数の目的を持つ文化政策の一部として位置付けられていました。このような制度形成の経緯は、オランダにおける作品貸出制度の発展を整理した研究でも示されています(Belder, 1987)。

また、カナダのCanada Council Art Bankも、公的機関が作品を収集・管理し、貸出を通じて作品活用を進める制度として運営されています。制度の詳細は時期によって変化していますが、公的機関が作品を取得し、その活用を社会へ広げるという考え方が基本になっています。

レンタル料だけで制度を維持しない

公共・非営利型の特徴は、貸出料金だけを制度の目的や収入源としていない点にあります。作品貸出は、作家支援、文化参加の促進、公共施設への作品設置、地域文化の可視化などを実現するための一つの手段として位置付けられています。

そのため、作品取得費や保管費のすべてを個人利用者の月額料金だけで回収する必要はありません。作品を取得する行為そのものが、現代作家への支援や文化政策の実践として意味を持っているからです。一方で、民間スタートアップでは、作品調達、作家との契約、保管、撮影、作品情報の整備、配送、利用者獲得などを事業者自身が負担することになります。この違いは、制度設計そのものの違いであり、単純な経営努力だけでは比較できません。公共支援の考え方については、文化サービスに公的資金を投入する理由でも詳しく解説しています。

日本との違いは在庫形成の負担にある

公共・非営利型と民間の個人向けレンタルを比較すると、大きな違いの一つは作品在庫の考え方にあります。民間事業者では、作品を調達し、保管し、貸し出せる状態を維持すること自体が事業コストになります。一方、公共型では、作品を収集することが文化政策や作家支援の目的を兼ねているため、作品取得そのものが制度の重要な役割になります。

もちろん、このような制度をそのまま日本へ導入できるとは限りません。文化政策の仕組み、財政制度、美術市場の規模、行政の役割は国によって異なるためです。ただし、海外で継続している事例から読み取れるのは、作品貸出を単独のビジネスとして成立させるのではなく、作家支援や文化普及という社会的な目的と組み合わせて制度を設計している点です。公共・非営利型のアートレンタルは、単なる貸出ビジネスではなく、作家支援と文化普及を担う制度として位置付けられていると理解できます。

海外モデル2 法人向け型――作品ではなく空間を提供する

法人が求めるのは貸出作品だけではない

海外で継続している法人向けアートサービスを見ると、提供されているのは作品の貸出だけではありません。例えばTurningArtでは、企業やホテルなどを対象に、作品選定、配送、設置、作品管理、定期的な入れ替えなどを組み合わせたサービスが提供されています。導入先は作品を一時的に使用する権利だけを購入しているのではなく、アートを活用した空間づくり全体を利用していると考えられます。

企業にとってアートは、オフィス環境の改善、来訪者への印象形成、従業員同士の対話のきっかけづくり、企業理念やブランドイメージの表現など、複数の目的で活用されることがあります。また、ホテル、医療施設、商業施設では、利用者の滞在体験を豊かにする空間演出の一部として位置付けられることもあります。こうした企業側の目的については、企業がアートを導入する目的と組織への効果でも詳しく解説しています。

法人向けでは交換に明確な目的がある

個人宅では、気に入った作品を長期間飾り続けることに十分な合理性があります。一方、法人空間では作品を入れ替える理由が比較的明確です。オフィスの移転や改装、季節ごとの演出、展示企画、ブランドイメージの更新など、空間そのものが変化する機会が定期的に生まれるためです。

このような環境では、作品交換はサービスの付加機能ではなく、空間を継続的に運営するための手段になります。利用者が新しい作品を見たいから交換するというよりも、空間全体の目的や役割の変化に合わせて作品を更新するという考え方に近いといえます。そのため、交換という仕組み自体が、個人向けよりも法人向けで価値を持ちやすい場面があります。

複数作品・長期契約にできる

法人向けモデルでは、契約の単位も個人向けとは異なります。一つの契約で複数作品を設置したり、建物や拠点単位で管理したりすることが可能になります。契約期間も比較的長く設定しやすく、作品の選定、設置、管理、定期交換といった業務を含めたサービス全体に対価を設定しやすい特徴があります。

また、配送や設置を複数作品でまとめて行えるため、個々の作品ごとに対応する場合とは異なる運用が可能になります。もちろん、これだけで法人向けの方が収益性に優れるとは断定できません。しかし、作品を一枚ずつ貸し出すサービスではなく、空間全体を対象とした運営サービスとして契約できる点は、個人向けとの大きな違いです。

海外の法人向けモデルから読み取れるのは、貸し出しているのが作品だけではないということです。作品選定から管理、空間演出までを一体として提供することで、アートを用いた空間運営そのものがサービスの中心になっていると理解できます。

海外モデル3 購入前提型――レンタルを試用と学習に変える

自宅に飾ってから購入を決める

アート作品を購入するときの迷いは、価格だけではありません。実際に自宅へ飾ったときに部屋の雰囲気へ合うのか、思っていたサイズ感と違わないか、数か月後や数年後も飽きずに向き合えるのか、家族にも受け入れられるのかなど、購入前には判断しにくい要素が数多くあります。さらに、作品価格の妥当性や、自分の選択に自信を持てるかという心理的な不確実性も存在します。

購入前提型のアートレンタルでは、こうした不確実性を減らすことが重要な目的になります。作品を一定期間、自宅や職場などの生活空間で実際に飾ることで、展示会場では分からなかった見え方や暮らしとの相性を確認できます。レンタルは購入の代替手段ではなく、購入を判断するための試用期間として位置付けられているのです。

作品を借りながら好みを学ぶ

購入前提型では、一つの作品だけを試すだけではなく、複数の作品を比較しながら自分の好みを学ぶことも重視されています。異なる作家や表現を一定期間ごとに経験することで、「どのような作品を生活空間に取り入れたいのか」という感覚を少しずつ整理できる可能性があります。また、専門家による作品提案や解説は、膨大な作品の中から選ぶ負担を軽減する役割も期待されます。

オランダのアート貸出事業者と利用者を対象とした修士研究では、購入前に作品を試用できること、作品を交換しながら好みを形成できること、専門家の助言が作品探索を支援することなどが利用価値として示されています(Mirck, 2020)。この研究は学術誌掲載論文ではなく、限定された事例を扱った修士研究であるため、日本の利用者へそのまま当てはめることはできません。しかし、レンタルを学習や選択支援の仕組みとして設計する考え方を理解する上では参考になります。

レンタルと所有を対立させない

購入前提型では、レンタルと所有を競合する選択肢として捉えません。現行サービスの中には、レンタル料金の一部を購入代金へ充当できる仕組みや、長期間利用した後に購入を選択できる仕組み、複数作品を試してから購入を判断できる仕組みを設けている例があります。また、レンタル期間中に作家や作品の背景を知る機会を提供し、作品への理解を深められるよう工夫している場合もあります。

もちろん、レンタル利用者が最終的に作品を購入するとは限りません。そのままレンタルを続けることや、新しい作品との出会いを楽しむことにも十分な価値があります。重要なのは、借りることと所有することを対立させるのではなく、一つの連続した体験として設計することです。購入前提型では、レンタルは最終商品ではなく、作品との関係を確かめ、購入に伴う不確実性を下げる過程として位置付けられています。

海外で残る3モデルに共通する条件

モデルレンタルと結びつく価値支える基盤
公共・非営利型作家支援、文化普及、市民利用公的・非営利の作品取得や制度運営
法人向け型空間設計、組織価値、顧客体験複数作品、長期契約、設置・管理サービス
購入前提型試用、学習、選択支援作品販売、購入代金への充当

レンタルを単独商品にしていない

これまで見てきた3つのモデルは目的も運営主体も異なりますが、共通している点があります。それは、レンタル料金だけで制度や事業を成立させようとしていないことです。貸出は、作家支援や市民の文化参加、法人空間の改善、作品購入の支援、利用者が自分の好みを形成する機会など、別の価値へつながる仕組みの一部として位置付けられています。

この比較から整理できる共通点は、次の4点です。

  1. レンタル以外の明確な目的がある
  2. 作品選定の専門性がサービスに含まれる
  3. 配送・設置・管理の費用を回収する仕組みがある
  4. 公的支援、法人契約、作品販売など別の基盤がある

もちろん、これらは国内外の制度や事業を比較した本記事の整理であり、この条件を満たせば必ず事業が継続することを示すものではありません。

作品選定の専門性が組み込まれている

3つのモデルでは、作品一覧を提示して利用者自身に選択を任せるだけではなく、空間に応じた作品提案、利用目的の確認、作家や作品に関する情報提供、交換や購入の助言などがサービスへ組み込まれています。つまり、提供されているのは作品そのものだけではなく、「どの作品を、どのような目的で選ぶか」を支援する専門性でもあります。

アートは選択肢が非常に多く、価格だけで比較しにくい商品です。そのため、作品選定を支援すること自体がサービスの価値になっていると考えられます。

物理的運用を支える基盤がある

アートレンタルには、作品の保管、配送、設置、交換、点検、管理といった物理的な運用が欠かせません。海外で継続しているモデルでは、こうした費用を支える基盤があらかじめ組み込まれています。公的・非営利型では制度運営や作品取得への支援、法人向け型では長期契約や設置・管理サービス、購入前提型では作品販売や購入への接続が、それぞれ運営を支える役割を果たしています。さらに、複数作品の一括配送などにより、運用効率を高められる場面もあります。

海外でアートレンタルそのものが成功しているというよりも、レンタルを別の価値や収益基盤と結び付けた仕組みが継続していると捉える方が、実態に近いと考えられます。

日本のアートレンタルを再設計する4つの方向

レンタルを購入前の試用にする

海外事例からは、レンタルを購入の代替として位置付けるよりも、購入を支援する過程として設計する方向が考えられます。例えば、レンタル料金を購入代金へ充当できる仕組みや、一定期間利用した後に購入を選択できる制度、複数作品を比較しながら自分に合う作品を探せる仕組みなどです。さらに、購入相談や購入後の額装・設置まで支援することで、レンタルと所有を競合させるのではなく、一連の体験として提供することができます。

個人宅だけでなく法人空間を対象にする

対象を個人宅だけに限定せず、オフィス、ホテル、病院、高齢者施設、商業施設、モデルルーム、公共施設、教育施設などへ広げることも検討できます。これらの空間では、作品貸出だけではなく、利用目的に応じた作品選定、設置、定期交換、管理を一体的に提供することに価値が生まれる可能性があります。契約単位も作品一枚ではなく、建物や施設全体を対象に設計することで、アートを空間運営の一部として活用しやすくなります。

作品選定をサービスの中心にする

利用者が本当に求めているのは、作品そのものよりも「自分に合う作品を見つけること」かもしれません。そのため、部屋や空間の写真を基にした提案、利用者の好みの記録、作家や作品背景の解説、オンラインまたは対面での相談、長期利用履歴に基づく推薦、利用後の感想を次回の提案へ反映する仕組みなどを充実させることが考えられます。配送そのものではなく、作品選びを支援するプロセスをサービスの中心へ据えることで、レンタルならではの価値を明確にできる可能性があります。

美術館・自治体・大学と作家支援を組み合わせる

公共的な仕組みとの連携も、一つの選択肢です。例えば、地域版アートバンクを整備し、若手作家の作品を取得して地域企業へ設置したり、市民向け貸出制度を設けたりすることが考えられます。芸術大学の卒業生作品を活用することや、美術館の展覧会と貸出制度を連動させ、展覧会で関心を持った作品を生活空間で体験できる仕組みも検討できます。さらに、貸出実績を作家支援や作品購入へ結び付けることで、文化政策と市場形成を接続する余地もあります。

ただし、公的機関が民間事業者の損失を無条件に補填することを前提とすべきではありません。支援を行うのであれば、政策目的、対象者、期待する成果、行政と民間の責任分担を明確にした制度設計が求められます。

海外事例からは、個人向け月額レンタルを単独で提供するよりも、購入支援、法人空間サービス、作家支援などを組み合わせる方が、継続可能な仕組みを検討しやすいことが示唆されます。日本に必要なのは海外モデルをそのまま模倣することではなく、誰を対象とし、どのような価値を提供し、その費用を誰が負担するのかを明確にした上で、アートレンタル全体を再設計することではないでしょうか。

レンタル単独ではなく、作品との関係を提供する

日本の個人向けアートレンタルが大きな市場として定着しにくかった背景は、単純に需要が不足していたからでは説明できません。実際には、サービスを終了した例だけでなく、作品販売や法人向けサービス、海外展開などを組み合わせる形へ事業を発展させた例も見られます。そこには、作品を借りるという仕組みだけでは利用者に十分な価値を伝えにくいという課題があった可能性があります。

アートでは、作品を所有することと、作品へアクセスして鑑賞することが同じ意味を持つとは限りません。また、レンタルには作品選択、配送、設置、管理、交換、返却といった作業が伴います。そのため、単に作品を貸し出すだけではなく、利用者に合った作品を提案し、作家や作品への理解を深める支援を提供して初めて、レンタルならではの価値を示しやすくなります。

海外で継続している仕組みを見ても、貸出だけを独立した商品として提供している例は多くありません。公共・非営利による作家支援や文化普及、法人向けの空間サービス、購入前の試用といった別の目的と結び付くことで、レンタルはより大きな仕組みの一部として機能しています。

アートレンタルの将来を考える上で重要なのは、月額料金や交換回数だけを見直すことではありません。誰が、どのような目的で作品を借り、その過程で作家、作品、利用者、企業、地域の間にどのような関係を築くのかを設計することです。レンタルは最終商品ではなく、多様な主体を結び付け、新たな文化的なつながりを生み出す仕組みとして再設計していくことが求められます。

参考文献

  • Belder, M. (1987). Art lending to private individuals in the Netherlands. Museum, 39(3), 161–165.
  • Canada Council for the Arts. (n.d.). Art Bank. https://canadacouncil.ca/art-bank
  • Chen, Y.-C. (2009). The Collecting Behavior of Art Collectors (Doctoral dissertation). University of Leicester.
  • Hazée, S., Delcourt, C., Van Vaerenbergh, Y., Kabadayi, S., & Armirotto, V. (2017). Burdens of access: Understanding customer barriers and barrier-attenuating practices in access-based services. Journal of Service Theory and Practice, 27(3), 588–605.
  • Mirck, M. (2020). Art Lending in the Netherlands: Exploring Customer Motivations and the Role of Artotheken (Master’s thesis). Erasmus University Rotterdam.
  • SBK Kunstuitleen. (n.d.). Official website. https://www.sbk.nl/
  • TurningArt. (n.d.). Official website. https://www.turningart.com/

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この記事を書いた人

kontaのアバター konta museologist

国立文化施設にて博物館運営・経営に関する業務に携わっています。
博物館経営、文化政策、ミュージアムDX、教育普及を中心に、実務と研究の両面から情報発信を行っています。

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