なぜ世界の企業家はビジネスをアートになぞらえるのか――創造・直感・独自性から考える5つの共通点

会社をつくることは、絵を描くことに似ている――。Virgin Group創業者のRichard Bransonは、会社づくりについてそのような比喩を用いています。また、Alibaba創業者のJack Maも、2015年のEntrepreneurによる現地取材で、AlibabaやTaobaoなどを「works of art」と表現し、自身についてbusinessmanよりartistを選んだと報じられています。どちらも、企業やビジネスを単なる利益獲得の仕組みとしてではなく、何かを生み出す創造的な行為として捉えている点が特徴的です。

もっとも、ビジネスとアートは同じものではありません。企業には顧客、従業員、市場、収益などへの責任があり、芸術表現とは目的も制約も異なります。そのため、「どちらも創造性が大切だから似ている」と説明するだけでは十分ではありません。重要なのは、両者がどのようなプロセスで価値を生み出しているのかを見ることです。

経営におけるアーティスト的な思考については、アーティスト思考はなぜ経営を強くするのか――特徴とビジネス上のメリットを研究から読み解くでも整理しています。本記事ではさらに、Richard BransonとJack Maに加え、Bernard Arnault、François Pinault、Steve Jobsの発言や経験を比較します。ただし、5人全員が「ビジネス=アート」と述べているわけではありません。

それでも事例を並べてみると、まだ存在しないものを想像し、正解のない状態で判断し、試行錯誤を重ねながら、異なる要素を独自の形へまとめていくという共通した特徴が浮かびます。ビジネスとアートには、「まだ存在しない価値を形にする」という共通した構造があるのでしょうか。まずは、会社づくりそのものを「絵を描くこと」にたとえたRichard Bransonの言葉から考えていきます。

目次

会社をつくることは「絵を描くこと」に似ている――Richard Branson

Virgin Group創業者のRichard Bransonは、会社づくりを説明する際に、経営とは一見かけ離れているように見える絵画制作を比喩として使っています。2012年のEntrepreneurによる本人インタビューで、Bransonは新しい事業について語るなかで、“To me, it’s like painting a picture.”――「自分にとって、それは絵を描くようなものだ」と述べています。

重要なのは、この一文だけではありません。Bransonは続けて、よい絵や会社をつくるには、色も細かなニュアンスも正しくなければならないと説明します。そして新しい事業を始める際には、まず優れた人材を集めることを、絵具を投げることになぞらえています。その絵具がキャンバスに付いたところから秩序をつくり始め、最後には一つひとつの細部まで正しく整えなければならない、というのです。

ここで語られているのは、単に「経営には創造性が必要だ」という一般論ではありません。むしろ、会社をつくるプロセスそのものが作品を制作する過程に似ているという捉え方です。構想を持ち、人を集め、実際に動かしてみる。その結果を見ながら全体を整え、必要なら修正し、さらに細部を仕上げていく。Bransonの比喩を整理すれば、「構想→人材→試行錯誤→全体調整→細部」という流れが見えてきます。

これは、経営を「最初に完璧な設計図をつくり、その正解を忠実に実行すること」と考える見方とは少し異なります。もちろん企業には計画や数値管理が必要です。しかし、新しい市場や事業では、最初からすべての答えが分かっているとは限りません。人材を集め、顧客の反応を見て、実際に試すなかで、当初は見えていなかった問題や可能性が現れることもあります。

Bransonの発言から導けるのは、企業づくりには「完成形を実現する」だけでなく、「つくりながら完成形を発見する」側面があるということです。絵画も、最初の構想だけで作品が完成するわけではありません。色を置き、全体を眺め、修正を重ねるなかで、最終的な姿が形づくられていきます。会社づくりにも同じような制作的な局面がある、というのがBransonの比喩から読み取れるポイントです。

では、会社をつくる過程だけでなく、会社そのものを「作品」と考える企業家もいるのでしょうか。次に見るJack Maの発言は、Bransonの比喩をさらに一歩進めたような企業観を示しています。

企業そのものが「作品」になる――Jack Ma

Richard Bransonが会社をつくる「プロセス」を絵画制作になぞらえたのに対して、Alibaba創業者のJack Maは、会社やサービスそのものを作品として表現しています。2015年に米国で開かれたイベントを取材したEntrepreneurの記事によると、Maは「artistかbusinessmanか」と問われ、artistを選びました。さらに、Alibaba、Tmall、Taobao、AliExpressについて、従業員や顧客とともにつくり上げる「works of art」と表現したと報じられています。

なかでも特徴的なのが、“It’s an art, something that nobody can copy.”という発言です。ここでは、アートであることと「誰にもコピーできないもの」であることが結びつけられています。ただし、この発言を確認できる資料はMa本人が公表した公式声明や公式逐語録ではなく、イベントを取材したEntrepreneur記者による同時代の記事です。そのため、発言の意味を必要以上に広げず、報道で確認できる範囲から考える必要があります。

Bransonとの違いを整理すると、両者の視点がより明確になります。Bransonは、人を集め、試行錯誤し、全体を調整して細部を仕上げていく会社づくりの過程を絵画制作にたとえました。それに対してMaは、Alibabaなどの企業やサービスを「works of art」と呼び、生み出されたもの自体を作品になぞらえています。ビジネスとアートを結びつけながらも、注目している対象は異なります。

では、企業が「誰にもコピーできない」とは何を意味するのでしょうか。製品の機能やビジネスモデルだけを見れば、競合企業が似た仕組みを導入することは可能です。しかし企業は、一つの機能だけで成立しているわけではありません。人材、組織文化、顧客との関係、技術、ブランドなど、多数の要素が長い時間をかけて組み合わされています。その組み合わせまで含めれば、ある企業を別の企業がそのまま再現することは容易ではありません。

これはMa本人が「企業の独自性は人材・文化・顧客・技術・ブランドの組み合わせから生まれる」と説明したという意味ではありません。あくまで「works of art」や「nobody can copy」という表現から導ける一つの分析です。また、すべての企業が芸術作品であると一般化することもできません。

それでもMaの発言は、企業を単なる効率的な仕組みとしてではなく、複数の要素が組み合わされ、他者がそのまま複製できない独自の創造物として捉える企業観として読むことができます。では、そのような独自性を生み出す創造性を、企業組織はどこまで管理できるのでしょうか。次にBernard Arnaultの事例から、創造性とマネジメントの関係を考えます。

創造性は管理しすぎると失われる――Bernard Arnault

Richard BransonやJack Maが、会社づくりや企業そのものをアートになぞらえていたのに対して、LVMHのBernard Arnaultは少し異なる角度から、企業と創造性の関係を語っています。2001年のHarvard Business Reviewによる本人インタビューでは、アーティストやデザイナーのようなクリエイティブな人材を、一般的な管理手法だけで統制しようとすることの難しさが語られています。

そこで示されているのは、ルールや方針、顧客データなどを用いて創造的人材を細かく管理しすぎれば、その才能を損なう可能性があるという考えです。LVMHでは、アーティストやデザイナーが自由に発想できる余地を重視していると説明されています。これは、創造的な活動には、事前の計画だけでは完全に予測できない部分が含まれることを示しています。

もちろん、ここから「管理は創造性の敵である」と結論づけることはできません。企業には、生産量や品質を安定させ、商品を流通させ、販売し、財務を管理する必要があります。どれほど優れたアイデアであっても、製品として適切に生産できなければ事業にはなりません。また、品質や安全性、収益性を無視して、創作者の自由だけを優先することも企業経営としては現実的ではありません。

したがって、ここで重要になるのは、「自由か管理か」のどちらかを選ぶことではなく、両者をどのように共存させるかという問題です。創作の初期段階では、予定調和に陥らない自由や試行錯誤の余地を残しつつ、そこから生まれたものを商品やサービスとして成立させる段階では、品質、生産、販売、財務といった別の管理が必要になります。創造と管理は対立するだけでなく、異なる役割を担っていると考える方が適切です。

企業とアートの関係は、作品を社内に飾ることだけではありません。アートとの接点が組織の思考や価値創造にどのように関わり得るかについては、企業はなぜアートと協働するのかでも整理しています。Arnaultの事例は、こうした議論をさらに企業内部のマネジメントへ引き寄せて考える材料になります。

なお、Arnault自身が「ビジネスはアートである」と述べているわけではありません。BransonやJack Maとは異なり、この事例から読み取れるのは、創造的な人材を組織の中でどのように扱うかという問題です。創造的な活動には、あらかじめ成果や方法を完全には決められない側面があります。その予測不能性をすべて排除してしまえば、新しいものが生まれる余地まで狭める可能性があります。

その意味で、創造的な企業とは、すべてを管理可能にする企業というより、創造のために一定の自由や予測不能性を残しながら、それを事業として成立させる仕組みを持つ企業だと考えられます。では、そもそも正解が一つに定まらない状況で、経営者やコレクターは何を手がかりに判断するのでしょうか。次にFrançois Pinaultの発言から、合理性と感情の位置づけを考えます。

アートでは「感情」が判断材料になる――François Pinault

François Pinaultの事例は、これまで見てきたRichard BransonやJack Maとは少し性格が異なります。Pinaultは「ビジネスとアートは同じだ」と語っているわけではありません。むしろ、2009年のThe Art Newspaperによる本人インタビューでは、起業とアート収集を比較しながら、両者における判断のあり方の違いを語っています。

Pinaultは、起業家の人生にはリスクがつきまとうという趣旨を述べています。その一方で、アートについてはemotion、つまり感情が重要であるのに対し、ビジネスでは感情は疑わしいものとして扱われやすいと対比しています。さらに、アートコレクターは自分自身で決定できる自由を持つのに対して、企業経営者は株主や組織などとの関係のなかで意思決定しなければならないという違いにも触れています。

ここで注意したいのは、Pinaultが「アートと起業の共通点はリスクテイクである」と述べているわけではないことです。リスク、感情、意思決定の自由という論点はインタビューの中で関連して語られていますが、それらを一つの共通原理としてまとめるのは記事側の解釈になってしまいます。Pinaultの発言から直接確認できるのは、むしろアートとビジネスでは、感情や自由が判断のなかで占める位置が異なるという点です。

この違いは、ビジネスに感情が不要だという意味でもありません。企業経営では売上、費用、利益率、市場規模などの数値が重要な判断材料になります。しかし、新規事業を始めるか、どのデザインを採用するか、どのようなブランド像を構築するか、誰を重要な役割に登用するかといった場面では、数値を集めても一つの正解が自動的に導かれるとは限りません。複数の可能性から何を選ぶかという判断が残ります。

その意味で、Pinaultの発言は「直感で経営すればよい」という主張の根拠にはなりません。むしろ、合理的な分析だけでは決着しない状況があるとき、判断にはどのような要素が入り込むのかを考えるきっかけになります。曖昧な対象を観察し、複数の解釈を比較しながら判断する経験とビジネスとの関係については、美術鑑賞はなぜビジネスマンの能力開発に有効なのかでも詳しく扱っています。

ただし、ここから「アートを鑑賞すれば経営判断が優れる」「感情を重視すれば業績が上がる」といった因果関係を導くことはできません。Pinaultのインタビューは、あくまで一人の企業家・コレクターが、自身の経験をもとにアートとビジネスの違いを語った資料です。

それでも、この対比には重要な示唆があります。ビジネスとアートが同じなのではなく、両者を比べることで、合理性、感情、意思決定の自由がそれぞれどのような役割を持つのかが見えやすくなります。そして企業経営にも、データを十分に検討したうえでなお、最後には「どれを選ぶのか」を決めなければならない場面があります。ビジネスとアートの接点は、感情を合理性の代わりにすることではなく、正解が一つに定まらない状況で判断するという点から考えることができます。

技術だけでは革新的なものは生まれない――Steve Jobs

Steve Jobsの事例は、Richard BransonやJack Maとは区別して考える必要があります。Jobsがここで「ビジネスはアートである」と述べたわけではありません。重要なのは、一見するとビジネスやコンピュータとは関係のない経験が、後になって新しい製品の価値へ結びついたことです。その経緯は、2005年のStanford University卒業式スピーチでJobs自身が詳しく語っています。

JobsはReed Collegeを退学した後も、興味を持ったカリグラフィーの授業に参加しました。そこで学んだのが、serifとsans-serifの書体の違い、文字の組み合わせに応じて間隔を調整すること、そして優れたタイポグラフィーを成立させる要素でした。Jobsは、そこには科学では捉えきれない美しさや芸術性があり、強く引きつけられたと振り返っています。

しかし、その時点では、この経験が将来何の役に立つのかは分かりませんでした。Jobs自身、当時の人生にとって実用的な意味があるようには見えなかったと説明しています。ところが約10年後、最初のMacintoshを設計していたとき、カリグラフィーの授業で学んだことがよみがえります。そして、その知識をMacに取り込み、Macintoshは美しいタイポグラフィーを備えたコンピュータになったと語っています。

この事例が興味深いのは、技術的な知識だけを積み重ねた結果としてMacintoshの特徴が生まれたわけではない点です。コンピュータ技術とは別の場所で得た、文字、美しさ、配置への感覚が、後になって製品設計と結びついています。Jobsとカリグラフィーの関係については、スティーブ・ジョブズはなぜ創造的だったのか――カリグラフィーとアート教育が生んだデザイン思考で詳しく整理しています。

ただし、この一例から「カリグラフィーを学べば創造性が高まる」と一般化することはできません。また、Jobsの経験を、芸術教育がビジネス上の成功をもたらすという因果関係の証拠として扱うことも適切ではありません。確認できるのは、Jobs自身がカリグラフィーの経験とMacintoshのタイポグラフィーとのつながりを、後から振り返って明確に説明していることです。

ここから先は、この事例をもとにした分析です。創造とは、何もないところから完全に新しいものを生み出すことだけではありません。すでに存在する知識や経験を、それまでになかった関係で結び直すことも、新しい価値を生み出す方法の一つと考えられます。Jobsの事例では、技術、人文学、美的判断という異なる領域が、一つの製品のなかで結びつきました。

ここまで見てきた5人の事例は、それぞれ異なる角度からビジネスと創造の関係を示しています。制作しながら完成形を発見すること、模倣しにくい独自性をつくること、予測不能性を残すこと、正解のない状況で判断すること、そして異なる領域を結びつけることです。次に、この5つを比較し、なぜビジネスとアートが結びつけて語られるのかを整理します。

5人に共通するのは「創造性」だけではない

ここまで見てきた5人は、同じことを語っているわけではありません。Richard Bransonは会社づくりを絵画制作になぞらえ、Jack Maは企業やサービスそのものを「works of art」と表現しました。Bernard Arnaultは創造的人材に一定の自由を与える重要性を語り、François Pinaultはアートではemotionが重要である一方、ビジネスでは感情が疑われやすいと対比しました。Steve Jobsは、カリグラフィーの経験が後のコンピュータ設計に結びついたことを振り返っています。

人物資料から確認できる考え記事で抽出する論点
Richard Branson会社づくりを絵画制作にたとえる制作プロセス
Jack Ma企業・サービスをworks of artと表現独自性
Bernard Arnault創造的人材の自由を重視予測不能性
François Pinaultアートではemotionが重要とビジネスと対比正解のない判断
Steve Jobsカリグラフィーの経験を技術へ結びつける異分野の統合

この比較から重要なのは、「5人はビジネスとアートに共通する理論を提唱している」と考えないことです。以下の5分類は、5人の発言や経験を比較したこの記事独自の分析枠組みです。5人の発言や経験を比較すると、ビジネスとアートを結びつける議論から、少なくとも次の5つの論点を抽出できます。

1.まだ存在していないものを想像する

第一は、既存の選択肢から正解を選ぶだけではなく、新しい可能性そのものを構想することです。Bransonの会社づくりも、Jack Maが作品になぞらえた企業も、最初から完成した形が市場に存在していたわけではありません。創造の出発点には、「まだないものをどう形にするか」という問いがあります。

2.完成形が分からない状態からつくり始める

第二は、最終的な姿を完全に予測できないまま制作を進めることです。Bransonの絵画の比喩が示すように、人を集め、動かし、結果を見ながら全体を整えていく過程では、途中で新しい問題や可能性が見つかります。これは、決められた設計図を忠実に実行することとは異なる創造のあり方です。

3.数字だけでは決められない局面を判断する

第三は、データや論理を重視しても、それだけでは唯一の答えが得られない局面があることです。Pinaultの発言は、アートとビジネスにおける感情の位置づけの違いを示しています。企業経営でも、数値を十分に検討したあとに、複数の可能性から一つを選ばなければならない場面があります。ここで必要なのは数字を捨てることではなく、数字が答えを決めきれない領域が存在すると認識することです。

4.試行錯誤と予測不能性を許容する

第四は、創造過程のすべてを事前に管理しようとしないことです。Arnaultの事例からは、創造的人材を通常の管理だけで統制することの難しさが見えてきます。成果や方法をあらかじめ完全に固定すれば効率は高められても、予想外の発見が生まれる余地まで小さくなる可能性があります。創造には、一定の自由と修正可能性が必要です。

5.複数の要素を独自の価値へ統合する

第五は、異なる要素を一つの価値へまとめることです。Jobsの事例では、コンピュータ技術とカリグラフィーという離れた経験が結びつきました。企業ではさらに、人材、技術、顧客、美意識、組織文化、ブランドなど、多くの要素が組み合わされます。新しさは必ずしも個々の要素にあるのではなく、それらをどのような関係で統合するかから生まれる場合があります。

こうして比較すると、5人の事例に見られるのは単純な「創造性の重要性」だけではありません。構想、制作、判断、試行錯誤、統合という複数の局面を通じて、まだ存在しない価値を形にしていく構造が見えてきます。ただし、これらは5人の事例を比較して導いた分析であり、世界的企業家の発言だけからビジネス一般の法則が証明されるわけではありません。

そして、ここには次の重要な問いが残ります。こうした共通点があるとしても、利益や組織的責任を伴うビジネスと、芸術制作をそのまま同一視してよいのでしょうか。次節では、この比較の限界をあえて検討します。

それでも「ビジネス=アート」とは言い切れない

ここまでの事例を見ると、ビジネスとアートには確かに似た側面があります。しかし、それだけで両者を同じものとして扱うことはできません。企業経営には、顧客への価値提供、従業員の雇用、株主や出資者への説明、法令順守、財務管理、市場環境への対応など、複数の制約があります。アーティストが作品について最終的に自ら判断できる場面と、経営者が組織や社会との関係のなかで意思決定する場面では、自由の範囲が異なります。

François Pinaultの発言は、この違いを考えるうえで重要です。Pinaultはアートではemotionが重要である一方、ビジネスでは感情が疑わしいものとして扱われやすいと対比していました。これは、ビジネスとアートが同じ判断原理で動いているという主張ではありません。むしろ、両者では合理性、感情、責任、自由の位置づけが異なることを示しています。

Steve Jobsの事例についても同様です。Jobsはカリグラフィーの経験がMacintoshのタイポグラフィーへ結びついたことを語っていますが、「ビジネスはアートである」と述べたわけではありません。Jobsの経験から読み取れるのは、異なる領域の知識や感覚が新しい製品価値へ結びつく可能性です。BransonとJack Maは、ビジネスや企業をアートになぞらえたより直接的な事例ですが、この2人の発言だけから、ビジネス一般に普遍的な法則があると結論づけることもできません。

そもそも、世界的企業家の発言は学術的な因果関係を証明するデータではありません。彼らが成功したからといって、その経営観がすべての企業に当てはまるわけでもありません。ここで扱った事例の価値は、ビジネスの価値創造をどのように捉えることができるかを考える材料になるところにあります。

したがって、ここまでの議論は「ビジネスそのものがアートである」とまとめるより、ビジネスの価値創造には芸術制作とよく似た局面が存在すると整理する方が適切です。完成形が見えない状態から始めること、試行錯誤すること、数値だけでは決められない局面で判断すること、異なる要素を独自の形へ統合すること。こうした局面では、企業経営と芸術制作のあいだに構造的な類似を見いだすことができます。

博物館経営にも「管理と創造」の緊張関係がある

この問題は、一般企業だけに限られません。博物館にも、財務、人事、契約、施設運営、評価など、合理的かつ継続的に管理しなければならない領域があります。一方で、展示、研究、教育、解釈、デザインでは、最初から成果を完全に予測できない創造的な判断も必要になります。効率や標準化だけを優先すれば、展示や教育の新しい可能性を狭めることがありますが、創造性だけを優先して管理を軽視すれば、組織として持続できません。

その意味で、「管理と創造をどう共存させるか」という問いは、企業経営と博物館経営の双方に存在します。ただし、両者を同一視することはできません。博物館には、収益だけでは測れない公共性や文化的使命があり、資料の保存、研究、教育、文化へのアクセスといった固有の目的があります。そのため、企業の創造性論をそのまま博物館へ移植するのではなく、それぞれの使命や責任の違いを踏まえる必要があります。

さらに、博物館や美術館そのものが、経営や教育における新しい学びの場となり得るかという問いもあります。アートを通じて曖昧な状況を考え、多様な解釈に触れ、正解のない問いに向き合う学びについては、博物館は“学びの再創造”の場になれるか?――アート・ベースド・ラーニングが拓く経営と教育の新地平でも検討しています。

ビジネスとアートは同じではありません。しかし、その違いを認めたうえで比較することで、価値を生み出すとは何か、創造性を組織のなかでどう扱うべきかという問いが見えやすくなります。最後に、5人の事例から何を結論として残せるのかを整理します。

優れたビジネスは「正解を実行すること」ではなく「まだない価値をつくること」

Richard Bransonは会社をつくるプロセスを絵画制作になぞらえ、Jack Maは企業やサービスそのものを「works of art」と表現しました。Bernard Arnaultの事例からは、創造性を組織のなかで生かすためには、管理と自由のあいだに緊張関係があることが見えてきます。François Pinaultはむしろ、アートとビジネスでは感情の位置づけが異なることを示し、Steve Jobsの経験からは、技術とカリグラフィーのような異なる領域を結びつけることで新しい価値が生まれる可能性が読み取れます。

もちろん、5人が同じ経営思想を共有しているわけではありません。また、世界的企業家の発言や経験だけから、ビジネス一般について因果関係や普遍的な法則を証明することもできません。それでも比較してみると、まだ存在しないものを想像し、正解のない状態で判断し、試行錯誤しながら、異なる要素を独自の価値へ統合していくという共通する論点が浮かび上がります。

世界的企業家がビジネスをアートになぞらえる理由は、利益を生むことと芸術表現が同じだからではありません。より正確には、ビジネスの価値創造にも、芸術制作と同じように、完成形があらかじめ決まっていないものを形にしていく局面があるからだと考えられます。したがって、「ビジネスそのものがアートである」と断定するより、ビジネスにはアートと共通する創造のプロセスが存在すると捉える方が適切です。

そして、この問題は博物館にも無関係ではありません。博物館もまた、財務や人事などの管理と、展示や研究、教育などの創造が交差する組織です。正解を実行するだけでなく、まだない価値をどう生み出すかという問いは、企業だけでなく博物館経営にも共通しています。

参考文献

  • Ankeny, J. (2012, June 19). Richard Branson on building an empire. Entrepreneur.
  • Brooks, R. (2009, September 30). Interview with collector François Pinault: “With art, emotion is vital, while in business it is generally considered suspect”. The Art Newspaper.
  • Jobs, S. (2005). Stanford University commencement address. Stanford University.
  • Klich, T. B. (2015, June 13). Why Alibaba’s Jack Ma sees himself as an ‘artist,’ and maybe you should, too. Entrepreneur.
  • Wetlaufer, S. (2001). The perfect paradox of star brands: An interview with Bernard Arnault of LVMH. Harvard Business Review, 79(9).

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この記事を書いた人

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国立文化施設にて博物館運営・経営に関する業務に携わっています。
博物館経営、文化政策、ミュージアムDX、教育普及を中心に、実務と研究の両面から情報発信を行っています。

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