展示史を学ぶ意味 ― なぜ展示の変遷を知る必要があるのか
博物館において展示は、来館者が最も直接的に接する機能であり、「博物館の顔」ともいえる存在です。収蔵や教育、研究などの活動が舞台裏で行われる一方、展示はそれらの成果を可視化し、社会と接続するための窓口として機能しています。つまり、展示を理解することは博物館の本質を理解することにつながります。
展示とは、単なる資料の陳列方法ではなく、そこに込められた思想や価値観を反映する空間です。例えば、19世紀の展示空間には啓蒙主義的な学知の秩序が、20世紀のモダニズム展示には美術の自律性や合理性への信仰が見出されます。21世紀には、脱植民地主義の視点や参加型の展示が登場し、展示空間が持つ社会的・政治的意味が再び問われています。こうした変遷は、展示が時代ごとのイデオロギーや社会構造の影響を受けながら形成されてきたことを示しています(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
展示空間は、単に「見せる」ための舞台ではなく、「語る」装置でもあります。展示の構成や導線、照明、テキストやグラフィックなどの演出は、知識や歴史、文化をどのように解釈し伝えるかという問いと密接に結びついています。視覚教育としての展示の役割を考えるとき、それは単なる装飾的な手法ではなく、博物館が社会に働きかける教育的・倫理的実践でもあるのです。
だからこそ、展示の「歴史」を学ぶことには重要な意義があります。展示の形式や思想は時代ごとに大きく異なり、現在の展示実践を理解するためには、その変遷の背後にある社会的・制度的文脈を知る必要があります。近年では、過去の展示を批判的に再構成する「展示更新」や「リフレーミング」の試みも広がっており、展示史の知見が展示の未来を構想する基盤にもなっています(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
展示の歴史をたどることは、博物館のあり方そのものの変化を読み解く作業でもあります。展示の変遷を知ることで、博物館が時代ごとに担ってきた役割、反映してきた価値観、そして社会に果たす責任について、より深い理解が可能になるのです。
19世紀の博物館展示 ― 分類と啓蒙を目的とした静的な展示形式
19世紀は、博物館が近代国家の制度として確立されはじめた時代でした。各国の王室コレクションが一般市民に公開され、博物館が公共の知を担う文化機関として制度化されていくなかで、展示という営みもまた制度の一部として整備されていきました。展示は単に資料を見せる手段ではなく、「国民教育」や「啓蒙」のための視覚的手法として導入されていったのです(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
この時代の展示に共通する特徴は、「分類」と「秩序化」です。展示空間は、自然・人間・文化を体系的に分類し、それらを階層的に並べることで「知識の全体像」を視覚的に伝える場として設計されました。展示ケースやガラス棚、キャプションなどの導入により、来館者は「静かに観察する」ことで知識を獲得することが求められました。展示は動的な体験というよりも、固定された資料群を論理的に整理し、客観的な真理として提示する「静的展示」として機能していたのです。
このような展示設計は、当時の啓蒙主義的な世界観と深く結びついていました。人間理性によって自然や社会が理解・支配可能であるという前提のもと、博物館は「見ることが知ること」であるという理念を視覚的に実現しようとしたのです。展示空間における整然とした構成は、知識が一貫した秩序をもって存在しているかのような印象を来館者に与えました。
また、19世紀は万国博覧会の時代でもあり、こうした博覧会の展示技術と博物館展示は相互に影響しあっていました。博覧会は、国威発揚や植民地支配の正当化を目的としており、展示空間そのものが「進歩」や「文明」を可視化する場として機能していました。博物館の展示もまた、同様に「文明の階層構造」を提示する装置として機能していた側面があります。展示空間において、ヨーロッパの知と文化は中心に置かれ、非ヨーロッパ的な資料は「他者」として周縁化されたのです。
とりわけ民族誌的展示においては、非西洋文化が「未開」や「過去のもの」として提示され、展示そのものが植民地主義的世界観を再現する場になっていました。資料の選定・分類・配置のあり方に、無意識のうちに当時の帝国主義的価値観が反映されていたことは、今日では批判的に検証されるようになっています(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
このように、19世紀の展示は「分類」「固定」「階層化」といった要素を通じて、近代的知の象徴として機能していました。一見中立に見える展示構成の裏には、社会的・政治的な力学が働いていたことを理解することが重要です。現代における体験型や対話型の展示が強調される今日だからこそ、こうした「静的展示」が博物館の出発点であったことを改めて認識する必要があります。
なお、19世紀の博物館制度そのものの成立過程については、以下の記事でも詳しく解説しています。

20世紀前半の展示空間 ― モダニズムと演出性の融合
20世紀前半、展示空間のあり方は大きな転換を迎えます。19世紀的な分類的・静的展示から、空間全体を通して観覧者にメッセージを届けようとする「演出的な展示」への移行が始まったのです。この背景には、美術・建築を中心としたモダニズムの潮流がありました。合理性や機能美、無装飾性を重視するこの潮流は、展示空間の構成や演出の方法にも大きな影響を与えました(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
モダニズム展示の代表的な特徴として挙げられるのが、「ホワイトキューブ」と呼ばれる展示空間の形式です。壁や天井を白く塗り、床は無色か単色にすることで、展示物そのものに視線が集中するよう設計された空間は、余分な装飾を排した純粋な「見る場」をつくり出しました。照明の配置や展示物の選定、配置においても、訪問者の視線や動線を誘導する意図が明確に現れています。これは単に見せるための展示ではなく、空間全体が一つの構成として「語る」場となる転換点でもありました。
このように、展示の「構成」は視覚的な秩序を保ちつつ、同時に観覧者に心理的な効果を及ぼすよう設計されるようになっていきます。演劇や映画といった分野からの影響も見られ、展示空間がストーリーを持ち、感情や発見を誘発する装置として展開される例も出てきました。展示物そのものよりも、そこに「どう配置するか」「どう見せるか」に焦点が移行したのです。
しかしながら、このようなモダニズム展示は同時にある種の緊張関係も孕んでいました。それは、「教育的展示」と「芸術的展示」の間で生じる目的の差異です。教育を重視する立場からは、あまりにも演出的すぎる展示は本質を曖昧にするという批判があり、逆に芸術的なアプローチを重視する側からは、単なる情報の提示だけでは人々の興味を喚起できないという主張がありました。展示空間は「伝える」場であると同時に、「感じさせる」場へと変化していく過程にあったのです。
この時期は、展示が情報を一方的に提供するだけでなく、来館者が能動的に意味を読み取るような構造へと変わる前段階とも言えます。展示演出や視覚的構成が新たな教育的役割を持つようになったことで、「展示の更新」が加速し始めたのもこの頃です。つまり、展示とは単に資料を並べるのではなく、来館者の視点や感情に働きかける「設計された体験」として再定義されていったのです(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
こうした変化の中で、展示の構成や演出方法を見直す試みが各国の博物館で行われ、後の体験型展示の基盤が形作られていきました。モダニズムの理念は空間構成の合理性と簡潔さをもたらしつつも、その限界も同時に浮かび上がらせました。展示の意図やメッセージが観覧者に正しく伝わるかは、展示構成だけでなく、その文脈や社会的背景に依存していたためです。
20世紀前半の展示空間は、こうした模索のなかで「伝える」展示から「感じさせる」展示へと舵を切り始めた重要な過渡期でした。展示構成や演出性が重視され始めたこの時代の取り組みは、現在の参加型・対話型展示に連なる重要な礎となっています。
体験型展示の台頭 ― 参加・感情・物語の展示(1960〜80年代)
1960〜80年代は、博物館展示の転換期として位置づけられます。それまでの分類的で静的、あるいはモダニズム的に洗練された展示に代わり、観覧者の「体験」や「参加」に重きを置いた展示手法が台頭していきました。この変化は、戦後の社会構造の変化や、民主化・市民参加といった価値観の広がりと深く関係しています。展示が単に知識を伝達するものではなく、来館者が主体的に学び、感じ、語り合う場として捉えられるようになったのです(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
この時代の展示の特徴としてまず挙げられるのは、「感情」に訴える構成の出現です。従来の展示では情報の正確さや構成の論理性が重視されていましたが、体験型展示ではむしろ、物語性や視覚・聴覚を活用した没入的な演出が重視されるようになりました。ストーリーテリングはその代表例であり、来館者が展示空間の中で物語を追体験することにより、感情移入と深い理解を得ることが期待されました。
また、映像や音声、照明といったマルチメディア技術の導入もこの時期に進みました。展示室は「資料を見せる場」から「五感を刺激する場」へと変容し、物理的な空間が来館者の感情や記憶に働きかける「没入型空間」として機能し始めたのです。こうした演出は単なる視覚的体験にとどまらず、展示そのものをひとつの「ドラマ」として構成する試みにもつながっていきました。
とりわけ科学館や子ども博物館においては、参加型展示が積極的に導入されました。押す・回す・聞く・触るといったインタラクティブな要素を通じて、来館者自身が「展示の一部」となり、実際に手を動かして学ぶスタイルが普及しました。こうした展示手法は、知識の一方的な提供ではなく、「発見」「驚き」「探究」を重視した新たな学習空間を提示したといえます。
また、この時期には展示テーマそのものにも変化が見られました。従来の展示が国家や文明の物語を語るものだったのに対し、1960年代以降の展示はより多様な視点から社会を捉え直そうとする傾向が強まりました。フェミニズム、マイノリティ、障害者、環境問題といったテーマが取り上げられ、これまで展示に登場しなかった「声なき人々」の語りを展示空間に持ち込む試みが広がりました。展示はもはや「正しい知識を伝える」場ではなく、「誰が語るか」「どの視点から見るか」が問われる政治的・倫理的な空間へと変容していったのです。
このような展示手法の拡張は、展示が来館者との「対話」の場であるという意識を強める結果を生みました。一方で、展示が過度に感情的・演出的になりすぎた場合に生じる情報の誤解や、来館者の受動性を助長する危険性など、新たな課題も指摘され始めました。体験型展示は万能ではなく、その意図や構成、参加の設計において慎重なバランスが求められるようになったのです(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
このように1960〜80年代は、博物館展示が観る場から感じる場、さらには参加する場へと進化した時期であり、現代の参加型・対話型展示の原型が築かれた時代と位置づけることができます。
展示の再文脈化とポストコロニアルな視点(21世紀以降)
21世紀に入ると、博物館展示はかつてないほどにその「文脈」が問われるようになります。つまり、展示が「何を伝えるか」だけでなく、「誰の視点で」「どのような背景で」構成されているのかが批判的に検討される時代に入ったのです。こうした動向は「リフレーミング(再文脈化)」として知られ、展示のあり方を根本から問い直す契機となりました(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
特に注目されるのは、博物館が持つ植民地主義的な背景の可視化です。かつて西欧の博物館は、帝国主義的支配のなかで非西洋地域から収集した品々を展示することによって、自らの文化的優越性を誇示してきました。そのような展示構成は、暗黙のうちに一方的な語りの権利を行使し、他者の文化や歴史を“標本化”してきたとされます。現代ではその構造自体が問題視され、展示の視点や文脈を根本から見直す必要があるとされています。
このような批判を背景に、博物館界では「収蔵品返還(レストゥィチューション)」をめぐる動きが加速しています。略奪や植民地支配のもとで持ち出された品々を元のコミュニティに返すという試みは、展示の倫理性と政治性を同時に浮き彫りにします。また、それに伴い「誰が語るのか」という問いが強まり、展示の主体が専門家だけでなく、当事者やコミュニティと共有される方向へと進んでいます。
こうした流れの中で、展示の共創(co-curation)が注目されています。展示内容の決定において地域住民や当事者を巻き込み、ともに企画・構成を行うことで、多声的かつ共感的な展示が実現されるようになりました。この方法は、展示を権威的な語りから解放し、来館者との対話を重視するものです。同時に、キュレーターの役割も「展示する人」から「調整し、ともに考える人」へと変化しつつあります。
ただし、こうした展示の再文脈化には常にジレンマが伴います。過去の暴力や差別、記憶の対立といった繊細な問題を展示で取り上げることは、時に論争や批判を招きます。表現の自由と社会的配慮のバランスをいかに保つか、展示空間における沈黙と語りの間にどのような倫理を見出すかは、現在の博物館にとって極めて重要な課題です。
展示が「中立的な空間」ではなく、政治的・歴史的・倫理的立場を内包するものである以上、それをどう扱うかが問われ続けます。再文脈化は過去の展示を否定する行為ではなく、むしろその意味を掘り下げ、現代の視点から再構成するための方法論なのです。そこでは来館者も単なる観覧者ではなく、展示が発する問いに応答し、自らの立場や理解を再考する「対話の相手」として位置づけられています。
このように、21世紀の展示は単に「見せる」ことから、「ともに考える」場へと変容を遂げています。リフレーミングという視点を持つことは、博物館における展示を未来に向けて開く重要な鍵となっています。
おわりに ― 展示史をふまえた未来の展示づくりへ
博物館の展示は、時代ごとの社会的要請や価値観を映し出す鏡のような存在です。19世紀の分類展示から始まり、モダニズム的な空間演出、感情や物語を重視した体験型展示、そしてポストコロニアルな視点を取り入れた再文脈化まで、その変遷は決して直線的ではなく、多様な価値観の交錯と葛藤の中で発展してきました(Guy, Williams, & Wintle, 2024)。
展示の歴史を学ぶ意義は、過去の手法をなぞることにあるのではなく、展示がどのように「意味づけられてきたか」を知ることで、現在そして未来の展示に新たな視座を与える点にあります。特定の形式やデザインが流行した背景には、それぞれの時代が抱えた社会的課題や来館者との関係性が存在しており、それを理解することは、今後の展示設計の多様な選択肢をひらくことにもつながります。
現在の博物館展示は、静的な構成と体験型の演出、権威的な語りと共創的な視点といった、かつて対立していた概念が混在し、展示に求められる役割は一層複雑化しています。キュレーターは単なる解説者ではなく、複数の視点を調整しながら展示空間を構築する「協働のファシリテーター」としての役割を担うようになってきました。
未来の展示に求められるのは、これまでの手法を「超えていく」ことではなく、それらを文脈に応じて適切に「再構成する」力です。展示の更新とは、過去を否定して革新することではなく、むしろ過去の知見と向き合いながら、現在の問いに応答する柔軟なデザインを追求する営みなのです。来館者との対話や参加、共感、倫理性を重視した設計は、今後の展示づくりにおいて避けて通れない要素となるでしょう。
展示の歴史をふまえることは、単なる知識の蓄積ではなく、未来に向けた想像力の土台を築くことに他なりません。展示とは、資料を並べることではなく、人と資料と社会を結ぶ関係性を創造する行為です。だからこそ、私たちは歴史の中で育まれてきた展示の知恵を受け継ぎながら、新たな問いをともに考える場としての博物館展示を築いていく必要があります。

参考文献
- Guy, K., Williams, H., & Wintle, C. (Eds.). (2024). Histories of exhibition design in the museum: Makers, process, and practice. Routledge.