なぜアートは付加価値を生むのか ― ブランド・価格・体験価値を高める仕組み

目次

はじめに

近年、ハイブランドのプロモーション、国際的なイベント、さらには都市開発や再開発の現場においても、アートが積極的に活用される場面が増えています。アーティストとの協業、アートイベントの開催、公共空間への作品設置など、分野を越えて「アートを組み込むこと」が一つの常套手段になりつつある状況です。

こうした動きを目にすると、多くの場合「おしゃれだから」「イメージが良くなるから」といった説明が与えられます。しかし、それだけで説明するには、アートが果たしている役割はあまりにも大きいように感じられます。実際には、アートを導入することで、価格が受け入れられやすくなり、体験が記憶に残り、他との差別化が一瞬で成立しているケースが少なくありません。単なる装飾や雰囲気づくりとして片付けるには、効果が持続的かつ構造的すぎるのです。

そこで本記事では、次の問いを立てます。
なぜアートは、モノや体験の価値をここまで高めることができるのでしょうか。

この問いに対して、本記事では感覚的な印象論や事例紹介にとどまらず、マーケティングやブランド研究の分野で蓄積されてきた研究成果を手がかりに、その仕組みを整理していきます。アートが意味を付加し、価格や価値を正当化し、記憶に残る体験や差別化、さらには社会的評価までも引き寄せる理由は、すでに複数の査読研究によって理論的・実証的に示されています。

アートは「なぜ価値があるのか」を説明する存在であると同時に、「価値とは何か」を私たちに問い返す存在でもあります。本記事では、そうしたアートの機能を構造的に捉え直すことで、アートが付加価値を生むメカニズムを明らかにしていきます。

アートは意味を付加する

アートが付加価値を生む理由を考えるうえで、まず押さえておくべきなのは、アートが単なる視覚的装飾ではなく、それ自体が意味を帯びた存在であるという点です。ハイブランドやイベント、都市空間にアートが組み込まれるとき、そこで起きているのは「雰囲気が良くなる」というレベルの変化ではありません。アートは、対象となるモノや体験に対して、文化的・象徴的な意味を上乗せする役割を果たしています。

アートはそれ自体が「意味を帯びた存在」である

視覚芸術は、私たちの社会において長い時間をかけて価値づけられてきました。その結果、絵画や彫刻といったアート作品は、「洗練されている」「文化的である」「高級である」といった意味を、個々の好みを超えて広く共有された形で帯びています。この意味は、作品の内容を詳しく理解しているかどうかにかかわらず、アートとして認識された瞬間に立ち上がるものです。

Hagtvedt & Patrick(2008)は、こうしたアートの意味が、アートそのものにとどまらず、隣接する対象へと波及することを示しています。つまり、アートと結びついた製品や体験は、その機能や性能とは別に、アートがもつ文化的意味や象徴性を共有するものとして知覚されるようになります(Hagtvedt & Patrick, 2008)。この点において、アートは意味を「説明する」存在ではなく、意味を「前提として付与する」存在だといえます。

アート浸透効果(Art Infusion)とは何か

アートが意味を付加するメカニズムを、実証的に示したのが、いわゆるアート浸透効果(Art Infusion)です。Hagtvedt & Patrick(2008)は、視覚芸術が製品と結びつくことで、製品の性能や実質的な内容に関係なく、その評価が高まる現象を確認しました。

この研究で重要なのは、評価の上昇が「美しい絵だから」「好みの作風だから」といった個人的嗜好によるものではない点です。評価が高まる理由は、アートがもつ意味そのものが、製品へと転移することにあります。アートは、洗練や文化性といった肯定的な意味をすでに内包しており、それが製品や体験に浸透することで、対象全体の価値判断が引き上げられるのです(Hagtvedt & Patrick, 2008)。

このように、アートはモノや体験に対して新たな情報を付け加えるのではなく、意味の次元で価値を再定義する役割を果たしています。アートが付加価値を生む出発点は、まさにこの「意味の付加」にあるといえるでしょう。

アートは記憶に残る体験をつくる

アートが付加価値を生む理由は、意味や価格の正当化にとどまりません。もう一つ重要なのは、アートが関与することで、体験そのものが記憶に残るものへと変化する点です。単に「楽しかった」「面白かった」という一時的な満足ではなく、時間が経っても思い出され、語られる体験が生み出されるところに、アートの体験価値の特徴があります。

アートが生み出す感情的価値

Koronaki et al.(2018)は、アートを用いた取り組みが、消費者に対して強い感情的価値(emotional value)を生み出すことを実証しています。ここでいう感情的価値とは、楽しさや心地よさ、高揚感といった、体験を通じて喚起されるポジティブな感情を指します。

重要なのは、この感情的価値が、製品の機能性や利便性といった要素とは独立した次元の価値である点です。アートを取り入れた展示やイベント、空間演出は、実用的な情報提供を超えて、人の感情に直接働きかけます。その結果、体験は単なる消費行動ではなく、個人の内面に残る意味ある時間として知覚されるようになります(Koronaki et al., 2018)。

体験は「出来事」ではなく「記憶」として残る

Koronaki et al.(2018)が示しているもう一つの重要な点は、感情的価値がその場限りの満足に終わらず、持続的な関係性へとつながっていくプロセスです。分析の結果、アートを通じて生まれた感情的価値は、ブランドに対する愛着を高めることが確認されています。

この愛着は、さらにロイヤルティを媒介して、ブランドや組織との継続的な関係を形成します。つまり、アートを通じた体験は、「参加した出来事」として消えていくのではなく、「印象に残る記憶」として蓄積され、その後の態度や行動に影響を与え続けるのです(Koronaki et al., 2018)。

このように、アートが生み出す体験価値の本質は、瞬間的な満足ではなく、感情を通じて記憶に刻まれる点にあります。アートは、体験を消費されるものから、関係性を育てる記憶へと変換する装置として機能しているといえるでしょう。

アートは差別化を一瞬で実現する

市場が成熟し、製品やサービスの品質が一定水準に達すると、機能や性能による差別化は次第に難しくなります。そのような状況において、アートは短時間で直感的に「違い」を伝える手段として機能します。アートがもつ視覚的・象徴的な力は、比較や説明を経ることなく、対象を他と異なる存在として位置づけることを可能にします。

「アートとして認識される」こと自体が差になる

Hagtvedt & Patrick(2008)は、視覚芸術が評価に与える影響を検証する中で、非常に示唆的な結果を示しています。彼らの実験では、写真と同じ内容を描いた画像であっても、それが「アート作品」として提示される場合と、単なる写真として提示される場合とで、対象への評価が有意に異なりました。

この結果が示しているのは、評価の差が内容の違いによって生じているのではない、という点です。人々は、対象を細かく吟味する前に、「これはアートである」というカテゴリー認識にもとづいて判断を下しています。つまり、アートとして認識されること自体が、視覚的かつ象徴的な差別化として機能しているのです(Hagtvedt & Patrick, 2008)。

このような差別化は、説明を必要とせず、瞬時に成立します。アートは、他と違う理由を語らなくても、「違う」と感じさせる力を持っているといえるでしょう。

なぜアート戦略は模倣されにくいのか

アートを用いた差別化が強力である理由は、その効果が一時的な演出にとどまらない点にもあります。Chailan(2018)は、ラグジュアリーブランドとアートの関係を分析する中で、アート戦略が模倣困難な競争優位になり得ることを指摘しています。

アートとの関係は、単発のコラボレーションや表層的な表現によって成立するものではありません。長期的な関与、文化的文脈の理解、アーティストや芸術機関との関係性といった蓄積が不可欠です。このような蓄積は短期間で再現できるものではなく、その結果として、アートを通じた差別化は容易に模倣されにくくなります(Chailan, 2018)。

アートは、視覚的に一瞬で違いを生み出すと同時に、文化資源としての深みを通じて、持続的な差別化を支えます。ここに、アートがブランド戦略や体験設計において重要な役割を果たす理由があります。

アートは社会的評価を借りられる

アートが付加価値を生むもう一つの重要な理由は、アートがすでに社会的評価の体系の中に組み込まれている存在である点にあります。アートはゼロから価値を説明される対象ではなく、評価される前提があらかじめ社会に共有されています。そのため、アートと結びつくこと自体が、モノや体験に対して強い正統性を付与する働きを持ちます。

アートは評価制度の中に組み込まれている

アートは、美術館、ギャラリー、批評、学術研究といった複数の制度によって、長い時間をかけて評価されてきました。こうした制度は、作品の価値を単に個人の好みに委ねるのではなく、社会的に共有された基準のもとで位置づける役割を果たしています。

Hagtvedt & Patrick(2008)は、視覚芸術が他の感覚刺激とは異なり、常に正の価値を帯びた刺激として機能する点を指摘しています。香りや音楽といった要素は、好みが分かれる可能性がありますが、アートは「文化的で価値のあるもの」として認識される確率が極めて高い存在です。この特性こそが、アートを評価装置として成立させている要因だといえます。

その結果、アートが関与するだけで、対象は美術館や批評といった評価制度の文脈に引き寄せられ、文化的に位置づけられるようになります。

評価装置を「外部化」するという発想

Chailan(2018)は、ブランドがアートと結びつく戦略を、単なるイメージ向上策としてではなく、正統性を外部から獲得する仕組みとして捉えています。企業やブランドが自ら「価値がある」と主張する代わりに、すでに社会的評価を獲得しているアートと関係を結ぶことで、その正統性を間接的に取り込むことが可能になります。

この構造では、価値の根拠は企業の内部ではなく、社会に共有された文化的枠組みに置かれます。そのため、評価は押し付けがましくならず、自然な形で受け入れられやすくなります。Koronaki et al.(2018)が示すように、アートを用いた取り組みは感情的価値を通じて、信頼や好意的態度の形成にも寄与します。

このように、アートは自ら評価基準を構築する負担を軽減し、社会にすでに存在する評価装置を借りることを可能にします。アートを活用することは、価値を声高に主張する行為ではなく、評価の文脈そのものに身を置く戦略だといえるでしょう。

まとめ

本記事では、アートが付加価値を生む理由について、「意味」「価格」「記憶」「差別化」「社会的評価」という五つの観点から整理してきました。これらはそれぞれ独立した効果のように見えますが、実際には相互に結びつきながら、モノや体験の価値を総合的に引き上げています。

アートは、対象に文化的な意味を付加し、その意味が価値判断の前提として作用します。その結果、価格は合理的に説明される対象ではなく、正当なものとして受け入れられやすくなります。また、アートが関与する体験は感情的価値を伴うため、単なる出来事として消費されるのではなく、記憶として蓄積され、継続的な関係性を生み出します。さらに、アートは視覚的・象徴的に差別化を一瞬で成立させると同時に、社会にすでに存在する評価制度と結びつくことで、正統性や信頼を外部から取り込む役割を果たします。

このように見ていくと、アートは決して装飾的な付加要素ではありません。アートは、意味を生成し、価値を正統化し、人と組織の関係性を支える社会的装置として機能しています。だからこそ、ハイブランドやイベント、都市開発といった分野において、アートの活用が一過性の流行にとどまらず、構造的に定着しているのです。

この構造は、そのまま博物館や美術館の存在意義にも接続できます。博物館・美術館は、作品を保存・展示する場であるだけでなく、社会の中で意味を生成し、価値を評価し、共有する中核的な装置です。アートが付加価値を生む仕組みを理解することは、博物館や美術館がなぜ社会から支えられるのかを考えるための重要な手がかりになるでしょう。

参考文献

Hagtvedt, H., & Patrick, V. M. (2008). Art infusion: The influence of visual art on the perception and evaluation of consumer products. Journal of Marketing Research, 45(3), 379–389.

Chailan, C. (2018). Art as a means to recreate luxury brands’ rarity and value. Journal of Business Research, 85, 414–423.

Koronaki, E., Kyrousi, A. G., & Panigyrakis, G. G. (2018). The emotional value of arts-based initiatives: Strengthening the luxury brand–consumer relationship. Journal of Business Research, 85, 406–413.

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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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