博物館の新しい役割は本当に新しいのか― 歴史的に繰り返されてきた「再編」という視点から ―

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博物館の「新しい役割」はなぜ注目されているのか

近年、博物館をめぐる議論では、「参加」「共創」「社会課題への関与」「信頼」といった言葉が頻繁に使われるようになっています。展示を見るだけの場所ではなく、来館者とともに考え、対話し、社会と関わる場として博物館を捉え直そうとする動きが、国内外で広がっています。こうした流れの中で、「博物館の新しい役割」という表現が注目を集めるようになりました。

一方で、このような議論はしばしば、「最近の流行」「時代の要請に応じた付加的な機能」として受け止められがちです。特に、人的・財政的な余裕の少ない博物館にとっては、「理想論」「一部の先進的な館だけが取り組む話」と感じられることも少なくありません。その結果、従来の保存や展示といった基本的な業務とは切り離された、周辺的な取り組みとして理解されてしまう場合があります。

しかし、こうした受け止め方には注意が必要です。なぜなら、参加や共創、社会的役割といった観点は、博物館の本質から逸脱した新要素なのか、それとも博物館という制度そのものに内在してきた性格なのかによって、評価や位置づけは大きく変わるからです。「新しい役割」を単なる流行として捉えるのか、それとも博物館のあり方を問い直す重要な視点として捉えるのかは、博物館経営や実践の方向性に直結します。

本稿では、「博物館の新しい役割」が注目されている現状を前提としつつ、それを無条件に肯定したり否定したりするのではなく、より長い時間軸の中で捉え直すことを試みます。すなわち、現在語られている役割の変化を、「最近生まれた流行」かどうかで判断するのではなく、博物館の歴史の中でどのように位置づけられるのかを問うことが目的です。この視点に立つことで、博物館の社会的役割をめぐる議論を、より冷静かつ建設的に考えるための土台が見えてくるはずです。

博物館は本来「変わらない制度」だったのか

博物館はしばしば、「資料を保存し、展示し、教育を行う場」として理解されています。この理解は、多くの人にとって直感的であり、博物館の社会的役割を説明する際の出発点としても広く共有されています。保存・展示・教育という三つの機能は、制度上も明確に位置づけられており、博物館の安定性や中立性を支える基盤と見なされてきました。

しかし、このような博物館像は、あらゆる時代や社会に共通する普遍的なものだったのでしょうか。現在私たちが当然のように受け止めている「中立的に知識を保存する博物館」というイメージは、実は特定の歴史的条件のもとで形成された理解にすぎない可能性があります。博物館を固定的で変わらない制度として捉える見方自体が、ある時代の価値観に強く影響されていることを踏まえる必要があります。

博物館は「知識を保存する場所」なのか

一般に、博物館は「正しい知識」を保存し、それを来館者に伝える場だと考えられています。この理解の背景には、近代以降に確立された科学や学問の体系があり、博物館はそれらを支える公共的な装置として位置づけられてきました。専門家による分類や解説、標準化された展示手法は、博物館の信頼性や中立性を担保するものとして評価されてきたのです。

しかし、このような博物館像は、博物館の歴史全体を通じて一貫して存在してきたわけではありません。そもそも、何が「知識」とみなされ、何が展示に値するのかという判断自体が、時代や社会によって大きく異なってきました。保存・展示・教育という機能も、博物館の唯一の本質ではなく、ある時代に選択された一つのあり方として捉える必要があります。

博物館は時代ごとの「知の枠組み」を体現してきた

博物館学の理論では、博物館を単なる知識の保管庫としてではなく、知識のあり方そのものを形づくる制度として捉える視点が示されています。博物館は、知識を中立的に蓄積する装置ではなく、各時代の知の枠組みを空間的・制度的に可視化する存在として形成されてきたと指摘されています(Hooper-Greenhill, 1992)。

この見方に立つと、博物館の展示や分類、語りの構造は、当時支配的だった価値観や世界理解を反映した結果であることが分かります。つまり、博物館は常に「変わらない制度」として存在してきたのではなく、社会が共有する知識観の変化に応じて、その役割や意味を組み替えてきた制度だと理解できます。この前提を押さえることで、現在語られている博物館の変化を、より広い歴史的文脈の中で考えることが可能になります。

なぜ博物館の役割は繰り返し組み替えられてきたのか

博物館の役割は、保存・展示・教育という枠組みの中で長く安定してきたように見えます。しかし、歴史を振り返ると、博物館は社会の変化に応じて何度もその役割や意味づけを変えてきました。ここで重要なのは、こうした変化を例外的な出来事として捉えるのではなく、博物館という制度に内在する構造的な特性として理解することです。

博物館が繰り返し再編されてきた理由を考えるためには、博物館が何を基盤として成り立っている制度なのかに立ち返る必要があります。その核心にあるのが、「モノ」を通して世界を理解し、共有しようとする営みです。この点に注目することで、博物館の変化が単なる流行や外部圧力ではなく、必然的なプロセスであったことが見えてきます。

博物館は「モノ」を通して世界を理解する制度である

博物館の最も根本的な特徴は、資料や作品、標本といった「モノ」を扱う点にあります。文章や映像とは異なり、モノは物理的な存在として空間を占め、来館者の視覚や身体感覚に直接訴えかけます。博物館は、このモノを通じて、自然や歴史、文化、芸術といった世界のあり方を理解しようとする制度として成立してきました。

しかし、モノが持つ意味は決して固定されたものではありません。同じ資料であっても、どの文脈で展示され、どのように分類され、どの言葉で説明されるかによって、その意味は大きく変わります。展示や分類、価値づけは、モノそのものに内在する性質ではなく、人間が行う解釈の結果です。博物館における実践は、常に「モノをどう読むか」という問いに基づく解釈行為で成り立っています。

このように考えると、博物館は単にモノを保存する場所ではなく、モノを通じて世界をどのように理解するかを社会に提示する装置であることが分かります。そして、その世界理解の前提が変われば、博物館における展示や語りの構造も変化せざるを得ません。

社会の解釈枠が変わると、博物館も変わらざるを得ない

社会において共有される価値観や知識観、世界の捉え方は、時代とともに変化してきました。科学の発展、歴史観の更新、文化多様性への認識の広がりなどは、いずれも「何を重要な知識とみなすか」という解釈枠そのものを揺さぶってきました。博物館は、こうした解釈枠の上に成り立つ制度である以上、その影響を免れることはできません。

博物館は、物質世界を通して現実を理解しようとする制度であり、その解釈枠が変化するたびに、展示や実践も再構成されてきたと指摘されています(Knell, 2007)。この視点に立つと、博物館の役割が繰り返し組み替えられてきた理由は明確になります。社会が世界をどう理解するかが変われば、モノに付与される意味も変わり、それを扱う博物館の役割も変化せざるを得ないのです。

したがって、博物館の「再編」は一時的な流行や政策的要請の結果ではありません。それは、博物館がモノを通じて現実を解釈し続ける制度である以上、避けることのできない構造的必然だと理解できます。この前提に立つことで、現在進行している博物館の変化も、過去から連続する再編の一局面として位置づけることが可能になります。

現在はどのような「再編の局面」にあるのか

ここまで見てきたように、博物館は歴史的に、社会の知の枠組みや解釈の前提が変わるたびに、その役割を組み替えてきました。では、現在の博物館はどのような再編の局面に置かれているのでしょうか。近年の議論では、「参加」「共創」「社会課題」「コミュニティ」といったキーワードが繰り返し登場しますが、それらは単なる流行語ではなく、現代社会の構造的な変化を背景として現れているものです。

現在の状況を理解するためには、個別の施策や事例を見る前に、なぜ博物館にこうした役割が求められるようになったのか、その前提条件を整理する必要があります。そこには、デジタル化の進展、価値観の多様化、そして公共性の捉え方そのものの変化が深く関わっています。

参加・共創・社会課題という要請の背景

まず大きな要因として挙げられるのが、デジタル化の進展です。情報へのアクセスが容易になり、専門的知識を博物館だけが独占する状況はすでに過去のものとなりました。来館者は、展示を見るだけの受動的な存在ではなく、自ら調べ、発信し、評価する主体として博物館と関わるようになっています。この変化は、博物館に対して一方向的な知識提供ではなく、対話や参加を前提とした関係性を求めるようになりました。

また、価値観の多様化も重要な背景です。社会の中で共有される歴史観や文化観が単一ではなくなり、複数の視点や語りが併存することが前提となっています。その結果、博物館においても「唯一の正解」を示す展示より、異なる立場や経験を持つ人々が意味を持ち寄る共創的なアプローチが重視されるようになりました。ここでは、誰の声が展示に反映されているのかという問いそのものが、博物館の社会的役割と結びついています。

さらに、公共性の捉え方の変化も見逃せません。博物館は長らく、公共的で中立な文化施設として位置づけられてきましたが、現代社会では「公共であること」自体が問い直されています。社会課題が複雑化する中で、博物館がどのように社会と関わり、どの範囲まで責任を負うのかが問われるようになり、その延長線上でコミュニティとの関係構築や社会課題への関与が重視されるようになっています。

それは「革命」なのか、それとも歴史的再編なのか

こうした変化を前にして、博物館は「大きな転換点」や「革命期」にあると表現されることがあります。しかし、この状況を断絶的な変化としてのみ捉えると、過去の博物館実践との連続性を見失う危険があります。参加や共創、社会課題への関与は、博物館の本質を否定する新しい要求なのでしょうか。

博物館学の議論では、現在の変化をより慎重に位置づける視点が示されています。博物館における変化は断絶的な革命ではなく、社会との関係を調整するために繰り返されてきた方向転換の一局面として理解できるとされています(Knell et al., 2007)。この見方に立つと、現在の状況は、博物館がその都度直面してきた「社会とのズレ」を修正するプロセスの延長線上にあることが分かります。

実際、過去を振り返れば、教育普及活動の拡大や来館者研究の導入、コミュニティ・ミュージアムの登場なども、それぞれの時代においては「博物館のあり方を変える動き」として受け止められてきました。現在の参加型・社会的博物館の議論も、こうした歴史的再編の積み重ねの中に位置づけることができます。

したがって、現在の博物館をめぐる変化は、「今だけ特別な危機」や「一過性の流行」として理解するよりも、博物館が社会との関係を再調整し続けてきた歴史の一局面として捉える方が適切です。この視点に立つことで、現在の要請に対して過度に身構えるのではなく、博物館という制度が本来持ってきた柔軟性と可能性を見据えた議論が可能になります。

博物館の「新しい役割」をどう理解すべきか

これまで見てきたように、現在語られている博物館の「新しい役割」は、突発的に生まれた流行や理念ではありません。それは、博物館が歴史的に繰り返してきた社会との関係調整、すなわち役割の再編が、現代的な条件のもとで表面化している姿だと理解できます。この前提に立つことで、「新しい役割」をめぐる議論の見え方は大きく変わります。

重要なのは、新しい役割を従来の保存・展示・教育に「付け加える業務」として捉えないことです。参加や共創、社会課題への関与は、博物館の本来業務と切り離された余剰的活動ではなく、博物館が社会の中でどのような存在であり続けるのかという根本的な問いと結びついています。役割の変化とは、機能の増減ではなく、博物館が担う意味そのものの組み替えだと言えます。

この視点は、博物館経営を考えるうえでも重要です。博物館の持続可能性は、財政や人員の問題だけで決まるものではありません。社会からどのような価値を期待され、どのような信頼を獲得しているかが、長期的な存続を左右します。新しい役割を歴史的再編の一環として理解することは、博物館が自らの立ち位置を自覚的に選び取り、限られた資源をどこに配分するのかを考えるための前提となります。

したがって問われているのは、「新しい役割をやるべきかどうか」ではありません。どのような社会との関係を築きたいのか、そのために博物館の役割をどの方向に再編するのかを、意識的に判断できるかどうかです。博物館の新しい役割とは、未来に向けて博物館のあり方を選択するための視点であり、博物館経営と持続可能性を考える上で避けて通れない課題なのです。

参考文献

  • Hooper-Greenhill, E. (1992). Museums and the shaping of knowledge. Routledge.
  • Knell, S. J. (Ed.). (2007). Museums in the material world. Routledge.
  • Knell, S. J., MacLeod, S., & Watson, S. (Eds.). (2007). Museum revolutions: How museums change and are changed. Routledge.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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