博物館のファンドレイジングがうまくいかない理由
博物館においてファンドレイジングの必要性が語られる場面は増えています。しかし実際には、「制度は導入したが定着しない」「一度は盛り上がったが継続しなかった」といった声も少なくありません。ファンドレイジングがうまくいかない背景には、資金調達そのものの難しさ以前に、取り組みの始め方に共通した構造的な問題があります。
多くの博物館では、ファンドレイジングを「新しい制度を導入すること」や「特定の担当者が担う業務」として捉えがちです。しかしこの捉え方こそが、活動を一過性のものにしてしまう要因になっています。ここでは、ファンドレイジングが機能しなくなる典型的な二つの問題を整理します。
制度や手法から始めてしまう失敗
ファンドレイジングの議論が始まる際、最初に話題に上りやすいのが、会員制度や寄付制度、クラウドファンディングといった「具体的な手法」です。どの制度を導入するか、どの仕組みが使いやすいかといった議論は、一見すると実務的で前向きに見えます。しかし、この段階から話を始めてしまうと、制度そのものが目的化してしまう危険があります。
制度が先行すると、「なぜそれを行うのか」「誰にどのような支援を求めたいのか」といった根本的な問いが十分に共有されないまま、形式だけが整えられていきます。その結果、職員の間でファンドレイジングの意味づけがばらばらになり、制度は存在しているものの、日々の業務や来館者対応の中で意識されないものになりがちです。
この状態では、制度は「設置されたが使われない仕組み」となり、支援も一時的なものにとどまります。ファンドレイジングが続かない博物館の多くでは、制度の良し悪し以前に、制度に込められた意図が館内で共有されていないという問題が見られます。
ファンドレイジングが一部の業務になる問題
もう一つの大きな問題は、ファンドレイジングが特定の部署や担当者だけの業務として切り分けられてしまうことです。管理部門や外部対応担当が中心となり、現場の学芸員や教育普及担当は「直接関係のない仕事」として距離を取る構図が生まれやすくなります。
このような役割分担は一見すると効率的に見えますが、実際には組織全体の関与を弱めてしまいます。ファンドレイジングが一部の人の業務になると、博物館としてどのような価値を社会に伝えたいのか、どの活動を支えてもらいたいのかといった問いが、組織全体で考えられなくなります。その結果、支援の説明は表面的なものになり、現場との接点も生まれにくくなります。
現場が距離を取る状態が続くと、ファンドレイジングは「特別な仕事」「負担の大きい仕事」として認識され、館内での理解や協力を得にくくなります。これは、資金調達の問題というよりも、組織運営や役割分担の設計に起因する問題だと言えるでしょう。
ファンドレイジングを「関係性」として捉える視点
博物館のファンドレイジングを考える際、しばしば「いかに寄付を集めるか」「どのような制度が有効か」といった手法の議論に焦点が当たりがちです。しかし、こうした発想だけでは、ファンドレイジングを一時的な資金確保の手段として矮小化してしまいます。ファンドレイジングを持続的な取り組みにするためには、まずそれを金銭取引ではなく、関係性の構築として捉え直す視点が不可欠です。
寄付は単なる支出行為ではなく、寄付者が「どの組織と関わり続けたいか」を選び取る行為でもあります。博物館がファンドレイジングに取り組むということは、資金を求めること以上に、社会との関係のあり方を問い直すことを意味します。この視点を欠いたまま制度や仕組みを整えても、寄付は定着せず、支援者との関係も深まりません。
寄付は「金銭取引」ではなく「関係の選択」である
寄付行動は、しばしば「余裕のある人が善意でお金を出す行為」として理解されがちです。しかし、寄付者の行動を詳しく見ていくと、この見方は必ずしも実態を反映していないことが分かります。寄付者は、単に金銭を提供しているのではなく、自らの価値観や関心を託す相手として、特定の組織を選択しています。
実際には、寄付者は複数の選択肢の中から支援先を選び直しながら行動しています。ある組織への寄付をやめ、別の組織を支援するという行動は珍しいものではありません。このとき重視されているのは、寄付額の大小や手続きの簡便さだけではなく、その組織との関係の中で「自分はどのように位置づけられているのか」「自分の支援は意味あるものとして扱われているのか」という感覚です。
寄付者の大規模調査では、寄付の継続性は経済状況よりも、団体との関係の質に強く影響されることが示されている。多くの寄付者は、より意味があると感じる支援先へ移動しており、寄付は関係性の選択として行われている(Sargeant, 2001)。
この指摘は、博物館にとって重要な示唆を含んでいます。寄付を集めるために必要なのは、寄付者を一時的に動機づける仕掛けではなく、長期的に関係を結び続けたいと思われる存在であることなのです。
博物館は「どう支えられたい組織」なのか
寄付を関係性として捉えるとき、博物館側にも一つの問いが突きつけられます。それは、博物館は「どのような関係として支援を受けたいのか」という問いです。支援のあり方は一つではなく、その前提によって、ファンドレイジングの姿も大きく変わります。
例えば、来館体験の延長として支援を位置づけるのか、博物館の使命や理念への共感として支援を求めるのか、あるいは社会的課題への参加の一形態として支援を捉えるのかによって、寄付の説明や関係の築き方は異なります。どの方向性を選ぶにしても、重要なのは、その立ち位置を博物館自身が自覚し、言語化しているかどうかです。
この問いに対する答えが館内で共有されていない場合、寄付は「とりあえずお願いするもの」になり、職員ごとに説明の仕方もばらばらになります。一方で、博物館として「どのように支えられたいのか」という認識が共有されていれば、ファンドレイジングは特別な業務ではなく、日々の活動の延長として自然に位置づけられていきます。
ファンドレイジングを関係性として成立させるためには、まず博物館自身が、自らのミッションや社会的役割と向き合い、「どう支えられたい組織であるのか」を館内で話し合うことが欠かせません。この内向きの合意形成こそが、その後の制度設計や具体的な手法を支える土台となります。
最初に話し合うべきこと①
博物館は誰に・何を・どのような関係として支えられたいのか
博物館がファンドレイジングに取り組む際、最初に確認すべきなのは「どの制度を導入するか」でも「いくら集めるか」でもありません。最初に話し合うべきなのは、博物館が誰に、何を、どのような関係として支えてもらいたいのかという、極めて根本的な問いです。この問いは、ファンドレイジングの目的や寄付の意義を定めるだけでなく、その後の制度設計や職員の関わり方を大きく左右します。
寄付は、単に資金を補填する行為ではなく、博物館と社会との関係のあり方を具体化する手段でもあります。だからこそ、ファンドレイジングを始める前に、博物館自身が「どのような存在として支えられたいのか」を明確にし、それを館内で共有する必要があります。この合意がないまま制度や手法を導入しても、支援は断片的なものにとどまり、長期的な関係にはつながりにくくなります。
ファンドレイジングは外向き施策ではなく内向き合意である
ファンドレイジングは、しばしば来館者や支援者に向けた「外向きの施策」として理解されがちです。しかし実際には、その成否を左右するのは、外部への発信以前に、館内でどれだけ認識が共有されているかという点にあります。ファンドレイジングは、博物館が自らの活動や価値をどう捉えているのかを、職員同士で確認し合うプロセスでもあるのです。
館内でこの合意が形成されていない場合、ファンドレイジングは特定の部署や担当者だけが担う業務となり、他の職員は距離を取るようになります。その結果、寄付の説明は場当たり的になり、博物館として一貫したメッセージを社会に伝えることができなくなります。一方で、「なぜ支援を求めるのか」「その支援は何を支えているのか」が館内で共有されていれば、ファンドレイジングは日常業務と切り離された特別な活動ではなく、博物館経営の一部として位置づけられていきます。
このように、ファンドレイジングは外に向けて始めるものではなく、まず内側で意味づけを揃えることから始まります。ファンドレイジングは、制度として導入されるものではなく、組織内での調整や意味づけを通じて形成される実践知であると指摘されている(Herrero & Kraemer, 2020)。
「何を守り、何を育てている博物館か」を言語化する
館内で合意を形成するためには、博物館が自らの活動の核心を言語化する必要があります。具体的には、「この博物館は何を守り、何を育てているのか」という問いに向き合うことが求められます。この問いへの答えは一つではなく、複数の要素が重なり合っている場合も多いでしょう。
例えば、博物館にとってコレクションは重要な基盤です。資料や作品を収集・保存すること自体が目的なのではなく、それらを通じて知識や記憶を社会に引き渡していく役割を担っています。また、展示や教育普及活動を通じて、来館者が新たな視点や理解を得る場を提供している点も、博物館の重要な価値です。さらに、地域に根ざした博物館であれば、地域の歴史や文化を共有し、コミュニティとの関係を育てる役割も無視できません。
これらの要素のうち、どこに重きを置いて支援を求めたいのかを明確にすることで、寄付の意義は具体的なものになります。「コレクションを守るための支援」なのか、「知識を次世代へ継承するための支援」なのか、「地域との関係を育てるための支援」なのか。この整理ができて初めて、寄付は抽象的なお願いではなく、博物館の活動と結びついた意味ある行為として提示できるようになります。
博物館がファンドレイジングを始める際に最初に必要なのは、こうした問いを館内で丁寧に共有することです。この合意が土台として整っていれば、その後に検討される制度や手法は、博物館の目的に沿った形で機能しやすくなります。
最初に話し合うべきこと②
ファンドレイジングは誰の仕事なのか
博物館でファンドレイジングを進めようとするとき、避けて通れないのが「これは誰の仕事なのか」という問いです。ファンドレイジングを管理部門や特定の担当者に任せるのか、それとも組織全体で担うものと考えるのか。この整理が曖昧なままでは、活動は定着せず、組織としてのリスクも高まります。
ファンドレイジングは単なる資金確保の手段ではなく、博物館が社会とどのような関係を築くかに直結する営みです。そのため、この問いは人事配置や業務分担の話にとどまらず、博物館のガバナンスや組織統治のあり方そのものを問うものになります。最初の段階で役割の線引きをしないことは、一見柔軟に見えて、実は危機に弱い組織構造を生み出してしまいます。
役割が曖昧な組織ほど危機に弱い
博物館におけるガバナンスの問題は、平常時には見えにくいものです。事業が順調に進み、外部からの評価も高い時期には、理事会と職員の関係は「信頼」によって円滑に保たれているように見えます。しかし、この信頼が役割分担の不明確さを覆い隠してしまうことがあります。
理事会がどこまで監督責任を負い、どこから先を職員に委ねるのかが整理されていない場合、問題は危機の局面で一気に表面化します。資金不足や外部からの圧力が強まったとき、理事会が突然強い統制を行い、現場との間に緊張や対立が生じるケースは少なくありません。これは、危機対応能力の問題というよりも、平時における役割の曖昧さが引き起こす構造的な問題だと言えます。
文化系非営利組織を対象とした縦断研究では、成長期における過度な信頼が理事会の監督機能を弱め、危機発生時に急激な統制と対立を生むことが示されている(Reid & Turbide, 2012)。この指摘は、博物館におけるファンドレイジングの位置づけを考える上でも重要です。
ファンドレイジングを「特定の人がやる仕事」として切り離してしまうと、理事会・経営層・現場職員の間で責任の所在が不明確になります。その結果、資金に関わる判断が共有されないまま進み、問題が起きたときに誰が説明責任を負うのか分からない状態に陥ります。だからこそ、最初の段階で、ファンドレイジングに関わる役割と責任をガバナンスの文脈で整理しておく必要があります。
支援を語ることを「特別な行為」にしない
もう一つ重要なのは、支援や寄付について語ることを、館内でどのように位置づけるかという点です。ファンドレイジングが一部の担当者だけの業務になると、学芸員や教育普及担当は「自分たちの仕事とは別のもの」として距離を取りやすくなります。その結果、博物館の活動内容と支援の説明が結びつかず、寄付は抽象的なお願いになりがちです。
一方で、支援について語ることを特別な行為として切り離さず、博物館の活動を説明する延長線上に位置づけることができれば、状況は変わります。学芸員が展示やコレクションの意義を語ること、教育普及担当が学びの価値を説明することは、本来、博物館の活動そのものです。それらが結果として「何を支えてほしいのか」を示すことにつながります。
そのために必要なのは、全館的に関与するのか、あるいは一定の役割分担を設けるのかという方針を、最初に話し合っておくことです。誰もが同じ役割を担う必要はありませんが、「誰が、どこまで語ってよいのか」が共有されていなければ、ファンドレイジングは組織に根づきません。ファンドレイジングを成功させるためには、担当者を決めること以上に、支援を語る行為を博物館の仕事として正当に位置づけることが求められます。
最初に話し合うべきこと③
ファンドレイジングを学習する組織であるか
博物館がファンドレイジングに取り組む際、見落とされがちなのが「自分たちは学習する組織であるか」という問いです。制度を導入するかどうか、担当者を置くかどうかといった議論は行われても、その実践をどのように蓄積し、改善していくのかという視点は後回しにされやすい傾向があります。しかし、ファンドレイジングを一過性の施策ではなく、持続的な取り組みにするためには、組織学習の視点が不可欠です。
ファンドレイジングは、単に資金を集める技術ではなく、社会との関係を築き直す実践です。その過程では、必ず試行錯誤が伴います。ある取り組みが思うような成果を上げないこともあれば、想定外の反応が返ってくることもあります。こうした経験を振り返り、共有し、次の実践につなげられるかどうかが、博物館としての力を左右します。
したがって最初に問うべきなのは、「どの制度を導入するか」よりも、「私たちはファンドレイジングを通じて学習する組織であるか」という姿勢です。改善のプロセスを前提にしていなければ、取り組みは失敗と同時に終わってしまいます。一方で、学習を前提にしていれば、うまくいかなかった経験も次の実践の土台になります。
ファンドレイジングはマニュアルでは身につかない
ファンドレイジングを始める際、手引書や成功事例、研修プログラムに頼ることは少なくありません。もちろん、基本的な知識や事例から学ぶことは重要です。しかし、それだけで組織としての実践力が身につくわけではありません。非営利組織における学習は、現場での経験や調整を通じて徐々に形成されるものです。
博物館の現場では、展示のテーマや地域との関係、来館者層など、状況が常に異なります。そのため、他館の成功事例をそのまま適用しても、同じ結果が得られるとは限りません。重要なのは、実際に取り組みながら、自館の文脈に合った方法を探り続けることです。その過程で、職員間の対話や役割の再調整が行われ、徐々に「自分たちのやり方」が形づくられていきます。
ファンドレイジングの能力は、研修や制度導入によって一挙に獲得されるものではなく、組織内での試行錯誤と調整を通じて形成される実践知であるとされている(Herrero & Kraemer, 2020)。
この指摘が示すように、ファンドレイジングはマニュアルをなぞることで完成するものではありません。実践を通じて共有される知識こそが、博物館にとっての本当の力になります。
失敗を前提に話し合える場があるか
学習する組織であるかどうかを測る一つの指標は、「失敗について話し合える場があるか」という点にあります。ファンドレイジングの取り組みが思うような成果を上げなかったとき、それを個人の責任として処理してしまえば、次の挑戦は生まれません。失敗が共有されず、振り返りも行われない組織では、改善のプロセスが断ち切られてしまいます。
一方で、うまくいかなかった経験を組織全体で振り返り、「なぜそうなったのか」「次にどう生かせるか」を検討できる環境があれば、ファンドレイジングは継続的に改善されていきます。これは単なる資金調達の問題ではなく、博物館経営における課題解決の姿勢そのものに関わる問題です。
最初の段階で、ファンドレイジングを試行錯誤の連続として受け止める覚悟を共有できるかどうか。この点を話し合っておくことが、制度や手法以上に重要な土台になります。博物館が学習する組織である限り、ファンドレイジングの実践もまた、積み重ねの中で成熟していきます。
まとめ
博物館のファンドレイジングを考えるとき、しばしば「どの制度を導入するか」「どの手法が有効か」といった具体策に意識が向きがちです。しかし本記事で見てきたように、ファンドレイジングの本質は制度や技術そのものにあるのではありません。ファンドレイジングとは、博物館が社会とどのような関係を築き、どのように支えられたいのかを設計する営みです。
寄付や支援は、単なる金銭のやり取りではなく、価値や役割への共感に基づく関係の選択として行われます。だからこそ、最初に話し合うべきなのは目標金額や手法ではなく、「誰に・何を・どのような関係として支えてもらいたいのか」という博物館自身の立ち位置です。この整理がないまま制度を導入しても、支援は一時的なものにとどまり、組織には定着しません。
また、ファンドレイジングは特定の担当者だけが担う業務ではなく、博物館のガバナンスや組織運営と深く結びついています。誰がどこまで関与するのか、支援について語ることをどう位置づけるのかといった点を、館内で共有しておくことが不可欠です。さらに、ファンドレイジングは一度で完成するものではなく、試行錯誤を通じて学習され、組織に蓄積されていく実践でもあります。
博物館がファンドレイジングに取り組む際の出発点は、制度設計ではなく、館内合意です。関係性、役割、学習の前提が共有されて初めて、会員制度や寄付制度といった具体的な仕組みが意味を持ちます。ファンドレイジングを成功させるかどうかは、何を導入するかではなく、最初に何を話し合ったかによって大きく左右されるのです。
参考文献
- Sargeant, A. (2001). Relationship fundraising: How to keep donors loyal. Nonprofit Management and Leadership, 12(2), 177–192.
- Herrero, M., & Kraemer, S. (2020). Fundraising as organisational knowing in practice. International Journal of Nonprofit and Voluntary Sector Marketing, 25, e1673.
- Reid, W., & Turbide, J. (2012). Board/staff relationships in a growth crisis. Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly, 41(1), 82–99.

