来館者調査はなぜ必要か ― ミュージアム経営における満足度・信頼・参加の可視化手法 ―

目次

はじめに:来館者調査の意義とは何か

博物館の運営は、これまで「展示資料をいかに保存・公開し、社会に教育的価値を届けるか」という観点から語られることが一般的でした。その活動評価も、展示件数や来館者数といった定量的な成果指標によって測られることが多く、来館者の主観的な体験や内面的な変化には十分に目が向けられていなかったと言えます。

しかし近年では、社会環境や文化政策の変化、そして来館者の価値観の多様化にともない、「何人が来たか」だけでなく、「どのような体験が提供されたのか」「それが来館者にとってどのような意味を持ったのか」といった質的な側面への関心が高まっています。

とりわけ、ミュージアムを一方向的な情報提供の場ではなく、来館者と双方向に価値を創出する場と捉える「オーディエンス中心のアプローチ(audience-centered approach)」が注目されており、その実践には、来館者の声に耳を傾ける仕組みが不可欠です。来館者調査は、そのような来館者理解を可能にする基本的な手段であり、展示内容やサービスの改善、施設全体のブランディング強化、さらにはミュージアムのミッション達成度の検証といった幅広い領域に活用することができます。

来館者調査の意義については、来館動機、期待、実際の体験、満足度、再訪意図、他者への推奨意図といった一連の心理的プロセスを可視化できる点に価値があるとされています(Brida et al., 2016)1。これらの情報をもとに、来館者がどのような目的で施設を訪れ、展示をどう体験し、どのような感情や評価を持ったのかを把握することが可能になります。こうした知見は、ミュージアムが掲げる教育的・文化的な使命が、実際にどのように機能しているかを実証的に評価するうえでも重要な意味を持っています。

加えて、来館者調査は、行政機関や助成団体との関係においても、ますます重要性を増しています。今日の公共文化施設は、公共資源を活用する主体として説明責任(accountability)を求められており、その成果や社会的効果を明確に示す必要があります。その際、来館者調査によって得られたデータは、評価報告や予算獲得のための客観的なエビデンスとして活用され、調査活動がミュージアムの社会的信頼を高める手段としても機能します(Del Chiappa et al., 2013)2

このように、来館者調査は単なるアンケート手法ではなく、博物館と社会をつなぐインフラとして、戦略的な価値を持っていると言えます。本節では、来館者調査の目的とその理論的意義を確認したうえで、実務的な設計方法や実際の活用事例を紹介し、ミュージアム経営における実践との接続を考察していきます。

調査設計と実務的ポイント― 有効な来館者調査を実現するための視点 ―

来館者調査の成果は、その実施そのものよりも、いかに適切に設計され、効果的に活用されるかによって決定されます。単にアンケートを形式的に実施しても、調査目的が曖昧であれば、得られるデータは断片的なものとなり、展示やサービスの改善、意思決定への反映にはつながりにくいのが現実です。来館者の声を経営資源として生かすには、戦略的かつ実務に即した調査設計が不可欠です。

調査の目的を明確にする

調査設計の第一歩は、「何を明らかにしたいのか」という目的を明確に設定することです。たとえば、「展示内容に対する評価を知りたい」のか、「来館者の再訪意向に影響する要因を特定したい」のか、「来館者の属性と満足度の相関を分析したい」のかによって、設問の構成や対象者の設定、分析方法は大きく異なります。

来館者調査の目的は、単なる満足度の測定ではなく、展示やサービスが来館者にとってどのような価値をもたらしているのか、またそれが今後の行動意図にどのように関係しているのかを把握することにあります。この点について、来館者の動機や心理的関与度、学習的体験をあわせて測定することで、体験の全体像を捉えることができるとされています(Brida et al., 2016)3。したがって、「何を測るか」に加えて、「何と何の関係を明らかにするのか」という仮説構造に基づく設計が求められます。

質問項目の設計

設問の設計においては、「来館者がどこで何を感じたか」「どの体験が記憶に残ったか」といった主観的体験を丁寧に拾い上げる構成が重要です。一般的には以下のような項目が含まれます:

• 来館の目的と期待(例:学習、娯楽、同行者の影響)

• 展示内容の評価(例:分かりやすさ、興味深さ、独自性)

• サービスの満足度(例:スタッフ対応、館内施設の快適さ)

• 情報アクセスの利便性(例:ウェブサイト、SNS、パンフレット)

• 全体的満足度と再訪・推奨意向

展示の教育性、没入感、美的体験が来館者満足に影響を与え、それが口コミや再訪意向に結びつくことが示されており、来館者体験全体の設計が評価に直結することが実証されています(Vesci et al., 2020)4。単なる展示物の質だけでなく、空間構成や解説のわかりやすさ、滞在環境といった要素も設問設計に反映させる必要があります。

対象者とタイミングの選定

調査の信頼性と有効性を高めるには、「誰に対して」「いつ行うか」の選定も重要です。出口調査によって来館直後の印象を把握する手法は有効ですが、それだけでなく、事後のオンライン調査やリピーターを対象とした継続的な調査もあわせて設計することで、より多面的な分析が可能になります。

たとえば、来館直後と数週間後に分けて回答を比較することで、体験が時間の経過によってどのように記憶され、行動意図に影響を与えているかを検証する試みもあります(Han, 2017)5。来館者の記憶と認知、行動は時間とともに変化するため、調査のタイミングは戦略的に考慮されるべきです。

方法論と実施体制

調査方法には、紙ベースのアンケート、タブレット入力、QRコードを用いたWeb調査、インタビュー、フォーカスグループなどがあり、対象者の年齢層、滞在時間、調査目的によって最適な手法を選択する必要があります。

また、調査の設計から実施、集計、分析、報告、活用に至るまでの一貫した体制づくりも重要です。専任のマーケティング担当者を置くことや、評価専門部署との連携、あるいは外部研究者や大学との共同調査など、リソースの配分や体制構築によって、調査の質と活用度が大きく左右されます。


このように、来館者調査を有効に機能させるためには、設問の精度、設計の論理性、実施の柔軟性と現場性をいかにバランス良く組み込めるかが問われます。次節では、こうして得られた調査結果をどのように分析し、実際の経営判断や改善に活用していくかを事例とともに考察していきます。

調査結果の分析と活用事例― 数値の背後にある意味を読み解き、経営に活かす ―

来館者調査を実施した後、その結果をどのように分析し、具体的な運営改善や中長期的な戦略に反映させるかが問われます。単にアンケートの集計値を報告書にまとめるだけでは、調査の持つ本来の価値は発揮されません。来館者の反応に潜む傾向や意味を丁寧に読み解き、そこから戦略的示唆を引き出す分析力こそが、現代のミュージアム経営に求められる資質です。

定量分析とその応用

定量分析の出発点は、クロス集計や平均値、標準偏差、相関係数といった基本的な統計手法です。たとえば、満足度の平均点が高い来館者とそうでない層を年齢層や来館頻度ごとに比較すれば、来館者の特性と満足度の関係性を明らかにできます。展示に対する評価と再訪意向との間に相関があることが示されていますように(Han, 2017)6、来館体験が来館行動に影響を与えるメカニズムを可視化することが可能です。

さらに、来館動機・満足度・ロイヤルティ(再訪・推奨意向)の関係性をモデル化することで、来館者行動の因果構造を明らかにする研究も報告されています(Brida et al., 2016)7。このような構造分析を用いることで、「何が来館者の支援者化を促進しているのか」「どの要素を強化すべきか」といった経営上の問いに、実証的な根拠を与えることができます。

定性データの読み解き

一方、自由記述欄やインタビューなどから得られる定性データは、来館者の印象や感情、驚き、気づきといった数値化しにくい“体験の質”を捉えるための貴重な情報源です。たとえば、展示における教育性や演出の美的側面が、知的刺激や非日常的な没入感をどのように喚起したかを、来館者の言葉から読み解くことができます。こうした体験的要素が来館者の満足度を高め、さらに口コミや再訪意図といった行動的反応へと結びつくプロセスが明らかにされています(Vesci et al., 2020)8

定性データは、展示のトーンや物語性、空間演出などが来館者に与える影響を可視化するうえで有効であり、単なる満足度スコアの背景にある「なぜそう感じたのか」という問いに応答するための手がかりとなります。こうした解釈に基づく分析は、来館者との関係構築を見据えた展示設計や館全体の体験価値向上にもつながります。

調査結果をどう活かすか:実践的な応用例

来館者調査の結果は、館内の改善だけでなく、マーケティング、広報、ファンドレイジングといった経営全般にわたって応用可能です。以下に代表的な活用パターンを示します。

• 展示改善:満足度の低い項目を特定し、展示解説の見直し、照明や動線設計の改善を行う。

• ターゲット強化:高評価を得ている層の来館動機をもとに、類似層を対象とした広報やプログラム開発を行う。

• 中長期戦略の設計:来館頻度や継続意向を分析することで、年間パス制度やメンバーシップ制度の根拠とする。

• エビデンスとしての提示:行政報告や助成申請の際に、社会的効果を示す裏付けデータとして活用する。

展示がもたらす教育性、没入感(エスケーピズム)、美的体験が、来館者の満足度を媒介してポジティブな行動へとつながるプロセスが実証されている(Vesci et al., 2020)9。この知見は、来館者調査が単なる感想収集ではなく、行動変容や社会的インパクトを見据えた経営ツールであることを示しています。


このように、来館者調査の分析は、単なる報告書作成のための事務作業ではなく、ミュージアムが自らの価値を再確認し、社会との接点を深め、将来的なあり方を構想するための重要な経営資源となります。次節では、こうした分析のさらに先にある「信頼と関係性構築の手段としての来館者調査」の可能性を探っていきます。

満足度調査を超えて:行動変容・参加・信頼構築へ

これまでの節では、来館者調査を通じて来館者の満足度や行動意図を測定し、それを経営に活かす方法について検討してきました。しかし、現代のミュージアムにおいて求められているのは、単に「満足してもらう」ことにとどまらず、来館者がミュージアムに対してより深い関心や信頼を寄せ、再訪や参加、さらには支援へとつながるような関係性の構築です。

そのためには、調査もまた「満足度を測る道具」から、「関係を育てる戦略的手段」へと視点を転換する必要があります。本節では、来館者調査を行動変容・社会的参加・信頼構築といった観点から捉え直し、その可能性について考察します。

来館体験がもたらす行動変容

来館者調査において注目すべきは、体験が来館者の思考や行動にどのような影響を与えたかという点です。展示を見て何を感じ、学び、それが日常生活や価値観にどう作用したのか――こうした「行動変容」に注目することで、ミュージアムが果たす教育的・文化的影響をより立体的に把握できます。

実際に、文化施設での来館体験が来館者の情緒的満足を高め、それが再訪意向や他者への推奨意向に結びつくという構造が実証されています(Del Chiappa et al., 2013)10。これは、単なる満足ではなく、「来てよかった」から「また来たい」「誰かに勧めたい」といった行動へとつながる心理的プロセスが重視されていることを示しています。

このような行動変容を把握するには、調査票の設計段階から「来館後にどのような行動をとったか」「他者とどのような対話を行ったか」といった項目を組み込む工夫が求められます。

来館者を「参加者」として捉える

近年、文化施設の運営においては、来館者を「受動的な鑑賞者」ではなく、「能動的な参加者」として捉える視点が広がっています。この考え方に基づけば、来館者調査もまた、一方的に情報を得る手段ではなく、来館者との対話の入口として位置づけることができます。

たとえば、自由記述欄を充実させたり、回答後に追加コメントを求める設問を設けたりすることで、来館者自身が自らの体験を言語化し、発信する場となります。これにより、ミュージアムは来館者の声を拾い上げるだけでなく、来館者の意識形成や館への帰属意識の醸成も促すことができます。

このような調査設計は、近年注目されている「共創型ミュージアム」や「参加型展示」の理念とも連動しており、来館者との共創的関係を築くうえでの基盤となります。

ミュージアムへの信頼を育む

満足度や再訪意向といった短期的な評価に加え、ミュージアムとの中長期的な関係性を示す指標として、近年では「信頼(trust)」が注目されています。これは、「このミュージアムは信頼できる」「社会に必要な存在だ」といった感情的・倫理的な評価であり、来館者の支援行動や公共的な価値認識に直結するものです。

展示体験を通じて得られる学習、没入感、美的感動が満足度に影響し、さらに信頼や支持の形成につながることが指摘されています(Vesci et al., 2020)11。信頼は、一度の来館や単発の施策では築かれにくく、繰り返しの関係や丁寧な対話の積み重ねによって醸成されるものです。来館者調査は、その信頼構築のプロセスを可視化し、支える役割を担うことができます。

このように、来館者調査は「満足度を数値化するための手段」にとどまらず、行動変容の把握、参加の促進、信頼関係の構築といった多層的な価値を持っています。ミュージアムが社会との関係性を深め、その存在意義を持続的に高めていくためには、調査という営みを、経営戦略の中心に据えて捉え直すことが求められているのです。

参考文献

  1. Brida, J.G., Meleddu, M. and Pulina, M. (2016), “Understanding museum visitors’ experience: a comparative study”, Journal of Cultural Heritage Management and Sustainable Development, Vol. 6 No. 1, pp. 47-71. https://doi.org/10.1108/JCHMSD-07-2015-0025 ↩︎
  2. Del Chiappa, G., Ladu, M. G., Meleddu, M., & Pulina, M. (2013). Investigating the degree of visitors’ satisfaction at a museum. Anatolia24(1), 52-62.https://doi.org/10.1080/13032917.2012.762317 ↩︎
  3. Brida, J.G., Meleddu, M. and Pulina, M. (2016), “Understanding museum visitors’ experience: a comparative study”, Journal of Cultural Heritage Management and Sustainable Development, Vol. 6 No. 1, pp. 47-71. https://doi.org/10.1108/JCHMSD-07-2015-0025 ↩︎
  4. Vesci, M., Conti, E., Rossato, C., & Castellani, P. (2020). The mediating role of visitor satisfaction in the relationship between museum experience and word of mouth: Evidence from Italy. The TQM Journal, 32(6), 1327–1349. https://doi.org/10.1108/TQM-02-2020-0022 ↩︎
  5. Han, H., & Hyun, S. S. (2017). Key factors maximizing art museum visitors’ satisfaction, commitment, and post-purchase intentions. Asia Pacific Journal of Tourism Research22(8), 834–849. https://doi.org/10.1080/10941665.2017.1345771 ↩︎
  6. Han, H., & Hyun, S. S. (2017). Key factors maximizing art museum visitors’ satisfaction, commitment, and post-purchase intentions. Asia Pacific Journal of Tourism Research22(8), 834–849. https://doi.org/10.1080/10941665.2017.1345771 ↩︎
  7. Brida, J.G., Meleddu, M. and Pulina, M. (2016), “Understanding museum visitors’ experience: a comparative study”, Journal of Cultural Heritage Management and Sustainable Development, Vol. 6 No. 1, pp. 47-71. https://doi.org/10.1108/JCHMSD-07-2015-0025 ↩︎
  8. Vesci, M., Conti, E., Rossato, C., & Castellani, P. (2020). The mediating role of visitor satisfaction in the relationship between museum experience and word of mouth: Evidence from Italy. The TQM Journal, 32(6), 1327–1349. https://doi.org/10.1108/TQM-02-2020-0022 ↩︎
  9. Vesci, M., Conti, E., Rossato, C., & Castellani, P. (2020). The mediating role of visitor satisfaction in the relationship between museum experience and word of mouth: Evidence from Italy. The TQM Journal, 32(6), 1327–1349. https://doi.org/10.1108/TQM-02-2020-0022 ↩︎
  10. Del Chiappa, G., Ladu, M. G., Meleddu, M., & Pulina, M. (2013). Investigating the degree of visitors’ satisfaction at a museum. Anatolia24(1), 52-62.https://doi.org/10.1080/13032917.2012.762317 ↩︎
  11. Vesci, M., Conti, E., Rossato, C., & Castellani, P. (2020). The mediating role of visitor satisfaction in the relationship between museum experience and word of mouth: Evidence from Italy. The TQM Journal, 32(6), 1327–1349. https://doi.org/10.1108/TQM-02-2020-0022 ↩︎
この記事が役立ったと感じられた方は、ぜひSNSなどでシェアをお願いします。
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

kontaのアバター konta ミュゼオロジスト

日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

目次