はじめに:なぜ今「博物館と子どもの社会参加」が重要なのか
これまで子どもは、社会のなかで「保護される存在」として語られてきました。学校教育や家庭環境においても、子どもは学びの受け手であり、大人が用意した枠組みの中で行動する対象とされてきた歴史があります。しかし近年では、子どもを「社会的アクター」として捉える視点が広がりつつあります。とりわけ国際的には、子どもの権利条約第12条に定められた意見表明権の尊重や、SDGsの「誰ひとり取り残さない」原則などを背景に、子どもの社会参加の重要性が強調されるようになっています(Shaffer, 2024)。
こうした社会的変化を受けて、博物館の役割もまた変容を迫られています。展示を見るだけの来館者としてではなく、子どもが社会とつながり、意見を発信し、行動する主体として関わるような博物館の在り方が問われているのです。実際に、地域の社会教育施設や科学館、美術館などでは、子どもたちが自らの関心にもとづいて展示や活動を企画するプログラムが展開されています。これらは、単なる教育普及活動ではなく、博物館が「子どもと社会との媒介装置」となる可能性を示しています。
本記事では、このような子どもの社会参加を支える博物館の取り組みを、「空間設計」や「プログラム運営」の観点ではなく、博物館経営の戦略的視点から捉えることを目的としています。子どもにやさしい展示空間の重要性については、別記事「子どもにやさしい博物館デザインとは何か」にて詳述しましたが、本稿ではより一歩進んで、子どもを「学びの対象」ではなく「社会の共創者」として迎え入れるために、博物館がどのような経営的設計と意思決定を行うべきかを論じます。
具体的には、まず子どもの参画に関する理論的背景を概観したうえで、参加型プログラムの国内外の事例を紹介し、そこから導かれる経営戦略上の論点を整理していきます。そして最終的には、子どもとともに社会をつくる公共空間としての博物館経営のあり方について考察を深めます。
博物館における子どもの参画とは何か ― 理論的背景と教育思想
子どもを「参加させる」活動は多くの博物館で実施されていますが、それが本当に「参画」になっているかは慎重に考える必要があります。ここでいう「参画(participation)」とは、単にワークショップに出席することや展示を体験することではなく、子どもが意思決定に関与したり、自分の視点から展示や活動を共に創り上げたりすることを意味します。参画とは、子どもが社会の中で主体的な役割を担うことを可能にする実践なのです。
この考え方の根幹には、「子どもの権利条約第12条」に定められた意見表明権の保障があります。この条項では、子どもは自分に影響を与えるすべての事項について意見を述べる権利があり、その意見は年齢と成熟度に応じて正当に考慮されるべきであると明記されています。つまり、子どもの声はただの「参考意見」ではなく、社会の構成に関与する正当な一部であるという認識が国際的に共有されつつあるのです(Shaffer, 2024)。
このような権利意識の高まりは、子ども観そのものの変化とも連動しています。従来、子どもは「未熟で、指導されるべき存在」として位置付けられてきましたが、現在では「社会的文脈の中で意味を生成する存在」として理解されるようになっています。この見方は「社会構成主義(social constructivism)」と呼ばれ、子どもが知識や文化の受け手であるだけでなく、その共同創造者であることを強調するものです(Bryant, 2011)。博物館における教育も、こうした認識に基づいて再構築される必要があります。
さらに近年の博物館教育思想は、「教える場」から「ともに学び、ともに創る場」への転換を遂げつつあります。従来の一方向的な情報伝達型の展示や教育プログラムから脱却し、来館者との対話や体験、共同作業を重視する姿勢が強まっています。参加型ミュージアムやラーニングミュージアムといった概念も、こうした潮流を反映したものです(Wolf & Wood, 2012)。このような動向は教育担当部門にとどまらず、経営や組織全体が「参画」を軸に据えた設計を行う必要性を示しています。
子どもの参画を制度的・組織的に支える博物館は、単なる教育機関としての役割を超え、子どもたちが社会と関係を築くための公共的なインフラとなり得ます。そうしたビジョンの実現には、単発のイベントではなく、経営戦略として「参画の仕組み」を位置付ける視座が求められます。
子ども参加型の博物館プログラムの事例と効果
子どもの参画を理念として掲げることと、それを実際の運営に落とし込むことの間には大きな隔たりがあります。しかし近年では、子どもが単なる来館者や受け手ではなく、展示やプログラムの「共創者」として関与する実践が各地で広がりを見せています。本節では、そうした事例に注目し、参画型プログラムがもたらす多様な効果について考察します。
まず注目すべきは、子どもが展示の共同制作者となる試みです。イギリスでは、子どもたちが展示のテーマ選定や解説文の作成に参加するプロジェクトが複数展開されています。なかでも《Children’s Voices in Museums》では、子どもが実際に展示物の意味づけに参加し、専門家と対話を重ねながらナラティブを構築する過程が重視されています(Anderson et al., 2002)。こうした実践は、子どもにとっての学びを深めるだけでなく、展示そのものが多様な視点を内包することによって、より開かれた空間として成立することにもつながります。
次に、運営や意思決定のプロセスに子どもが関与する事例も見逃せません。デンマークの一部博物館では、常設の「子ども評議会(Children’s Museum Council)」を設け、定期的に展示や施設運営に関する意見を募る仕組みを構築しています(Lindholm & Gulmann, 2007)。単発のアンケートやフィードバックではなく、制度的に位置づけられた対話の場を通じて、子どもたちの声が実際の運営方針に反映されている点が特徴的です。また、アイスランドの博物館では、幼児に対する「コンサルティング手法」として、非言語的手段や感覚的反応の読み取りを通じて、子ども特有の表現を経営判断に活かす取り組みが行われています(Einarsdóttir, 2007)。
こうした参画型の実践は、日本の博物館でも応用可能です。たとえば、教育普及部門の活動において、ワークショップの内容を子どもと共に設計したり、常設展示の改善案を子どもの視点から検討したりすることは、現実的かつ段階的に導入しやすいアプローチといえるでしょう。また、学校教育や地域活動と連携した「子ども評議会」的な制度をモデル的に導入することも、制度的整備の第一歩となります。
ここで重要なのは、子どもにやさしい博物館デザインとは何か で扱ったような、空間設計における配慮と本記事の主題である「参画の仕組みづくり」との違いを明確にすることです。前者が物理的・心理的なアクセシビリティを高めることを目的とするのに対して、後者は制度や組織のあり方そのものに子どもを組み込むことを意味します。どちらも重要な取り組みですが、参画はより経営的な視点と戦略性を必要とする分野です。
参画型プログラムは、教育成果にとどまらず、博物館の公共性や透明性、さらには社会的信頼の醸成にも貢献します。子どもとの協働を制度的に支える仕組みは、博物館の経営における戦略資源として位置づけるべき重要な要素となっているのです。
子どもの視点を活かす博物館経営戦略
博物館において「子どもの視点」をどう位置づけるかという問いは、単なる教育プログラムの設計にとどまらず、経営戦略の根幹にかかわる重要なテーマとなっています。近年、子どもは「教育の対象」ではなく「協働の主体」として捉えられるべきだという認識が広がりつつありますが、それは単なる人権的配慮にとどまらず、博物館経営にとっても大きな価値をもたらすものです。
子どもが持つ感性や直観、想像力は、しばしば大人が見落としがちな「潜在的な課題」や「感情的な違和感」を浮かび上がらせる力を持っています。たとえば展示室の「怖さ」や、導線の「わかりにくさ」などは、大人の論理的視点だけでは気づきにくい問題ですが、子どもの率直な反応によって明らかになることがあります。このような視点は、いわば「戦略的資源」として扱うことができ、博物館のサービス改善に実践的に貢献します(Bryant, 2011)。
さらに、子ども参画が組織の文化そのものに与える影響も無視できません。子どもの声を制度的に取り入れることは、単なるアクセシビリティの向上にとどまらず、組織内の「柔軟性」や「透明性」を高めることにつながります。子どもとの協働を日常的に実践するスタッフは、より開かれた対話姿勢を身につけ、他の来館者との関係構築にもよい影響を及ぼすとされています(Wolf & Wood, 2012)。また、こうした取り組みは外部からの評価にも影響し、博物館全体のブランドイメージを「包摂的」「未来志向」として強化することができます。
子どもの視点を経営マネジメントに活用する実践例としては、来館者データの収集方法に子ども特有の表現様式(絵、言葉、ジェスチャーなど)を取り入れる試みがあります。また、子どもから得たフィードバックを組織のミッションやビジョンの再定義に活かすという事例も報告されています(Clark, 2010)。このように、子どもの声は単なる感想にとどまらず、博物館の理念形成や評価指標の再設計にまで影響を与える可能性があります。
ただし、こうした取り組みを急進的に進めるのではなく、段階的に導入していくことが現実的です。まずは小規模なワークショップを通じて子どもの意見を収集し、それをもとに展示の一部を調整するような「試行的導入」から始めることが効果的です。その後、定期的な子ども評議会の開催や、ガイドラインの策定といった制度化のステップに進むことで、より持続可能な仕組みとして定着していくことが期待されます。リソースに限りがある地域博物館でも、地域の学校や放課後施設との連携を通じてこうした活動を実現することは可能です。
子どもを「未来の来館者」としてではなく、「現在の経営戦略パートナー」として位置づけること。それは、博物館が公共性と革新性の双方を追求するうえで避けては通れない視座となってきています。博物館にとって、子どもは学びの対象であると同時に、経営をともにつくる重要なステークホルダーなのです。
ソーシャルアクションを促進する博物館の設計とは
博物館が子どもの社会的主体性を育む場となるためには、単なる参加の機会提供にとどまらず、「ソーシャルアクション」を促進する設計が求められます。ここでいうソーシャルアクションとは、子どもが自らの視点から社会の課題を見つけ出し、それに対して働きかける行為のことを指します。博物館がこのようなアクションの場となるためには、子どもの関心や生活経験を出発点とする構成が必要です(Anderson et al., 2002)。
子どもが社会的テーマと出会い、自分ごととして考えるためには、「対話」と「共創」を軸とした展示設計が有効です。たとえば、地域の環境問題や学校生活におけるジェンダーの違和感など、子どもたち自身の生活に密着したトピックを扱うことで、関与の度合いは大きく変わってきます。こうしたプロセスにおいて、展示は一方通行の情報提供から脱し、子どもが問いを立て、他者と共有し、時には意見を可視化できるような応答性のある構造が必要になります(Clark, 2010)。ワークショップ形式の展示づくりや、意見を反映させて変化していく「可変的展示」は、まさにこうした共創のあり方を象徴しています。
こうした展示活動を一過性のものに終わらせないためには、制度的な支えも欠かせません。近年、多くの博物館で導入されている「ユースカウンシル(若者評議会)」のような制度は、子どもの声を組織内の意思決定に位置づける仕組みとして注目されています。定期的に開催される対話の場において、子どもが企画提案や展示評価に参加することで、博物館は継続的に社会性と柔軟性を保つことが可能になります。こうした制度は、地域の学校や行政、福祉機関などとの連携によって補完されることで、より持続可能な形で展開できます(Einarsdóttir, 2007)。
このような設計において特に重要なのが、「安心して失敗できる空間」の確保です。ソーシャルアクションの芽生えは、試行錯誤や葛藤を含むプロセスです。大人の支配的な視点で成果を急ぐのではなく、子どもたちが自由に考え、語り、模索できる場を設けることが、長期的には主体性の形成に資することになります。そのためにも、職員のファシリテーション能力や対話のスキルが重要となり、館全体での教育的ガバナンスの再構築が求められます(Hooper-Greenhill, 2007)。
こうした子ども参画型の空間設計は、「チャイルドフレンドリーな博物館デザイン」と混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。チャイルドフレンドリーな設計とは、物理的なバリアの除去や感覚への配慮などを中心とした「子どもにとって優しい空間」を意味します。一方、本稿で扱っている設計は、「子どもが社会に関与し、変革を生み出す」ことを可能にする構造的支援です。この点については、以前の記事「子どもにやさしい博物館デザインとは何か」で詳しく扱っており、両者の違いと補完関係を理解するためには、両記事を併せて読むことが有益です。
子どもが博物館を通じて社会に参加し、行動する主体として成長すること。それは、博物館が公共空間としての役割を果たすうえで、今後ますます重要な戦略的課題となっていきます。
まとめ:子どもとともに社会をつくる博物館経営の未来
本稿では、博物館における子どもの社会参加について、理論的背景から具体的実践、経営的な制度設計までを段階的に検討してきました。改めて強調したいのは、子どもとの協働が博物館にとって単なる教育的配慮ではなく、社会とのつながりを再構築するための経営戦略となりうるという点です。現代の博物館は、知識の保管や伝達にとどまらず、対話と共創の場としての役割が求められています。そのような場において、子どもは受け身の学習者ではなく、社会に対して問いを立て、表現し、関与する「現在の協働者」として存在しています(Clark, 2010)。
子どもの視点は、大人では気づきにくい問題を照らし出す力を持っています。たとえば、環境破壊や格差といった複雑な社会課題に対して、子どもたちは生活の中で感じた素朴な疑問や違和感を出発点に、鋭い洞察を提示することがあります。博物館がこうした子どもの声を受け止め、展示や活動に反映することで、来館者と地域社会とのあいだに新たな対話が生まれます。このような循環は、博物館が閉じた専門機関ではなく、社会変革の触媒として機能するための条件とも言えるでしょう(Hooper-Greenhill, 2007)。
一方で、こうした活動を持続可能に展開していくためには、制度的な整備が欠かせません。ユースカウンシルの設置、協働型展示の導入、失敗を許容する運営方針など、子ども参画を組織に定着させるには、財政面・人的資源・教育方針の三位一体的な調整が必要です。さらに、教育普及、展示企画、評価・広報といった館内の各部門が連携し、「子ども参画」を館全体の方針として明確に位置づけるガバナンスの再構築も求められます(Einarsdóttir, 2007)。
重要なのは、子どもを「未来の来館者」として育てる視点だけでは不十分であるという認識です。むしろ、今この瞬間に社会の一員として対話し、影響を与える存在として子どもを捉える視座が、現代の博物館経営には不可欠です。教育活動やイベントといった一時的な関与にとどまらず、制度として子どもとの協働を位置づけることこそが、公共性を高め、地域に根ざした博物館を実現する鍵となります。
こうした実践は、単に子どもの「声」を聞くのではなく、子どもが社会に働きかける「手段」として博物館を活用できるように設計することを意味します。それは、博物館の使命を広げ、持続可能な未来社会をともにつくるための、戦略的な挑戦でもあるのです。
参考文献
- Clark, A. (2010). Transforming children’s spaces: Children’s and adults’ participation in designing learning environments. Routledge.
- Einarsdóttir, J. (2007). Research with children: Methodological and ethical challenges. European Early Childhood Education Research Journal, 15(2), 197–211.
- Hooper-Greenhill, E. (2007). Museums and education: Purpose, pedagogy, performance. Routledge.
- Shaffer, S. E. (2024). Museums, children and social action. Routledge.