多くの博物館では、来館者との継続的な関係を築く手段として会員制度が導入されています。しかし現場では、「新規加入はあるものの更新されない」「数年で会員が定着しない」といった悩みが繰り返し語られてきました。こうした状況に対して、会費水準が高すぎるのではないか、特典が魅力的ではないのではないかといった改善策が検討されることも少なくありません。
しかし、本当に問題なのは特典の内容や価格設定なのでしょうか。会員制度がうまく機能しない背景には、会員を「何として位置づけているのか」という、より根本的な設計思想の問題が潜んでいるように思われます。すなわち、会員制度を割引や優待を提供するための仕組みとして捉えているのか、それとも博物館と市民との関係を継続的に育てていくための制度として捉えているのか、という違いです。
デジタル環境が進展した現在、来館者や会員の行動は大きく変化しています。博物館との接点は来館時だけに限られず、ウェブサイトやSNSを通じて、来館前から関係が始まるようになりました。また、会員でなくなった後も、博物館に対する好意や帰属意識を保ち続ける人々が存在することも指摘されています。さらに、組織が関係を大切にしていると感じられるかどうかが、再訪や支援といった行動に影響を与えることも明らかになりつつあります。
本稿では、こうした変化を手がかりに、博物館の会員制度が「特典を提供する仕組み」から「関係を設計する制度」へと移行していることを整理します。その上で、会員制度をどのように捉え直す必要があるのかを考えていきます。
デジタル時代に変化した博物館会員の行動
会員との関係は来館前から始まっている
デジタル環境の進展により、博物館と来館者・会員との関係は大きく変化しました。かつて博物館との最初の接点は、建物の入口や展示室でしたが、現在ではウェブサイトやSNS、検索結果など、来館前のオンライン空間がその役割を担っています。多くの来館者は、展示を観る前から、その博物館がどのような価値観を持ち、どのような姿勢で社会と向き合っているのかを無意識のうちに読み取っています。
この変化は、会員制度の位置づけにも影響を与えています。会員制度は、来館後に割引や特典を追加的に選択する仕組みではなく、来館前から想定される関係性の一部として機能するようになっています。つまり、会員になるかどうかは、展示体験の満足度だけで判断されるのではなく、「この博物館とどのような関係を結びたいのか」という意識と結びついているのです。
そのため、来館者や潜在的会員は、特典の内容よりも、博物館がどのような組織であり、自分自身とどのように関わろうとしているのかを重視するようになっています。会員制度は短期的な利用を促す仕組みではなく、長期的な関係性を前提として再設計される必要があると指摘されています(Rich et al., 2014)。
会員は「体験」より「関係性」を評価している
デジタル時代の会員行動を理解するうえで重要なのは、会員が必ずしも「満足したから継続する」わけではないという点です。展示が面白かった、イベントが充実していたといった体験の評価だけでは、会員関係は長続きしません。むしろ、「自分は大切にされている」「この博物館は関係を維持しようとしている」と感じられるかどうかが、継続や支援行動を左右します。
このような感覚は、一方向的な広報や情報提供からは生まれにくくなっています。ニュースレターや告知を送るだけでは、関係性が深まったとは感じられません。会員は、博物館からの発信を受け取る存在ではなく、関係の当事者として扱われることを求めています。
実際に、博物館が来成者や会員との関係に配慮し、関係を維持しようとする姿勢が知覚されること自体が、再訪意図や推奨意図といったロイヤルティを高めることが示されています(Recuero Virto et al., 2019)。このことは、会員制度を体験の延長としてではなく、関係性を育てる制度として捉え直す必要性を示しています。
なぜ「特典中心型」の会員制度は更新されなくなったのか
特典型会員制度が前提としていたモデル
多くの博物館で長らく採用されてきた会員制度は、会費と特典を交換する「取引モデル」を前提としていました。一定の年会費を支払うことで、入館料の割引や無料チケット、会員限定イベントへの参加といった特典が提供され、その魅力が加入や更新の動機になると考えられてきたのです。このモデルでは、会員はサービスの受け手であり、会員制度は来館頻度を高めるためのインセンティブ装置として位置づけられていました。
このような特典中心型の会員制度は、来館行動が比較的安定していた時代には一定の効果を発揮していました。来館そのものが主たる体験であり、割引や優待が再訪を後押しする合理的な理由として機能していたためです。しかし、デジタル環境が進展し、来館者の情報行動や価値判断が変化する中で、この前提は次第に揺らぎ始めています。
会員制度が短期的な取引として設計されてきた背景には、会員を「継続的に利用する顧客」として捉える発想がありました。しかし、そのような理解では、会員との関係は特典の魅力が失われた時点で容易に途切れてしまいます。デジタル時代においては、特典は比較可能で代替されやすく、更新の決定要因としての力を弱めています。このことは、会員制度を単なる取引として扱うことの限界を示していると言えます(Rich et al., 2014)。
更新されない会員=失敗ではない
特典中心型会員制度が機能しなくなった理由を考える際、「更新されない会員」を一律に制度の失敗と捉える視点には注意が必要です。実証研究によれば、会員を更新しなかった人々の多くは、博物館に対して不満を抱いているわけではありません。むしろ、展示やサービスに対して高い満足感を持ち続けているケースも少なくないことが明らかになっています。
こうした非更新者の特徴は、会員資格という行動的な関係を終了させた後も、博物館に対する心理的な好意や帰属意識を維持している点にあります。著者らはこの状態を「停滞した関係(stalled relationship)」と呼び、正式な会員ではなくなっても、博物館との関係そのものが断絶していない状態として位置づけています(Reavey et al., 2013)。
この概念が示しているのは、会員関係が必ずしも加入と更新という二分法で整理できるものではないという事実です。特典中心型の会員制度では、更新という行動だけが関係の指標として重視されてきました。しかし実際には、行動としての会員資格が失われても、心理的な関係が残り続けることがあります。このような関係を捉え損なうと、会員制度の役割や可能性を過小評価してしまうことになります。
更新されない会員を単なる離脱者として扱うのではなく、関係が停滞している状態として理解することは、会員制度を取引から関係へと再定義する上で重要な視点となります。
会員制度は「関係設計」として再定義されている
会員とは「顧客」ではなく「関係主体」である
特典中心型の会員制度が限界を迎える中で、博物館の会員制度は「関係設計」として再定義されつつあります。ここで重要なのは、会員を単なる利用者や顧客として捉えるのではなく、博物館との関係を担う主体として位置づけ直す視点です。会員は入館料を割引価格で利用する存在ではなく、博物館の理念や活動を理解し、それを社会に媒介する存在でもあります。
このように捉えると、会費の意味合いも変わってきます。会費はサービスの対価ではなく、博物館の活動や価値に関与する意思を示すものとして理解されます。つまり、会員になるという行為は、経済的な取引というよりも、博物館との関係に参加する選択だと位置づけられるのです。
デジタル時代においては、博物館の活動は来館体験だけにとどまらず、情報発信や教育普及、社会的課題への関与など、多層的に展開されています。会員はそれらを理解し、支持し、ときに外部へ伝える存在となります。その意味で、会員制度は「顧客管理」の仕組みではなく、博物館と社会をつなぐ関係の基盤として設計される必要があります。会員を長期的な関係のパートナーとして位置づける視点は、まさにこの転換を示すものです(Rich et al., 2014)。
関係への投資がロイヤルティを生む構造
関係設計として会員制度を捉える際に鍵となるのが、「関係への投資」という考え方です。会員の継続や支援行動は、単に利便性が高いから、特典が充実しているから生まれるわけではありません。むしろ、博物館が会員との関係を維持しようと努力していると知覚されること自体が、行動に影響を与えます。
関係への投資とは、特別なイベントや高価な特典を用意することに限られません。会員の存在を意識したコミュニケーションや、支援がどのように博物館の活動につながっているのかを丁寧に伝える姿勢、意見や関心に配慮する態度など、関係を大切に扱っているという感覚を生み出す行為の積み重ねです。
実証研究では、博物館がこのような関係への投資を行っていると会員に知覚されると、再訪意図や他者への推奨意図といったロイヤルティが有意に高まることが示されています。重要なのは、利便性や特典そのものよりも、「配慮されている」「関係を維持しようとしている」と感じられるかどうかです。この構造は、関係への投資がロイヤルティを生む因果関係として整理されています(Recuero Virto et al., 2019)。
このように考えると、会員制度の役割は明確になります。会員制度とは、特典を提供する装置ではなく、関係への投資を制度的に継続するための枠組みです。会員制度を関係設計として捉え直すことは、ロイヤルティを偶発的な結果ではなく、設計可能な成果として位置づけることにつながります。
会員獲得は「売ること」ではなく「関係を始めること」
なぜ会員獲得は販売モデルでは失敗するのか
会員獲得を考える際、多くの博物館ではいまだに「販売モデル」の発想が残っています。すなわち、どのような特典を提示すれば加入してもらえるのか、どの価格帯であれば納得されるのかといった視点です。しかし、デジタル時代の来館者は、こうした条件を比較・選択することに慣れており、単なる「お得さ」だけでは行動を決定しなくなっています。
現在の来館者は、展示や施設そのものだけでなく、その博物館がどのような価値観を持ち、社会の中でどのような役割を果たそうとしているのかを見ています。そのため、会員獲得においても、「何が安くなるか」よりも、「何に関われるのか」「どのような意味を持つのか」といった点に反応します。会員になるという行為は、商品を購入する判断ではなく、関係に参加する選択として捉えられるようになっているのです。
このように考えると、会員獲得はゴールではなく、あくまで関係の入口に過ぎないことが分かります。加入した瞬間に関係が完成するのではなく、そこから関係が始まるという理解が不可欠です。会員制度を関係のプロセスとして捉え直す必要性は、まさにこの点にあります(Rich et al., 2014)。
来館体験と会員加入を切り離さない設計
会員獲得を関係の始まりとして位置づけるならば、重要になるのは加入のタイミングです。会員加入は、事務的な案内やキャンペーンの結果として行われるものではなく、来館体験の中で自然に生じるべきものです。展示を通じて感動や納得が生まれた瞬間、「この博物館と関わり続けたい」という気持ちが芽生え、その延長線上に会員加入が位置づけられることが望まれます。
来館体験と切り離された会員加入は、関係の文脈を欠いたまま成立するため、継続につながりにくくなります。一方で、体験の意味や価値が十分に共有された上で始まった関係は、その後のコミュニケーションや関与を受け入れる土台となります。会員加入を体験の延長として設計するかどうかは、結果として継続率を大きく左右する要因となります。
このように、会員獲得は短期的な成果を求める施策ではなく、関係をどのように始めるかという設計の問題として捉え直す必要があります。
関係設計としての会員制度を実装するための具体的施策
会員制度を「更新率」だけで評価しない
会員制度の成否を更新率だけで判断すると、見落としが生じます。会員資格という行動的な関係が終わっていても、博物館への好意や帰属意識といった心理的な関係が残っている場合があるためです。この状態は、関係が断絶したのではなく、関係が「停滞」していると捉える方が実態に近いことが示されています(Reavey et al., 2013)。
したがって、非更新者を一律に離脱者として扱うのではなく、関係の濃淡として把握し、再加入を迫る前に関係を保つ接点を設計することが重要です。会員・元会員・非会員を二分法で管理するのではなく、関係の状態がどこにあるのかという視点を導入することで、会員制度の評価と改善の精度が上がります。
特典を増やすのではなく「関与の意味」を可視化する
特典中心型の会員制度は、会費と特典を交換する取引モデルとして運用されてきました。しかし、デジタル時代には特典は比較可能で代替されやすく、関係を深める力を弱めています。会員制度を関係のプロセスとして捉え直し、会員を長期的な関係のパートナーとして位置づける必要があると指摘されています(Rich et al., 2014)。
実装上の要点は、特典を追加することではなく、会費がどの活動を支え、どのような価値につながっているのかを可視化することです。会員を「割引を受ける人」としてではなく、活動の理解者・支持者として扱うことで、会費が「対価」ではなく「関与の意思表示」として受け取られやすくなります。
「関係への投資」が伝わるコミュニケーション設計
関係設計を具体化する上で鍵となるのが、博物館が関係を維持しようとする努力が会員に「知覚される」ことです。関係への投資が知覚されるほど、再訪意図や推奨意図といったロイヤルティが高まることが示されています(Recuero Virto et al., 2019)。ここで重要なのは、実際にどれだけコストをかけたかよりも、「配慮されている」「関係を大切にされている」と感じられるかどうかです。
そのため、会員向けの発信は告知中心の一方向型から、応答や配慮が伝わる設計へと転換する必要があります。会員の存在を前提にした語り方、支援がつながる成果の共有、関心や意見を尊重する姿勢が見える構成は、関係への投資として知覚されやすくなります。
来館体験と会員関係を分断しない導線設計
会員加入は受付での事務的な手続きとして扱われがちですが、関係設計の観点では「関係が始まる瞬間」として扱う必要があります。展示体験の中で感動や納得が生まれた直後に、「この博物館と関わり続けたい」という意識が立ち上がり、その延長線上に会員加入が位置づく構造をつくることが重要です。
具体的には、体験の意味が理解されたタイミングで会員制度の意義が自然に理解できる説明を用意し、会員加入を体験の外側に置かないことが求められます。会員獲得を短期の販売成果ではなく、関係の入口として扱うことで、その後の継続率にも影響が及びます。
会員制度を「関係ポートフォリオ」として捉える
会員との関係は、必ずしも加入から更新へと直線的に発展するものではありません。行動的な関係が停滞しても心理的な関係が残ることがあり、関係の進み方は複雑であることが示唆されています(Reavey et al., 2013)。また、関係への投資が知覚されることがロイヤルティを高めるという知見は、関係の成果を設計可能なものとして捉える視点を与えます(Recuero Virto et al., 2019)。
この前提に立つと、すべての会員を同一の深度で扱うのではなく、関与の仕方の違いを前提に「関係ポートフォリオ」として設計する必要があります。更新の有無だけで関係を判断せず、関心の継続や推奨といった成果も含めて関係の状態を捉えることで、会員制度をより現実に即した形で運用できます。
まとめ|会員制度は博物館の公共性を映す鏡である
本稿で見てきたように、会員制度のあり方は、博物館が市民をどのような存在として捉えているかを如実に表します。特典中心の会員制度は、会費とサービスを交換する取引を前提とし、市民を主に「消費者」として位置づけてきました。この枠組みでは、特典の魅力が薄れた瞬間に関係が切れやすく、会員制度は短期的な成果に左右されやすくなります。
一方で、関係中心の会員制度は、市民を博物館活動を共に支える「パートナー」として扱います。会費は単なる対価ではなく、価値や使命に関与する意思表示として意味づけられ、会員制度は関係を育てるための制度装置となります。この違いは、更新率や獲得数といった数値以上に、博物館が社会とどのような関係を築こうとしているのかを示しています。
会員制度の設計は、博物館の公共性を内側から可視化する仕組みでもあります。市民を一時的な利用者として扱うのか、それとも価値を共有する主体として迎え入れるのか。その選択は、博物館が社会に対して開かれた存在であり続けるかどうかに直結します。
また、会員資格という行動的な関係が途切れた後も、博物館への心理的な関係が残り続ける場合があることは重要な示唆を与えます。このような関係には、再びつながり直す余地があると指摘されています(Reavey et al., 2013)。会員制度を関係設計として捉え直すことは、博物館の公共性を持続的に支える基盤を整えることにほかなりません。
参考文献
- Rich, P., Hines, D. S., & Siemer, R. (2014). Membership marketing in the digital age: A handbook for museums and libraries. Rowman & Littlefield.
- Recuero Virto, N., Gómez Punzón, J., Blasco López, M. F., & Figueiredo, J. (2019). Perceived relationship investment as a driver of loyalty: The case of an archaeological museum. Journal of Destination Marketing & Management, 11, 23–31.
- Reavey, B., Howley, M. J., & Korschun, D. (2013). An exploratory study of stalled relationships among art museum members. International Journal of Nonprofit and Voluntary Sector Marketing, 18(2), 90–100.

