博物館に、ある企業から高額の協賛提案が届いたとします。財政的には大きな助けになりますが、企業側は、展示室に企業名を大きく掲示すること、展示内容を公開前に確認すること、自社の事業に批判的なテーマを扱わないこと、さらに契約期間中は不祥事が発生しても企業名を撤去しないことを条件として提示しています。
この企業や資金に明らかな違法性がなければ、法令上は受入れ可能な場合もあるでしょう。しかし、適法であることと、博物館として受け入れることが妥当であることは同じではありません。提示された条件によって、展示や研究の内容が資金提供者の意向に左右されれば、博物館が本来保持すべき専門的な判断と自律性が損なわれる可能性があります。一方で、企業名の掲示や事業内容の確認が、すべて不当な介入に当たるとも限りません。どこまでを合理的な協議と認め、どこからを受入れられない条件と判断するかが問題になります。
博物館は、寄付額、寄付者の評判、資金の由来、寄付条件のうち、何を基準に受入れを判断すればよいのでしょうか。
これは、実務から遠い例外的な問題とは言い切れません。米国のファンドレイザー52人を対象とした予備調査では、約半数が問題のある寄付者に直面した経験を持つ一方、所属組織に対応方針があると答えた割合は約3分の1でした。ただし、この調査を含む研究が検討したのは、架空の寄付場面に対する道徳的な受入れ可能性であり、実際の寄付受入れ行動や方針の効果を測定したものではありません(Rahwan & Leuker, 2023)。
だからこそ、ファンドレイジングの倫理を、問題のある寄付者を排除するための禁止一覧だけで捉えるのは不十分です。寄付をどのように募集し、どの条件で受け入れ、どのように管理・報告し、寄付者を顕彰するのか、さらに受入れ後に問題が判明した場合にどう対応するのかまで、組織として考えておく必要があります。
必要なのは、すべての博物館が同じ寄付を同じように断ることではありません。担当者の感覚ではなく、博物館の使命、専門的自律性、寄付者の権利、公共からの信頼を踏まえ、組織として定めた原則と手続に基づいて受入れの可否を判断できる状態をつくることです。
ファンドレイジング倫理は、違法か合法かだけでは決まらない
博物館が寄付を受け入れる際、法令に違反していないことは当然の前提です。しかし、適法であることだけで、受入れが倫理的に妥当だとはいえません。寄付者の事業や寄付条件が博物館の使命と矛盾していたり、展示や研究への介入を求めていたりすれば、専門的自律性が損なわれる可能性があります。また、寄付者の意思を正確に記録しない、必要以上に個人情報を収集する、実現できない顕彰や報告を約束する、担当者や役員に利益相反があるといった問題も、違法性とは別に検討しなければなりません。受入れによって社会やコミュニティからの信頼が損なわれる場合も同様です。
ファンドレイジング倫理には、一つの価値だけを優先すればよいという単純な答えはありません。先行研究では、公共からの信頼を守ること、寄付者の意思を重視すること、フィランソロピーそのものに奉仕すること、寄付者と支援を受ける側の権利を調整することなど、複数の規範的な視点が整理されています(MacQuillin, 2023)。どの視点を重視するかによって、同じ寄付でも判断が異なる可能性があります。なお、これは博物館向けの統一的な倫理方針や、本記事で後述する判断基準を示したものではありません。
さらに、倫理問題は寄付者や資金源を確認する場面だけに生じるものではありません。ファンドレイザーが誠実に行動しているか、寄付によって組織の使命や事業の優先順位が変わらないか、寄付者情報を適切に管理しているか、指定された使途を守っているか、寄付者と組織の価値観に重大な不一致がないかなど、資金調達の全過程に関わります。そこには、個人の行動だけでなく、組織としての管理、記録、説明責任も含まれます(Worth, 2025)。
したがって、ファンドレイジング倫理とは、寄付者を審査することだけではありません。博物館自身の募集方法、説明、契約、情報管理、顕彰、意思決定が、使命と社会的責任に照らして妥当かを問い直すことです。これは収集、展示、保存、コミュニティとの関係を含む博物館倫理全体の一領域でもあります。博物館倫理の基本的な考え方については、「博物館の倫理とは何か」で整理しています。
倫理方針は寄付の4つの段階を対象にする
ファンドレイジング倫理方針は、寄付の申出が届いた時点で受入れの可否だけを判断する規程ではありません。寄付者への働きかけから、受入れ、管理、報告、受入れ後の再評価までを一つの過程として捉える必要があります。以下の4段階は、博物館の実務に合わせて本記事が整理したものです。
1.寄付を募集する
募集段階では、寄付によって実現できる成果を誇張せず、募集主体と資金の使途を明確にします。実現できない事業や顕彰を約束したり、立場や人間関係を利用して過度な心理的圧力をかけたりしてはなりません。寄付するかどうかは、寄付者が十分な情報を得たうえで自由に決定できる必要があります。
2.寄付を評価し、受け入れる
受入れ前には、寄付者と資金の由来、博物館の使命との整合性、提示された条件、利益相反の有無を確認します。展示、研究、命名などに影響する案件では、ファンドレイジング担当者だけでなく、学芸、経営、財務など複数の立場から検討することが必要です。
3.寄付を記録し、管理・報告する
受入れ後は、寄付者の意思や条件を正確に記録し、使途が指定された寄付を目的どおりに使用します。寄付者情報へのアクセスを必要な範囲に限定するとともに、資金の使用状況を適切に報告し、名称掲出などの顕彰も契約に沿って管理します。
4.受入れ後の問題に対応する
寄付者の不祥事、企業の事業内容や所有関係の変化などにより、受入れ時には想定しなかった問題が生じることがあります。その場合は、契約内容と博物館への影響を再確認し、説明、顕彰の変更や撤去、契約終了などを検討します。返還については、個別の契約や法的条件も確認しなければなりません。
こうした過程を組織として管理するには、方針を運営主体が承認し、公開し、定期的に見直すとともに、寄付の評価、受入れ、記録、管理に関与する人物や組織を明記することが求められます(International Council of Museums, 2020)。倫理方針を機能させるには、誰が募集し、誰が重要案件を審査し、誰が説明責任を負うのかを館内で共有する必要があります。組織内の役割を整える方法については、「博物館のファンドレイジングは何から始めるべきか」で説明しています。
ファンドレイジング倫理方針は上位の原則として位置づけ、寄付受入れ方針、企業協賛基準、利益相反規程、個人情報保護方針、見込寄付者調査基準、命名・顕彰規程、寄付契約書の標準様式などへ具体化します。倫理方針が対象とするのは寄付の入口だけではなく、募集から受入れ後の再評価まで続く、博物館と寄付者の一連の関係です。
倫理方針が調整する3つの責任
以下の三分類は、一つの研究が標準モデルとして提示したものではありません。ICOM、AFP、Worthなどの情報源をもとに、本記事が博物館実務向けに統合した整理です。ファンドレイジング倫理は、博物館と寄付者の利害を二者間で調整するだけの問題ではありません。博物館の公共的責任、寄付者の権利、組織と専門職の誠実性を同時に考える必要があります。
1.博物館の使命と公共への責任
博物館は、寄付を集めること自体を目的とする組織ではありません。寄付は、設置目的に基づく収集、保存、展示、研究、教育などの活動を支える手段です。そのため、資金提供を受けても、展示内容、研究成果、資料の取扱いなどに関する最終的な判断は、博物館が保持しなければなりません。寄付者の意見を聞き、協議することと、学芸員や研究者の専門的判断を寄付者に委ねることは異なります。
博物館には、コレクションや文化財を将来へ継承する責任だけでなく、来館者や地域社会に対して、なぜその寄付を受け入れ、どのように使用したのかを説明する責任もあります。短期的な資金確保によって、使命、活動の完全性、公共からの長期的な信頼を損なってはなりません(International Council of Museums, 2020)。
2.寄付者への責任
一方、寄付者も単なる資金源ではなく、尊重されるべき権利を持つ主体です。寄付者には、博物館の使命や寄付金の利用方法について正確で率直な説明を受け、寄付するかどうかを自由に決める機会が必要です。使途を指定した場合には、その意思が尊重され、寄付後には適切な感謝と資金の使用状況に関する報告を受けられることが求められます(Association of Fundraising Professionals, n.d.)。
匿名を希望するか氏名を公表するか、どの方法や頻度で連絡を受けるか、今後の寄付案内を受け取るかどうかについても、本人の選択を尊重する必要があります。こうした寄付者との関係を設計するドナー・ジャーニーは、寄付者の意思と個人情報を守りながら、長期的な信頼関係を築く基礎になります。
3.組織と専門職の誠実性
倫理方針は、寄付者だけでなく、博物館側の行動も対象とします。職員や役員は利益相反を申告し、寄付者との関係を私的利益に利用したり、過大な贈答や便宜を受けたりしてはなりません。寄付額に連動する歩合報酬は、寄付者や組織の利益よりも担当者自身の報酬を優先させるおそれがあります。また、過去の勤務先で得た寄付者情報を持ち出すことも、専門職として認められません(Association of Fundraising Professionals, n.d.; Worth, 2025)。
組織としても、判断理由を記録し、寄付者情報へのアクセスを業務上必要な範囲に限定するとともに、不都合な事実を隠さず、意思決定に必要な部署や役員へ適切に共有する必要があります。倫理方針は、博物館を寄付者から守るだけでも、寄付者を博物館から守るだけでもありません。博物館、寄付者、社会の間にある複数の責任を調整するためのものです。
博物館が確認すべき7つの判断基準
以下の7項目は、一つの研究が標準モデルとして提示したものではありません。MacQuillin、Rahwan and Leuker、ICOM、AFP、Worth、Matthewなどをもとに、本記事が博物館実務向けに再整理した判断枠組みです。寄付、企業協賛、助成、遺贈、命名などを検討するときは、金額の大きさだけでなく、資金の由来、条件、組織への影響を複数の視点から確認する必要があります。
1.資金の由来と寄付者の行為に重大な問題がないか
最初に確認するのは、寄付者の名称や表面的な評判だけではなく、資金がどのように形成されたかです。違法に取得された資金ではないか、犯罪行為や反社会的勢力との関係がないか、重大な行政処分や訴訟がないかを確認します。法人の場合は、親会社、経営者、実質的支配者まで視野に入れる必要があります。また、寄付が資金洗浄や、社会的批判をかわすための評判回復に利用される可能性も検討対象です。
架空の寄付場面に対する判断を調べた研究では、犯罪行為に関係する寄付者は、法的違反には至らない価値観上の問題を抱える寄付者よりも、道徳的な受入れ可能性を大きく低下させました。ただし、これは人々の道徳判断を測定した結果であり、個別案件の法的可否や最適な寄付受入れ方針を示したものではありません(Rahwan & Leuker, 2023)。法的評価が必要な場合は、法務担当者などへの確認が別途必要です。
2.博物館の使命とコミュニティの価値に整合するか
寄付者の業種だけを見て、一律に受入れまたは拒否を決める方法には限界があります。博物館の設置目的、収集・展示・研究分野、寄付者の事業と寄付目的、地域社会との関係、当事者や関係コミュニティへの影響をあわせて検討する必要があります。博物館が過去に公表してきた価値や方針との一貫性も重要です。同じ業種からの支援でも、館種や展示テーマによって、使命や公共的信頼への影響は異なり得ます。
3.展示・研究・教育活動の最終決定権を維持できるか
寄付者との対話や事業内容の共有は必要ですが、専門的判断への介入とは区別しなければなりません。展示内容への拒否権、研究成果の事前承認、特定資料や論点を扱わないという約束、学芸員や研究者の人事への介入、協賛企業に不利な事実を示さないという条件は、博物館の自律性を損ないます。寄付者の広告を博物館の公式見解であるかのように表示することも避けるべきです。
資金提供を受けても、展示、研究、教育活動の内容と完全性に関する最終的な統制は博物館が保持する必要があります(International Council of Museums, 2020; Matthew, 2022)。企業からの支援と学芸的判断を分ける方法については、「学芸的自律性を守る企業協賛の設計」で詳しく説明しています。
4.利益相反や不適切な私的利益が生じないか
確認の対象は、ファンドレイジング担当者だけではありません。館長、役員、学芸員、設置者関係者、審査委員、外部コンサルタントなどについて、親族関係、取引関係、就職・転職上の利害、贈答や接待、紹介料、成功報酬、個人的な寄付や貸付けの有無を確認します。利益相反が存在すること自体よりも、それを申告せず、当事者が審査や決定に関与し続けることが問題です。必要に応じて、情報開示や審査からの除外を行います。
5.寄付条件を将来にわたって履行できるか
高額な寄付でも、展示室や設備の維持費、指定事業の継続費用、追加人員の雇用など、将来の負担を伴う場合があります。永久的な名称掲出、長期間の報告義務、事業終了後の残額処理、寄付目的が実現できなくなった場合の対応も、受入れ前に確認すべき事項です。制限付き寄付は、新しい事業や費用を生み、組織の優先順位や使命に影響を与える可能性があります(Worth, 2025)。受け取れる金額ではなく、約束を継続して守れるかを判断しなければなりません。
6.寄付者の意思と個人情報を守れるか
寄付者意思については、使途や条件を正確に記録し、口頭の約束も含めて関係者間で確認します。条件が実行可能か、事情が変わった場合にどのように協議するか、匿名希望をどこまで守れるかも明確にします。
個人情報については、見込寄付者調査の目的を定め、必要以上の情報を取得しないことが基本です。公開情報であっても、資産、家族、経歴などを集約する必要性を検討し、アクセス権限を限定します。削除、訂正、配信停止に対応できる仕組みや、決済情報を安全に扱う体制も必要です(Matthew, 2022; Worth, 2025)。
7.長期的な信用と他の関係者への影響を受け入れられるか
寄付は、博物館と寄付者だけの関係ではありません。来館者、地域住民、関係コミュニティ、職員、研究者、他の寄付者、設置者、共同事業者、将来世代への影響も検討します。匿名化によって寄付者名を非公開にしても、問題が完全に解消されるとは限りません。実験研究でも、匿名化が道徳的な受入れ可能性を高める効果は限定的でした(Rahwan & Leuker, 2023)。短期的な資金確保と、長期的な信用への影響を分けて考える必要があります。
最終的には、次の問いに答えられるかが重要です。この寄付を受け入れても、博物館は使命、専門的判断、寄付者への約束、コミュニティとの関係、公共からの信頼を維持できるでしょうか。
寄付受入れを担当者任せにしない7段階の手続
倫理方針の目的は、判断を自動化することではありません。難しい案件を一人の経験や感覚に委ねず、必要な情報と複数の視点に基づいて決定できるようにすることです。以下の7段階は、ICOMの基準と博物館ファンドレイジングの実務をもとに、本記事が整理したものです。実際の権限や決裁方法は、国公立館、私立館、指定管理館などの設置形態や規模に応じて調整する必要があります。
1.申出内容を記録する
寄付者、金額や資産の種類、使途、条件、顕彰、契約期間、寄付者側の期待、館内担当者を記録します。面談や電話で示された提案、将来の報告や名称掲出に関する口頭の約束も残し、後から認識の違いが生じないようにします。
2.一次確認を行う
資金や寄付者に明らかな違法性がないか、資金源と寄付条件に問題がないかを確認します。利益相反、事業の実施可能性、将来の維持費、税務・会計上の取扱いも対象です。専門的な判断が必要な場合は、法務、財務・会計部門や外部専門家に確認します。
3.リスク区分を決める
審査の程度を寄付額だけで決めてはなりません。条件の強さ、名称掲出、展示・研究への関与、寄付者情報の公開範囲、評判上のリスク、契約期間、取消しの困難さを組み合わせて判断します。少額でも、展示内容への介入や長期の命名を含む案件は高リスクになり得ます。
4.デューデリジェンスを行う
必要に応じて、寄付者本人だけでなく、法人、親会社、経営者、実質的支配者、主な事業を調べます。行政処分、訴訟、社会的批判、博物館との利益相反、過去の寄付や協賛をめぐる問題も確認します。ただし、すべての案件を同じ深さで調査するのではなく、金額とリスクに応じて範囲を設定します。
5.複数部門で評価する
案件の性質に応じて、ファンドレイジング、学芸・研究、経営、総務、財務・会計、法務、広報、個人情報保護担当、設置者や理事会などが参加します。とりわけ展示や研究の自律性に関わる条件は、資金調達担当だけで判断せず、専門部門の評価を含める必要があります。寄付の評価、受入れ、記録に関わる手続と判断主体をあらかじめ明確にすることが重要です(International Council of Museums, 2020)。
6.決定し、理由を記録する
結論は、受入れ、条件を変更したうえでの受入れ、審査継続、辞退のいずれかになります。結果だけでなく、使用した判断基準、確認した事実、利益相反への対応、決裁者を記録します。記録があれば、類似案件に一貫して対応し、後から判断理由を説明しやすくなります。
7.契約後も再確認する
契約後は、寄付金の使用、報告、顕彰、契約更新を確認します。企業の事業内容や所有関係は、買収や経営方針の変更によって変化します。不祥事や社会的評価の変化が生じる可能性もあるため、デューデリジェンスを受入れ時の一度だけで終わらせてはなりません(Matthew, 2022)。
この手続の目的は、唯一の正解を機械的に導くことではありません。難しい判断を担当者個人に負わせず、必要な情報を集め、複数の専門性を踏まえて決定し、その理由を組織として説明できる状態をつくることです。
受入れ後に寄付者の問題が判明したらどうするか
寄付に関する倫理審査は、受入れの決定によって終わるものではありません。寄付者の犯罪行為が後から判明したり、企業が重大な行政処分を受けたりする場合があります。事業内容、親会社、所有者が変わり、受入れ時にはなかった価値観上の不一致が生じることもあります。さらに、職員、来館者、地域社会から、寄付者名の撤去や関係の見直しを求められる可能性もあります。
受入れ後に取り得る三つの対応
問題が判明した寄付者への対応は、理論上、次の三つに整理できます(Dunn, 2010)。
| 対応 | 資金の取扱い | 顕彰の取扱い |
|---|---|---|
| 関係を解消する | 返還する | 撤去する |
| 顕彰のみ見直す | 保持する | 撤去する |
| 当初の対応を維持する | 保持する | 継続する |
ただし、この三類型は、実証調査によって最適な対応が確認されたものではありません。ステークホルダー理論と資源依存理論をもとに整理された分析枠組みであり、非営利組織が必ずこの三つから選ぶという意味でもありません。また、法的拘束力のある使途指定や、対価を伴う契約を中心に分析した研究ではないため、実際に返還や顕彰撤去が可能かどうかは、契約と法令を別に確認する必要があります。
組織として確認する順序
- 報道や申立てだけで判断せず、問題の内容と事実関係を確認します。
- 寄付契約、協賛契約、使途指定、命名条件などの法的義務を確認します。
- 資金が未使用か、すでに事業へ使用されたかを確認します。
- 博物館の使命、信用、来館者や関係コミュニティへの影響を評価します。
- 説明、公表、顕彰変更、契約終了、返還などの選択肢を比較します。
- 館長、理事会、設置者など、権限を持つ会議体が決定します。
- 考慮した事実と判断理由を記録し、必要な範囲で公表します。
判断には、問題の重大性、博物館との価値観の不一致、批判する関係者の広がり、寄付者名の可視性、資金の使用状況、契約上の義務、寄付者への経済的依存などが影響します。他の寄付者、受益者、来館者への影響も無視できません。受入れ後に寄付者の評判や行為が問題となった場合には、博物館の信用への影響を評価し、必要に応じて説明や公表を行い、極端な場合には返還を検討することも求められます(International Council of Museums, 2020)。
問題発生後の対応は、資金を返還するか、何もしないかの二択ではありません。ただし、複数の選択肢を公平に比較するためには、寄付を受け入れる時点で、再審査、契約終了、顕彰変更、返還などの条件と手続を定めておく必要があります。
倫理方針に盛り込む8つの項目
以下の8項目は、一つの研究や国際機関が標準様式として提示したものではありません。ICOM、AFP、Worth、Matthewと、本記事で使用する査読論文をもとに、博物館実務向けに統合した構成です。倫理方針を実際に機能させるには、理念だけでなく、何を対象とし、誰が、どの手続で判断するのかまで具体化する必要があります。
1.目的と適用範囲
最初に、方針を設ける目的と対象を定めます。個人・企業からの寄付、企業協賛、財団助成、遺贈だけでなく、現物寄付、株式、不動産、命名権、共同事業、無償のサービスや物品提供を含めるかを明確にします。金銭の受入れに限らず、博物館の名称や信用を相手方と結びつける関係も対象になり得ます。
2.基本原則
法令遵守、博物館の使命の優先、展示・研究・教育における専門的自律性、寄付者の自由意思と使途指定の尊重、透明性、個人情報保護、利益相反の回避を基本原則として示します。公共からの信頼と、関係するコミュニティへの配慮も、資金確保と並ぶ判断の前提です。
3.受入れ判断基準
受入れ時には、資金の由来、博物館の使命との整合性、専門的判断への介入の有無、利益相反、寄付条件の実行可能性、寄付者意思と情報保護、長期的な信用への影響を確認すると定めます。特定業種の名称だけで機械的に判断するのではなく、案件ごとの条件と影響を評価できる基準にします。
4.デューデリジェンス
誰を、どの範囲まで、どの情報源を用いて調査するかを定めます。調査結果の記録方法、閲覧できる職員、再調査の時期、法務や会計などの外部専門家へ確認する条件も必要です。調査の深さは、寄付額だけでなく、命名、展示への関与、契約期間、評判上のリスクに応じて調整します。
5.審査・決裁手続
一次審査を行う部門、高リスク案件を検討する会議体、館長、理事会、設置者などの権限を整理します。展示や研究に関わる案件には学芸部門を参加させ、利益相反のある者は審査から外します。判断理由を記録することも方針に含めます。具体的な組織構造や金額基準は、館の規模や設置主体に応じて設計します。
6.契約と顕彰
契約には、寄付目的、使用期限、報告方法、名称掲出の場所と期間、展示・研究に関する最終決定権を博物館が保持することを記載します。事情が変化した場合の協議、契約解除、顕彰の変更・撤去、返還の条件も事前に定めます。
名称掲出やドナーボードは、金銭的な対価というだけでなく、文化活動への貢献を社会的に記録する仕組みです。具体的な考え方は、「寄付者の顕彰を設計する方法」で整理しています。倫理方針では、顕彰の意味を尊重しながら、掲示期間、変更条件、撤去手続を明確にする必要があります。
7.情報管理
取得する情報、利用目的、保存期間、アクセス権限、委託先の管理方法を定めます。削除・訂正・配信停止への対応、匿名寄付の取扱い、見込寄付者調査の範囲、情報漏えい時の報告と対応も含めます。公開情報であっても、無制限に収集・共有してよいとは限りません。
8.事後対応と方針改定
受入れ後に不祥事や所有関係の変化が判明した場合の再審査、契約確認、公表判断、顕彰変更、契約終了、返還の手続を定めます。判断過程を記録し、方針を定期的に見直すとともに、職員、役員、ボランティアへの研修も実施します。
倫理方針は、理念を掲げるだけでは機能しません。判断基準、調査方法、権限、契約、記録、受入れ後の対応までを具体化してこそ、難しい寄付案件を組織として一貫して扱えるようになります。
倫理方針は、寄付を断るためではなく、説明できる判断をするためにある
博物館が寄付を受け入れるとき、法令に違反していないことは重要な前提です。しかし、合法であることだけでは、博物館の使命や専門的自律性、寄付者への責任、公共からの信頼を守れるとは限りません。ファンドレイジング倫理が問うのは、寄付者の属性や資金の由来だけではなく、博物館がどのように寄付を募集し、何を説明し、どの条件で契約し、情報や顕彰を管理するかという組織自身の行動です。
また、受入れ時に問題が見当たらなくても、寄付者の不祥事や事業内容、所有関係、社会的評価が後から変化することがあります。そのため、倫理判断は受入れ前の一度限りの審査ではなく、契約後の管理と再評価まで含む継続的な責任として考えなければなりません。
すべての博物館が、同じ寄付について同じ結論を出す必要はありません。館の使命、設置主体、関係するコミュニティ、提示された条件によって、妥当な判断は異なり得ます。必要なのは、寄付額や担当者の印象だけで決めるのではなく、あらかじめ定めた原則、審査手続、権限に基づいて結論を出し、その理由を寄付者、職員、コミュニティに説明できることです。
ファンドレイジング倫理方針は、資金調達を妨げるための規程ではありません。博物館が使命と専門的自律性を保ちながら、社会から信頼される形で支援を受けるためのガバナンスの基盤です。
参考文献
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Dunn, P. (2010). Strategic responses by a nonprofit when a donor becomes tainted. Nonprofit and Voluntary Sector Quarterly, 39(1), 102–123.
International Council of Museums. (2020). Standards on fundraising of the International Council of Museums. https://icom.museum/wp-content/uploads/2022/03/Fundraising-Standards_EN.pdf
MacQuillin, I. (2023). Normative fundraising ethics: A review of the field. Journal of Philanthropy and Marketing, 28(4), e1740.
Matthew, K. K. (2022). Fundraising for impact in libraries, archives, and museums: Making the case to government, foundation, corporate, and individual funders. Routledge.
Rahwan, Z., & Leuker, C. (2023). When tainted money should fund public goods: Fundraising professional and public moral preferences. PNAS Nexus, 2(9), pgad285.
Worth, M. J. (2025). Fundraising: Principles and practice (2nd ed.). Sage.

