博物館がファンドレイジングを始めようとするとき、最初に思い浮かびやすいのは、寄付申込フォームの設置、クラウドファンディングの実施、企業向け協賛メニューの作成、返礼品の検討、助成金への申請といった募集手段です。しかし、どの方法を選ぶかを先に決めても、支援を求める理由が曖昧なままでは、寄付者や企業、財団に一貫した説明をすることはできません。
ファンドレイジングの制度や金額を決める前には、誰に、何を、どのような関係として支えてもらいたいのかを館内で話し合う必要があります。この準備段階については、博物館のファンドレイジングは何から始めるべきかで詳しく整理しています。
そのうえで、なぜ支援が必要なのか、誰にどのような変化をもたらすのか、なぜこの博物館が取り組むのか、寄付金を何に使うのか、支援者に何を約束し、成果をどのように報告するのかを明確にしなければなりません。これらは、外部向けの募集文を作る前に、博物館自身が確認すべき事項です。
こうした支援の根拠と約束を一つの文書に整理するものが、Case for Support、すなわち支援理由書です。支援理由書とは、博物館がなぜ支援を必要とし、その支援によってどのような社会的価値を生み出すのかを示す、ファンドレイジングの基幹文書です。では、支援理由書には、具体的に何を盛り込めばよいのでしょうか。
支援理由書とは何か
支援を求める根拠を整理した内部用原本
本記事では、英語圏のファンドレイジングで用いられるCase for Supportを「支援理由書」と呼びます。支援理由書とは、博物館がなぜ支援を必要とし、その支援によってどのような社会的価値を生み出すのかを示す、ファンドレイジングの基幹文書です。
支援理由書は、特定の寄付者にそのまま渡す募集チラシではありません。博物館の使命、解決したい社会的課題、支援対象となる事業、収蔵資料や専門性などの固有資産、過去の実績、必要な資金、支援によって実現する成果、実施体制、評価と報告の方法を一つの論理として整理し、館内で共有するための内部用原本です。
支援者に応じた資料の出発点になる
完成した支援理由書から、個人向けの寄付趣意書、企業向けの協賛提案書、財団向けの助成申請書を作成します。同じ原本は、クラウドファンディングの募集ページや行政向けの予算要求資料にも展開できます。相手に応じて強調点や表現は変えますが、使命、事実、必要額、目指す成果の基本的な論理は共通させます。
| 文書 | 主な役割 |
|---|---|
| 支援理由書 | 支援を求める根拠と事業全体の論理をまとめた内部用原本 |
| 寄付趣意書 | 個人などの支援者に寄付の目的と必要性を伝える外部向け文書 |
| 協賛提案書 | 特定企業との接点や協力内容、実施条件を示す個別提案 |
| 助成申請書 | 財団の助成目的や審査項目に合わせて事業を説明する申請文書 |
支援理由書は、組織の使命、事業、実績、資源、必要資金、将来計画などをまとめた基礎資料であり、そこから支援者の関心や判断基準に応じた外部向け提案を作成します(Matthew, 2022; Sargeant & Shang, 2017)。
なぜ寄付募集より先に支援理由書を作るのか
支援理由書は、寄付フォームの設置、クラウドファンディングの開始、企業訪問、助成金申請といった具体的な資金調達に着手する前に作成します。ただし、博物館の使命や戦略計画より先に作るものではありません。基本となる順序は、使命と戦略的優先事項を確認し、その内容を支援理由書に整理したうえで、相手別の提案、関係構築、寄付依頼へ進むというものです。
資金不足ではなく、博物館の使命から出発するため
支援を求める理由を「予算が足りないから」と説明するだけでは、博物館側の事情しか伝わりません。先に確認すべきなのは、博物館が誰のために存在し、どのような社会的価値を生み出そうとしているのかという使命です。使命は理念を掲げるだけの標語ではなく、実施する事業や資源配分を判断する基準になります。使命の考え方については、博物館の使命とは何かで詳しく整理しています。
そのうえで、使命を実現するために不足している活動や資源を明らかにし、支援によって誰にどのような変化をもたらすのかを説明します。支援理由書を作ることで、資金不足を訴える説明から、社会的に必要な活動への参加を求める説明へ転換できます。
館内の説明を統一するため
ファンドレイジングには、館長、学芸員、教育普及、広報、総務、財務など複数の部門が関わります。支援の目的、必要額、寄付金の使途、目指す成果について共通理解がなければ、担当者によって説明が変わり、支援者の信頼を損なう可能性があります。
芸術・高等教育分野の研究でも、ファンドレイジングは担当者個人の営業技術ではなく、組織内の複数部門や関係者が共有する組織的実践として定着させる必要性が指摘されています(Herrero & Kraemer, 2020)。支援理由書の作成は、館内で事業の目的と説明をすり合わせる具体的な機会になります。
寄付者に何を約束するのかを募集前に決めるため
寄付を受け入れることは、資金を受け取るだけではなく、支援者に対して一定の約束を負うことでもあります。どの活動を実施し、どのような成果を目指すのか、実施期間、評価方法、成果報告の時期と内容を募集前に整理しなければなりません。寄付者の氏名や企業名をどのように顕彰するのか、展示内容や研究上の判断など、寄付者に認めない関与の範囲も事前に決めておく必要があります。
獲得できそうな資金に事業を合わせる状態を防ぐため
助成制度や企業の要望を先に検討すると、採択や協賛を得やすくするために、博物館の使命や優先順位から外れた事業へ内容を変えてしまうことがあります。このように、外部資金の獲得が組織の目的を変えてしまう状態は、ミッション・ドリフトと呼ばれます。
支援理由書は、使命、優先事業、必要な支援、適切な支援者という順序を維持する基準になります。ただし、支援理由書を作るだけで寄付が集まるわけではありません。それを基礎に相手別の提案を整え、対話を重ね、信頼関係を築いたうえで支援を依頼する必要があります。
支援理由書に必要な8つの構成要素
支援理由書の形式には、国際的に統一された一つの公式様式があるわけではありません。ただし、ファンドレイジングの専門書では、社会的な必要性、組織の使命、実施する活動、過去の実績、固有の資産、必要な資金、目指す成果、支援者の役割などが主要な要素として示されています。本記事では、これらを博物館の実務に合わせて8つに整理します(Matthew, 2022; Sargeant & Shang, 2017)。
要素1.解決したい社会的課題または実現したい機会
最初に整理するのは、博物館の資金不足ではなく、社会や地域にどのような課題または未実現の機会があるのかです。誰がどのような状況にあり、何が不足し、なぜ今取り組む必要があるのかを明確にします。その根拠には、地域統計、利用者調査、学校や地域団体への聞き取り、過去の事業記録などを用います。
改善前:当館では予算が不足しており、教育普及活動の継続が困難です。
改善後:地域の学校では、実物資料を用いて地域の歴史を学ぶ機会が限られています。
改善後の表現では、組織側の事情ではなく、支援によって対応すべき社会的な必要性が示されています。
要素2.支援によって目指す社会的変化
次に、誰に、どのような変化を、どの活動によって、いつまでに生み出すのかを定めます。来館者数、参加者数、実施回数などは、活動によって直接生み出されるアウトプットです。一方、参加者の理解、関心、行動、他者との関係などに生じる変化はアウトカムと呼ばれます。
博物館の成果は、来館者数や収入だけでは捉えられません。社会的包摂、市民参加、地域との信頼、文化的持続可能性などを含む考え方については、博物館の公共的価値とは何かで詳しく整理しています。
要素3.なぜこの博物館が取り組むのか
同じ課題に取り組む組織があるなかで、なぜこの博物館が担うのかを説明します。収蔵資料、学芸員や研究者の専門性、調査研究の蓄積、建物や史跡、展示空間、学校や地域団体との関係、公共機関としての信用、過去の事業実績などが固有資産になります。
ただし、資産を列挙するだけでは十分ではありません。例えば、収蔵資料と学芸員の専門性が、学校教育では得にくい実物資料中心の学習をどのように可能にするのかまで示します。
要素4.具体的に実施する活動
支援によって何を行うのかを具体化します。誰が実施し、誰を対象とし、何を、いつ、どこで行い、どの機関と連携するのかを明らかにします。「教育普及を充実させる」「文化財を活用する」といった抽象的な表現だけでは、必要な費用や成果を判断できません。
要素5.活動から成果までの論理
支援理由書では、課題と成果の間を次のようにつなぎます。
社会的課題
↓
博物館の資源
↓
実施する活動
↓
直接的な実績
↓
対象者に生じる変化
↓
長期的な公共的価値
例えば、資料を使った授業を実施するだけではなく、それが児童の地域史への理解や関心にどう結び付くと考えるのかを示します。このつながりが弱い場合は、活動内容または成果目標を見直す必要があります。
要素6.必要な資金と使途
総事業費、確保済みの自己資金や公的資金、不足額、寄付金で実施する内容を示します。人件費、教材費、輸送費、保険料、評価費なども、事業を成立させる費用として整理します。必要に応じて、支援額ごとに何を追加できるのかも説明します。
改善前:寄付金は教育普及活動に使用します。
改善後:150万円の支援により、教材制作、資料輸送、10校での出張授業、事前・事後学習、成果評価を実施します。
慈善団体への寄付を扱った実験では、支援によって行われる介入内容を具体的に示すことが、寄付者の「自分の寄付が効果を生む」という認識を高め、寄付行動につながる可能性が示されています(Cryder et al., 2013)。この研究は博物館や支援理由書全体を直接検証したものではありませんが、活動と使途を具体化する必要性を示しています。
要素7.実行能力と信頼の根拠
事業の意義だけでなく、博物館が実際に遂行できることも示します。実施責任者、担当部署、連携機関、過去の実績、資金管理方法、意思決定体制、リスク管理、成果評価、報告時期などを整理します。支援者が安心して資金を委ねられるかを判断するための情報です。
要素8.支援者が参加する意味
支援者は、不足額を埋めるだけの資金提供者ではありません。どのような変化の実現に参加するのか、なぜその支援者と事業に接点があるのか、支援後にどのような報告を受け、どのような関係を継続するのかを示します。
博物館に社会的価値があることと、実際に寄付されることは同じではありません。支援には、共感、信頼、自分との接点、寄付の効果を実感できる説明が必要です。詳しくは、博物館はなぜ寄付されないのか?を参照してください。
これら8つの要素を一つの論理としてつなぐことで、支援理由書は博物館紹介や予算説明ではなく、社会的な必要性、博物館の役割、支援によって実現する変化を示す文書になります。
支援理由書を作る6つの手順
支援理由書は、担当者が一人で文章を書くだけでは完成しません。博物館の使命、事業計画、予算、成果、支援者への約束を確認し、館内外の関係者と検証しながら作成します。最初から完成形を目指すのではなく、次の6つの手順で論拠を組み立て、内容を修正していく方法が現実的です。
手順1.ミッションと優先事業を確認する
最初に、支援を求める事業が博物館のミッションと整合しているかを確認します。中長期計画や年度計画にどのように位置付けられ、館内でどの程度の優先順位を持つのか、事業実施や寄付募集にどのような承認が必要かも整理します。
戦略上の位置付けが不明確な事業については、支援理由書を書き始める前に、館長や経営層を含む館内の意思決定が必要です。外部資金を得やすいという理由だけで、未承認の事業を支援対象にしてはいけません。
手順2.必要な根拠資料を集める
次に、支援の必要性と博物館の実行能力を説明する資料を集めます。利用者調査、地域統計、学校や地域団体への聞き取り、過去の事業実績、参加者の声、事業予算、職員配置、写真や活動記録、類似事業の評価結果などが候補になります。
統計だけでは、課題が個々の利用者にどのような影響を与えているのかが伝わりにくくなります。一方、印象的な体験談だけでは、課題の広がりや事業の必要性を確認できません。数値で全体像を示し、具体的な経験によってその意味を補うようにします。
手順3.支援命題を一文にする
集めた情報を基に、支援を求める理由を一文にまとめます。
[対象者]が直面する[課題]に対し、[博物館名]は[固有資産]を活用して[活動]を実施し、[目指す変化]を生み出します。[必要な支援]によって、[追加・改善される内容]を実現します。
「対象者」と「課題」は誰に何が必要なのかを示し、「固有資産」は資料、専門性、地域との関係など、博物館だから提供できる資源を示します。「活動」と「目指す変化」は実施内容と成果を区別し、「必要な支援」と「追加・改善される内容」は、支援によって何が可能になるのかを明確にします。
手順4.活動、予算、成果を対応させる
支援命題を具体的な計画にするため、活動、費用、実績、成果、評価を対応させます。
| 確認項目 | 確認する内容 |
|---|---|
| 活動 | 具体的に何を行うのか |
| 費用 | その活動にいくら必要か |
| 実績 | 何回、何人、何点を実施するのか |
| 成果 | 対象者にどのような変化を目指すのか |
| 評価 | どの方法で変化を確認するのか |
この作業によって、活動は決まっているのに成果が定義されていない、必要額は示されているのに積算根拠がない、成果を掲げているのに評価方法がない、といった不整合を確認できます。
手順5.館内外の関係者に検証してもらう
草案は、館長や経営層、学芸員、教育普及担当、広報担当、総務・財務担当などで確認します。必要に応じて、学校関係者、地域団体、利用者、友の会、ボランティア、既存支援者にも意見を求めます。
確認するのは文章の読みやすさだけではありません。課題認識は妥当か、活動は対象者の必要に合っているか、必要額に根拠があるか、成果を測定できるか、館の人員と体制で実施できるかを検証します。意見が一致しない箇所は、支援理由書に書き込む前に館内で調整します。
手順6.相手別の資料へ編集する
内部用の支援理由書がまとまったら、個人、企業、財団、行政など、相手の関心や審査基準、意思決定方法に合わせて外部向け資料へ編集します。個人には参加の意味、企業には事業との接点、財団には成果指標や実施体制を重点的に示すなど、説明の順序や表現を変えます。
ただし、相手に合わせて事実、必要額、成果目標を都合よく変更してはいけません。共通する論拠と約束を維持しながら、相手が判断するために必要な情報を選び直すことが、支援理由書から個別提案へ展開する基本です。
架空事例で見る博物館の支援理由書
ここでは、地域歴史博物館が、小中学生を対象に実物資料を使った地域史学習プログラムを実施するという架空の事例で、支援理由書の考え方を確認します。実在する博物館や自治体の事業を示すものではなく、説明のために単純化した例です。
改善前の説明
当館では予算が不足しているため、教育普及活動への寄付を募集しています。
この説明では、博物館側の資金不足しか示されていません。誰がどのような課題を抱えているのか、寄付によって何を実施するのか、その活動によって何が変わるのかが分かりません。また、必要額や使途も示されていないため、支援者は自分の支援がどのように活用されるのかを判断できません。
改善後の説明
地域の学校では、実物資料を用いて地域の歴史を学ぶ機会が限られています。当館は、収蔵資料と学芸員の専門性を活用し、年間10校を対象とした資料活用型学習プログラムを実施します。150万円の支援により、教材制作、資料輸送、事前・事後学習、成果評価までを行います。
改善後の説明では、社会的課題、対象者、博物館固有の資産、実施する活動、必要額が一つの流れとして示されています。支援者は、単に博物館の不足額を補うのではなく、地域の子どもが実物資料を通じて地域史を学ぶ機会を支える役割として位置付けられます。
8つの要素への分解
| 要素 | 事例での内容 |
|---|---|
| 社会的課題 | 実物資料を使った地域史学習の機会が限られている |
| 対象者 | 地域の小中学生 |
| 博物館固有の資産 | 収蔵資料、学芸員、地域史研究の蓄積 |
| 活動 | 教材制作、資料活用授業、事前・事後学習 |
| アウトプット | 年間10校でプログラムを実施 |
| アウトカム | 地域史への理解と関心の向上 |
| 必要額 | 150万円 |
| 支援者の役割 | 地域の子どもの学習機会を共同で支える |
年間10校や150万円という数値は、あくまで説明用の架空の設定です。実際には、職員配置、教材制作費、輸送費、実施可能な校数などを積算し、博物館の実施能力と整合しているかを確認する必要があります。また、「理解と関心の向上」を成果として掲げる場合には、事前・事後アンケート、学習記録、教員への聞き取りなど、変化を確認する方法もあらかじめ設計します。
寄付によって成果が必ず生じるわけではありません。支援理由書では、何を実施し、どのような変化を目指し、その結果をどのように確かめて報告するのかまでを示すことが重要です。
公立・国立系博物館では何を追加して説明するのか
公費を基盤に運営される博物館が支援理由書を作る場合は、事業の意義だけでなく、公的資金と寄付金の役割、受入れ手続、専門的判断の独立性まで説明する必要があります。公立博物館、独立行政法人、地方独立行政法人などでは制度が異なるため、自館の設置主体と規程に即して整理しなければなりません。
公的資金と寄付金の役割分担
まず、「税金や公的資金で運営されている博物館が、なぜ追加の寄付を必要とするのか」という問いに答えます。公的資金が、資料の保存、施設管理、職員配置などの基盤的業務を支える一方、寄付によってどの活動を追加または改善するのかを区別します。単に公費が不足していると説明するのではなく、寄付が公共的な使命の実現にどのような上積みをもたらすのかを示します。
寄付によって追加される価値
寄付によって実現できる内容として、公開点数の増加、学校へのアウトリーチ拡大、保存修復の加速、デジタル公開、多言語化、障害のある人へのアクセス改善、地域住民との共同事業、調査研究成果の社会還元などが考えられます。寄付金は公費を当然に代替するものではなく、公的資金だけでは実施時期や規模が限られる活動を補完するものとして説明します。
寄付受入れの権限と手続
支援を募集する前に、誰が受入れを決定するのか、使途指定を認めるのか、どの会計で管理するのか、未使用額をどう扱うのか、受領証明を誰が発行するのか、寄付者へどのように報告するのかを確認します。これらは設置主体、法人形態、規程によって異なります。各館の条例、会計規則、寄付受入要領などを確認し、税制上の取扱いや使途指定の可否を推測で記載しないことが重要です。
研究・展示の独立性
寄付者との連携は有益ですが、支援と専門的判断の境界を事前に定める必要があります。展示内容、調査研究結果、資料収集、資料評価、学術的解釈、職員人事などに、寄付者や企業が不当に介入できないことを明確にします。顕彰や名称表示を行う場合も、博物館の公共性と専門性を損なわない範囲を募集前に決めます。
寄付後の説明責任
寄付後は、支出額だけを報告すれば十分ではありません。実施した活動、対象人数、目標に対する進捗、生じた成果、課題と改善点、今後の予定を伝えます。支援理由書の段階で報告内容と時期を定めておくことで、公的責任と民間支援を対立させず、双方の役割を明確にしたファンドレイジングが可能になります。
支援理由書を相手別の提案へ変える
内部用の支援理由書には、博物館の使命、社会的課題、事業内容、必要額、成果、実施体制などを幅広く整理します。しかし、外部へ支援を求める際に、その全文を同じ形で示すとは限りません。個人、企業、財団、行政では、関心を持つ点や意思決定の方法が異なるため、共通する論拠を保ちながら、情報の順序、詳しさ、表現を調整する必要があります。
| 相手 | 特に強調する内容 |
|---|---|
| 個人寄付者 | 共感、参加、具体的な成果、継続的な関係 |
| 大口寄付者 | 長期的成果、個人の関心、博物館の実行能力、報告体制 |
| 企業 | 企業理念との接点、地域貢献、社会的意義、社内説明のしやすさ |
| 財団 | 助成目的との適合、事業設計、成果指標、実施体制、持続可能性 |
| 行政 | 政策目的、公共的価値、必要性、費用、説明責任 |
| クラウドファンディング | 分かりやすい課題、具体的な金額、期限、進捗、実現する成果 |
相手に合わせるとは、事実や必要額、成果目標を都合よく変更することではありません。例えば、個人には自分の支援が誰のどのような変化につながるのかを分かりやすく示し、財団には事業計画や評価方法を詳しく示します。重点は変えても、社会的課題、活動内容、予算、博物館が約束する成果は一貫していなければなりません。
企業向けには社内で説明できる提案にする
企業向けには、支援理由書の全文を渡すのではなく、企業と博物館の接点、支援対象事業、支援金額または協力内容、社会的意義、企業にとっての参加意義、企業名の掲載方法、実施スケジュール、成果報告の方法を数ページに整理します。担当者本人が内容を理解できるだけでなく、上司や意思決定者に社内提案できる資料にすることが重要です。
ただし、企業にとっての広告価値や露出だけを前面に出すと、博物館の使命や公共的価値が従属しかねません。また、企業協賛には名称掲載や広報上の便益を伴う場合があり、対価性を前提としない寄付とは条件が異なることがあります。支援の種類、双方の権利と義務、専門的判断への関与範囲を区別して整理する必要があります。
企業別の提案を作成した後は、候補企業の選定、訪問、聞き取り、個別提案、礼状、実施後の成果報告へ進みます。こうした実務の流れについては、博物館ファンドレイジングの企業訪問手順で詳しく整理しています。
支援理由書は、どの相手にも同じ文章を配布するための文書ではなく、相手別の提案に共通する根拠を維持するための原本です。支援者を単なる資金源として扱わず、それぞれが判断に必要とする情報を示しながら、博物館が実現したい価値への参加方法を提案することが求められます。
支援理由書で起こりやすい7つの失敗
支援理由書は、情報を多く盛り込めばよいわけではありません。支援を必要とする理由、実施内容、成果、必要額が一貫していないと、館内でも支援者にも意図が伝わりにくくなります。作成時には、次の7つの問題が生じていないか確認します。
失敗1.博物館の資金不足だけを訴える
「予算がない」という説明だけでは、博物館側の事情しか示せません。誰にどのような必要があり、支援によって何を変えるのかを中心に組み直します。
失敗2.館の沿革や収蔵資料の説明が長すぎる
支援理由書は博物館案内ではありません。沿革や収蔵資料は、今回の課題に取り組む能力や固有性を説明する範囲に絞ります。
失敗3.抽象的な言葉だけで終わる
「文化を未来へつなぐ」「地域に貢献する」だけでは、何を行うのか判断できません。対象者、活動、期間、目指す成果を具体化します。
失敗4.活動量と成果を混同する
参加者数や実施回数は活動の実績ですが、それだけで対象者に生じた変化を示したことにはなりません。理解、行動、関係など、目指す変化を別に定めます。
失敗5.必要額の算定根拠がない
募集額だけを示すのではなく、総事業費、確保済み財源、不足額、寄付金の使途を対応させます。必要額が活動内容から積み上げられているかを確認します。
失敗6.寄付者に約束できない内容を書く
成果、名称掲載、顕彰、事業期間、使途指定などは、館内承認と実施可能性を確認してから記載します。募集後に変更できない約束を先に示してはいけません。
失敗7.一度作って更新しない
事業実績、予算、利用者ニーズ、社会環境、支援者からの意見、博物館の戦略計画は変化します。支援理由書にも、その変化を定期的に反映させる必要があります。
支援理由書は、完成後に固定される広報文ではありません。事業の実施結果や館内での検証、支援者との対話を踏まえて更新し、次の提案や関係構築の基礎として使い続ける内部基盤です。
実務で使える支援理由書チェックリスト
支援理由書は、最初からすべての項目が完成している必要はありません。ただし、重要な事項を未確認のまま外部への募集や提案を始めると、担当者ごとに説明が異なったり、寄付後に実施できない約束が判明したりするおそれがあります。草案を作成した段階で、館内の関係部署と次の項目を確認してください。
- □ 社会的課題または実現したい機会を一文で説明できる
- □ 対象者が具体的に示されている
- □ なぜ今取り組む必要があるのか説明できる
- □ なぜこの博物館が取り組むのか説明できる
- □ 博物館固有の資料や専門性が示されている
- □ 活動と成果が区別されている
- □ 必要額の算定根拠がある
- □ 公的資金と寄付金の役割分担が明確である
- □ 実施責任者と資金管理方法が決まっている
- □ 成果を測定する方法が決まっている
- □ 寄付後の報告時期と方法が決まっている
- □ 寄付者に認める関与と認めない関与が整理されている
- □ 個人、企業、財団向けに編集できる内部用原本になっている
- □ 館長、学芸、教育普及、広報、財務で内容を共有している
未確認の項目があれば、担当部署と確認方法を決めて草案を更新します。特に、支援の対象となる社会的課題、実施する活動、必要額と使途、支援後に報告する成果が定まっていない場合は、寄付募集を始める前に事業設計そのものを再検討する必要があります。
支援理由書は、寄付を集める文書ではなく、支援に値する事業をつくる文書
支援理由書を作る出発点は、寄付の募集方法を決めることではありません。まず博物館の使命と戦略的な優先事項を確認し、どのような社会的課題に取り組み、誰にどのような変化をもたらしたいのかを整理します。そのうえで、博物館固有の資料や専門性、実施する活動、必要な資金、目指す成果、評価と報告の方法を一つの論理として結び付けます。
支援理由書が館内で共有されれば、館長、学芸、教育普及、広報、総務、財務が、支援の目的と寄付者への約束を共通の言葉で説明できます。そこから適切な支援者を探し、個人、企業、財団などの関心や意思決定方法に応じた提案へ編集し、対話を重ねながら支援を依頼します。寄付を受けた後には、資金の使途だけでなく、実施した活動と生じた成果を報告する必要があります。
ただし、支援理由書を作るだけで寄付が集まるわけではありません。支援者との信頼関係を築き、事業実績や社会状況、寄せられた意見を踏まえて内容を更新し続けることが必要です。
支援理由書の目的は、寄付者を巧みに説得することではありません。博物館自身が、どのような社会的変化を実現し、そのために何を行い、どのような支援を必要としているのかを明確にすることです。支援に値する事業と、支援者に対する約束を募集前に設計することが、持続的なファンドレイジングの出発点になります。
参考文献
- Cryder, C. E., Loewenstein, G., & Scheines, R. (2013). The donor is in the details. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 120(1), 15–23.
- Herrero, M., & Kraemer, S. (2020). Fundraising as organisational knowing in practice: Evidence from the arts and higher education in the UK. International Journal of Nonprofit and Voluntary Sector Marketing, 25(4), e1673.
- Matthew, K. K. (2022). Fundraising for impact in libraries, archives, and museums: Making the case to government, foundation, corporate, and individual funders. Routledge.
- Sargeant, A., & Shang, J. (2017). Fundraising principles and practice (2nd ed.). Wiley.

