博物館経営が「うまくいかない」と感じるのはなぜか
「効率化」「戦略」「KPI」が求められる時代の博物館
近年、博物館に対しても「経営」や「成果」が強く求められるようになっています。入館者数や収支の改善、事業の可視化、説明責任の強化など、公共機関としての責務がより明確に意識されるようになったためです。その過程で、企業経営で用いられてきた戦略論やマネジメント手法、KPIによる評価の考え方が参照される場面も増えています。効率性や計画性を重視するこれらの手法は、一見すると博物館経営にも有効に見えます。しかし同時に、それらを導入した途端に違和感や摩擦が生じるケースも少なくありません。
企業型マネジメントを導入しても摩擦が起きる理由
企業型マネジメントを導入した博物館では、「意思決定が遅い」「なかなか方針が決まらない」「現場が指示どおりに動かない」といった評価がしばしば聞かれます。計画は立てたものの、途中で見直しが繰り返され、スケジュールどおりに進まないこともあります。こうした状況は、現場の意識が低いから、あるいは管理能力が不足しているからだと説明されがちです。しかし、本当に問題はそこにあるのでしょうか。多くの場合、同じ博物館でも担当分野ごとに判断基準や優先順位が異なり、それぞれが専門的責任を負っています。この構造を無視したまま企業型の管理手法を当てはめると、摩擦が生じるのはむしろ自然な結果だと考えられます。
本記事の問い:博物館は企業と同じ組織なのか
そこで本記事では、「博物館経営がうまくいかない」と感じられる理由を、現場の努力不足や個人の能力の問題としてではなく、組織の成り立ちそのものから問い直します。博物館は、企業と同じ前提で動く組織なのでしょうか。それとも、そもそも異なる原理によって成り立っている組織なのでしょうか。以下では、研究に基づいて博物館組織の特徴を整理したうえで、企業型組織との違いを比較します。そのうえで、博物館経営とは何をする営みなのかを、構造的に定式化していきます。問題の所在を正しく捉え直すことが、博物館経営を考える第一歩になります。
博物館組織の特徴とは何か:専門職性と公共性から整理する
博物館は「専門職が判断責任を負う組織」である
博物館組織の最も重要な特徴の一つは、学芸員、保存修復担当、教育普及担当など、それぞれの職員が高度な専門性に基づいて判断責任を負っている点にあります。展示内容の学術的妥当性、資料保存の適切性、来館者への教育的配慮といった判断は、単なる作業手順ではなく、専門的知識と倫理的責任を伴うものです。そのため博物館職員は、上位者の指示を機械的に実行する存在ではなく、自らの専門的判断によって行為の正当性を引き受ける主体として位置づけられます。博物館という組織の信頼性や公共的正当性は、こうした専門職の判断の積み重ねによって支えられており、専門職性そのものが組織の基盤を形成していると整理できます(Tlili, 2016)。
意思決定は「上下関係」より「専門職合理性」に左右される
このような専門職性を前提とする博物館では、意思決定が単純な上下関係によって左右されるとは限りません。展示、保存、教育、アクセスといった各領域には、それぞれ異なる専門的合理性と正当性の根拠が存在します。そのため、役職上は上位にある人物であっても、特定の専門領域においては他の職員の判断を尊重せざるを得ない場面が生じます。さらに、参加やアクセシビリティといった価値判断についても、「誰に開かれた博物館であるべきか」という問いが、専門職ごとの合理性の枠組みの中で条件づけられます。こうした意思決定のあり方は、組織運営の非効率さを示すものではなく、専門職合理性が優先される博物館組織の構造的特徴として理解する必要があります(Lindström Sol, 2023)。
この前提を外すと、博物館の経営は誤読される
専門職性と公共性を前提とするこの組織構造を見落とすと、博物館経営は容易に誤読されます。意思決定に時間がかかることや、合意形成のプロセスが多いことが、「遅さ」や「非効率」として否定的に捉えられてしまうからです。しかし実際には、それらは専門的判断と公共的正当性を担保するために不可欠な手続きです。この前提を共有しないまま経営改善を論じると、問題の所在が現場の姿勢や能力にすり替えられてしまいます。ここから先では、こうした博物館組織の特性を踏まえたうえで、企業型組織との比較を行い、両者の組織原理の違いを明確にしていきます。
企業型組織と博物館組織の違い:組織原理を比較する
組織目的と成果指標:利益最大化と公共的使命は同じではない
企業型組織と博物館組織の最も根本的な違いは、組織が目指す目的と成果の捉え方にあります。企業では、利益や成長といった単一の目的が明確に設定され、成果は売上や利益率などの数値で評価されることが一般的です。そのため、評価は短期的になされやすく、目標と成果を直線的に結びつけることが可能です。一方、博物館の目的は、公共性、学術性、倫理性、アクセシビリティなど多元的であり、成果を単一の指標に集約することができません。来館者数が増えたとしても、それが学術的信頼性や社会的包摂を損なっていないかを同時に検討する必要があります。こうした多元的目標をもつ公共組織では、統制や評価の設計を単純化すること自体が困難であり、目標の曖昧さは欠陥ではなく構造条件として理解されるべきものです(Overman, 2021)。
権限と意思決定:階層型の統制と、専門性に分散する権威
権限のあり方も、企業型組織と博物館組織では大きく異なります。企業では、権限が階層構造に沿って集中し、トップダウン型の意思決定が機能しやすい設計になっています。上位者の判断は正当性を持ち、組織は比較的迅速に動くことができます。これに対して博物館では、権威や正当性が専門性に応じて分散しています。展示内容の妥当性、保存処置の適切性、教育的配慮の是非といった判断は、それぞれの専門領域に委ねられます。その結果、意思決定には部門間の調整や協議が不可欠となります。さらに博物館や遺産組織は、行政、地域社会、支援者など複数の主体と関係を結ぶため、ガバナンスは必然的に多主体的になります。この点において、博物館組織は階層型統制よりも調整型統治を前提とする組織だと整理できます(Mendoza, 2025)。
人材マネジメント:指示・評価・報酬より「納得」と「使命」で動く
人材マネジメントの考え方にも、両者の違いは明確に表れます。企業型組織では、業務の標準化や再現性が重視され、指示、評価、報酬を通じて人材を管理する仕組みが比較的機能しやすいとされています。しかし博物館では、職員一人ひとりが強い専門職性を持ち、判断責任を負っています。そのため、単純な指示や評価による統制は、かえって摩擦を生みやすくなります。多くの職員は、報酬よりも専門的納得や使命感によって動いており、組織運営にはその前提を踏まえた配慮が必要です。この領域では、職務分担や組織編成のあり方そのものが課題として議論されており、博物館組織に適した人材マネジメントの設計が求められています(Tanga, 2021)。
合意形成と時間:遅いのではなく、正当性を確保している
意思決定のスピードに対する価値付けも、企業型組織と博物館組織では異なります。企業では、迅速な意思決定そのものが競争力と結びつき、スピードが高く評価される傾向があります。一方、博物館では、意思決定に時間がかかることが珍しくありません。これは非効率だからではなく、説明責任と公共的正当性を確保する必要があるためです。多元的で曖昧な目標をもつ組織では、関係者間で判断の根拠を共有し、納得可能な形で決定を下すことが重要になります。その結果、協議や合意形成のプロセスが増えるのは避けられません。こうした時間のかかり方は、博物館組織が公共性を引き受けていることの表れであり、曖昧な目標の下では、むしろ説明責任の整合を丁寧に取ることが経営上の要請となります(Overman, 2021)。
なぜ企業型マネジメントは博物館でうまく機能しにくいのか
企業型マネジメントが前提にしている「3つの条件」
企業型マネジメントは、特定の組織条件を前提として設計されています。第一に、意思決定権限が組織の上位層に集中していることです。権限が明確に集中していれば、トップダウンで方針を示し、組織全体を迅速に動かすことが可能になります。第二に、組織目的が比較的単一であることが前提とされます。利益や効率といった共通の指標が設定されているため、判断の優先順位を明確にしやすくなります。第三に、成果を測定するための明確なKPIが設定でき、短期的に評価できることです。これら三つの条件がそろうことで、企業型マネジメントは統制と評価を通じて組織を効果的に運営できる仕組みとして機能します。
博物館が前提にしている「3つの条件」
これに対して博物館組織は、まったく異なる条件を前提としています。第一に、専門職自律性が強く、専門性そのものが判断の正当性の中核を担っています。職員は指示に従うだけの存在ではなく、自らの専門的判断に責任を負う主体です。第二に、博物館が追求する価値は多元的です。公共性、学術性、倫理、アクセシビリティといった価値が同時に存在し、ときに競合します。そのため、単一の目的に収斂させることはできません。第三に、博物館は多主体的な組織です。行政、地域社会、寄付者、利用者など外部アクターとの関係を前提として運営されており、意思決定は組織内部だけで完結しません。このような条件の下では、博物館経営は必然的に調整と説明を重視する形になります(Mendoza, 2025)。
摩擦が生まれる典型:「決まらない」「従わない」をどう読み替えるか
この前提の違いを理解しないまま企業型マネジメントを導入すると、さまざまな摩擦が生じます。意思決定に時間がかかる状況は、「遅さ」や「非効率」と捉えられがちですが、実際には専門的妥当性と公共的正当性を確保するための手続きです。また、現場が指示に従わないように見える場合も、それは反抗ではなく、専門職合理性に基づく判断の表出であることが少なくありません。さらに、当初の計画が途中で修正されることは、無能さの表れではなく、多元的な目標を調整し続ける必要がある博物館経営の構造的特徴です。曖昧な目標をもつ公共組織では、こうした調整過程そのものが不可欠であり、問題は結果ではなく、その説明責任をいかに引き受けるかにあります(Overman, 2021)。
博物館経営の本質:構造的ジレンマを引き受けるマネジメント
企業経営は「正解を出す」ことで動く
企業経営は、基本的に「正解を出す」ことを前提として組み立てられています。利益や効率といった単一、もしくは優先順位の明確な目的が設定されており、その達成度は数値によって評価可能です。この前提があるからこそ、経営判断は最適化の問題として扱うことができます。限られた資源をどこに配分すれば最大の成果が得られるのか、複数の選択肢の中から最も合理的な一つを選ぶことが求められます。また、このような環境では意思決定の速度そのものが価値として評価されやすくなります。迅速に判断し、実行し、結果を検証するというサイクルが、競争優位を生むからです。企業経営においては、正解をいかに早く見つけ、実行に移すかが、経営能力の核心に位置づけられています。
博物館経営は「正解が出ない状況を管理する」ことで動く
これに対して博物館経営では、そもそも明確な正解が存在しない状況が前提となります。公共性、学術性、倫理、アクセシビリティといった多元的な目標が同時に成立しており、それらは必ずしも同じ方向を向いていません。そのため、ある判断が一つの価値にとって望ましくても、別の価値にとっては問題を含む場合があります。このような状況では、最適解を導き出すこと自体が困難です。博物館経営に求められるのは、正解を出すことではなく、なぜその判断を選んだのかを説明し続けることです。曖昧な目標をもつ公共組織では、説明責任の整合を取り続けることそのものが経営の中心的な営みとなります(Overman, 2021)。
定式化:博物館経営とは、多元的価値と専門職自律性を接続し続ける実践である
以上を踏まえると、博物館経営の本質は明確になります。それは、命令や統制によって組織を動かすことではなく、多元的な価値と専門職の自律的判断を接続し続ける実践です。展示、保存、教育といった異なる専門領域の合理性を翻訳し、相互に理解可能な形で調整することが求められます。合意形成に時間がかかることは、コストや非効率ではなく、公共性を担保するための条件です。専門職知が組織の基盤にある以上、経営とはそれを抑え込むことではなく、活かし続ける枠組みを整えることにあります。博物館経営とは、構造的ジレンマを解消する技術ではなく、それを引き受けながら組織を維持し続けるマネジメントであると定式化できます(Tlili, 2016)。
参考文献
- Lindström Sol, S. (2023). “Participation is important, but—”: Professional rationalities and participation in cultural institutions. Nordisk kulturpolitisk tidsskrift.
- Mendoza, H. M. (2025). Governance strategies for the management of museums and heritage institutions. Heritage, 8(4), 127.
- Overman, S. (2021). Aligning accountability arrangements for ambiguous goals. Public Management Review.
- Tanga, M. (2021). Let’s imagine a new museum staff structure. Journal of Conservation and Museum Studies, 19(1).
- Tlili, A. (2016). In search of museum professional knowledge base. Educational Philosophy and Theory.

