来館者体験とは何かが分からなくなる理由
「来館者体験」という言葉は、近年の博物館・美術館をめぐる議論において、ほとんど欠かすことのできないキーワードになっています。しかし一方で、この言葉は非常に使われやすく、同時に分かったつもりになりやすい言葉でもあります。来館者体験が重要だと言われる場面では、その意味が十分に整理されないまま、さまざまな文脈で用いられていることが少なくありません。
来館者体験はしばしば、「満足度」や「楽しさ」、「学習成果」といった指標と混同されて語られます。来館者アンケートで高評価が得られた、展示が分かりやすかった、子どもが楽しんでいた。こうした結果が示されると、「来館者体験が良かった」と結論づけられることがあります。もちろん、これらの指標は博物館運営にとって重要な情報です。しかし、それらは来館者体験そのものを説明しているというよりも、体験の一部を切り取った結果に過ぎません。
このような理解の仕方が広がると、議論は次第に単純化されていきます。展示は良かったのか悪かったのか、成功だったのか失敗だったのか、来館者は満足したのかしなかったのか。評価は二分されやすくなり、その判断の根拠も「なんとなくそう感じた」「数字が高かった」「反応が良かった」といった表現にとどまりがちです。その結果、「なぜそのような評価になったのか」「どこで体験がうまく機能し、どこでつまずいたのか」といった問いが置き去りにされてしまいます。
とりわけ問題なのは、来館者体験が結果としてのみ捉えられてしまう点です。展示を見終えた後に得られた感想や評価だけを見ていると、博物館の中で来館者がどのように展示と向き合い、どのような過程を経て理解や感情を形成していったのかが見えなくなります。来館者体験が「良かった」「悪かった」という言葉で語られる一方で、その内側で何が起きていたのかは説明されないままになってしまうのです。
こうした状況は、展示改善や次の企画を考える際にも影響します。結果だけを見ていると、どこを変えればよいのかが分かりません。情報量を増やすべきなのか、体験型要素を強化すべきなのか、それとも解説を簡潔にすべきなのか。判断の拠り所が曖昧なまま、経験や勘に頼った議論になりがちです。
そこで改めて立ち返る必要があります。来館者体験とは、単なる満足度や楽しさの総和なのでしょうか。それとも、展示を通して来館者の中で何かが起きている現象なのでしょうか。本記事ではこの問いを出発点として、来館者体験を「博物館の中で実際に何が起きているのか」という視点から捉え直していきます。
来館者体験を「結果」ではなく「プロセス」として捉える視点
来館者体験は、これまで多くの場合、展示を見終えた後に得られる評価として理解されてきました。アンケートの満足度、楽しさの度合い、どれだけ学べたかといった指標は、その代表的な例です。こうした理解では、来館者体験とは「展示を体験した結果として何が残ったのか」を測定する対象であり、展示が成功したかどうかを判断するためのアウトカムとして位置づけられます。この考え方は直感的で分かりやすく、運営や報告の場面でも扱いやすいという利点があります。
しかし、この理解の仕方には限界があります。結果としての評価だけを見ていると、来館者が展示とどのように関わり、その評価に至ったのかが見えなくなるからです。満足度が高かったとしても、どの場面で惹きつけられ、どこで理解が進み、あるいは戸惑いが生じたのかは分かりません。来館者体験が「良かった」「悪かった」という結論だけで語られると、その内側にある体験の構造は捉えられないままになってしまいます。
こうした従来の理解に対して、Roppola は来館者体験を根本から捉え直す視点を提示しました。彼女が強調したのは、来館者体験を結果ではなく、展示の中で進行していく過程として理解する必要性です。来館者体験とは、展示を見終えた後に評価として現れるものではなく、展示空間の中で来館者と展示環境が関わり合う中で、意味が少しずつ生成されていく動的なプロセスであるとされます。
この視点に立つと、体験は展示そのものに内在しているわけではないことが明確になります。展示がどれほど丁寧に作り込まれていたとしても、それだけで来館者体験が成立するわけではありません。来館者は、事前に持っている期待や知識、展示空間での感情や身体感覚、他の来館者との関係性などを通して展示と向き合います。その相互作用の中で、展示は初めて意味を持つものとして立ち現れます。
つまり、来館者体験とは「展示が与えるもの」ではなく、「来館者と展示環境との関係の中で生じるもの」として理解されます。このように捉えることで、来館者体験は固定された成果ではなく、展示の進行とともに変化し続けるプロセスとして捉え直されます。来館者体験をプロセスとして理解する視点は、なぜ同じ展示であっても来館者ごとに受け止め方が異なるのかを説明し、展示設計や評価をより深く考えるための出発点となります。
このような来館者体験理解は、展示を単なる情報の集合としてではなく、来館者との関係の中で意味が形づくられていく場として捉えることを可能にします。その結果、来館者体験をめぐる議論は、結果の良し悪しを超えて、「展示の中で何が起きていたのか」を問い直す段階へと進んでいきます(Roppola, 2012)。
「意味生成」とは何を意味しているのか
来館者体験を「意味生成のプロセス」として捉えるとき、まず確認しておく必要があるのが、ここで言う「意味」とは何を指しているのかという点です。博物館や美術館の文脈では、意味という言葉はしばしば知識や理解と結びつけて語られます。しかし、来館者体験における意味生成は、単に展示内容をどれだけ覚えたか、正しい知識に到達できたかといった問題に還元されるものではありません。意味生成とは、展示との関わりの中で、来館者自身がどのように理解し、どのように位置づけたのかという解釈が形づくられていく過程そのものを指しています。
意味とは知識量や正解ではない
博物館における展示は、しばしば「何を伝えるか」という観点から設計されます。そのため、来館者が展示を見た結果として、どれだけの情報を記憶したか、正確な知識を獲得したかが重視されがちです。しかし、来館者体験における意味は、知識量の多寡や理解の正確さだけで決まるものではありません。同じ展示を見たとしても、来館者によって受け止め方が異なるのは、展示内容をどのように理解し、自分の経験や価値観の中でどの位置に置いたかが異なるからです。
ある来館者にとっては新たな発見となった展示が、別の来館者にとっては既知の知識の再確認に過ぎないこともあります。また、明確な知識として整理できなくても、印象や違和感として心に残る場合もあります。こうした解釈の形成そのものが、来館者体験における意味であり、正解に到達したかどうかとは必ずしも一致しません。
意味は展示から与えられるものではない
意味生成を理解するうえで重要なのは、意味が展示から一方的に与えられるものではないという点です。来館者は展示空間に足を踏み入れた瞬間から、何もない状態で展示と向き合っているわけではありません。展示に対する期待や先入観、その場で生じる感情、空間の広がりや身体の動きといった身体感覚を通じて、展示と関わっています。
来館者は、展示を見るという行為の中で、こうした要素を総動員しながら意味を構成しています。そのため、意味生成は展示物の中にあらかじめ固定されたものを受け取る行為ではなく、来館者自身が能動的に行っている解釈の営みとして捉えられます。来館者は受動的に情報を受け取る存在ではなく、展示環境との関係の中で意味をつくり出す主体であるという点が、意味生成の理解において重要になります。
このように、来館者体験における意味生成とは、知識の獲得や理解の正確さに限定されない、来館者と展示環境との相互作用の中で進行する解釈の形成過程を指しています。この視点に立つことで、来館者体験をより立体的に捉えることが可能になります(Roppola, 2012)。
来館者体験を構成する4つのプロセス
来館者体験を「意味生成のプロセス」として理解するために、Roppola は、来館者が展示と関わる中で生じる体験を四つの相互に関係するプロセスとして整理しました。重要なのは、これらのプロセスが段階的に順番で進行するものではないという点です。来館者は展示空間の中で、これらのプロセスを同時並行的に行き来しながら意味を生成しています。この枠組みを用いることで、来館者体験を結果としてではなく、展示の中で進行する動的な現象として捉えることが可能になります。
フレーミング:来館者はどんな前提で展示に向き合うのか
フレーミングとは、来館者が展示に向き合う際にすでに持っている前提や枠組みを指します。来館者は博物館に足を踏み入れる前から、「博物館とはどのような場所か」「展示とはどの程度理解すべきものか」といった博物館観や期待を形成しています。こうした前提は、過去の来館経験や教育、メディアを通じて培われたものであり、展示をどのように解釈するかの出発点になります。
フレーミングは、展示を理解するためのスタート地点として機能します。同じ展示を見ても、ある来館者は「専門的で難しい展示」と捉え、別の来館者は「体験的で楽しめる展示」と捉えることがあります。この違いは、展示そのものの差というよりも、来館者がどのようなフレームを通して展示に向き合っているかによって生じます。フレーミングが展示の意図と大きくずれると、違和感や戸惑いが生まれ、意味生成が円滑に進まなくなる場合があります。フレーミングは、来館者体験の方向性を大きく左右する重要なプロセスです(Roppola, 2012)。
レゾネーティング:意味は身体的・感情的反応から始まる
レゾネーティングは、来館者が展示空間の中で示す身体的・感情的な反応に焦点を当てたプロセスです。来館者は展示を理解する以前に、「なんとなく惹かれる」「居心地が良い」「落ち着かない」といった感覚的な反応を示します。こうした反応は、展示空間のスケール、光の入り方、音の響き、展示物の配置などによって引き起こされます。
意味生成は、必ずしも言語的な理解から始まるわけではありません。むしろ、身体や感情が展示環境と共鳴することで、展示への関与が深まり、意味生成の土台が形成されます。逆に、空間に違和感を覚えたり、居心地の悪さを感じたりすると、展示内容に集中する前に体験が阻害されてしまいます。Roppola は、感じられなければ意味生成は始まらないと指摘し、レゾネーティングを来館者体験の重要な起点として位置づけています(Roppola, 2012)。
チャネリング:体験は流れとして編集されている
チャネリングは、来館者が展示空間を移動しながら、断片的な情報をつなぎ合わせて体験を構成していくプロセスを指します。来館者は展示を順番通りにすべて丁寧に見るとは限らず、立ち止まったり、飛ばしたり、戻ったりしながら体験を進めます。このとき、動線設計や情報量、視線の誘導が体験の流れを大きく左右します。
意味生成は、この体験の流れの中で進行します。情報が過剰であったり、展示の構成が分かりにくかったりすると、体験の流れが途切れ、意味生成も中断されてしまいます。チャネリングは、展示を単なる情報の集合ではなく、来館者の注意や関心を導く編集構造として捉える視点を提供します。体験の流れが適切に設計されていると、来館者は無理なく展示と関わり続けることができます(Roppola, 2012)。
ブロードニング:展示体験は何を来館者に残すのか
ブロードニングは、展示体験を通じて来館者の視点や理解がどのように広がるかに注目するプロセスです。ここで重視されるのは、展示を見た結果として知識がどれだけ増えたかではありません。それよりも、展示を通じて物事の見方が変化したり、新たな問いが生まれたりしたかどうかが重要になります。
ブロードニングが生じる展示では、来館者は展示を見終えた後も考え続ける余地を持ち帰ります。明確な答えをすべて提示するのではなく、来館者自身が解釈を深められる余白を残すことが、意味生成の広がりにつながります。このプロセスによって、展示体験は一過性の出来事にとどまらず、来館者の中で持続的な意味を持つものとなります。Roppola は、このような視点の拡張こそが、来館者体験の重要な成果であると位置づけています(Roppola, 2012)。
意味生成は主観的で測れないのか
来館者体験を「意味生成のプロセス」として捉える立場に対して、しばしば向けられる批判の一つが、「意味生成は主観的であり、評価や測定には適さないのではないか」という疑問です。意味という言葉が用いられることで、来館者体験が個人の内面で完結する曖昧な現象のように理解されてしまうことがあります。この誤解は、来館者体験を評価や経営判断に活かそうとする際の大きな障壁にもなっています。
確かに、意味生成は来館者一人ひとりの経験や価値観に依存する側面を持っています。しかし、それを理由に来館者体験を「測れない主観」として片づけてしまうのは適切ではありません。意味生成は個人の内面だけで完結する現象ではなく、展示や空間、他者との関係といった外的要因との相互作用の中で生じているからです。この点を整理することで、意味生成は評価や分析の対象として位置づけ直すことが可能になります。
Wang & Xia は、来館者体験を人間と展示との相互作用として捉える枠組みを提示しています。この整理によれば、来館者体験は単一の心理的反応ではなく、複数の要素が関係し合う中で生じる現象です。具体的には、展示の構成や空間、情報提示といった展示設計要因、来館者の感情や注意、関与の度合いといった来館者体験要因、そして滞在時間や移動経路、立ち止まり方といった行動が相互に影響し合うことで体験が形成されると考えられています。
このように整理すると、意味生成は来館者の頭の中だけで起きている出来事ではなく、展示環境と来館者の関係の中で立ち現れるプロセスであることが分かります。意味は展示物の中に固定されているものでも、完全に主観的なものでもなく、来館者が展示とどのように関わったかによって形づくられます。そのため、展示設計や空間構成、情報量の調整といった要素を通じて、意味生成が起こりやすい条件を検討することが可能になります。
また、来館者の行動に着目することで、意味生成を間接的に把握することもできます。どこで立ち止まり、どの展示に時間をかけ、どのような順序で空間を移動したのかといった行動は、来館者が展示とどのように関係を結んでいたかを示す手がかりになります。こうした行動データは、意味生成が特定の展示や構成の中でどのように促進、あるいは阻害されていたのかを検討するための重要な材料となります。
このように、意味生成は測定不可能な主観ではなく、展示設計要因、来館者体験要因、行動の相互作用の中で生じる関係的な現象として理解することができます。この視点に立つことで、来館者体験を評価の対象から切り離すのではなく、理論的に整理された枠組みの中で扱うことが可能になります(Wang & Xia, 2019)。
意味生成のプロセスは展示設計・評価とどうつながるのか
来館者体験を「意味生成のプロセス」として捉える理論は、展示の中で何が起きているのかを深く理解するための有効な視点を与えてくれます。しかし一方で、こうした理論は抽象的に見えやすく、実務の現場では「結局、展示設計や評価にどう使えばよいのか分からない」という疑問が生じがちです。理論が理解の枠組みにとどまり、具体的な改善や意思決定に結びつかなければ、現場で活かされることはありません。
この点に対して、Leister らは、来館者体験を設計と評価のプロセスに結びつけるための実践的な考え方を提示しています。彼らが重視するのは、展示における来館者体験を一つの固定的な成果として測定するのではなく、複数の視点のあいだに生じるズレを可視化することです。具体的には、展示をつくる側が想定した設計意図、来館者が示す評価や感想、そして実際の来館者行動という三つの要素を並べて捉え、それらがどのように一致し、あるいは食い違っているのかを検討します。
設計意図とは、展示を通して何を伝えたいのか、どのような体験を提供したいのかという、博物館側やデザイナー側の想定です。一方、来館者評価は、アンケートやインタビューなどを通じて表明される来館者自身の受け止め方を指します。そして行動データは、来館者がどこで立ち止まり、どの展示を飛ばし、どの順序で空間を移動したのかといった、展示空間内での具体的な振る舞いを示します。
これら三つを重ね合わせて見ることで、意味生成のプロセスがどこでうまく機能し、どこで停滞しているのかが浮かび上がります。たとえば、設計意図として重要視された展示がほとんど立ち止まられずに通過されている場合、意味生成はその地点で十分に起きていない可能性があります。逆に、想定外の場所で来館者が長く滞在している場合、展示側が意図していなかった意味生成が生じていることも考えられます。
このように、意味生成のプロセスを設計意図、来館者評価、行動データの関係として捉えることで、来館者体験は主観的で議論しにくいものではなく、具体的に検討可能な対象になります。展示が「伝わったかどうか」を単純に問うのではなく、「どのような関係の中で意味が生成されたのか」を振り返ることができるようになります。この視点は、展示の改善や次回企画の検討において、経験や感覚だけに頼らない議論を可能にします。意味生成のプロセスを軸に据えることによって、来館者体験は設計と評価をつなぐ共通の言語として位置づけられるのです(Leister et al., 2017)。
来館者体験を「意味生成のプロセス」として理解する意義
来館者体験を「意味生成のプロセス」として捉える意義は、満足度や学習成果といった結果指標だけでは説明しきれない点を可視化できることにあります。満足度が高かった、分かりやすかったという評価が得られたとしても、それだけでは、なぜその展示が機能したのか、あるいはどこで体験が停滞していたのかを十分に説明することはできません。結果としての評価は重要ですが、それは体験の一断面にすぎず、来館者が展示とどのような関係を結んでいたのかという過程を示すものではありません。
意味生成のプロセスに着目すると、来館者体験は展示の中で連続的に進行する現象として理解されます。来館者がどのような前提で展示に向き合い、どの場面で感情や身体が反応し、どのような流れで体験を構成し、最終的に何を持ち帰ったのか。こうした過程を捉えることで、来館者体験は単なる評価結果ではなく、展示と来館者との相互作用として説明できるようになります。
この視点は、展示、教育、経営といった博物館の異なる領域をつなぐ共通言語としても機能します。展示設計の意図、教育的なねらい、経営的な判断は、それぞれ異なる文脈で語られがちですが、来館者体験を意味生成のプロセスとして捉えることで、「来館者との関係の中で何が起きているのか」という一点に集約して議論することが可能になります。これにより、部門ごとに分断されがちな議論を横断的につなぐ視点が得られます。
重要なのは、この考え方が来館者体験を理解するための唯一の正解ではないという点です。満足度調査や学習評価と対立するものでもありません。むしろ、来館者体験を意味生成のプロセスとして捉える視点は、既存の評価手法を補完し、結果の背後にある構造を読み解くための有効な枠組みとして位置づけられます。来館者体験をどのように理解するかを考える際の、一つの強力な視点として、この枠組みを用いることに大きな意義があります。
まとめ|来館者体験とはどのように理解すればよいのか
来館者体験は、展示を見終えた後に残る満足度や学習成果といった「結果」だけで捉えられるものではありません。むしろ、来館者が展示と向き合う過程の中で、前提や感情、身体的反応、行動の流れを通じて意味が生成されていく現象として理解することが重要です。来館者体験とは、展示が何を伝えたかではなく、来館者と展示環境との関係の中で何が起きていたのかを示すプロセスだと言えます。
Roppola が提示した四つのプロセスは、来館者体験を理解するための唯一の正解ではありません。しかし、体験を結果論や感覚論に回収するのではなく、その内側の構造を丁寧に捉えるための、極めて有効な枠組みであることは確かです。この枠組みを用いることで、なぜ同じ展示でも受け止め方が異なるのか、どこで体験が停滞したのかを説明しやすくなります。
さらに重要なのは、この理解が既存の評価手法や実務研究と対立するものではなく、むしろそれらと併用することで力を発揮する点です。満足度調査や行動分析と組み合わせることで、来館者体験をより立体的に把握することが可能になります。来館者体験を意味生成のプロセスとして理解する視点は、展示・教育・経営をつなぐ基盤として、今後の博物館実践を支える重要な手がかりとなるでしょう。
参考文献
- Roppola, T. (2012). Designing for the museum visitor experience. Routledge.
- Wang, N., & Xia, L. (2019). Human-exhibition interaction (HEI) in designing exhibitions: A systematic literature review. International Journal of Hospitality Management, 77, 292–302.
- Leister, W., Tjøstheim, I., Joryd, G., de Brisis, M., Lauritzsen, S., & Reisæter, S. (2017). An evaluation-driven design process for exhibitions. Multimodal Technologies and Interaction, 1(4), 25.

