博物館の会員制度を進化させる ― 会員動機・関係性・行動価値の実証知から考える設計原理

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博物館の会員制度を科学的に再設計する必要性

博物館の会員制度は、これまで「特典(benefits)」を中心に設計されてきました。無料入館や割引、会員限定イベントなどは、入会の動機として一定の効果を持ちます。しかし、特典を充実させたからといって、会員の継続や博物館との関係性が自動的に深まるわけではありません。多くの博物館で見られる「入会者は増えるが更新率が伸びない」という状況は、特典中心の設計が限界を迎えていることを示しています。

この点については、すでに既存記事において、友の会を「特典の集合体」ではなく「関係性を育てる制度」として捉え直す必要性が整理されています。ただし、この概念的な転換を実務に落とし込むためには、「関係性がなぜ生まれ、どのように行動へとつながるのか」を説明できる、より具体的な判断軸が求められます。

近年の会員研究では、特典そのものが会員の忠誠心や継続意向を直接高めるわけではなく、会員が博物館に対して「自分はこの組織の一員である」と感じられるかどうか、すなわち組織同一化が重要な媒介要因であることが示されています。実際、会員特典は単独では長期的な関係性の質を高めず、組織同一化を通じてはじめて関係性に影響を与えるとされています(Camarero & Garrido, 2011, p. 272)。

したがって、これからの博物館の会員制度には、特典を増やすこと自体を目的とするのではなく、会員の動機や心理、行動の違いを踏まえた「関係性の設計」が不可欠です。本稿では、査読研究に基づき、会員制度を科学的に再設計するための具体的な視点を整理していきます。

会員動機の構造を理解する(動機多次元モデル)

博物館会員の基本動機6次元

博物館の会員制度を設計するうえで重要なのは、会員の動機が単一ではないという点です。入会理由は「お得だから」「好きだから」といった一言では説明できず、複数の異なる価値が重なり合って形成されています。会員動機を単純化して捉えてしまうと、特定の層には響いても、別の層には効果の薄い制度設計になりやすくなります。

この点について、博物館会員を対象とした調査では、会員動機が6つの独立した次元から構成されることが示されています。具体的には、博物館を支援したいという慈善的関心、作品や文化財を将来に残したいという美術保存への関心、会員であることによる社会的承認、子どもや家族にとっての教育的・体験的便益、無料入館や割引といった有形的便益、そして娯楽や余暇としての楽しさです(Paswan & Troy, 2004, pp. 45–46)。

これらの動機は互いに代替関係にあるのではなく、会員一人ひとりの中で異なる強さで併存しています。そのため、会員制度の価値提供を設計する際には、「どの動機に応えている制度なのか」を明確に意識することが重要になります。この動機多次元モデルを前提とすることで、会員ランク設計やコミュニケーションの方向性を、より論理的に検討することが可能になります。

博物館会員の基本動機6次元

動機次元内容(要点)会員が感じやすい価値の例制度設計・運用への示唆
慈善的関心(Philanthropy)博物館の活動を支援したい、公共的使命に貢献したいという動機寄付・支援の実感、社会的貢献支援の成果が見える報告(年次報告、活動報告)や、支援者としての位置づけを明確にする
美術保存への関心(Preservation of art)作品・文化財を将来に残したい、保存修復や収蔵活動を応援したいという動機保存修復の理解、文化継承への参画保存修復の舞台裏や収蔵活動の可視化(解説、バックヤード情報)で価値を具体化する
社会的承認(Social recognition)会員であることの象徴性、誇り、ステータスを得たいという動機称号、限定性、名誉上位会員ほど象徴性が重要になりやすい。称号・限定性・参加の特別感を丁寧に設計する
子ども便益(Children’s benefits)子どもや家族の体験・学習機会として博物館を活用したいという動機親子プログラム、家族の余暇、教育効果家族で使いやすい導線(日時・予約・特典の分かりやすさ)と、継続来館の理由づくりが鍵になる
有形的便益(Tangible benefits)無料入館、割引、先行予約など、金銭的・実利的メリットを求める動機お得感、アクセスのしやすさ便益を強めるだけで継続が保証されるとは限らないため、体験価値や関係性施策と組み合わせて設計する
快楽動機(Hedonic)楽しさ、娯楽、文化的体験としての満足を求める動機展覧会体験、イベント、居心地「また行きたい」と感じる体験設計(展示、空間、接遇)を会員コミュニケーションと連動させる

博物館会員の動機は、慈善的関心・美術保存・社会的承認・子ども便益・有形的便益・快楽動機という6つの独立した次元で構成されるとされています(Paswan & Troy, 2004, pp. 45–46)。

ランク別動機の違いと設計インプリケーション

さらに重要なのは、これらの動機が会員ランクによって均等に分布しているわけではないという点です。調査結果によれば、年会費の高い上位会員ほど、博物館を支援すること自体に価値を見出す慈善的動機や、会員であることの象徴性・社会的承認を重視する傾向が強いことが示されています。一方で、低額会員では、無料入館や割引といった有形的便益や、子ども・家族向けの体験価値が相対的に重視される傾向が確認されています(Paswan & Troy, 2004)。

この違いは、会員制度を一律の価値提供として設計することの限界を示しています。すべての会員に同じメッセージや特典を提示しても、上位会員にとっては魅力が弱く、低額会員にとっては動機と合致しない可能性があります。したがって、会員ランクごとに想定される動機の違いを踏まえたメッセージ設計や特典設計を行うことが、制度全体の納得感と持続性を高めるうえで不可欠です。

特典と関係性のメカニズム(媒介モデルで考える)

特典は関係性の起点ではなく媒介要因

博物館の会員制度では、無料入館や割引、会員限定イベントといった特典がしばしば重視されます。しかし、これらの特典が直接的に会員との関係性を強固にするわけではありません。近年の研究では、特典はあくまで関係性形成の「起点」ではなく、会員が博物館との心理的な結びつきを強める過程を支える媒介要因として機能することが示されています。

具体的には、会員が「自分はこの博物館の一員である」「この組織の価値や使命に共感している」と感じられるかどうか、すなわち組織同一化が重要な役割を果たします。特典は、その組織同一化を高める文脈の中で提示された場合にのみ、関係性の質に影響を与えると考えられています。実証研究においても、会員特典は組織同一化の向上を通じて関係性の質に寄与する一方で、特典それ自体が関係性を直接強めるわけではないことが確認されています(Camarero & Garrido, 2011, p. 281)。

この知見は、特典を増やすこと自体を目的とした施策の限界を明確に示しています。特典依存型の会員制度では、短期的な入会促進は期待できても、長期的な関係性の深化や継続にはつながりにくいといえます。したがって、特典は「何を与えるか」ではなく、「どのような関係性の文脈で位置づけるか」を意識して設計する必要があります。

関係性の質と会員行動の関係

では、関係性の質とは具体的に何を指すのでしょうか。会員研究では、関係性の質は主に満足、信頼、コミットメントといった心理的要素によって測定されます。これらは単なる感情的評価ではなく、会員が今後も博物館と関わり続けるかどうか、あるいは他者に博物館を勧めるかといった行動に直結する重要な指標です。

実証分析の結果、組織同一化の程度が高い会員ほど、博物館に対する満足度や信頼が高く、継続意向も強いことが示されています(Camarero & Garrido, 2011)。このことは、会員行動を左右するのが特典の多寡ではなく、博物館との心理的な結びつきであることを裏付けています。

この構造を理解すると、会員制度における施策の重心が見えてきます。特典設計はあくまで関係性形成を補助する手段であり、それ自体が目的になるべきではありません。むしろ、会員が博物館の価値や使命に共感し、自分自身のアイデンティティと結びつけられるような関係性強化型プログラムを、会員制度の中核として位置づけることが重要になります。

関係性と行動のズレ ― 非更新でも関係は存在する

停滞関係の概念と実務的意味

会員制度を運用する現場では、「更新されなかった会員=関係が切れた会員」と捉えられがちです。しかし、この理解は必ずしも実態を正確に反映していません。会員が更新しないからといって、博物館に対する関心や好意まで失われたとは限らないからです。

会員研究では、このような状態を「停滞した関係(stalled relationship)」として概念化しています。停滞した関係とは、会員資格の更新という行動は止まっているものの、博物館に対する心理的な関与や肯定的な評価は維持されている状態を指します。実際、調査では、満足しているにもかかわらず更新しない会員が一定数存在し、彼らは博物館に対する好意を引き続き持っていることが示されています(Reavey, Howley & Korschun, 2013)。

このようなズレが生じる背景には、博物館側のサービスや体験への不満ではなく、ライフスタイルの変化や時間的制約といった、個人側の事情が関係している場合が少なくありません。そのため、非更新という行動だけを根拠に関係の断絶と判断してしまうと、本来維持されているはずの関係性を見落とす危険があります。この知見は、非更新者をどのように位置づけるかという実務的判断に直接関わります。

非更新会員への対応設計

停滞した関係という視点に立つと、非更新会員は「完全に失われた存在」ではなく、将来的な再関与や間接的な支援の可能性を残した存在として捉え直すことができます。非更新者の多くは、博物館への評価や愛着を維持しており、関係が停滞しているだけであることが明らかにされています(Reavey et al., 2013)。

この前提に立てば、非更新会員への対応も大きく変わります。更新をしなかった理由を一律に「不満」や「失敗」と解釈するのではなく、関与の度合いが一時的に低下している状態として理解することが重要です。そのうえで、再訪や情報接触のきっかけを緩やかに提供するなど、関係性を再活性化させる設計が検討されるべきでしょう。

重要なのは、非更新者を即座に関係の外へ押し出すのではなく、関係性の段階の一つとして位置づけることです。停滞した関係を前提とした再エンゲージメント戦略を設計することで、会員制度は短期的な更新率の管理を超え、より持続的な関係性マネジメントへと発展していきます。

会員ランク別の行動価値と設計戦略

上位会員の行動特性

会員制度を関係性の仕組みとして捉えるとき、特に重要になるのが会員ランクごとの行動特性の違いです。近年の実証研究では、上位会員ほど博物館に対して生み出す「行動価値」が大きい一方で、その内容は一般に想定されがちなものとは必ずしも一致しないことが示されています。

具体的には、上位会員はミュージアムショップやレストランでの支出、展覧会や博物館そのものを他者に勧める推薦行動といった点で、非会員や低額会員よりも高い水準を示します。一方で、新たな会員を積極的に勧誘する行動については、むしろ消極的になる傾向が確認されています。すなわち、上位会員は館内支出や口コミには積極的であるものの、会員獲得の担い手になるとは限らないのです(Ebbers, Leenders & Augustijn, 2021)。

この結果は、上位会員を一律に「強力な勧誘者」として位置づけることの危うさを示しています。上位会員にとって、会員であることは象徴的価値や特別な関与感と結びついており、会員が増えることが必ずしも自らの満足につながるとは限りません。そのため、上位会員に対しては、勧誘数の増加を求めるよりも、博物館との関係性を深める象徴的な役割や、活動への関与感を高めるプログラムを重視する設計が有効だと考えられます。

低額会員と中間ランクの行動特性

一方で、低額会員や中間ランクの会員は、上位会員とは異なる動機と行動特性を持っています。低額会員の場合、博物館体験そのものや無料入館、割引といった有形的な便益への関心が高く、来館体験の満足度が会員継続や再訪に強く影響します。実際、低額会員は主に体験価値や便益を重視する傾向があることが示されています(Paswan & Troy, 2004)。

中間ランクの会員は、こうした便益重視の側面と、博物館を支援することへの象徴的価値の双方を併せ持つ「ミックス型」の特徴を示します。そのため、単純に特典を増やすだけでも、支援性を強調するだけでも十分とは言えません。体験価値と関係性価値の両方を適切に組み合わせた設計が求められます。

これらの違いを踏まえると、会員制度において最も重要なのは、ランクごとに期待する行動と提供する価値を意識的に切り分けることです。すべての会員に同じ役割や同じメッセージを求めるのではなく、ランク別のコミュニケーション設計を行うことで、会員制度全体としての実務効果と持続性を高めることが可能になります。

実践的設計原理(総合インプリケーション)

ここまで見てきた研究知見を統合すると、博物館の会員制度は、単発的な施策や特典の積み上げとしてではなく、明確な設計原理に基づいて構築される必要があることが分かります。重要なのは、「何をすればよいか」を列挙することではなく、「どのような判断軸で制度を設計・運用するのか」を共有することです。

第一に、会員の動機は単一ではなく階層的かつ多次元的であることを前提に、ランク別の価値設計を行うことが求められます。すべての会員に同じ動機や役割を期待するのではなく、それぞれのランクにおいて何が重視されているのかを踏まえた制度設計が必要です。

第二に、会員特典は目的ではなく、関係性を強化するための手段として位置づけるべきです。特典そのものの充実度ではなく、博物館との関係性の中でどのように意味づけられているかが、会員の継続や行動に影響します。

第三に、非更新会員を一律に「失われた存在」と捉えるのではなく、関係性が一時的に停滞している潜在的な関係性保持者として再定義する視点が重要です。この視点に立つことで、短期的な更新率の改善にとどまらない、長期的な関係性マネジメントが可能になります。

第四に、上位会員に対しては、会員数の拡大や勧誘行動を過度に期待するのではなく、象徴性や関与感を重視した役割や活動を提供することが有効です。これにより、上位会員が博物館との関係性をより深く実感できる設計につながります。

これらの原理は、即効性のある施策集ではありませんが、博物館の友の会を持続的に改善していくための意思決定の軸となるものです。会員制度を関係性の仕組みとして捉え直すことで、博物館と人との結びつきは、より長期的で豊かなものへと発展していくでしょう。

参考文献

  • Ebbers, J. J., Leenders, M. A. A. M., & Augustijn, J. J. E. (2021). Relationship value benefits of membership programs, heterogeneous stakeholders and museum impact beyond fees. European Management Review, 18(4), 418–432.
  • Camarero, C., & Garrido, M. J. (2011). Incentives, organisational identification, and relationship quality among members of fine arts museums. Journal of Service Management, 22(2), 266–287.
  • Reavey, B., Howley, M. J., & Korschun, D. (2013). An exploratory study of stalled relationships among art museum members. International Journal of Nonprofit and Voluntary Sector Marketing, 18(3), 237–250.
  • Paswan, A. K., & Troy, L. C. (2004). Non-profit organization and membership motivation: An exploration in the museum industry. Journal of Marketing Theory and Practice, 12(1), 43–54.
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この記事を書いた人

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日々の業務経験をもとに、ミュージアムの楽しさや魅力を発信しています。このサイトは、博物館関係者や研究者だけでなく、ミュージアムに興味を持つ一般の方々にも有益な情報源となることを目指しています。

私は、博物館・美術館の魅力をより多くの人に伝えるために「Museum Studies JAPAN」を立ち上げました。博物館は単なる展示施設ではなく、文化や歴史を未来へつなぐ重要な役割を担っています。運営者として、ミュージアムがどのように進化し、より多くの人々に価値を提供できるのかを追求し続けています。

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